<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


騙され魔道士

(オープニング)

 エルザードの中心部にひっそりと立っている、ソラン魔道士協会。
 街で火事があると消火活動その他の為に魔道士を派遣したり、祭りがあると、協会の運営費を稼ぐ為に魔道士を派遣して出店を開いたりする団体である。
 そんな魔道士協会の片隅で、とある黒ローブを着た師匠と弟子が話をしていた。
 「いやー、お母さんが元気そうだったんで、良かったなーとも思うんですけど…」
 と、何となく複雑な表情をしているのはニールという魔道士だ。見習いを卒業したばかりで、まだまだ少年の域を出ていない若さの魔道士である。
 「そういう問題では無いと思うけど…」
 ニールの話を聞いていたのは、師匠のウル。あんまり機嫌は良くないようだ。
 事の始まりは、数週間前。ニールに故郷の母親から久しぶりに手紙が届いた事だった。
 月に一度、手紙やその他の荷物をまとめて村から運んでいる荷物運びの馬車には、ニールの母親の病気と、治療の薬代を求めるその手紙が入っていた。
 手紙は、間違いなく母の字で書かれている…とニールは思った。
 なので、お金の送り先に指定された薬師に早馬で薬代を送金しつつ、故郷に大急ぎで帰ったニールは、実家で元気そうにスープを温めている母親と再会したというわけである。
 最近、エルザードで流行っている、送金詐欺だった。
 田舎を離れてエルザードに何らかの理由で来ている少年少女宛てに、故郷の家族の病気を告げて治療代と称してお金を取ろうという詐欺である。
 当然、宛先の薬師は所在不明だ。
 「そんな手口に騙されちゃ、だめだよ…」
 ウルは言った。
 今日、実家から帰ってきたニールから、事情を聞いたところである。
 正直怪しいと思ったのだが、筆跡が母親のものに間違いないというので、ウルも手紙を信じていた。そもそも、そんなに重病だったら手紙も書けないだろうと思ったのは、後の祭りである…
 エルザードと各地の村の間で手紙等の荷物を輸送している業者は幾つかあるが、詐欺の偽手紙は業者を関係無く出されているようである。
 「調べるのには、時間がかかるかも知れないね」
 ウルは呟いた。
 翌日、ウルは一連の詐欺事件の調査を、白山羊亭へと依頼に行った…

 (依頼内容)
 ・エルザードで、田舎出身の少年少女を狙った詐欺が流行しています。誰か何とかして下さい。

 (本編)

1.その手紙に…
 
 「じゃあ、その手紙に触らせて下さいな〜」
 言ったのは、エルダーシャだった。
 彼女は詐欺の話を聞いて、早速、依頼人のニールを尋ねに魔道士協会にやってきた。
 一通り話を聞いた後、彼女はニールに頼む。
 「見るんじゃなくて、触るんですか?」
 「はい、触るんですー」
 前々から、変わった人だなーとは思っていたけれど…
 と、ニールは手紙…母からと偽って届いた手紙…をエルダーシャに差し出した。
 「ふむふむ。なるほど。わかりました〜
  また、明日辺り来ますね〜」
 エルダーシャは小一時間ほど手紙に触った後、何やら頷きながら言った。
 「あ、はい、ありがとうございます?」
 ニールは、去っていくエルダーシャを見送った。
 手紙に触る事で、彼女にしか見えない何かが見えたのだろうか?たまに、そういうのが見える人なのかもしれない。明日辺り来ると言っていたので、ニールは明日を待つ事にした。
 それから、また一人、詐欺事件の話を聞いたものがやってきた。
 「詐欺ですかー、感心しない事が流行ってますね…」
 ふぅ、と、風来の巫女のみずねは、ため息をついた。
 「はい、流行ってるみたいで…」
 ニールもため息をついた。彼にとっては、全く他人事ではない。
 そういえば、久しぶりですねー。と、しばらく二人は話す。
 来客は、さらに続いた。
 16歳のニールよりもさらに若く、子供のように見える。生き物つくりの神、ゾロ・アーである。
 「こんにちは、俺の鼠は元気ですか?」
 「あ、はい。たまに出てきて騒いでます…」
 子供のように見えるが、神だけに実年齢は不詳である。
 以前、彼が訪れたときに作り出した鼠は、今では何故かニールの部屋に住み着いていた。
 「あなたに届いた手紙の入れ物…封筒を見てみたいのですが、よろしいですか?」
 ゾロ・アーは言う。
 「中身じゃなくて、封筒ですか?」
 手紙に触りたいと言ったり、封筒を見たいと言ったり、今日は変わった人が多いなー。とニールは思った。
 「封筒には、それ独特の特徴がある場合もありますからね。
  もし、詐欺で使われた封筒がエルザードの街で買われた封筒だとしたら、街の雑貨屋を調べれば何かわかるかも知れませんし」
 「あー、なるほど。
  手紙が、本当に外の村から届いたとは限りませんもんね」
 みずねが頷いた。
 田舎の親からという事で届いた手紙が、本当に田舎から送られた保障など無い。何故なら、詐欺だからだ。
 …などと、他の者の話を聞きながら、みずねは考える。
 やっぱり、実際に手紙を運んでいたのは業者だから、業者を調べる必要はありますよねー。とは思うけれども…
 まだまだ、来客は続く。
 「あ、腹黒同盟の皆さん、こんにちはー」
 アイラス・サーリアスとオーマ・シュヴァルツがやってきた。腹黒同盟という、ソラン魔道士協会に勝るとも劣らない団体の構成員である。
 彼らは、それが自然であるかのように話の輪に入った。
 「おまえの所に届いた手紙を見せな。
  裏で糸を引いてマッチョな悪筋気配の腹黒LV親父LV筋肉アニキLV(以下略)をビビビキャッチだ」
 「あ、手紙ですね。どうぞー」
 なんか、ラップな人だなー。と思いながら、ニールはオーマに手紙を見せた。オーマは何かを手紙のどこかから感じたのだろうか。何やら頷いている。その仕草がエルダーシャに少し似ているとニールは思った。
 「とりあえず、被害者の人達の所を回ってみましょうか。
  それで、被害者の人と一緒に荷物運びの業者に探りを入れてみるのが、基本かなーと」
 アイラスが言った。正攻法である。
 「基本ってのは、誰にも聞かず頼らず自分の腹黒筋で決めるもんだ。
  というわけで聖筋界桃色腹筋探偵団は、荷物運びの業者にバイト潜入(以下略)」
 「あ、それも面白そうですね。私も行きますー」
 輸送業者が結構怪しいと思う。どうせなら、内部で関係者や他のバイトに聞いてみるのも良いんじゃないかと思ったみずねが、オーマの提案に乗った。
 「じゃあ、ニールに手紙を届けた輸送業者でも行ってみるか。さっきの手紙からそんな気配がしたぜ」
 「そうですね、行きましょうー」
 オーマとみずねは、魔道士協会を出て輸送業者に向かった。
 ゾロ・アーとアイラス、ニールが、魔道士協会に残される。
 「そうだ、他人の筆跡を真似る事が出来る魔法というのはありますか?
  珍しい魔法だと思いますので、そうした魔法で字が書かれていたら、手がかりになると思うのですが…」
 「筆跡ですかー。
  そうですね。探しておきますよ」
 ニールは魔法の関与に関しては調べておくと言った。
 「では、一緒に行きましょうか。
  お互い、被害者の方に用があるようですし」
 ゾロ・アーはアイラスに言った。
 「そうですね、別行動する理由もありませんね」
 ゾロ・アーは被害者に送られた偽手紙の封筒に、アイラスは被害者の話に、それぞれ興味があった。
 二人はは、ニールに筆跡に関係するような魔法の調査について頼んだ後、魔道士教会を去っていった。
 魔道士協会にはニールだけが残される。ニールは、筆跡に関わるような魔法について調査を始めた。
 手紙詐欺事件の調査は、そうして始まった。

 2.調査開始
 
 エルザードで、人を雇って大掛かりに輸送を行っている有名な業者は3つ。
 配達の精度やサービスなどで評判の良い順に並べると…
 キノクニヤ、ミカワヤ、エチゴヤである。
 配達の速度や安さの順に並べると…
 逆に、エチゴヤ、ミカワヤ、キノクニヤになる。
 安さのエチゴヤ、質のキノクニヤというのが、エルザードでの一般的な評判だった。
 今回、ニールに手紙を届けたのは、質が売りのはずのキノクニヤだった。オーマとみずねは、そのキノクニヤへとやってきた。
 小ぎれいに片付けられたキノクニヤの入り口周辺は、なるほど、安さより質が売りの業者の雰囲気である。
 2人が荷物運びの護衛の仕事で働きたいというと、すぐに奥の部屋に通された。
 木製のドアの向こうには、これまた小ぎれいなソファが並んだ応接間があった。荷物運びの面接会場にしては、綺麗過ぎる位だった。キノクニヤの主人が面接に来るというので、2人はしばらく応接間で待たされた。
 「なんか、屋敷とかお城で働く人の面接でもするような場所ですね」
 「ああ、腹黒メイドや筋肉門衛達が巣立っていきそうな場所だな」
 2人は、ひそひそと話しながら待つ。やがて、キノクニヤの主人がやってきた。
 やせた、神経質そうな男である。何となく顔色も悪い。
 「初めまして、主人のブンザエモンと申します。
  オーマさんに、みずねさんですか?
  せっかく来て頂いて悪いのですが、今は、あまり無頼の輩を雇わないようにしているんです」
 主人は静かに言った。
 「無頼の輩…、やっぱり、手紙の詐欺の件ですか?」
 「そういう事です。
  評判と一緒に、売り上げも落ちていましてね…
  人は多めに雇って、安全に荷物を届けるようにするのがうちのやり方だったのですが、人を雇い過ぎたのかも知れないと思っているのですよ」
 みずねの言葉に、主人は頷いた。
 確かに、キノクニヤは護衛の戦士も常時募集状態で雇っている。その事が積荷を高確率で夜盗から守る事に繋がっていたし、金が無い時はとりあえずキノクニヤという事で、エルザードを拠点としている冒険者の間でも重宝がられていた。
 「はは、なら、評判を上げれば売り上げも上がるってもんさ。
  ここは、この筋肉と人魚を信じて雇うのが腹黒街道の本道ってもんさ。いや、腹黒と言っても、決して悪い意味じゃないぞ(以下略)」
 「いや、本当、怪しいものじゃないですから。
  えーとー、私達、マイラ村のルキッド様の知り合いです。
  ほら、神水を運んでもらったりとかで、ルキッド様もキノクニヤさんにはお世話になってるそうなので、お手伝いしようかなーと思いまして。こ、これ、ルキッド様とお友達の証のサイン入りペットボトルです」
 オーマとみずねは、主人を説得しようとする。
 うむー。と主人は考えている。
 「腹黒同盟にルキッド様の関係者ですか…
  どちらも噂は聞いていますが…」
 主人は渋い顔をしている。ソラン魔道士協会の名前でも出した方が、まだ説得力があったかも知れないかなと、2人は思った。
 「まあ、良いでしょう。どちらも詐欺に関与するような集まりでは無いでしょうし。
  護衛の方、しばらくお願い致します。丁度、海路で人手が欲しい所でしたし」
 結局、主人は2人を雇う事を了承した。
 簡単な契約書にサイン等をした後、2人はキノクニヤを後にした。
 明後日から、海路で荷物運びの仕事があるという。その往復の旅路で、何か掴めれば良いのだが…
 「ニール君の所にでも顔を出して、帰ります?」
 「そうだな」
 今日の調査は、キノクニヤの就職活動でひとまず終了だ。情報交換も兼ねて、ニールの所にも顔を出していこう。と、2人は魔道士協会を訪れた。
 「あ、丁度良い所に〜。
  ちょっと良い物を見つけて来たんで、明日、みんなで見ませんか〜?」
 何かを見つけてきたエルダーシャが、そこには居た。
 少し前に時間を戻してみる。
 オーマやみずねが面接を受けていた頃、エルダーシャは、被害者に送られた偽手紙に『触ろう』として、被害にあった少年少女を探していた。その途中、同様に被害にあった少年少女達を探していたアイラスやゾロ・アーと出会う。
 「なるほど、手紙に触る事で、手紙が生まれてから見てきた事を覚えるわけですね?」
 「はい、そういう事です〜。
  それで、犯人の顔でもわかると良いんですけどね〜」
「ついでに封筒に触ってもらって…いや、手紙だけで十分ですね」
 手紙の思い出を記憶した上で、さらに手紙に触っても、意味は無いかなと、ゾロ・アーは思った。
 それなら、一緒に被害者の所に行ってみよう。というわけで、3人は住所のわかっている被害者の所へ行ってみる事にした。
 まず、3人は商人ギルドに行った。そこでは見習い商人の少年が、ニールと同様の偽手紙に引っかかったという。
 3人が少年に会いたいと言うと、あまり歓迎されてはいないようだったが、会う事が出来た。
 見習い商人の少年の部屋に、2人は通される。いかにも見習いが住む様な質素な部屋だった。こういう部屋に住む少年を詐欺のターゲットにするのは不愉快だと、アイラスは思った。
 話を聞いてみると、ニールの時と状況は同じようだ。母の病気と偽った偽手紙が来たようである。
 「あまり思い出したくないんですけども…
  ほら、こっちの本物の手紙と見比べてみてください」
 見習い商人の少年が、本物の母の手紙を出して、偽手紙と並べてみた。
 「なるほど…そっくりですね」
 アイラスが唸っている。
 「確かに…封筒の方を見せていただいて良いですか?」
 「すごいですね〜
  あ、ちょっと偽手紙の方に触らせてくれませんか?」
 細かい字の癖まで、よく似ている。本人に催眠術でもかけて書かせたのではないかと、そういう可能性も考えなくてはいけないかも知れない。とアイラスは思った。それから、アイラスは見習い商人の少年と話す。その間、エルダーシャは手紙に触れて、手紙の思い出を記憶していた。ゾロ・アーは封筒を調べている。
 「早く忘れたいのは理解できるのですが、少しだけ、僕と一緒に輸送業者の所に行ってもらえませんか?
  輸送業者に話を聞くのに、関係者の方に居ていただいた方が都合が良いので…」
 「確かにそうですよね、関係無い人が話を聞きに来ても教えちゃいけないって、僕もよく言われてますし…」
 快く…というわけには、さすがにいかないが、それでも見習い商人の少年は一緒に来ることを了承してくれた。
 見習い商人の少年に手紙を届けたエチゴヤに、本人を加えた四人は話を聞きにいく。
 本人が来たなら仕方ない。と、エチゴヤは話を聞かせてくれた。
 「実際、うちも困ってましてね…」
 意外とエチゴヤの口は軽く、元々評判の良くなかったエチゴヤは、詐欺事件でさらに評判が落ちて困っているようだった。
 「差出人…は、いちいち覚えてませんね。申し訳ない。
  手紙が集められた日付と、運ばれた期間はわかりますがね」
 エチゴヤは言う。
 「出来れば、その期間の関係者の名簿等もあれば頂けますか?
  それぞれの犯行の共通点、共通する人物を探してみたいので」
 「なるほど、もっともな意見ですな。
  内部に裏切り者が居るなら、許せんですし…」
 アイラスの質問に、エチゴヤが協力的だった。
 「ただ、やはり被害者の方のプライバシーに関わりますからな。
  それぞれの事件毎に、被害者の了承をとって頂きたい。
  これ以上、余計な問題が起きては困りますのでな」
 事件を詳しく調べるのに、被害者の了承だけは取ってほしいと、エチゴヤは言った。
 それに関しては、約束する。とアイラスは言った。
 いくつかの話を聞いた後、4人はエチゴヤを後にした。
 「しばらく、被害者の方と業者の間を往復する事になりそうですね。
  封筒関係の調査は、俺が行います」
 ゾロ・アーは言った。
 いつの間にか、彼の周囲には数匹の鼠が居た。張り込み&尾行ようにゾロ・アーが作った賢い鼠である。
 『ふふふ、任せておけ』
 と、言葉にこそ出さないが、鼠達は尻尾で語っているようだった。
 「明日、みんなに一回集まってもらいませんか〜?
  手紙を触ってたら、少し見えましたよ〜」
 エルダーシャが言った。
 みんなに見てもらう価値がありそうなものが手紙の思い出にあったと、彼女は言った。
 それから、もう一件、被害にあった少年と業者の間を、3人は往復した。
 
 3.7人居る。

 「というわけで、皆さんに集まって頂いたのは、この小箱を見てもらう為ですよ〜」
 魔道士協会のウルの部屋には、関係者が集まっていた。
 エルダーシャの他には、みずね、ゾロ・アー、オーマ、アイラス、それに依頼人のウルとニールだ。ニールの部屋だと狭いので、ニールの師匠のウルの部屋に一行は押しかけていた。
 「小さい小箱ですね…」
 ニールが、じーっと小箱を眺めている。
 「いや、本当に小箱を眺めてもしょうがないよ…
  エルダーシャさん、ニールの為に、小箱の事を説明してもらえますか?」
 ウルが、小箱をじーっと見つめる弟子を見ながら言った。
 「はい、じゃあ小箱を見た事が無い人も居ると思いますんで、説明しますね〜」
 エルダーシャは小箱の説明を始めた。
 「ここに、私が細工した宝石があります。
  この宝石には、私の記憶というか思い出が入ってます、これを小箱に入れるとですね…」
 言いながら、エルダーシャは思い出入りの宝石を小箱に入れる。
 「みんなで私の思い出を見る事が出来ますよ〜。凄いですね〜」
 エルダーシャは、パチパチと拍手した。
 「昨日、エルダーシャさんが、詐欺の被害者さん達の手紙に触って回って、手紙の記憶を見てきて、それをそのまま宝石に入れたんです」
 「手紙の記憶…て、事は、手紙が書かれてから被害者さんの所に届くまでが見れるわけですね?」
 アイラスの補足説明にニールが言った。
 「ただ、一つ、問題があるんです…」
 ここで、エルダーシャが神妙な顔をした。
 皆、次の言葉を待つ。
 「この小箱は、6人までしか一緒に見れないんです」
 エルダーシャ、みずね、ゾロ・アー、オーマ、アイラス、ウル、ニール
 部屋には7人居た。
 「じゃあ、俺は別にいいから…」
 部屋の主人のウルは、ふぅ、とため息をついた。
 「ウ、ウルさんもすねないで、今度、一緒に見ましょうね〜」
 エルダーシャが言った。
 ひとまず、ウル以外の6人が、手紙の思い出を見て回る事にした。
 「じゃ、行きましょう〜」
 とエルダーシャが言って、6人は思い出の中に入った。
 映像が見え始める。
 白い手袋が見えた。
 手袋が外されて、出てきた手は右手だった。
 右手に筆を持ち、右手で紙を押さえ、綺麗な文字が書かれていく。
 書くのも右手。
 押さえるのも右手だった。
 二人の人間の手ではない。顔は見えなかったが、同じ人間の右手と右手だ。
 そうして書かれた手紙は封筒に入れられ、送られていった。
 次の手紙も、そうして書かれ、送られていった。
 三枚目の手紙は、左手で押さえられ、右手で書かれていた。それは2枚目までと比べて字の書き方も下手で別人が書いているうだった。
 一通りの手紙の思い出を見終わった所で、6人は現実に戻った。
 「手紙を書いた人、左手も右手に見えませんでした〜?」
 「あと、書いてる場所も毎回違うように見えましたね。
  固定の仕事場みたいな場所は無いって事ですかね?」
 エルダーシャとアイラスが言った。
 手紙を書いている手は、両手とも右手だった。そんな人間はあまり居ない。手紙を書いている場所も毎回違う。それらの事は、手がかりには違いないと思った。
 「普通の手の人も居ましたよね?」
 「字も下手だったし、そっちは真似マッチョだろうな」
 オーマとみずねが話している、詐欺の噂を聞いて、真似する者が現れたとしても不思議ではないだろう。
 「何かの魔術の代償として、体がそういう風に変化してしまうという事は無いですか?」
 「『手が器用になる変わりに、両手とも利き腕の形に変化してしまう』という魔法なら、あるね。
  失敗作の魔法で、手は二度と元に戻らないのだけれども」
 ゾロ・アーの言葉に、ウルが答えた。
 そっちの方に関しては、魔道士協会の方で調べてみるよ。とウルは言った。
 「色々わかったみたいですね〜」
 エルダーシャが小箱を片付けている。
 手紙を書いている者の顔は見えなかったが、幾つかの手がかりが見えた事は確かだった。
 一行は、それぞれの調査に戻る。

 4.ひとまずの調査終了

 各自の調査は、その後もしばらく続いた。
 キノクニヤに潜入したオーマとみずねは、思い出の小箱を覗いた翌日から、海に出た。荷物運びに同行しているのである。
 船の仕事は専門の水夫達が行っているので、護衛として雇われたオーマやみずねの仕事はあまり無かった。極端な話、海賊でも襲ってこない限り、船客と大差無いような状態である。
 もちろん、それは他のキノクニヤの荷物運び達にも共通して言える事であり、暇で困っている彼らは、オーマやみずねに色々と話を聞かせてくれた。
 「あー、両手とも右手の男だろ?
  居た居た。この前まで働いてたぜ。無愛想な奴だったぜ」
 キノクニヤの護衛Aは言う。
 両手とも右手の者は、何度かキノクニヤの荷物運びに護衛とし同行した事があるという。手袋で手は隠していたが、たまたま見た者が居るそうだ。
 「今は、もうキノクニヤには居ないんですか?」
 「ああ、最近は見かけねぇなー。
  ランツって名乗ってたけど、どこに居るんだろうなぁ」
 両手とも右手の者の行方はわからないそうだ。他の者にも聞いたが、誰も素性は知らないそうだ。まあ、流れ者にはよくある話であるので、気にする者も居なかった。
 「働くふりをして裏切りマッチョとは、ナイス腹黒だ」
 「私達も、他人の言えないですけどね…」
 オーマとみずねは、甲板の片隅でこそこそと話す。
 「…というか、いい話は聞けましたけど、エルザードに帰るまでは何も出来ないですねー」
 まあ、泳いで帰っちゃおうと思えば、帰れそうな気はするけれど…とみずねは思った。
 「まあ、ここは荷物を無事に持って帰って、腹黒運送屋から報酬を貰っとこうぜ。
  いや、決して家計が苦しいから副業がてらじゃないぜ」
 オーマは言った。そっか、家計が苦しいのか。とみずねは思った。
 2人がエルザードに帰ったのは、運悪くやってきた海賊の襲撃を退けた、それから数週間後だった…
 その間、エルザードに留まっていた者達も、もちろん調査を続けていた。
 アイラスとエルダーシャは被害者の少年少女と主要な業者に話を聞き続けていた。
 それで、各詐欺事件に共通する人物が浮かばないかと、各詐欺事件周辺の、時系列をまとめてみた。
 「この、ランツっていう護衛の人が、いつも居たみたいですね」
 「むむ!という事は!
  …アイラス君、解説お願い〜」
 「おそらく、このランツという人が、荷物運びの護衛をする振りをして手紙を盗み見して、何らかの方法…そう、例えばエルダーシャさんの思い出の小箱みたいな方法で筆跡を記憶して、真似て手紙を書いたんだとおもいます」
 「という事は、そのランツって人が犯人の人って事ですね〜」
 「だと思うんですが…」
 あとは、ランツ名乗る男が両手とも右手であるならば、間違いないのだが…
 アイラスとエルダーシャが、その事を知ったのは、オーマとみずねが帰ってきた後だった。
 犯人と犯行の手口の情報は、彼らによってエチゴヤ、ミカワヤ、キノクニヤといった業者に伝えられた。
 次に両手とも右手のランツが現れた時は捕まえらえる。
 みんな、そう思ったが、そうした気配を感じたのか、右手のランツは、その後、手紙詐欺に関わるのをやめたようだ。
 それから、一行は一度ニールの所に集まった。
 「粗悪な模倣犯の人は、何人か見つかったんですけどね」
 手紙の封筒を調査をしていたゾロ・アーは、エルザードで封筒を入手して送っていた、何人かの模倣犯的な詐欺師を見つけていた。
 「まあ、ランツって人もエルザードから姿を消したみたいですし、詐欺をする人も居なくなったみたいだから、良いんじゃないですか?」
 ニールが言った。
 「退散させたと良い方に思うべきか、逃がしてしまったと悪い方に思うべきか…」
 何とも言いがたいな。とゾロ・アーは思った。
 後日、魔道士協会の内部で右手のランツに『手が器用になる変わりに、両手とも利き腕の形に変化してしまう魔法』をかけた者が見つかったと、ウルは今回の詐欺事件を調べてくれた者達に伝えた。
 当然、禁止されている失敗作の魔法なので、その魔道士は処罰される事にはなったが、右手のランツの足取りをつかむ事には繋がらなかった。
 ただ、その後、少年少女に悪質な偽手紙が送られてくる詐欺事件が収まった事は確かだった。

 (完)
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【1780/エルダーシャ/女/999才/旅人】
【0925/みずね/女/24才/風来の巫女】
【2598/ゾロ・アー/男/783才/生き物つくりの神】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19才/軽戦士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

(PC名は参加順です)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 結構おひさしぶりです、MTSです。
 毎度遅くなって申し訳ありません…
 今回は全員共通の内容になっています。
 2と4については一度、個別で書いてみたのですが、推理物だけに全体の情報がわかった方が読みやすいかなーと思ったので、全部まとめてみました。
 エルダーシャに関しては、いつの間にか、思い出の小箱などという物を手に入れていたようで、びっくりしました。
 手紙が覚えているのは、やっぱり書いた人の手かなーと思ったので、今回はそんな風に書いてみました。
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら遊びに来てくださいです。