<東京怪談ノベル(シングル)>
変わらない日々
小鳥の囀りが夢の中で微睡んでいた私を現実へと引き戻す。
カーテンの隙間から、漏れる昇り始めた太陽の光が差し込んで、その光に目を細めながら私は目を覚ました。
いつも目覚めは良く、二度寝なんてすることはほとんど無い。
カーテンを開け、出窓も開けて朝の清々しい空気を吸う。
薄靄のかかった町並みの中で動くものは、空を舞う鳥と浮かぶ雲の影だけ。
ゆっくりと光に満ちていく世界。
そんな静かな世界の目覚めと共に、私の一日は始まる。
「よしっ、今日も行くか」
着替えをさっさと済ますと、いつもの町外れまで鍛錬をしに向かう。
それが私の日課だ。
まだ街の人々も起き出さない通りを抜け、風を切って私はその場所へと向かう。
その途中、毎日通るその道に小さな変化を見つけるのが楽しくてたまらない。
名も知らない花が咲いたとか、道端に小さな子猫が居たとか。
本当に些細な事だが、それを見つける事が毎朝嬉しくて仕方ない。なんというか、温かい気持ちになるというか。
静かすぎる朝の風景に色が戻る瞬間、とでも言うのか。
町外れまでやってきた私は、軽く体力作りから開始する。
やはり基本は捨てられない。
何事も基本あってこそのものだ。戦いの中で身につけた事ももちろん大切だが、根底にあるものがしっかりしていなければ新しい技も暴走して終わるに違いない。
そんなのはごめんだった。
朝から心地よい汗を流した私は、人々が起き始める頃に街へと戻る。
太陽も大分空へと昇り、世界を明るく照らし出していた。
街へと戻る途中、市場へと向かう人々に出会う。
眠そうな顔をしている者の脇を、快活そうな青年が颯爽と駆けていく。
「ああいうのはいいな」
朝からあのように元気な者は好感が持てる。
しかし‥‥‥、と私は今は完全に夢の中に居るであろう腐れ縁の某人物を思い出した。
絶対にまだ寝ている。これに関しては不思議な程に自信がある。
朝には弱く夜行性。
それを注意すると、昼夜逆転の生活を送っているのには訳がある、と言って毎回言い込められてしまうのだが。
日の出と共に起きるのが普通なのではないかと思うんだが‥‥。
まぁ、他人の事をとやかく言っても仕方がないか。
それにそんな不規則な生活をしていてもあいつは強いんだから。
体調を崩してボロボロになっていたら、ライバルとしてそれはどうなんだ、と問いつめたくもなるが今のところそんなことはないし。
放っておこう、と思い直して私は首を軽く振ると家へと戻った。
先ほどかいた汗を湯浴みでさっぱりと洗い流す。
この朝風呂が心地よい。至福の時。
窓から差し込む光も綺麗だと思うし、身体を包み込む湯の温かさも良い。
一日で数度感じる、ほっ、とした時間。
ぱしゃん、と跳ねる水音も耳に心地よかった。
さっぱりした所で、ぐー、と腹が鳴る。
とても情けない気持ちになるのは何故だろうか‥‥。
とりあえず心地よかった湯から上がり、私は買い置きしていたあり合わせのもので朝食を済ませる。
今日は牛乳とパンとハムと卵だ。
簡単にハムエッグを作り、それをパンに挟んでサンドイッチにしてしまう。
簡単だが栄養的には問題ないはず。本当は野菜を食べたい所だったが生憎きらしていた。後で買ってこなければならないな。
まぁ、どっかの誰かよりはまともな食事を取っているはずだし、とすぐに引き合いに腐れ縁のあいつを出してしまうのは私の悪い癖だな。
苦笑しながら牛乳を流し込んで、家を後にした。
冒険者たる者、やはり情報はかかせないものだ。
その情報を持っているかによって、状況が変わったりもする。
街をブラブラしながら、人の噂話に耳を傾けてみたり。
それときらしてしまっていた野菜等の食材を買ったりと結構忙しく時間を過ごした。
でも今日の収穫はなんといっても、いつも買いに行く店の親父さんが色々オマケしてくれた事だろうか。
これは大変有り難い。
いわゆるお得意さんってやつになってしまったのだろうか、私は。
食料はあるに越した事はないから、いつでも大歓迎だ。
ほくほくとした気分で、情報収集も兼ねて白山羊亭へと向かう。
そこで昼食を食べながら、周りの声をぽつぽつと拾って。
まぁ、今日の所はろくな情報は集まらなかったが。
気になる依頼も無く、ほんの少し落胆しながら私は帰路につく。
仕事なのだから依頼を選り好みできる立場ではないのは分かっているが、やはり得手不得手があるものだ。
怪物退治などは私にも出来るものだが、突然赤子の世話をして欲しい等と言われても困るのだ。
どうしても、という場合は仕方がないだろうが、そうでなければ遠慮したい依頼だ。
家に荷物を置いて、私はまた忙しく家を出る。
朝に向かった町外れへと再び足を向け、私は修行を開始する。
私が求めるのは本当の強さ。
何者にも負けない強さ。
それは精神的にも、肉体的にも。
どこまで私はいけるのだろう。
どこまで到達すれば満足なのだろう。
それは今も分からなくて。
終わりが見えない。
それは恐怖でもあり、心が惹かれる部分でもあって。
日々鍛錬をし続けて、強いものと戦う度に、自分の技術が上がっていくのが分かる。
でも多分、私はどこまで鍛えても満足出来ないのだと思う。
こうして刀を振るい、数多の傷を身体に増やしても。
私は死ぬまで武士として生きるに違いない。
愛用の刀である蒼破を取り出し振るい始める。
決まった型から、戦いの中で見つけた自分自身だけの型を流れるように。
一人で行うそれは遠くから見たら舞っているようにも見えるかもしれない。
光を受けて輝く蒼破がキラキラと輝く事だろう。
あとは時が経つのも忘れ、無心でただ蒼破を振るい続けた。
やがて辺りが暗闇に包まれる頃、私は漸く刀を降ろす。
額には玉のような汗が浮かんでいる。
私は刀を鞘に戻し汗を拭うと、小さく息を吐いた。
夕食はいつもの如く、黒山羊亭だ。
席に座る前に依頼を眺めると、そこに良い依頼と見つけた。
魔獣を倒して欲しいとの依頼だったが、これは一人でやるよりもやはりもう一人いた方が良いだろう。
連係プレイとまではいかなくても、大体次にどんな手を出してくるか。
一緒に戦う相手の動きが読める方が楽に決まっている。幾度となく手合わせをした相手ならば、少しはそれが予測可能だ。
「誘ってみるか‥‥」
どうせいつものように迷惑そうな顔をされるんだろうけどな、と苦笑しながら私はその張り紙を取った。
そして席に着き、いつもと同じ食事に今日は青々としたサラダも追加で頼んでみる。
それを食べながら、琥珀色の液体を流し込んでいると隣に座る腐れ縁の某人物。
「なんだ、またこんな時間に起きたのか。本当に夜型だな」
「生活の時間帯が違うんだから構わないでしょう?」
呆れたように告げたら、何時もと同じ言葉が返ってきた。
こんな軽口を叩けるのも隣の人物だからなのだが。
さて、さっきの依頼の話を何時きりだそう、と思っていたら、勝手にあちらから話を振ってきた。これは有り難い。
「良い依頼はあった?」
「ああ、その件だが。良い依頼を見つけたんだ。一緒に‥‥」
「高く付くわよ」
速攻意地悪な笑みを浮かべて告げられた言葉に、私は何を言って良いか一瞬口をぽかんと開けた。
まぁ、予測積みの事ではあったが、こうも毎回毎回同じ条件を出されると‥‥。
苦笑しながら、そうくると思った、と呟いて。
「まぁ、無事に依頼成功する事を祈って」
「そんなの成功して当たり前よ。ジュドーが失敗しなければ」
くすり、と笑みを漏らされて。
一体私がどうしたというんだ、全く。
そっちこそ足手まといになんてならないで欲しい、と告げたら怒られた。同じことを私に言ってると思うんだが‥‥。
口では勝てないからそこは我慢して、笑っておいた。
なんだかんだ言っても、一緒にいるのが楽しいのだから。
それから他愛のない話をして、その依頼を一緒に受ける事にして。
用事があると帰って行った相方を見送り、私はさっさとその依頼の契約をしてしまう。
そしてさっさと風呂に入りたかった私は黒山羊亭を後にした。
一日の汗と汚れを綺麗さっぱり落として。
私は簡単なストレッチをして寝る準備を整える。
ベッドの上に腰掛けて大きく伸びをしてから、目の前の蒼破に手を伸ばした。
何時もと同じ寝る前の一仕事だ。
愛刀、蒼破の手入れは毎日寝る前に丹念に行う。
これは蒼破を手にしてからの日課だった。
いつも私と共にある刀。
数多の戦いを共に歩んできた刀。
何物にも代え難いものだ。
いつだって万全の状態にしておく為に、この作業を欠かした事はない。
蒼破の手入れを終えた私は漸く眠りにつく。
満天の星空を見上げ、ゆっくりと窓を閉めてカーテンを引く。
また訪れる明日への希望を胸に。
明日、また少し強くなれる自分を信じて。
そうして緩やかに訪れる眠気を感じて。
そっと私は睡魔に身を委ねるのだった。
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