<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


シキョウ、大変身

 そのコンテストの噂を聞いて来たのは、散歩と称して街中を縦横無尽に駆け巡る少女シキョウと、お目付け役で付いて行ったはいいが、広場に戻って来た途端疲労がピークに達し倒れ込んだゼンの2人だった。
「何だ?メイクアップコンテスト?」
「あのねーーーっ、すごーーーーーーい綺麗だったのーーーーーーーーーーっっ」
 広場の向こうで受付もやっていたらしく、そこに集まっていた人々の姿がきらきらしていたのだとシキョウが目を輝かせて語る。
「…あんま、遠く行くなっつってんだ、ろ…」
 ふうふうと肩で息をしながら、ゼンが軽くシキョウを睨み付け、貰って来た、とオーマにポスターを手渡す。
 何でも3人一組で、1人のモデルを残り2人がどれだけ美しく変身させる事が出来るかと言うものらしい。モデルは年齢性別を問わず、ヘアメイクやファッションアーティストの方も資格は必要無いらしいが…。
「面白そうだな」
 でかでかと派手な文字が躍るポスターを見ながら、オーマ・シュヴァルツが呟く。
 彼の目は、先程からそのポスターの中央に書かれている賞金の額から離れようとはしなかった。
「え、マジやんのかよ?ジョークで持って帰って来ただけだぜ?こんな馬鹿馬鹿しいモンに金払うヤツもいるんだなと」
「馬鹿馬鹿しいかもしれないが、金は大事だぞ。何せうちは大家族だからなー」
 このところ締め付けが厳しく、日々の小遣いさえままならない状態に陥っているオーマが深い溜息を吐く。
「んで?出るのはいーとしてもだよ。誰出すんだ?」
「そうだなぁ。このコンテストのコンセプトはどれだけ変身できるかっつうものだし…意外性は欲しいよな。例えばおまえさんみたいなのがキレーな女の子になったりとかよ」
「ザケんなオッサン。そんなモン死んでもやらねえぞ」
 ゼンが自分の女装姿を想像したのかぞおっとしたように身を竦めた。
「冗談だ、冗談。いくら変身だからって女装コンテストじゃねえんだから、やらねえよ。それだけ意外性を求められてるんだろうなっつう一例だ。…あ…なんだ、もう受付終了間際じゃねえか。うち帰ってから検討してってわけにゃいかないんだな…」
 ふーむ、とオーマがもう一度ポスターを見て、それから「うん?」と何かを思いついたように顔を上げた。
 ――顔を上に向けたまま、目だけがぐるぐると回っている。どうやら何かシミュレーションしているようだが…何を考えているのかが分からず、ゼンは疲れきった自分の体をベンチの上にどさりと置いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 すぐ近くでは、けろりとした表情のシキョウが鼻歌混じりで、白墨で地面に絵を描いている。その姿はまさに子どもそのものだった…見た目とのギャップを考えなければ。
「あれだけ動いても平気ってのは納得できねぇ…」
 これは明日筋肉痛必死だろうなぁ、と思いつつその様子を眺めていたところに、
「よおぅしこれなら勝てるっ!!」
 突如、オーマが大声を上げて立ち上がった。
「あん?オッサン、どうした」
「コンテストに出す人物の選定が終わったんだよ。彼女なら面白いことになりそうだなってな」
 そーかそーか、そりゃおめでとう、と気の無い返事をしながら、ぐりぐりと謎の物体を描いているシキョウへ視線を落とす。
「つーわけでシキョウ、頼んだぞ」
「はーーーーーーーーーーいっっ」
「―――ってちょっと待てぇぇっ!!何いきなり言ってやがるっつうかシキョウもワケ分からねえのに返事すんなっっっ!!!!」
 怒鳴られてきょとんとするシキョウと、半ばその様子を予想していたらしい、にやにや笑うオーマ。
「まあまあいいじゃねえか、別に無茶な事を言ってる訳じゃねえんだからよ。ものは試しって言うだろ?」
「…試す相手が悪すぎだっての。シキョウだろ?このちんちくりんをどう改造すんだよ」
「むーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ」
「いでででででっ、叩くな抓るな噛むなっっ」
「そりゃおまえさんが悪い。なあシキョウ、どうだ?立派なレディになってみたくはないか?」
 ちんちくりんと言われてゼンを攻撃していたシキョウが、オーマの言葉に顔を上げる。
「………れでぃ?」
「そうそう、レディ。綺麗なお姉さんにならねえか、って事だ」
 その言葉にオーマの言っている意味を理解したらしい。ぱあああっ、と顔を輝かせて、
「シキョウやる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ、ね、オーマ、どうやるの?どうするのーーーー!?!?!?」
 ゼンを噛んでいた事も忘れ、ぴょこんと立ち上がると嬉しそうに跳ね回った。
「まあ落ち着け。そうだな、おまえさんに似合う服やら化粧やらアクセやら考えてやらんといけねえしなぁ…髪型もそうだ」
「???」
 何をするのか全くさっぱりもって分かっていないシキョウの、柔らかな緑色の髪をくしゃくしゃっと撫で、オーマがにこりと笑い…そして、にやりとゼンへ顔を向ける。
「――アーティストは2人までだ。立候補する気はねえか?」
 そんな、ゼンが了承すると最初から思い込んでいるような顔で。
「……考えさせろ」
 そして。
 オーマの予想通り、しぶしぶながらゼンもシキョウを変身させる手伝いをする事になったのは、僅か数分後だった――。

*****

「うーん。これじゃ濃すぎるな」
「ぶははははは、何だよそのオカメ顔はっっっ!!」
「ええええ、そんなに変なの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
 コンテストの前日。
 まだシキョウをどう変身させるかのコンセプトが決まらないままに、オーマは身内からごっそりと化粧品を借りてきていた。
 それは、オーマを心底震撼させるほどの量と値段で、
「な、なんだこれは、ひと瓶で俺様の数か月分の小遣い分じゃねえかっっ」
 という悲鳴が時々上がっている。
「つーかオッサン小遣い月いくら貰ってんだよ?いくらなんでも安すぎじゃねえ?」
「そ、そうなのか?月に――だが」
「うわ安ッッ!?マジかよ、そんなんじゃ夜遊びも出来ねえぞ」
「…なんだか最近少ないような気がしてたんだが、やっぱりそうだったか…っつっても…値上げ交渉なんざしたら俺様の命の値段そのものが削られそうだしなぁ…」
 そんな情けないぼやきを上げていたりする。
 しかも普段化粧などする筈もないオーマの手さばきでぺたぺたと塗りたくられたシキョウは、粉が吹きそうな真っ白な顔の上に、真赤に唇をこってりと塗られ、頬にはオレンジのチークをたっぷりと。目の周りは隈でも出来たかと思うくらい青黒くなっていた。
 そこへ、両手一杯の荷物を抱えたゼンが戻ってきて、大笑いする。
「つうかよ…チーク塗りすぎだっての。あと下地もだ。しわ隠しじゃねえんだから、顎と首の色が違うくらい塗りたくってどうすんだよ」
 どさどさと置いたのは、ゼンの思いつく限りの場所から借り回って来たアクセサリと服の数々。シキョウの身長も考慮に入れた服となると、大人の服はなかなかねえんだよな、と文句を言いつつ――そこに用意されていた服に一瞬固まった。
「おいオッサン、まさかシキョウにこれ着せるつもりじゃねえだろうな?」
「きゃーーーーーーーーーーーーっっはははははははははははは、だ、だめ〜〜オーマくるしいよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぅぅっっ」
 手鏡で自分の顔を見せられたシキョウが、オーマの『塗り』を見てお腹を抱える程大笑いする。ひくひくと痙攣する様子まで見るに、おおいに受けてしまったらしい。
「…あー…イメージ通りにゃいかねえな……」
 2人に笑われて部屋の隅っこでのの字を書こうとしたオーマが、ゼンの言葉を思い出してそっちを見、
「おう、そのつもりだったが?」
 鎖と鋲を山ほど打ち込んだ、真っ黒い拘束着のようなものと、お揃いの皮製の帽子を掲げられて、オーマはこっくりと頷いていた。
「だああああっっ!オッサンのセンス最悪っ!なんでわざわざ墓場から出て来たようなパンクファッションさせなきゃいけねえんだよ!!」
 それならば、先程から狙っていたらしいメイクの方向性も分からなくは無い。だが、それはオーマの考えとは大きくずれて、シキョウにはとことんまで似合っていなかった。
 …いや、ギャップを利用すればまだ見れるかもしれない。
 が、それで審査員の度肝を抜いたところで、優勝するとはとてもじゃないが思えなかった。
「あーもう、交代だ交代。っても俺化粧品にゃ詳しくねえからな、オッサンフォロー頼むぜ」
 シキョウにざぶざぶと顔を洗って来てもらい、さっぱりした状態の彼女の髪に改めて触れる。
「ウィッグも考えたんだがな。長髪になれば雰囲気もかなり変わるし…だけどなぁ。この色はねえんだよ」
 輝くような明るい緑の髪。どうせならそれを活かさないと、とゼンが呟きつつ髪を無意識に弄る。
「…………………」
 シキョウは、黙ったまま、心配そうにちらちらと自分の髪を触り続けるゼンの姿を見上げていた。
 本当に自分がモデルになったのだと実感しているようで、オーマはその様子が可愛いと思いつつも、本当に自分がオーマの言う『レディ』になれるのかと言う事に少しずつ不安を持ち始めた様子にちょっぴり不憫さを覚える。
 …相手が、年上の女性にはとても優しいのを知っているから。
 自分では、決してそうはなれない事も知っているから。
「ああ、オッサン。こいつの髪をさ――」
「それはだな。確かこの辺に…」
 必要な品を取り出してゼンに渡しながら、ちょこんと椅子に座って大人しくしているシキョウに、大丈夫だと言う風にぽんぽんと頭を撫でてにっと笑いかけた。
「心配するな。それよりも、良い顔で明日出ればいい。皆びっくりするぞ、きっと」
「ほんと?」
「ああ、本当だとも。なあゼン?」
「――そりゃあ。普段が普段だからなぁ」
 少年のような格好で街中を駆け回る少女。その元気の良い様子を見慣れている人たちにしてみれば、明日のコンテストは間違いなく驚きを隠せないだろう。
「ピアスは――うーん。下手にこれ以上穴開けても明日以降があるからなぁ」
 ぷにぷにと耳たぶを摘みながら、全体の構想を練ってゼンが呟く。
「おーいおい、いくらモデルだからっつっても人形じゃねえんだからあんま弄るなよー」
 オーマの忠告も半分うわの空だった。
「はう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………」
 頭から湯気が出そうな程真赤になったシキョウにも、当然気付いていない。
 そして、
「…人形か」
 ぽつりと呟いたゼンの目が、途端に活き活きと輝き出した。

*****

 ――そして、当日の朝。
 山ほどの化粧箱と衣装ケースを抱えたオーマとゼンが、普段の格好のままのシキョウと共に会場へ赴く。
「あら、オーマも出ているんですのね」
 そこへ、耳慣れた声が聞こえてきて、3人がぐるりと首を回した。
「あーーーーーーーーーっ、王女さまだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
 嬉しそうに、シキョウが叫ぶ。
「あらあら元気の良い事。…そうなると、モデルはあなたなのですね?どんな風に変わるのか、楽しみですわ」
「ん、つーことは王女さんも審査員なのか」
「特別審査員と言う立場らしいですけど…私の事は構わず、頑張って下さいませね」
「おう。それじゃあな、また後で」
 既にスタンバイしているのは、名前の広まっているヘアメイクや衣装師、メイクアップアーティストなどそうそうたるメンバーが多い。中にはオーマたちのように素人の仲良し3人組のような一般からの参加もあり、そしてそれらを見ようと詰め掛ける人たちで賑わっていた。
「あーーっ、オーマ、屋台が出てるよーーーーッッ、買って買ってーーーーーーーーっっ」
「こらこら、今から始まるのにそんな時間はねえよ。終わったら買ってやるから、少し我慢しような」
 当然この人ごみを当て込んで店を出す者もあり、広場はいい匂いがそこここから漂って来ていた。そのせいか、そわそわとシキョウは落ち着きが無い。
「落ち着けっつってんだろ?終わったら好きなだけ食えばいい」
「ホントーーーーーーーっっ!?」
「あ、、ああ」
 こっそりと財布の中身を確認しつつ、曖昧に頷くオーマ。
「じゃあ、シキョウがまんするねーーーーーーーーーーーーー」
 こくこく、と頷いてぎゅっと拳を握るシキョウ。
 そんな彼女を見て、くすくすと笑うのは、メイクの達人と噂される人物たち。オーマらを素人と見て取って、からかうような声を上げる。
「おやおや。そんな男の子を連れてどうしようって言うのかな。何ならもうギブアップして屋台に向かった方がいいんじゃないのか?」
 その言葉に、真っ先に反応したのはにやりと笑ったゼンだった。
「は――てめぇらのような人を見る目がねえやつこそ、降りた方がいいぜ?」
「何だと…」
「…まあ、せいぜい『素人』に足を掬われねえようになー」
 にっ、と何故だか機嫌良さそうに笑うゼン。シキョウはそんなゼンが心配らしくおろおろとオーマとゼンを何度も見るが、そんな彼女にオーマがぽんと肩を叩いてにっこりと笑い、
「大丈夫だ。さあゼン、始めるぞ」
 あっさりと背を向けて戻って来たゼンへと声をかけた。
「おう。オッサン、任しとけ」
 ――気付けば、一番乗っていたのはゼンで。
「ええ、では始めましょう。モデル役の方たちの顔を、姿をよーーーーーく覚えておいて下さいね。モデルさんたちがどれほど綺麗に変身させる事が出来るのか競っていただきます。それでは、スタートっ」
 司会役の男が声を張り上げたのをきっかけに、皆がぞろぞろとステージから降りて、誘導されるままに小さな部屋へと入れられた。
 各自に仕切られた個室で、用意の服に着替えたシキョウをちょこんと座らせると、服に化粧が付かないよう首周りから下まで布で覆い、
「いいか、打ち合わせどおりにしろよ?喋ってもいいが口は大きく開かない。笑ってもいいが、その時は口を開けずにゆっくり微笑むんだ」
 オーマが、用意した化粧品をつぎつぎと台の上に並べるのを手に取りながら、確認するようにシキョウへ言うゼン。
「うんうん」
 シキョウがこっくりと頷くのを、
「よし、いい子だ」
 にこりと笑ったゼンがそう言って、上機嫌のままくしゃりと彼女の髪を撫でた。
「っと――オッサン、ちょっといいか。この部屋と外だと明るさに差がでちまうんだが、適当に灯りを作ってくれねえか?」
「おう、それもそうだな。室内と外じゃ見た目も変わるし…こんなもんか」
 ぱあっ、とオーマが作り出した灯りで仕切られた小さな個室が明るくなり、まぶしそうに目を細めるシキョウに、
「それじゃ、始めるぞ」
 と、スポンジと下地作りのファンデーションを手に取った。

*****

 ざわざわと人の声が、仕切り越しに聞こえて来る。
 着替えも化粧も、髪のセットも全て終え、後は人前に出て審査を受けるだけ。
「ーーーーーーーーーふうーーーーーーーーーっ」
 大丈夫。
 あのひとが、自分のために一所懸命やってくれたのだから、大丈夫。
 そう、言われたとおりにするだけ。それだけ。
 オーマと、ゼンが出来上がった自分を見て、満足そうに頷いたのだから。
 ――どきどきと、普段なら全然怖いと思わないのに、心臓が飛び出しそうに踊っているのを、服の上からそっと手で抑えて、何度も深呼吸する。
「次だな」
 ゼンの言葉にこっくりと頷くと、
「それじゃあ、行って来るねーーーっ」
 2人へそう言い、それからにっこりと、口を閉じて笑って見せた。
「うむ、いい笑顔だ」
 オーマが、髪には触れずにぽんと肩を叩き、
「――そう、だな。ほ、ほら行って来い」
 ゼンが、一瞬だけ言葉を探すように途切らせ、その後照れ隠しなのか背中を軽く押した。
『えー、では次は――シキョウさん』
「はーーーいっ」
 すぅ、と息を吸ってから、声を出してすたすたとステージの上に上がって行く。
 ――どよめきが、静かに起き上がっているのにも気付かず。
「えー…シキョウさん、ですよね?」
「うん、シキョウだよ」
 口数は少なめに、あまり口を大きく開けないように。
 にこりと司会者に笑いかけると、どういうわけか司会者の顔が薄らと赤く染まる。
 ――シキョウは。
 首の上から足元まで、漆黒の衣装に身を包んでいた。
 健康的に日焼けした顔は、透き通るような白さに塗り潰され、目元と口元に薄くつけられた影で陰影を強調し。
 唇に控えめに塗られた赤い紅は、危い所でバランスを保ちながら顔の中心で花を咲かせている。
 そして、普段はぴんぴんと跳ね上がっている緑色の髪は、綿のようにふわふわと全体に緩やかなウェーブを描きながら巻き毛のように広がり、その上に被せられた黒と白のレースをあしらったヘアバンドで上品に抑えられていた。
 そして服の裾、袖に設えた真っ白のレース、ヘアバンドの方側と首に付けられた真赤な薔薇が、シンプルながらその存在を強くアピールしている。
 ゴスロリ――それが、『人形』と言う言葉から連想させてコンセプトとして決定したものだった。
 このままビロード張りのソファにでも寝かせれば、完璧だったかもしれない。
 シキョウの小柄な体も、大きな赤い瞳も、逆にこうした衣装と化粧で覆ってしまうとそれが有利に働いている。
 大人の女性に変身させるには、確かに無理があったが、こうした姿は実にぴったりと嵌っていた。
 これが、あのシキョウとは、普段彼女を知る者からすれば想像出来なかっただろう。
 勿論――開始直前にシキョウたちを素人と見て馬鹿にしていた彼らにしても、目を大きく見開いたまま硬直していた。
 …これほどの宝石の原石を見落としていた、とゼンに言われたも同然だったのだから。
 尤も、ゼンにしてからが、何度も練習したとは言え、今日ほどの出来は想像していなかったらしく、それはオーマと共にステージ端から食い入るようにシキョウと、その周囲の反応を見ている所からも見て取れた。
「よしよし、良くやったぞゼン。これで優勝出来りゃこれ以上のモンはねえんだがな」
「……まあ……な」
 歯切れ悪いゼンの言葉に、オーマがおや?と首をかしげ、そしてにやりと笑う。その笑顔に気付いたゼンがきっとオーマを睨み、
「ち、違うぞ。俺はな、この事であいつが調子に乗んじゃねえかって…!」
「ほうほう、そうかそうか」
 ゼンの言葉を全く信用していない様子のオーマにもうひと睨みするゼン。
 そうこうしているうちに、次々と美しく着飾ったモデルたちがずらりと並び、審査は最終段階に入っていた。
 そして、審査結果を手に、審査員の1人がステージに上がって行く。
 このときばかりは、ざわざわとざわめいていた人々もしんとなり、固唾を飲んで審査員を見詰めていた。
「――努力賞――審査員特別賞――」
 次々と発表されていく中で、嬉しそうに賞金を受け取るモデルたち。
 だが、シキョウはまだその中には入っておらず、それでも言われた通り、周囲のモデルたちよりも頭1つは低い位置で、しっかりとその場に立っていた。
「駄目かー。所詮は素人っつうことか」
 賞がもうほとんど無くなった時点で、ゼンがあーあと溜息を付く。
「まあ待て。ほれ、最後のが残ってるじゃねえか」
「……っておい、マジで優勝狙ってんのかよ。無理だろー、いくらなんでも」
「優勝は――」
 まあまあ、とオーマが諦め顔のゼンを取り成したその時、
 会場が、そして見物客がどよめいた。
「――え?」
 視線が、ステージの上でひときわ小さな人物に集中する。
「え?シキョウ?」
 言われた本人も、きょときょとと辺りを見回すばかり。――そして。
「良く聞こえなかったようですので、もう一度――優勝は、エントリーナンバー12番のシキョウさんです!!」
 司会者が、ここぞとばかりに声を張り上げて、ステージの上に立っていた審査員がぱちぱちとシキョウへ向けて拍手を送った。――それが、次第にステージの他のモデルから、会場にいた審査員から、そして会場を見ていた客たちに広がって行く。
「お…オーマ、おい、優勝――しちまったぞ」
「――そのようだな」
 驚くゼンとオーマが、審査員や他のメイクアーティストたちに囲まれているシキョウを迎えに歩いていく。と、
「なあ、頼む!うちの専属モデルになってくれないか!」
「ああっ、ずるいぞそこ!お前のトコはもう何人も抱えてるじゃないか!」
 何やらシキョウは大人気の様子だった。
「ええと、代表者の方ですね。彼女はあのとおりですので、賞金はあなたへお渡しします。それと――副賞なのですが、王室御用達の服屋に化粧品屋、ヘアメイクなどを、お金は各自負担ですが一年間自由に使う事の出来る権利と、もう1つ、そちらが気に入った化粧品をふたつだけ一年分差し上げると言うどちらかを選んで貰うのですが、いかがなさいますか」
「うーむ。王室御用達っつうのにも惹かれなくはねえが、金かかるしなぁ。おうそうだ、化粧品を選ぶのは今日じゃなくてもいいんだよな?後で身内のモン連れて来るからよ、それで頼む」
「分かりました」
 オーマが賞金と商品を受け取った後でちらと周囲を見るとゼンの姿は無く、
「だからさっきから言ってんだろッ!こいつは専属モデルになんざならねえんだよ、さっさと退けッッ」
 人ごみに揉まれながら、シキョウをその中から引っ張り出そうとしている声だけが聞こえて来て、オーマがふっとそれを見て笑った。
「おめでとうございます。素敵でしたわ、あんなに可愛らしくなって」
「おう、王女さん」
 にこにこと笑うエルファリアが、うっとりとした顔でオーマに駆け寄ってきた。
「あんな子でしたら、側仕えにひとり欲しいのですけれど…とは、言えませんわね。オーマの身寄りですもの」
「ああ、まあな。いくら王女さんの願いでもそりゃ無理だ。それに――ちぃとばかり、事情もあってな。目の届く範囲に置いておかないと拙いんだ」
「元の格好も素敵ですけれどもね。私には許されない姿ですから、憧れですの」
 ラフな格好をして野に山に駆け回る、そんな事を小さい時には夢見ていたと言う王女がくすりと笑い、
「それなら、そうね、あの子にお友だちになってもらって、時々会わせていただこうかしら。勿論、オーマにも来ていただいて」
「あー。まあ俺はそれでも構わねえけど、あいつが何て言うかだな。シキョウの面倒を一番見てるのは、ほら見えるか?あのツンツン頭の方なんでね」
「まあ、そうでしたの。…仲が良さそうで、良いですわね」
 その言葉もちょっと羨ましそうな響きがあり、
「まあ…あいつらなら、問題無く付き合えるだろうが、な」
 オーマもついそう言わずにはおれなかった。そして、実に嬉しそうに微笑む王女の顔を見て、それで良かったんだと内心で結論付けた。

*****

 ――結局。
 シキョウはその後すぐ、ゼンからの強い要望で元の姿へと戻り、そしてオーマはほくほく顔で家に戻った。
 その後の交渉で、化粧品の引き換え券と小遣いアップの交換を狙っていたようだったが、それが上手くいったのかどうか、オーマは語らず、翌日に何故だか傷だらけの身体が哀愁を放っていた。
 シキョウは、と言うと、優勝した事よりも、帰り際に一杯買ってもらったおやつの方が嬉しかったらしく、ゼンにも少し分けながらはぐはぐと幸せそうに頬張っており。その様子からはさっきまでの衣装に身を包んだ姿などまるで想像出来ず。もちろん商品である化粧品には一切興味を抱かずに、あっさりと他の者へ譲り渡していた。
 そして、ゼンは――
「いい加減にしやがれッッ!見た目だけに惑わされやがって、2度と来んなっっっ!!!」
「ああッッ、いいじゃないかせめてひと目――君だって毎日見てるんだろう?」
「――ふざけたこと抜かしてんじゃねえ、あいつは見世物じゃねえんだ」
 怒りのあまりか、逆に静かな口調になったゼンから噴出すオーラが見えたわけでもないだろうが、これで何人目かの青年がひぃっと悲鳴を上げてばたばたと逃げ出していく。
 あれ以降、病院を訪れるシキョウ目当てのアーティストたちや(絵のモデルになって欲しいと言い出す者も数多くいた)、『惚れましたッ、付き合って下さいッッ』と駆け込んでくる思春期真っ盛りの少年たちを追い出すのに余念が無く。
「けぇっ。全く、アリみたいに湧いてきやがって」
 嫌そうにそんな事を呟いたゼンが、もう2度とアイツに化粧なんかしてやんねえ――そう言って、ふうと息を吐く。
 ただ、それが単に毎日来られて鬱陶しいだけだからなのか、それとも他の理由があるのか…ゼン自身、良く分からないままだった。


-END-