<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


The BEST of …

〜1〜

 「…なんじゃこりゃ」
 とある日の昼下がり、縁側に竹の長椅子を持ち出し、カキ氷(シロップはブルーハワイ)を右手に、団扇を左手に涼んでいたオーマが、間の抜けた声を漏らした。
 右手と左手、両方に物を持っていてどうやってカキ氷を食しているかは、深く問わないように。
 ともかく、逞しいアニ筋を覆い切れない、涼しげと言っていいのか悪いのか微妙なラインの絣の甚平姿で寛いでいたオーマの顔面に、突如空から舞い降りてきたチラシがぺたっと張り付いたのだ。密着するそれの所為で暫し呼吸困難に陥ってジタバタしていたオーマだったが、幸運にもそのチラシは、重力に負けてはらりと地面に落ちる。ようやくと言った感じで息を付いたオーマが徐にそのチラシを覗き込むと、まず飛び込んできたのは何とも心惹かれるタイトルであった。

 【ソーンラブラブ胸キュンシリーズ☆番外編タッグアニキ第十弾★魅惑の背筋ビビリ愛ポルターガイストマッチョリズム☆伝説の聖筋界あの世とこの世のアニキ乱舞バトル筋大会★〜うなじに触れるは筋肉の囁き〜】

 「…って何じゃこりゃ」
 「素敵なタイトルでしょう?」
 そんな涼やかな声と共に、オーマのうなじに生温かい吐息が触れる。思わず、柄にも無くうわぁと叫んでオーマがその場を飛び退き、背後に向き直る。そこには、こんな暑い中でもパーフェクト・プリンセス・スマイルは崩さない、変わらぬ美しさを誇るエルファリア王女が佇んでいた。
 「な、なんでぇ、姫さんか…ったく、オトコの背後を襲ったうえ、項を吐息で擽るなんざ、上流階級の娘のする事じゃねぇぜ」
 「あら、天下の腹黒同盟総帥であるオーマ様は、わたくしなんぞに不覚を取られるような情けない御方でしたの?」
 にっこりと微笑む王女に、悪気は多分無い。それが分かるから、オーマもそれ以上は言い返す事はせず、ただ、「何の用だ」とだけ聞き返した。
 「ですから。そのチラシの事ですわ。なかなか的確且つエレガントなタイトルだと申し上げたのです」
 「…これ、姫さんが名付けたのか」
 オーマは小声でぼそぼそと尋ねると、如何にも嬉しそうにエルファリアがこくんと頷いた。自画自賛かよとの呟きは喉の奥に押し込め、ただ頷くだけに留める辺り、オーマの対応は大人だと言えよう。
 「ま、確かに心惹かれるタイトルではある…が、こりゃどう言う事だ?いつもの王室公認タッグマッチとは、ちぃと趣を異にするようだが?」
 「さすが、よくお分かりですわね」
 エルファリアが感じ入った様に深く何度も頷いた。宜しいかしら?と一言断り、王女はオーマの隣に腰を下ろす。シフォン生地の柔らかなシルエットのスカートが、ワンテンポ遅れてふわりと落ち着いた。
 「ソーンの郊外に、キンキンキラキラ広大な屋敷があるのをご存知かしら?」
 「いや、知らねぇ。つうか、キンキンキラキラ屋敷なんて悪趣味の極みだな」
 「まぁ、そう仰らずに。確かに悪趣味と言えば悪趣味なのですが、無駄に煌びやかな事さえ除けば、それはあと何十年だか何百年だかすれば確実に世界遺産にもなり得る程の、歴史もあり、造形も素晴らしさで、当主は王室の遠い遠い親戚筋にも当たる名家の、非の打ち所の無い完璧な屋敷ですの。とは言え、わたくしはまだその屋敷を見ておりませんし、当主とやらにも会った事はないのですが…」
 そこまで言うと、エルファリアはその細くたおやかな眉を悲しげに顰める。ピンク色の唇を可愛らしく尖らせ、内緒話をするようにオーマの方に顔を寄せ、声を潜めた。
 「その屋敷に、ここ数ヶ月の間に、妙な現象が起きているのです」
 「妙な現象?」
 単語を繰り返して聞き返すオーマに、王女はこくりと頷く。
 「最初は在り来たりの、良くあるポルターガイスト現象と言う奴ですわ。室内のダンベルが勝手に吹っ飛んだり、バーベルが真ん中からぐにゃりと曲がったり、アキレス腱が切れたり、上腕筋が捻れたり」
 「………。まぁいいや。それで?」
 「それだけなら、古い屋敷にありがちな怪談話ですわね、で済んでしまうところです。わざわざ、わたくしがでしゃばる必要もございませんわ。ですが、そうも言ってられない事情が生じました」
 エルファリアは表情を引き締め、背筋をピンと伸ばす。釣られてオーマも、姿勢を正して王女の方を見た。
 「余りに頻繁に起こる心霊現象に、屋敷の者達が精神的に限界を訴えはじめまして。致し方なく、こちらから調査団を結成して向かわせましたの。そりゃもう、これ以上ないってぐらいに完璧な『その道』のプロフェッショナルばかりですわよ?霊媒師、陰陽師、退魔師、風水師、召喚師、針師、釘師、マッサージ師…」
 「は?ちょっと待…」
 「ですが、その調査団が…突如として連絡を絶ち、全員行方不明になったのです」
 王女の言葉に突っ込みを入れようとしていたオーマだったが、続くその言葉に思わず息を飲んだ。


 「実は、一週間ほど前から、その屋敷の者と連絡が取れなくなっていたのです。それで、事は慎重に運ぶ必要があると言う事で、調査団はベースキャンプを屋敷の庭に設置し、突入チームには無線機を持たせておりました。随時、連絡を取り合いながら調査を進めていたのですが…」
 その後の王女の話を要約すると、こうだ。
 ベースキャンプでは、突入チームから逐一報告を受け、それをレポートに纏めていた。最初は何ら問題はなかった。突入チームからは、屋敷内には人の気配がしないとの報告を受け、屋敷の住人達に何かしらのトラブルが降り掛かった事は確かである。その原因を探ると共に、生存者の確認を急がせたのだが、次にあった報告は意味不明であった。
 壁の あらゆる場所に 『マッスルラブ』 と 血で 殴り書き されている
 それが、突入チームの最後の報告となった。
 「どうやらそれは、王室調査団よりも先に調査に向かっていた者達が行方不明になった箇所に残されていたらしいのです。当主は、とりあえず王室に助けを求める前に、自前でその筋の者達を雇っていたらしくて」
 「が、手に負えなかったから王室に泣き付いた…って訳か。っつう事は、行方不明になった数ってのは、姫さんが把握してるよりもっと多いんじゃねぇのか?」
 「そう言う事になりますね。正確な数は残念ながら確認できておりません」
 エルファリアは下唇を噛み締めた。
 「これは由々しき問題です。単なる心霊現象なら、わたくしも特にどうと言う事はありません。しかし、これだけたくさんの人が行方不明になっているとなると、もう捨て置けません。…と言う訳で、このタッグマッチと相成る訳です」
 「ちょっと待て。話が繋がってんのか、それは!?」
 今度は間髪入れずにびしっと突っ込んだオーマだったが、にこにこ笑顔の王女の表情に、曇りは一片たりとも無い。
 「勿論ですわ。よろしいですか、オーマ様。わたくしが考えに考え抜いた精鋭達でさえ、あの魔の屋敷に捉われてしまいました。最早これは、こちらでいろいろ考えるより、各自主性に任せて有望株に探索して頂く方が寄り効率が良いとの判断です」
 「そりゃおまえ、ようするに、自分はお手上げだから他人に下駄を預けるって事だろうがよ」
 「そうとも言いますね」
 皮肉を込めて言ったつもりだったが、あっさり同意されてしまい、逆にオーマが脱力してしまった。
 「宜しいんですのよ、皮肉って下さっても。本当の事ですもの。ですが、人々を救いたい気持ちにも嘘偽りはありません。…オーマ様、貴方も参加してくださいませんか?」
 エルファリアの大きな瞳でじっと見詰められ、ぐらり心が揺らぐオーマ。が、王女のオネガイに付き合って得をした例はない。 ぶるぶるっと首を横に振り、オーマはわざとしかめっ面を作った。
 「うむ…手を貸してやりたいのは山々だがなぁ…何しろ俺は超・現実主義、霊だの何だのってハナシにはさっぱり縁が無いんでなぁ」
 「大丈夫ですわ。そう言った、霊感が皆無のにぶちんさんには、聖獣界ソーンの最先端技術を駆使して作られた、『ミルミルミエルくん』をお貸し致しますから」
 「…なんじゃ、そりゃ」
 怪訝な顔のオーマにとは裏腹に、得意げな表情の王女が懐から何かを取り出す。それは水中ゴーグルのような形をしており、レンズの部分は何やら不思議な七色を放つ半透明の薄い鉱物で出来ているようだ。
 「これをかければアーラ不思議、霊感の無い人でも霊体が見えるようになりますの」
 「………」
 試しにとミルミルミエルくんをかけたエルファリアが、埃を払うようにオーマの肩をぱたぱたと掌で叩く。
 「…どうした、姫さん」
 「お聞きにならない方が宜しいかと」
 にっこりと微笑む王女。薄らと青ざめる腹黒マッスル。
 「それに」
 ミルミルミエルくんを外しながら、王女がオーマの方を見る。優雅に微笑みつつ、言葉の続きを綴った。
 「優勝者への副賞ですが…何かご存知?」
 「知る訳ねぇだろうがよ」
 「今年は空梅雨でしたわね。農作物の出来も今ひとつらしいじゃありませんか」
 「そうなんだよなぁ。この調子だと青物の値段が高騰するぜ。ったく、家計を預かる身としては…」
 「副賞は、先一年分の青果買いたい放題券ですわ」
 そうエルファリアが言うが早いか、オーマは彼女の手からミルミルミエルくんとチラシを奪い取っていた。
 「俺に任せときな、姫さん。霊魂だろうが蓮根だろうが、俺の手に掛かりゃイチコロよ」
 ドンと威勢良く胸を叩くオーマを、エルファリアは頼もしげに見詰める。そう言えば、とまたにっこり微笑んだ。
 「…オーマ様、いつから王宮のベランダが、下町の夕涼みになったのかしら?」

 ………確かに見晴らしはいいかもしれないが。


〜2〜

 「……で、何で僕が…付き合わなきゃならない訳……?」
 いつも通りの淡々とした表情のサモンだが、言葉の端々に憮然とした調子が滲み出ている。見えない脂汗を額にかきつつ、オーマが懐から例のチラシを出した。
 「しょうがないだろ?ほれ、ここに書いてあるだろ?出場資格は『腹黒且つイロモノゴッド、心霊現象に耐え抜く強靭な心身共にメラマッチョな成人親父とスウィート&キューテなお子様(性別問わず)のペアに限る』ってさ」
 「…だったら別に僕じゃなくても…」
 如何にも詰まらなさそうにサモンがそっぽを向く。オーマが更に、チラシの一部を指差して説得を試みる。
 「それにな、ほらココ。副賞が『先一年分の青果買いたい放題券』なんだぜ?これは逃がせねぇだろ」
 「………」
 サモンはじっとその一文を見詰める。視線が左右に細かく移動しているところを見ると、その周辺に何か怪しい注意文の有無を確かめているらしい。そう、例えば『但し、王室直属の八百屋での使用に限る』とか(王室直属の八百屋なんぞ無い)『但し、消費期限六十日過ぎの青果に限る』とか(それ食べられないし)←と言うか、これは明らかな悪徳商法です。
 「…仕方ない、付き合うよ。…でも、出るからには…必ず優勝するから…もしオーマが役に立たないようなら…速攻見捨てていく…」
 「お、おう……」
 頷くオーマだが、この娘なら、例え役に立ってても、即座に見捨てられそうなイヤーな予感がした。

 例の筋筋キラキラ(変換間違いにあらず)屋敷の前には、タッグマッチ参加者がまさに群れていた。オーマ達と同じく、王室から支給されたミルミルミエルくんを所持している者あり、霊能力があるのか、何も持っていないものあり。勿論、どのペアも大人と子供のペアなのだが、中にはどう見てもスウィート&キューティには見えない、すっかりトウのたったお子様も居るのだが…。
 「…やっぱり、僕じゃなくても…」
 「まぁそう言うな。このメンツなら、どう見たって俺達が一番有利っぽいだろ?」
 こっそり耳打ちするオーマのこの言葉には、反抗期?のサモンもさすがに同意を示す。確かに、他の参加者達はどうにも冴えない様子である。この親父とペアを組む事は何だが家計が火の車なことはサモンも良く分かっている。しかも今年は不安定な気候故、青果が爆発的に高騰しそうな予感。例え賞金は逃がしても、副賞だけは誰にも譲れないのだ。

 「では受付した順に屋敷へと侵入して頂きます!参加者の皆様は二人一組になって一列にお並びください!」
 庭に設えられたベースキャンプから、王室が派遣した審判が声を張り上げる。受付番号一番は、我らがオーマ親子だ。ずらりと並んだ参加者の列を追い越し、胸を張って先頭に立つ。そこに居た係員が、神妙な面持ちで屋敷の扉を開けた。
 「では、どうぞ」
 「うっしゃ!行くぜ、サモン!」
 「………あいよ」
 気のない返事を返し、サモンは妙に元気な腹黒親父の後に続き、豪奢な屋敷の中へと入っていく。二人が完全に屋敷内に入った事が確認され、重厚な扉はゆっくりと閉められる、そしてオーマとサモンは完全に外界から遮断された。


〜3〜

 「…こりゃなんだ」
 呆然とした父親の声を頭の上で聞きつつ、サモンは何も言わなかったが内心ではその台詞に同感だった。
 エルファリアから事前に貰っていた、屋敷内の間取り図では、扉の正面にはまずは中二階への階段が真ん中から両サイドに、優雅な曲線を描いて伸びている、そんなエントランスホールだった筈だ。が、今、二人の目の間に広がっているのは、階段は勿論、その他の調度品も何もかも無い、まっ平らで四角い部屋が、どぱーんと広がっているだけだった。
 「…霊魂の…仕業…?…なんだろう、ここと異空間を繋げて…それで…」
 「ココにあったものを片っ端から移動させたのかもな」
 注意深く周囲を見渡しつつ、オーマが一歩足を踏み出す。床面は、元々そうだったのかどうかは分からないが、二メートル四方の正方形の黒白のタイルが互い違いに配置された、所謂市松模様に彩られている。オーマが足を踏み出した先は黒のタイルで、それを踏んだ途端。
 どこかで、カチッと音がした。
 「? …うわぁああぁ!!」
 「?」
 オーマの叫びに、サモンが隣を見ると、あのバカデカい父親の姿が無い。サモンの視線が左右に移動し、オーマに姿を捜していると。
 「おおいっ、ここだ!下、下!」
 声にサモンが視線を下に向けると、何故かそこには二メートル四方の穴がぽっかり開いており、その縁にオーマが片手でぶら下がっていたのだ。
 「…楽しい?……そんなところでぶら下がってて……」
 「楽しい訳ねぇだろうがよっ、…って言うか、何、踏んづけてんだよ!」
 サモンが平然とした顔で、縁に引っ掛かったオーマの手を靴の踵でげしげし踏んでいたのだ。

 「…ぁ〜、死ぬかと思ったぜ……」
 何とか這い上がり、一息つくオーマの顔を、「殺したって死なないじゃない」と言いたげな顔でサモンが見ていた。
 「…で、どうしていきなり穴に落ちてた訳?」
 「知るか。俺が一歩踏み出した途端、黒いタイルの部分が一気に消えやがった。あれは、トラップとかそんな類いのもんじゃねぇな。何かこう…特殊な力が働いたって言うか」
 「…霊の仕業かも。行方不明になった人達の何人かは、この穴に落ちてしまったのかも…」
 サモンはそう言うと、オーマが落ちた穴の隣の隣、つまり同じ黒いタイルを、注意深く足の先で踏んでみる。が、タイルはうんともすんとも言わない。
 「…あれ?黒いタイルが落とし穴じゃねぇのか……?」
 首を捻りつつ、オーマがサモンの方へと行こうとする。その足が、サモンが踏んだ黒タイルの隣、白タイルを踏んだ途端。
 カチッ。
 「うわぁぁあ!!」
 同じ轍を踏む親父。そしてそんな親父の手を、再び靴の踵で踏んづける娘。

 「…っきしょ…一体どう言う事だ……?」
 這い上がり、床で胡坐を掻いて肩を落とすオーマ、そんな親父はさておき、注意深く穴の周囲を見渡していたサモンが呟いた。
 「……『犬は猫か?』…」
 「はぁ?」
 胡坐を掻いたまま、オーマが振り返ると、サモンは立ったまま、最初にオーマが落ちたタイルの辺りの床を見ていた。
 「…ここ。よく見ると、黒と白一組で細い縁取りで囲まれている。…その縁取りに書いてあったのが…今の問い。…そして、黒の方にはYES、白の方にはNOって書いてある……」
 「…って事は何だ、俺は、犬は猫だ、と間違った答えを出したが為に穴に落とされそうになったって言う事か?」
 「…おそらく。…ひとつひとつの質問をクリアしていかないと…きっと、…辿り着けないように…なってる…」
 頷き、まるで予言のように告げるサモンに、オーマは口をへの字にした。
 「面倒臭ぇな、ったく。青果買い放題券が掛かってなきゃ、速攻回れ右したいところだぜ」
 「オーマはそうだろうね」
 さくっと返されたサモンの言葉に、微妙に敗北感を味わうオーマであった。


〜4〜

 それから二人は、床タイルに記された二択問題を、ひとつひとつクリアしながら、屋敷の奥へと進んでいった。問題は、文系理系の学問は勿論の事、法律、社会常識、挙句の果てには主婦の知恵的な問題まで渾然一体となっており、なかなか難易度の高いものばかりだった。時々は間違う事もあったが、それは大抵オーマの方であり、それでも、オーマの超人的な運動神経でもって落下だけは免れていた。
 「……まだあるのかよ」
 些かげんなりした様子のオーマを尻目に、サモンは変わらぬ足取りで先を行く。立ち止まり、身を屈めて床面の問いを読み上げた。
 「……『人と人との絆は大事にすべきだ』…?………」
 「は、なんじゃその問題は。んなの簡単…って、おいこら!」
 オーマが呼び止める間もなく、サモンは躊躇う事も無くNO側のタイルへと飛び乗る。力んで思わず拳を固めたオーマだったが、予想に反して、サモンの悲鳴は聞こえてこない。娘の二本の脚は、力強く黒いタイルを踏み締めていた。
 「…なんで??…って、おい、サモン!」
 オーマの声など聞こえぬかのよう、サモンが身軽に次々と問題をクリアしていく。
 『年上は敬うべきだ』  NO!
 『常に相手を思い遣る事は必要である』  NO!
 『父親は大事にしよう』   NO!
 「おい、こら!」
 オーマが叫ぶも、どうやらその質問もNOが正解らしい。ついに、サモンの前に残るタイルはひとつだけである。
 『この世で一番美しいものは筋肉である』
 サモンが、両足を揃えて勢いよく黒いタイルに飛び乗った。答えは、NOである。
 「そりゃないだろ、お前…」
 (そうだ、そうだ、そのとおりだ)
 溜息交じりに娘を諌めたオーマの声に、誰か、同意する声が重なった。驚き、オーマとサモンがそちらを見遣ると、正面の壁に、ひとりの筋肉が生えていた。
 …もとい。筋骨隆々な男が立っていたのだが、その下半身は壁の向こうに消えているから、上半身だけ壁から生えているように見えただけだ。男は、霊体のようだった。
 「…何か、異論がある、の……?」
 (大有りだ。その問いの直前まではなかなかイイ解答振りだったのに、最後の最後でそれか)
 筋肉の霊は、いや、男の霊は渋い顔でサモンを見た。
 「もしかして、この屋敷の怪異はてめぇの仕出かした事か」
 (ああ、まあな)
 「どうして、こんな…」
 「…どうせ、筋肉を巡って誰かとトラブルになったとか…人に裏切られたとか…その程度の事、…でしょ…」
 サモンが、淡々と言葉を告げる。霊魂は憮然として、死して尚逞しい腕を胸の前で組む。
 (そうさ、小娘の言うとおりだ。俺はあの時…)
 「……くだらない」
 霊魂の言葉を遮り、サモンが全てを一刀両断した。
 「…誰かに…何かに期待をするから…それが叶わなかった時に…相手を恨む…だったら、最初から…期待も何も掛けなければ…いいだけの事…」
 (………)
 「人との絆なんて…大切にしようと意識して敬うもの…じゃない…何も言わず何もしなくても…心がそう思えば…自ずと大事なものに変わるだけ……」
 「ま、誰かがお前を裏切ったとして、それはお前の人を見る目が無かったってだけの話だわな。だったら今度はもっと人を見る目を養うか、人なんぞ頼らずに自分で何でも叶えていく事だな」
 勿論、後者は本当は不可能に近い事を、オーマもサモンも知っている。人が、本当の意味でただ一人だけで生きて行く事は不可能だ、と。
 だが今は、これぐらい手厳しい右ストレートでも構わないのだ。何しろ相手は、とにかく打たれ強いトレーニングマニアの筋肉なのだから。
 (…ここまで来て、ひたすら俺を罵ったのはアンタらだけだな)
 まぁいいや。
 もう行くわ、と男の魂は己を縛り付けていた鎖を自ら外す。重力に干渉されない男の身体はふわりと宙に舞い上がり、そのまま蒸発するように消えてなくなってしまった。

 途端、それまでどこかに移送されていた全てのものが一気に復元した。勿論、拗ねた男の霊魂の所為でどこかに追い遣られていた人々も皆、である。一気に騒がしくなった屋敷内を見渡すオーマは、そんな人々の群れの向こうに、さっさと帰ろうとするサモンの後ろ姿を見つけた。
 「おおい、サモン!」
 「もう済んだ、から…帰る」
 副賞は貰っておいて。そう父親に命じ、娘は振り向きもしないでとっとと帰ってしまった。


〜5〜

 「わたくしも知らなかったのですが、あの屋敷の当主は筋トレ大好きの健康オタクだったそうですわ」
 「…だから、あの筋肉霊魂があの屋敷に居着いたのか」
 この間と同じく、王宮のベランダで我が物顔で寛いでいたオーマの元に、同じくパーフェクト・プリンセス・スマイルのエルファリア王女がやってきていた。
 「ともかく、一件落着だろ?」
 「ええ、あの後は、心霊現象も起こらず、当主はまた筋トレに励んでいるそうです。オーマ様とサモン様にはくれぐれもよろしくと言付かっておりますの」
 そう言って微笑む王女に、そうかそうかとオーマもご満悦だ。
 「で、ところで…」
 「副賞の事ですわね」
 先手を打ち、エルファリアがそう言うと懐から封筒に入った何かを取り出す。それを見たオーマの目が、見るからにキラキラと輝いた。
 「はい、どうぞ。ソーン内でしたら何処でも使える★新鮮な青果買い放題券☆期限は今日から一年後だゾ♪、ですわ」
 「おお、悪いな」
 オーマは、満面の笑みと共にそれを受け取る。笑顔笑顔で中身を確認しているオーマに、王女が話し掛けた。
 「オーマ様、肝心の賞金の方ですが…サモン様が、参加のお駄賃はそれでいいと仰って受け取られましたが、構いませんわよね?」
 「サモンが?…まぁ、いいさ。駄賃だなんて、可愛い事言うじゃねぇの。おっけーおっけー」
 お駄賃、と言う響きの印象そのままに、賞金は微々たるものだと思い込んだオーマ。片手に【先一年青果買い放題券】、逆の手には、そのまんま私物化した【ミルミルミエルくん】を持ったまま頷き、OKを出すオーマを、エルファリアは何か含んだ笑顔で見詰め返しているが、心ここにあらず、既に裏通りのマルハチ八百屋に跳んでしまっているオーマはさっぱり気付かなかった。

 『賞金だけで、青果一年分どころか、家族三人が一年楽に暮らせるのですが…まぁ、喜んでいらっしゃるのに水を差すのも無粋ですわね』
 それに、とエルファリアは心の中で付け足した。
 『賞金を受け取るのがサモン様と言うのは最初から決まっていた事…だって、この企画をわたくしに持ち込んできたのは、他ならぬサモン様ですもの』


 …知らぬが仏、とはまさにこの事だった。


おわり。


☆ライターより
 いつもありがとうございます!碧川桜です。
 連投は全然構いませんのでお気になさらず(^.^) 発注して頂けるだけで大喜びのへっぽこライターですので(笑)、ご贔屓にして頂けてとっても嬉しいです♪
 私にしては妙に長くなってしまいましたが、だらだらせずに読めて楽しんで頂ければ…と祈っております。
 ではでは、またお会いできる事をもお祈りしています!