<東京怪談ノベル(シングル)>


腹黒勝負!?

 店内は人の喧騒であふれかえっていた。
 昼時が一番人の混む時間帯である。食器が打ち鳴り響く音がひっきりなしにあちこちのテービルから聞こえてくる。人の笑い声が絶えない。
 ここ、レストランポワーレは今日も繁盛していた。
「オーマさんのおかげですよ」
 そう声を弾ませたのは、ポワーレの店長だ。顎に生えた長い髭を撫でながら、笑顔でオーマを見ている。中央のテーブルについているオーマは目を細めて、コップに口をつけた。
「ほら、オーマさんは目立ちますし、様々な人をこの店に引き寄せてくれる何かを備えています。この店がオーマさんのおかげで成り立っていると言っても過言では・・・・・・」
「はっはっは、そんな言葉よりほら、腹黒同盟に入ってくれれば、すごい嬉しいんだがな!」
 オーマは腹黒同盟勧誘パンフレットを店長へと差し出す。
「いやいやいや、誉め言葉を素直に受け取ってくださいよ」
「いやいやいや、パンフレットを素直に受けとってくれないかねぇ」
「いやいやいや、もう全部で五十冊頂いてますから!」
「じゃあ素直にそのまま入会してくれねぇかな」
「じゃあ、とりあえずそのパンフレットをしまってくださいよ」
 あはははは。二人の笑い声がレストラン内に響き渡る。
「とりあえず、俺からの愛ってことで」
 オーマはパンフレットを優しく相手に掴ませた。
 店長は眉をひそめて困ったように笑う。仕方がありませんね、と肩を竦めた。
「やれやれ、オーマさんにはまいりましたよ。それにしても何だか今日は機嫌が良いですね」
「そりゃ、そうだろうよ!」
 オーマは立ち上がり、拳を上方へと突き出した。
「イロモノアニキ桃色魅了筋アルティメット奥義!」
 もう一方の拳を天井へと振りかざす。
「偉大なる下僕主夫カリスマゴッドスターロード!」
「後者はあまり誉められたもんじゃないですね」
 店長の突っ込みを無視して、オーマは意気揚揚と喋りだす。
「今日は、あの椅子に伝授したそれらの免許皆伝の試験なんだよ。この俺が愛と共に教えた奥義がどれだけ理解しているのか、試さなきゃいけねぇのよ!」
「どうでもいいですが、椅子に筋肉はありませんよ」
 ここはあえて店長の言葉は無視する。オーマは満面の笑みを浮かべた。
「さて、あの椅子はどこだ? 何だか今日は見当たらないんだがよ」
 店長は僅かに表情を曇らせた。苦笑する。
「ああ、それがですね」

『椅子ウォズのアニキ大胸筋ハートは桃色ワル筋むっふんゲッチュ★』

「何だこりゃ」
 いきなり見せられた紙片にオーマは唖然とする。
 ここは厨房奥にあるバックヤードである。肌寒い冷気は室内に満ちていた。
 こそこそと隠れるように店長に連れられてきたのだ。
 紙片、というより可愛らしいハート型の便箋である。しかも紫単色で彩られている。
 かなり趣味が悪い。
 怨念が漂ってきそうな手紙であった。
 店長はためらいがちに言葉を告げた。
「それがですね」


「あの椅子にストーカーが!?」
「そうなんですよ。毎日毎日朝昼晩、椅子のために通ってくださいまして。お客様としては大変ありがたいんですけど。いささか行動がおかしくて、ですね」
 口篭もる店長に、オーマは視線を向けることで話の先を促す。
「椅子を眺めるぐらいなら良かったんですが、椅子の背もたれをしつこく撫でたり、椅子のあしを舐めたり、椅子を持って帰ろうとしたり。さすがにそれは、と注意をしますと、いきなり逆上されまして、椅子を破壊しようとしたんですよ」
 店長は遠い目をして嘆息した。
「そして、これです。正直、私としてもどうすればいいのかわかりかねまして」
「椅子のストーカーだもんな」
「椅子のストーカーですよ」
「聞いたことねぇよなぁ」
「ありませんよね」
「盗難届けを出した方がいいのか?」
「こういうのって万引きに含まれるんですかねぇ」
 同時に、溜息をついた。
「とにかく、私からもオーマさんに相談しようと思っていたんですよ」
「どうしろって、言われてもなぁ。犯人の特徴はどうなんだ?」
「ああ、とてもマッチョな方ですよ。また露出の多い方でして。ちょび髭に、ハゲ。腹は出している、二の腕は晒している、腋毛はきちんと剃っている。自称腹黒。惜しみない筋肉美をこれ以上となく周囲に……」
「今、なんつった」
「え? マッチョ?」
「もう一声」
「自称腹黒?」
 オーマは店長の肩を掴んだ。ふ、と鼻息荒く笑う。
「ここは任せてくれ」
「は?」
「ここで何もしないなど、腹黒同盟総帥の名がすたるんだよ!」
「ああ、はい、わかりました。ではお願いします」
 あっさり言葉を放つ店長の瞳は何故か憐憫の情が僅かに込められていた。


「ああれぇ、助けてくんろー」
「ほーれ、よいではないかよいではないか」
 広い和室の中央に椅子が帯を巻かれた状態で置かれていた。
 椅子をいやらしい笑みを口元に浮かべながら眺めるのは、椅子を自分の部屋まで連れ込んだ犯人である。
 マッチョで腹出し、ちょび髭にハゲ頭。その正体は椅子と同類、変態ウォズであった。
 帯が解かれるたびに椅子も回転する。ことり、とその場に倒れた。
 椅子ウォズはたまらず悲鳴を上げる。
「た、楽しいか、こんなプレイが楽しいかぁ!」
「楽しいわぁ! 拙者は貴様を一目見たときにフォーリンラブったのだ! この気持ち、バーニング! そして次は放置プレイだぁ! わしの爽やかな笑顔に騙されたの! 本当はこんなことをずっとしたくてたまらなかったのだ!」
「いやあああ、こんなわけのわからない展開はいやあああ、椅子として生きたいんだぁ!」
「ああ、わしのオンリー椅子になってくれ。大丈夫だ、ひどいときは、ひどく、優しいときは優しく! 表面上は真っ白プレイ、実はまっくろ!」
「人の話を聞けぇぇぇっ!」
 盛大な音がして、襖が開かれた。椅子ウォズは視覚を音のした方へと集中させる。
 真っ白い光が膨れ上がり、室内を染め上げた。
 光はすぐに収束する。その先には、一人の男が存在していた。
 堂々とした足取りでニ体に近づいていく。
 オーマである。
「おう、おうおう! マッチョでマッチョな悪役はここかぁッ! ……ってあれ?」
「旦那ぁ! じ、自分のために助けにきてくれたのか!」
「おーう、久しぶり! って、まさかウォズがらみだとは思わなかったな。よくよく同類に惚れられるヤツだな、椅子」
「う、ううう、嬉しくない! これっぽちも嬉しくない!」
「いいじゃねぇか。そんな贅沢言っていると、モテないヤツに怒られるぞ?」
「こんなもの、モテモテと言えるかぁ!」
 オーマと椅子のやり取りに、すかさず変態ウォズが口を挟んだ。顔を紅潮させ、額には血管を浮かべている。
「おのれぇ! わしのオンリー椅子にわしの許可なく勝手に話しかけるな!」
 怒りの形相で、吼えた。
「やれやれ、嫉妬深い男は嫌われるぜ? この俺のように広く深い心を持ってこそ、男は輝くってもんだよ」
「うるさい、この椅子はわしのオンリーになってくれるって言ったんだ! ナンバー1になってくれると言ったのだ!」
「言ってない、言ってないぞ! 信じるな、旦那!」
 椅子ががたがたと身を(椅子本体を)震わせる。
「無理やりはいけねぇ。いけねぇな。そんなんじゃ、愛っつーものを理解することなんてできないぜ?」
「愛? このバーニングこそ愛だ! 椅子はバーニング! 椅子は渡さぬ、渡さぬわ!」
「よし、わかった。勝負しよう」
 オーマは両手を広げた。おもむろに変態ウォズへと足を進ませる。
「勝負?」
 怪訝そうに首を傾げる変態ウォズに、オーマは不敵に笑った。
「ああ、マッチョ腹黒勝負だ」


 結論から言うと、オーマは勝負に勝った。
 椅子ウォズは恐怖に怯えて、身を(椅子の足部分を)微かに震わせている。
 恐ろしい勝負であった。勝負の内容は口に出したくはない。
 目の前にはパンツ一丁の変態ウォズがうつ伏せになって倒れている。瞳は大きく見開かれていた。現状を受け入れられない、といった拒絶の双眸だ。
 オーマは余裕な口ぶりで、倒れている変態ウォズに向かって言葉を投げかけた。
「おまえの腹黒も大したことないね」
「は、はら、腹黒」
 変態ウォズの唇から涎が一滴零れた。
「そう、腹黒だ。ついでに愛。最後に筋肉」
「わ、わしの」
 変態ウォズは弛緩しきった体を僅かに揺らした。嗚咽がこぼれ出す。
「わしのオンリー愛は真実だったはずだ。本物だったはずだ。なのに、何故」
「残念だが、おまえには足りないものがある」
「そ、それは何なのだ、何が、足りないのだ」
 オーマは軽く変態ウォズの肩を叩いた。
「真実の、腹黒だ」
 一冊のパンフレットを差し出す。
「腹黒同盟へようこそ」


 腹黒同盟、一名会員様、ご案内。

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【ライター通信】
こんにちは、酉月夜です。
またの受注どうもありがとうございます。

毎回、納期ぎりぎりの納品で申し訳ありません。
それから、感想をどうもありがとうございました。とても嬉しかったです。
意欲になります。本当にありがとうございます。
さて、今回は最初から最後まで完全にギャグです。
忙しいときの息抜きになるような、そんな作品であれたらと思います。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

今回は本当に有難うございました。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。