<東京怪談ノベル(シングル)>
蛇のココロは謎めいて
聖都エルザード、アルマ通り。
様々な店が並び、いつも活気に満ちているこの表通りには、冒険者の集う酒場、白山羊亭がある。冒険者が集まるということは、彼らに何らかの依頼をする人間も集まるということで、つまりは困りごとのある人、欲しいもののある人も集まってくる。ということは、魔石の需要を見いだせる可能性も大きいということだ。
聖都に少しは慣れ、仕事の探し方もわかってきたカーディの日課に、酒場での売り込みと情報収集が加わってしばらくが過ぎたある日のこと。
いつものように、白山羊亭の扉を開ける。途端、賑やかな話し声と、おいしそうな匂いが勢い良く溢れ出てきた。
「あ、カーディさん、いらっしゃーい。ちょうどいいところに!」
すっかり顔なじみとなったこの店の看板娘が、気軽に出迎えてくれる。けれど、「ちょうどいい」とはどういうことだろう。カーディが首を傾げると、彼女はにこりと微笑んだ。
「カーディさんにお客さんが来てますよ、あの奥の席に」
「お客さん? あたしに?」
お客さん、なんと素敵な言葉だろう。相手の言葉を繰り返せば、カーディの胸は高鳴り、目の前にはお花畑が広がる。
「ええ、カーディさんを名指しで、仕事を頼みたいそうですよ」
名指し、なんと素敵な言葉だろう。カーディの目の前のお花畑に、チョウチョが二匹、飛来する。
「……案内しますね」
彼女は、笑みを苦笑に近いものへと変えた。
彼女に案内された先の席に座っていたのは中年の男だった。男は、2人に気づくと立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべた。
一見して悪人ではなそうに見えるが、その笑顔にはどこか妙な茶目っ気があるというか、一筋縄ではいかないような匂いがする。
「カーディナル・スプランディドさんですね。お会いできて光栄です」
男は丁寧な挨拶をすると、右手を差し出した。
「カーディナル・スプランディドです。どうぞ、よろしく」
カーディもそれに応え、握手を交わした。
男はカーディに座るように促し、自分も席につくと、すぐに本題に入った。
「さっそくなんですがね。カーディナルさんに魔石の練成をお願いしたいのです」
夢にまで見たその台詞に、カーディの意識は再びお花畑へと飛びそうになったが、それをぐっと抑える。今は仕事だ。客の前で浮かれたところを見せてはいけない。つい、にんまりと垂れそうになる頬を、カーディはしっかりと引き締めた。
「ラミア、という種族はご存知ですか? 上半身は人間の女、下半身が蛇、いわゆる蛇女です」
男は親しげな微笑みを浮かべたままで、言葉を続けた。
「ええ、まあ……」
実際に見たことはないけれど、話に聞いたことならある。カーディが曖昧に返事をすると、男はにこやかに頷いた。
「人間をそのラミアに変身させる魔石を作って頂きたいのです」
「人間をラミアに?」
その突拍子もない注文に、さすがのカーディも目をぱちぱちと瞬かせる。
「ええ、そうです」
男は笑みを崩さず、あっさりと頷いた。
「……何に使うんですか?」
「根掘り葉掘り聞かないのが、マナーというものですよ」
思わず甲高い声をあげたカーディだったが、男はあくまで煙に巻こうとでもいうかのように応える。
「でも、悪いことに使われたらあたしも困ります」
ここは魔石練師として譲るわけにはいかない。魔石を悪用されれば、それを作った者にも責任がある。そう、師匠からは教わっている。
「悪いことには使わない、それは約束しますよ」
「わかりました」
男の言葉にあっさりとカーディは頷く。
「いいんですか? そんなに簡単に信用してしまって」
少し拍子抜けした、と言わんばかりの風情で、男はしれっと言い放った。
「ええ、あなたからは悪い人の匂いがしませんから」
「匂いですか、これは参りましたな」
男はカーディの言葉にさも愉快そうに笑い声をあげた。
商談はすぐにまとまった。作る魔石は人間をラミアに変身させるもの。今のカーディの能力では、見た目を変えるのが精一杯だが、男はそれでも良いと笑って頷いた。対象は1人で、効果は1時間。そして、魔石の納品は一週間後。
細かい点を次々に詰めていく作業は、まさに「商談」という実感と、えも言われぬ充実感をカーディにもたらした。
「では、よろしく頼みますよ」
最終的に合意に達し、2人は握手をして別れる。カーディは早速、脇目もふらず、自宅へと戻った。飛び込むように家に入ると、後ろ手で扉を閉める。
「……やったーっ! 仕事! 依頼! 名指しっ!」
まずは、今まで我慢していた喜びを全身で表現する。ベッドに倒れ込んだだけじゃ足りず、くるくると踊りながら部屋を一周し、目が回ってきたところでようやく止まる。けれど、まだ叫び足りず、踊り足りないくらいに、胸は高鳴っていた。何せ、夢にまで見た初仕事、その喜びを家に帰ってくるまでずっと抑えていたのだから。
とはいっても、もちろん喜んでいるだけじゃいけない。仕事は完遂してこそのもの。そして初仕事の出来いかんで、今後が決まるといっても過言でないことも知っている。
カーディはさっそく魔石練成室へと向かった。
「属性は……、まず幻覚を被せる光、蛇のイメージの水、それから獣の属性の地、ってとこだよね」
軽く腕を組み、小首を傾げて思案を巡らせる。あとは、より「らしく」するために、心属性も加えてもいいかもしれない。
とりあえず、とカーディは3属性での練成を試みた。仕事となると、自然と集中力は高まる。苦手の水属性も入っているが、魔力はスムーズに凝集して、淡い紫色の魔石を形作った。ぐんと腕が上がったような気分になって、自然、口元がほころぶ。
「さて、試してみよっかな」
何せ、人の姿形を変えてしまう魔石だ。どんな風に見えるのか、実に興味深い。わくわく、とばかりに口に出してみたものの、すぐに自分で試すしかないことに気づく。まさか依頼作成中の魔石を、人に見せるわけにはいかない。
「……仕方ないよね」
カーディは小さく呟くと、魔石を解放させて、鏡の前に立つ。
そこに映ったのは、半分だけ形が変わったリンクスの姿だった。その下半身は蛇と言えなくもなかったが、全体で見ると猫の上体に細い蛇の胴体がぶら下がっているような、何とも言えないバランスの悪さを感じさせた。試しに鏡の前で数歩歩いてみると、ぶら下がった蛇がそのままぴょこぴょこ跳ねて移動するような、奇妙な動きになってしまう。多分、本当の蛇はこんな動き方はしない。
「……蛇ってどんなんだったっけ?」
この期に及んで、蛇のことをよく知らないことに気づき、カーディは首を傾げた。ついでに、ラミアのこともよく知らないことに気づく。これでは、ラミアの「心」を組み入れることはできない。
「えーっと、まず蛇を探すのと、ラミアさんのことも調べないとね……」
ただ、出来上がった姿はともかくとして、原理自体はこれでいけそうだ。ラミアに限らずとも、かなり幅広く応用も利きそうだ。
気を良くしたカーディは、さっそく調査へ乗り出そうとして、扉に手をかけ、そこではたりと動作を止めた。まだ下半身は蛇のままだ。この格好のままで外に出るわけにはいかない。
はたしてカーディは、魔石の効き目が切れる1時間、家の中で悶々と過ごすことになった。
再び白山羊亭。
「このへんで蛇って出るとこない?」
入るなりそう尋ねたカーディに、看板娘はびくっと身体を震わせて、ぶるぶると勢い良く首を横に振った。どうも、蛇という言葉は聞くのも嫌らしい。
「蛇なら、東の沼地でよく見るけど、何? カーディちゃん、そんなに食うものに困ってるの?」
横から助け舟を出してくれたのは、カウンターに座って酒をかっくらっていた男だった。余計な一言がつくあたり、ほどよくほろ酔いなのだろう。
「食べるんじゃないの!」
「そうかい? 猫って蛇好きなんだと思ってたけどなぁ。うちの猫、よく蛇捕まえてくるし。ま、逆に食われないように気をつけなよ? もっとも、この辺じゃ、人を食うくらいにでかいのはまず出ないけどな」
カーディの抗議もどこへやら、機嫌良く自分勝手に話を進める。
それ以上言葉を返すのをあきらめ、カーディはついでとばかりに男に尋ねてみた。
「あと、ラミアさんにも会いたいんだけど……」
「ん? 何? 今度は色っぽさでも習うの? 黒山羊亭にたまに来てるらしいよ」
男は上機嫌で手元の酒を飲み干すと、「おかわり」とカウンターへと突き出した。
「ありがと」
それだけ聞いたらあとは用はない。カーディは短く礼を述べると、蛇は東の沼地、ラミアさんは黒山羊亭、と頭の中で繰り返しながら酒場を出た。
まずは東の沼地。自分の膝くらいまでの高さの草が茂る中、カーディは耳を澄ませ、目を凝らした。
と、かさかさとかすかに、乾いた音がする。それは、なかなか機敏に草むらの中を、あっちこっちへと移動する。反射神経勝負なら望むところだ。カーディはタイミングを見計らい、一気に茂みをかきわけた。
「いたーっ」
思わず喜びの声をあげたカーディにびっくりしたのか、緑色の蛇は、鎌首を持ち上げたままカーディをじっと見つめ、細い舌をちろちろさせた。なかなかに猫心をそそる光景だ。
そっと手を出すと、蛇は首をすっと後ろにそらし、今度は噛み付こうとするかのように、勢い良く前へと飛び出してくる。やはり、この上なく猫心をそそる動きだ。
カーディは、それをひらりとかわすと、素早く蛇の首の後ろを捕まえた。蛇は懸命に、逃れようと暴れる。細長い身体がくねくねと曲がった。
その様子を、そして蛇の身体を、カーディはしげしげと観察した。うろこのつき方、背中の模様、お腹のひだひだ、そして波打つ動き。魔石に反映できるよう、しっかりと頭に焼き付ける。その分、手への注意がおろそかになったのだろうか。
「あっ」
蛇は大きく身体をくねらせ、カーディの手から逃れて地面に落ちる。そして、そのまま一目散に逃げ出した。
カーディは慌てて再び蛇を捕まえた。もちろん、逃げて行く時の蛇の動きもしっかりと目に焼き付けながら。
次に向かったのはガルガンドの館だった。黒山羊亭に行くにはまだ日が高い。なら、ラミアについて図書室で調べてみようと思い立ったのだ。普段、好んで利用する場所ではないが、「仕事」となると話は別。むしろ、仕事のために、普段やらないことをやっている、という充実感がカーディの胸を満たした。
「ええと、ラミアさん、ラミアさん……」
分厚い本を何冊も腕に抱え、カーディは椅子に腰を下ろした。一番上の本から順にページを繰って行く。
ラミアは人目につくことを好まないのか、あまり人が足を踏み込まないような廃墟と化した都市跡や、僻地に住んでいるという。そのため、よく知られていない部分も多い。異界からの来訪者であるという説もあるし、ひどい場合にはモンスターとして扱われる時もある。
古い書物には、神の怒りをかって化け物の姿にされた、とか、我が子を喰らう呪いを受けた、とか、男を誘い、生き血をすするようになった、とか、ひどい書かれようをしているものも多い。ひょっとすれば、別のページには、リンクスは神の怒りをかって猫にされた、とでも書いてるのかもしれない。
まだ、わからないことを素直にわからないと書いてある本の方が好感をもてるくらいだ。カーディは、絵だけを参考にすることにして本文を適当に読み飛ばした。
館の外に夕闇がさしてきたのに気づいて、カーディは館を辞し、黒山羊亭へと向かった。
黒山羊亭は聖都でも有名な歓楽街にある。あまりカーディにとって居心地の良い場所ではなかったが、仕事とあってはそれも仕方あるまい。
扉を開けた途端、むっとするような酒と汗とタバコの匂いが、笑い声や喧噪と一緒に、一塊になって溢れ出てくる。
「あらカーディ、いらっしゃい」
賑わう店の中、カーディの姿をめざとく見つけた踊り子が声をかけてくれる。
「……ラミアさんに会いたいんだけど……」
少しばかり気後れしながらカーディが言うと、踊り子は軽く首を傾げた。
「そうね、ごくたまに来てるけど……。今日は姿が見えないわね。中で待つ?」
その言葉に頷き、カーディは酒場へと入った。踊り子が気を利かせて持って来てくれたジュースをちびちびなめながら過ごしたが、結局その晩、ラミアは現れなかった。
こうして、沼地、図書室、黒山羊亭を回る日々が続いてた。家に帰れば魔石の試作。だいぶ蛇にも詳しくなり、ラミアについての知識も増え、魔石の効果もそれなりのものになっていた。が、肝心のラミアに会えず、その気持ちがわからないまま迎えた納品前日。今夜ラミアに会えなければこのまま納品するしかない。
「こんばんは」
黒山羊亭の雰囲気にもだいぶ慣れた。カーディが扉を開けると、踊り子がにっこり笑って出迎えてくれた。
「今夜は来てるわよ、彼女」
「本当ですか!?」
高鳴る胸を押さえ、カーディは踊り子の示した席を見た。カウンター前に席を占めた長い髪のその女は、もの憂げな表情でグラスを傾けていた。豊満な胸の部分だけに薄布を巻き付けた美しいその横顔はこの上なく絵になる。が、視線をそのまま下に下ろしていくと、そこには太い蛇の胴体があった。カーディの軽く3倍はあろうかというその長さの蛇を、もてあますように椅子に緩く2回ほど巻き付け、残りはカウンターに沿わせて床に這わせている。
「こんばんは、ラミアさん」
隣に腰掛け話しかけたカーディを、しかし女は見向きもしなかった。
「あの……?」
「あなたの名前は『リンクス』かしら、子猫ちゃん?」
戸惑いながら再び声をかけたカーディを遮るように、女はちらりと一瞥をくれた。その切れ長の瞳は、濡れたように艶めいていながら、胸を射抜かれそうに鋭い。
「あ……、あたしは、カーディナル・スプランディド、みんなカーディって呼んでます」
その視線にどきまぎしながら答えると、ラミアはくつくつと喉の奥で笑った。真っ赤に艶めいた唇が三日月を形作り、向こうの方で蛇の尻尾の先っぽが、ゆらゆらと揺れる。
「可愛い子猫ちゃんね。ふふ、おいしそう」
「ええっ!?」
ふ、と白山羊亭の男の言葉がよみがえった。女の口はおちょぼ口だが、その下の蛇を見る限り、カーディ一人分など軽く呑み込んでしまいそうだ。
思わずうわずった声をあげたカーディに、女は再び笑う。
「安心して、女の子は対象外だから。……ふふ、男の子だったらよかったのに。残念だわ」
「……」
もはや何と切り出して良いかわからずカーディが黙りこくった時、不意に踊り子がグラスを片手にやってきた。先ほどまでステージで踊っていたのだろう、白い頬が紅潮している。
「カーディ、このカクテル、こちらのお客さんでよかったのよね?」
「え?」
既に頭の中がぐるぐるになってきていたカーディが聞き返すと、踊り子は声を潜めてささやいた。
「話を聞かせてもらう時には酒の一杯も振る舞うのが礼儀というものよ」
「ありがと。頂くわ、子猫ちゃん。気が利くじゃない」
ラミアは艶然と微笑むと、淡いブルーのグラスに口をつけた。濡れたような長い髪が、ランプの灯を照り返して、青にも緑にも艶めく。
「……で、ご用は何かしら」
ゆっくりとグラスを置いて、女はカーディの方へ向き直った。改めて正面から見れば、ドキリとするほどに、美しい。軽く首を傾げるその動作でさえ、ぞっとする程に胸を突く。ただ美しいだけでなく、一抹の恐怖と妖しさを感じさせるその容貌は、まさに魅惑的としか言いようがなかった。
「ラミアさんの気持ちが知りたいんです。その、魔石練師の……修行、のために……」
最後の方は、口ごもったように曖昧な口調になってしまう。依頼人の秘密を守るのは魔石練師としての最低限の条件。だから、仕事の内容は言うわけにはいかない。かといって、ただ気持ちだけを聞きたい、というのはこの上なくぶしつけなことのように思えた。
「子猫ちゃん、魔石練師なの? 私も頼もうかしら。可愛い子猫ちゃんを男の子にする魔石とかないの?」
「えっと、見た目だけなら……」
素直に返事をしかけたカーディに、女は、今度こそこらえきれない、と言わんばかりに笑い出した。すうっと音もなく、上体をカーディに近づける。
「そんなに私に食べて欲しいのかしら? 可愛い子猫ちゃん」
そして、くすくすと笑いながら、ステージの方へと移動していった。
カーディはその後ろ姿を呆然と見やりながらも、しっかりと目に焼き付けていた。わずかに傾いだ女の上体が軽く沈み、全くぶれることなく滑るように進んで行く。蛇の下半身が、緩やかにうねりながら、音もなく女の身体を運んでいくその様は、妖しくも優雅で美しい。
ステージへとたどり着くと、女の身体が音もなく持ち上がる。蛇の部分は途中まで立ち上がり、残りは軽く巻いて女を支えた。
そして、ラミアは歌いだす。妖しく、美しく、でも物悲しい歌。先ほどまでざわめいていた酒場がしん、と静まり返り、誰もがその声に聞き惚れる。
一曲歌い終えて、いまだその余韻の静寂に包まれた中、ラミアは再び音もなく戻ってくる。
――ラミアって結構寂しいものよ。だから、時々ここに来るの。
すれ違い様にカーディの耳元にささやき、ラミアはそのまま酒場の外へと出て行った。
「ラミアさんって……」
綺麗で、不思議で、猫をおいしそうって言って、ちょっと怖くて、少しだけ意地悪で、もの悲しげで、寂しがりで、そして、……素直じゃない?
その後ろ姿を見やりながら、カーディは軽く首を傾げた。
翌日。
「……どうですか?」
聖都の片隅の空き家。再び白山羊亭で会った依頼人に、魔石の効果を見てもらいたいと言い出したところ、人目につかない場所としてここに案内された。
さっそく、魔石を使って男をラミアに変えてみたのだ。上体は基本的に本人のままで、ただ、髪は長く、瞳は切れ長に、唇は鮮やかな深紅に。そして、濡れたように艶めいて見えるように調整している。下半身には、太い蛇の像を重ねる。この一週間で蛇の動きの研究もばっちりだ。動いても全く違和感を感じさせない。昨晩のラミアのように。
カーディから見ても、外見は全く満足のいく出来だった。あとは「心」だけだ。
「うーむ……」
男は実に興味深そうに、鏡を覗き込み、あるいは身体をねじって自分の姿を見つめ、そして部屋の中をうろうろと歩き回り、立ち止まれば立ったりかがんだりを繰り返し、効果の続く1時間たっぷり、満喫している様子だった。
やがて効果が切れ、男は元の姿に戻る。
「いいですね、満足です。まさか自分で試されるとは思いませんでしたが」
そう言って男は右手を差し出した。契約成立、初仕事完了の瞬間だ。
「魔石『蛇女之幻装(らみあのげんそう)』です」
その手を握り返し、固く握手を交わした後で、カーディは改めて魔石を渡し、男に説明を始めた。
「それにしても、まさかラミアの気持ちまで味わえるとは思いませんでしたよ」
男がくすくすと笑う。
「こんなに猫さんがおいしそうに見えるなんて……。お預けくらっているようで、1時間、我慢するのが大変でしたよ」
「……え!?」
思わず目を白黒させたカーディに、男は唇の両端をさらにつり上げた。
「……って終わったら言いたい気分がずっとしてました」
ま、それだけじゃなかったですけどね、と小さく加えた後で、声を上げて笑い出す。
「あはは……」
カーディもつられて笑ったが、その顔は幾分ひきつっていたことだろう。
やっぱりラミアさんってよくわかんない、そう心の中で呟きながら。
<了>
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