<PCクエストノベル(1人)>


ナマモノ発見の旅 〜ムンゲの地下墓地〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ムンゲ

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???:「おおぉうい、だれかぁ〜。出してくれよお、ここから出してくれぇぇ〜」
 がりがりと壁を掻き毟り、どんどんと鈍い音を立てながら扉を力任せに叩き、そして外へと聞こえる筈の無い声を上げる。
 あたりは一面の闇、そしてじめじめと湿った空気が肌に触れる。
 どんどんどんどん。
 何回目かの扉叩きを終えると、その人物はふうと息を吐き、やっぱり駄目かと呟いて、手のひらに灯りを作り出して周囲を見渡した。

 ぼう…と、男の顔が、下から照らされた灯りで浮かび上がる。
 それは別段気落ちした風でもない、アクシデントを楽しむように笑みを浮かべているオーマ・シュヴァルツのものだった。

*****

 ここは、ムンゲの地下墓地。賢者ムンゲが埋葬されたと言われているが、その実賢者と言うよりも死者を甦らせるネクロマンサーだったと言う噂もあり、ゾンビ一大帝国がこの奥にあるのだとまことしやかに囁かれている。
 それが全くのデマだとしても、暗くじめついた墓所である事には変りない。何故ムンゲ1人のためにこれだけ広大な洞窟を墓所に仕立てたのか、それも未だに謎のままである。
 そこを灯りを手にぶらぶらと奥へ向かう男、オーマ。彼が何故この場所に来たかと言うと、別に噂のアンデッドモンスターを勧誘に来たわけではない。そんな事は絶対にしないと言い切れないが、本来の目的は別の場所にある。
 新たな魅惑のナマモノゲット作戦――最近のオーマの動向はほとんどがこの目的のために動いていると言っても良いものだった。
 何しろ、最近の病院内はとても静かで、以前のように客引きになっていたナマモノたちのほとんどが、とある事情で病院に生息を続ける事が出来なくなってしまい、そちらから出る収入…芸を見せた時のおひねりや、人手が足らない時に他の者を雇う事なく使えた頭数が期待できなくなっていたからだ。
 そこからの収入やコストの削減が馬鹿にならなかっただけに、早急に新たなナマモノを集める必要があった。
 ――でないと、喉元に当てられている冷たい鎌の刃が、いつ動く事になるか分からなかったからだ。それは幻などではなく、思い出す度に心底から震えが来るほど、オーマにとっては恐怖の対象だった。
 その恐怖から逃れるためになら、どんな危険な場所にだって、胡散臭い所にだって喜んで訪ねて行くだろう。
オーマ:「――しゃあねえ。とりあえず奥に行ってみるか…気は進まねえがな」
 と言う訳で、妙なモノがいると出がけに聞いた噂を元にさっそく地下墓地へと潜ってみた所だったのだが、訪れた客を逃さないと言う事なのか、突如入り口が閉じてしまい…、冒頭の状況になっていたと言うわけだ。
 問題は、入り口を閉めた扉がどう言うわけか開かなかったと言う事。
 単に閉められたと言う訳ではなく、何かしらの封印の力が加わっているらしい。その上、扉をこじ開けようとオーマがその手に何かしら武器を具現化させようとした所、具現と扉の封印に何か反発する要素でもあったのか、下手をすれば力が暴走しかねないと断念せざるを得なかった。
 急に扉が閉まったのも、封印されて閉じ込められたのも…引いては、タイミング良く家を出てすぐの所で聞こえてきた噂も、オーマをこの奥へ誘い込もうとする意思を感じずにはおれず、かと言ってじっと扉が開くのを待つ程素直でもないオーマの事だったから、渋々ながらも暗い洞窟の中を奥へ奥へと進んでいく。
 身体に染み込んで来る嫌な予感に、口をへの字に曲げながら。

 そして――

 襲撃は、音も無く、速やかに始まった。

*****

オーマ:「何がどうなってこうなったんだ、ああん?」
 自分が生み出した頼りない灯りが見せるものは、オーマの傷だらけの姿。深刻な怪我には至っていないが、オーマにしては珍しい。
 尤もそれも仕方の無い事か。
 目の前に這いつくばって、次の跳躍の準備をしている何体かのウォズの姿を見れば――。
 まだ、息が切れる程の状態ではない事が唯一の救いと言って良かった。
 それは、奥へと進んで少し経ってからの事。
 最初の一撃を避けられたのは、長年培ってきた戦いの経験がものを言ったからに他ならない。何故なら…オーマには、その攻撃が『見えなかった』のだから。
 避ける事が出来たのは、ひとえに『敵』の武器が接触する直前に、殺していた気配よりも更に大きな殺気を放ってきた――それを身体の方が先に反応したからで、もし殺気も放たない敵だったらと思うと、避けた次の瞬間に背中を冷たいものが走る。
オーマ:「洒落にならねえぞ、この」
 攻撃をぎりぎりで避けつつ、時折舌打ちを漏らす。完全に避け切れない痛みがちくちくと身体の上を走るが、致命傷にならなければ良いとある意味で達観しているため、それは問題無い。
 ただ…。
オーマ:「こりゃあ…マズイな」
 体力にはまだ余裕がある。
 場所がそれほど広くないために得意武器を出す事は出来ないが、両腕両足を具現コーティングし、盾と打撃武器を合わせた状態にして対処している。
 だから、まだ暫くは凌ぐ事が出来る。
 ――そう。凌ぐ事が出来るだけ。
オーマ:「――ちっ」
 再び、『それ』に気付いたオーマが舌打ちする。
 この洞窟内に潜んでいたウォズの身体能力は、オーマのそれを遥かに凌駕していた。身体を張って動きを止めつつ、意識を集中させて灯りの輝きの量を増やしながらも、今だ一体も無力化出来ずにいる。
 一体何があってここまで能力が上がったのか分からないが、オーマと戦っているウォズたちは、どれも今までに対戦したどの相手よりも強かった。
 しかも。
 統率の取れた動きにしては、時々現れる不自然な『穴』――攻撃を避ける事の出来る空間は、オーマを次第次第に奥へと誘う道へと変化していた。
 だからこそ、拙いと思い、だが抜けられない自分に対し舌打ちをしたのだが。
オーマ:「っつってもなぁ。入り口に戻るには、お互い只じゃ済まねえ事になりそうだしよう」
 強行突破すれば、もしかしたら戻れるのかもしれない。…だが、問題はそこにあった。
 ――不殺主義。
 それは、オーマが立てた誓いの中でも尤も重いもので、例外は存在しない。つまり、どんな状況下に於いてもその誓いを破る事が出来ないのだ。
 だから、オーマには正当防衛による殺害、という概念が既に無い。
 当然過去にはその限りでは無かったのだが、今のオーマには無理な相談だった。
 それも、オーマに、誓いを守るだけの実力があったからこそではあったのだが…。
オーマ:「今回ばかりは、ちぃとキツイかもなぁ」
 まだ言葉を発するだけの余裕はある。さっとぎりぎりの位置で避けた途端、今までオーマがいた位置にきらりと光る刃物状のウォズの爪があり、その場の空間を削いだ。

 ・

 ・

 ・

オーマ:「ええい、まだやれっつうのかこんちくしょう!」
 身体が大きい分、避けられる空間は限られている。その中を、端から見れば驚く程滑らかに動き回りながら、オーマが吼える。
 もう既に封印された入り口の扉は見えなくなっていた。どのくらい動き回ったのか…いや、動かされたのかは分からないが、徒歩よりも遅い進みでいた筈だから、かなりの時間が経過していると見て間違いないだろう。
 怪我に加え、流石に疲労が出て来たのか、雨に当たったかのように全身汗に塗れているオーマが、飛沫を上げながら反撃の機会を窺いつつ向こうの攻撃を避け、出来るだけ消耗が少ない動きで相手の身体の空いている部分へ拳を叩き込む。
 それにしても、驚くべきは相手の体力だった。…ウォズと言えども生きている以上、世の中の理から外れる事はない。それは、オーマたち具現使用者にしても同じ事で、どんなに鍛えた所で限界があるのは間違いない――筈だった。
 だが、オーマの周りをぐるりと囲んでいる者たちはどうか。
 オーマと初めて対峙した時から今まで、その動きに乱れは見られない。それどころか、次第次第に神経が研ぎ澄まされていく中でどうしても分からない物がある。
 ――相手の『匂い』と、息遣い。
 過去にずっと長い間戦ってきたせいか、こうして戦闘が長引くにしたがってオーマの持つ五感は針のように研ぎ澄まされ、最後には相手がどう動こうとしているのかと言う空気の流れを読む事まで平気でしてのける。
 ウォズを狩っていた時も同様だった。――焦り、怒り、そして怯えまでもが追う相手の痕跡となり、オーマはただ、その後を追うだけで良かった。まるで、獲物を追う野獣のようだとその事でからかわれた事もある。
 それなのに、周囲のウォズたちからは、そういった『匂い』も、息遣いもまるで感じとれなかったのだ。
 無駄の無さ過ぎる動きといい、そういった奇妙な違和感といい、
オーマ:「――本当に…ウォズなんだろうな…」
 思わずそう呟いたのも、仕方のない事だっただろう。
 とは言え、例えウォズでは無かったとしても、オーマの持つ誓いを破る事には変わりない。寧ろ封印と言う手法が使えない分、扱いに苦労するだけだ。
 ――ひゅっ
 目のすぐ上を爪が走り、それを避けたオーマの身体が心持ち揺れる。
 それはほんの一瞬の事だったが、それを逃すような『かれら』ではなかった。
 ずんッッ。
オーマ:「ぐう…っ」
 今までの速度より速い膝蹴りが、オーマの腹部を直撃する。咄嗟にガードしたものの、それを突き抜ける衝撃に思わず呻き声を上げ、それでも次に来るであろう攻撃に備え――――その時。
 すぐ目の前にまで迫っていたウォズの動きが、急に酷く遅くなった。
 時の歩みが遅くなったような、あるいは自分自身が加速したような、奇妙な感覚に囚われるオーマ。
???:『甘い男よ』
 不意に、そんな言葉が耳に――いや、直接頭の中に流れ込んで来た。
???:『全ての命を守るが故に、己の命を犠牲にするか』
???:『それは矛盾だ』
オーマ:「…誰だ」
 声に敵意は無い。敵視する相手とは見ていないのか、声にやや嘲りの色が混じる他は平坦なものだった。
???:『ここに来て誰と問うのか。甘いだけではなく、愚かな』
 更に呆れた響きが混じる。
???:『罠と知ってここまでやって来たのだから、只の愚か者ではなさそうだがな』
オーマ:「何言ってやがる。この道しか用意してくれなかったくせによ」
 周囲のゆっくりさに比べ、自分の身体は問題無く動く事を知ったオーマが囲んでいるウォズたちからするりと抜け、その部分に自分そっくりのダミーオーマを具現化させて置くと、ぐるりと暗がりの中を見渡した。
???:『なに、理由があってな。――それよりどうだ。今の状況を打破する方法を教えようか』
 謎の声に、オーマはただ眉を軽く上げただけで応える。
???:『今術を解けば、再び同じ時間の流れの中に置かれる事になるが――それがいつまで続く訳ではないだろう?今でさえ、立っているのもやっとな筈だ。そこでだ』
 声は、オーマに確認する事無く言葉を続けた。
???:『――命の具現を使えばいい』
オーマ:「…なんだと」
 ひんやりとした洞窟の空気の中で深呼吸していたオーマがぴたりとその動きを止める。
???:『具現ならば、それは死ではない。死を望まないのであれば、それが最善の方法だろう』
 言葉の上では、確かにその通りだ。
 『命の具現』――それは、死をも超越したもの。代償は決して小さくは無いが、確実に失われた命を作り上げる事が可能な技。…具現能力者であるヴァンサーでも、命そのものの具現を行う事が出来る者は稀であり、その上、『代償』の大きさ故に行使が事実上禁忌に当たる技だった。
 オーマにしても、この具現を行う事が出来る者は、自分を含めても片手に余る人数しか知らないのだから。
オーマ:「…命を軽々しく扱ってるような事を言うもんじゃねえな」
 少しむすっとした顔のオーマが、『声』に口を尖らせながら声を上げると、
???:『では――ここで朽ちるか』
 まるで自分の手助けが無ければ、オーマが外に出る事は出来ないとでも言うようなあっさりとした言葉に、ふうっ、とオーマが息を吐いた。
オーマ:「あー。間違ってたら悪ぃが、おまえさんムンゲか?」
???:『――その呼び名は懐かしいな』
 淡々と声が告げた。

*****

オーマ:「だってここはおまえさんの墓だろ。そこで我が物顔に振舞ってるオッサンとなりゃおまえさんしかいねえじゃねえか」
 くっくっ、とどこか楽しげな笑い声が、かすかに聞こえて来たような気がした。
ムンゲ:『いかにも』
 オーマはこの場をもっと明るくしようと、いくつか灯りを作り出してそこらに放る。…だが、それらは全て鈍い色を浮かべたまま、期待した明るさに至らないままぽてんと転がるばかり。
オーマ:「おう?」
 おかしいなと思いながら更にいくつか作り上げるも、効果は変わらない。仕方ないと明るくない灯りをごろごろとそこら中に転がしたまま、オーマが奥へ向かう。
 ――ムンゲは、そこに『居た』。
 ミイラの如き姿で、棺の中から動く事もままならないまま。
ムンゲ:『ここまで来たか。――まあいい。早く、命の具現とやらを見せてくれ』
オーマ:「なんで、そんなものを見たいんだ?」
 どこか疲れたような声のオーマが、それに応じる。
ムンゲ:『それが私の生き甲斐だからだ』
オーマ:「死んでるじゃねえか」
 すかさずの突っ込みに、怯む様子は無い。…いや、身動きもならないこの身体だから、怯んでいるかどうかなどは分からないのだが。
ムンゲ:『今いるのは仮の身体。私の魂はこうして健在なのだから、死んではいない。――死を迎えて尚生きる事の出来る技は、私の研究の果てにある筈のものだったのだ』
 ネクロマンサー…死者を操り、アンデッドモンスターを作り上げる事の出来る者であったと言う噂は、真実のものだったらしい。
 ただ、死者を操るためではなく、死者を生者に甦らせるための手段の一環としてアンデッドが生成されたのだとムンゲは言う。
オーマ:「じゃあウォズもか」
 『生きている』ウォズと思えない動きや、持久力などを思い起こすオーマ。確かにアンデッドならば、そういった制限は掛からないだろう。…通常ならば肉体の限界に至る前には、その場でリミッタ―が生じるようになっているのが生きている者の身体だ。
 だが――死者にそんな制限は無い。生前と同じような動きを取れる死者がいれば、確実にそれは人間の力を凌駕したものになっているだろう。
ムンゲ:『ああ、あれはな、生きながらにしてアンデッドの技を施したまでよ。通常、人間には効かないこの技も、命と直結している存在のウォズには面白い程効いた』
オーマ:「…そうか。殺したわけじゃねえんだ」
 ウォズの死に伴う様々な現象を思っていたオーマが小さく呟く。
ムンゲ:『命に直結している存在だからこそ、死そのものの重さが違うと言うのは面白いな。――おまえはどうなのだろうか。ウォズに近しい存在…死そのものを無かった事に出来る技を持つ存在のおまえなら、死はどう言う現象を引き起こすのだろうな』
オーマ:「…かぴかぴミイラのくせして、良く知ってるじゃねえか。次にここに来る奴が笑い出すような変な格好させるぞおら」
ムンゲ:『私の肉体を冒涜するでない。どうなのだ、やるのかやらないのか。なに、眷属がひとつふたつ増えた所でおまえの人生にちょっとした潤いが増えるだけだろうが』
オーマ:「ほんっっとーに余計な事まで知ってやがるなこんちくしょう。やらねえったらやらねえの。俺様今日はナマモノゲットっつー大事な仕事があるんだからよう」
ムンゲ:『そうか、では仕方が無い』
オーマ:「!?」
 突如、ずん、と身体が重くなる。と、同時に、とてつもない輝きが洞窟の中に溢れ返り、咄嗟に目を閉じたオーマはともかく、囲んでいたウォズたちがその目にまともに光を浴びて身体が揺れ、
 ――ぱぁんっ!
 風船が弾けたような音がして、ウォズに囲まれた『オーマ』がその鋭利な爪に裂かれて四方八方に広がって行った。――が、弾けたぺらぺらの皮はそれだけに留まらず、どういう作用でか、アメーバのように自らの大きさを広げながら、その周囲にいたウォズたちを残らず絡め取って行った。
ムンゲ:『――ほう』
 間髪入れず、オーマがその中の1人を腕の中に抱え込んで、それから棺を睨む。
オーマ:「ゲームオーバーだ。俺様に加速を付けるなんつう余裕を見せなきゃ、言われた通りにしなきゃならなかったかもしれねえが。――俺様の勝ちだな」
 ウォズにかけた技を解けとオーマが続け、少しして、
ムンゲ:『致し方ないな。今回は私の負けだ』
 ――絡めていた鎖が解かれたような、そんな感覚が洞窟全体に広がっていき、限界以上の体力を使わされ続けていたウォズたちがぱたぱたとその場に倒れていく。
オーマ:「ったくよ…うぉっと」
 気が抜けたせいだろうか。異様に重い身体を支えきれずにどさりとその場に腰を降ろすと、肩で呼吸を繰り返す。
 先程作り上げた灯りが一斉に輝き始めたお陰で、洞窟の中は昼間のように明るくなっていた。…光が付かないのも道理、早くなっていたのはオーマだけで、明るくなっていくそくどは通常のままだったのだ。
ムンゲ:『あれだけの動きをし続けた上、通常の何十倍もの速度で動いていたのだ。無理もない』
オーマ:「何言ってやがる。俺様がそんな事で疲れる訳ねえだろ、っと」
 最後はほとんど意地だった。ふんぬ、と足に力を込めてようよう立ち上がると、ゆっくりと棺に向かう。
オーマ:「なあオッサンよ。賢者サマだって言うなら、この世界の奇妙な生き物について知ってる事あるだろ?俺はさっきも言ったがナマモノ探してるんだ。何かいいの知らねえか?」
ムンゲ:『私の思い通りにならない者に教えろと言うのか』
オーマ:「あん?ここまで連れて来ておいて、勝手に色々言いやがっただけじゃねえか。言う事聞かねえと、そのかぴかぴの身体にどピンクなビキニパンツ穿かせるぞ」
ムンゲ:『…………脅迫のつもりか、それは。――まあ、いい。ならば、そこにいる者たちでも連れて行けばいい。恐らく珍しい生き物だろうからな』
 流石に呆れ返った声がし、どこだとオーマが首を巡らせた先に、『それ』はいた。
 大きさは、小型犬程の――芋虫が、数匹。
 同じ形をしているのだから、同じ種類かと思うのだが、そのむちむちしたボディにペイントされている模様も色も皆違う。
 黒地に金の水玉や、黄色に緑のストライプ。七色に色分けしている者もいれば、白地にピンクのハート型になっている者もいる。
 それらはじろじろ覗き込んだオーマに気付いたのか、一斉に顔を上げて、つぶらな瞳でじぃっと自分たちを見ている男を見詰めた。
オーマ:「……か…可愛いじゃねえか」
 思わず手を伸ばすオーマ。
 赤と黄色と黒で炎をあしらった、一番手前に来ているそれの背中を触ると、すべすべとして手触りが良く、意外にも温かい。
オーマ:「……うん?」
 何かが指先に引っかかったように思い、その辺りをしげしげと見ると、背中の部分に1本線が引かれているのが見え、そして首のすぐ後ろ辺りに小さなつまみが付いているのが見えた。
 ――チャック?
 おそるおそる指先でそれを摘み、引く。
 ちぃぃぃぃ〜〜
 小さな音を立てて、芋虫の背が分かれて行く。興味津々でその中を覗き込むと、芋虫の時と同じつぶらな瞳の、背中に羽を生やした女の子がぺち、と腕を伸ばしてオーマの指をはたき、めっ、と軽く睨んで自分でチャックを閉じて行った。
ムンゲ:『言い忘れたが、その芋虫は彼らの寝袋兼住居だ。勝手に開けないようにな』
オーマ:「そういう事は先に言えっての…」
 痛くはなかったが何となく手をさすりながらオーマが立ち上がる。
 とは言え、この面白そうな生き物を放っておく気はさらさら無く、具現能力でふかふかベッド付き編み籠を作り上げると、ひょいひょいとその中に放り込んでいく。
オーマ:「俺様と一緒に行こうなー。きっと面白いぞ。…ああ。でもどうしてもここが良いっつうなら先に意思表示してくれ。そん時は諦めるからよ」
 ころころとベッドの上に転がった芋虫たちが、もそもそと自分の居場所になりそうな場所を探して動き回る。
 ぽむぽむ、と短い足を器用に動かして位置を安定させると、そのままの姿勢でオーマへひらひらと手を振った。なんとなく偉そうなその態度に苦笑しつつ、
オーマ:「おし、じゃあ帰るか。オッサン、邪魔したな」
ムンゲ:『…なに。次の機会に使ってもらえばいい話だ。諦めたわけではないからな』
オーマ:「へいへいっと。あー、入り口ちゃんと開けとけよー。それから、こいつら起きてもまた操ったりすんじゃねえぞ?」
 ウォズの様子を確認し、1人残らず命に別状が無い事を確かめて、ひとつところに寝かせておいてからそう釘を刺し、そしてようやく待ち侘びた太陽の輝きの中に戻って行った。

*****

オーマ:「うむ、良い天気だ」
 日差しの中、手でひさしを作り光を遮りながら、オーマが目を細めて辺りを見回す。
 もっと珍妙なものでも良かったなぁと呟きながらも、予定通り新たなナマモノとの遭遇に気を良くした彼が、鼻歌混じりで籠をゆーらゆらと揺らしながら、病院への道をのんびり歩いている。
 籠の中では時々寝返りを打つ芋虫たちの1人がぽかぽかと暖かな日差しに誘われたのか、ち〜〜とチャックを開けて外を興味深そうに眺めていた。


-END-