<PCクエストノベル(3人)>


きもだめし 〜ムンゲの地下墓地〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1882/倉梯・葵/元・軍人/化学者】
【0277/榊 遠夜/陰陽師     】
【1996/ヴェルダ/記録者     】

【助力探求者】
【その他登場人物】
なし

------------------------------------------------------------

 ――夏。
 かあっと日差しが照りつけ、昼間などは表通りから人の姿が見えなくなるこの季節。
 少しでも涼を取ろうと自然足が向く店内で冷たく冷やされた飲み物を飲みながら、のんびりとその日の午後を過ごす3人がいた。
遠夜:「もう夏ですね」
ヴェルダ:「夏だね」
葵:「夏だな」
 当たり前の言葉をほとんど鸚鵡返しに呟いて、それ以上の事は考えられないと言うように再び口を噤む3人。
 喉を潤す冷たい飲み物がこれほど美味しく感じられるのも、この季節ならではのこと。それを十分味わった後で、ふう、と息を付いた青年、倉梯葵が2人を見る。
 1人は割と付き合いの長い、友と呼んで差し支えのない女性、ヴェルダ。そして、ヴェルダの知り合いの榊遠夜。
 遠夜とは、ヴェルダ以外でも共通の知人を通して知り合いになった仲で、こうして時折会っては世間話に興じる程の付き合いはあった。
 こと、とカップをテーブルに置いたヴェルダが、地面を照りつける日差しをちらと見た後で口を開く。
ヴェルダ:「夏と言えば」
 そしてすいと顔を元に戻し、
ヴェルダ:「肝試しだな」
 それがごく当然といった顔で告げる。
遠夜:「肝試しですね」
 屈託なげに即応じたのは遠夜。
葵:「…何で?」
 そこで2人だけで納得しないでくれ、と思ったのかどうか、一拍置いてからちょっと声のトーンを落して訊ねる葵。
遠夜:「それは」
ヴェルダ:「夏だからだな」
 打てば響くように。
 それ以外の回答はあり得ないと、2人の言葉が綺麗に繋がった。

 ――そして。

ヴェルダ:『夜がいいな。ああそうだ、夜にしよう』
 甚だ疑問な事に、葵はいつしかここに立っていた。――噂ではネクロマンサーであったとか言う、賢者ムンゲ、その人の墓所の前に。
 勿論、その後ろには提案者?の2人も姿もある。
ヴェルダ:「葵、どうした。まだ入り口に来たばかりではないか」
葵:「そうだな。そうなんだけどな…」
 夜ともなればさすがに気温は下がるが、むわっとした暑さはまだ消えていない。だから、このままこの墓所を潜って行けば、きっとひんやりした空気が出迎えてくれるだろう。
 なんだけど。
葵:「怖いとかそういうんじゃないんだがな、何で俺が今ここにいるんだろうってちょっと考えてしまってな」
遠夜:「まあまあ、気にしないで行きましょうよ。葵さんだって行くって言ったから今晩ここにいるんじゃないですか」
 そうだよな。
 そうなんだよな…たぶん。
 答えたかどうかはもう覚えていないが、遠夜が言ったと言うからには言ったのだろう、きっと。
ヴェルダ:「早くしないと夜が明けるぞ。墓所の前で立ったまま夜明かしというのは、いくらなんでも寂しいとは思わないか」
 そう言いながら、先陣切って中に入ろうとしないヴェルダに少し溜息を付いて、葵は扉を開けて中へと入って行った。

*****

 結論から言えば、ここはそう悪い場所ではなかった。
 湿度はあるものの、外に比べれば気温が低いためか、中はひんやりとした空気がしっとりと肌に纏わり付いて来るような感覚だった。
 こうした場所にありがちなかび臭さはどうしても消しきれないが、不快を感じる程ではなく。灯した火に近寄りさえしなければ薄暗さもあいまって意外に心地良い空間へと姿を変える。
ヴェルダ:「肝試しには丁度良い涼しさだな。よし、この辺にするか」
 入り口を入って間もなく、風の通り道なのか頬を微妙に空気が撫でる通路途中でヴェルダが立ち止まり、持って来たシートをそこにべろんと敷く。
遠夜:「ああ、ここは涼しいですね。それじゃあ、これで」
ヴェルダ:「うむ。こちらにもあるぞ」
 用意がいいな、と葵が思ったのも最初の一瞬だけだった。
 ヴェルダと遠夜の2人がそれぞれ持ち寄ったモノを見て、
葵:「――おい」
 思わず呟きのようなツッコミを入れてしまう。
ヴェルダ:「どうした?さあ、葵もここに座って一杯やれ」
 カップは3つ。ヴェルダは洋酒を2瓶、遠夜は…日本酒だろうか。独特の香りの酒をこぽこぽとカップに注いで、独酌で開始する。
ヴェルダ:「そこにぬぼうと立っていられては気が散るぞ。ほら、葵」
 早々とカップの酒を一気にあおったヴェルダが、少し座った目で呆然と立ったままの葵を見上げ、ひらひらと手招きした。
葵:「何だか――嵌められた気がする」
 ぼそりと呟いた後。
葵:「あーいいとも。注いでくれ、遠慮なく」
 どっかりと腰を降ろし、腹立ち紛れにそんな事を言う。
 瞬間。
ヴェルダ:「……」
遠夜:「……」
 目をきらーん、と光らせ。
 にんまりと笑う2人が、そこにいた。

*****

遠夜:「いい夜ですねぇ」
ヴェルダ:「全くだ」
葵:「………」
 ヴェルダの持って来た瓶は1本空になり、既に2本目も半ばに差し掛かっている。時折遠夜の持って来た酒を分けてもらっているが、減って行くペースはまるで変わらず、
ヴェルダ:「しまった。少なすぎたか」
 名残惜しそうに酒瓶を眺めるヴェルダと、疲れたように壁によりかかりながら遠い目をしている葵。
遠夜:「それで、どうするんですか?僕は素直に彼の事を認めてあげればいいと思うんですけど――」
葵:「だああっ。その話をここで今蒸し返さなくたっていいじゃないか!」
ヴェルダ:「しかし表に戻ってしまえば今の話もそうそう出来まい」
 くいっ、とカップを傾けつつ、薄らと笑みを浮かべるヴェルダ。
遠夜:「まだ飲ませ足らないですかねー。ささ、葵さんどうぞ」
 こぽぽぽ、と――ヴェルダの持って来た酒の上に日本酒を注いで行く遠夜に、
葵:「なーんか嫌な予感がするんだがな。酔わせて本音を聞き出そうとでも言うのか?」
遠夜:「どうでしょう?ああ、でもひとつ分かりましたよ。…まだ本音は吐き出していないんですね」
 にんまりと笑う遠夜は、目の縁が薄らと赤く染まっていた。
葵:「…………」
 自分でも墓穴を掘ったと分かっていたからか、ぐいとカップをあおり、そしてちゃんぽんだった事を、喉元を過ぎ去ってからようやく理解した。

*****

葵:「だから、そんな先の事なんて分かるわけがないだろ」
遠夜:「ですけれど、その、葵さん」
葵:「くどいぞ、遠夜。そんな簡単に未来の事が分かるなら、俺だって苦労してない」
ヴェルダ:「…分からない今は苦労しているのか。ふむ、なるほどな」
 ――酒は、ほとんど空になっていた。
 そして。
 今はほとんど葵の愚痴大会と化していた。
葵:「俺は酔ってない。酔ってないんだからな、遠夜」
遠夜:「誰に向かって言ってるんですかー…」
 誰もいない方向へ向かって愚痴と説教が混じった言葉を延々とかける葵の背中を見る2人。
ヴェルダ:「悪酔いしているようだな。困ったものだ」
 少し葵の事が心配になって来ている遠夜に比べ、ヴェルダは名残惜しそうに残り少なくなった酒をちびちびと口に運ぶ事にだけ重点を置いていた。つまり、葵の事など知ったことではないと言う雰囲気がまんまんだった。
葵:「おう、なんだお前ら…姐さんまで急に増えて。どうした?」
遠夜:「――!?」
 不意に、葵の口調が微妙な変化を遂げる。そして同時に、
 ――ひたり、ひたり、と、地面を踏む足音…決して靴音ではないそれが、闇の向こうから聞こえて来た。
ヴェルダ:「…噂は本当だった、か」
 最後の一滴をこくりと飲み下したヴェルダが、すい、と涼しげな3つの目を闇の奥へと向け、
遠夜:「本当の肝試しになってしまったようですね」
 残念ながら、と懐から幾枚かの札を用意しつつ、遠夜がそんな事を呟いた。

 う〜…あ……

 地の底から響いてくる、という言葉が文字通りだったと思わせる低い声が、ゆっくりと辺りへ広がって行く。
 ひたり、ひたり。
 ずりずりと何かを引きずるような音も混じりながら、『それ』らは灯りの範囲内へのそりと姿を現した。
 アンデッド――ぼろぼろの服を引きずりながら、生前の姿とは全く違うものに成り果ててしまったものたちが。
葵:「なんだ、そっちも大分酔ってるんじゃないか。そんなふらふらな足取りじゃ帰り道で転ぶぞ」
 ――目の前に近づいて来ているモノが何なのか気付かないまま、葵がその後も言葉を続けていく。
ヴェルダ:「潮時、だろうか」
遠夜:「多分…囲まれないうちに、帰りましょう」
 この他にもアンデッドと言えば、死霊と呼ばれる霊体だけのものや、目の前にいる生きた死体、すなわちゾンビが変化してグールになったり骨だけになったりしたものがいたりするのだが、今回はこの、のたのたと近寄ってくるゾンビだけのようだった。
 それなら話は早い。
 『彼ら』の嫌な点はひとつ、痛みを感じない体だからこそのタフさ。この奥に向かうのなら、倒して突破しなければならないが、今回はそれが目的ではない。
 来た方向へ向かうだけなら、ゾンビのもうひとつの特徴、すなわち速度の遅さが利点となる筈だった。
葵:「――聞いてるのか、遠夜。聞きたがっていたようなのに、何でそんなふらふらしてる。ほらそこに座れ」
遠夜:「……同じに見えるんでしょうか…」
ヴェルダ:「安心しろ、遠夜。私には客観的に見て似ているとは思えない」
 ゾンビと同一視されて落ち込みかけた遠夜がヴェルダの声に甦る。だが次の瞬間、
ヴェルダ:「客観的視点から見た遠夜のそっくりさんはあっちの方だろうが。葵もまだまだ甘いな」
遠夜:「結局ゾンビと一緒にしてるんですかっ!?」
 酔っ払いが2人だと気付いた遠夜は、円陣を組むゾンビの中に放り込まれたように心細くなっていた。

 あ……う〜〜……ぁ

 そうしている間にも、葵の目の前へとゾンビが近づいて来る。
 ひたひたと。
 何も考えているようにはとても見えない、白く濁った瞳で。
遠夜:「…この場にいる全部を、一気に倒せるとは思えないですが」
 ばばばっ、と用意しておいた札――符を両の手に広げ、遠夜が身構えた、その時。

ヴェルダ:「――静まれッッッ!!」

 完全に目を座らせたヴェルダが、一喝した。
ヴェルダ:「私たちは墓荒らしではない。ただこの場で酒盛りをしようとやって来ただけだ。なのにその私たちを襲おうとは不届き千万!」
 …墓所に入っただけでも、十分襲う理由になると思うのだが、と思った遠夜には構わず、一喝で何故か動きを止めてしまったゾンビたちに、腰に手を置いたヴェルダが続けていく。
ヴェルダ:「しかも、しかも――だ。観察者である私をもまとめて襲おうと言うのが気に食わない!責任者を呼べ、と言いたい所だぞ。分かっているのか?」
 何だかわけの分からない理屈をとうとうと述べていくヴェルダ。その前には、シートの上にきちんと座ったまま、前方へ向かって何か打ち明け話をしているらしい葵の姿がある。
遠夜:「ヴェルダさん、葵さん、いい加減切り上げて帰りましょうよ」
 その動きを邪魔するモノがあれば、即呪札を飛ばすつもりで構えを解かずに遠夜が言う。が、葵ははなから聞いている様子は無いし、ヴェルダは聞こえているらしいが内容を理解していないようで、次第に興奮も募ってきているのか声高になっていく。
ヴェルダ:「――と言う訳で私のこの行為は許されるべきものであり――」
葵:「だけどな、あいつはこんな事を言うんだ――」
遠夜:「ヴェルダさん、葵さーんっ…」
 ゾンビに全く邪魔されずに、しかも自分の手にした札を手放さずに、2人を出口まで誘導する自信が無い遠夜の声は、知らず知らずのうちに哀願調になっていた。

 あ〜〜〜………うぁ?

 戸惑いはゾンビにも何故だか伝染している。
 中には、まだ知能が残っているのか、ぼそぼそぼそぼそと地に響く声で相談しているっぽい姿がそこここに見られ、その反響音が洞窟内にじわじわと浸透していく。

 そして。
 ぷちん、と、
 何かが切れるような、そんな音が聞こえた気がした直後。


 ――やかましいっっっ、我の眠りを妨げる者どもは、でてけーーーーーっっっ!!!!!!


 洞窟の奥から巻き起こった竜巻状のものに首根っこを捕まれた3人が、そのまま外へと押し出された。
 ぽいぽいぽい、と地面へ放り投げ出された後に、持ち込んだシートと瓶、それにカップがゴミを捨てるように墓所の中から外へと飛び出して行く。
 そして、
 ――ぎいっ。
 がちゃん。
 ごとごとごと、がちゃんがちゃんがちゃん。
 扉が自動的に閉まり、それだけでは安心できないとでも言うのか、閂と鍵がいくつも掛かった音が中から聞こえて来た。
遠夜:「――追い出されましたね」
ヴェルダ:「そのようだな。…この洞窟であれだけ偉そうな声を出すとなれば」
葵:「あー…痛てて。今のですっかり酔いが醒めたみたいだな」
 すっかり復活している様子のヴェルダと、少し痛そうに頭を押さえる葵が締め切られた扉を見る。
 遠夜が近寄って再び開けようとしてみたが、よほどしっかりと鍵をかけたのか、扉はもうぴくりとも動こうとしなかった。
 結局肝試しになったのか、それは良く分からなかったが、
ヴェルダ:「こうなったら、飲み直すか。――付き合うな?2人とも」
 何が『こうなったら』なのか分からないままに、2人はなんとなく頷いてしまい、結果朝まで――正確には酔いつぶれるまで、ヴェルダに付き合う事となった。

遠夜:「これが本当の『肝試し』かも…すみません、お先に」
葵:「…くぅ。言うまい言うまいと思っていたが、先に言われるとこんなに悔しいものなのか…ぐふっ」
 墓所で飲んでいた事もあり、あっさりと討ち死にした2人を余所に、
ヴェルダ:「たったあれっぽっちで酔いつぶれるとは、まだまだだな――鍛えなければ」
 酔いが頭のてっぺんに来ている事には全く気付いていない様子のヴェルダがひとり、虚空に向かって呟いていた。


-END-