<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


歌姫達はかく語りき


「天下のブランド勢ぞろいセレブ御用達・THE・美のパレス! そう、パレスなのよここは!
 それなのに、こんなに趣味の悪い服ばかり敷き詰められるなんて……世界の危機よ!」
「ユンナさん。落ちかけた棚でとりあえずそこで倒れてる店長さんの命が危機かもしれません」
「美は世界を救うのよ!? 今日ここに来たのは、美しい歌姫二人に共演して欲しいって依頼があったから! それこそ証拠、美しいもの無しじゃ世の中回らないのよ!」
「ユ、ユンナさん、ユンナさん! 棚が……!!」
「それを大体、スアン! 舞台用の衣装も用意してないって何? まぁ、この私がいたから良かったのだ・け・れ・ど? 私とは逆の位置にある美しさをもつスアン、それを最大限に引き出すために――」
「……棚……あっ!」
 ずずうぅううん……
 セレブ御用達の店の主人は、無残にも棚の下敷きになった。
 悪趣味な洋服で埋め尽くされたその店でユンナはとくとくと語り、途中から話が脱線したことにも気付いていない彼女を横に、一生懸命棚を持ち上げようとするスアンの姿が困惑する街の人々に目撃されたとかしないとか。


 届いたのは歌姫としてフェスタで二人に共演してもらいたいという招待状だった。
 喜び勇んで街へと赴いた二人であったが、衣装を持ってきていないというスアンの言葉がユンナの逆鱗に触れたのは半日前。
 そんなこと許されると思って!? とスアンの手をとりショッピングをはじめ、途中で貧弱な男に『平伏してもいいのよ?』と誘惑まがいに女王様モードに入るユンナがいたり、きらきらコスメに釘付けになるスアンがいたり。
 そして、いざ衣装を買わんとユンナも御用達のブランドショップへと向かった矢先にコトは起こったのだった。
「この店は我らが乗っ取ったぁあ!!」
 響き渡るダミ声! 耳障りなBGM! 男達は燦然と輝く太陽の下に降り立った――ように見えて、実は後ろからライトアップ班が禍々しい光で照らしつけているだけだったが。
 眩しさに目を細めたその刹那。
 ぐはぅっ! という店長の声と店内へ散らばる野郎達。「わっれら、筋肉モリモリ隊!」――響く声に思わずユンナが手元のパンプスを投げつけた。スッカーン! と、頭の中が空っぽなのか、やたらと軽快な音をたて倒れたモリモリ隊員1をそのままに拳を握る。
「うるっさいのよ、ちょっと何事――って、いやあぁあ!? 美の宝庫が……!!」
「まぁ! なんといいますか、どどめ色の服ばかりですね!」
「どどめ色ってばどーんなー色〜♪」
 スアンの声に一節歌うやたらと自信ありげな男は、筋肉モリモリ悪マッチョに似合わないスピードで店外へと飛び出す。そうして起こった悲劇。
 街中が濁ったどんよりどどめ色――嗚呼、美は一体どこへ!
 そして物語は冒頭へと戻るのだ。


「舞台もすっかりどどめ色ですね」
「のんびり構えてる場合じゃないでしょ、スアン!? 許さないわ、あいつら!!」
「一体どうしてこんなことを……あっ?」
 小さく小首をかしげたスアンの前にひらひらと一枚のカードが振ってくる。伸ばした手でそれを掴み、見つめた。ピンク色のカードだ。表面に『金』という文字を○で囲んだマーク。『マル金』
「なにこれ。マル金って」
「なんでしょう……開けてみますね」
 頷き一つスアンがカードを開く。
『今夜0時の鐘が鳴るまでに組織から盗んだ衣装を取り戻せたら手を引く。 
 しかし出来なければ明日の舞台はワル筋の物となりソーンの全てがワル筋へと染まり平伏す事となるだろう』
「つまり私たちに挑戦したい…と。そういうことね?」
「……そうみたいです、ね」
「……ふっ」
 カードを眺めながら頷きを返したスアンに、ユンナの艶やかな唇から息が漏れた。どこか地の底から響いていそうな笑み。
「この私を敵に回したことを後悔させてあげるわ……!! スアン、行くわよ、この世を醜い輩から救うために!」
 ぐっと拳を握ったユンナを見つめていたスアンが、「は、はい!」と大きく首を縦に振った。そうして、はっとひらめいた顔。
「わかりました、ユンナさん! マル金って、きっと筋肉モリモリ隊のマークで、マル『筋』っていう意味ですよ!」
「……派手に間違えたものね」

 マル金――間違い。打倒マル筋隊。
 マークの意味に気がついて満足げなスアンの隣で、ユンナの青い瞳に宿った炎は今まさに燃え上がらんとしていた。

 ◇

 街のはずれにある小さな山の奥。二人を迎えたのはモリモリ隊員達だった。盛り上がった筋肉。見た目暑い。っていうかむしろ暑苦しい。
 フンと好戦的なユンナに対して、ぐっと祈るように両手を組んだスアン。二つの美がモリモリ隊の前に並ぶ。
「あ、アンタ達がフェスタの歌姫か」
 ぶるぶると震える指を彼女達につきつけ、上擦った声の隊員2。続き隊員達が息をのんだのが分かって、ユンナはフッと髪を掻きあげ透る声で言葉を告げる。
「良く分かってるじゃない。ここまで来てあ・げ・た・の・よ? わかってるわね、代償は大きいって」
「あの、リーダーさんとお話をさせてください。きっとお話すれば分かってくださると思うんです!」
「そんなの通用するはずないでしょ。街中の美を奪ったのよ、そんななまっちょろいもんで許せるわけないわ」
「でもユンナさん……!」
「や、やっぱり歌姫だな。歌姫なんだな!!」
 スアンの言葉を遮るように隊員が興奮した声を上げ、そしてその声を合図にしたように――ゆっくりとした歩みで出てきた男に、二人は視線を向けた。
 がっちりムキムキ悪筋に無駄に滴り落ちる汗。汗はキラキラと光り、にやと笑った唇の間から零れ出る白い歯。ゆうに2メートルはあるであろう身体でキュッと一度ポーズを決めて、満足そうな男はそこに立っている。
 あの男だ、店でどどめ色の歌を歌ったあの男。
「良く来たな。俺と勝負して勝ったら衣装を返してやる」
「リーダーね」
 男は大きく一度頷く。ゆっくりと伸ばす腕。意味が分からずユンナが眉を寄せた。
「歌姫、会いたかった……!」
 ふははははと笑い声を上げ、興奮ぎみに息を荒くして二人に近づいてくるリーダー。ぶるぶると小刻みに震える筋肉、緩んだ口元。さすがにユンナも一歩下がり、気持ち悪いと怒鳴りつけようとした瞬間、リーダーの手が彼女の腕をがっちりと掴む。
 ヒッ、と息をのんだのはユンナ。近づく男の顔に口元を引きつらせ、
「この私に気安く触ってるんじゃないわよ!!」
 ハァッ! と掛け声一つ。掴まれた腕を振り払い、相手が体勢を崩したところへ鳩尾に長い足での一撃を見事に決めた!
「ぐはぁっ!?」
 吹っ飛んだ男の後を追い、幾度も炸裂するユンナの蹴り。
「このっ、このっ! 街をあんな風にしていいと思ってるの!? い・ま・す・ぐ・衣装を出しなさい! この超絶美しい、稀に見る美貌の持ち主に、私達の為、女王様の為に!」
「がはっ、あぅっ、じょ、女王様……!?」
「そうよ、ほら、女王様に早く衣装を持ってらっしゃい!」
 腰に手を当てて笑い声を上げそうなユンナに、スアンが慌てて近寄った。
「ユ、ユユユユンナさん! 話を! 話を聞いてあげてください!」
「女王様に……え? 何?」
 げしげしと足元へ蹴りを入れることを忘れず聞き返したユンナに、スアンが「話です!」とぐっと拳を握った。ユンナが漸く足元へと視線を向ける。マル筋隊リーダーが丸くなって怯えた目をしていた。


「歌姫に個人的に会いたかったんだ……!」
 ウォーーー!
 男泣きするリーダーに続き、モリモリ隊員たちが涙する。男臭い声が山に響き、超絶素敵なサラウンド効果。
「俺たちゃもてないし」(隊員1)
「でも彼女だって欲しい」(隊員2)
「そしたらフェスタに美の歌姫達がやってくるって」(隊員3)
「どうしてもお友達になりたくて……ッ」(リーダー)
 泣き叫ぶ男達に、ユンナが呆然とした。
 なんだその理由は。ていうか、そんなことのために街中をあんなに……
「……ユンナさん、許してあげましょう。この方達、悪い方じゃないです」
 涙ながらに訴える男達に、スアンがつられたように目を潤ませながら、うんと小さく頷く。そしてリーダーの手をとった。
「リーダーさん。安心してください。私達、お友達です」
「……え……!」
「ね。だからもう盗んだりしないでださいね? 衣装も返してあげてください」
 にこ、と微笑んだスアンの周りを彼女の小鳥が舞った――木々が、優しい音を立てている。
「め、女神だ……!」
「女神だぞ!」
「女神ッ! 女神ッ! 女神ッ!!」
 儚げなスアンの姿に男達が歓喜の涙を流し、ユンナがもうどうでもいいという表情でその光景を数歩離れたところから見つめていた。「俺は女王様の方がいいな…」なんて後ろで呟くモリモリ隊員に、容赦ない一撃を浴びせながら。

 ◇

 そのフェスタは好評のまま幕を閉じた。
 美の祭典と呼ばれていたそれは、様々な地区からとにかく美に関するもの全てを集めるもので、中でもスアンとユンナ、歌姫の共演は特別目立っていた。
 スアンを女神、そしてユンナを女王のように称え、担ぎ上げる筋肉隆々の男達とのパフォーマンスが人を呼んだからであった。
「……納得いかない」
「どうしたんですか? ユンナさん」
「納得いかないのよ〜〜!」
 いいのか、美の祭典があんなので満足して。ていうかなに、あのマル筋隊員達に送られる拍手の嵐は。メインは私達のはずじゃ……!!
 土産を買いにショップ巡りをしていながらも、回る思考にユンナは艶やかな唇を尖らせた。スアンはというとユンナおすすめのコスメに目を輝かせている。
 ある意味一番納得いかない存在は、あの状況でお友達と言えるスアンかも。
 どこかぼんやりとしたまま思うユンナの隣で、スアンがコスメを手にとった。――彼女の朗らかな雰囲気に、ついにはユンナも小さく笑みを浮かべて、それ以上は考えることを放棄した。
 
 
- 了 -