<PCクエストノベル(5人)>
罪垢 〜落ちた空中都市〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談) 】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生(正式に非ず) 】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
黒の男
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――落ちた空中都市。
遠い過去には、強大な魔法の力で空に浮いていたのだが、事故によって今は水の底で眠りについている。
だが、今回はそこが舞台ではない。
これはあくまで噂なのだが、当時は他にも空中都市が存在し、そして今も尚その機能を失っていないものが空に在るという。
カモフラージュか、それともいつの間にかそう言う姿になったのか、下に雲を敷き詰めた姿で――だから、下から見上げたとしても誰にも気付かれる事が無かったのだと。
ただし、エルザードでは、その都市が存在すると言う上空高くに行ける者はほとんどいない。だから、只の噂だと――酔っ払いの与太話のように言われてきた。
不幸にも足を踏み入れてしまった者たちを除いては。
*****
この日も朝から嫌になるくらい良い天気だった。
そして、エルザードでも非常に珍しい建物の中で、腹黒病院と噂されている施設の、院長であり医者であるオーマ・シュヴァルツを筆頭とした5人が固まって動いていた。
オーマ:「…なあ。確かに俺様付き合うとは言ったけどよ。前が見えねえ状態になるなんて聞いてねえぞ」
賑やかな建物の中は、様々な店とそれを目当てにやって来た人々で溢れ返っている。
――エルザード総合デパート1号店。
過去の遺跡から発掘した様々な装置をふんだんに使用したこの巨大な建物は、ごく最近開店したばかりだった。そのデパートの開店セールと言うチラシに目を輝かせたのは、
シェラ:「情けないねえ。そのくらい心眼で見極めな」
オーマに文字通り山ほどの荷を持たせ、新たな商品へ目を走らせる事に余念の無いオーマの妻、シェラ・シュヴァルツと、
シキョウ:「あーーーーーーッ、おいしそうなパン発見〜〜〜〜〜っっ」
ゼン:「待てシキョウ、それは店頭ディスプレイ用のヤツだ、取るな喰うな齧るなッッッ」
店の名前を巨大なパンに乗せて焼き上げた看板に飛びついたシキョウ。そしてオーマに負けじと両手が塞がる程荷物を持たされているゼンが、慌てて止めようとして怒鳴る。
サモン:「………」
オーマ夫婦の娘であるサモンは、我関せずと言った態度で、何かを探しているのかゆっくりと周囲を見回していた。
シェラ:「ほらサモン、こんな色の口紅はどうだい?悪くない色だと思うんだけどねえ」
サモン:「……興味、無い…」
そう言いつつも、口紅を手に持たされてみると、その色にじっと魅入るサモン。
ゼン:「うん?珍しいな、あいつがあんなのに興味持つなんて。色気づきでもしたのか…なあオッサン――ってオッサン!?何殺気噴出してんだよ!」
オーマ:「お?――おお。大丈夫大丈夫。俺様平気、何でもねえよ」
荷物に阻まれて全く表情が見えないオーマの、まだ消えない殺気と言う名のオーラに、ゼンが首を傾げつつもまあいいか、と放置を決定。
シキョウ:「わー。これきれいだねーーーー。おっきいルベリアみたい〜〜〜〜〜〜〜」
食べ物以外にも、きらきらした宝石に興味を持ったらしいシキョウが水晶玉を手に取る。その透き通った中身を見通すようにじーっと視線を注いで、向こうが歪んで見える事が面白いとにこにこ笑いながら。
シェラ:「――ふう。あたしの方の買い物はとりあえずこんなものかね。後は日用品も欲しいところだけど…一旦休憩しようか」
オーマ:「おう、そりゃ、助かる」
大きな男が、それ以上に大きな荷物を抱えて、くぐもった声を出した。
ゼン:「そんなら上に行こうぜ上に。見晴らしのいい場所で食い物屋がいくつも店出してるってよ」
シキョウ:「食べ物屋さん!?行く、行こうーーーーーーーっっ、ほら、早く早く〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ」
今の今まで水晶玉に魅入っていたシキョウが、それをごろんと放り出して階段までダッシュする。
オーマ:「む、待て待てシキョウ。エレベータが開いたぞ」
このままの状態で階段を上ったら、万一転んだ時が怖い――自分の身体よりも、品物を落した時のシェラの反応を思うと自然にがたがたと身体が震えてくる。そんなオーマが、今来たばかりのエレベータの扉が開いたのを見て、慌ててシキョウを呼び戻した。
ちなみに。
オーマたち5人と、買い込んだ荷物だけでエレベータは満杯になってしまった事を付け加えておく。
オーマ:「ふー」
シェラ:「おや?どうしたんだい、こんな事で音を上げてもらっちゃ困るよ。食べて一休みしたら、またぐるっと回ってもらうんだからね」
オーマ:「…休憩を取れるだけ、ましか…」
ぼそりとそんな事を呟いて、もう一度溜息。その側では、結局シェラに勧められた淡い色の口紅を買ったサモンが、それを手に取ってためすがめつ見詰めている。
――それをなるべく見ないようにしながら、オーマは階数表示を睨み付けていた。
ゼン:「何でこんな狭い思いをしなきゃならねえんだか」
シキョウ:「おっひっるっ、おっひっるっ、おっひっるっごっはっんっっっ♪」
ゼン:「やかましい!」
ゼンの隣では、ゼンにぴたりと添うようにして、シキョウが上機嫌で歌を歌っている。
こうした、箱型の乗り物は久しぶりだった。嘗て住んでいた場所でも、こうしたモノはほとんど遺物のような扱いをされ、博物館に展示されていた筈だ。それがまさか、こちらの世界で復活するとは…と言っても、過去の遺物を使えるように設定しただけのようだったが。
――軽い重圧感と共に、ゆっくりと上に上がって行く。
上に上がったらどこで何を食べようか、そんな話をぽつぽつと続けながら表示階数が上のものへと変わって行くのを眺めていると、いつまでも上に上に上がって行くような錯覚に囚われかけてしまう。
そんな事はない。建物の中なのだから、とそんな思いを振り払って…。
――チン。
小さく金属を弾く音がし、扉がゆっくりと開いた。眩しい光が箱の中いっぱいに流れ込んで行く。
――――――眩しい?
ゼン:「…オッサン、ここどこだ」
呆然としたゼンの声も無理は無かった。
何故なら――目の前に広がるのは、真っ白い雲と一面の青空。
さっきまでいたデパートの、遥か上空だったからだ。
*****
一瞬呆然としたものの、慌てる者は誰一人としていない。その辺はこうしたハプニングに慣れているためだろうが、改めてエレベータを見回せば、
オーマ:「やられたな。こりゃ具現だ」
実に上手くその気配を絶たれていたために気付かなかった、具現波動を確認してオーマが溜息を付く。
シェラ:「困ったねえ。降りるだけなら問題無いんだけどさ」
サモン:「………あれ…」
確かにこの5人なら、特に問題も無く降りる事が出来るだろう。そして再び買い物に燃える事も可能だ。だが――。
シキョウ:「あーーーっ、そらとぶ島だーーーーーーーーーっっっ」
サモンがそれを最初に見つけ、そしてシキョウが言葉に出した。
ゼン:「あーあ、お迎えまで出てるよ。どうするよオッサン?」
オーマ:「行くしかねえだろうが、そんなもん。…つうか、どうする?おまえさんたちは戻ってもいいんだぞ」
シェラ:「おやぁ?オーマはあたしたちの実力が信用出来ないとでも?」
オーマ:「いやそういうわけじゃねえけどさ…」
今度はあからさまな、紛れもない具現波動を感じさせながら、近づいて来る――空中都市の姿。遠目に見えるのは、古びた建物らしきものや、どういう仕掛けかは分からないが雲を下に敷いて浮いているその姿。
噂に聞く、今もその機能を失っていない古の都市そのものが、そこにあった。
シキョウ:「くものうえ〜〜〜〜〜。きもちよさそう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、いこうよ、いこうよーーーーーーーっっ」
じたばたと直ぐにでも飛び乗って行きそうな姿勢のシキョウをゼンが押さえる。何しろ、近づいているとは言ってもまだかなり遠い位置にある都市なので、いくらシキョウが並外れた運動神経を持ち合わせているとは言っても飛び乗れる筈は無いのだ。
ゼン:「わかったわかった。――たく」
オーマ:「仕方ねえな。ちぃと待て」
オーマがふっと身体に力を込めかけて、ぐるりとエレベータ内を見渡す。そこにあるのは、山積みになった荷物の数々。
オーマは何を思ったか、開きっ放しの扉の向こう、只の空中に片手を差し伸べて、すいと空中を切った。すると、そこの部分から黒々とした空間が顔を出す。
オーマ:「1日保たないが大丈夫だろ。夕食に間に合わせないといけねえしな。ほら、荷物出せ。中に仕舞うぞ」
バケツリレーのように、次々にエレベータ内の荷物をその空間の中に押し込んで行くオーマ。
ゼン:「そんな便利なモンがあるなら最初っから出せよ」
自分も大荷物を持たされていたゼンがぶつぶつと呟くと、
オーマ:「便利は便利だがな、急ごしらえだからどっかに流されるかもしれねえんだ。何せ異空間に位置固定するだけの時間も気力も足らねえからよ。だからあくまでこれは緊急用さ――おまえだって、頼まれモンが流されたーなんて言い訳したくねえだろ?」
にぃっと笑うと、さあて、と改めて呟いてぐぅっと背中に力を込める。
そしてそのまま、何の躊躇いも無くエレベータの外へ――空中へと足を踏み出して行った。その直後、ふっとオーマの身体が掻き消える。
巨大な獅子が下からぬぅっと顔を出したのは、それから何度か瞬きする間のことだった。
その背に4人を乗せ、空中都市へと飛んで行くオーマ。
サモン:「…あ…消えた…」
サモンの呟きに3人が後ろを振り向くと、今まさに先程まで皆が乗っていたエレベータの箱が、空中に溶けて消える所だった。
オーマ:『つうことは、最初っから誰か見てやがったな』
あまりのタイミングの良さに、どこかから観察していた誰かが具現を解いたのだろうとオーマが呟く。
そして、その『誰か』は、目の前の空中都市でオーマたちの事を待っているに違い無かった。
*****
ぐぉう、とオーマが喉で低い唸り声を上げながら、空中都市の広々と開いた場所へふわりと降り立つ。
ちらと見ただけだったが、この空中都市にはいきものの気配が満ち溢れていた。それがこの遺跡を作った人々の末裔なのか、または当人たちなのか、それとも――それ以外の何かなのかは、まだ分からなかったが。
シェラ:「…いい風だね」
サモン:「……うん…」
ゼン:「ここまで見晴らしのいい町に住んだら、気持ちいいだろうなぁ」
オーマの背から降りて、めいめい思い思いに体を伸ばしながらそんな事を言い、
シキョウ:「はやくっ、行こうよーーっ」
ぱたぱたともう中心街へ向けて駆け出すシキョウがいる。
ゼン:「待てって!」
その後を追うゼン――そして後をついて行こうとするシェラとサモンに、
オーマ:「気を抜くなよ」
一時的だが、銀色の髪と若々しい風貌になっているオーマが穏やかに、だがどこかぴんと張り詰めたような声をかけた。
サモン:「…うん」
シェラ:「子ども扱いしなくったって大丈夫だよ。あたしもついてるんだし」
そう言いつつ、シキョウに追いつこうと足早に移動する3人。
速度は先行しているゼンが押さえてくれるだろうと思いながら街の中へと走り出ると、そこは驚く程穏やかな世界だった。
…店が建ち並び、買い物姿の人々が見える。皆談笑し、その足元は子どもが走り回り、売り子は声を張り上げ…そして、荷馬車が往来をがらごろといい音を立てて行き交う。
どこをどう見ても、ごく普通の生活をしている人々に見えた。
それなのに、何故だかオーマは落ち着きがない。何かを確かめるように周囲を見回し、そこに生活している人々の顔を怖々と見詰めている。
ゼン:「やっと捕まえた。…って、どうしたオッサン。顔真っ白だぞ」
オーマ:「う?――いやなんでもねえ。な、なんだか普通の町だったな。期待して損した、ここにゃ何にも探すようなモノはねえから帰るぞ」
急ぎ足でこの場を離れようとくるりと踵を返したオーマ。
その顔が凍りつく瞬間を、オーマの様子を追っていた3人がはっきりと見た。
――――――どうして?
オーマが振り返ったすぐそこに立っていたのは、サモンと同じ年くらいの少女。
だがその顔に生気はない。無表情でただ黙って立ち尽くす。
オーマ:「おま――えは――」
めりっ…
不意に、びくん、と少女が痙攣した直後、嫌な音がして、少女が、背中から、裂けた。
痙攣のためだろうか。その口元に壮絶な笑みを刻んだまま、くるんと皮を剥くようにその身体がひっくり返る。
―――どう、して
元少女だった『それ』は、ウォズの気配を濃厚に滴らせながら、立ち尽くすオーマの脳天目がけて、勢い良く刃物のように固く薄くした腕を振り下ろす。
ずばっ!
シェラ:「――ちょいとお待ちよ。あんた、人の夫に向かって何をしようって言うんだい」
流れるような動きで、オーマの頭上に掲げられた腕を切り落とし、鎌の柄で遠くに弾いたシェラが、ごく静かな声でそう問うた。
きぃぃぃぃぃ―――――!!!!!!
ウォズが、耳にびりびりと来る声で叫び、ぴょんっと後ろに飛び退って逃げ出す。
そしてそれが合図だったように、
――今まで談笑していた町の人々が、一斉にオーマたちへと顔を向けた。
ぷつん――
何かが…とても大切な何かが、千切れる音がした、ような気がした。
ゼン:「――ッサン、オッサン!!!!」
ゆさゆさと身体を揺さぶられて、オーマがはっと我に返る。
ゼン:「どうしたんだよ、こんな戦闘でオッサンが一度も手ぇ出さねえなんて見た事ねえぞ」
現場は、戦場と化していた。
あの後、この都市の中にいた人全てがウォズ、もしくはVRS化してしまったのだから無理も無い。しかも、最近ソーンで増えている物分りの良いウォズではなく、全てが5人に対し攻撃し続ける、在りし日のウォズたちが全てだった。
そしてそのウォズよりも数段強くなっているのが、いくつもの身体を融合させ、または自らの全身を兵器化してしまった人々――VRSの存在。
オーマが知る限りでは、VRSとは強制的に兵器化させられてしまったウォズ、もしくは異端能力者の事だった。だから、目の前で人の姿から自らの意思で変身するなどあり得ない話だ。
そして――オーマはまだ、凍りついたように動けずにいた。
サモン:「……オーマ…どうしたの」
シェラ:「そうだよ――あんたらしくもない」
サモンを庇うように鎌を振り下ろし続けていたシェラが、軽く肩で息をしつつオーマの元へ戻って来る。それも無理は無い、元々シェラはヴァンサーではなく、高い戦闘能力を誇るとはいえ、ウォズ相手には分の悪い戦いなのだ。次第に庇っていたサモンから庇われる形となり、複雑な表情を隠そうとしない。
オーマ:「……おまえら、ゼンとシキョウを連れてさっさと逃げろ」
シェラ:「はあ?どう言う事だい?それに、そんなへっぴり腰のあんたを置いて逃げられる訳なんかないだろ」
オーマ:「いいから逃げろッ!――――ここはな、『ウォズヴィーネ』だ」
その言葉に、
ゼン:「何だとっ!?」
目の前の2人だけでなく、話を聞いたゼンまでが驚愕の表情に目を見開いて、オーマの方を振り返った。
ウォズヴィーネ。
凶獣『ウォズ』と同じ名を冠したここは、嘗て――オーマが力を暴走させた時に壊滅させた都市だった。
その力は、爆弾を落したなどという生易しいレベルではない。都市をまるまる飲み込んだ力で――その中には、何十万と言う人々が、万の単位では済まない他のいきものが在り、そして暴走後には何一つとして残らなかった。
過去の戦争におけるどんな虐殺よりも人々の心を怯えさせた出来事、それがこのウォズヴィーネで行われたのだ。
その詳細は知らなくとも、ゼンは話に聞いて知っていたし、シェラやサモンはもう少し突っ込んだ所までをオーマの口から直に聞いていた。
だから、気付いてしまった。
オーマは…この戦いに参加する事が出来ないと。
ゼン:「逃げろなんつったって、てめぇがやられるだけだろうがッ!逃げるならオッサンが逃げろ、邪魔になるだけだ!!」
少しでも余裕があれば封印、まだ向こうに抵抗するだけの力があればとにかく戦闘――それを繰り返してきたゼンがオーマの腕を掴んでこの場から引きずり出そうとしたその瞬間、
――ドォォォォン!!!
激しい地響きと共に、2人はその身を投げ出され、したたか地面に打ち付けていた。
ゼン:「あー畜生、まだくらくらしやがる」
気絶していたのはほんの一瞬の事だったのだろう。がばと起き上がったゼンがぶるんと頭を振って、すぐ近くで同じように気を失っていたオーマを蹴り起こす。
オーマ:「乱暴だなぁおまえさんは…っと」
頭に降りかかっていた、砕けた石をぱらぱらと払い落としながら、オーマがようやくむくりと起き上がった。
ゼン:「…オッサン…他の連中は?」
オーマ:「!」
その言葉に跳ね上がったオーマが、崩れた建物の上へ駆け上って辺りを見回す。
――誰も、いなかった。
いや、ウォズもVRSもまだあちこちで蠢いている。いないのは、オーマの家族3人だけ。
オーマ:「ちいっ、しょうがねえ手分けして探すか」
ゼン:「オッサン――やれんのか?あんなに怖がってた癖に」
嘗て破壊した都市で。そこに住んでいた人々を、消す事はできるのか――そう、ゼンが真っ直ぐにオーマを睨み付ける。
オーマ:「出来るか、じゃねえよ。やらなきゃいけねえんだ。ああそうさ、俺は怖い。今だって押さえてなきゃ足が笑って止まらねえくらいだ。何せ覚悟も何もなしで、いきなり全部を飲み込んじまったようなものだからな。けどな――けどな。これ以上汚れたって構やしねえんだよ。俺の大事なモンを護るためだったらな」
ただ、さっきは突然で――びびっちまった、そう言ってオーマが苦笑いする。
オーマ:「行くか。遅れずに付いて来いよ?」
ゼン:「けっ、なーに言ってやがる。さっきまでガキみてぇに泣きそうな面してた癖によっ」
2人は改めて武器を構えなおし――オーマは自分の手の中に慣れ親しんだ巨大な銃を持ち――、家族の姿を求めて街の中へと走り出して行く。
オーマ:「それからだ、気を引き締めていけよ。分かってると思うが――」
ゼン:「あ〜ン?オッサン、俺を何だと思ってんだ?…自分の身体を侵食しようってふざけた波動が来てる事くらい、とっくに分かってたさ…!!」
気を抜くと、この都市から溢れ出す禍々しい具現波動に取り込まれそうになる。
空気を吸い込めば、中から自分の身体を喰われて行くような感覚に陥ってしまう。
それがこの土地から、自分たちが立っている足元から立ち昇ってくるのだと言う事が分かった時には、すぐにでも立ち去るために必要な、シェラ、サモン、そしてシキョウの姿が目の前から消えていたのだった。
*****
――走ってどこまで来ただろうか。
激しい地面の震えに慌てて娘と共に飛びのいたところから、執拗に襲われ続け、それを避けて避けて来たのは、最早現在地が分からない廃墟跡の前。
シキョウ:「おなかすいた〜…」
シェラ:「昼食を摂るために上がってきたら、上がり過ぎてしまった、なんてしゃれにもならないね。…もう少し我慢出来るかい?」
シキョウ:「うー、大丈夫ーーーーーーーっっ……ふうぅぅ〜〜」
一瞬、ぐ、と握りこぶしを上げようとして、くぅぅぅ〜と可愛らしく鳴る音にぷしゅーと気力が抜けて元気を落とすシキョウ。
サモン:「……これ…」
ごそごそとサモンがポケットから取り出したのは、先程のデパートで買って、大荷物の中に混ぜずに自分で持っていたいくつかのキャラメル。お菓子コーナーで買ってシキョウと2人で分けたものだった…シキョウはその場で全部口に放り込んでゼンに怒られていたが。
シキョウ:「…いいの〜?サモンちゃん……」
自分の分は食べ終えている。それは分かっていても、こうして目の前に出されると目がきらきらするのは止まらない。
サモン:「……大丈夫…僕はお腹、そんなに…空いてない、から…」
シキョウ:「じゃっ、じゃあーーーーー……ええっとっっ」
いーち、にーい、さーん…
最近覚え始めた数をゆっくりと数えて、だいたい半分くらいを恐る恐る手に取り、
シキョウ:「ありがと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ♪」
早速ひとつ口に放り込みながら、ぎゅううううっ、とサモンに抱きついた。
サモン:「…べ…べつに…たいしたことじゃ…」
珍しく動揺した表情のサモンが、薄らと顔を赤らめて、そして自分の分からもう1つ取り上げると、なんだか目を細めて温かい瞳になっているシェラにもひとつ渡す。
シェラ:「ん?いいのかい?」
サモン:「今のうちに…少し、甘い物を取って置いた方が…いい」
そう言いつつ、自分もひとつ口に含む。
シェラはもう一度にこりと笑って、
シェラ:「ありがとうね」
さらさらの娘の髪を愛しげに撫でた。
シェラ:「さて、あの連中を探さないと。――どうもこの場所は苦手だよ。あいつの気配が散らばってて、どの方向にいるのか分からないんだから…」
軽く口を動かしながら、鋭い目をあちこちへと飛ばすシェラ。
シキョウ:「あま〜〜〜〜い、おいし〜〜〜い♪」
ころころと口の中でキャラメルを転がしながら、うっとりと両頬を押さえるシキョウは、今の状況も良く分からずにこにこと上機嫌。
サモン:「……シキョウ…、立っていた方が、いい…」
何か気持ち悪そうにほんの少し顔を顰めながら何度か足踏みしていたサモンが、地面に座ってキャラメルを味わっているシキョウの手を取って、立ち上がった。
シキョウ:「―――あーーーーーっ!」
ぱたぱたと膝の土ぼこりを払ってもらったシキョウが、嬉しそうな声を上げる。
その、シキョウが笑顔を向けた方向を見たシェラとサモンの表情が、微妙な変化を遂げた。
――黒尽くめの、年齢を感じさせない男。
その男が、にこやかな笑顔で、全身から異様な程の具現波動を外へ向かって放出しながらその場に立っていた。
黒の男:「元気そうだね」
シキョウ:「うんッ!」
シキョウの知り合いなのか、そんな言葉を交わす2人。
だが、サモンの張り詰めた気配はぴりぴりと止む事無く、男を次第に強い目で睨み付けていく。
黒の男:「――ふうん…そうか。君が、『忌み子』か」
シェラ:「なんだって?」
その言葉に反応したのは、サモンよりも、その後ろに立っていたシェラ。
オーマに対する怒りなど子ども騙しだと言う程の殺気を、まっすぐ男へと向ける。
シェラ:「――もう一度言ってごらん、あんたがどういう存在であろうと只じゃおかないよ」
威嚇のつもりか、くるりと鎌を回転させて。
サモン:「……シェラ…」
黒の男:「ははっ。これはすまなかった。オーマの子だからと言って邪険にするつもりは無かったんだ。君もまた、私たちにとって必要な存在みたいだからね」
サモン:「……何…?」
ぎゅ、と手を握るサモン。
それは、今にも爆発しそうな我が身を必死で宥めている姿であり、そんな我が子の姿を見るのが久しぶりなシェラが駆け寄って後ろからぎゅぅと抱きしめる。
シェラ:「大丈夫だよ――落ち着くんだ。頭を冷やさないと、あれにゃどうやったって勝てないよ」
その間、シキョウは、と言うと、サモンやシェラの様子にも動じる事無く、にこにこと親しげな視線を男へ向けているだけ。ただし、いつもなら確実にするはずの駆け寄って抱きつこうとは決してしなかった。いや、したがっているらしいのはむずむずと動きかけている足を見れば分かる。だが、シキョウ自身何故かは分からないが、その場で自分を抑え、男の方へ近寄ろうとはしなかった。
そして、男もまた、親しげな様子を見せつつも、その場から歩み寄って来ようとはしなかった。
黒の男:「ひとつ、聞いていいかな」
すっと手を前で組んで、にっこりと笑う。
シェラ:「――なんだい」
黒の男:「オーマの罪に付いて、どう思ってる?」
その質問に、一瞬押し黙ったシェラだったが、やがてふっと表情を緩め、
シェラ:「そうだねえ――正しいか正しくないかなんて事は、正直あたしにはどうだっていい事だよ。ただ、それを負うつもりでいるなら、付き合うまでさ」
黒の男:「…ふうん。なるほど、良い伴侶だ」
シェラ:「…あんたね…さっきからカンに触る言い方ばかりしてるけどさ、あたしたちに何か恨みでもあるのかい」
そこで、男がすっと一歩下がる。
黒の男:「恨み――そうだね。君たちじゃなく、彼にはあるよ。何しろ、大切なものを彼が奪っていったのだから」
サモン:「…大切な…もの?」
そう、とサモンの言葉に頷きながら、また一歩下がって行く。
黒の男:「彼は気付いているのかどうか――アレがこちらの手にありさえすれば、もしかしたらこんな茶番を起こす必要も無かったかもしれないのに。そうだね、付き合ってあげればいいよ――彼は、生き延びる度に罪を重ねているのだから」
それは、笑顔ではなかった。それでいて、怒りでもなかった。
言うなれば、諦め――そんな表情を浮かべた男が、すいすいと後ろに下がって行く。
黒の男:「この地は彼へのプレゼントだ。彼がどうにかしない限りは永遠に彼の罪悪感を積んだまま、空を飛び回る事になる。…尤も…今の彼には、どうする事も出来ないんだけどね」
くすっ、と。
悪戯っぽい笑顔を浮かべた男が、最後にごく親しみの篭った笑顔をシキョウへ向けた。
黒の男:「君は、まだ君のままでいていいんだ。私に触れようなどと思わずに、ね」
シキョウ:「???」
かくん、と首をかしげる彼女へ、手を伸ばしかけた男が自分の首を振って、再び2人へ向き直る。
黒の男:「彼に伝えて欲しい。命が惜しければすぐにこの地から立ち去るようにと。私にとっても、今の彼が混じるのは好ましくないんだ」
シェラ:「――随分、勝手な事を言うじゃないか」
鎌を構えなおすシェラ――だが、その柄に手をかけたのは、サモンだった。シェラを振り向きもせずに、僅かに首を横に振って止める。
黒の男:「いいんだよ。これは私の個人的な復讐なんだからね――それじゃあ、また会おう」
背を向ける事無く、後ろ向きにゆっくりと歩いて行くだけで男がゆらりとその姿をその場から消して行く。
その、ほぼ直後。
オーマ:「――――――ぅい、おおおおおい――」
ゼンと共に、突っ切ってくるまでに相当戦闘を繰り返したらしい2人が、ぼろぼろの姿で現れた。
*****
オーマ:「あのー」
シェラ:「なんだい?」
全身を丁寧に、シェラとサモンの手ずから手当てしてもらったオーマが、声を上げる。
オーマ:「何で荷物が倍に増えているのか、お聞きしたいんですが」
シェラ:「おーや?あんたのせいであんな所に連れて行かれた上に、手当てまでしてあげたっていうのに、今の仕打ちが気に入らないとでも言うのかい?」
オーマ:「と、ととととんでもねえ、いや、ないです、どうぞ心行くまで買い物を楽しんで下さいませっっっ」
――男の忠告を聞いて、再び変身したオーマが、心残りを多分に残しながら4人を乗せて地上へ降り、異空間から荷物を引っ張り出した後。
最早荷物を持っているオーマではなく荷物の塊が動いている状態。途中から自分の手だけでは足らなくなって、全身からフックを具現化させて荷を引っ掛けたのを見たシェラがぽつりと、
シェラ:『――なんだ、まだ持てるんじゃないか』
そう言ったのが、事の始まりだった。
オーマ:「み、見えねえ、マジで前が見えねえ、横も上も下もっっ」
ゼン:「おー…お疲れ。俺、もう駄目リタイア、帰るわ」
こちらはこちらで、シキョウにせっせと手当てをしてもらったお陰で即席ミイラ男となったゼンが、ぎちぎちと身体から奇妙な音を立てつつ、大量の荷物を持って出口へと反転する。
オーマ:「ああああっ、待て待ってくれ待って下さい、この状況をなんとかしてくれーーっっっ!!!!」
ゼン:「悪ぃ無理」
オーマ:「うあああ、即答されたっっ!?」
シェラ:「ああ、そうだね、ゼンも疲れているんだろうし、お疲れ様。もう帰っていいよ。シキョウもね」
ゼン:「うーい。じゃあ、帰るわお疲れさんー」
シキョウ:「はーーーーーーーいっっ。あ、おみやげ〜〜〜〜〜おいしいのたべたい〜〜〜〜〜〜」
シェラ:「任せときな。ちゃんと持って帰って来るから…オーマが」
オーマ:「頼むこの状況から俺様を誰か助け出してカミサマーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!」
サモン:「……オーマ。うるさい」
シェラ:「全くだよ。さーきりきり行くよ、まだ買い物は済んじゃいないんだ」
――他所の世界にあるという、プレゼントをくくりつけた木よりも豪勢な、買い物袋だらけの『何か』が2人の女性に引きずられてデパートの中に消えていくのを、同じく買い物に来ていた人々が物珍しそうに見送っていた。
-END-
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