<東京怪談ノベル(シングル)>
寓話テラー
少女の言葉は、残酷な物語を紡ぐ引き金だ。
引き金に手を掛けた以上、あとは引くだけだけしか残されていない。
銃口を向けるのは俺へか、それとも私へか……或いは、あんた自身へか。
誰に当たるかどうか、賭けをしてみるのも悪くない。
試したいならいいぜ、最期まで付き合ってやるよ。
――さて、物語を語ろうか。
いつまでも、付き合っていてやるからさ。
「……昔昔、戦いがありました」
お気楽亭に竪琴の音が響く。
冒頭の一文から、今回語るのは戦争の話か、と。適当に判断を下して、ルーン・ルンはカレンの傍の壁へと身を寄り掛からせた。話は聞ける。でも目は合わない。最高でベターポジションだ。ベストなポジションはカレンの真後ろなのだろうが、生憎後ろは壁だ。背景の一部になれ、と言われるのもまた同義。故に無理矢理立っていることは出来ることは出来るだろうが、謳うカレンの後ろに一人立つルーン。いやはや、何とも奇妙な光景だ。丁重にお断り申し上げたい情景だ。
カレンの奏でるのは、一つの街の物語。口語で語られるために分かりやすく、教養少ない今回の客の顔からしても掴みは悪くない。下手に教養ある人間は文語を好むが、詩を愉しむのに必要なのは手段ではなく情熱だ、という常連の言葉もある。どちらかといえば、そちらの意見を推し進めたい。
心に響けば、伝わればそれでいい。
唄は、哀しくも存在を許されなかった街を物語る。
誰もがその中に、惹きこまれる。
ルーンも静かに目を伏せ、唄へと聞き入った。
かつてそこには村が在ったと言う。
知る者の少ない過去のお話。
侵攻するはアセシナート軍。
求めるのを知る人間は、既になし。
ただ闘うために攻め、殺すために剣を振るう。
動いたのはエルザードの騎士団。
求めるのは、村の平和。
しかし、残りしものはなし。
まるで神の手が加えられたかのように、全ては存在を失う。
後世の人々は語る。
その村で戦が開かれたという話はない。
生き残った者が居ると云う話もまた。
村は戦を好まぬ神の手によって、「消えた」のだから。
……あれ、この話、どっかで。
腕を組んだまま、ルーンは一人唸る。その間に再び奏でられた別の話に拍手喝采が起こると、彼も気付いたかのように目を開けて手を叩いた。
舞台から降りるカレンに向けて、ルーンは小声でただ一言問う。
「真実を知る気はあるか?」
まどろみの中で見た現象とそれはよく似ていた。
夢だ嘘だと言ってしまえば話は早いが、ルーンにはそれが偽りのものではないとの確信を抱いている。殆ど感のようなモノに近かったが。
カレンは悪戯っぽく首を捻って、やがて頷いた。
ルーンはゆっくりと口を開いた。
「舞台は話の村。時は戦の初期。まだ旅人も沢山いた頃だ。少女は修道院にいた一人の人間に、こう尋ねた」
「ねえ、天使はいるの?」
「その人間は聖者だった。まあ今時分、別に珍しくもねえな。巡回神父だったのか何かはよく分からねえが、そいつは色々な街へと回っていた」
ルーンは一息つく。
「その前に、一ついいか?」
真実を知っていたかどうかの問いにも、カレンは曖昧に答えただけだった。
ルーンは口端を歪めて、声を出さずに笑った。
聖者は、一体誰にとっての“聖者”だったのだろう。
「戦争なんて……人が死ぬことなんてなければいいのに」
それが少女の祈りだった。
聖者はその祈りを聞き入れるためには、方法は一つしかないと口にした。
少女はそれが一体何であるかを知ることなく首を縦にふり、一瞬の後に短い生命を絶った。聖者の手には具現化されたクリーチャーが少女の首を両腕の中で大事そうに抱えている。ふと見れば、彼の周囲に湧き出るイビツな形の数は、数百はくだらないほどに増殖していた。
聖者はただ、少女の祈りを聞き届けた。
「誰も死なない世界。……それは生きている人間がいてこその定義であり、故に皆死んでしまえば“死ぬ”という事象は起こらない。それを望むなら、果たそう」
クリーチャーはアセシナート軍、エルザードの軍問わずに襲い掛かった。稀に一体ほど壊れるものがいたが、殆どが動き続けていた。聖者は白い修道院の中で、ただ静かに騒音に耳を傾けている。
音が消えたのは、数分もしない内だった。
聖者は立ち上がった。クリーチャーが存在しうる有機物を全て平らげたことに驚きもせず、更地になった街を見渡した。草や花だけは残っているのを見ると、彼らは有機物でも人間や人間の創造したものしか食べないようだ。その割には家畜の類の姿が全く見えない。別にどちらでも構わないが、人間ではなくても、生物だったら何でも良いのかもしれない。適当な考察を脳内で展開し、聖者は書き留めた。後へどう生かしていくかは、また後日でもいいだろう。
聖者は消えた街の中心から、空を見上げた。
空は澄み切っていて、何物もない。
見下ろした地面もまた、聖者以外に存在しているものはなかった。
聖者はその光景を、ひどく光悦そうな笑みで眺めている。
歪んだ口元が、綺麗な弧を描いていた。
腕の中の少女の目は、澱んだ世界を写し続けていた。
【END】
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