<東京怪談ノベル(シングル)>


螺旋の刻印

埃混じりの往来。
そこを歩く。
 堂々とした、その大柄の男が大股でベルファ通りを行けば、自然と人々の視線が吸い寄せられてゆく。
 その容貌は決して若くはない。
 外見と以上に実年齢は、更に年齢を重ねている事実などもあったが……そういうもの全てを差し引いても、とにかく件の男は独特の空気を纏っていた。
 その存在は何処か異質であり、身丈は随分と高い。
 短く刈られた髪。
 異世界からこの地に立った者。
 それは遠い世界の名は……ゼノビアと言った。
 男が不意に立ち止まった。
 全くもって、罪な男だ。
 それと同時に周囲を歩いていた者たちが、一様にどきりとしたようにその動向を気にしているような振りを見せているというのに、どうにも本人はその自覚に欠けているらしい。
 ―そう、『ヴァンサー』オーマ・シュヴァルツは今日も、とにかくひたすらその存在感ゆえに、ひたすらに、そして究極に派手に目立つ男であった事だけは、どうにも否定し様が無い事実なのであった……。


 さあ、話を始めるとしようか。
 最初の事の始まりは、聖都の中にある昼日中の、アルマ通りの片隅で起きた。
「今夜は流星群が降るんだよっ! 」
 今夜は年に一度の特別な日だった。
 夜空に華やかな流星が流れる、この日は人々の気持ちも自然と浮き足立ってくる。
 特にこんな少年達にとっては、楽しみでならない日なのだ。
 そのせいだったかどうかは、この際置いておくとして、事実そこを走ってきた子供達が、突然、道の真ん中辺りで一人の大男にぶつかった。
「うわっ! 」
 子供達が全く前を見ずに駆けて来たのが原因だったりもした訳だが、とにかくひっくりかえったような前述の幼い子供達に、オーマが振り返った。
「あーん? 何だ? 」
 一応、ここはオーマ自身の名誉の為にも断っておくべきであろうが、無論、この時に発した声に悪意などは無いし、オーマ自身には何の自覚も無い。
 そう、無い筈だった……張本人が後に語った見解としては。
 どちらにしても、本人に『その気』はまるで無かったが、だが、子供にとって大人というものは通常でも、実際の身丈以上に大きく見える存在だ。
 それがこのオーマのような大男であったなら尚更、なのだ。
 ちなみに今日のオーマは、昨晩かつぎこまれた急病人の患者に付きっきりだった事もあって、徹夜あけの状態で一睡もしていなかった。
 医療に携わる、医者の稼業も決して楽では無いのだ。
 問題の患者の治療は事のほか上手くいったし、そういう結果を導き出せた現在にも充分満足していたが、だからと言ってそれでオーマ本人の体調が万全に回復する訳ではない。
 それとこれとは最初から全くの別問題だ。
 決して感情的に不機嫌では無いにしろ、体調が万全ではない上に、このところの仕事の忙しさから多少やつれてもいた。
 それが附加効果として加わったが故に、更にまずい事になったとも言えるだろう。
 そんな巨大な樹木のごとくに背が高い、低い声色の男が振り返った時、子供達が一様にすくみあがったのも無理の無い事と言えるのかもしれない。
「うわっ! 」
 少年になりかかった子供達が、自分に怖がって逃げていく様を、オーマは脱力しながら見送った。
「はぁ? だから何でそうなる? とっ捕まえてって……あ、あいつら逃げ足はぇー」
 オーマは心底げんなりしたように、力なく呟いた。


「確かに顔色が悪いのは間違いないってコト……かよ? 」
 オーマは『腹黒同盟本拠地』こと、ヴァンサーソサエティ聖都公認ソーン支部に戻り、そこの一室で鏡に映した自分の姿を前にして、まじまじと改めて自分の姿を見た。
 なるほど、見れば見るほど、鏡の中には悲惨なまでにやつれた男が映っている。
 このところの激務の日々を過ごした時間の末のような結果が、確かに疲労感が表情の中に深く深く滲んでいる。
 眼性疲労もまた、顕著だ。
 目つきがどうにもきつくなりかかっていたし、正直言って、目の奥が痛いし、何だか肩が凝っていた。
 よく見ると、白目が血走りかけているではないか。
 どうりで視界が霞むわけだと、内心オーマは納得しそうになっていた。
 ここ最近に何となく感じていた事の殆どどれもに対して、見事に反論の余地が無い程、辻褄が合っていた。
 自分を顧みるような余裕すら無かったのだから、改めてこうして鏡を前にしてみると真実を突き付けられるような感覚すらした。
 今夜の流星群で昼間から気もそぞろな聖都の者達とは、言わば対極を成すような顔。
 それもこれも、大方の原因は、この極限に近くなったような疲労感と睡眠不足のせいだ。
 実年齢はどうあれ、外見だけはいい親父の年に足を突っ込んでいるのがいけないのか、だが、この男、実年齢はその比ではない。更に永劫に近い時を生きてきた。
 もしもそれならばと、今の自分より、青年姿の方がまだマシだったのかと、ふと仮定してみる。
 若い姿と今の姿、一体どうなんだろう。
「だからって……どっちも大して変わりゃしねぇわな」
 独りでにそう呟くようにしてから、もう一度鏡の方を見た。
 そして今度は、無理矢理に明らかに作り物と分かる程の、露骨なまでの満面の笑みで自分を鏡に映してみた。
 これならどうだ、と言わんばかりに。
 但し、目を三日月のように細めすぎて、余り良い結果に繋がったとは言えなかった。
「自分が見えねぇ……」
 これはとてもとても駄目だと、今度は、自分の目は見開いたままで、にっかり白い歯を出してがっちりした笑顔を作る。
 ついでに腕をまくりあげて、その逞しい隆々とした筋肉も映してみる。
 全体としてオーマらしいと言えば、一番オーマらしい表情になった。
 これはなかなかいいのであった。
「おっと、なかなか……」
 当の本人、オーマ自身も多少以上にご満悦の様子だ。
 だが、疲労感は相変わらずのままで、頬がこけかけていたので、彫りの深い顔立ちがこういう場合は得てして、かえって仇ともなるものである。
 要は顔が怖い。
 時と場合にもよるが、ごく普通にしていても、不機嫌そうにも見られたりもする。
 だから余計にそういう顔を崩して、更に変な顔を作った。
 あえてわざわざ自分を崩すのだ。
 全部が叶わなくとも、それでも何かは変わるような気がした。
 まるで道化のような真似だと指摘されるかもしれないが、たまにどうしてもやってみたくなる。
 だが、その内に、そういう自分の一人遊びのような姿を誰かに見られていやしないかと、無意識に背後を振り返っていた。
 さっきまでと違い、どういう心境ゆえか、急に妙な不安感にかられたせいだった。
 そうして、はたと我に返ったようにして気が付く。
 一体自分は何をやっているのか、と。
 その上、自分の上にふってわいてくるような、勝手な想像は笑えないようなものばかりだった。
 例えば……想像の域を到底出ない話であるが、もしも、至上の愛を傾け続ける、自分にとっては気高いお姫様のごとき、たった一人の血を分けたあの愛娘が、現在の自分の姿を、背後のいずこから実に無感情な眼差しで、無言のまま見つめていたらどうだろうか。
 非常に勝手な憶測だが、当の本人ならそれをやりかねないだけに、それがもしも現実となったりしたら、このオーマにとっては奈落の淵に叩き落とされる断罪を、そのまま甘んじて受けるに等しい。
 これは全部冤罪なんだぜ、違うんだ、などと絶叫混じりに叫びながら、闇へ堕ちてゆく自分を想像して心底ぞっとする。
 要はそれに近いものがあるのだという事だ。
 下手すると、娘に一生口をきいてもらえなくなるかもしれない可能性さえある。
 てっとり早く言えば、更に嫌われてどうするという話になってしまうだろう。
 オーマはその究極に近い可能性に気が付き、真剣に青くなった。
 要するに、いかに最強具現能力者ヴァンサーであっても、この男、愛娘の前にあっては、要は単なる脆弱な男に変貌するだけしかない、しがないただの甘々な親父なのであった。
「や……やべぇ。俺は、何やってんだ」
 ここまでやっておいて、結果論にようやく辿り着いて、うろたえる辺りが実に痛快な男だが、とにかくオーマは多分背徳の産物でしかないような存在であった筈の『自分鏡一人遊び』を自主規制する事を心に決めた。
 ……いや、そうしなければならない。
 今、確かに脳裏によぎった最悪に不吉な予感を全て拭い去る為にも、必要な事だ。
 その時、再度鏡に向き直ってた際に、自らの身体のある部分が不意に目に入った。
 『それ』は、このオーマにとっては、過去の時の中で彫られた刻印でもある。
 同時に、自らが見てきた世界と、それが現実にある部分では存在しているという事に対する証だ。
 背負ってきたもの、この目に映ったものが、そのまま置き換わったとも言えたモノ。
 オーマの左胸のタトゥ。
 それがある事が、今のオーマにとって、自分が他の何者でも無い、確かな自分という人格である事を証明している。
 自分の中の記憶はどういうものであったとしても、それが揺るぎ無い真実そのものであり、又、それを全て歪ませてしまえるのも、他ならぬ自分自身なのだという事を、その印は無言の内に示すかのようにそこにあった。
 ただ、それは一見しただけでは、ひどく特異な印だ。
 何処か無機的にも見え、同時に特殊な少数民族の結んだ古の結界の礎ともなりうるような、渦を巻いた、特徴的な痣のような跡。
 それが異世界ゼノビアの、ウォズに食われし世界と化した中に存在する、人口浮遊大陸【ゼノスフィア】から全ての盾とも成り、悠久の時の中で築かれた国際防衛特務機関【ヴァンサーソサエティ】に属する、ヴァンサーの証だった。
 全てのヴァンサーが正式にソサエティに認められ拝命を受けた時、初めてこのタトゥを授けられ、そんな彼等の中に共通して在るモノは、とてつもない可能性と脅威を秘めた、『具現能力』に他ならない。
 思えば、その証である筈の具現能力は、何処か諸刃の剣のようにも思える代物だった。
 与えられた能力者達に全てを委ねられていながらにして、簡単に世界の全てを崩壊に導いてしまえる、そんな可能性すら秘めているようにも見えた。
 そう、今から八千年前に現実のものとなってしまった、あの【ロストソイル】のように。
 海、大地、空、そこに在った全てのもの終焉を迎えた時から始まり、そこから様々な要因が螺旋のごとくに噛み合わさった事で生まれたであろう、この稀有なる力。
 そこに存在する力の源は、人の意志や感情、想いによって形成されているとさえ言われる。
 彼等の封じるべきウォズにも共通するその根本に在り続けるその真理は、同時に無力で力無い人々の中に在る感情そのものを締め付けさせた。
 行き場の無い感情を知りながら、滅びの上に更に与えられたモノであるが故に。
 彼等が選択する未来は、常に大気や世界そのものの未来へと直結し続ける。
 要はそういう事だ。
 実際、危うさは常に消える事が無い。
 だが、そんなヴァンサー達にとっても、変革の兆しも確かに存在する。
 彼等の前にある未来は言わば単に過去の歴史をなぞるようにして、単に同じだけの事が『繰り返される』ような、命あるモノ全てにとっての、滅亡や破滅、消滅……滅びを象徴するようなそういった言葉ではないのかもしれない。
 部屋の中にある、数本飾られたルベリアの花を見ても明らかだ。
 偏光色に輝いた、ゼノビアで生まれた艶やかな花。
 この花もロストソイル以降は希少と言われてきた。
 永い間に種の滅びを危惧されていながら、だが、今のこの状況はどうだろう。
 偶然から生じた結果だったとはいえ、オーマ達来訪の際にルベリアの種がソーンにも運ばれた結果、沢山の数え切れぬ程の種子が花弁を開かせた……こんな風に。
 ここにあるのはほんの一部だけだが、風土も気候も違えども、この花はそれでも確かに生きているではないか。
 具現能力と人の想い。
 それを見えない天秤のようにして、危なげない世界で人の想いそのものを守ろうとするヴァンサー達。
 そんなモノを背負い、熾烈な戦闘行為に身を投じる者間達に証として刻まれるタトゥが、無論、複製や紛い物である事は絶対に有り得ないし、唯一無二の刻印であると考えるのはごく普通の論理だっただろう。
 それにヴァンサー達が直接『視る』世界を投影するようにして、タトゥにはそこに明確な意志が宿っているようにも感じられる。
 今、オーマが、自らに与えられたその印をじっと見つめていた。
 ―思えば、俺の前にあったコトは全部に繋がってんのかもしれねぇわな。ルベリアの花だけに限った事じゃなく、てめぇの周囲を取り囲むモノは、全てが繋がりを保ってそこにあったってコトかもな。
 オーマは不意にそんな事を思った。
 自分の中に残った記憶が後の世界で深い意味を持った事を、今ならば充分理解出来る。
 結果は気が付いた時、既にそこにあったのだ、と。
 その過去を自分がまだ生きていた時は、それから未来で生まれる結果など、何ひとつ想像出来なかった。
 そうして何も分からないなりに生き続けてきた結果、その時間の中で刻まれ、様々な絡み合った現実の上の末に生まれた感情が不意に蘇る。
 その事を、オーマはこれまでも常日頃から感じていた。
 蘇ってくるモノの多くは、誰にも漏らさず、そして仮に誰かに気が付かれた疲れのせいと、表面上は適当な言葉で偽ってきた。
 だが、本当は自分自身には到底、偽り切れぬ部分だった。
「……」
 不意に呟きかけた言葉が喉元まで出かかったが、自ら押さえた。
 口にしかかったのは、ある一人の女の名だった。
 その名前は忘れ難き感情そのもの。
 蘇るのは、異世界ゼノビアだ。
 あの世界では、思えば、具現は全ての存在と法則理念概念が、このソーンとは余りにもかけ離れ過ぎていた。
 その点に関してだけ言うのなら、現在のソーンでの概念の一切が通じない部分も数多い。
 オーマがその力を揮えば、ウォズを屠る事と引き換えのようにして、禁忌に等しい代償を己と全ての在りしモノに及ぼしていた事実も確かにあった。
 これは当然の負荷であったとは言え、当然の事ながら軽視してそのまま放置しておける事ではない。
 あえて、最初から制限を設けたり、何らかの措置を講じなければならないという、並々ならぬ事情があったのだ。
 ―そう、その為だったな……。
 永い時の中で、人はより学び、より人間を生かす為の術が、そこからは見出された。
 その結果、具現発動時に己と在りしモノが消滅しない為の、封印的な力を有した具現と呼応同調する事が出来る、ヴァンサー専用戦闘服【ヴァレル】が生み出された。
 だが、ヴァレルを着用しない状態での発動させるヴァンサー達による具現は、着用時と比較すれば、最初から比べるべくも無いような弱小なモノでしか無い。
 殆ど全ては抑制されてしまうが、反面、実際にヴァレルの無い具現は、禁忌の領域に踏み込むような真似にも匹敵する行為に等しい。
 必要に迫られて生み出されたヴァレルは、ゼノビア時代には通常はもっぱら、具現発動時にタトゥを媒介として具現召喚時に着用する目的の為に使われていた。
 ヴァレルがまだ生み出されて間も無い頃には、画一的な規格のようなものも存在せず、パターンそのものも少なかった為に、制服と言った趣の方が強かった。
 その為、当時、他のヴァンサー達が皆、揃ってそうしたように、オーマも戦闘時のみヴァレル姿だったが……だが、現在のオーマは違う。
 このソーンでは、世界そのものへの具現の力の侵食が余りに強すぎた為に、常にヴァレル姿となっていった。
 必然と成り行きの事ではあったが、オーマはソーンへやってきてからは、常にこのヴァレルと共に在った。
 ヴァレルがある程度の損傷等は自動修復可能だった為に、オーマ自身も管理する事が可能で着用を続けていたとしても劣化する事は殆ど無い事も要因のひとつと言えただろう。
 そのヴァレルはヴァンサーと異なる者達、精神感応型具現能力者【ヴァレルマイスター】の具現能力によってのみ、繰り返し紡ぎ、生み出されるのが常だった。
 特殊能力者によってしか、不可能な技。
 それは要するに、当然のようにこのオーマにも自らのヴァレルを作製した者がいるという事を、暗に指し示していた。
 それが姉弟の契りを交わした、ヴァレルマイスターの中でも最高峰の名を受け継ぎし者。
 ヴァレルは具現発動時に、このオーマの刻印とも言えるタトゥを媒介として具現召喚着用出来る代物だった。
 ―彼の人物と、このタトゥとは言わば魂そのものが共鳴関係にあったのだから……。
 あれから自分は永い時を生きてきた。
 どういう形で外見に変化をきたそうとも、自分個人は変わってはいない。
 オーマはそう思ってきた。
 その結果過ごし、たった今この瞬間まで繋がってきた、ゼノビア、ソーン共に繋がり続けた共通の時が告げているような気がする。
 ―お前が目にしたモノを……その全てを憶えているがいい。
 忘れなければいいのだ。
 その姉であった者を甦らす為に、記憶の中の自分は禁忌たる命の具現・死者蘇生行使を選んでいた事。
 許されざる事は承知の上での、極限の選択だった。
 命の具現は死者蘇生によって、目的の対象を己の眷属とさせる理が有った故に、そうして、同時に行使した者自身である自分は咎を受け、結果、異端となった。
 そして、今のオーマにはこのヴァレルが残った。
 そう、ヴァレルとは常にオーマが身に纏う、柔らかな鎧にも似た存在。
 赤を基調とし、様々な色彩のそれが丁寧に複雑に紡がれた糸によって創られたそれは、創造主自身の、一部とも言うべき、力がそのまま与えられていた。
 具現とは命を、能力者達のその生命を削り取るようにして絡まったモノ。
 ヴァレルも当然例外では無い。
 ゆったりとしたこの布目に、袖を通した最初の日の事は、今も忘れる事が出来ない。
 オーマにとっては、ヴァンサーとして成った日、そしてそれまでに費やした時間は、最初からおそらく終わりまで何もかもが表裏一体なのだ。
 人の身体が引き裂かれ、肉を引きずるような凄惨な光景と、今の現実の世界は、その狭間にあるだけの事であって、それはまるで背中合わせのようにして、その両方がオーマの中にはある。
 どちらかが欠けて無くなるという事には、この先でもきっとなりはしないだろう。
「……」
 オーマはほろ苦い表情で、再び自身のタトゥを見た。
 断罪、過去。背徳……そして決して、どうあっても自分の中にある譲れないモノ。
 こんな感情は誰も知らない。
 けれど確かに自分はここで生きている。
 そして、おそらくこれから先もずっと生きるだろう。
 その時、オーマは今夜の流星群の事を不意に思い出していた。
 そういう、ごく些細な事が、自分をまた元の現実へと引き戻してくれる。
 過去の光景は過去のモノだと。
 微かな安堵を覚える。
 ―ああ、俺はまだ狂っちゃいねぇ。なぁ……そうだろう?
 オーマは独り、鏡の中の自分にただそう訊いた。

                           FIN


【ライター通信】
こんにちは、桔京双葉です。
それからお久しぶりです。
暫くライター活動を休止しておりましたが、一年以上経過していながら、また忘れずにお声を掛けて下さった上、私個人としての書く文章の中にある『要素』を強く重視して下さった上で、殆どお任せして頂けるような、素敵な御依頼を頂きまして、大変嬉しかったです。
実は、今回、設定をじっくり拝見させて頂いてから、そこから何時も通りに私なりの感覚を更に何らかの部分で一味加えた上で(笑……すみません何時も何時も)取り掛からせて頂こうと心に決めていたのですが、書かせて頂きたくて仕方ない気持ちになってしまう要素が、当初の予想以上に、とにかく本当に沢山ありまして、改めて、ヴァンサー達を取り巻く世界観や人々、そう言った中に共通する『深い想い』に魅せられました。世界観がほぼ完全な形で形成されているので、何時もとても楽しく書かせて頂く事が出来、本当に心からお礼を言わせて頂きたい思いです。
本当に本当に有難うございました。