<東京怪談ノベル(シングル)>


++   機械仕掛け   ++


 カツ……


 何も在りはしない――虚無の空間。


 カツン………


 響く音は重く、反響してゆく。




 反発する音と音の狭間に


 ちらと迸る閃光が垣間見え


 その瞳の中には滲んだ血の色が見えた。


『――――――』


 何か――常人にはよく聞き取ることのできぬ言語


『―――』


 小さく呟かれた言葉と言葉の羅列する合間にも


 微かなる粒子の軌跡が描かれ――不意にそれは「現れた」。






〔侵入者ノ報告有リ  第八区分  五区共ニ NO.ALS2675 エラー発生〕


〔自動修復開始〕


〔エラー発生〕


〔非常システムヲ稼動シマス〕


〔エラー発生〕


〔エラー対応システムガ稼動シマス〕


〔エラー発生〕


〔エラー発生〕



〔エラーニヨッテ深刻ナ障害ガ引キ起コサレマシタ〕


〔制御不能〕


〔第七区分  NO.HTS6792  動作シマセン〕


〔繰リ返シマス   制御不能〕


〔制御不能〕






 ガガッ………

 ピ―――…………






 非常事態を告げる警報装置が打ち鳴らす音
 それが辺り中に響き――男はクッと口唇をいびつに歪めた。


「……こんな物」


 小さく呟かれた言葉は、先ほど口から洩れ出た言葉とは違う。


「全て……壊れてしまえばいい」


 鮮明に聞き取り、理解する事が可能な言語。
 男は自嘲的な笑みとも取れるような妙な微笑を口元に湛えると、力を溜め込んだ手を思い切り「壁と化している」金属の塊に叩きつけた――
 何かが千切れ、ショートするような音が壁の向こう側で次々と連鎖反応を起こして響き渡る。


 カツ……


 カツン………


 男の足音は響き、消滅音は次々と連なってゆく。
 男は次第に楽しそうに笑い始めると、狂気の滲んだ瞳で辺りをぐるりと見回した。
 手当たり次第に力を轟かせ、破壊を繰り返す――
 男の具現の波動は恐れを知らぬ。
 ヴァンサーソサエティ建造物に侵入を果たした彼は、自身の好奇心の赴くままに具現による破壊を繰り返した。

「もう……その辺にしておいたらどうだ?」

 背後から迫る青年の言葉に、男は少し首を捻り、視線だけを彼の方へと向けた。

「………ヴァンサーか」
「そういうお前こそ――その【ヴァラフィス】……ヴァンサーとは違うって言うのか?」
「俺が? ヴァンサー? ははっ……!! 面白いじゃないか、その冗談」
「……違ったか? じゃあおまえは只の「侵入者」……そういう事か?」

 その言葉に、男は再び笑い出す。

「構わないさ。俺には何もない。失うものなど……何も在りはしない」
「あぁ、お前……戦争で家族でも失った口か?」
「………滅びればいい!! 今更組織など――必要ないッ」
「――――それは、違う……」

 男の深い憎しみを孕んだ瞳に、一縷の炎にも似た火花が飛び散った。
 あの時、確かに動揺が走った。
 自身の心に。




 今でも時折思い出す。

 過去に知る。

 知らしめされる 自身の精神の未熟さを。




 機械仕掛けの天蓋をするりと滑らかに光が滑り落ち、足下を照らし出す。

「では――次、前へ出なさい」

 事務的に処理される「大勢の中の一人」――自分に向けられた酷く冷ややかで無機質な声。
 口の端を引き上げ、自信満々――といった様子でその男は相手の言う通りに前へと進み出た。

 足元の金属でできた円形の板は、彼がその上で足を止めると同時に浮かび上がり、機関の長の目の前へと運んでゆく――分厚いシールドの向こうでは老いた男性が数名の共を傍らに置き、微々にも動かずにじっと銀髪の青年を見据えている。
 その男性から区切られ、左右に広がる部屋――それらはオーマの周囲をぐるりと取り囲んでいる。青年は見回さずとも、そこから多く異端の視線を感じていた。
 彼は老齢の男性に向かい、故意に口の端を引き上げて見せる。
 お世辞にも広いとは言えないような足場。目の前にはシールド越しに数名の異端と、後は周囲に広がる完璧なまでの無機物。
 金属が視界を埋め尽くし、視界に留まる数々の機器よりもそこには満ちに満ちた具現の匂いが立ち込めている。

 目の前の老齢の男性がすっと片手をあげる――それが合図だった。
 再び青年の立つ、金属の壁に囲まれた巨大な部屋に、無機質な声が木霊した。

「己が力を知らしめよ」

「……偉そうに」

 青年は鼻で笑い飛ばすようにそう呟くと、気を取り直したように肩をすくめて見せた。

「まぁ……そう来ると思ってたぜ? てめぇらそこで指咥えて眺めてろよ――腰が抜けるくれぇに凄ぇモンを見せてやるぜ!!」


 そう言った端から、彼の口元から見も知らぬ意味不明な言語が紡ぎ出され、散り散りに空中を彷徨う粒子が軌跡を描き、彼の周囲に漂う映像をじりじりと具現化してゆく。

「ほう……」

 シールド越しの、老齢の男性の口から感嘆したような声が漏れ出す。

 目の前の青年の周囲に、ふわりと珠が浮かび上がった。
 三つの珠が、つかず離れず――決して交わらぬ位置を保ちながらも、くるり くるりと男の周囲を回転する。
 ぴりぴりと、空気が振動する事によってその波動が次々に伝えられてゆく――強い、具現の薫り。


『――――』


 続け様に放った言霊は、その空間を引き裂いた――激しい閃光が炸裂し、周囲の者は目も眩み――次に目を開いた瞬間には既に、その姿はそこに在った。


「上等な【ヴァラフィス】だ」


 青年の纏う【ヴァラフィス】を観て止めた老齢の男性の口から、その言葉が呟かれる。


「彼の……名は」


「――データによりますと「オーマ・シュヴァルツ」記録から、先の異端殲滅戦争では「大した活躍」をした男のようですね」


「オーマ・シュヴァアルツ………麒麟児か」


 男の口元に自ずと微笑が浮かぶ。
 周囲からはざわりとざわつく音が響き渡る――

「この男は如何致しましょう。オーマ・シュヴァルツともなりますと……危険な賭けとなるやも知れませんが?」
「しかし条件はクリアしているだろう」
「……しかし…危険では? 私は反対です。過ぎた力は後に災いとなるやも知れません。彼はましてや「あの男」です」
「好戦的性質と、豪胆さに見合った強い力――か。……私は賛成だがね? どうです、ヴァンサーソサエティマスター」

 取巻き達の投げかけた問いに、老齢の男性はこくりと頷いた。


「【ヴァラフィス】はヴァンサー就任時に具現体得が義務と成る。――――合格だ」


 【ヴァラフィス】――それは言霊と同様の力によるもの。
 その力により、異端は『具現封印』、『具現能力解除発動』を行う。
 様々な具現行使を行い、「技」の威力を高めると同時に、【ヴァレル】と同様に代償から全てを護る役目を成していた。
 用いる言葉は「具現言語」。己が内の具現を「言葉」に具現変換した物である。――故に其れは能力者のみにしか紡げず、理解する事もどのような意味を持つのかすらをも知る事は出来ない。
 【ヴァラフィス】は己が内の具現や代償と同時にゼノビアに満ち侵食し続ける「具現」に反応して初めて力を発揮した。
 だからこそ、その「維持」にはそれ相応の「力」を要する。故に――【ヴァレル】が生まれた。

 その体得がヴァンサー就任時に義務とされている。
 基礎中の基礎でありながら、高度な技術を要する事もまた事実。




 若さゆえの慢心。


 友や記憶を失った その心の内に


 戸惑いと、ある種の思いは芽生えた。


 けれど 完璧にそれを止める為の手立ては まだまだ用意されては居なかった。


 言わば発展途上。


 進化を遂げる間に間に 学ぶべき事は増えていく。


 それらを学ぶからこそ――人は、生まれ変わる。


 少しずつ 少しずつ


 ゆっくりと――――





「異端で何が悪い……?」

「何所がいけなかったというんだ……?」

 侵入者はぼそぼそと呟くようにそう言った。
 それ自体が向かい合うオーマに向けられたものであるとは到底言い難い――しかし、男はその手から迸る具現の力によって、破壊行為を繰り返してゆく。





〔第八区分ニ  重度ノ障害ガ起コッタ可能性ガ有リマス〕


〔制御不能〕


〔手動ニヨル緊急ノ対処ヲ要シマス〕


〔繰リ返シマス  制御不能〕


〔制御不能〕






「今は違う

 夢見ていた あの頃とは

 希望に満ちていた あの頃とは

 今はもう 違う

 現実がどうなのかは

 もうとうの昔に知っている」


 侵入者は囁くようにそう言った。

「……頃合いだな」

 侵入者は続けて小さな声でそう呟く。
 唇からは自ずと全てを卑下したかのような不敵な微笑が洩れた。

「何をする気だ……? おまえ……」

 オーマはそう言いながらも、男の様子に僅かに身構えた。

「別に――何も?」

 周囲には人が集まってきていた。
 ヴァンサーソサエティ所属のヴァンサー達。
 彼等は既に戦闘体勢に入り――オーマは微かな危機感を募らせた。
 未熟であろうとも、既にその想いは生まれている。
 助けてやりたい――例え、本人がそれを望まなくとも――生きてさえ、居てくれれば。

「お別れだ、そうだろう?」

 ちゃんと話を聞いてやりたい――そんな想いも、生まれなかった訳ではない。
 ただ、時間がなかった。
 周囲のヴァンサー達が同様の気持ちで居るかどうか。
 同じ――そんな事は到底言い切れるものではない。
 それだけは分かっていた。

「おい、お前……!!」

 その言葉を口にしようとした時には――彼は既に張り巡らされたシールドの向こうだった。

 途中で途切れたオーマの言葉に、彼はちらと視線を向けてふっと微笑んだ。

「…… ―――― ――」

 爆発音が鳴り響く。

 大地を揺るがし、耳を劈かんばかりに大気を振動させる 盛大な爆発。
 オーマは堪らず張り巡らされたシールドを両の拳で殴りつけた。
 侵入者の最後の言葉は彼の耳には届かなかった。
 ただ、口唇の動きから おぼろげながらその意味だけは何となく分かった。





『お前は――変えられるのか』


 哀しき定めを想って生き抜くくらいなら 自らは消滅を選ぶ。
 只、知って貰いたい。
 巨大化した組織には届かぬ言葉もある。
 きっと――だから、抵抗者は抗議する。
 お前達に命の重みが分かるというのなら――全てを失った自分達は、一体誰にこの憎しみをぶつければいい?
 戦争を仕掛けた人間に? それとも全てが終わり――今更組織を築いた異端達に?

 想いは伝わる。
 彼が必死に抗った軌跡と共に。
 青年の心に刻まれた。
 それでも――後に悲劇は生み出される。
 ほんの少しの未熟さと
 ほんの少しの戸惑いと
 不意に生まれ出でる――居た堪れぬ程の衝動に。






――――FIN.