<東京怪談ノベル(シングル)>
それはきっととても平和な(?)昼下がり 後日談
■ACT.1 無残に破壊された楽園と漢(つわもの)の夢のあと
夢と現実の狭間の世界、「聖獣界・ソーン」。
その主要都市であるエルザードの一角。シュヴァルツ総合病院の最奥、院長室。
「……なんてこった。世の中、こんな不条理が許されていいのか……っ」
もはや無残な木材の破片と化した「仁王像(とかいて、俺様の夢と読む)」。
泣く泣くそれをかき集め、修復を試みるオーマ・シュヴァルツの姿があった。
資金をはたいて購入した仁王像。しかし、ばれてはならない人物にばれてしまったらしい。
十数体もの像は即座にその人物の手によって粉々に破壊されてしまったのだ。
丹精こめて作り上げた像たちは、オーマにとっては分身も同然。諦めきれるはずがない。大切に破片を拾い集めたのである。
■ACT.2 漢の恩返し
それから数ヵ月後。ごく何事もなく日常が過ぎ去った。
あの拾い集めた破片も、八方手は尽くしたものの修復が出来なかった。しかし、どうしても捨てられず大切に彼の秘密の小部屋にしまいこまれていた。
それきり小部屋から出されることもなく、オーマ自身も忙しさに忙殺されて、記憶からも少しずつ消えていこうとしていた。
「ったく、このごろは何かと物騒だからな……パトロールも怠れねぇぜ」
草木も眠る丑三つ時。住居近辺の親父愛パトロールもどき(詰まる所がパトロール)を済ませ戻ってきた所……、
……ゴトリ
何かの物音がする。
「ん?」
無人のはずの部屋。音の出処は秘密の小部屋のようだ。
ネズミ? いや、まさかな……。
しかし、周りに人の気配は殆どない。
音を立てぬよう、秘密の小部屋に近づく。そして……
「そこにいるのは誰だ!?」
小部屋の扉を開ける。
部屋の中の正体を確かめようとしたのだが……、
「な、なんでぇ、これは……」
目の前に広がる光景にオーマは目を見張った。
真っ暗な部屋に浮かび上がるその姿は、紛れもなくあの、破壊された仁王像だった。
神々しいばかりの光とその見事な筋肉は、世のアニキラヴなものたちをひれ伏させるに十分だ。
ごく一部のその筋の者たちなら見ただけでハートを「ズギュン」と撃ち抜かれただろう。
「お、おめぇ……は?」
感激に打ち震えつつオーマは問いかける。
『汝がこの哀れな同胞(はらから)を慈しんでくれた者か?』
口を開くことなく、その仁王像はオーマに語りかける。
「あ、あぁ……そうだ。しかし……っ」
瓦礫の山を見、がくりと膝をつく。
「俺はこいつらを守ってやれなかった」
自分は如何に無力だったか、と訴える。
いかなるものからもこいつらを守ってやるつもりだった、しかし、最大最強にして、最愛の相手に立ち向かう術はなかったのだと。
『気に病むことはない。こやつらは、汝に注がれた愛情を覚えている。そして、汝を恨んではいない。だからこそ、私を呼んだのだ』
私は、あまたの神々の中にあって、親父愛を愛する者を見守る者。そう、仁王像は告げる。
『何時の意気消沈した姿を心配し、こやつらは私を呼んだのだ』
仁王像の周りにぼぅ、と現れる幾多の仁王の姿。オーマにはどれも見覚えがある。一刀一刀血と汗と涙と親父愛を込めて彫った仁王像たちだ。
「お、お前たちは……俺のために……」
慈しみを含んだ(とオーマには見える)仁王像たちの表情。
『安心するがよい。この者達は、私が連れて行く。我々の楽園・親父愛の神々の国へ』
「親父愛の神々の国……」
それは、どんな国なのだ。一目見たい。そう呟いた。
仁王像は、それを聞き、穏やかな声で答える。
『つれて行くことは叶わぬ。汝には、まだこの世界でせねばならぬことがある。
……されど、ほんのひと時、それを垣間見させることは出来る』
仁王像(親父愛の神)はふんぬっ、と見事なポージングを取る。
すると、真っ暗な小部屋が見る見るうちに別世界へと塗り替えられていく。
「……す、すげぇ……」
そこは、まさに(アニキラヴである者にとっては)楽園だった。
古今東西、さまざまな分野の美筋と謳われる神々が、英雄が集い、語らっている。
その光景は、まさにミケランジェロの「最後の審判」を髣髴とさせた。
オーマはすっかり心を奪われ、ただただ呆然と立ち尽くす。
『今はまだ、お主をこの世界に迎えることは叶わぬ。されど、親父愛に危機が訪れたとき、我らは必ず汝を助けよう。これは、約束だ』
「おきてください! 院長!! 院長ってば!!」
「……ん……うん……?」
看護婦の声に叩き起こされ、はっと目を覚ます。
「親父愛の楽園は!?」
「……はぁ?」
そこは、いつもどおりの病院の院長室だった。
目を覚ますなり楽園はどこだと口走る院長に、看護婦は「……また、この人はどんなイロモノドリームを見ていたのか?」という表情を見え隠れさせつつも首をかしげる。
「……夢か……。そうだよな」
と、言おうとしたその手に何か握られているのに、オーマは気付く。
そこにあったのは金の輝きを放つ小さな仁王像のペンダント。
「……親父愛の、神?」
姿形、その小さくとも堂々とした表情も、何よりそのすばらしい筋肉の造形は、あのカミサマそのものだった。
「院長、何を寝ぼけているんですか? ちゃんと仕事してくださらないと、また奥様に大目玉を食らいますよ?」
この人には何を言っても無駄だろう。そんな諦めを含んだ口調で言い残して、看護婦は仕事に戻る。
(これは、約束だ)
そんな言葉が強く、オーマの胸には残っていた。
もしかしたら……、いやきっとまた必ず会える。そんな気がした。
− FIN −
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