<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


++   貴方のために<後編>   ++


《オープニング》

 ようやく目を覚ました女性の瞳は虚ろだった。
 凍りづけにされ、遺跡の中で囚われていた女性―――彼女の名前はティナ。
 ティナはルディアに促されるままに身を起こすと、生気の無い顔でぼうっと何も無い空を眺めている。
 未だ濡れた髪――大きく、ゆっくりと呼吸をする身体。
「ねぇ……大丈夫? しっかりして」
 瞬きすらもゆっくりと、一つ一つの動きを確かめるかのように―――
「………行かなくちゃ」
 ぽつりと呟かれた言葉。
 ルディアは余りに無垢で透明なその響きに、動きを止めた。彼女の胸元の首飾りが微かに淡い光を放っている―――ただの月明かりかもしれないが。
「……え?」
「あの人が、待っている……私……行かなくちゃ………」
 ふらふらと立ち上がり、まだおぼつかない足取りで白山羊亭の扉へと向かい、歩いてゆく。
 「あの人」というのは、ショウの事を指しているのか、それとも……
「ねぇ、待って……! ティナさんははまだ歩けるような状態じゃないよ!!」
 ルディアが歩き出したティナの腕を掴んだ。
「………ねぇ、落ち着いて? 貴女一人じゃあそこまで辿り着けない。ここがどこだか、分かってるの?」
「…………ここは………」
 ようやく瞳の焦点がルディアのそれと合う。
 彼女はゆっくりと深呼吸をするように、息をついた。
「貴女……誰? ここはどこなの……? 私……あの、遺跡に……居た筈じゃ?」
 戸惑うように、彼女は透通るような水色の髪と、湖面のような深い藍色の瞳とを揺らした。
「確かに貴女は今まであの「遺跡」に居たよ、けど…ここに居る皆が協力してくれて、助け出されたの――でも……」
 言葉を濁らせたルディアの様子に気がつき、彼女ははっとして辺りを見回す。
「………彼は、どこ?」
 「彼」――ショウは、ティナを助けに行ったのだが……怪我の癒えぬあの身体では、ろくには戦えなかった。「此処からは出さない」遺跡の主の言葉そのままに、ティナと入れかわりに囚われの身となってしまったのだった。
「あの人は……遺跡に………」
「……遺跡……あの、遺跡は……ショウ、……私…」
 記憶が混乱しているのか一人呟く彼女を落ち着かせようと、ルディアは彼女の背中を優しく撫でた。
「ねぇ……ティナさん、もう少しでいいから、休もう? 今は体を労わった方が……」
「力を貸して」
「え……?」
「私一人で無理だというのなら――誰か、私に力を貸して」
 ティナは先程までの様子とは打って変って、力強さを宿した瞳で白山羊亭に居る面々を見詰めた。
「助けたい人が居るの。その人は……私の、とても大切な人―――お願いです、私に……皆さんの力を貸してください!!」
 ティナは胸の辺りまで持ち上げた手を、きゅっと握り締めた。
「私……あの人を…ショウを助けたい。伝えたい事があるの――このまま離れてしまうなんて…私、…嫌よ……」
 懇願するような瞳で、少しだけ顔を上げた彼女は、すぐさま視線を落として瞳を閉じた。

「どうか…お願い……力を貸して……」

「皆……私からもお願いするね。彼女に力を貸してあげて……」
 震えるティナの手を、ルディアは包み込むようにそっと握った。
 雨は上がり、くすんだ月の輝きが、薄らと窓の外の世界を照らし出していた―――


「勿論僕は行きますよ? 依頼は完遂させなくてはね。依頼人を置いて帰ってきてしまったのでは後味が悪いですし」
 すっと立ち上がると、アイラス・サーリアスが率先して彼女に声をかける。
 その後ろから彼女の回復を待っていたらしい者達が次々と立ち上がった。

「ここまで来たからには最後までつき合わせて下さい。館の主も魔のものだったようですし、周囲に害をなす邪悪を断つのはあたしの使命ですっ!」

「……俺も、一緒に行く」

「俺も行くぜ? 俺は「負けた」だなんて絶対に認めないからな」

 メイ、続いてソル・K・レオンハート、それからユーアが立ち上がる。
「……俺はソル、こいつは朱雀だ。よろしく頼む」
 言葉の最中、肩にとまっている朱雀を指差すと、彼は一礼した。

「嬢ちゃん、まだ無理するんじゃねぇよ。誰が動き回って良いっつったんかね」

 ティナにずっと治療を施していたらしい医者のオーマ・シュヴァルツが白山羊亭の奥から姿を現し、加減呆れを含みつつも、にやりと嬉しそうな様子で彼女を見守った。

「そうよ…まだ無理をしちゃ駄目なんだから……」
 レピア・浮桜は装身具の音色を辺りに響かせながらティナに近づき、彼女を宥めるように言った。

「確かに…無理は禁物だけど、大切な人を想う気持ちは誰にも止められないものよ?」
 ティアリス・ガイラストがにっこりと微笑みながらそう口にする。
「ティナさん、勿論私もご一緒させていただくわ」
 その一言で、ティナの表情がふわりと温かいものへと変わる。
「ありがとうございます、皆さん……!」
「彼が来た時もそうだったんだよ。皆こぞって立ち上がってね」
 ティナの様子にルディアが嬉しそうに微笑む。
「あんだけボロボロだったらよ…そりゃ声を掛けずには居られないだろ? まぁ、俺はショウの心意気を買っただけだけどな」
 オーマの言葉にソルが頷くと、彼は肩に止まっている朱雀を軽く一撫でする。
「その……安心してくれ、俺も……ショウを助けられるように、頑張るから」
「……ありがとう」
 嬉しそうに微笑みかけてくるティナに、ソルはほんの少しだけ頬を赤らめた。
「しかし、敵はなかなかに手強いですね…」

「……なら、私も手を貸そう。いかな理由があれ、その主とやらのやり口は気にいらん」
 そう言いながら、白山羊亭の片隅の卓でグラスを傾けていた女性、アルミア・エルミナールが協力を申し出る。
「あたしも同感です。自らの殻に被って周囲に当り散らすなど、子供と比べたら子供に怒られそうなくらい子供っぽい行いです。いくら、館に囚われているとはいえ、迷い込んできたものを氷付けにして側に置いても、寂しさが増すだけのことに気づいていて気づかない振りをしていることがすでに子供ですっ!」
 愛らしい小さな天使が憤りを露わにした様子で首を縦に振う。

「アルミアさん…いらっしゃっていたのですか」
「心強い助っ人の参上ってか」
「あぁ、俺も…アルミアなら、心強いと思う」
 彼女の事を知っているらしいアイラス、オーマ、ソルの三人は、口々にそう告げる。
「さて、それでは新参者のためにこれまでの話をまとめて貰おうか」
「そうね……話も入り組んできたし、この辺りでまとめてみるのもいいかもしれないわ」
「はい。あたしも皆様のこれまでのご見解をお聞きしたいです」
「ティナの話も聞きてぇしな……?」
 オーマの言葉に皆がティナの方を向く。
 彼女の傍らに付き添ったレピアが、そっとその肩に手を触れる。
「大丈夫です。話くらいできますから……」
 彼女は凛とした瞳で依頼を請け負った面々を見据えた。

 ティナとショウ、二人は遥か東から山を越えて聖都のほうへと向かってきていた。
 事件は雨宿りの為にほんの少し、立ち入った遺跡で起こる――
 「此処からは出さない」という、遺跡の主と思われる男の声が聞こえた後――魔物が襲いくる。
 二人は最上階にある遺跡の主と対峙するが、ティナが氷漬けにされると同時に彼女の首飾りが淡い光を放ち、それがショウを遺跡のある山の麓――とある屋敷の前まで運んだのだという。
 ショウが助けを求めて訪れた白山羊亭……彼は此処で協力者を得、そして再度遺跡の主へと挑む――しかし、彼等はティナを救った代わりにショウを奪われたまま、再度ティナの首飾りの力で屋敷の前へと運ばれてしまったのだった。

「……そうだったのですか」
 ティナが神妙な面持ちでぽつりとそう口にする。

「………」
 アルミアは、皆の話を黙って聞いていたが、微かに話に違和感を覚え――つと首を傾げた。

「前回ガルガントで調べた「噂集」の情報――遺跡の出現条件や屋敷の扉の開閉等、正しい情報もあったのです。しかしながら……遺跡の主の事や、その屋敷の扉の仕掛けを作った人物……その事に関する情報は、どうもあやふやでしてね」
「魔物なのか、人間なのか……」
「あたし達は最初、遺跡の主は屋敷を造った人物なのではないかと……つまり人間なのではないかと思っていたのですが…あの力を見る限り、どうも人間とは思えません」

「成る程…な」
 アルミアがこれまでの話を理解したのか、感慨深げな様子でそう呟いた。
 そこでふと――ティアリスが首を傾げたユーアの方に視線を向ける。
「ユーアさん、どうかしたの?」
「え? あぁ……いや。何でも無い」
「何か思い当たる事があるのなら言っておけ」
 アルミアが冷静な口調でそう告げる。
「じゃあ、一応言っておくかな――細かい事は言えねぇけど…俺の知る限り遺跡の主は、人間だぜ?」
「「「……え?」」」
「いや、だからさ……今はどうなのかは知らねぇけど…あいつは人間だったんだ」
「――それは、どんくれぇ前の話なんだ?」
「んっとー……千八百年近くは前の話だよな」
「千……八百年前? それは、人としては生きていてはおかしい年数では?」
「あぁ、あいつ行方不明なんだよ――少なくとも俺はやっと消息を掴んだけどな。――「伝説の男」……彼ほどの男となれば…死して尚、魂はそれを求め……」

「伝説の、男……?」
「あぁ、そういう異名を持っていたんだ。……これ以上は訊くなよ。
悪いが俺はこれ以上訊かれても、今は…答えられないからな」

「それで……皆さんは私に一体何を聞きたいのでしょう」

 ティナがそう切り出すと、アイラスが「そうですねぇ…」といってティナの方をじっと見据える。
「その首飾りですが……何方かからの頂き物でしょうか?」
「これ――ですか……」
 ティナはアイラスの指す首飾りにそっと指先で触れた。
 その「蒼い石」は、ふわりとゆれる湖面のように波紋を湛える。
「これは……亡き父と母から……、私の家に代々伝わるものです」
「ティナさん、僕達はその首飾りの力で遺跡から出ることができました。前回ショウさんがここへ助けを求めに来た時も……彼もその首飾りの力で遺跡を出ることが出来たのですよ」
 彼女は少し消沈した様子で囁くように言う。
「………そうでしたか」
「何か、その首飾りの力について思い当たる事はありませんか? その首飾りの力こそが、遺跡を出るために必要な物だと…僕はそう思うのですが」
「………いえ、私には……解りません」
 俯いた彼女を見遣ると、アイラスは「そうですか…」と呟きながら何かしら考え込んだ様子で腕を組んだ。
 そのアイラスの様子を一瞥すると、今度はオーマが彼女の方に向き直る。
「嬢ちゃんは「水の民」って知ってるか?」
「………えぇ、まぁ……」
 ティナは少し抑えた声でそう応えると、何処か皆の視線を避けるように外を眺め見た。
 薄らと照らし出される彼女の細く白い腕に、しっとりとした水色の髪の毛が伝う。
「ティナさん貴方……水の民の子孫じゃないのかしら……?」
 ティアリスの言葉に、ティナは少し目を見開き、それから静かに首を左右に振った。
「そうなのか……? 俺はその髪や瞳の色…それにその輝石といい…もしかすると水の民の末裔か関係者かと思っていたんだがね?」
 オーマの言葉にも、ティナは微かに首を左右に振う。
「……私は……末裔では、無いわ」
「じゃあ…水の民の子孫の遺物が、ティナさんの持っている首飾りなのかしら」
 ティアリスの質問に、ティナは再度首を振い、否定した。
「いいえ、これは…遺物では……無いわ。歴とした私の物よ」
「じゃあ遺跡の主は……? 遺跡の主は氷を扱うのだし、水の民のような気がするわ。ただ人間にしては強すぎるのよね…何かから力を得ている……とか?」
「私には……そこまでの事は」
 ティナが俯き微かに首を左右に振うと、オーマは少し首を傾げた。

「ティナさんがあの遺跡の主の娘――という事は、無いわよね?」
「それは幾らなんでも……自分の娘を氷漬けにする父親が居ると思うか?」
 ユーアの意見に、そうよね…と考えを改め、納得した様子でティアリスも頷く。
「遺跡の主の奥さんが水の民だった……とかは」
「確か……水の民は遥か昔に滅んだ種族だと言っていなかったか?」
 ソルの言葉に、大半の者が頷いた。
「でも、噂は間違った事を言っているときがあるもの、ホントのところはわからないわ」
「確かに……そうですね」
 メイはこくりと頷くと、ティナの方へと向き直った。
「物事には、色々な可能性が秘められています。たった一つの真実でも……人は、様々な方向から考えて――そして、一つの答えを導き出すのです。ティナ様、少しでもいいです……違った角度から物事を見てみましょう」
「――……はい」
「ほんの小さな可能性でもいい、だから……」
 その言葉に、微かにティナの瞳がゆれる。
「屋敷を造った人が水の民という可能性も考えられるわよね」
「「噂集」じゃ水の民の力を借りて――とか書いてあったけどな?」
「協力を……得られたかどうかは定かではありません」
「もし、そうでなかったとしたら……どのような可能性が出てきますかね?」

 例えば協力が得られないのなら――水の民からその雫を奪う。
 奪う方法は……?
 盗み出す、騙し取る、それとも強奪か。
 彼等は起こり得るであろう事柄を次々と挙げ、問答を繰り返す――ティナの反応を微かに窺い見ながら。
 彼女の表情の変化は乏しい。
 無変化に徹しているのか、それとも……

「では、質問を変えましょう。ティナさんは遺跡の主について、何か知っている事がありますか?」
「……あのお方の事ですか」
 アイラスは柔らかに微笑む。
「えぇ、そうです。氷漬けの時の意識はありますか? 何か――感じたことだとか…」
「―――ないわ。何も……氷漬けにされた後のことは覚えていないの」

 (…――何か、黙っている事があるようだな?)
 アルミアは少々思案した様子でティナの事をじっと見据えた。

「何かに身体をのっとられている可能性も否定できないわね。」
 ティアリスが何かしらを考えた様子で思案している。
「もしかしたら遺跡の主は遺跡の中にいる限りは永遠に生きられるけど、ずっと独りぼっちで寂しいのかも知れない。だからティナ達を自分の元へ留めようとしたのかも……」
 そのレピアの言葉に、皆がしんとして静まり返る。
「………あの……」
 その沈黙の中、ティナが加減申し訳無さそうに声を上げる。
「ティナさん、何か何か思い当たる事でもあったのかしら?」
「――その、私………」
「……どうしたの? 具合でも悪いのかしら……? そうよね、少し落ち着いたとはいえまだ本調子ではない筈だわ。横になっていた方が良いんじゃないかしら?」
「そうね、あたしもそう思う。ねぇ、ティナ…少し体を落ち着けて、それから話をしましょう」
 ティアリスの提案にレピアが賛同する。
 二人はこくりと頷き合うと、彼女の元へと歩み寄る、が……彼女達はすぐに足を止めた。
「いえ…私…少し皆さんに……嘘をついてしまいました。嘘…というか――私、本当は………その……」
 口篭もるティナに、依頼を受けた面々はその様子をじっと見守る。
 今までの会話の中で、一体どんな「嘘」を吐いたというのか―――

「――言いたくない事は言わなくてもいいんじゃないのか?」
 なかなかいうべき事を言えずに居るティナに、ソルが語りかける。
「――え?」
 彼女がふと顔を上げると、加減首を傾げたソルがティナの事をじっと見詰めていた。
「その……良くわからないけど、俺はそう思う」
「――そう……だな。言いたくない事を無理をしてまで口にする事は無いだろう。本当に言うべき事くらいは自分で決められるだろう」
 アルミアの同意を得、続いてオーマも其れを承諾した様子でにっと笑う。
「まぁ、気ィ向いたら言ってくれや」
 オーマはそう言って彼女に笑いかけた。
「いつでも聞くしな?」
「―――っはい。皆さん…ありがとう」
 ようやく本当の意味での微笑みを浮かべたティナに、皆は安堵した。
「申し遅れたが……私はアルミア・エルミナールだ」
 その影を背負った観のある美麗な顔立ちの女性は、巨大な斧を背負っていた。
 ゴーストアックス。それはあらゆる死霊を統べるという。
「私は…ティナです。アルミアさん、ありがとう」
「なに、礼には及ばない。まだ何もしていないしな……とは言え、どうも相当に面倒な相手のようだな。眼光といい、重力の魔力といい、正面から当たるのは得策とは言えんな」
「そうですね…あの重力を使われたら……」
「防ぎようが無いのでしたら、使わせないまでです」
「……成る程、な」
 アイラスの言葉にアルミアが何事かを考え込んだ様子で握った拳を口元に宛がう。
「怨霊どもで気を散らせて、隙を付いて叩いてみるか」
「ふむ、確かに……試してみる価値はありそうですね」
 全員が互いの意思を確認し合い、こくりと頷き合った。
「だがその前に屋敷だな……どうも不明瞭な部分が多すぎる。調べれば、何か打つ手が見えるかもしれん」
「……そうですね」
「前回とは状況が違うからな、もう一度調べてみればまた違った情報も得られるかも知れねぇしな?」
「前回と同じ徹は踏まない、ということね」
 ティアリスの言葉に皆が強く首を縦に振るう。
「巧遅と拙速を間違えんようにしなければな」
 アルミアはそう言うと、白山羊亭の扉を豪快に押し開く。
「遺跡の主とやらが何を考えているのかは知らんが、事が終ったら洗いざらい吐いてもらうぞ」
「同感です」
 メイが彼女の後に続き、ふわりと宙を舞う。
「皆様、もう一度ガルガントへ赴きましょう。少々時間は掛かりますが……これが、事を仕損じない為の最良の選択だと思います」

 そうして彼等は――詳細な情報を手に入れるために再びガルガントの館へと向かったのだった。




《聞こえた声》

 暗闇の中、ぬっと浮かび上がる巨大な漆黒の塊―――
 細い腕で彼女はそれを掴み上げると、ぶおんっ…と空を斬る音を鳴り響かせながら素振りを行う。
「…………」
 状態は、良好―――まぁ、いつも通りのことではあるのだが。
 彼女はすっとその巨大な魔斧を月明かりに翳すと、反射した輝きを浴び、瞑想するかのように両の瞳を閉じたのだった。


 翌早朝、アルミアは未だ太陽が顔を出しかけた頃に外に出ていた。
 丁度良い樹を定めると、たっと軽やかに地面を蹴って飛び上がる。
 彼女は跳躍の最中、太い幹をその手の中に捉えると、くるりと一回転してその上に音も無く着地した。
「ふぅ」
 アルミアは一息をつくと、其の侭幹に腰を下ろす。
 それから少しして、微かに空気が動き、白山羊亭の扉を静かに押し開き、物音を立てぬように出てくる女性の姿を認めると、アルミアはすっと眼を細める。
 (予想通りの行動……だな)
 彼女は其の侭歩き出すと、不意に天から降りてきたソルに手を掴れ、其の侭何かしらの話をしている。
 (取り敢えずは安泰――といったところか)
 そのままアルミアは腰掛ける樹の下で、一人の大男と青い青年とが背を向け合いつつぶつかっている様を興味深げに眺めた。
 腿に肱を立て、頬杖をつきながらじっと見守る。

「よぉ、アイラスじゃねぇか」
「オーマさん、こんな朝早くからご苦労様です」
「お前もな」
「えぇ、まぁ……でも既に出遅れているみたいですけれどね」
「はは、先を越されちまったな」
「えぇ、上からは反則ですよねぇ…」
 そう言いながらもアイラスはくすりと微笑んでいる。
「あいつはよ……何かこう、今までに無く一生懸命だし、いいんじゃねぇのか?」
「そうですね。彼の一途なまでの真摯さは、今のティナさんには丁度良いのではないのでしょうか? 此処は一つ、ソルさんに任せてみましょう」
「あぁ、そうだな。責任重大だぜ?」

「どうやら出る幕は無かったようだな」

「…アルミア」
「…アルミアさん」
 突然頭上から降り注いだ落ち着いた様子の女性の声に、彼等はふと顔を上げる――すると、彼女は樹の枝に腰掛け、漆黒の長い髪を緩やかに風に揺らしながら、ソルとティナのやり取りしている様子をじっと見据えている。
「どうかしたか? まさかお前達ほどのものが気がつかなかった、等という事はあるまいな?」
「いえ、それはありませんけどね…」
「おう、もう一人来たみたいだぜ。出遅れ組がよ」

「皆様」

 ふわり ふわり と神々しい光を帯びながら、天使のメイが小さな体を中に舞わせている。
「おう、メイじゃねぇか。お前さんもティナの様子を見に来たのか?」
「はい――まぁ、遅かったようですが……」
「僕達皆そうですよ」
 オーマが赤い瞳を細めて向かいの街路樹の陰をじっと見据える。
「――何だかんだ、あいつもきてるぜ?」
「あぁ……」
「本当ですね」
「ユーア様……」
 くすり。
 皆の視線の先――そこには密かに黄昏つつも、ティナとソルを見守るユーアの姿が在ったのだった。






 そして、昼下がり。

「皆さんに……お話があります」
 ティナは意を決した様子で皆に語りかけた。
 彼女の言葉にアイラス、オーマ、メイ、アルミア、そしてユーアはちらとソルの方を見遣ってにっと笑い、ソルは彼等の視線に少し首を傾げながらも、ティナの姿に安堵した様子で頷いた。
 レピアとティアリスの二人は何かあったのだろうか? といった様子で彼等を見遣る。
「説明の仕方が解らないので――本題から入らせて貰いますね」
 皆は昨日までの受け答えの様子からは想像できないほどのはっきりとしたティナの言葉に、こくりと喉を鳴らしながら聞き入る。
「私は、水の民です」
「「―――え?」」
「……私は、子孫でもなければ末裔でもない。……水の民なんです」
「……水の民、ですか」
 ティナがこくりと頷く。
「水の民は滅びました。それは今から千八百年前の事です。」
「じゃあ、ティナさんは……?」
「滅びる直前に――皆の力を集約させた、この、首飾りの力を使って……此方へ」

「勿論、計算して来た訳ではありません。ショウと出逢ったのも……偶然でした」
「彼は……水の民ではない、一般の方なのですよね?」
 彼女はその質問に加減困ったように笑った。
「……この首飾り――予期せぬ力を外側から加えられて強大な力を発生させたことにより、殆ど力が無い状態なんですよね」
 そう言いながら、彼女は自身の首からさげている首飾りを手にとり、じっと見詰める。
「……それが、二度も力を発した…という訳ね?」
 ティナはこくりと頷く。
「皆さんのお話を聞く限り……彼が、私を呼んだ直後には……必ず」
「――つまり……彼の言葉に何らかの力があると考えるべき……なのでしょうかね?」
 アイラスが首を捻り、続いて隣のメイも首を傾げる。
「実はショウさんも、何らかの形で水の民の力を継いでいて…お二人の力が合わさって首飾りが反応した、ですとか……」
「いや、此処はよ……」
 何かを言いかけたらしいオーマが首を捻り、其の侭口を閉じた。

「現状では…彼に会ってみないと、何とも言えないです。彼とは……水の民の話をした事は……在りませんでしたから」
「もしかすると、彼は貴女の事を全て知っていながら、受け入れてくれていたのかも知れない」
 
「ただ、本当に知らないだけかも知れませんけれど…」
「まぁ、其処は彼に確認を取るという事で……後は、遺跡の主の事ですが……ティナさん、話してくれますか?」
 ティナはアイラスの問い掛けにこくりと頷くと、少し間を置いて、ゆっくりと 一言ずつ口にする。


「あのお方は……唯の、犠牲者なんです」


「あの人を責めないで下さい」


「あの人と戦わないで下さい」


「あの人は……とても尊いお方なんです」


「あの人は………私たちの為に、犠牲になった」


「なのに……報われなかった」


「何の行為も 何の苦しみも 何の努力も 何の思いも」


「全て 全て ――無駄だった」


 それは、既に呟きの域に達していたが――彼等はそれを黙って聞いていた。
 ティナが突然顔を上げ、一人一人の顔を確かめるように見詰めた。
「あのお方が持っている、「雫」を見ましたか……?」
「……「雫」、といいますと……ティナさんの持っていらっしゃるその「石」の事でしょうか」
 こくりと頷いた彼女は、首飾りをきゅっと握り締めた。
「同じものです。これと……同じものだった」
「私たちは見れなかったけれど…何か秘密が……ありそうね」
 こくりと頷く彼女に、皆が注意を払った。
「雫は水の民の中でも高位にあたる家のものに受け継がれていました。大変希少なもので、とても力が強かった。だから……」
「それを持っている遺跡の主は、水の民という事ですか?」
 ティナはこくりと頷く。
「……水の民、でした」
 しかしその言葉は過去形だった。
「済みません、このお話は……また後に」
 少し消沈した様子のティナに気を使い、皆はこくりと頷く。
「先に……何か聞きたいことはありますか?」
 そうだな…と呟き、アルミアが発言をする。
「遺跡や屋敷についてはどうなんだ?」
 ティナはアルミアの方へと視線を返す。
「あの屋敷は……建築士が自身の欲求のままに建てました。完成するまでの間、自身の拠点として使用していたらしいけれど……」
「完成と同時に行方がわからなくなった、と書物には残されていますね」
 ティナは少々沈黙すると、眉を顰めながらぽつりと呟いた。
「言葉は使いよう……という事でしょうね」
「「ティナさん……?」」
「雨の日にしか出現しないあの遺跡は……私の時代では「水の神殿」と呼ばれていました。――水の民の、聖地です。長く旅を続けて…ようやく其処へ辿り付いた水の民が、水の儀式を受ける……その神聖なる儀式を執り行うための場所だったのです。その儀式は、旅を続け、各地に天からの水の恩恵を与える為の力を持つ水の民が、一族の主によって正式に認められるための儀式でした」
「貴女は……?」
「私は……一度だけ、行った事があります」
 結局――水の儀式は、受ける事ができませんでしたけれど。と、彼女は小さな声で囁くように言った。

 水の神殿は其処を管理する者――即ち「主」によって一切を取り仕切られていた。
 そもそも水の民の為の神殿であるがゆえに、如何云った構造なのかは知られては居ないが雨や雪の日…つまり天から水の恵みがある時にのみ、その神殿は姿を現す。
 主は代々その神殿の管理を任され、一生をそこで過ごす事を義務付けられているという。
 勿論何らかの魔力によって水の民が必ず一人は中に居るようになっているらしい。つまりは閉じこめられるような状態であるのだが……。
 主は死の間際、次なる主を決め、その者を後継者として力の引継ぎを行う――後継者はその力を得、一生を其処で過ごす。延々と繰り返される、不変の行為。
「ある日、その神殿への侵入者が現れました。一切関係のない、一般の人間の男でした」
 その男は興奮した様子で当時の主に神殿の構造を解明したい、と申し出たらしい。
 しかしその様な事が認められるはずもなく、その男は神殿から放り出された。それでもその男は、雨の日を狙い、神殿への訪問を繰り返した。それは、決して許される行為では無かった。
 聖なる土地へ全くの部外者が土足で踏み入る――事が事であるだけに、いつ命を絶たれ様とも文句の言えない状況――其れに気付いているのか、いないのか…男は幾度かそんな事を繰り返し、とある日――痺れを切らしたらしい男は、ある水の民の部落を訪れた。遊牧する彼等の、先頭の者々の元を。
 「力を貸して欲しい」そう申し出た男の願い出は受け入れられる筈も無く、男は幾人もの水の民に冷たくあしらわれた。
 やがて、男は其れに憤りを感じるようになった――彼は水の民の元から「雫」を盗み出し、その力を使用して屋敷の扉を造る。
 諍いが起こらない筈が無い。
 盗み出した代物で勝手に神聖なる場所へ抜け道を作られた水の民たちは怒り、嘆き、悲しんだ。
 男の行為はエスカレートし、一時間程しか持たなかった扉の効能を高めるべく、再度他の水の民の元から雫を奪い出そうとした。
 争いあう水の民との元――その男は、初めて水の民を殺した。
 転がり落ちた雫が水の民の血溜りへと転がり落ちる。
 それは、偶然だったのかもしれない。
 雫がその血に触れた途端――血溜りが、跡形も無く消えてしまった。
 代わりに雫の色はそれまでの水面のような清々しい美しさは一切無く――薄黒い紅色へと変化した。
 男は雫のその力が増強されている事を知り、神殿へと向かう遊牧民族、水の民を待ち伏せし、時に執拗に探しては殺してまわった。雫の力を強めんが為に。ただ、それだけの為に。

「当然の事ですが…男は、主様の怒りをかいました。元々そんなに多い種族では無かった私達でしたが……その男の手によって壊滅的な打撃を受けた水の民の間には、俄かに男の噂が広まり――主の呼びかけに応じ、密かに一所に集まりました。その男を、何とかしようと……でも、その時にはもう……遅かったのでしょうね……男は水の民の一人一人を探して回ることに面倒を覚えたのか、とある雨の晩、水の神殿に居る主の元を訪れました」

「……まさか……?」
 ティナはこくりと頷くと、一呼吸をおいて再び語り始める。
「代々神殿の管理を任されている、強大な力を受け継いだ「主」。彼の血を雫に吸わせれば……とでも考えたのでしょうね」

 主は襲い掛かる男と闘った。
 それは、彼の手によって殺された、沢山の水の民の力が集結した「それ」と戦う行為でもあった。
 僅かに圧された主は、到着した残りの水の民と共に男と戦う――しかし、その男の力を治める方法は…他には無かった。
 主は襲い来る男、彼の持つ深紅の雫と、自身の持つ蒼い雫とを重ね合わせ――彼等を「吸収」した。
 それで、全てが治まる筈だった――しかし、夜が明け、雨が上がりかけた頃――主の暴走が始まった。
 雨の降る間は少なからずまともで居られる様子だったが、しかし雨が上がるとどうか? 彼は周囲にいた水の民を自らの手で殺害し、涙を流しながら何故だと呟いた。
 最後の生き残り――ティナを目の前にして、主は一体どれほどの涙が溢れ出るのかと考えさせられるほど、沢山の涙を零しながら、ゆっくりと ゆっくりと ティナの元へと近づいていった。
 ティナは動けなかった。
 抵抗しても敵うわけが無い。それだけは解っていた。
 血の気の全てを失った水の民だった者達の体が視界の端に在る。
 少しずつ 少しずつ 主がティナの元へと歩み寄り  やがてその白い手がティナの喉元へと伸ばされ――柔らかな喉を、強く、掴んだ。
 ティナは意識を手離す直前に、最後の力を振り絞って彼の名前を口にした。
 自分が死んだら、これから水の民はどうなるのだろう、だとか。
 此処から出られないこの人は、こんなにも沢山の涙を流しているこの人は、これから先、一体どうなってしまうのだろう、だとか。
 誰にも知られずにこの人は――このまま、ずっと?

 様々な想いを頭の中に過ぎらせながら、ティナは其の侭意識を手離した。


 想像以上に重い話に、依頼を受けた面々は終始俯いたまま、しんと静まり返っている。
 彼女が――容易に人間を信用できずにいた理由は、この事が引っ掛かっていたからなのであろう。
 全てを話し終え、沈黙に耐えているのか、硬直した彼女の眼差しが痛い。
 問い掛けているようだった。
 私は貴方達を信じてもいいの? と。
 太陽が沈む頃、一体誰が目覚めたレピアにこの話を聞かせてやるというのか――彼等は口を噤んだまま、傍らに置かれている、ティナを心配した表情のまま屈み込んだ体勢で石化しているレピアの方を、ちらと見遣った。
 すぐに日は暮れ、彼女は目を覚ますだろう。
 彼等は遺跡へと向かう準備を整えると、日の光のある内に出発した。
 勿論、レピアも共に運びながら。




《それぞれの道》

「降りそうも無い天気ね…」
「ハイキングには持って来いなんだが…今回ばかりははちと歓迎できねぇな……」
「せめて雲のひとつくらい浮かんでればな……」
「でも、大丈夫なんじゃないのか?」
「――ティナさんが、大丈夫だと言っていた事だし……大丈夫だとは思うけれど」
「あたしはティナがだいじょうぶだというのなら、それを信じるわ」
「皆様、大丈夫です。信じてさえ居れば、神様は必ず力を貸してくださいますから」
「まぁ、神云々は良いとしてだ――ティナが本物の水の民だというんだ、何かしらの力を使ってその遺跡の出現を左右できる力を持っていたと考えるのが妥当だろうな」
「……そうですよね。主が人と混じったというのなら……水の儀式を受けていないとはいえ、「主」は自動的に生粋の水の民であるティナさんとなるのでは……?」
「………ちょっと待って、ティナは水の民だったという事になったの?」
 皆が口々に話す言葉を聞き取りながら、突然彼女は反応を返した。
 再度「運ばれた」事に終始申し訳無さそうにしていた彼女であったが――レピアの質問に、全員の間に冷たい空気が走る。
 誰も答えそうも無い空気の中、観念した様子でオーマが口を開いた。
「あぁ、お前さんがきっちり目覚めるまでにティナが話してくれてよ……ティナは水の民で、遺跡の主も元水の民でよ……まぁ、その……何だ?」
 話に困ったらしいオーマがアイラスの方に助けを求める。

「えぇ、そうですね。……遺跡の主さんは水の民だったのですが……魔の者と混じってしまった事によって雨の降らない間は正気を保てないのだそうです。……僕達は、二手に分かれて行った方が良いみたいですね」

「どういう事?」
「雨の降っている間に遺跡に入って、少なからずまともに話し合えるであろう状態の遺跡の主様を説得する方と、屋敷から入って「侵入者」として遺跡の主様に危険を察知させ――敢えて正気を失わせる方、その二手に分かれましょう、という事です」
「どうしてそんなことをする必要があるの?」
 レピアの問い掛けに、皆の間にある硬直したような空気は解消されない。
 肝心のティナの口からは、敢えて何の言葉も無かった。
 「何度も口にする必要は無い。卿はただ、黙っているといい」アルミアの意見に皆が賛同した結果故の事だったのだが。
「遺跡の主様を救うためです」
「……少なくとも卿が石化している間は満場一致で決まっていた事だが」
 皆の様子に違和感を感じながらも、何となく心楽しくない様子でレピアがふいっと顔を逸らす。
「――それがティナの為になるというのだったら、あたしは反対なんてしないわよ」
「じゃあ、決まりだな」
「………ありがとう、レピアさん」
「……ティナ」
「……心配、してくれていたんですよね? 氷漬けにされていた、私の事」
「…えぇ、そうよ。とっても可愛そうだって思ってた。早く助けてあげたいって」
「石化するレピアさんを見て…私、思ったんです」
「――なんて?」

「皆さんの協力がなければ、大きな問題をなかなか一人では、どうこうしようとしても無理なんだな、と思いました。私自身、力不足な点は多々ありますし、気がつかない事だって沢山。
 ……だから皆さんには、本当に感謝してます。この先……どんな結果になっても、私は今……皆さんにありがとうっていう気持ちで一杯なんです。……だから」

 突然力の抜けた様子で屈み込んだレピアを心配した様子で、ティナや、周囲の者達が大丈夫か? と問い掛けてくる。

「……大丈夫よ。少し体に力が入らなかっただけだから」
「……具合が悪いのでしたら……お休みになられた方が宜しいのではないのでしょうか?」
「そうですよ、レピアさん、私に気を使わなくても良いですから……」
「いえ、本当に大丈夫よ。心配ないわ」

 レピアの様子に何かしら勘付いたらしきオーマがぼそりと呟く。
「何か大変そうだなぁ、おい」
「まぁ……言えぬというのならば強制はしないがな……?」
「そうですねぇ…強制は良くありませんよ」
 アルミアの其の言葉に乗じて、アイラスもぼそりと呟くように言った。


「皆さん、少しさがっていて下さいね」


 ティナはそう口にすると、遺跡の出現する箇所の辺りにすっと手を翳す。
 彼女は瞳を閉じると、ゆっくりと何かを口にした。

「―――――」

 ず……ずず……

 何かしらの妙な音が、どこからとも無く聞こえてくる。
 大気揺るがせるようなその音は、皆の心に一抹の不安を覚えさせた。
「見て、雲が……!」
「「「なっ……!!?」」」
 皆が指差すレピアを見て空を見上げる――すると、天には薄暗い、厚い雲の塊が集結していた。

 ぽつ

 ぽつ ぽつ

 俄かに雨が降り注ぎ、其れにあわせるかのように遺跡が出現した。

「さぁ、皆さん今の内です。今の私の力では――長くは持ちませんから、早く……」
「分かりました」
「皆様、お気をつけて!」
「あぁ、分かった……行くぞ、朱雀」
「おし、いくぜ!!」


 ティナの言葉を合図に、アイラス、メイ、ソル、ユーアは一気に駆け出し、遺跡の門を潜って中へと入っていった。
「皆さん……どうか、宜しくお願いします」
 ティナの声が遺跡の中へと消えていく彼等の背中に向けて響いた。


 ティナを含め、オーマ、ティアリス、アルミア、レピアの五人は、一路屋敷を目指して下山を始めたのであった。
 雨はしとしとと降り続き、すぐにも上がりそうだった。
「急いだ方がいいな」
「……そうですね」
「ティナさん、体調の方は大丈夫なの?」
 ティアリスがティナに歩み寄り、彼女を気遣う――その様子をアルミアは只黙って眺めていた。
「えぇ、私は大丈夫です」
 ティナは微かに微笑むと、それをじっと見詰めるオーマの方にも視線を向けた。
「どうか……しましたか?」
「いや……何だかよ、まだまだ秘密がありますってぇ顔してるから思わず、な」
「………そうですか」
「…否定しないのか」
 不意にアルミアが背後から声を掛けるが、ティナは其れに沈黙で返答をした。
「「「「「…………」」」」」
 共に歩む五人の間に妙な空気が流れる――が、そこをレピアがふぅっと大きな溜息をつきながら振り払った。
「話せないことがあるのは仕方の無い事だわ。あたしにだって、あるし…皆にだって一つくらいあるでしょ?」
「…まぁそうだな」
「えぇ、……それが普通よね」
 オーマの返答をティアリスが肯定する。
「………」
 アルミアは答える気が無いらしく、そのまま無言で山を下っている。
「当たり前過ぎて答える価値もねぇって所かね?」
 オーマがぼそりと呟くと、微かに三人が笑った。



 雨が上がり、彼等は屋敷の扉をゆっくりと押し開いた。
 途端にびりびりとした空気が伝わり、薄暗い屋敷内の姿が明らかとなる―――
「………何だ、これは」
 呟いた声でさえもビィイ…ン……と、屋敷内全体に響き渡っているかのようだ。
「きったねぇなぁ……」
「あたし……あの遺跡がこの世界に留まっているのは、この屋敷に秘密があるからだと思っていたんだけど……」
「……此処に?」
 ティアリスの問い掛けに、レピアの返答は無かった。
 むしろ、できなかったといった方が正しいだろう。屋敷は――何のものも置かれては居なかった。
 一切の生活感の無い空間―――
「ティナさん、建築士は此処を生活の拠点としていたって―――」
「えぇ、その筈……ですが」
「誰も住んでいたような形跡は無いな。……寧ろ」
「建てて其の侭放っておいたかのような……」
 塗りたてのペンキの匂いが篭り、古臭い埃の匂いと混じっている。
 言葉通り、建てたまま―― 一切触れずに放っておいたかのような。
「此処から……あの遺跡まではちゃんと繋がっているのだろうな?」
「えぇ……水の神殿の…波動だけは感じ取れます。その点に間違いは無いようですけれど…」

「あたしは何か、水の民の情報や遺跡の謎について書かれた蔵書が無いかと思っていたのだけれどね」
「レピアさん……この空間にそれを望むのは無理があると思うわ」
「同感だな」
「こいつぁこれで、こう……出端を挫かれたような感じだよなぁ」
 オーマのぼやきが屋敷の中を木霊する。

「何か…書き残しの一つくらい、在ってもいいのに……」
 ティナがぽそりと呟く。

 (ん……何だこれは?)
 アルミアは部屋の片隅の不自然さに気が付き拳を軽く顎の辺りに宛がい少々思案すると、その壁を遠慮なく手で押した。

 ゴ……ゴン!!

 重々しい音が鳴り響くと、皆がアルミアの元へ集まり、その奥にある小さな部屋に視線を集中させた。

 さっぱりと綺麗に整えられた部屋―― 一切の棚などの家具は無く、地面に小さな紙切れと、その脇に渦を巻いた歪んだ空間が見え隠れした。

「……此処から遺跡へ?」
「そのようですね。この渦から神殿の匂いがするから…」

 オーマはメモを拾い上げると、そこに書かれた文字を見て微かに首を傾げた。
「何て書いてある」
 アルミアがそのメモを横から覗き見る――しかし、途端に彼女も微かに首を傾げた。
「おい、ティナ……」
「はい?」
 オーマはティナを手招きすると、彼女にそのメモを見せた。
「………」
 ティナの両脇から、レピアとティアリスがその紙を眺め見たが…
「これ、どこの国の言葉かしらね?」
「あたしにも良くわからないわ…ティナは読める?」
「………いえ、私には…少し、意味が解りません……」
 ティナは俯き加減に微かに首を振うと、其の侭渦の方へと向き直る。

 (―――また、何か……隠したわね)
 (あぁ、悪い癖だぜ)
 (まぁ、大して危険な事ではないのだろう、少なくとも私達に関わるような事とは思えないがな…?)
 (そう思っておきたい所だけれど…ね)
 (まぁ、もし関わる事だとしてもよ…きっと今日の昼間みてぇに後々ちゃんと言ってくるんじゃねぇのか?)
 (あぁ……そうあると願いたいものだな)

 ティアリスとオーマ、アルミアの三人はレピアとティナが穴を覗き込んでいる隙にその後ろで一頻りの会話をすると、「行きましょう」という二人の言葉に相槌を打ち、渦の中へと飛び込んだのだった。




《対峙》

「待たせたな!」
「皆、無事なの!?」
「………漸く着いたか」
「…まだ終わっては居ないみたいね」
 なだれ込むように現れたオーマ、ティアリス、アルミア、レピア。そしてその後ろからティナが部屋の中へと入ってきた。

『あぁ……戻ると……思っていたぞ、ティナ』

「………主様」

 二人の間にぴりぴりとしたような、それでいてしんと静まり返り、何の感情も存在しないような――不思議な空気が流れる。
「アイラス、状況はどうだ」
 オーマが炎を纏った弾を氷の魔生物に打ち込みながらアイラスに問い掛ける。
 撃ち放った弾は、攻撃対象に着弾するなりぼぼっと炎の勢いを増し、ぐるりとそれを包み込むようにしてそれを溶かしてしまった。
「結構不利ですよ……まさかあれだけ用意してきたのに、弾切れを心配する事になるとは思いませんでしたがね」
「加勢するわ」
「ティアリスさん、僕が弾を打ち込んだところを突いて下さい!」
 ティアリスが素早く駆け出し、アイラスの指示通りに彼のサブマシンガンの弾が打ち込まれたところをレイピアで鋭く突いた!

 ぱんっっ

 小気味良い音がして、氷の塊が砕け散る。

「――成る程、そういうことね」
 ティアリスは微笑むと、次々とアイラスが弾を打ち込んだ者を次々と鋭い突きで持って撃破してゆく。
 彼女目掛けて放たれた氷塊の魔物の攻撃は、鋭敏な身のこなしでもって容易く交わされ、カウンターを喰らってはぱりんっと砕け散ってゆく。
「……そろそろ、主さんの方に集中してしまいたい所なのですがね……」
 ふっとアイラスの元にその体の二、三倍はありそうな、強大な氷の塊が飛来する。

 ずっ……ずんっっ!!

 地面が揺らぎ、アイラスの姿は其の侭氷の塊の下敷きとなってしまった。
「「「アイラス!!?」」」
 それを見ていた仲間が驚嘆し、叫び声を上げる―――が、しかし

「大丈夫ですよ」

 アイラスは何事も無かったかのように、皆の背後から変わらずサブマシンガンを的確に打ち放っている。
「ミラーイメージか…卿も、なかなかやるものだな」
 アルミアがそう呟くと、向かい来る主の氷塊をブロックして受け止める。
「………ふんっ」
 アルミアは微かに口の端を上げると、氷塊の影から現れた主の姿を認めてその攻撃を受ける直前まで引き付ける。
 そして、彼女は眼前に迫った主の一撃をすれすれで身をかわしながら魔斧を力強く打ち付けた。
 彼女のカウンターが決まったのか、主は其の侭部屋の隅まで飛ばされてゆく――しかし、

 すたっ

 きちっとした着地音を響かせ、主は飄々としてこう呟いた。

『お前達も……暇で来ている訳ではないのだな』

 そう言って冷笑さえも浮かべている。
 後から後から氷の魔物が生まれ出で、彼等の背後を埋め尽くす――切りが無かった。

 がっ……きん!!!

 ユーアの放った斬撃が、氷塊の魔物を真っ二つに斬り裂いてそれを音も無くどろりと溶かし尽くした。
 ひゅひゅっとその口から吐き出される幾つもの氷の飛礫を回避しつつ、ユーアは微かな怒りを篭めてすら居るかのように、力強く敵をなぎ払う。

『クック……ほら、余所見をしている暇はないぞ、女――以前は寸でで交わされたが――今回は、どうかな』

ヴ……ヴヴヴンっ

 主がそう呟いたかと思うや、その姿を細かに移動させ、突如レピアの眼前へと迫った。
「くっ……!!」
 レピアは身を躍らせるように回転を加えた蹴りを主目掛けて放つと、続け様にミラーイメージを使って主の例の攻撃をかわしきった。
「あなたね……友達が欲しいなら自分から言いなさいよっ!!」
 彼女はそう言い放つと、ぐりんっと上半身を下へ、その動きに合わせて足を振り上げるように主に向けて突き上げるような蹴りを放った。
 それを寸でで交わした主は、何時の間にか背後から距離を詰め、ぐわっと勢い良く放たれたアルミアの魔斧の一閃を交わそうとして体勢を崩す。

『ちょこまかと……!!』

 メイがイノセントグレイスで主に攻撃を加えようとした瞬間、彼は再度ヴヴッ……!! と妙な音を響かせてその攻撃をかわし、鋭い眼光をメイ目掛けて放った!!

「……止めろっ!」
 どこから現れたのか、と思うほどの俊敏さで主とメイ、二人の間に割って入ったソルがその攻撃を自身の身をもって凌ぐ。
 ぞくり、と悪寒が走り、ソルは「………?」と少しだけ疑問を抱える――しかし、そんな事を考えているほどの余裕が与えられる筈も無く――

『小僧……お前は自身が炎を司る一族である事に――誇りを持っているか?』

「………何、を?」
 不意な質問に対するソルの微かな動揺を見切り、主は一気に生成したらしき氷の剣で持って激しくソル目掛けてそれを振り下ろした!
 ソルは不意にすっと目を細めると、突如振り下ろされた氷の剣目掛け、素早く左に握りを変えて陽炎を回転させ、横に孤を描くようにしてそれを斬り砕いた!!

 じゅっじゅじゅじゅっっ!!!

 斬り捨てられた氷の剣の刀身が床の上で音を上げて蒸発する。
 ソルは其の侭刀を下手に構えると、抜刀するかのように主目掛けて刀を振りぬく――かと思われたが、身構えた主の意に反し、その刃は逆に素早い動きで収められ、それがフェイントなのだと気付く間も無く――代わりに真上からメイの放ったスラッシングが彼の肩を掠めた!!

 よろり よろり 主が一歩、二歩と…後退する。

『本当に……おまえ達は………!!』

 主の怒りなのか、遺跡全体が微かに振動する。
「ねぇ、皆……何だか――拙いと思わない?」
 ティアリスは全力で戦えることに喜びを覚えているのか、微かに微笑を湛えながらも声を震わせる。
 朱雀がばさりと翼を大きく広げ――ショウと、その傍らに居るティナの体を包み込むかのように覆った。
「ちっ……いよいよ来るってか?」
 オーマは不意にそう呟くように言うと、自らの守護聖獣であるイフリートを呼び出した。
『…………』
 召喚されたイフリートは微かに顔を顰め、自身が相対するであろう属性の場所へと呼ばれた事にふぅっと溜息をつく。
「よぉ、わりぃな……今ちぃとばかし拙い事になってんだわ」
『そんな事は、見れば解るが……』
「じゃあ、一丁お願いするぜ、イフリートさんよ!!」
『……世話の焼ける…』
 イフリートはずんっと重々しく放たれた主の冷気を伴った重力の魔法を背に受けながら、ぐぐっと全身に迸る力をその太く逞しい腕に集約させた。

 ず…ず……ぶぉっ……

 力強く圧し掛かる重力に、ソルと、朱雀によって庇護を受けているショウとティナ以外の面々が次々と地面に膝を付く!
「お…おい、イフリート……早く、しろ…よ!」
「くっ……これは…想像以上の、力……だな」
「ふっ……ぅ……」
 皆は次々と崩れ落ち、ぴったりと床に這いつくばる格好になる。かくゆうイフリート自身も背が不自然な形にひのり、少しばかり苦しそうだ。
『ぬ……ぬぅ………をぉぉぉおおおお!!!!』
 イフリートの元に駆け寄ったソルが、重苦しさと其れに伴ったひやりとした冷気を感じながらも「俺も力を貸すから」と言った。
 体のサイズの分だけ、イフリートの方が圧し掛かる力の量は相当なものであるらしい。
 集約された力が輝きを放ち、その周囲をソルの炎のが彩る――円く孤を描くかのように天井一杯に広がってゆく其れに、二通りの炎が互いに波紋を湛えるかのように広がり行き―――まるで爆発音のような音が鳴り響いた後、全員が重力の魔力から解き放たれ、体の自由を得ていた。

「随分と梃子摺らせてくれたな!!」
 アルミアが起き上がると同時に「死霊の息吹」を放つ。彼女は魔斧と身体に纏った死霊の怨念を凝縮させ、主目掛けて一気に吹き付けた!

『ぐぅっ……!!?』

 アルミアのその攻撃は、遺跡の主の体の自由を奪った。
「「「「メイっ!!」」」」
「はいっ!!」
 誰とも無く彼女の名を叫び、其れに答えた彼女の一撃――神具・イノセントグレイスによる「魔のみ」を断つ一撃は主の芯部目掛けて打ち下ろされた!!

『ぐぅぁ……あぁああああああ!!!!!』

 悲痛な叫び声と共に、主はがくりとその場に崩れ落ちたのであった―――
 倒れ込んだ彼の周囲には、真赤な「雫」が砕け散った欠片が幾つか散らばり――ふと、皆が目を離した隙に、不思議な事にふっとその影も形も見当たらなくなってしまった。
 ティナは微かに声を上げ、目を細めたが――其れに気がつくものは、誰一人としてなかった。



《終焉》

 ぐらり

 建物全体が大きく揺れた――そんな気がしていた。
 途端にティナが叫び声を上げる。

「いけません!! 皆さんっ『屋敷から入った』方々は直ぐに屋敷の扉から出なくてはなりません!!」

「何っ!!? どういう事!?」

「ショウがまだ、目覚めない! 首飾りの力は当てにできないわ!! 早く此処から出ないと…皆さんは抉じ開けた空間からこの神殿に入っているの、このまま異空間へ飲み込まれてしまうわ! そうなったら、一生此処から出られない!!」

 少なからず、屋敷から入ったオーマ、ティアリス、アルミア、レピアの四人に激震が走る。

「っっ!!? ティナ、おめぇ何つぅこと隠して居やがるんだっっ!!?」
「……私は、元よりここに残るつもりでいたから………」
「なっ……何でよ!!?」
 ティナからの思わぬ言葉に、レピアが動揺した様子で問い返す。
「兎に角っ……此処から早く、出てください。私は、足手纏いになりますから……ショウと、此処に」


「―――必要、無い」


 辺りに、静謐な声が響いた。
「「あっ……!」」
「「おっ…?」」
「主様……」
 遺跡の主は自我を取り戻した様子ですっと立ち上がった。
 ゆらり――揺らいだその体を、すっと横から現れたユーアが支えた。
「………ありがとう」
「……どういたしまして」

「おうおうおう、主さんよ、必要ないってぇのは一体どういう事だい?」
 オーマが詰め寄るように主の元へと歩み寄っていく。
 主は彼のそんな行為を気にも留めぬ様子で姿勢を正したまま彼の顔をじっと見据えた。
「私にもう害意は生まれない、と言っているのだ」
「……?」
 オーマが首を傾げると、主はふっと柔らかく微笑んでみせた。
「其処の天使さん……」
 主はメイの方に視線を向けると、「はい」と返答を返した彼女に向かって申し訳無さそうな笑みを向けた。
「神の使いにこのような事を頼むのは気が引けるが―― 一つ、頼まれて貰いたい事がある」
「………? 何でしょうか」
「遺跡の扉付近に仕掛けられた、雫を媒介とした仕掛けを破壊して雫を取り出してきて欲しい」
「……それは」
「頼まれて、くれるかい?」
「………勿論です。あたしは元より…そのつもりでしたから」
 強く頷いたメイに深く微笑み、主は彼女に「じゃあ、頼んだよ」といって彼女を見送り、そのままティナとショウの方へと近づいていった。

「ショウ……」

 遺跡の主がそう呟くと、ふわりと輝かしい白い空気が彼の周囲を取り巻き、彼はすぅっと瞳を開いた。
「ん…? 俺……は…?」
「……っショウ!!」
 ティナは嬉しそうに声を上げると、身を起こしたショウにきゅっと抱きついた。
「えっ……??」
 ショウは動揺したように頬を赤らめる。視界の端に遺跡の主の姿を認め、案外冷静な面持ちでじっと彼の事を見据えた。
「迷惑を……掛けたな」
「いや、いいんだ。助かってよかったよな?」
「………あぁ、そうだな…」
 まるで会話を交わしたことのあるかのような反応――皆は首を傾げたが、彼が事件時に氷の膜で保護されていた辺り、捉えられた直後にちゃんと話し合う機会が持てていたのかもしれない―――

「ふふ。ティナさん、ショウさん、よかったわね」
 ティアリスも嬉しそうに笑った。
「本当ですね」
「メイ、もう戻ったの?」
「はい。あの魔具には、微かに邪悪な力の流れを感じましたから――それを辿るだけですから、簡単でした。主様、雫を取ってきました」
 メイは控え目に微笑を湛えると、雪のように柔らかな印象を湛えたその表情のまま、主へと雫を手渡す。
「有り難う」
 そう云うや否や、彼はその手の中で雫を幾つかに砕き割ってしまった。
「「「なっ……!?」」」
「こうする為に、生まれ出でたようなものだろう」
 主は静かにそう呟くと、砕いた雫をふわりと中に回せ、各々の元へと運んだ。
「受け取ってくれ。少なからず此処への出入りは自由となる。――勿論、雨が降らなければ神殿へは入れないからな…「出るのは自由」という事だが」
 アルミアはそれを手に取ると、不思議な力の流れを感じた。
 水に――守られているかのような。
「貴重なものでは、無いのですか?」
「雫は、心さえ清ければ、その者の元でやがては出でるもの―――最も、もうその水の民すら殆ど居ないがな」
「……なぁ、アーファ」
 ショウが不意に口を開く。
「アーファ?」
 誰とも無く疑問の声を上げるが、それが遺跡の主の真名である事はティナの口から告げられた。
「水の民が、全員逸れずに水の神殿を目指したと思うか?」
「――少なくとも、私の知る限りは……?」
 主は微かに眉を顰めると、何か思い当たる事があったらしくはっとした様子で目を見開いてショウを見詰めた。
「俺が、ティナと一緒に水の民を繁栄させてやるよ」
 ―――その隣で、ティナが何事が起こったのかと思いながらも、一気に顔を赤らめた。
「……そう…か………」
 主は心得た風にすっと笑みを深めると、ショウとティナは立ち上がって皆の方へと向き直った。
「皆、本当にありがとう。助かった」
「ショウに、ティナだったな……」
「……アルミアさん、ありがとう。ショウ、この人はね、アルミアさん。私に力を貸してくれた方なのよ」
 ティナの紹介で一歩進み出たショウは、「ありがとう」と言いながらアルミアに手を差し出した。
「むっ……」
 アルミアは小さくそう呟きながらも、差し出された手を取り、ショウと握手を交わした。

 小さく舞い上がる水の粒がアルミアの目の前に浮かび上がり、ふわりと辺りを飛び回った。
「また今度、会いに行くよ」
 二人はアルミアに向かって、幸せそうに微笑みかけた。







――――FIN.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1063/メイ/女性/13歳/戦天使見習い】
 【2542/ユーア/女性/18歳/旅人】
 【2517/ソル・K・レオンハート/男性/12歳/元殺し屋】
 【2524/アルミア・エルミナール/女性/24歳/ゴーストナイト】
 【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
 【1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 ※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの芽李です。
 この度はティナの依頼を受けて下さって有り難うございます。
 幾つかに砕けたものの、消えた紅の雫…このまま何事も無ければよいのですが…という訳で、水の民から雫の欠片を全員様に譲渡致します。
 参加記念程度に受け取っておいて頂きまして、少々記憶に留めておいて頂ければと思います。
 私は突然何を考えだすか解らないものですから、ある日突然何かを仕出かそうとするかもしれませんので。無いかもしれませんが。笑
 アルミアさん、初めまして。後半からのご参加という事でしたがお楽しみ頂けましたでしょうか? 貴女のお陰様でNPC三名とも無事に生還となりました! ありがとうございます。

 今回も分岐点を用意させていただきました。他の方の作品を読んで頂きますと、謎な部分も解けるかも知れません。宜しければ読んでみてくださいね。
 此度は何か……皆さんの思想の一つ一つをとってみると、交錯する人間模様といいますか…人それぞれという事ですね。色々と考えさせられましたが…という訳で、後ほどショップの方に作品を完成させた後だからこそ語れることを掲載予定です。良ければ一度、見てみるのも一興かと思います。

 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
 今回は沢山の方のご参加、大変嬉しかったです。有り難うございました。