<PCクエストノベル(4人)>


空中庭園 〜海人の村フェデラ〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2082/シキョウ/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】
【2086/ジュダ/詳細不明】

【助力探求者】
なし

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男:「おめでとうございますっっ。1等『夏祭りフェデラ家族招待券』、当たりましたーーーっ」
 おおおっ、とどよめきと共に、ぱらぱらと拍手が降りてくる。
 客足が落ちる夏場の客寄せとして、とある商店会が打ち立てたのが、『さまーばけいしょん〜ひと夏の経験〜』と銘打った一大企画。1等から5等まで商品を出し、買い物客に満遍なくプレゼントの機会を与えようとしたものだった。
 ちなみに、このタイトルを考えたのは商店会会員の、とある腹黒病院の主である。
男:「はいはい、当たったのは君だね。えーと…お名前は?」
 商品を用意しながら、目の前の小柄な人物に向かって訊ねる店員。その、少年とも少女ともつかない姿の子どもはにっこりと笑って、
シキョウ:「シキョウだよ〜〜〜〜っ」
 嬉しそうに、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、小さなチケットを受け取った。
男:「良かったな」
シキョウ:「うんっっ!!」
 こっくりと。
 大きく頷いたシキョウがぱたぱたと人ごみを縫って去っていく。
 その向こうには、大きな籠の中にこれでもかと荷物を詰め込まれたゼンの渋い顔をした姿があった――が、
ゼン:「おおっ、1等当てて来たのか。良くやった」
 チケットを振り回し、興奮したように目を大きく見開いてきらきらと輝かせながら話す彼女の頭を、珍しく褒めながらぐりぐりとかき回した。
シキョウ:「あう」
 そんなゼンの行動に照れたように顔を赤らめながらも、
シキョウ:「――えへへ、やったよ〜〜っ!!」
 商品が当たった時よりも嬉しそうな笑顔で、にっこりと笑った。

*****

オーマ:「ほー。ほほー。フェデラか…今の時期にゃ丁度いいな」
 『子どもたち』からチケットを受け取ったオーマが中身を見て、うむうむと頷く。
ゼン:「フェデラってどこだよオッサン」
オーマ:「ああ、そうか。おまえさんたちはエルザードから滅多に外には出ねえもんな、知らねえのも無理はないか。エルザードから、どっちかっつうと北西の海岸沿いにある村の事さ。俺様も実際に泊まりに行くのは初めてだが、特にこれからの時期はお勧めスポットだな」
ゼン:「へえ、そうなんだ――ってちょっと待てやオッサン。何でオッサンが泊まる事になってんだよ。これはシキョウが当てたんだぞ」
 その言葉を聞いてオーマがにやり、と笑う。それはゼンの目から見て実にいやぁな笑顔で。
オーマ:「ふーん?シキョウが当てたからか。随分気にかけてるんだな」
ゼン:「そっ。そりゃ、俺はこいつの保護者なんだから当たり前だろ!!」
シキョウ:「ほごしゃ…」
 意味が分からないシキョウがきょとんとして2人を交互に見、オーマがくすっと小さく笑った。
オーマ:「…3名様ご招待なんだがなー。子どもたちだけで行かせるわけにゃいかんだろ?それこそでっかい保護者が付いてねえとな」
ゼン:「あ――え、最初からそのつもりならそう言えよ!」
オーマ:「わははは。焦れ焦れ。つーわけでシキョウ、お出かけの支度して来い。今回も泊まりだからな。ああそうだ、よそ行きの服でも、海水に濡れるだろうからそうなっても構わねえのを頼んで来い」
シキョウ:「―――――お出かけっっっっ!?お泊り!?!?!?」
 がばと。
 自分が何を当てて来たのか分かっていなかったのだろう、シキョウがその言葉にぱぁっと目を輝かせると、ばたばたと部屋を飛び出して行く。
オーマ:「ゼンも支度して来い。俺様は連中に話をして来ないとならん」
ゼン:「そうか、そういや以前も俺たちだけだったが、いいのか?」
オーマ:「そりゃあ、出来りゃそれにこした事はねえが…家族を連れてくにも、あと2人だけっつうわけにゃいかねえだろ?おまけに、家族皆連れて旅行っつったら、何か起った時に困るしよ」
 俺と、ゼンと、シキョウで今回は行くしかねえさ。
 そう続けたオーマが、にっと笑い、
オーマ:「シキョウが当てて来たモンだからな」
 そう言って部屋を出て行った。――急にしんとなった部屋の外で、
オーマ:『おう、そう言う訳でまた服を見立ててやってくれ。ってこらシキョウ、まだ終わってないんだからその格好で外出て行くんじゃないっ。――あーそれでだ、宿泊費やら食事代はこれで賄えるんだが、その…臨時に小遣いをちょーっといただけたらもう俺様感涙大感激なんだが―――わ、わわわ、いい、やっぱいい結構です謹んでお断り致しますッッッ』
 ――何かドラマが展開したようだったが、それもいつものこととゼンが肩を竦め、
ゼン:「やーれやれ」
 荷物作って来るかー、と呟きながら立ち上がった。

*****

オーマ:「着いたぞ、ここだ」
シキョウ:「え…えーーーーーーーーーーーーーッッッ!?オーマ、オーマ、ここ海だよ、村じゃないよ〜〜〜〜〜〜〜!?」
 善は急げとばかりに早速出立した3人の目の前には、がらんとした浜辺があるばかり。何人かは海水浴をしているのか、海の方で泳いでいる姿が見える。
オーマ:「いや、ここが村なんだ。…ほら、来たぞ」
 オーマたちの姿に気付いたのか、海で泳いでいた1人がこっちに向かってくると、その姿を現す。――いたってシンプルな、飾り気の無い衣を身に纏った男が。
ゼン:「服着たまま泳いでたのか?」
 そんな尤もな疑問を口にしたが、その男がにこやかに近づいて、
男:「ようこそ、海人の村フェデラへ」
 その言葉と、今まで波で良く見えなかったが、男の背後の海が揺らいで水中に没している建物が見えるに従って、なるほど、と納得した。
男:「ああそうでしたか。あなたがたが、エルザードからの招待客なんですね」
オーマ:「そう言うことだ。ま、宜しく頼むわ」
男:「お任せ下さい。特に今の季節はお勧めですよ、水温も上がっていますし。それに、海の神へのお祭りが開催中ですしね」
 ――ここは、海の中。
 上がって来た男が差し出した薬を飲んで塗って、海中でも生活出来るようになった3人が、興味深そうに村の中を眺めていた。
男:「よう、今日はおまえが案内役か」
男:「そうだよ。もう一通り見て回ったし」
 そこへ、祭り気分でいるのか楽しげにしている何人かの男女が通りかかる。
男:「お嬢さんは初めてかな、この村は。楽しそうだろ?」
シキョウ:「うんッ!」
 きょろきょろと辺りを見回していたシキョウが大きく頷いて、それからあれ?と首を傾げた。今日はいつもの格好とそんなに変わらず、ショートパンツにセーラー服、白い帽子と言う云わば海兵隊スタイルで、元気の良い男の子に見えこそすれ、女の子とひと目で分かるような姿では無かったのだが。
ゼン:「こいつが女だって良く分かったな」
男:「何を言ってるんだい?――って、ああそうか。君たちは地上で暮らしているんだもんね」
女:「水の動きを感じ取れば、目の前の相手が男か女かなんてすぐ分かるわよ。空気の動きは軽いから分かりにくいけど」
オーマ:「なるほどなー」
 自分を女の子と認めてもらって嬉しかったらしいシキョウの頭をぽんぽんと叩き、
男:「――それじゃあ、また後で。では行きましょうか、今晩の宿へご案内します」
 知り合いらしい人々と別れると、ここまで皆を案内してきた男がこっちです、とまた歩き出した。
 ゆらゆら揺れる景色の中、路地を魚が通り、地面を蟹が歩いていく、そんな不思議な空間の中を物珍しげに首を回す3人。その様子は見慣れたものなのか、嬉しそうに目を細めたきり、ペースを落してのんびりと歩く案内人。
 そして、宿へと着いた3人に、
男:「ここです。さて、どうしますか?部屋でのんびりしたいのなら、ここで私は別れますが、この後お祭りを見たいのであればもう一度案内しますよ」
シキョウ:「シキョウはおまつり〜〜〜〜〜!!みたいみたいみた〜〜〜〜〜〜〜〜いっっ!!」
ゼン:「あー分かったから騒ぐな」
 これ以上騒ぐなら口塞ぐぞ、とゼンが言い、オーマが苦笑いして、
オーマ:「そう言う訳だ。すぐ戻って来るから、待っていてくれるか」
 3人に言うと、自分たちの荷物を手に受付へと歩いて行った。
男:「いいお父さんだね。…随分若く見えるけど」
ゼン:「あー違う違う。あれは叔父だよ。口やかましい保護者みたいなモンだ」
男:「…なるほど」
 ぱたぱたと手を振って否定するゼンの言葉に、納得したように頷く男。
ゼン:「けどあいつは全然若くねえぞ。凄ぇ若作りしてんだ」
 そして、続けられたゼンの言葉と、にやりと笑った顔に本当なのか嘘なのか分からず、曖昧な笑みを浮かべたまま、コメントは出さずにいた。

*****

シキョウ:「うう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 シキョウが顔を真赤にして唸っている。
 と言うのも、
オーマ:『買っていいものはひとり3つまでだ』
 と、オーマに言われたため、会場に置かれた様々な店のどれを買ってもらおうか悩み続けているのだった。
ゼン:「いい加減に決めろよ。置いてっちまうぞ」
シキョウ:「ううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 アクセサリなども欲しくはあったが、それよりも色とりどりの食べ物の方がずっと気になるらしく、さっきから目はそれらを何度も往復していた。
オーマ:「あー…それじゃあ、ほれ」
 確かに全く動かないままと言うのも問題だと、オーマが適当に選んだ魚の形をしたパイをひとつ買って、シキョウの目の前に置く。
オーマ:「俺様の分だ。好きに食べていいから、おまえさんの分は後でゆっくり考えればいい。ゼンも退屈してるみたいだしな」
シキョウ:「…うぅ」
 貰って嬉しいのと、自分で決められなかったのと半々の心境らしく、ちょっぴり寂しそうにはむっとパイを齧るシキョウ。だがそれは予想外に美味しかったらしくたちまち満面の笑みになってはむはむと物凄い勢いで口の中に押し込んでいった。
ゼン:「…針でつついたら弾けそうだな」
 ぷっくりと膨らんだ頬を見て、ゼンが一言。
オーマ:「うむ、健康的でいいじゃないか。さてと、出店だけじゃなく何か見て回るか」
 先程別れた案内人の男に教えてもらった話だと、海神を模った像の周囲で夜通しダンスパーティが開かれているのと、他にも珊瑚や螺鈿細工の実演展示販売、村人たちが作ったお化け屋敷などがあると言う。
ゼン:「ダンスは柄じゃねえからパス。――お化け屋敷行ってみるか。どれだけ陳腐なのか見て笑ってやればいい」
オーマ:「そう言う事を言うヤツに限って意外に臆病だったりするんだよな。よし行くか」
ゼン:「それはねえ、絶対にねえっ!」
シキョウ:「おばけってれーだんみたいなの?それならシキョウ怖くないよーーーー」
 そう言えば病院内は普段から霊団やらナマモノやら、病院自体が年中無休のお化け屋敷みたいなものだな――そんな事を考えて、オーマがちょっぴりあさっての方向を向く。
ゼン:「…ま、いい。行こう」
 いかにも手作りな雰囲気を漂わせた建物の中へと入っていく3人。
 だが――。
オーマ:「ほうほう。『恐怖の館』か――」
 入り口入ってすぐの扉の前には、建物のコンセプトなのだろう、恐怖の館なるものの由来が刻まれており、恐怖に打ち勝つ強さがある者のみ中に入るよう指示がなされている。
 よく出来てるな、とそんな事を呟きながら扉を開けたオーマが、ゼンが、表情を強張らせた。
 中は一面の闇。
 いや、正確には闇ではなく、これは、
ゼン:「ウォズかッッ!!」
オーマ:「おいこら待て、先に行くな!」
 手を伸ばしたオーマの静止も虚しく、その手は空を切り、ゼンは闇の中へともぐりこんでいく。
オーマ:「仕方ねえなぁ…シキョウはどうする?大人しくここで待ってるか?」
シキョウ:「ううん、もちろん一緒に行くよ〜〜ッ」
 言うなり、まだやや躊躇いがあるオーマの腕をくいくいと引張って自分から中へと入ろうとする。その姿を見たオーマがふぅと息を吐いて、
オーマ:「…そりゃそうか。ゼンも先に行っちまったからな。行くか」
シキョウ:「うんッ」
 こっくりと。
 どちらからともなく互いに頷くと、ゼンの後を追う。
 彼は、入ってすぐの地点にいた。追いかけていったウォズは意外に近い位置にいたらしく、今まさに封印し終えた姿のゼンが2人の気配に気付いてくるりと振り返る。
 ごち。
 そして間髪入れずオーマの拳を軽く頭に喰らった。
オーマ:「若さが腐るほどあるのは分かるが、その突っ走る性格は何とかしねえといけねえな。入り口ならまだ選択のしようがあったが…見ろ」
 その事を予想していたのか、オーマが指差した先には、何も無かった。――入ってきた場所さえ。
ゼン:「――いいじゃねえかよ、そのくらい。たかだかウォズだぜ?俺やオッサンがいりゃあ、対した事は起きねぇよ。それに、この村に出たウォズだろうが。俺らがやらねえでどうするよ」
 まあなあ、と呟いてはみたものの、何か言いたそうな顔は崩れない。だがそれを不審に思い、聞き返そうとする前に、ウォズの気配が急激に膨れ上がった。
ゼン:「シキョウは真ん中にいろ。オッサンは後ろな」
オーマ:「おう。接戦は任せた。後ろに抜かすなよ」
ゼン:「――俺を誰だと思ってる」
 ゼンとオーマの2人がシキョウを挟み、そんな軽口を叩き合い――そして、ほとんど同じタイミングで前方からの敵に仕掛けて行った。

*****

ゼン:「――なんだこりゃあ?」
 いったい、どれほどの間戦い続けていたのだろうか。
 時間の感覚がなくなりかけた頃に、不意にウォズの気配が掻き消え、それと同時にどこかに『繋がった』と言う感覚に囚われる。
 今まではふわふわと宙に浮いたようなものだったのが、急に地面の上に足を付けられたようで、少し落ち着かない。
 そして闇の中を歩く事、しばし。
 壁に突き当たり、オーマの出した灯りで辺りを照らして、ソーン世界ではまず見当たらないような無機質な扉を見つけて、開ける。
 目の前に広がったのは、全く予想もしていなかった光景だった。
オーマ:「あー…フェデラじゃねえな、ここは」
ゼン:「当たり前だ」
 雰囲気的には機獣遺跡が一番近いか。そんな、機械と金属の壁で作られた建物内に、3人は居た。
 あたりは不思議なほどしんと静まり返っている。そんな中を探索し、気付いた事といえば、
シキョウ:「おなかすいたよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ」
ゼン:「分かってるっつってんだろ」
 ――ここは『捨てられた』場所だ、と言う事くらいだった。
 まず、あちこち調べた結果、エルザードの何処でもないらしいと言う事が分かった。そして、最初建物と思っていたここが、どうやら巨大な船の中だと言う事も、探索途中で見つけたメインルームから映るモニターをチェックして理解した。
 巨大な戦艦…それが、今オーマたちのいる場所だったのだ。
オーマ:「俺たちが入ってきたのはコロニーの辺りか。メインデッキは遥か上…システムは生きてるんだな。つー事はコレが壊れて出て行かなきゃいけなくなったつー訳ではねえか」
 人どころか、生き物の気配は何処にもない。その代わり、『何か』が起ったらしいのは、モニターからの映像で一目瞭然だった。
 モニターの向こうでうねうねと伸びて、壁と言わず廊下と言わず我が物顔で君臨しているのは、コロニー内で作られていたらしい木の枝と根。そしてそんな緑に占領された場所以外でちらほらと見える、破壊された壁や天井まで飛び散った何かの液体。もうとうに変色し、それらが散っている壁からも枝や蔦が伸びているのが見える。
ゼン:「へえ…空中庭園まであんのかココは。――っつうかよ。そんな居心地の良さを戦艦に作ってどうすんだ。無駄じゃねえかそんなの」
オーマ:「あー…まあ、な。それが海の中を動き回るだけなら、確かに無駄かもしれねえ。だからよ、と言う事はだ、『このシステムが必要な』船だった、っつう事なんだろ」
 ゼンとオーマがモニターを眺めている様を、シキョウはつまらなさそうに口を尖らせたまま、1人でその辺のスイッチを弄って遊んでいた。
 ――ぷつん、と画面が切り替わる。
 今まで個々の風景を映していたモニターが全画面表示となり、そしてそこには、先程ゼンが口にしていた空中庭園が映し出されていた。
シキョウ:「わああ、すごいすごーーーーーーい!」
ゼン:「くぉら、勝手に弄るんじゃねえよ…って、どうしたオッサン」
オーマ:「…………」
 何か見覚えでもあるのか、その風景を食い入るように見るオーマ。
シキョウ:「シキョウ、あそこに行くーーー!!行きたい〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
 だっ、とシキョウが駆け出そうとして、
シキョウ:「むぎゅう」
 オーマに首根っこをむんずと捕まれて、カエルが潰れた時のような音を立てた。
オーマ:「まあ待て、今通路を探してるからな」
ゼン:「オッサンも行きたいのか?」
オーマ:「ああ。あの風景にビビッと来ちまった。呼ばれてるみたいにな」
 …口調は軽いが、その目は、冗談を言っているようにはとても見えなかった。

*****

シキョウ:「わああ、凄〜〜〜〜〜〜〜〜〜いッ、きれいだね〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
 空中庭園は、どう言う仕掛けなのか、誰もいなくなった今でもきちんと手入れされているように、綺麗な花が咲き誇っていた。
オーマ:「ああ――綺麗、だな」
 どこか曖昧な言葉を口にしたまま、オーマがその中を先へ先へと進んでいく。
ゼン:「おいおい、どこ行くんだよオッサン」
オーマ:「この奥さ。…多分な、この奥には」
 すたすたと、まるで勝手が分かっているような足取りのオーマに眉を寄せながらゼンが付いて行く。そして、オーマはとある場所でぴたりと足を止めた。
 それは、どのくらいの年を経たのか分からない、巨大な木。そして――その根元近くには、小さな墓があった。
オーマ:「…同じ…いや、違うか…?」
ゼン:「何がだよ」
オーマ:「いやそれがだなぁ」
 言い難そうに語るオーマの言葉によれば、この風景には見覚えがあるのだと言う。
 だが、それは、
ゼン:「…夢だぁ!?」
 それも、この空中庭園に訪れる夢なのだとか。細部までは覚えていないらしいが、この木と、木の根元にある墓だけは記憶に残っているのだと言う。
シキョウ:「このおはか、だれの〜〜??」
 とことこと近寄って来たシキョウが、元は何か文字が刻まれていたらしい墓石をそっと撫でる。
オーマ:「―――――さあ?」
ゼン:「知らねぇのかよっ!?」
オーマ:「夢ん中の事だっつってるだろうが。そこまで覚えてたら俺様だって言うさ」
シキョウ:「あーーーーーーっ!」
 そこで上がったシキョウの声に、ゼンとオーマが同時に振り向いた。
シキョウ:「ルベリアだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」
 シキョウが言った通り、その墓には、結晶化したルベリアがそっと供えられていた。丁度窪みに嵌っていて、オーマは気づかなかったものらしい。
ゼン:「ルベリアの…持ち主か」
 そういやシキョウも持ってるんだよな、と言われて、シキョウがこっくりと頷くと首からかけていたペンダントを取り出して見せた。
 その、時。
 ――――ィィィン………
 共振でも起こしたのか、微かな、澄んだ音が両方のルベリアから響き、
 ほぼ同時に、下から一気にここまで飛び上がってきた『もの』がいた。
ゼン:「――!?」
オーマ:「2人とも下がれ!」
 それは、ウォズ――だと、思う。
 確かにウォズの気配を持っているのだから、ウォズだろうと思う。
 それなのに、

 ――違う。『これ』は、違う。

 そんな感覚を拭い去る事が出来ない。
???:「クアカカカカカカ―――」
 笑い声なのか、怒りなのか、理解出来ない言葉なのか、全く判別できない声を上げたソレが、ぎょろりと3人を見た。そして――そして。
 にぃ、と、笑った。

*****

 勝ち目の無い戦いは、今までほとんどした事が無い。
 必ず勝つというものではないが、少なくとも勝機はあった。それで負けたとしたら、自分の行動が間違っていたのだと思えるような。
 今、目の前にいる『これ』には、勝てない、と思う。
 何をやっても勝てない。圧倒的過ぎる。傷を負わせるだけなら可能かもしれないが、それだって撃退は不可能だ。何故なら――。
 ――『これ』は、シキョウを――そして、シキョウの後ろにある墓を、執拗に狙っていたから。
 ほとんどバトンリレーみたいなものだった。いくらシキョウが身軽とは言え、戦闘経験の無い彼女に効率の良い避け方など分かる筈も無く、いくらもたたないうちに息切れし始めたシキョウを、オーマが、そしてゼンが抱えて避ける。
 だが逃げる訳にはいかない。シキョウだけでなく、目の前の『これ』の狙いが墓にもあると分かってからは、躊躇いがちながら逃げようと提案したゼンの言葉をオーマが撥ね付けたのだ。
 オーマ自身にも分かってはいたのだろう。ゼンの提案は決して間違っていないと。それなのに、それを承諾出来なかった事に、オーマが何故だか一番驚いていた。
ゼン:「いいか、オッサン。…これ以上長引くようなら、俺はオッサンもまとめて引きずって逃げるからな。あっちに戻れるかはわからねえが、終わりの見えねぇこんな戦いを続けるなら、逃げた方がマシだ」
オーマ:「――そう、だな。すまねえ」
 何度目かの『これ』の攻撃をどうにか受け流して、オーマがまだ痺れの取れない手を擦る。先程からの攻撃で、『これ』の持つ異様な力はがりがりと綺麗に整えられた空中庭園を削って行く。何故だかそれが酷く悲しくて、やるせない。
 オーマだけならばともかく、ゼンやシキョウがいる状態でこのまま続けていくのは拙い。それで2人に何かあったのなら、言い開きが出来ない…いや、オーマが自分を許せなくなるだろう。
オーマ:「潮時かな…素直に逃がしてくれりゃあいいんだが」
 油断無く目をぎょろぎょろと向けて3人の動向を窺っている様子の『これ』の目は、ただ獲物を見つけただけの視線とは異なっている。それは、寧ろ、知り合いを――長年探し続けていた知り合いを見つけた時のものに酷く近かった。
オーマ:「おいゼン、シキョウを抱えてどこまで走れる?」
ゼン:「ああん?こんなちっこいの、いくらでも出来るぜ――って、オッサン!まさか俺たちに先に逃げろなんつーんじゃねえだろうな!?」
オーマ:「安心しな、俺様それほど殊勝じゃねえよ。だが、撤退にもマナーがあるんだよ。しんがりで敵の攻撃を受けながら逃げにゃならねえっつうな」
 いいか、3つ数えたらここから逃げろよ――そう言ったオーマがすぅと息を吸い込んだ瞬間。
???:「それこそ殊勝だな。いや、とことんまでおまえらしいのか」
 今まで誰もいなかった場所から、聞き覚えのある声がし、そしてそこからぬぅっとひとりの男が姿を現した。
???:「ガァッっ!?」
 ウォズが、その男――ジュダを敵と見なし、ターゲットとして捉えていたシキョウから目を離すと、だんっと床を蹴って一気に跳躍する。が、ジュダの目を見た瞬間、一気に飛びすさった。
ジュダ:「――邪魔だ」
 珍しいことに、ジュダは怒りを露にしていた。尤もそれは、ジュダを知る者からすれば、の話。声色には別段変化が無かったのだから。
 だが、ジュダが発する気配は、殺気を練り固めたものと等しかった。修羅場に慣れているオーマでさえ、一瞬怯みかけた程。
オーマ:「うし、ジュダ。おまえはそっちから行け。…ゼンは万一のためにシキョウを抱いてちょっと離れてろ」
 気を取り直して、オーマが指示を飛ばす。ああ、と呟くように言ったジュダが『これ』を確りと見据え――。

 …勝負は、あっけなく着いた。オーマとジュダのコンビネーションの良さもあったのだろうが、未知の力らしきものがジュダの出現と共に消え去ったため、互いの力をぶつけやすかったと言うのが正直なところだろう。
オーマ:「ふぅい、疲れた」
 ウォズを封印し、どっかりとその場に腰を降ろしたオーマが、ん?と背後を見る。そこには、シキョウを連れて戻って来たゼンの、酷く固い顔があった。
 …視線の先には、黙然と墓の前で立ち尽くすジュダの姿がある。
ゼン:「――ジュダッッ」
 ほんの少し上ずった声が、ゼンの口から漏れた。それを聞いたジュダが、煩そうな表情を隠そうともせずに振り返る。
ゼン:「てめぇ――ジュダああッッ!!!」
 ゼンから噴出している怒りのオーラが見えそうだ、と呑気にオーマが思った瞬間、能力を全開にし、手を武器化させたゼンが叫んで飛び掛る。
シキョウ:「ええええええっっっ!?なんで、どうして〜〜〜〜〜〜っっ!?」
 シキョウにとってはどちらも大切な人物。だから、戻って来た途端ゼンが飛び掛っていった事がショックだったらしく、悲鳴のような声を張り上げる。
 そして。
ジュダ:「――良かったな坊や。これで墓か彼女のどっちかに髪の毛程の傷でもついていたが最後、手加減なんか出来なかったぞ」
 武器化した腕がどういう作用でか無力化され、その上ジュダの身体に少しでも触れる事を許されずにはじき飛ばされたゼンに向かって、これまた酷く珍しく饒舌になったジュダが冷たい目を向ける。
ゼン:「ぼ…坊や、だと…ッ!?」
ジュダ:「ああ、そう言ったがどうした。生まれてさして年数のいってないおまえなら『坊や』で十分だろうが?」
ゼン:「て――てめぇっっっっっ!!!」
 地面に這いつくばっていたゼンがその言葉に激昂し、飛び上がって…怒りのあまりか素手で掴みかかる。
ジュダ:「――は」
 冷笑した。
 あのジュダが。
 はっきりと小馬鹿にした表情を浮かべ、吐き捨てるようにしながら笑い、
ジュダ:「さても精神年齢の低いこと。…オーマも苦労するな」
オーマ:「なぁに、これでも結構楽しんでんのさ」
 再び、触れる事も叶わないまま、さっきよりも遠くに弾き飛ばされたゼンが頭をしたたか打ち付けて「イテェッ!」と声を上げる。
シキョウ:「――むーーーーーーーー」
 おろおろしていたシキョウだったが、ジュダのゼンに対する赤子のようなあしらいに頬をぷうっと膨らませて、とことことジュダの元へ近寄って行く。
シキョウ:「ジュダーーーーーーーーーっ、だめじゃない、仲良くしないとーーーーーーーーーーーーーっっっ!」
 めっ、と、会えて嬉しいのだがそれ以上にゼンへの態度に納得いかないものがあったらしく、そうやって嗜める。
ジュダ:「…仲良くは、相手次第だ。それにだな、シキョウ。おまえと違って、あちらに敵意があったら仲良くもなれないだろう?」
 よしよしと撫でる手つきはいつもと同じく優しいもの。だが、シキョウの頭を越えて立ち上がりかけたゼンへ、見せ付けるように殊更優しく撫でているのも事実だった。
 シキョウからは見えないものの、にやりと人の悪い笑みを浮かべたまま。
ゼン:「し、シキョウ、そいつから離れろ――あ、あああ、撫でるな触るなこらぁぁぁっ!!!」
オーマ:「…あー…温かい茶でも欲しい所だな」
 世にも奇妙な三角関係?を傍目に、オーマは巨木とルベリアの置かれた墓に静かに目を向けていた。

*****

シキョウ:「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。ジュダ、せっかくだから一緒に泊まろうよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。オーマに頼んで、1人分おへや取ってもらおうよぉぉぉぉぉ」
 じたばたとシキョウが暴れる。
ゼン:「却ぁぁぁぁぁっ下だ、却下!俺は反対だッ!」
ジュダ:「『坊や』が嫌がるようだから、俺は泊まってもいいが」
ゼン:「んだとコラやろうってのか」
ジュダ:「勝てもしないでそうやって突っかかるのは負け犬の証拠だぞ?キャンキャン吼えるだけなら小犬にだって出来るからな」
ゼン:「………っっ、ぐ、こ、この野郎いつか必ず」
シキョウ:「ふたりとも、めーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!」
 シキョウがぷんすか怒っている様子に、とりあえず大人しくなった2人だったが、
オーマ:「この親父が宿代出すっつうなら俺様は別に構わねえけどな」
 ほんのちょっぴり、いや大いに今の様子を楽しんでいるオーマがにやりと笑った。
ジュダ:「いや。招待はありがたいが、俺はここで少しやる事があるんでな。子どもの相手をしている暇はあまり無いのさ――いや、シキョウの事を言ってるんじゃないぞ?」
 相手をしている暇は無い、のくだりで目に見えて落ち込んだシキョウに、慌てたようにジュダがフォローの手を入れる。
シキョウ:「ジュダとせっかく会えたのに〜〜〜〜。お話したかったのに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
ジュダ:「また今度な。――邪魔が入らないところで」
ゼン:「!?!?!?!?!?」
 そう言いつつジュダがゼンをちらと見てにやりと笑う。
オーマ:「からかうのもいい加減にしようぜ、オッサン。――それじゃあ、ここを戻ればいいんだな」
ジュダ:「ああ、捩れた空間は結びなおしてあるから真っ直ぐ帰ればいい」
 おう、とオーマが笑顔を浮かべて、ありがとな、と呟いて踵を返しかけ、すぐにまた顔を向けると、
オーマ:「そういや――『あれ』は、俺たちの事を知っていたみたいだったが」
ジュダ:「…あり得ない話じゃ…ないな。だが、今は忘れていい事だ。少なくとも、これから戻る場所には何の関係もない話だからな…」
 『出口』まで見送ったジュダが、シキョウに手を振り、オーマには僅かだったが笑顔を見せる。
 ちなみにゼンは完全無視を決め込まれていた。
ジュダ:「…では、な。祭りを楽しむと良い」
 その言葉と共に、ぱたん、と扉が閉められる。
ゼン:「オッサン――なんであいつ、俺たちが来た場所が祭りだって知ってるんだ」
オーマ:「おお、そういやそうだな」
ゼン:「そうだな、じゃねえよ全く。あの男が俺たちをあそこに連れ込んだのかもしれねえってのによう」
オーマ:「それは違うと思うが…まあ、いい。それこそ、過ぎた事だ」
 歩くたび、体が水に包まれていくような感じがする。
 祭りの音が、輝きが見えてくるような気がする。
 そんな中、オーマはひとり残ったジュダが、どうしてあの場に現れたのかを考えてみた。
オーマ:「そうか…『彼女の』墓参りか」
 そう呟いて、どうして知りもしない人物の墓が女性のものだと思ったのか、自分でも分からず首を傾げる。
ゼン:「オッサン、辛気臭ぇ顔してねえでさっさと行こうぜ。あんな野郎の事は忘れてさ」
シキョウ:「おまつり、おまつり〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪」
オーマ:「はいはい、分かったよ。それじゃ次はどこに行く?」
シキョウ:「あのね、シキョウね……」
 3人の声が水に溶け、そして姿は元のフェデラへと消えていく。
 せっかく当たった福引の分楽しもうと。
 頼まれていた家族への御土産を選ぼうと、そして、本物のお化け屋敷を探索しようと。

*****

 ――空中庭園は、驚くほど綺麗に片付けられていた。
 先程の襲撃でずたずたにされた床の傷も、埋められ目立たなくなっている。
 そして、誰が埋葬されているのかも分からない、擦り切れた墓石の上には、綺麗に束ねられた小ぶりの花がそっと置かれていた。


-END-