<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


◆◇そこに困難があるのなら、ぶちのめして乗り越えろ!◇◆

  黒山羊亭の名花、エスメラルダは少々しおれ気味。というのも、気に入りのブレスレットが壊れてしまったからだ。繊細な銀鎖が切れていて修理も難しい。
 たかが装飾品。けれど、なんとかしてやりたい。そんな『良い奴!』がここにいた。


「形在るモノは永久に非ずも其処に在りし想いは永久に紡ぎ行けるモノ‥‥だろ?」
 オーマはエスメラルダの目の前にズイっと身を乗り出した。
「‥‥そうね。ただ壊れた事よりも、これを私に送ってくれた人の気持ちを無にしてしまったみたいで気が滅入るのかもしれないわね」
 エスメラルダはいつもより少し素直な様子でオーマの言葉にうなづいた。やはり気持ちがどこか沈んでいるのだろう。
「けれどね。やっぱりいつも身につけていたいわ。理屈じゃなくて気持ちがそうなの」
「わかる。メチャメチャ判りまくりだ!」
 エスメラルダの独語にも似たつぶやきに、オーマは大きくうなづく。そう。オーマにも大切な物がある。愛しい人達を思う『よすが』。その人が側にいても、いなくても‥‥ソレさえあれば、いつも一緒にいてくれる気がする。そんな風に心を寄り添わせてくれる物。だから、無くしてはならない気持ちはよくわかる。
「其の思い、俺が受け止めるぜ。じゃさっそく行こう」
 オーマはエスメラルダの腕を取る。
「行く? どこへ?」
「一緒に作り主求めて三千筋アニキ開始〜★」
「え? ええぇぇぇ」
 よく訳のわかっていないエスメラルダを連れて、オーマは黒山羊亭を飛び出した。

 夜の広場はまだ人通りも多い。噴水が街灯の光にキララと光っている。派手な色つきの照明などはないが、そこそこに幻想的で美しい。そのせいか、周りには男女の2人づれが沢山いた。もちろん、オーマとエスメラルダも男女2人づれではあったが、甘い雰囲気にはほど遠い。奇跡に人が座っていなかったベンチに腰を下ろすと、オーマはガシッとエスメラルダの両手を握った。
「エスメラルダ。この銀鎖を貰った時のこと覚えてるか‥‥って覚えてるよな?」
「えぇ。勿論よ」
「今すぐ思い出してくれ。それこそ、微に入り、懇切丁寧、質実剛健」
「わかったわ」
 なんかわけのわからないまま、それでもオーマの勢いに押されてエスメラルダはうなづいた。何か考えがあるのだろう、と素直に納得する。そして記憶をより鮮明に思い出そうと目を閉じた。
「おー擬似恋愛モード全開だぜ!」
 悪戯っ子の様にオーマが笑う。
「馬鹿ね」
 2人とも、そんなつもりは露ほどもないが一応お約束ということで、エスメラルダは閉じた目を開けやんわりと睨んで見せた。


 ゆっくりと白い視界に色が浮かび上がる。ここではないどこか小さな街だった。手のひらにはあの『銀鎖』がある。
「もう行くの?」
 若い女の声がした。けれど姿は見えない。
「あぁ、それ‥‥君に似合うと思ってあつらえたんだ。着けてくれると嬉しい」
「‥‥馬鹿」
 女の細い指が『銀鎖』に触れる。

 穏やかで暖かい手の感触がある。大きくて年を取った男の手だ。
「う〜ん。なかなか良い出来だな」
「父さんの細工がいいからですよ。だから、俺の鎖がこんなに綺麗に映えてみえる。どうしてこんな普通の手から、こんな綺麗な物が作れるんだろう」
「おいおい。儂はもうこの道‥‥ふむ、何年だったか。ま、ともかく年季の入った職人なら、誰だってこれくらいの細工はするさ。ま。なかなか良い出来だがな」
「うん。本当にいい出来だよ。これ、誰の手首を飾るんだろうね」
「きっと美人じゃ」
「そうだね」
 出来上がったばかりの新しい輝き。


「見えた!」
 オーマは声をあげる。途端に、そこら中の男女達から避難の声と視線が突き刺さる。けれど、そんな形無きあやふやな物でオーマにダメージを与えられるわけもない。
「行くぞ。今度はちょっと距離がある」
「え? ええぇ? 一体どういう‥‥」
「委細承知。構わず猛進!」
 オーマはエスメラルダを抱き上げた。こんな華奢な靴を履いていては、望む速度で目的地まで行くことは出来ないと判断したからだ。
「ちょっと飛ばすぜ」
「‥‥」
 言ったときにはもう人には為し得ない速度で走り出していた。エスメラルダは声もなく、ただ荷物の様に運ばれた。

 そして‥‥。やはり、銀鎖は切れたままだった。

 オーマのおかげで作者である職人の家は探し当てることが出来たが、数年前に他界していた。
「これは‥‥親父の傑作です。そうですか、あなたが身につけていてくださったのですね。ありがとうございます。きっと親父も喜んでいると思います」
 仕事を継いだ息子はペコリと頭を下げた。しかし、父の作を修理する事は出来ないと言ったのだ。しかし、いつかきっと腕を磨いて修理が出来る様になりたいと言う。
「申し訳ありませんが、それまで待って頂けませんか?」
「‥‥どうする?」
 オーマは顎を少し動かしてエスメラルダに決定を振る。
「えぇ、構わないわ。ずっと待っているからきっと直しに来てね」
「わかりました。ありがとういございます」
 職人の息子はもう1度深く頭を下げた。
「あ、あなたもありがとう、オーマ」
 エスメラルダはいつも通りの華やかな笑顔で言った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/腹黒親父/年齢不詳/職業不明】
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記ノベルをお届け致します。オーマ様の爆裂パワーに振り回されるままな結果となりました。鎖はそのままですが、気持ちはきっと同じではないと思います。ありがとうございました。