<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++   草野原で ―― 交流 ――   ++

《オープニング》

「こんばんは」
 突然扉を開いた男が発した第一声が、それだった。
 銀色の髪に薄い、紫色をした瞳。
 少し背が高く、色白で細身な彼は、ふわりと優しく微笑んで見せた。
「あら、フィースじゃない。いらっしゃい」
 どうやらエスメラルダとは知った仲らしい。彼女は笑みを浮かべると、彼の元へと近づいてゆく。
「うん、久しぶりだね。今日は彼も一緒に……」
 そう言ってフィースは、後ろから周囲を物珍しそうに眺めている一人の少年を紹介する。
「レイ、彼女がエスメラルダ。以前お世話になった人だよ」
 レイと呼ばれた少年は、ふとエスメラルダの方に視線を向けると、嬉しそうに微笑みかける。
「こんばんは。僕は…レイ。以前は僕のために力を貸してくれてありがとう」
 少年は、日の光に透けてしまいそうなほどに白く、華奢な体つきをしていた。
 金色に輝く柔らかな髪の毛がさらさらと揺れる。 とても愛らしい少年だった。

 りりん……

 微かに鈴の音が聞こえる。
 エスメラルダはにっこりと微笑むと、少し目を細めた。
「まだ、元には戻れていないのね…」
「はい。フィースさんと一緒に調べ物をしたりする毎日で…」
 少年はフィースの手首に付けられている銀色の鈴をきゅっと握り締めた。
「…で、そればかりでは流石にレイも楽しくないだろうと思ってね……」
 フィースは優しく微笑んで少年の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
 レイは少し嬉しそうに微笑んだ。
「僕、外へ余り出た事がないから、色んなものを見てみたいんだ。皆さん、どこか行きたい所とか、珍しいものが見られる所とか……知らないですか?」
「要するにこの辺の皆と親しくなったり、知らないものを見てみたりしたいって訳だ。レイは物を知らないからね……
…で? その可哀想な少年のために一肌脱ごうって人は居ないかな?」
 彼は周囲を見回した。
 今日も黒山羊亭には常連客の面々が集まっている。
「俺はここら辺には余り詳しくないし……誰かいい所知らないかな? あと、この子と仲良くしても良いって人は居ない? …ついでに俺もね」
 彼はくすりと笑いながらそう付け足す。
「そうねぇ…此処にいる人なら結構色んな場所知ってるんじゃないかしら? 皆気の好い人ばかりよ。きっと仲良くしてくれるわ」
 そう言いながら、エスメラルダは憂いを含んだ表情で優しく微笑んだ。


「やァ、こんにちは」
 そう声を掛けると、レイの頭をぽんっと軽く撫でつける――レイ、フィース、エスメラルダの三人がその男の方に視線を向けると、途端に驚きと共に嬉しそうな声があがった。
「ユーリさん! お久しぶりです」
「あぁ、元気にしてたかい?」
「はい。勿論です」
 レイは嬉しそうに微笑むと、オーシャン・ブルーの深い瞳に、緩やかな孤を描く緑碧色の髪をした青年を見上げる。彼の名は、C・ユーリ。
 彼の肩の上で、その相棒である赤い色をしたちびドラゴンが一声鳴くと、レイは一層嬉しそうに微笑み、うんと背伸びをしてたまきちを撫でた。
「たまきちも元気そうだね。良かったねぇ、レイ」
 少年の隣でくすりと柔らかな笑みを浮かべながら、フィースがユーリに笑いかけた。
「キミも元気そうで何よりだよ。ほら、たまきち。レイと遊んでおいで」
 そう言うと、たまきちは彼の肩からふわりと飛び上がり、レイの足下に着地する。
「僕ぁキミを案内したい所があるんだよねぇ……楽しみにしているといいよ」
「本当ですか? とっても楽しみです!」

「では僕も案内役を買って出ましょうかね〜」
 にっこりと優しげな微笑を湛えながら、青い髪に、青い瞳をした華奢な風に見える青年――アイラス・サーリアスが彼等に声をかける。
「しかし…珍しいものを見たいなら良い場所がありますが…。何かを知りたいと願う方にはあまりお薦めできませんねぇ〜」
 そう言いながらも彼はにっこりと微笑みかけた。
「アイラスさん!」
 途端にレイの顔に嬉しげな笑みが零れた。
「お久しぶりです!」
「はい。レイさん、お久しぶりですね。フィースさんも、お元気そうで何よりですよ」
「あぁ、君もね」
 青年の相変わらずといった様子にフィースはくすりと優しく微笑んだ。

 ――――此処までは穏やかな空気が流れていたのだが……

「そんな同窓会日和を激しく咳き込み巻き込みMAXーーーーーッッ!!! 只今筋肉大増量中☆腹黒親父華麗に回転乗算式 見 参 !!!!」
 そんな事を激しくまくし立てるように言い放ちつつ、親父斜め時々九十度直滑降でオーマ・シュヴァルツが屈強なる筋肉を誇る巨体でもって回転しながらずささささっっっ!!!!と五人と一匹の前に大鷲の如く降臨する!
「あはは」
「…………オーマさん、お久しぶりです。あの…増量中……??」
「おうっ激しく増量中だぜ!」
「……………」
 フィースが俄かに口元を手で叩きつけるように抑えると、彼はそのままよろよろと壁際まで歩き、そのまま体を壁に押し付けるように傾れかかる。
「おうおうおうおうおうっ会いたかったぜおめぇら!! 元気にしてたんかね?」
「はい、勿論です。オーマさんも相変わらず元気そうですね」
 レイが少年らしい笑顔でにっこりと微笑みかけると、オーマはがしがしと彼の頭をその大きな手の平で撫でつける。
「おーし、大丈夫そうだな。時にフィース、お前さんはよ……ってなんだなんだなんだ!!?」
 オーマは壁に凭れ掛かりながら口元を押さえつけ、激しく咳き込み、加えて体を小刻みに震わせているフィースを目にすると、つかつかと詰め寄るように彼に歩み寄り、シュヴァルツ総合病院の医院長――彼の仕事である「それ」がみるみるうちに顔を出す。
「何だ、もしかするってぇと具合が悪いのかね、フィース。なんだったらアレだぜ? この俺様が直々に腹黒マッスル度を診断すると共に筋肉増量キャンペーン中っつぅ事でよ、おまえさんの筋肉塊改善に付き合ってやらなくもねぇんだぜ? ぁあん?」
「……………っっ…」
 返答も無く痙攣を繰り返すフィースに、オーマは(アメリカン式に)無言を肯定と受け取り、彼の両肩をがしっとわしっと掴んでにやーりと怪しい笑みを浮かべる。
「いや……大丈夫だから、気にしなくていいよ」
「遠慮するんじゃねぇよ。おめぇさんと俺の腹黒い仲だろうが」
「ど、どんな仲だいそれは…? 君……とてもじゃないけどその眼つきは…これから、診療とかそういう事をしそうには見えないんだけどね………」
「あぁん? そんなモン気のせいだ気のせい――」
 その辺りでぽん、とオーマの肩に手を置く者があった。オーマとフィースがその人物の方へと視線を向ける――黒髪に金の瞳、そしてすらりと立つその姿――

「その辺にしとけ、笑死しちまうだろ」
 クールな口調でそう言い放つと、「彼女」は憮然とした表情でフィースとオーマの間に割って入る。
「あぁ、お前さん――ユーアッつったっけかね?」
「あぁ、そうだ……ま、宜しくな。皆」
 ユーアは微妙にオーマから視線を逸らすと、フィースとレイとを交互に見遣る。
「俺も、教えてやりたい事があるから…一緒に行くからな」
「うん。ありがとう、ユーアさん。……僕、レイっていいます」
「俺はフィース、宜しくね」
「あぁ、宜しくな」
 ユーアは少し屈んでレイの頭を撫でると、フィースに向かってこくりと頷いた。

「…………あの……」
 加減控え目に掛けられた声に、皆が不意に声のした方へと視線を向ける。
 視線の先には、小柄な少女が立っていた。
 彼女は皆の注目を受けて萎縮したのか、微かにきゅっと手を握り締めると、しどろもどろとした様子で言葉を紡ぎ出す。
「お力に、なれるかどうかは分かりませんが…」
 彼女、シゼル・アルスメリアはそう言うと、顔を少し赤らめる。
「………ありがとう、お姉さん」
 レイは彼女の言いたいことを察したのか、にっこりと嬉しそうに微笑みかける。
「うん、ありがとう」
 フィースがシゼルに優しく微笑みかけると、彼女は更に顔を高潮させた。
「あの……私、シゼル・アルスメリアと申します……その…どうぞ、宜しくお願いいたします、ね…?」
 彼女は困ったような笑みを浮かべると、集まった皆を見る――皆が自分を見ている事に気がつき、急に顔を俯けると、其の侭恥ずかしそうに黙り込んだ。
「シゼル、ね。俺はフィース、宜しくね?」
「僕はレイです。シゼルさん、宜しくお願いします」
「あ、…は、はいっ……!」
 シゼルは嬉しそうに真っ赤になった侭の顔を上げると、おずおずとフィースの顔を見上げながらも微かに微笑みを浮かべた。

「ふむ。今宵はこのグラスに注いだワインに――月が美しく映える事でしょうな」
 不意に皆の背後から紳士的な声が聞こえる。
「エスメラルダ殿の知人とあらば――」
 グラスを傾けながら、その男――ドリット・ロスヴァイセはふっと顔を上げ、レイの方を見詰めた。
「私も協力させて頂きましょう。とても美しい――良い場所を知っているのですよ」
 彼はふっと微笑を浮かべると、「はい、宜しくお願いします」と言って柔らかに微笑んだ少年を、目を細めて優しげな表情で見守った。
「おう、お前さんも行くんかね。いいねぇ、こういうのは皆でムキムキビチビチ(:一般語録としてはワイワイガヤガヤが望ましい。)筋肉楽しく行くのが一番いいぜ」
「……ビチッ…………そうですね」
 ドリットはそもそも厳つい(?)顔を加減硬直させると、ぶるぶるっと全身を震わせ(一応イヌ科?)気を取り直したように居住まいを正す。
 そうそう、少しでも押されたら負けだぞ!! 覚悟しろ、ドリットVv(:一応応援。)
「私はドリッド・ロスヴァイゼと申します。レイさんにフィースさんと仰いましたね、どうぞ宜しくお願いいたしますよ」
 彼はフフ、と微かな微笑を洩らすと、ちらと黒山羊亭の片隅に居る少年の方へと視線を向けた。彼は気がついているのか居ないのか、いつの間にやら隣に立っているオーマにいつの間にやら話しかけられ、いつの間にやら輪に加えられている。
「そういやお前名前何つぅのかね?」
「……BeAl2O4」
「そうか、レイ、聞いたか今の? ちょっと言ってみろよ」
「びーいー…あーる…?? えと……あの…ごめんね、もう一回言ってくれるかな……?」
「……Be…で、いいから」
「…うん。ありがとう、Beさん」
「………うん、まぁ…」
 ―――何事かを考えた様子でじぃっとレイを見詰めるBeAl2O4に、レイは微かに首を傾げる。
「あの……どうかしたの?」
「………別に」
 彼はそう言うと、ふいっと顔を背ける――つもりが寸ででオーマの顔が急接近。
「…………?」
 実の所は驚いているのであろう、ほぼ無表情のその顔を覗き込み…オーマは真っ白な歯を見せてにかっと笑う。
「おう、どっか行きたい所あるか?」
 オーマは何故かBeAl2O4限定で詰問? する。
「………別に」
 彼が端的にそう述べると、其の侭二人揃って沈黙する。
 何となく居心地が悪く、顔を右へ――背けると、オーマの顔も対となって左へ――彼が顔を左へふいっと向けるとオーマの顔も一緒になって右へ――――あんまり苛めないように。感電しますよ。
「んじゃま、どっか気に入ってる場所とかねぇのか?」
「…………いつでも町全体が見渡せる丘の上」
「ふむ……なるほどねぇ」
 なるほど、なるほど…そう呟きながら彼は漸くBeAl2O4の「顔」を解放し、くるぅりとシゼルの方を振り向いた。ところがそこでは……
「初めまして、愛らしいお嬢さん。僕はユーリ。キャプテン・ユーリ。以後どうぞ御見知りおきを……」
 と、さり気なく手を取り其の侭甲にキス。
 ユーリがいつもの如くフェミニズム根性全開で真価を発揮している最中だった。
 勿論お相手役のシゼルはといえば………
「…………っっ!!? あのっ…その、………え、えと……あの…」
 動揺しまくりで顔を真赤にしながら言うべき言葉を捜し、あたふたとしている。
「いやぁ本当に可愛らしい人だ。野に咲く花のようだねぇ…」
「は、花だなんて……その…わ、私はそんな、可愛らしい物では……」
「ははは、君が知らないだけさ、自分がどれだけ愛らしいのかをねぇ…」
 ユーリさん、シゼルさんがそろそろ失神してしまうのではないでしょうか?
「居るもんなんだな、フェミニストって……」
 さり気にユーアは微かに後方へと下がっていた。かくゆう彼女も女性。ユーリのフェミニズム魂に火がついたその矢先の事……
「素敵な月夜ですな、今宵は貴女との出会いに感謝をせねばなりませんね」
 そう言いながら再びグラスを傾けるドリット――
「へっ……? まだ昼間デスケド?」
「お初にお目に掛かります、麗しいご婦人殿。私はドリット・ロスヴァイセと申します」
「ド…ドリッド様、また、そんな事を……」
 彼はそう告げると、ユーアとシゼルの突っ込みを物ともせずに立ち上がって恭しく一礼をした。ユーアは少なからず動揺して目を瞬いている――そこへユーリが現れ、彼女の手を取り軽くキスをした。
「素敵な女性だねぇ、僕も今日という日に感謝をしないとね」
 そう言ってくすりと微笑む――
「は……離せ変態野郎共ーーーっっ」
 そう言いながら、ユーアはユーリの手を振り切って思わずアイラスとフィースの後方へと隠れる。
 勿論この辺りとて微かな危険臭は漂うが、現在最も「安全地帯」なのを心得ているからこその行為である。
「「…………変態野郎「共」?」」
 二人はそう呟いて互いに視線を交わす。
「ははは、そんなに照れることは無いんだよ? 素直に、在りのままに受け入れればいいのさ」
「そうですとも、私もそう思いますよ」
 フフ…とユーリの意見に同意したドリットが笑う。
「怖い…怖いぞこの狼……」
 そりゃあ狼ですから。微笑の際には頑張れば頑張るほどギラリと輝く牙が御目見えし――
「喰われる……」
「私はそんな事はしませんよ。フフッ…」
「そうですよ、ユーアさん。出会ったばかりの方に失礼でしょう」
「ア、アイラス……裏切るのか!? あの「フフ」って笑い方がまた恐怖感を演出してるんじゃねぇのか…!!?」
「あはは、狼姿で紳士だなんて素敵なんじゃないかい?」
「そうですねぇ…シゼルさんともお知り会いのようですし、悪い方ではないと思いますよ?」
「くっ……アイラス、フィース、お前後で覚えてろよっ……!?」
 ぼそぼそと背後で呟くユーアに、アイラスとフィースは苦笑を浮かべる。
「それにしても、今日は問題児が多いみたいですねぇ」
「あはは、楽しくていいんじゃないのかな?」
「まぁ、そうですね。こういったものは皆さんでわいわいとした方が楽しいですしね」
「おい、問題児って俺の事か? 俺も含んでんのかよ!?」
 ここはここで寛容というよりかは「緩い」のだろうか。

「おやまぁ、逃げられちゃったかな?」
「えぇ、残念な事ですね…それにしても…ユーリ殿、貴方とは何か通ずるものを感じますね」
「そうかぃ? はは、光栄だねぇ」
 フェミニスト対決、現在和睦中。
「ドリット様…な、なんだか…活き活きとしていらっしゃいます、ね?」
「そうですか? …シゼル殿、私はいつもと変らないつもりでしたが――貴方にそう見えるというのなら、それもまた…一興、でしょうね」
 キラリーン…と輝く鋭い眼光に、誰もがごくりと唾を飲み下す――

「ではそろそろ街の方にでも向かいましょうか、街の観光案内程度ならいつでも出来ますけどね。僕がこの街に来たばかりの頃に隅々まで見て回りましたから」
「へぇ、そうなの? アイラスさんは何か…誰も知らないような事を知っていそうだよね」
 レイの言葉にアイラスが苦笑する。
「街の案内なら…しっかりとメモを取りながら情報収集に回っていたりしますから、城の中までばっちりですよ」
「お城まで入るの? アイラスさん、凄いなぁ」
 レイの素直な反応に、アイラスの顔にも笑みが零れた。
「ふふ…冒険者は皆、「凄い」んですよ」
「ふぅん……」
「街に行こうって言うんなら俺も賛成だな」
 まだ背後に隠れていたらしいユーアがひょっこりと顔を見せる。
「な、いい店を知ってるんだよ。そっちの方に行こうぜ」
「ユーアさん、食べ物ですね…?」
 アイラスは初めて依頼で会った時の事をふと思い出す。
「あぁ、当然だろ? 世間知らずなのは良いけど美味しいものを知らないのはいけない! 食べ物に対する冒涜だぁ〜!」

 ごっご〜ん!!

 彼女の背後で荒海が…渦潮が……え? 兎に角そんな感じのものが飛沫を上げている。
「………相変わらずで何よりですよ」
「はは、可愛いねぇ。彼女はいつもこうなのかな? 確かに、僕も美味しい物は知っておくべきだと思うけどねぇ」
「フフッ……ユーア殿、貴方が何かに夢中になる姿も―――美しい」

 うぞっとユーアの背筋に走ったものは―― 一体何であっただろうか。一応此処では述べずにおく。




《露店の人――天高く》

「どこまで行くの?」
「どこまでも行くのさ……俺達人類は食の為に生き、食の為に死んでゆく――言わば輪廻は食に支配されているんだぞ、レイ!」
「えっ……!!? そうだったんだ……僕、知らなかったです」
 今日、レイに一つの知識が…その脳裏に「埋め込まれた」。
「ユーアさんの人種と僕の人種は違う気がしますねぇ……」
「あ、あの……私も、輪廻が食に支配……というのは、少し違うかとは思いますが…その……美味しい物を知っておくというのは、必要な事だと思います、よ……?」
「シゼル殿は私が足繁く通っている料理店で働いていますからね…」
「えっ、そうなのか? 今度店教えてくれよ、食べにいくから」
「あ…は、はいっ!」
「おう、じゃあ俺も行くぜ、シゼルの嬢ちゃん」
 オーマがシゼルの肩をぽんと叩く。
「じゃあ僕もご一緒しましょうかねぇ…」
「そうですね…皆さんで一度こられては如何ですかな? 落ち着いた雰囲気の小さな店ですが、料理と酒の品質は、常連客たる私が保証致しましょう」
 フフッとドリットが笑う。
「は、はいっ…皆さん、ありがとうございます!」
 シゼルの赤みがかった顔に、嬉しそうな色が浮かんだ。
 彼等はユーアとレイを先頭に、ぞろぞろと繁華街を歩いている。
「最近回ったばかりの美味しい店・露天巡り決行〜!」
「お〜っ!」
 楽しそうなユーアに続いてレイがこれまた楽しそうに駆け出す。

 そんな二人を眺めていたユーリがくすりと笑って呟くように言う。
「元気だねぇ、二人とも」
「そうだな。まぁ、良い事だぜ?」
「あの……私も、そう……思います」
 オーマの意見にシゼルも控え目ながら賛同する。
「だね。初めて会った時のレイからは――今ほどの元気は感じられなかったしね」
「あぁ、そうだな……フィースも頑張ったんだろうぜ、なぁ?」
「あぁ、きっと。……という訳で僕も行って来ようかな」
「あ?」
「あの二人と露店巡り、してくるよ」
 にっこりと微笑みながら片目を閉じて二人にそう告げると、彼は二人の後を追って歩いていった。


「いいねぇ、芋パンか…お兄さん、僕にも一つ貰えるかい?」
 二人の背後から現れたユーリが店主に向けて注文をする。
「おう、いらっしゃいお兄ちゃん、ほれ、当店名物「芋パン」だ。あいよ〜」
「ありがとう」
 ユーリは差し出されたそれを受け取ると、先にそれを頬張っていた二人とともに芋パンを口へと運ぶ。
「おっなかなかいけるじゃないか。おいしいよ、コレ。ねぇ、レイ?」
「うん、とっても美味しい」
 ユーリとレイは顔を見合わせてにっこりと微笑みあった。
「だろ〜?? やっぱりこの店の芋パンは最高だ! お前等もいい奴だ〜っ」
 芋パンによって天上へと運ばれていたユーアは、其の美味しさに賛同した二人に超絶好感を抱いたようだ。

「よ〜し、皆も食べろよ! 今日は俺の驕りだ〜っ!!」
 いよっ太っ腹ユーアさん。
 ユーアは遅れて到着した皆の分を次々と店主に向けて注文した。

「おや、どうしたんだぃ? 何だか考え込んでいるようだねぇ、オーマ」
 ユーリは芋パンをアイラスとオーマの二人へと手渡す。
「あぁ、……しかしよ……ありゃあ一体どうなってんのかね?」
 背後から呟くようにそう言ったオーマの言葉に、アイラスは微かに首を傾げつつも思ったままを口にする。
「………鈴に物を食べさせているようなものでしょうかね〜」
 ((………鈴が??))
 確かにそうなるのか…? と、疑問符を浮かべつつも二人は頷いた。
「……どこから?」
「……そりゃあ、モノ入れれるようなデカイ穴は、構造上一箇所ぐれぇしか……」
『…………御三方、一体何の話をしているのかな〜〜〜??』
 三人の背後からちょっと黒い笑顔でフフフフフ…(後ろでは何やら黒気にゴゴゴゴゴ……)とか笑いながらフィースが迫る。
「やだなぁ、冗談ですよフィースさん」
「そうそう、人生ゆとりも大切だよ〜?」
「おう、お前も結構な腹黒さんじゃねぇか」
「何を訳の分からない事を言っているんだい? 君達は。質問に答えなさい、質問に」
 そう言いながらも特に「訳の分からない返事」を返したユーリとオーマの肩をがっしりとその腕で捕らえた。
「はは、フィース、キミは知っているかい? 美しいものには其れに相応しい接し方というものが…」
「今度はフェミニスト教室かい?」
「じゃあ俺様の腹黒筋肉漫談はどうだ?」
「いや、これ以上は…そろそろ肉体的な危機感を感じるから遠慮しておきたいかな?」
 事前回避。

「もう一つ、連れて行きたい場所があるんだよな」
「本当ですか?」
「なぁ、Be、おまえのお気に入りの場所も、同じ所…そうだろ?」
「………多分、ね」
「じゃあ行こうぜ」
「……うん」
「何だか楽しみです」
 レイは二人の様子をじっとみつめながら、微かに首を傾げ、愛らしく微笑んだ。




「ここが、俺が一番見て欲しい場所。……きれいだろ? レイ」
 そう言ってユーアとBeAl2O4が案内したのは、街にある高台からソーンの街並みが一望できる場所だった。
 小高い丘になっているその場所は、本当にきれいに街全体を眺め見ることができる――
「――うん、とっても!」
 レイはそう言って微笑すると、其の侭その風景に視線を向けた。
「わぁ〜……ねぇ見て、皆、あそこにあるの何かな?? すっごくきれいだね。青くてきらきらしてる……大きいなぁ」
 レイが後ろを振り返り、皆に向かって柔らかに微笑む。
 その様子にユーアも笑顔になり、連れて来て良かった――と、その心も穏やかな喜びを感じていた。
 BeAl2O4は変わらず無表情であったが、街並みをじっと興味深げに眺めているレイの隣に腰を下ろすと、其の侭彼もぼんやりとその風景を眺め始めた。時折洩らされるレイの感歎の声に耳を傾け、指差す方に視線を向けては――レイの横顔を、ちらりと見詰め。


「あれはねぇ……海だよ」
「海? 海って何??」
「うーん……水が、沢山ある所……かな」
「え? あれ全部水なの??」
「うん、そうだよー」
「わぁ〜凄いねぇ」
「そうだねー」
「ねぇ、どうして青いんだろう??」
「あれはねぇ……水の粒子が反射させる可視光の色は、青だけだから、だよ。」
「水が反射させる目に見える色は、青だけ?」
「そう、キミの色と一緒」
「あぁ、そうなんだ…僕の体も、光が反射してこの色に見えてる、髪も、目も……? 凄いなぁ。――僕…何にも、知らなかった」
 レイはそう言いながら、嬉しそうに微笑する。
「………良かったね」
 そう一言告げると、BeAl2O4はのんびりと和んだようすでじっとレイの柔らかな…光を反射させて金色に輝き、風に靡いてはふわふわと揺れるその髪を眺め見た――「お前何考えてんだかさっぱり分からない」系らしき少年にも、穏やかな時が流れる。


「な? これを見ると自分の今悩んでいる事とかが大したことが無いように思えてくる。落ち込んだ時や悩んでいる時にお勧めなんだ」
「うん、ユーアさん、ありがとう」
 レイは斜め後ろに立って伸びをしているユーアに向かってそう告げる。
 すると彼女は前屈みになって、膝に手を当てた格好でレイの顔を覗き込んだ――
「また、来ような」
「――うんっ!」
 レイはしっかりと頷くと、子供らしい笑顔を向け、其の侭差し出されたユーアの手を取って立ち上がった。
「Beさんも、ありがとう」
 そう言って振り向き、ユーアに差し出されたように自身もBeAl2O4に向かって手を差し出す。
「………うん」
 彼は少しぼんやりとしながらその差し出された手を暫らく眺めていたが、やがて手を取り、すっと立ち上がった。

「お〜し、次行こうぜ、次!」
 ユーアがそう言うと、それまで街並みをじっと眺めていたアイラスが徐に顔を上げてレイの方を見詰める。
「……まぁ、主要施設は押さえておかないと。いつか必要になる日も、来るかもしれませんし…」
「………どこか、行きたいところがあるのかな?」
 フィースにそう問われたアイラスは、苦笑した。
「えぇ、まぁ……行きたい所、というよりは、知っておくべき所を案内しておく――という事でしょうか」
「知っておくべき所?」
「はい、最初に言っていた…「お薦めできない場所」の事なんですけれど」
「あぁ、珍しいものが見れる場所?」
「えぇ、まぁ…じゃあ、行きましょうか。……腹黒同盟本拠地へ」
「「「「腹黒………??」」」」
 しかしアイラスのその一言で皆が疑問符を浮かべている最中、ぴきーんとスイッチの入った男が一人居た――
「じゃあ、一足先に行って用意して待ってるぜ、アイラス!」
「えっ……!? あ、………はい」
 途端に踵を返して走り去る。
 その行動は素早かった――オーマ・シュヴァルツ。一世一代の大仕事である。




《恐怖!?真の未知》


「へぇ、病院なんだ?」
「えぇ、そうなんですよ。病院兼、腹黒同盟本拠地……ですが」
「………腹黒…?」
「珍しいものは色々と見られる思うのですけどね〜。
オーマさんが捕まえてきたものや、オーマさんが具現したものなどがひしめいていますから。モノを知らない子に見せてあれが普通だとは思っていただきたくないのでお薦め出来ないのですけど」
「捕まえてきたものや?」
「具現したものなど??」
「「ひしめいていますから????」」
 ここで頗る悪寒を感じたのは――何を隠そう、ユーアだった。
「ちょっとまて、あの親父の「本拠地」って事か!!?」
「はい、まぁ…そうなりますかね。総帥ですし」
「総帥!!!!?」
「えぇ、かくゆう僕もNO2なんてしていますけれどね?」
「「「「「……………」」」」」
 無言の強風。
 その中でレイだけは何故か、楽しそうに笑っていた。



「よっっっっっっっ……………く来たな、おめぇら!!」
 嗚呼、威風堂々聳え立つ素敵に無敵な建物の前で、オーマはようやく辿り付いた面々を眺めて妙になっがぁ〜い溜めを作りながら、本当に待っていたんだぞ〜Vvという風体で仁王立ちしている。
 入り口の前にはマラソンのゴールの連想させるアーチ。
 皆にとっては人生の終焉を告げるアーチ。(何か見えましたか? 貴方の誤読でしょう)
 その両脇には素敵な立看板がご丁寧に置かれている。
 冥土の土産がオーマの桃筋喜劇じゃ死んでも死にきれないだろう。成仏し給え。(此処でも何か見えたのなら、それは幻覚です。色々末期なのでオーマさんの診療を受けましょう)
 おまけに病院かコレ?? と思わせるような居住まいになってしまっている建物の屋上から、ひらひらと風に靡きながら、垂れ幕が揺れていた。

【ようこそ灰汁の強い腹黒同盟へ】

 ………え? 済みません、間違えました(直す気ゼロ)。

 垂れ幕は兎も角、オーマ・シュヴァルツ…かくゆう彼自身も、素敵なお手製の襷を肩から斜めにさげている。
 読みたくなくとも鮮明に視界に飛び込んでくるその文字――【必筋★聖都公認腹黒同盟☆親父愛ウェルカム筋薔薇アニキ腹黒悶絶大胸筋案内★】。
 ……案内係のつもりなのだろう。
「皆さん? どうなされたのですか、そんなに固まってしまって……ここが腹黒同盟本拠地ですよ?」

「「「「「「ぅっわぁ〜………………………………????????」」」」」」

 皆さん、一様な感想をありがとう。
 勿論以前から知っているユーリは普通に「相変わらず興味深い場所だねぇ」などと軽く述べ、やっぱり何故だか楽しそうなレイを連れて其の侭建物の中へと足を運んでゆく――
「……先行くよー」
 其れに引き続き、BeAl2O4が呆然としている皆のその横を通り過ぎる。
「おうおう、皆もちゃっちゃと入っちまいな! 中はもっとすげぇからよ」
 (「もっと」凄いのか……)と、皆が引いてしまったかどうかは定かではない。
 悶絶腹を抱えて悶えているフィース(非常に楽しそう)。彼に気がついたアイラスが、少し心配そうに彼に声をかける。
「フィースさん……? どうしたんですか、具合が悪いのなら…オーマさんは腕のいい医者ですし、診て貰った方が――」
「そう…ですね。フィース様、その…お、お医者様に…一度、診ていただいた方が……」
「あはは、いや、結構だよ。これは大丈夫……気にしないで、ね?」
 そう言ってフィースはアイラスとシゼルに微笑みかける。
 シゼルは顔を真赤に染め上げると、「は……はい」と言って顔を少し俯けた。
「そ、それにしても……す、凄い所…です、ね」
「来たく……無かった、かも」
 シゼルの呟きに頭を抱えるユーア。
 その隣ではドリットが無言のまま瞑想に耽っていた。逃げますか、現実から逃げますか、貴方。


 建物の中に入った一行は、そこに用意された特設ステージ(?)に自身の中に流れる、ありとあらゆる時を止めた。
 ピシッッ!! と妙な音がして、ガラガラと自制心や、常識という概念が脆くも崩れ去ってゆく。
 駄目ですよ? 「常識」なんて貴方が勝手に作った幻想です(オイ)。普通なんて、誰が決めるのですか?? それは貴方が貴方の中でつくったものなのですよ(てへv)。
 ……以上の事から、この破壊的幻想風景はオーマ・シュヴァルツの創り上げた「常識」の集大成であり、これが彼にとっては普通なのである(かどうかはご本人様にお問い合わせください(迷惑))。
「おう、こいつ等は……」
 オーマがそう言うと、途端にずばばばばびっっっと霊魂軍団、人面草軍団、聖筋界(正しくは聖獣界)屈指のナマモノ達が勢揃いで皆を取り囲んだ!!
「うぁ……!!?」
 真っ先に声を上げたのはユーアだった。
 何故ならば他の人間は、妙に小慣れしているか、もしくは全くの未知で思考回路がついていかないか――その二通りのみであったからだ。
「こ……ここここ、これは一体……なんです、か????」
 疑問符しか浮かび上がってはこないシゼル。
「………………………うわー変だねこれ」
 やっぱり動じないBeAl2O4。
「………む、……何か、幻覚が……?」
 しきりに目元を擦るドリット。彼の気質から行くと、やがては仲良く握手でもし始めるのだろうか。
「やァやァ霊魂さんたち、こんにちは。人面草さん達もこんにちは」
 ユーリはなれた様子でひらひらと手を振っている。
「皆さん、そんなに過敏になる事は無いですよ。慣れれば可愛いものですからね」
 そんなアイラスの一言に霊魂軍団や人面草軍団はうふ〜んあは〜んと嬉し恥ずかしそうに身を捩る。
「あ……あはっ…ははははは!!」
 その様子を見たフィースさんは、いい加減もう堪えきれません。
「フィ…フィースさん、しっかりして」
 レイは何だか結構強そうです。

「おっし、茶は既に用意してあっからよ、まぁ皆、そこの桃色マッスル☆セクシー筋椅子にでも座ってくれや」
 オーマが指差した先には、とてもではないが座り心地が筋肉固そうなそれでいて座った途端にうふ〜んうふふふ〜ん☆とか言って身をひねり出しそうな奇怪な椅子がきっかり人数分置かれていた。
 皆は体が引き攣って動けない!!
「なんだぁ〜?? おめぇら遠慮する必要はねぇんだぜ? 桃色夢見る筋肉親父の巣窟☆腹黒同盟本拠地へ来たいっつったのはお前さん達だろうが」
「だ……誰かそんな事言ったか!? ドリット!!?」
 ユーアは足に絡み付いてきた魚面草(あれ、人じゃなかった)をぺぺぺっと振り払いつつ言いそうな人(混乱中につき選定基準不明)を順に見回していく。
「いや……私は、そのような事は申してはおりませんが……」
「まさかBeか!!?」
「僕も、言ってない……かな」
 自信ないんですか、Beさん。
「はっ……まさか、シゼル!!?」
「わっ…私は、そんな、恐れ多い…です」
 パタパタと手を振いながら、訳の分からない言動をするシゼル。
「じゃあユーリか!!?」
「いやぁ、僕も言ってないねぇ」
 そう言いながらユーリは犬面草を指先で突付いている。
「じゃあ………アイラス?? 言いそうだ、なんかすっごく言いそうだ!!!!」
 ユーアさんは御乱心です。
「あ、オーマさん、新種じゃないですか? 鹿の顔してますよ、この子」
「うぅわデカッ!!」
 アイラスさんは返事も返さずに珍種を指差す。俗に誤魔化した、とでも言いましょうか。
「まぁ落ち着けや、茶でも飲んでよ……おら、下僕主夫特製お茶菓子も用意しといたぜ?」
 そう言って何時の間にか霊魂軍団たちに席に運ばれ、足下でトグロ巻く蛇面草(そんなモン居ましたっけ?)に脅されつつ着席する面々。
 椅子の座り心地は安生固かった。
「このお茶菓子は……君が作ったのかな?」
 まだ声の震える(もう止まらないと思われる)フィースの質問に、オーマが満面の笑みで答えた。
「おう、そうだぜ、俺はブラッドカカァ天下によって日々親父搾り進退窮まる下僕主夫だからよ、料理にゃちぃとばかし自信があるんだぜ? おう、食いねぇ食いねぇ〜」
 そう言いながらうふふふぅ〜んと揺らめく人面草と共に件の菓子がテーブルの上に並べられる。
「わぁ……美味しそう、です…ね」
「あぁ、そうだろ? 当たりも用意してるからよ、じゃんじゃん食べろよ?」
 (………当たり?)
「僕は遠慮しとくよ。芋パンでお腹がが一杯だからねぇ」
 ユーリはオーマの攻撃を、するりと上手くかわした!!
「へぇ〜、料理もできるなんて凄いですね。僕、戴きます」
 レイの危機!!
「まてっ、レイ!! 食べちゃ駄目だ〜っっ」
「え……?」
 ユーアが止めるも時既に遅く、レイは既に口にそれを放り込み、偉い事に沢山噛んでこっくりと飲み下した。
 ごくり……仕方の無い事では在るが、皆がレイの変化を見ようと生唾を飲み、その姿を見守る。
「美味しいです、オーマさん。皆、本当に料理上手だよ。僕こんなに美味しいの、初めて」
「おう、そうかそうか。じゃんじゃん食べろよ〜。また作ってやっからな!」
「うん! ありがとう」
 二人の楽しげな様子に「何だ…普通じゃん」とか思い、安堵したのか皆が次々とそのお菓子に手を伸ばす。
「あぁ、美味しいじゃないか、なぁ?」
「………うん…美味しい、ね」
「そうですね。程好い甘味、すっきりとした口溶け――素晴らしい出来です」
「はい、…その、とっても、美味しい…です」
 皆はそれぞれ満足した様子でこくりと頷く。
 それで勢いづいたのか、オーマは忙しなく立ち上がると、何か冊子のようなものを皆に配り始めた。

「勿論同盟パンフ全員贈呈だぜ。しっかり読んどけよ〜?? 俺様はいつでも大歓迎だからな!! 何と言っても聖都公認☆腹黒同盟!! 聖都公認だ。そこん所宜しくな!!」
 妙に「聖都公認」を推しつつ、オーマは腹黒同盟のパンフレットを配布する。寧ろ今すぐ入れ、さぁさぁ入れと言わんばかりの勢いでバリバリと捲くし立てている……ような手際の良さ。笑
 しかし好感触も長くは続かなかった。
 何故ならば、先のお茶菓子を口にした者の内の約一名――たった一人だけの様子がおかしかったからだ。

「うっ………!!?」

「おぉっと大当たり〜☆」

 がらん がらん がら〜ん☆

 と、どこから取り出したのかお手製の腹黒筋肉下僕印のついたベルを打ち鳴らすオーマ。
「そんなお前さんには超絶筋肉悶絶成長☆お手製桃筋増強剤(腹筋専用)をプレゼント!!」
 どこからか取り出した手の平サイズの瓶を一ダースセットで手渡し、今正に肉体改造中の相手を嬉しそうににんまりと眺めている。
 相手は俄かに腹部を押さえつけると、そのあまりの異変に「!?」と混乱した様子である。
 実の所、そのお茶菓子はロシアンルーレット宜しくに「当りには腹黒セクシー筋が育つ腹筋ラブエキス入り」なのである。誰が当たるかな〜?? などと鼻歌フンフンしつつ、オーマが楽しそうに作っていた事は誰も知らない。勿論アイラスやユーリは想像していたのだろうが……。

 どんっっ!!?という音がして、その効果は一気に余す事無く発揮された!!

「きゃっ!!」


 き〜んに〜く〜もり〜もり〜♪
 い〜っき〜に〜もり〜もり〜♪


 妙な歌がどこからか聞こえてくる――腹部に手を置き、ぐぐっとそれを押さえつけようとするが、それも叶わず――その者の腹筋は一気に膨れ上がった!!

「………どう、…して…ですか?」


 き〜んに〜く〜もり〜もり〜♪
 い〜っき〜に〜もり〜もり〜♪


「えぇええええええっっ!!?」
「…いや、結構……似合っているんじゃないのかな?」
「それは、どういう意味で……?」
 腹部がそれは無いだろうと言いたいくらいにムッキムキに割れた新種の誕生である。
 BeAl2O4。彼は今日新たに、生まれ変わった―――腹筋ワレワレ腹黒大将として。
 だのに件の本人は「……………」と、無言である。寧ろ何だか哀しそう?
 シゼルさん、びっくりしたでしょう?笑(あ、こっちの方がびっくりだよ、ですか? Beさん……え? すっ…済みません…)

「ではそろそろ次へ行きましょうか?」
「あ、あぁ、そうしようか……!!」
 ユーアは、肩に「憑いた」霊魂を振り払い、すっくと立ち上がる。
 振り払っても振り払っても次々と彼女に取り憑く(訂正:「飛び付く」に変換してお読み下さい)霊魂たちと、ユーアとの格闘は果てなく続き――やがて彼女が諦めた頃には、辺りに円陣を組んで今にも飛び掛らん勢いでもってじりじりと匍匐前進で詰め寄ってくる人面草たちの姿があった……とか無かったとか。取り敢えず何故かは分からないが、彼等の争いは熾烈を極めているのであった。
 その光景を横でぼんやりと眺めているBeAl2O4。一応強調させて頂こう。勿論「腹は割れている」。
「助けろーーーっっ」
「………無理だねー」
「真顔でさらっと言うんじゃねーっっ!!」
 彼のおててには「超絶筋肉悶絶成長☆お手製桃筋増強剤(腹筋専用)」一ダースの入った紙袋が握られている。いや、捨てたくても捨てられないのか、突っ撥ねてもきっと周囲の霊魂と人面草、そしてオーマがそれを許さないのだろう。
「ははは」
 何だかんだで皆楽しそうである(?)。
「おう、で? 次はどこ行くんかね?」
「シゼル殿はどうです、何処か行きたい所でもおありですかな?」
 皆、場所も決まっていないうちからすっくと立ち上がる。
 勿論肩には一人ずつ人面草&霊魂×一が「憑いている」。素敵なお土産を持ち帰り、皆さん洩れなくハッピー気分。
「あの、私は…余り、地理には詳しくないのですが……その、綺麗なお花畑に……行きたい、です」
「花畑か………それなら俺が良いトコ知ってるぜ?」
 そう言って親指をたてて自身を指差すオーマ。
 彼の言葉と、その周囲の風景から―― 一抹の不安を覚えた者が大半であった。
 何故ならば、花ならもう自身の肩にもう「憑いている」のだから。在り得ないほど結構表情豊かな花が。




《花舞う地》

「わぁ……凄いです、ね」
 シゼルは嬉しそうに花弁の舞う花畑に立っていた。
 余りの美しい光景に、彼女の瞳は微かに潤んですらいる。
「本当だ…凄いですね……」
 レイも嬉しそうな様子で辺り一面に咲き誇る花畑を眺め見た。
 風に凪いではひらひらと花弁が舞い散り、偏光色に輝く――ルベリアの園。
「こいつは俺の世界に咲くルベリアって花でな…人や様々な在りしモノの想いを映し見るって言われてるんだぜ。おう、おまえ等、誰か愛してやまねぇラブラブ番犬希望な相手が居るっつぅんだったらよ、この花を贈るといいぜ?」
「どうして、ですか……?」
「想い人に贈ると永久の想いと絆で結ばれると言う伝承が在るんだ。良かったら嬢ちゃんも持ってきな」
「わ、私は…そんな風に、想う方は……その……」
「嬢ちゃんにはちぃとばかし早かったんかね?」
 オーマは優しげな表情を作ると、困ったような、照れたような――そんな表情をしているシゼルの頭をぽんと軽く撫でた。
「フフ、素晴らしいですな――幻想的で、とても美しい……」
「おう、ドリット。おめぇさんも相手が居るんだったら贈ってみたらどうだ?」
「私ですか……? そうですねぇ…考えておきましょう」
「おう、お前さん達もどうよ」
「………要らない」
「俺も、……贈る相手は居ないしな」
「ふぅん、そうなのか? 照れるこたぁねぇんだぜ? Beもユーアもよ」
 オーマはにやりと微笑むと、不意に歩み寄ったレイに視線を向ける。
「じゃあ、僕…貰おうかな」
「おっ? 何だレイ、お前さん好きな相手居るんかね? だったら早く言や良かったのによ…」
 オーマはそう言うと、ソーンでは豊かに咲き誇っているルベリアを摘み、レイに手渡した。
「はい、フィースさんです。オーマさん、ありがとう」
「…………え?」
 皆の微かな動揺をよそに、レイはフィースの元に歩み寄ると、すっとそれを差し出した。
「受け取ってくれますか? 僕、フィースさんの事大好きだから」
「――レイ、気持ちは嬉しいけど、多分そう云うのとは、一寸違うんじゃないかな…?」
「良いんじゃないのかい、受け取ってあげたら?」
 隣で微笑むユーリの言葉を受けて、フィースは少し躊躇いながらもそれを受け取る。
「……ありがとう、レイ」
 レイはフィースの言葉に首を振うと、その場に屈み込み、今度は自分でルベリアを摘んだ。
「はい」
 彼はすっと立ち上がって、それを差し出す――
「………僕にかい?」
 ユーリはくすくすと笑いながら、こくりと頷くレイの差し出したルベリアの花を受け取った。
「受け取ってくれて、ありがとう。ユーリさん。僕、ユーリさんの事も大好きです」
 そう言ってレイは、今度はアイラスの方に向き直る。
「アイラスさんも、受け取ってくれますか?」
「………レイさん、皆さんに渡すつもりなのですか?」
 くすりと微笑んだアイラスに、柔らかに微笑みかけながらレイはこくりと頷く。
「うん。僕、皆の事…大好きだから。
一番大切って、何だろう? 僕にはわからない…だから、今この時に…大切だって想う人に渡しておきたいんだ」
 そう言いながら微笑んだレイに、皆は心穏やかに笑顔を浮かべる。
 オーマは彼の頭を力強く撫で付けると、其の侭力を解放し、その姿を強大な銀色の獅子の姿へと変化させ、皆を背に乗るように促した。
「あぁ、丁度いいねぇ…オーマ、今度は僕の船へ行ってくれるかい?」
 ユーリの言葉を了承したオーマは嬉しそうに笑っているレイや仲間達を乗せ、ルベリアの舞う中大空を駆けて行くのであった。




《未来と共に大海原へ》

「ほら、足下に気を付けるんだよ」
「うん」
 レイは差し出されたユーリの手を掴むと、微かに揺れる大きな船の中へと足を踏み入れた。
「僕、船に乗るなんて……初めてです」
「不安かい?」
「ううん、そんな事、ない」
 レイは首を左右に振うと、物珍しそうにしきりに船内を眺めている。
 太陽が沈みかけ、暁に暮れた大海原が視界一杯に広がる――
「僕らはこんな風景の中を、あの夕焼けに向かって船を突き進めで行くのさ。陽が水平線の向こうに消えないように、ずっと追いかけていく」
「追いかけたら、ずっと沈まないの?」
「腕さえ良ければね…後は勘と運、かな」
 心地よい風が彼等の頬を撫で付け、遥か後方の彼方へと押し流されてゆく。
「風、は……?」
「この船はねぇ、あらゆる空間を満たす霊素、「エーテル」の流れを帆に受けて進むのサ」
「エーテル……風が無くても、進むんだ……」
「そうだよ」
 レイはほうっと息をつきながら、とても興味をひかれた様子でユーリの話に聞き入っている。

「ねぇ、ユーリさん…海は、途切れるの?」
「海がかい? はは、途切れやしないサ。海はどこまでも続いていくんだ。そして僕らに見た事も無い風景を見せてくれる。誰も知らないような大地を見せてくれる。そのための道にだってなるのサ。どきどきするだろう? 一面の水平線の向こう…あの海の向こうに、見知らぬ土地があるんだよ」
「誰か、知らない人が住んでいるかもしれないね」
「あぁ、もしかすると誰も居ないかもしれないしねぇ…」
「そしたらそこは、ユーリさんが始めての発見者だね」
「そうだよ。素晴らしい事だろう? 世界はどこまでだって続いていく。海という自由に走れる道を通って、僕らは未開の土地へと向かうんだ。勿論この広い海の中にだって沢山の秘密が眠ってるのさ、どうだい、レイ。わくわくするだろう?」
 レイはうん、と元気よく返答を返すと、楽しそうに海の向こうを眺め、時折何か沈んでいないだろうか、と海の底を見ようと、しきりに目を細めている。

「長く旅を続けているとね、これまで生きてきて、目にした事の無いようなものにだってお目にかかれるのサ」
「えっ? ユーリさん、どんなものを見たの」
「聴きたいかい?」
「うん! 聴きたい!」
「真に未知な物を目にしたときの喜びなんて……半端なものじゃないんだよ。少なくとも、僕やこの船の船乗り達は皆そうさ」
 ユーリの瞳に、子供のような楽しげな光が宿っている。まるでレイと同じ年頃のような、無邪気でやんちゃな笑顔。
 時に声を潜め、海の底に潜む巨大な蛸の話を語って聞かせ、時に船上での摩訶不思議な体験を語って聞かせる――レイは時間など忘れ、終始楽しそうに、時には恐怖に眉を顰め――ユーリの話にじっと聞き入っていた。


「ユーリさん……海賊って、自由なんですね」
「あぁ、そうさ。海賊は皆自由と共に生きてるんだ」
「いいなぁ、僕もいつか、そんな風に海へ出てみたい」
「一緒に来るかい? 君なら大歓迎さ」
「ほんとうに? 僕、ユーリさんと一緒に船で旅をしてもいいの?」
「あぁ、勿論さ。まぁ……保護者つきになるのかな? フィース?」
 ユーリがちらりと視線をやると、フィースはくすりと微笑する。
「船旅に出られる頃には、もう一人前だろう? 一人で行かせてあげても良いよ? ユーリがちゃんと見ていてくれるのなら…ね」
「はは、よかったねぇ、レイ。フィースの許可が貰えたよ」
 ユーリの足下でたまきちも嬉しそうに鳴き声をあげる。
 レイは夕焼けと同じ色に染め上げられたたまきちの喉元をゆっくりと撫でると、その歳に似合った笑顔を浮かべる。
「楽しみだね、たまきち」
 船は水を掻き分けて進み、どこまでも、どこまでも――太陽を追いかけ、突き進んでゆく――風を切り、飛沫を上げ、突き進む船の周囲を一頭のシャチがその進行と共に泳いでゆき、時折飛沫を上げては飛び上がる――レイはユーリの横で、いつまでも いつまでもその風景を飽きる事無くじっと眺めていた。とても、嬉しそうに――――




《月光淡き水面》

 日も暮れ、夜の帳が降りる頃――彼等は「落ちた空中都市」が存在するという湖の傍ら、北へ歩く事三十分ほどの場所に密かに存在するという泉へと向かって歩いていた。
 ドリットは皆を先導して歩くと、彼の傍らを歩く少年・レイを気遣いながら草薮を進んでゆく。
「今宵は満月。さぞかし美しいことでしょうね」
 一人くすりと微笑み、ドリットは皆のために草を掻き分ける。
「それにしても凄いトコだねぇ、迷ったら帰れなくなってしまうよ、レイ?」
「えっ……? 確かに…そうですよね…絶対に離れないでね、皆」
 くすりと微笑み頷いたユーリを確認すると、レイは少し頬を染めて首を傾けた。
「ココで迷子になったら…見つけてあげられるかなぁ」
「もう…僕は迷子にはならないよ」
「そうかい? じゃあもしも俺が…鈴を落としてしまったら、ごめんね?」
「えっ? 駄目ですよ、落としちゃ…ユーリさん、アイラスさん、フィースさんを見張っててくれます?」
「了解〜」
「わかりました」
 二人は笑いながらこくりと頷くと、がっしりとフィースの腕を片方ずつ掴む。
「あれ…? レイ、これは無いんじゃないかな…?」
「フィースさんがいけないんです」
「はは、一本取られたねぇ、フィース?」
「そもそも振ったのはユーリなのにね…」
「ふふ、ユーリさんは強かですからねぇ、気をつけないといけませんよ? フィースさん」
「そうだぜ、ユーリは喰えねぇ男NO1だからよ」
「あれ、皆いつから僕のコトそんな風に思ってたんだい…?」
 皆がくすくすと笑いながら彼等を見詰めている。
「そう、いえば……どうして鈴が大切なんですか……?」
 シゼルが微かに首を傾げて事情を知っているらしき彼等を見詰めると、彼等は少し考えた様子でレイとフィースの方を見遣った。
「まぁ、人の出自など聞かずとも良いではありませんか。過去など拘るものではありませんよ、シゼル殿」
「あ、……はい、そ、そうですよね……? 申し訳、ございません…でした」
 シゼルはいつもの癖からか、足を止めて深く頭を下げる。
「でもまぁ、気にならない事も無いよな?」
 その後ろに続くユーアが隣のBeAl2O4にそう問い掛ける。
「………まぁ…そう、だね」
 彼がそう言うと、皆の間に泉へたどり着く迄、暫らくの沈黙が訪れた。


「………到着ですよ、皆さん」
 ドリットがそう告げると、何時の間にか開けた視界の向こうの真っ暗な世界に、月明かりによってぼんやりと泉の姿が浮かび上がる。
「わぁ……綺麗ですね、ドリットさん!」
 少年はそう言って泉の方へと駆け出すと、そのほとりで膝を付き、泉をじっと覗き込んだ。
「フフ、私のお見せしたいものは、まだまだこれからですよ」
 後から続いて皆がその開けた場所へ入ってくる。彼等はそこで足を止め、辺りを見回した。
「ドリットさん、ここにはまだ、何かあるのですか……?」
「えぇ……直ぐにでも、ね」
 くすりとドリットが笑うと、レイは首をかしげながら泉の水を指先で突付いた。
 ふわっと波紋が波打つように伝わり、泉の端から返っては波紋同士がぶつかり合う――レイは微かに微笑むと、静かに口を開いた。

「………僕、体が無いんです」

 ドリットとBeAl2O4は微動だにせず、ユーアとシゼルは加減、首を傾げた。
「どういう意味だ? レイ、お前そこにいるだろ?」
「そう……ですよ、体がない、だなんて……」

「フィースさん」
 少年は微かに顔を上げてフィースを呼ぶと、歩み寄ってきたフィースの手首につけられた鈴に優しく触れた。
 触れた先からレイの体がすぅっと消えていく。
 レイの体が消えた分だけ鈴は反応を見せ、薄らと金色へと染め上げられてゆく――
「レイ!?」
 これには驚いたらしく、声を上げたユーアだけでなく、傍にいたドリットまでもが思わず消えかけているレイの、残る腕をすっと掴んだ。
「大丈夫ですよ、ドリットさん。僕、自分の意志でちゃんと戻れますから」
「………今の所は、ね」
 そう言ってフィースがすっと少年の体を掴んで鈴のついた腕を離す――すると、少年の体に色が戻り、レイは首を振るってにっこりと微笑んだ。

「今はこれが…僕の体。いつか、体が取り戻せたら……ちゃんと皆と触れ合える。……それまでは」

「今の所は――って言うのはどういう意味なのかな? フィース。キミは伊達に長らく調べ物をしていた訳ではないんだろう? 進展があったならちゃんと報告して欲しいねぇ……そういう約束だった筈だけどね」
 ユーリの瞳の中に、微かに真剣な色が浮かぶ。
 それはオーマやアイラスとて同じ事だった。
 彼等は無言でフィースを見据えると、大きく息を吸ってふぅっと溜息のようにそれを吐き出したその青年の答えを待った。
「いつまでも、このままじゃいられない」
 静かにそう言うと、彼はじっとレイを見詰めた。
 少年はフィースを見上げ、瞳を幾度か瞬く。そして、その顔はふと彼等全員の方へと向けられた。
「本当の肉体に宿っていたって、魂は劣化する。年月を経て、知識を蓄え――やがて肉体は衰え、それが死んだ時、魂は解放される。
肉体は土へ返り、魂は――新たに何ものかに生まれ変わる為、返るべき場所へと導かれてゆく。これが僕たちの調べた情報の一端です」
「元に戻る方法を調べるうち、知りたくも無い情報だって手に入るっていう事、かな」
「……それで、本当の肉体に宿らない魂はどうなるというのですか?」
「………仮初の肉体…少なからず、「生きている」ものならばまたしも、レイが宿るのは――」

 リリン……

 フィースの翳した腕から、鈴の音が静々と泉へと響き渡る。
「この、鈴だから」
「鈴には命が無い。作られた無機物だから……僕の魂は、劣化が早い」

「何もかも、薄れてやがては無くなっていく――と、そういう情報が、あったんだよ」

「……事実だと思います。現に僕の色は、こうして薄くなってゆく。やがては心も、魂も、消えてなくなっていく。過去も、今も、全て……僕という全てが、なくなってしまう……」

 レイはすぅっと息をつくと、きゅっと小さな手を握り締めて顔を俯けた。

「だから、今日は……」

「想い出を作りに来た……なんていわねぇだろうな……?」
「…………」
「諦めるんじゃねぇよ、お前が諦めたら…どうにも、ならなくなっちまうだろうがよ……」

「そうだね、僕も…同じ風に思うよ。諦めるんじゃない、レイ、フィース。僕は幾らでも協力する。以前にも言っただろう?
分からないって言うんなら、もう一度言おうか…レイ、なんとしてもキミを開放する事を誓うよ。…僕はキミを、自由にしてあげたいんだ」

「えぇ、その通りですね。あの時、調査を貴方にお任せしたのは、諦める為の時間を与える為ではありませんよ? フィースさん」

「…………わかってる。だからこそ、君達の所に来たんだよ」

「………励ますのに?」
 BeAl2O4は静かにそう呟いた。
「あぁ、そうだよ」

「私……私なんかじゃ、きっと駄目なんだろうなって、いつも……思います…でも、それは……ち、違うのかも、知れません……その…それは…レイさんも、同じだと……思います」

「自分に見切りをつけるから、先に進まない。先に進めないから、ますます自分は駄目なんだって思う……そういう事だろ?」
 ユーアはそう述べると、腕を組んでとすっと樹に背中を押し付ける。

「自己満足してんじゃねぇよ。俺達はそんな事のために今日一日、おまえを連れ回したんじゃないんだ」

「尤もな事です。そのような考えは……悲しみを守り立てるだけですよ。私たちはレイ殿やフィース殿の為に、様々な景色を見せ、そして楽しい事を共に分かち合ったのですよ。それは、レイ殿の仰るような事の為にしたのではありませんよ」

「レイ、キミ………最初から、自分が居なくなるのを前提にして…僕達と、話してた………?」

 BeAl2O4の言葉にレイは微かに首を振うと、俯いた顔を上げ、口元をきゅっと引き締めた。

「肉体が土へ返り、新たにそこから命が生まれるように――魂には魂の輪廻がある。此処に居る皆、例外なく――いつかは、返る。それは同じ事だよ、レイ」

 こくりと頷いた少年をじっと見詰め、彼等はその返答を待った。

「でも…僕はまだ、返らない」

「「「「……レイ」」」」
「「……レイさん」」
「……レイ殿」

「皆と会いたいから、一緒に居たいから…まだ返らない」

 レイがはっきりとそう口にすると、彼の背にした泉から、ふわりと柔らかな光が溢れ出す――その光は、小さな珠となって ふわり ふわり と周囲を飛び交い始めた。

「………えっ?」

 彼等は突然の変化に驚き、辺りを見回す――
「此処は……満月の夜に蛍の舞い飛ぶ、幻想的な風景を見ることが出来る場所なのですよ」
「わぁ……凄い、初めて見た……!」
 レイが嬉しそうに顔を上げ、暗闇の中から軌跡を描き、次々と視界に入ってはゆらりと漂うその姿を目で追ってゆく。
「僕、ふらふらして……この光みたいに、確かな存在では居られない」
「レイ殿……それは、違いますよ。もう、貴方も御分かりの筈でしょう?」
 ドリットの問い掛けに、レイは悲しげだった表情に、微かに微笑を浮かべた。
「うん。僕は……此処に、居るから。頼りない光でも、此処に、在るから……」
「ずっと……此処に存在できたら、いいね」
「うん。皆と一緒に、此処に居たい」
 BeAl2O4はこくりと頷くと、頷き返してきたレイをじっと見詰める。
「だから……頑張るよ? 僕はまだまだ、頑張れる。皆さん……また、僕の為に力を貸してくれるかな…?」

「当然ですね」
「俺はお前と知り合った時から、そう決めてるんだぜ?」
「最初から言ってるだろう? 僕ぁ勿論力を貸すよ」
「その…私も……協力、します」
「俺もいいぜ? お前は俺の弟子だからな」
「………まぁ、いいけど」

 アイラス、オーマ、ユーリ、シゼル、ユーア、BeAl2O4は思い思いにそう告げ、こくりと首を頷けた。
 ドリットがその様子を見てフフ、と笑う。

「出会えたことこそが運命。私たちはもう友人ですよ、レイ殿、フィース殿。……勿論、今此処にいらっしゃる皆さん、全員がそうなのですよ」
 そう言ってくすりと微笑むドリット。
 レイは嬉しそうに微笑むと、ドリットの尖った耳に止まり、仄かな光を点燈させる蛍に、じっと見入った。
「おや、この子も仲間に入られたいようですね――」
 フフ、と彼は微笑し、すっとそれを捕らえ、レイの目の前でふわりと放った――
 蛍はレイとフィース、そしてドリットの目の前でゆらり飛び上がり――ゆっくりと ゆっくりと 揺らめいてみせる。
 それらは繋がりを見せ付けるかのように、彼等の友人達――アイラスの元をゆるりと一回りし、続いてユーリの元をくるりくるりと回り、たまきちの翼にぴたりととまった。
 少しして再び光を点燈させ、蛍は軌跡を描いてオーマの目の前をふわふわと漂い、BeAl2O4がすっと持ち上げた腕の周りを渦を描くようにくるくるととびまわり、そのまま抜け出るようにシゼルの髪にぴたりととまる。シゼルの顔に嬉しそうな表情が浮かぶと、その蛍は再度飛び上がってユーアの目の前をゆらゆらと揺らめくように飛び回り、そのまま天高くへと舞い上がっていった。
 沢山の光の粒が彼等の周囲をゆるゆると飛び回る。
 少し緑がかった淡い光に、誰もが目を細め、そして笑顔でそれを見守った。
 まるでその光景を一生忘れぬように、今此処に在る誓いをその心に焼き付けるかのように―――






――――FIN.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【2542/ユーア/女性/18歳/旅人】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【2812/ドリット・ロスヴァイセ/男性/33歳/冒険者】
 【2467/C・ユーリ/男性/25歳/海賊船長】
 【2350/シゼル・アルスメリア/女性/17歳/元・皇女】
 【2575/BeAl2O4/男性/17歳/エレキ・マジシャン】
※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの芽李です。
 今回はフィースとレイの依頼に答えてくださって有り難う御座います。
 件のお話、どうなるかな? と思いながら皆様のプレイングを見せて頂きました。前半ギャグ超特急から…後半は穏やかに。レイは自然や人の心、その在り方を学び、勿論おいしいものや異色の空間が存在する事もしっかりと学べたようですVv 勿論フィースも同様ですが。笑
 ユーリさん、フェミニスト対決、半端なまま「完」です。今度一つ、直接対決なさっては如何ですか? サシで勝負ですよ。笑 前回に引き続き、この度はよくよくレイの事を気に掛けてくださってありがとうございます。お陰様でレイもフィースも、とても楽しんでくれたみたいです。

 今回は分岐点とまで言える物ではございませんが、ちょこちょこと異なった箇所を設けております。他の方のものを読んでみると、また違った味わいがあるかも知れません。宜しかったらどうぞ、読んでみて下さいね。
 それでは、今回はご参加いただきまして本当にありがとうございました。沢山の方のご参加、大変嬉しかったです。
 レイとフィース、彼等の物語は次へと繋がるものです。貴方がまた彼等を見掛けたら、彼等が依頼を持って再び現れたら――よければ話を聞いてやってくださいね。
 またお会いできる日を楽しみにしております。それでは。