<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
□■おとぎの国〜Dornroschen〜■□
■開幕■
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それは夜も更けた頃。フィセル・クゥ・レイシズはベットの中で深い眠りについていた。
どんな夢を見ているのか、現実のフィセルの顔は奇妙に歪み、呆れたような困ったような苦笑を浮かべている。
夢の中のフィセルの視界はただ真白。その中心で派手な衣装に身を包んだ道化が、さめざめと泣いている。
『もう駄目。もウ嫌。誰でもイイからアノお姫サンどうにかシテッ!!』
よよよ、と片手で顔を隠しながら道化は更に続けた。
『酷いと思うでショ!!呪いをかけるなら、従来通リにシテよって話でショ!?負けが決まってル事デモ、チャンと筋書き通りにヤッテくれないと、私、ヒジョーに困るンデス!!!』
フィセルは知った事かと胸中で毒づきながらも、道化の顔から視線が逸らせなかった。
道化は【おとぎの国】の案内役。外界の者をおとぎの国に巻き込んで、ひん曲がった物語を修正させようと、もとい、からかおうと駆け回っている。
おとぎの国の住人はそれぞれの役割を演じ、物語を進行させてはいるものの。偶に居るのだ。物語を改変しようという輩が。
今回もソレ。
『いばら姫はネ、魔女に呪いヲかけラレて百年の間眠りヲ余儀なくさせられルのデス☆ケレド他の魔女が与えタ祝福ト魔法デ、王子のキスで目覚める事が出来ル――百年後にハね☆けれど最初の魔女は破綻シタ性格の持ち主だカラ、ナンと今回!!姫サンに違ウ呪いをかけやガったのデス!!!』
元来いばらに守られた城で延々と時を止める姫とその住人達。王子の訪れまで鋭い棘が騎士よろしく姫達を守るのだ。
それなのに今回姫に掛けられたのは、子供返り。
『我侭、根性曲がり、プライドだけハ一丁前。優しさも繊細さも欠片も無い、悪ガキですよ、今の姫サンは!!!』
そう言ってまた、道化は床に突っ伏した。二股の帽子がしゃくり上げる声に合わせて揺れる。
『姿は美しイのに、アレじゃ王子様ナンテ現われやしナイ!!――お願イだから、ドウニかして!!』
そんな姫でも良い王子を探すとか。お姫サンの性格を直すとか。魔女を見つけて呪いを解くとか。そう叫んで道化が消えたかと思うと、眼前に茨の城が待ち構えていた。
■茨の城■
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縦横無尽に這い巡る蔦。城までの道に群生する巨大なそれを、フィセル・クゥ・レイシズは淡白な視線で見つめた。
「これはまた強引だな…解決しなければ、夢からは出られんということか? 私はいつまでもここに留まる訳にはいかない、まずはその姫に会いに行くとしよう」
黄金色の髪の毛と、美しい草原色の瞳が印象的な青年は、おもむろに足を進める。
眼前には茨の群。侵入を許す程大きな隙間は見受けられないが、それでもフィセルの足は止まらない。
フィセルの形の良い唇が何事かを紡ぐ。と同時に腰に下げた剣を引き抜くと、一閃。切り落とすと共に炎が生じ、フィセルがもう一振りすれば更に燃える。意志ある力がフィセルの進む先を悉く燃やし尽くし、フィセルの歩いた後にはただ、灰の山だけが残った。
城内は外観とは対象的に至って普通。そこで暮らす住人も穏やかなもので、奇異なものは何も無かった。変わってるとすればフィセルら侵入者に対しての警戒心が無いに等しい事だろうか。
ら、というのはピエロが呼び込んだに何人か。姫の部屋を尋ねたフィセルに答えた女官の言では、「貴方で四人目」との事だ。
階段を上り長い廊下を行く途中、その最奥の部屋から怒鳴り声が響いた。
『何ですってぇ!?』
例の茨姫の部屋と聞いた場所だ。声の主以外にも人の気配はするのだが、そちらは声が篭って良く聞こえない。
フィセルはノックをして自分の存在を主張するが、扉は待てども開く気配がなく――失礼かと思ったが、静かに扉を開けた。
すると声は一層大きくなる。
「貴方よりも私の方が姫に相応しい、と言っただろう。貴方に成り代わって、今日から私がこの城の姫だ」
「ふざけないでよ!! そんな事許せる筈ないでしょう!」
「そうと決まれば、貴方には出ていって貰おうか。……そうだな、下働きとしてなら置いてやってもいいぞ」
「だから、誰の許可得て言ってるのよ! 貴女が出てお行きなさい!!!」
激昂するは細やかな刺繍を施されたピンクのドレスを着る娘――茨姫。片や冷ややかな声音で応じるのは、怜悧な美女・レニアラ。派手な衣装の胸元で緩く波打つ銀髪が揺れる。
険悪な様子に声を掛ける事を躊躇い、フィセルは少し離れた壁際に背を預け、しばしの間傍観する事に決める。
フィセルに気付かぬ姫の右手が宙を切る。レニアラの顔面を引っ叩こうとし――レニアラが一歩後ずさる事で難なく逃れると、姫は勢いのままベッドへと倒れこんだ。
「おおよそ姫君の行動とは思えないな。……嘆かわしい」
明かな嘲笑に姫の顔が真っ赤に染まる。恥辱ではなく、怒りで、だが。
ここに第三者がいれば、私の方を姫と思うだろうな。年恰好はそう変わり無いのだし」
「勝手な事を…」
「それが嫌なら、私を見返してみれば良い。どちらが姫に相応しいか勝負しようではないか。――あぁ、このドレスは中々良いな」
「だから、私の物に勝手に触らないで!! ちょっと、衛兵を呼んでよ!!」
「なるほど。私に勝つ自信も無いという事か」
姫の肩が小刻みに震える。もちろん、怒りで。
「誰が貴女なんかに……!! 良いでしょう、受けて立つわ!」
もはやその展開の不条理ささえ忘れて、姫君は見事レニアラの策謀に乗った。
そしてそれを煽る様に。
「よし良く言った!!」
声の主は何時の間にやら扉を開けて、室内に侵入していた。黒髪を首元で結った人間。きりりと整った顔貌を形作る金色の双眸が印象的な女性だ。
「俺はユーア。あんたの人格更正に協力しよう」
声も無く驚く姫に、フィセルもゆるゆると足を踏み出した。
「ならば私も出来うる限り手を貸そう」
話が目的に沿って展開したのは運が良い。妹を持つフィセルの思うところに、子供の我侭には意味がある。姫が心満たされないのであれば、それを埋める手伝いが出来ればと――。
■我侭お姫様■
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「だからそうじゃねぇ!!」
ユーアが声を張り上げると共に、茨姫の背を容赦なく蹴り付けた。
「あんたの教え方が下手なんでしょーが!」
蹴られた背を摩りながら、姫が反論。すると今度はレニアラの冷ややかな一瞥が姫を詰る。
歩き方。食事の食べ方。挨拶の仕方。言葉遣い。姫としての心得まで――ユーアの暴力混じりの躾と、レニアラの的確な突っ込みに茨姫の怒りは今や頂点に達しようとしていた。
フィセルは、と言えばもっぱらフォローに回る存在であった。本人が意図的にそれを成しているわけでなく、ユーアとレニアラがあまりにも酷悪であったが為に、フィセルの言葉はどこまでも優しさに満ちたものに感じられた。
「歩く時は視線の高さに気をつけるといい」
にこりとも笑わないフィセルに姫も最初は敵意をむき出していたが、分かり易い意見に二日経った今では素直な一面も見せだしていた。――最も、フィセル限定で。
妹の面倒を見てきたフィセルにとって、子供の扱いはそう難しいものでは無い。
「あーもう、休憩休憩!!」
お昼を過ぎた頃、茨姫は耐え切れず叫んだ。そして早々と部屋から飛び出す。
「あ、こら……!!」
しかし叫んでみてももう遅い。ユーアが伸ばした手を引っ込めて、ソファーに倒れこむ。
「ったく、ガキ……」
「まあ、多少は好転したとは思うが」
ため息をつくユーアとレニアラを尻目に、フィセルは静かに部屋を出た。
姫の後を追う事は、そう大変な事では無い。騒々しい歩き方は城中に響き渡りはしないものの、かなりの距離に届く。
辿りついた場所は噴水を抱いた中庭。茨姫はベンチに腰掛けて、伸びをした。
その瞳がフィセルを見つけると、眉根を寄せた。
「……何よ」
問いには答えず姫の隣に腰掛ける。
心地良く流れる水音と控えめに頬を撫でていく風に目を伏せて、フィセルは小さく呟いた。
「困らせたいのは誰だ?」
「え?」
開かれた視線と姫の訝しげな視線が重なる。動揺したように揺れる姫の肩に、フィセルはある種の確信を得た。
我侭には必ず意味がある。特に幼いそれには。例えば悪戯は自分に目を向ける為という事が多い。我侭もそれに然り、大概の場合こちらも自分に目を向けたいのだ。
つまる所相手にして欲しい。叱られる結果になっても。
この姫の我侭は子供返り故。けれども我慢して抑えたままで大人になったのかもしれない。だから今の爆発は凄まじい。
「あなたは私達に対して、酷く傲慢な態度は取っても我侭らしきそれは無い。つまり、我侭を言いたい相手は私達では無いという事だ」
「何言ってんの?」
「けれどどんなに我を通しても、きっと今のあなたは子供返り故と呪い故と嘆かれるだけで終わってしまうのだろう。だから、苛立ちは募る」
図星だったのか姫が押し黙る。フィセルは構わず続けた。
「嫌われるだけの覚悟があるのなら、素直になるのが一番だ。屈折した愛情表現は伝わりにくい」
俯く姫に微かに唇の端を引き上げてフィセルは立ち上がる。
「先に戻る」
姫は、項垂れたままだった。けれど立ち上がりフィセルに続く瞳には、決意の光が宿っていた。
■白馬の王子様■
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「まぁ、中々様になって来たか」
うんうんと頷くユーアに肯定を示すように、フィセルが瞳を伏せた。茨姫は美しい微笑みを顔に浮かべたまま、
「私に出来ない事があるわけございませんでしょう?」
声の調子は穏やかで優しく、その自信だけは変わらないまま――。
椅子に腰掛ける茨姫は貴族然としていた。見た目は見事としか言えない程の改善を見せている。それも四日の間に。日中夜跨いだ努力の結果に、レニアラが満足そうに言う。
「私の負けだ、茨姫」
初日、レニアラに乞食以下とのたまわれた事が気に食わないのであろう。満足げに目を細めて
「私、貴女方には感謝していてよ?――ユーア様の言う所の、外面は良いに限りますものね。その方が世の中巧く渡っていけるのですもの。……私のより良いように」
とまあ発言には若干、不安が残るものの。
「したい事をする為にも、この美貌は巧く使わなくてはね。父上や母上の願い通り、私王子様の元にも参りますわ」
フィセルと目が合うと、彼女はにっこりと笑って口内だけで呟いた。「ありがとう」と。
そしてピエロが管理する物語。早々難しい展開があるわけが無い。終幕に向かうべく、そこから話は一足飛び。
まず従来通り、王子がやって来たのである。奇妙な大男に引きつられ、白馬に乗ったカボチャパンツの青年と、幸の薄そうなそばかす男。どちらも王子の肩書きを持つ。
「ハッピーエンドには王子が居なけりゃはじまらねぇだろ」
にやにやと笑いながら、強烈な存在感を放つ巨男――オーマ・シュヴァルツは言った。
ここで問題である。二人の王子のどちらが使い易いもとい姫君のお眼鏡に叶うか。
姫君が迷うこと無く選んだのは、気弱な形をしたそばかす王子。色んな意味で頼り無い。
そばかす王子は無理矢理に連れてこられたのであろう。蒼白な面で状況を飲み込めないで居た。遠い異国からやって来たとの事、茨姫の噂は知らないらしい。
そうして茨姫の磨かれた美貌の微笑みにノックアウト。茹蛸になりつつ、姫君にゲットされたわけである。
「んじゃ、こっちの方はどうすっか……」
頭を掻きつつオーマ。残った白馬の王子も白馬の王子村という意味不明な遠き地から引っ張って来たとの事。ただで帰すのも勝手な話だと頭を捻る。
「……何かを忘れている様な気がするんだが」
レニアラが小首を傾げながら、オーマの言葉に続いた。
「何か?」
「茨姫、王子。――後は、魔女が居ただろう。確か魔女を探しに三人、ピエロの引き込んだ仲間が居た筈だが?」
四日間の記憶を遡ると、最初の日にフィセルも会っているのだ。大きな眼鏡を掛けた青年、アイラス・サーリアス。黒猫を抱いた二つ結びの娘、カミラ・ムーンブラッド。そして理智を宿した瞳を持った少年、ゾロ・アー。
と、ここでも有り得ないタイミングで噂の四人登場。
ノックの後、疲れ切った三人の仲間と魔女らしき風体の人間が現れた。
そして魔女は、白馬の王子を見るなり大爆笑した。
■終幕■
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視線をあげれば快晴の空。茨城を背景に、フィセルが立つ。
結局魔女の呪いは解かれなかったものの、フィセル達の努力が実り茨姫の性格は改善。見事王子までGET。魔女は魔女で白馬の王子村を探す旅に出、一応物語りはある意味ではハッピーエンド。
『有難うアリガトう!!』
どこからともなく現われ出たピエロが、フィセルの手を握り締めむせび泣いている。三流劇を見ているような嘘くさい仰々しさだ。
白い面に描かれた星型と涙のペイント。丸い球体が赤鼻と成し、色鮮やかな衣装を着込んだピエロ――世界を間違えているとしか思えない。
『何が嬉しいっテ、貴方ガあの姫サンの心のケアまでシテくれた事!! コンナニ嬉しい事って生まれてコノカタ数える程度ダヨ★』
「……そうか」
何と答えてよいものか迷いながら、とりあえずはさり気無さを装って握りこまれた両手を、ピエロの両手から抜き取って。
ピエロの背後に聳え立つ巨大な鉄扉を見上げた。分厚いそれの開いた先は、世界を塗り替える闇。
『んん? お帰りにナリまスか??』
首肯するとピエロは涙をふき取って、フィセルに道を開けた。
『では、お気をつけテ。――マタ、どこかで』
闇に沈み込みながら、フィセルは思いを馳せた。茨姫に、あるいは自身の妹に。蘇る記憶の中で笑う自慢の妹の幼き日々に。
そうして無意識に、口元には笑みが刻まれた。
fin
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■登場人物■
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢(実年齢)/職業/種族】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22(22)/魔法剣士/エンシエント・ドラゴン】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19(19)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番/人】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39(999)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り/詳細不明(腹黒イロモノ内蔵中)】
【1988/カミラ・ムーンブラッド/女性/18(18)/なんでも屋・ゴーレム技師/吸血姫】
【2403/レニアラ/女性/20(20)/竜騎士/人間】
【2542/ユーア/男性/18(21)/旅人/人間】
【2598/ゾロ・アー/男性/12(783)/生き物つくりの神/神】
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■ライター通信■
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はじめまして。発注有難うございます、ライターのなちと申します。そして大変大変お待たせしてしまいまして申し訳ありませんでした。
フィセルさんが妹さんとどう接しているのだろう、茨姫とも同じように!!等と考えた末、なちの思う兄はああなりました……。とにかく少しでもお楽しみ頂けたら、嬉しく思います。
文句等合わせて有難く頂戴します。よろしければご意見下さいませ。
それでは、またどこかでお会い出来る事を祈って。有難うございました。
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