<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


あたしのものなのさ

「うぉぉぉぉ、なんてこったぁッ」
 頭を抱えた。オーマの自室で虚しく声が響き渡る。
 家にオーマ以外誰もいないのが不幸中の幸いだ。
 オーマは家計簿をゴミ箱に放り投げる。真っ赤だった。赤字も赤字。大赤字だった。
 ばれたら殺される。瞬時に悟る。大鎌を持ち、ニタリと笑う某女性の顔が思い浮かぶ。
 ぶった切られる。それだけは勘弁だった。
 オーマはゴミ箱から家計簿を拾い上げる。このまま捨てたままにしておくのも色々とマズイ。証拠隠滅は完璧にしておかなければならない。ばれたらまずいのだ。
 ふと、オーマは眉をひそめる。ゴミ箱の奥に四角い物体を見つける。いや、むしろゴミ箱は四角い物体で埋め尽くされた。ソレしかなかった。
 こんなものを捨てた覚えはないのだが。
 疑問を覚えながら、オーマはゆっくりと指先でソレを摘み上げる。
 ポケットティッシュだった。
『誰でも手軽に利用できる! 欲しいものがあったら我々の手をおとりくださいませ☆ワル筋トリオ☆ キャッシングはワル筋トリオ営む【ウッシッシ】におまかせ! ご利用は計画的に☆』
「返せばいいんだろ、返せば。なら、何の問題もねぇよなぁ」
 オーマは溜息混じりに呟いた。


 場所は変わり、ワル筋トリオ【ウッシッシ】事務所にて。
「兄貴ー。やりましたぜー、つれましたー!」
 豚面のトリオ1ウォズが内股で走りながら、トリオ2ウォズに駆け寄る。
 兄貴と呼ばれたトリオ2ウォズもこれまた豚面である。いや、同じ顔をしているといっても差し支えないだろう。
 トリオ2ウォズは不気味な笑みを口元に刻む。
「ハッ、天下のオーマ様も貧乏にゃかてねェってことよな。な、兄ちゃん!」
 兄ちゃんと呼ばれたトリオ3ウォズは同じく豚面を醜く歪ませた。豪華な赤い色彩の椅子にふんぞり返って座り、鼻を得意げに鳴らす。
「ウッシッシ、これであのお美しくあらせられる赤い髪の女性は……。おい、てめぇら、いいな。オーマの利子、絶対に払うことが不可能な額にしてやんな!」
「へい! 兄貴!」
「へい! 兄ちゃん!」
「ウッシャッシャッシャ、ウッシッシッシ、ウッシッシッシ!!」
 豚面三人組は天井を見上げ、奇声を上げ続けた。


「と、いうことで金返せヤ、ゴルァ!」
 オーマの家の前でトリオ1ウォズが喚きたてる。
 爽やかな風が吹く早朝。せっかくの朝が台無しだ。
 オーマは頭をかきながら、僅かに顔を歪める。
「も、もう少し静かにしてくれねぇかな。起きちまう。まずいんだ、それはまずいんだよ」
「テメェの都合なんか、知るかぁ! ほら、さっさと金出せや、コラァ!」
「しー、しー、いやいや、まじで頼む。起きちまうとやばいんだよ」
「ハッ、返さねぇつもりか! それならそれでこっちにも考えがあるんだぜ」
「考え?」
 怪訝に問い返すオーマを、トリオ1ウォズは笑みを深めて見つめる。
 一枚の紙を突きつけた。とあるレースの案内状だ。
「うぉぉぉ」
 オーマは顎を外さんばかりの勢いで大口を開けてうめく。
「いいか、これはな。エルザード王室公認小型飛空挺によるスカイレースだ。基本的に何でもアリなレースで最初にゴールしたペアが優勝だ。兄貴は正々堂々とした勝負をテメェに望んでいる。これで買ったら、兄貴はテメェの妻を諦めるってよ、しかし負けたら……」
 途中からオーマは聞いていない。頭をかきむしる。赤字は妻に秘密にしている。消費者金融だってそうなのだ。しかし、こんな話題が出たら隠しておくことが困難になってしまう。
「おい、聞いているのか、あのな、テメェが負けたら……」
「ほ、他に方法はないのか。それはまずい、それはまずい!」
「人の話を聞け! テメェが負けたら」
「まずいって言っているだろうが! 愛と金は確かに大事だ! だが、男には守らなければいけない秘密ってものも」
「言っている意味がわかんねぇよ、あのなぁ!」
「おや」
 オーマの背後で涼やかな女性の声音が響く。
「朝から面白そうな話をしているねぇ。あたしも混ぜてくれないかぃ? ねぇ、オーマ?」
 オーマは体を硬直させた。悪寒が走り、汗がとめどなく流れる。
 後ろを振り向けない。振り向いてはいけない。
「テメェが負けたら、テメェの妻は兄貴が頂く! いいか、覚悟しておけよ!」
 緊張でぎこちない空気が二人の間を流れている。その中で、空気の読めないトリオ1ウォズが大声を上げた。
「おや」
 シェラが喉の奥で笑う。
「本当に、面白そうなお話だねぇ。もちろん、1から説明してくれるんだろう? オーマ?」
 どす黒いオーラが殺気と共にオーマの背後で放たれる。
 はい、とオーマは小さく喉を震わせた。


 大会の日。
 オーマとシェラは待合室で座っていた。
 シェラに全てがばれた日のことを、オーマは思い出していた。とにかく酷い1日だった。爽やかな一日が、凄惨な一日に変貌した。赤く染まった大鎌はしばらく夢に出てくるだろう。
「どうしたんだい? オーマ」
 シェラがオーマの肩を軽く叩く。顔を上げれば、満面の笑顔がそこにあった。
 笑顔が怖い。彼女の、その笑顔が。
 オーマはぶるりと体を震わせた。
「いや! 売られた喧嘩は買うまでよ! とか思ってよ! だってそうじゃねぇか! 俺の愛だ! 愛は護られなければいけねぇよなぁ!」
「うふふ、そうだねぇ。あたしもこんな面白いケンカは久しぶりで、興奮してるよ。面白そうじゃないかい」
「あら、オーマ様とシェラ様。相変わらず仲良しで何よりです」
 王女・エルファリアは柔らかな白い生地のドレスで身を包んで、オーマたちの前に姿を現す。
「本日の大会に御参加して頂き、本当にありがとうございます。それから本日、急に加わったオプションがありまして、それを説明しに参りました」
「お元気そうで何よりだね。。それより、オプションって?」
「ええ、コスプレです」
「コスプレ?」
 シェラの問いに、エルフェリアは小さく頷く。
「ええ。このレースはただのスカイレースではわりません。真の母性とは何か、母親とは何かを強く観客に見せるものです。それで、これを」
 エルフェリアがシェラに手渡したのはウェデングドレスにタキシードだ。
「きっとお似合いになります」
 微笑むエルフェリア。
 シェラは口角を吊り上げて、ドレスとオーマを交互に見る。
「確かに、よく似合いそうだね」
「え? え? ちょ、ちょっと待ってくれ。ものすごく嫌な予感がするんだがよ!」
「何、すぐ済むよ。ちょっとこっちきな」
「シェラ様、試着室はこちらです」
「ありがとうね。さぁて、始めようか」
「い、いやあああああ」


 試着室に消えていく二人を見つめながら、エルフェリアはほぅ、と息をつく。
 頬に手を添えながら。
「本当に、仲がよろしいですのね」
 試着室からは絶え間ない悲鳴が聞こえた。


「ほら、兄貴。キチっとタキシード着て!」
「う、うむ。似合ってるか?」
「大丈夫っす。これならば愛しのシェラ様もイチコロですよ!」
 トリオ1ウォズとトリオ3ウォズは豚型の小型艇に既に乗り込んでいる。
 スタート地点の小型艇乗場ではオーマたち以外の選手が既に揃っていた。
 ちなみに、トリオ3ウォズがタキシードでトリオ1ウォズがウェデング姿である。
 異様な雰囲気が二人を包んでいた。他の選手たちは遠巻きに二人を見ている。
「それにしても、早くシェラ様来ねぇかな! 俺のタキシードを見て欲しいぜ、早くよ!」
「よ、かっこいいぜ! 兄貴!」
 二人は他の選手の目など気にせず、二人だけの世界に入っている。
 そのとき、騒がしい気配が涌き出る。他の選手の喧騒だ。どうやら最後の参加者がスタート地点に出てきたらしい。
 いよいよ、レースの始まりか。二人は声がする方へと顔を向ける。
 そこには。


「いやーん、見ないでー」
「もうちょっと、可愛い声を出して欲しいね。ほら、オーマ。観客が見てるよ。見ないで、じゃないだろう。もうちょっとサービス心をおだし」
「うふーん、あはーん」
 そこには、ピンクのウェデングドレスを着たマッチョ……もといオーマがいた。
 観客の唖然とした顔が痛い。オーマは苦笑いしながら、緩やかに彼らに向かって手を振る。
「ホラ! 笑顔がぎこちない! もっと気持ちをこめて!」
 そう隣りで怒鳴るのは、タキシード姿のシェラだ。女性とは想えない程、綺麗に着こなしている。シェラを見た女性が数人、頬を朱に染めて艶やかに息をつく。見とれているのだ。
 ウェデングドレスの胸元からは、オーマの鍛えた筋肉が薄ら見えている。
 オーマが笑顔で手を横に振るたび、筋肉がぴくりと動いた。
 男がばたばたと昏倒してゆく。あまりのアレさ加減に気絶したのだ。
「いやーん、オーマよーおほほー! マッチョ! マッチョ!」
 もうこうなれば開き直るしかない。オーマは拳を握り、腕に力をこめた。
 清楚なドレスから覗いた腕の筋肉がぷるぷると震える。
「マッチョ! マッチョ!」
 男たちは泡を吹きながら倒れてゆく。
「これはあたしたちの不戦勝かねぇ」
 シェラは極上のスマイルを女性に向けた。頬を緩めた女性が感激のあまり、次々と倒れてゆく。
「マッチョ! マッチョ!」
 調子に乗ったオーマは猫なで声にそう言いながら腰を振るう。
 マッチョダンスだ。
 こうなれば、優勝を目指すしかない。いや、元々、オーマの取るべき道は優勝しかないのだ。
 優勝のためには何でもやらなければいけないのだ。
 ふ、と視線を観客に流せば、ワル筋トリオたちの姿が見えた。
 愕然とした様子でこちらを眺めている。
 ばちこーん。オーマは精一杯のウインクを投げキッスと共に彼らに与えた。
 トリオたちは目をむいた。おもむろに倒れてゆく。
 勝った! オーマは心中にてガッツポーズをする。しかし、あまり嬉しくなかった。


 勝負の結果は、言うまでもない。


「優勝賞品は俺たちを象ったトロフィーか。いらねぇー」
 大会が終わって。
 家に戻った二人は、テーブルの上に置かれたトロフィーを眺めていた。
 ウェデングドレス姿で腰をくねらせ踊るオーマと、美麗な様であるタキシード姿のシェラだ。
「あたしは気に入ったよ。なかなか良い出来じゃないかい」
「出来は良い。リアルすぎるぐらいにな!」
 オーマは乾いた笑いを浮かべた。
 瞬間。
 扉が勢いよく開けられる音がする。
「オーマ、でてきやがれ! むしろ出てきてください!」
 ワル筋トリオ、しかもトリオ3ウォズの声だ。
 オーマとシェラは慌てて玄関の方へと足を向けた。
 玄関には、トリオ3ウォズが顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。鼻で荒々しい息をしている。
「おい、金は払ったはずだが」
 オーマが言うと、トリオ3ウォズは首を横に振った。
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ!」
「じゃあ、何だっていうんだ」
「惚れました」
 刹那、空気が固まる。
 寒い風が一陣吹きぬけたのは気のせいではあるまい。
「おーいおい、勘弁してくれ」
 オーマが呟けば、シェラが豪快に笑った。
「いや、面白いじゃないかい。もてもてだねぇ、オーマ!」
 でもね、シェラはオーマの首に手を回し、彼の頬を自分自身の頭にすりよせる。
 トリオ3ウォズの目の前で満面の笑みを浮かべた。

「これは、もうあたしのものなのさ」

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【ライター通信】
こんにちは、酉月夜です。
またの受注どうもありがとうございます。

本当に、納期ぎりぎりの納品で申し訳ありません。
しかし、この二人の夫婦は書いていて面白かったです。
色々な意味で仲良し夫婦とは、やはり良いものですね。
仲良しぶり、が少しでも伝わればよいのですが。

今回は本当に有難うございました。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。