<東京怪談ノベル(シングル)>
新しい友達と紡ぐ思い出
まさか見つけるなんて思わなかった、とリース・エルーシアは親友である真っ白な羽ウサギに声をかける。
しかし返答はない。
リースの親友は灰色の羽ウサギの隣で安らかな寝息を立てていたからだ。
仲良くぴったりくっついて寝ている二羽をリースは優しい眼差しで見つめる。
「どっちも可愛いな」
ぽつり、と呟くリース。
リースは暖かな温もりに触れて安心したのか、ぐっすりと眠っている灰色の羽ウサギと出会った数時間前のことをぼんやりと思い出していた。
降りしきる雨がとても冷たかった。
そんな中、リースは親友である真っ白な羽ウサギと共に買い出しに出かけていた。
「ちょっと買い過ぎちゃったかな?」
バック一杯に詰めた野菜などを見つめながらリースが呟くと、羽ウサギは、みゅう?、と不思議そうな声を上げた。
平気じゃない?、と言っているように聞こえリースは笑う。
「そうかな。平気かな。うん、皆も遊びに来てくれるし、きっと平気だよね」
「みゅう」
今度は元気な鳴き声で返答され、リースは荷物の上に、すとん、と座った羽ウサギに微笑んだ。
一番の親友としてずっと一緒にいる羽ウサギとの以心伝心はお手の物だ。
頭を撫でてやりたかったが、生憎水色の傘と食料を大量に詰めたバックで両腕が塞がっている。
仕方がないのでリースは笑顔を羽ウサギへと向けた。その笑顔に嬉しそうに羽ウサギは鳴いた。
「よーし、それじゃ早く家に帰ろっか」
早く荷物を置いて抱きしめてあげよう、と思いながらリースは足下の水たまりを飛び越えて家路へとついた。
雨音のリズムに合わせてリースは鼻歌を歌う。
それを楽しそうに聞いていた羽ウサギが耳をぴくりと動かした。その小さな動作に気付いてリースは首を傾げる。
「どうかした?」
そのリースの問いかけには反応せずに羽ウサギは鼻をひくひくとさせ、辺りを見渡した。
リースも一緒になって辺りを見渡すが、特になにも気になるようなものはない。
しかし羽ウサギは何かに気付いたのか、傘の中から飛び出していった。
「えっ! ちょっと待って! 濡れちゃうよ」
慌ててリースもその後を追う。
雨の事など全然気にならないのか、羽ウサギは速度を上げた。リースも後ろ姿を見失わないように付いていく。
途中、リースは水たまりに足をとられるが構っていられなかった。
もしかしたら一番の親友が消えてしまうかもしれない、という恐怖に震えていたからだった。
そんなことをするはずがない、と思っていてもやはり不安になる。
離れれば離れる程その不安は大きくなるような気がするのだった。
「どうしたの? 何かあるの?」
きっとそういう事なのだろう。
紫の蝶のような羽がふわりと細い小道に入ったのが見えた。
その時、微かにみゅう、と羽ウサギが鳴いた声が聞こえた。それに重なるように響く、みゅい、という鳴き声。
「‥‥ぇ?」
明らかにそれはリースの親友の鳴き声とは違っていた。
慌てて路地に駆け込んだリースの目に飛び込んできたのは、箱に入った灰色の羽ウサギだった。
その灰色の羽ウサギと話すように声をあげているのが親友の真っ白な羽ウサギ。もちろん、同種族なのだから話は通じているのだろう。
楽しげに声をあげているのを聞いてリースは軽く溜息を吐いた。親友は消えようとした訳ではなく、雨に濡れた同族を見つけ出しただけなのだ。少々内気な親友にしては珍しい事だ、とリースは思うが、この状況を見たら同族という訳でなくても気にとめた事だろう。
「えっと、捨てられちゃった‥‥のかな?」
「みゅい‥‥」
しょんぼりとした表情を浮かべた灰色の羽ウサギは小さく鳴く。
リースはそのまま捨てられた羽ウサギを放っておく事が出来ず、傘を投げかけながら声をかけた。
「そっか。それなら一緒においでよ。そして暖まろう」
雨に濡れてる事なんてないから、とリースは灰色の羽ウサギににっこりと微笑んだ。隣で親友も、そうだよ、と言うように声を上げる。
灰色のウサギはそれを聞いて嬉しそうに、みゅい、と鳴いたのだった。
そしてすっかり濡れてしまった一人と二羽は、『羽兎』へと駆け込み今に至る。
リースが濡れた身体を拭いて温かくしてやったら、羽ウサギたちは寝てしまったのだ。灰色の羽ウサギの方は、雨に打たれて体力を消耗していたのもあるのだろう。
でも酷い事をする人がいるんだね、とリースは一緒にいた子を簡単に捨ててしまう人が居る事を哀しく思い瞳を伏せる。
もしかしたらどうしても一緒にいる事が出来なくなった事情があったのかもしれない、とも思う。
「それでも‥‥事情があったとしても、この子は捨てられて傷ついたよね‥‥」
もしかしたら捨てた人が戻ってきて抱きしめてくれると心の片隅で思っていたかもしれない。
何度も期待しては諦めて、雨の中で拾ってくれる誰かを求めて鳴いていたに違いない。
その声を聞きつけたのがリースの親友なのだろう。
「どうしたら‥‥この子慰められるかな‥‥」
リースは考える。
自分が同じ立場だったら何が嬉しいだろうと。
傷ついた心を癒せるのは何だろうと。
灰色の羽ウサギをそっと撫でながらリースは深い思考の海へと沈んでいく。
もしかしたら人に対して不信感や何かを持っているかもしれないし、そう簡単には信頼などしてはくれないかもしれない。
そんな事を考えれば考える程、答えは手の内から逃げていってしまうようだった。
しかし色々考えた末、リースは一つの結論に辿り着く。
「そうだ! まずは友達になろう」
リースの声に二羽の羽ウサギが、ぴくり、と耳を揺らして目を覚ました。
きょとん、とした表情で灰色の羽ウサギがリースを見つめる。
その瞳にリースが心配した不信感やその他の感情は見られなかった。ただ、灰色の羽ウサギはリースのことを不思議そうに見つめている。
リースは、今だ、とばかりに唐突に灰色の羽ウサギに切り出した。
「あのねっ! あたしと友達にならない?」
灰色の羽ウサギが、ぴたり、と動きを止めた。
リースとリースの親友が顔を見合わせる。あたし何か変な事言ったかな?、と呟くリースに親友は、大丈夫だ、と言うような様子を見せた。
そして固まってしまった灰色の羽ウサギに視線を移すと、既に硬直は解けていて人懐っこい表情を浮かべリースを見つめている。
「友達になれるかな、あたしたち」
「みゅい」
元気な声で鳴いた灰色の羽ウサギをリースは抱きしめた。
「ありがとう! 良かった、一瞬嫌われちゃったかと思ったよ。あたしも二人の仲間に入れてね」
「みゅう」
良かったね、と耳元で親友が囁いた様に感じ、リースは肩に乗った雪のように白い羽ウサギに微笑む。
そして抱きしめていた灰色の羽ウサギと視線を合わせてリースは言った。
「呼び名がないから‥‥あたしが決めて良いかな?」
「みゅい」
即答。これは肯定のようだ。
リースは暫く悩んだ末、一つの名前を導き出す。
「男の子なんだよね。色々考えたんだけど、くるみ、ってどうかな?」
「みゅい」
「みゅう」
どちらも肯定のようだ。
良かった、とリースは二羽を抱きしめた。
「友達が増えてこの『羽兎』ももっと賑やかになるね」
嬉しいなっ、とリースが告げると、リースの腕から逃げ出した二羽はくるくるとリースの周りを嬉しそうに飛び回る。
リースはその様子を見つめながら願った。
前の人とは一緒に暮らす事が出来なくなってしまったけど、ここでまた新しい思い出が出来ますように、と。
たくさんの温かい思い出に包まれますように、と。
そして自分にも素敵な思い出がもっともっとたくさん出来ればよいとリースは思った。
思い出は此処から紡がれる。
暖かな人と想いが溢れる『羽兎』から。
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