<東京怪談ノベル(シングル)>


旅は道連れ世は情け〜腹黒親父とタカビー妖精〜
 
 空はよく晴れ渡り、太陽の光がさんさんと降り注ぐ良い天気だった。けれど、エルザードから続く街道を行くオーマ・シュヴァルツの心は、この空のように「雲1つない快晴」とはいかない。
 つい先日、異世界からのものとおぼしき、小さな遺跡のようなものが見つかったという情報がオーマの元に入った。
 もし、それがゼノビアからのものであったとしたら……。そう思えば、いてもたってもいられず、弾かれるように出立していた。
 もしも、オーマのこの考えが正しかったのなら、ウォズとの遭遇は避けられないだろう。それが人に仇なすものであれば、また戦闘、封印という流れになる可能性が高くなる。
 オーマ自身は共存の道を望んでいるというのに、やむを得ずウォズを封印してきた、今までの苦い記憶が次々とよみがえってくるのだ。
「――いかんいかん」
 オーマはぶんぶんと頭を振った。せっかくのこの陽気、沈んでいては大胸筋むっふんマッチョ腹黒親父愛の名がすたる。何かあれば、それはその時に考えれば良いこと。
 そう思えば自然、気持ちも晴れてきて、オーマは足取りも豪快に、再び歩き始めた。
 と、その時。
「ちょっと! そこの筋肉オヤジ!」
 どこかでおそらく自分を呼んでいるような声がする。オーマは立ち止まって周囲を見回した。が、声はすれども姿は見えず。気のせいか、と再び歩き出そうとすると。
「ちょっと! 止まりなさいよ、筋肉オヤジ!」
 再び失礼千万なキンキン声がどこからともなく湧いてくる。どうやら空耳ではないようだ。が、相変わらず、声の主の姿は見えない。
「どこ見てるのよ! ここよ、ここ! 本当に鈍いオヤジね!」
 三度目にしてようやく、その声が足下の草の合間から聞こえてくるらしいことに気付く。オーマは「よっこいせ」と呟きながら膝をつき、そこの草をかき分けた。
「ほー、これはこれは」
 巨体を難儀して折り曲げ、地面を覗き込んだオーマは、思わず感嘆の声をあげた。そこにいたのは、いわゆる妖精というやつだった。オーマの手のひらに余裕で乗ってしまうような小さな身体に、ふわふわのピンクのカーリーヘア。花びらのようなスカートを身につけ、背中には透き通った細い羽が生えている。細い手を腰にあてて仁王立ちしているそれは、白目のないグリーンの勝ち気な瞳でオーマを睨んでいた。
「もう! 気付くまでどれだけかかってるのよ、使えない筋肉オヤジね!」
 目が合うなり、妖精は頬を膨らませて文句を言った。
「ところでその筋肉オヤジってのは俺のことかい?」
 オーマはあふれる親父愛で、極めてフレンドリーに話しかけたのだが、妖精はふらふらと数歩後ずさり、危ういところで踏みとどまった。どうやら、オーマの鼻息で吹き飛びかけたらしい。
「何するのよ、このオヤジ! ……そう、アンタよ、アンタ、他に誰がいるの!」
 激烈に文句を言いながらも、妖精はある意味律儀にオーマの問いに答えた。
「俺なら腹黒イロモノマッチョ親父だが、お嬢ちゃん?」
 チチチ、と人差し指を振ったオーマの自己紹介を、しかし妖精はキレイさっぱり無視した。
「お嬢ちゃんって失礼ね! こう見えてもあたしは……」
 けれど、そこできゅるるるる、と間抜けな音が響き渡る。
「なんだ、腹減ってるのか」
 オーマは豪快に笑うと、今度は飛ばしてしまわないように、ひょいと妖精をつまみ上げた。「ちょっと! なんて乱暴に扱うのよ、こう見えてもね……」とわめく声を聞き流し、空いた手で携帯用の簡易食料を取り出す。
「ほれ。こんなところで腹を空かせてちゃいかん。これでも食うがいい」
「……」
 オーマがあふれる親父愛を込めて食料を差し出すと、妖精は少しきまり悪そうな顔をしながらも、礼も言わずに受け取った。そのままぷいと向こうを向いて、それにかぶりつく。明らかに自分の身体よりも大きいと思われるそれを、妖精はぺろりとたいらげてしまった。
 どこに入っていったのだろう、と思わずオーマがしげしげと眺めたのが気に入らなかったらしい。妖精はまたもや「失礼ね!」とキンキン声で文句を言った。
「そりゃ悪かったな、これからはちゃんと食料持ち歩くんだぞ、お嬢ちゃん。じゃあな」
 軽く肩をすくめ、オーマが妖精を下ろそうとすると。
「ちょっと! どこ行くのよ! こんなところにレディを1人放っておくつもり!?」
 とまた文句。
「あん? ……ひょっとしてお嬢ちゃん、迷子ってやつか?」
 オーマがぼりぼりと頭をかきながら首を傾げると、妖精は横を向いて軽く咳払いをした。
「……い、一緒に行ってあげるって言ってるのよ。むっさいオヤジの一人旅なんて絵にならないじゃない。こう見えてもあたしは……」
「そうかそうか、ま、旅は道連れ世は情けってやつだな」
 まあ、この大きさなら何かあった時には道具袋の中にでも押し込んでしまえば、巻き添えを食わせることもないだろう。オーマは再び妖精をつまみ上げると、先を急いだ。

 「暑い」だの「疲れた」だのといった妖精の文句を聞きながら一時間も歩けば、問題の遺跡らしきものが見えて来た。民家より一回り大きいくらいの建物が半分土に埋もれかけている。遺跡としてはかなり規模の小さいものだ。
 ただ、異質だったのは、その姿形。灰色がかった大きな卵形の岩をくりぬいて作ったかのようなそれは、明らかにソーンのものではなかった。そして、おそらくゼノビアのものでもない。
 どうやらオーマの気がかりも杞憂に終わりそうだ。けれどせっかくここまできたのだ。何も見ずに帰ることもない。オーマは難なく入り口を見つけると、中へとその巨体を滑り込ませた。
「ほーう、こいつは……」
 オーマはわずかに眉を寄せ、そう呟きを漏らす。
 遺跡の中は、何本もの細い柱が林立し、廊下や部屋らしき場所を区切っていた。その柱や壁、そしてたまった砂に埋もれていた床の表面は、一度溶けたものを固めたように、滑らかに波打っている。床と柱の継ぎ目さえ見当たらないその様子は、流れるような美しさと同時に、癒着しかけた傷口のようなおどろおどろしさをも感じさせる。
 どこからともなく漏れ入る外の光に、うすぼんやりと内部が浮かび上がる様は、あたかも鍾乳洞のような雰囲気を漂わせていた。けれど、これは自然にできたものではなく、明らかに人の手が加わっている。
 だが、そこには生活の名残や人の息づかいの跡が全くない。そこにあるのは、固まったような静謐のみ。ただオーマの足音だけが、異様に澄んで響き渡る。
 滅びの音だ、とオーマは思う。ここが何に使われたのかはわからないが、ただ手を加えた跡だけがあって人の温もりの残らない静寂は、美しくとも、どこまでも冷たく、硬く、そして虚しい。
 そんなことを考えて、ふとオーマはその静寂の不自然さに気付いた。外を歩いていた時には、数秒とても黙っていなかった――そしてそれは常に不平であり、「こう見えてあたしは」の決まり文句であった――妖精が、遺跡の中に入ってからは一言も発していないのだ。
「……何よ!」
 やはりぼうっとしていたのか、数秒後にオーマの視線に気づいた妖精が、それでもまなじりをつり上げた。
「いや」
 軽くそれを流し、オーマは再び歩を進める。間もなく、ぽっかりと開けた広間のような空間へと出た。
 耳鳴りのしそうな静寂の中で、それはうすぼんやりとした光を放っていた。部屋の中央に置かれたオーマの手のひら程の小さなカプセル。それは無惨にも割れ、中に入っていたであろう標本の姿はないが、この薄ら寒い部屋の中で、その割れた様子だけが、妙に生々しい。中にほんのわずかに残り、周りにこぼれた淡いピンクの液体が、有機的なものの存在を連想させたからかもしれない。
「あ、あ、あ……」
 おもむろに、妖精がオーマの肩から飛び立った。ふらふらとカプセルへと近づいて行き、おそろおそるといった面持ちで手を触れる。カプセルの大きさ、割れ具合からして、おそらく中に入っていたのはこの妖精自身だろうと、傍で見ているオーマにも見当がつく。
「うわあああん!」
 突然、妖精が号泣した。きいいいん、とまるで右の耳から左の耳へと鉄の棒でも刺されたかのように、オーマの頭にその声は響く。
「何だ、何だ、どうしたい?」
 オーマが尋ねるも、妖精は泣くのをやめようとしない。
「ほらほら、そんなに泣くもんじゃないぜ。『こう見えても……』何だっけ?」
 泣き止まない妖精を慰めるべく、相手の口癖を口にして、オーマははたと首を傾げた。そういえば、そこから先を覚えていない。いかんいかん、人の話を聞かない悪い癖がでちまったか、とオーマが頭をぼりぼりやっていると。
「それがわかれば泣いてないわよぉ!」
 妖精はさらに声を張り上げて泣き続けた。

 泣き声の合間に発された妖精の言葉を総括すると、どうやら彼女は自分が誰か、どこから来たかもまったく覚えていないらしい。気付けばオーマと出会ったあの道ばたの草の中にいた、ということだ。とりあえずオーマにくっついてこの遺跡に来て、どうやら自分がここにいたというらしいことはわかったのだが、それは同時に自分が何者かへの手がかりを完全に失ったに等しい。何しろ、ここには命を感じさせるものは他に何一つ、痕跡さえないのだから。
「こんなわけのわからない世界であたしはどうしたらいいのよぉ!」
 カプセルの前に座り込んだ妖精は天井を仰ぎ、噴水のように涙を飛ばさん勢いで泣きわめく。
 その嘆き方ときたらあまりに大げさで、かえって笑いを誘うものがあるが、本人は至極まじめに絶望し、途方に暮れているのだろう。
 気付けば、知らない場所に、知らない自分でいて。何の疑いもてらいもなく、自分が自分でいられた時を――本当にそういう時があったのかは実際問題わからないが――二度と戻れないと知っているからこそ、恋い焦がれ、届かぬとわかるからこそ、泣き叫ぶ。
 けれど、起こってしまったことはどうしようもないではないか。どんなに嘆いても悔やんでも、時間は戻らないのだ。それはオーマ自身がいちばんよく知っている。
「ん? まあ、この聖筋界も悪くはないぞ?」
 だとしたら、前に進むしかないではないか。
「アンタみたいなノーテンキオヤジに何がわかるっていうのよぉ!」
 が、妖精はとりつくしまもなく泣き続ける。流した涙の量は、その身体の体積より多いのではなかろうか。よくも身体の水分が尽きてしまわないものだ。
「ほら、人間っつーのは生まれつき、『何か』に生まれるもんじゃない、自分で探して『何か』になるもんさ」
 そう思って、失われた過去を背負って、少しでも自分らしい未来を探して、生きて行くしかないのだろう、実際は。
 オーマは頭をかきながら再び妖精に声をかける。
「あたし、人間じゃないもんっ!」
 妖精は相変わらずオーマの言葉に耳を傾ける気はないらしい。が、聞いているのは一応聞いているようだ。すぐに屁理屈が返ってくる。
「いや、まぁ、それは何つーかアレだ、言葉のあやっつーかな」
 それを言えば俺も人間じゃねーんだがな、と呟きながらオーマは肩をすくめた。
「友達もいない、知り合いもいない、こんな世界であたしはっ……」
 妖精の方はさらにヒートアップしてきたようだが。
「ん? 知り合いならいるだろ?」
 オーマのその言葉に一瞬顔を上げる。
「ほら、ここに腹黒イロモノマッチョ親父、オーマ・シュヴァルツがよ。家は聖都エルザード、天使の広場、オーマ・シュヴァルツ総合病院。来客は桃色マッチョ親父愛で激烈歓迎、来るもの拒まず、いつでも来れ、だ」
 びしり、と親指で自分の大胸筋を指差したオーマを、妖精は一瞬ぽかんと見上げた。そして。
「……うわあああああん!」
 前よりもさらに大きな声で泣き始める。
「何だ、何だ、あとは何がいるんだ? そっか、名前か。よしよし、桃色プリプリ女王様フェアリー、なんてのはどうだ?」
「イヤ、イヤ、そんなのイヤ、絶対にイヤぁっ!」
 きぃん、と頭の割れそうな声で叫ぶと、妖精は自信満々で仁王立ちしているオーマを残し、一目散にどこかへと飛んで行ってしまった。
「うーん、気に入らなかったか……。イイ名前だと思ったんだがな……」
 残されたオーマは、腕組みをして軽く首をひねった。
「……ま、あの元気があればいくらでも生きてけるだろ」
 そう呟き、小さく溜息をつく。
 ここで何があったのかはわからない。ひょっとすれば禁忌に触れるような研究が行われていたのかもしれない。けれど、微妙な後味の悪さと共に、今回はゼノビアが、そしてウォズが関わっていなかったことへのわずかな安堵を噛み締める自分もいる。
「さてと、帰るかな」
 この世界で見つけた、自分の居場所に。
 オーマは小さくひとりごちて、この居心地の悪い遺跡を後にした。

 なお、それ以降、天使の広場のオーマ・シュヴァルツ総合病院の前では、時折、中を伺うようにふわふわと宙を舞っている妖精の姿が見られるようになったとか。

<了>