<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『あけてビックリ』


<オープニング>

「あーあ。遊びに行きたいなあ」
 白山羊亭のウェイトレス・ルディアは、ため息をついた。
 夕方の混雑にはまだ間がある昼下がり。トレイを抱えて、窓の外に広がる青空を眺める。
「ずっと休み無しだし。おにぎり持って、ピクニックとか〜」

 だから、マスターの提案に飛びついた。
「えっ、おにぎりパーティー?」
「ああ。ルディアをピクニックに行かせてやるのは無理だが、ビックリおにぎりパーティーで気晴らしなんてどうだ?」
「やるやるやる〜!やります!早速、ボードに募集出して来ますね」

『普通はおにぎりに入れない食材(きちんと食べられるもの)を2種類入れて握り、おにぎりを2個作って参加してください』
 
* * * * *
 申込者は4人。
「当日は、桃色プリティほっぺもフォーリンダウンの、ラブリー握り飯を作ってマッスル持参・・・」
 そこまで言って、オーマ・シュヴァルツは、シグルマの4本あるうちの手の一つで口を覆われた。
「まったく、このオヤジはいちいち喋りがクドイんだよ。で、ええと、握り飯には『日本酒』が合うな。ルディア、よろしく」
 それは、うちで日本酒を用意しろと言うことか???

「私も参加したいのですが、よろしいですか?」
 まぶしい金の髪の少女が、ルディアに申し出た。彼女はスティラ・クゥ・レイシズ。冒険は、いつも心配性の兄に止められてしまうのだが、『おにぎりパーティーなら』とお許しが出たのだと、嬉しそうに微笑む。
 あの男二人が参加するとなると、ダンジョンの冒険よりある意味デンジャラスかもしれないとルディアは思うのだが。まあ、思ったが、黙っておく。
 ルディアも実は、女性参加者があったので、胸を撫で下ろした。濃い彼らと三人きりは、部屋の空気が薄くなって窒息しそうな気がしていたのだ。
「あ・・・女性の方が参加したなら、私も。私一人では勇気がなかったので」
 常春の国から来た愛らしい歌びとスアン・プリマヴェーラが、小首を傾げ、頬を染める。肩に停まる桜色の小鳥も、『よろしく』と言うように「リィン!」と鳴いた。
 

< 1 >

「やはり、無かったですね」
 スアンはある食材店を後にした。肩を落とす。小鳥のキルシェもがっかりしたように4枚の翼をすぼめた。閑静な住宅街にぽつりと有る、菓子材料の店だ。ここでもう、5軒目だった。スアンの華奢な膝は、疲れで痛み始めていた。体はあまり丈夫とは言えず、足腰も強くはない。
 もう諦めるべきなのだろうか。エルザードには流通していないのかもしれない。
 陽は高く、容赦なくスアンの白い肌を照りつけた。汗をかいているのに、なんだか肩も腕も震えた。

 暫く街の中心へ歩いたスアンだが、ついに、道端にへたりこんだ。薄絹の翅も背でしおれる。
 キルシュが心配そうに周囲を飛び回る。ぱたぱたと激しくはばたくと、見頃を終えた桜のようにたくさんの花びらが散った。キルシュは花の精なのだ。
 主人の異変をまわりに知らせようと「リィン!リィン!」と何度も呼び声を上げる。
 黒塗りの馬車が通りかかり、停止した。セピア色のレースに飾られた窓が開いた。チャイナ衿の美女の顔が覗く。
「スアンさんじゃありません?どうなさいました?」
 今年の春、一緒にお花見を楽しんだ蒲公爵令嬢の英(はなぶさ)だった。
「うちで少し休んでいかれません?」

 英の部屋のソファでくつろぎ、アイスティーをいただくと、だいぶ楽になった。
「今夜の白山羊亭のビックリおにぎりパーティーに参加するのですが。その為の具を捜し回っていて、疲れてしまったようです」
「まあ、大変でしたわね。それで、そのビックリな具は入手できましたの?」
 英の方は、繊細な金縁のティーカップで温かい紅茶をすする。
「いえ、残念ながら。
 桜の花びらと葉の塩漬けは、私の居た国ではいつでも手に入りました。エルザードでは、チェリーのジャムさえ見つかりません」
 スアンの言葉を聞いて、英ははたとカップを置いた。
「桜の花びらの塩漬けって、『桜茶』のことですわよね?」
 桜茶。スアンも聞いたことがあった。茶葉の代わりに花びらをポットに入れる。桜の香りのする塩味のお茶だ。
「それなら、うちにありますわ。
 葉の塩漬けは、桜餅に巻くあれですね。あれも確か、先日パティシェに桜餅を作らせたので、まだ残っているはず。
 チェリージャムは、サクランボから作りましょうか。戴き物の佐藤錦を持て余していたところです」
 スアンは目を見開いた。お金持ちの家には、何でもあるものだ。
 だが、『作りましょう』って。
「私がお手伝いするのを許してくださる?だって、楽しそうだもの。
 家の厨房でなく、私専用の料理練習キッチンなら、気兼ねもないし」
 
「まあ、なんて可愛いキッチンでしょう!」
 スアンは歌うような歓喜の声を挙げた。
 英専用厨房は、機能性を全く無視した、『お人形のおうちのキッチン』のようだった。ピンクのタイルの壁、パステルカラーの調理器具。円形でなく、星型ハート型のフライパンや鍋がぶら下がっていた。こびりつきを落としにくい形だが、洗うのは別の人がやるのだろう。
「これを使ってね」と、英から真新しいピンクフリルのエプロンを渡された。英自身は割烹着をチャイナドレスの上からかぶる。
 まずは、籠いっぱいのサクランボを丁寧に洗う。シンクの『蛇口』という物を捻るだけで水が出たのに驚いた。大きな水槽に井戸から汲んだ水を貯めて、栓をはずすと水が出るしくみだそうだ。
 椅子に二人並んで座り、柄と種を取り除く。
「いい香りですね」
「ほんと、このまま食べたいわね」
「ダメですよ〜。
 あれから、まだ呑んでますか?」
「ううん。だから、すっかり弱くなったかも。
 パーティーでは、歌うの?」
 雑談しつつ行うこんな作業はとても楽しい。
 粒粒感を生かしたいので、果実は刻まずに熱湯に入れた。砂糖は控え目でカロリーオフ。焦げつきも防げる。ピンクのヘラでまめにかき混ぜながら、ジャムになるのを待った。
 その間に、コシヒカリが炊きあがる。
「おにぎり型も、色々ありますから、お好きなものを」
 英が箱をひっくり返すと、ハートや星、うさぎや猫などの型押しがテーブルに重なり合った。カエル型があるのが、蒲家らしい。
「この、花びら型をお借りします」と、スアンが一つを手に取ると、英が「えっ。それ、ずっとブタの足跡型だと思っていました」と言うので、二人で思いきり笑った。キルシュも意味がわかったのか、楽しそうに飛び回った。

 花びらの塩漬けを入れた花びら型のおにぎりには、桜葉を巻き付ける。緑の葉は清々しく、香りにもきりりとした清涼さがあった。
 もう一個には、冷ましたチェリージャムを入れ、クレープ生地で包んだ。三日月の形に整える。デザートの感覚だ。
「英さんも、一緒に行きましょう?皆さん、駄目とは言わないと思います」
 英は、笑顔で頷いた。


< 2 >

 パーティーは、白山羊亭の一テーブルで行われた。
 ルディアは夕食の休み時間なので、アルコールは厳禁。スアンとゲストの英にはジュース、スティラには薄いカクテルが用意された。シグルマは始まる前から冷酒を飲んでいる。
 みんなが持参したおにぎりはランダムに配られた。どんなビックリ具でも絶対食べることが条件だ。
 スティラとスアンは複数個作って来てくれて、それはみんなでつまめるように中央の大皿に配置する。
 オーマを待ちつつ、ルディアが何気なく窓から外を覗き込む。
「あれは!」の叫びに、全員がルディアに倣って窓から顔を突き出した。
 オーマが「オラオラ〜」と叫びながら、荷車を引いて走って来る。
「犬も人も邪魔だ邪魔だ〜。轢くぞぅ〜」

 おにぎりを荷車で運んで来たことにも驚いたが、オーマの作品のデカさにみんな呆れた。テーブルいっぱいに広がるハート型には海苔をカットした文字で『とろけアニキでいちげきズッキュン★』と書いてある。もう一個は、海苔で導線を模した爆弾型。前者はスティラに、後者はスアンに割り当てられたが、最初の一口が終わったらみんなで食べようということになった。

「では、ルディアから食べま〜す。これはスアンさん作です。形がブタの足跡型です」
「あの・・・花びらです」
 スアンが恥ずかしそうに訂正した。桜葉が巻かれた優雅なおにぎりである。
「うわっ、おいしい!花びらの塩漬けが入ってますぅ」
「梅干アンド大葉巻きの、桜バージョンって感じだな」と、料理はプロ並のオーマも、中央のスアンの桜おにぎりに手を伸ばす。ウマいとわかると、私も俺もと全員が手に取り、みんなが嬉しそうに頬張った。英が「よかったわね」とスアンに微笑みかけた。

 スティラが食べたルディア作は、ゆで卵が丸ごと入っていた。
「飲み物が必須ですね」と苦笑していた。

 スアンがかぷりと食いついたスティラの作品からは、ぽろりとグリンピースがこぼれ出た。
「綺麗・・・」と、スアンは微笑んだ。人参とコーンと豆の三色が鮮やかだ。
「味も、塩胡椒にバター風味でおいしいです」

「俺のは・・・こりゃ、何だ?」
 シグルマが首を傾げた。スアンの、クレープで包んだ三日月形おにぎりだ。わしっと齧りつき「うえ〜、甘〜。げ〜」と失礼な反応を示す。
「す、すみません。お酒には合わないですね。チェリージャムが入っているんです」
 肩を小さくすぼめるスアンだ。
「デザートにならステキですよ。みんなで最後にいただきましょう?」とルディアがぽんと肩を叩く。

「次は俺が食べる番か。海苔まんまるラブリー結びだな。どのプリティギャルが握ってくれたんだ?」
 オーマが触れた握り飯を見て、シグルマがにやりと笑った。中には100カラットの魔法石『永遠の炎』が入っている。歯に当たって『なんだ?』と困惑させて笑いを取るつもりだった。
 オーマが大きな口にぽいと放り込み、ごくりと飲み込んだ。彼には一口だ。
「うおおっ!嘘だろう?」とシグルマが悲鳴を挙げた。
「俺の宝石を返せ!」
 オーマの襟首を掴む。
「ん?何だ?」
 オーマはきょとんとシグルマを見返す。シグルマは左手その2で剣を握って振り上げた。
「腹切って取り出してやる!」
 まあまあと、ルディアがなだめる。「そのうち出るから、洗って返して貰えばいいでしょう」と。無言で座り直すシグルマ。

 シグルマが食べたスティラ作の『肉のチーズ巻き』は美味で好評だった。
「こりゃあ、ツマミにもイケる」と、やっと機嫌が直った。

 スアンは、恐る恐る爆弾の海苔を剥がす。
「きゃっ!顔が!」
 べったり貼られた海苔の下から、更に海苔で描かれたオーマの似顔絵が出て来た。
 中身は・・・ココア味だ。元はパウダーを入れたらしいが、ご飯の水分で溶けて、どろりとチョコムース状態だった。
「ココアと海苔の味が少し合わないような」
 控え目に否定するスアンである。

 オーマが(今度は)齧ったルディアのおにぎりは、皮ごと茹でじゃが芋が入っていた。
「・・・。味が無いぞ?」
「すみませーん、手抜きで」と、ひたすら謝るルディア。

「これは、日本酒のいい匂いがするわ」と、英が手に取るのはシグルマ作だ。
「おまえさんは、酒はダメだろ」と、オーマが取り上げた。英は実は巨大ガマガエルで、酔うと本来の姿に戻ってしまう。
 ぽろりと、オーマが持った握り飯の中から、赤唐がらしが落ちた。
「シグルマ、おまえ、鷹の爪なんて入れやがって」
「俺じゃねーよっ!厨房の見習い野郎がやったんだ!俺が入れようとしたのは」
 そこまで言ってシグルマは黙った。『爪の垢』だとは口が裂けても言えない。

 大トリは、オーマ作巨大ハートおにぎり。担当のスティラは緊張の面持ちでカレースプーンを掴んでいた。
 もう一つは、なにせココア味だった。
 いや、蝮や蝸牛が入っている可能性も否定出来ない。しかも人面蛇、人面エスカルゴ・・・。切れ長目の蛇の顔やら、色白の蝸牛やら、スティラの妄想は広がり、ぐるぐると脳裏を渦巻く。
「えいっ!」
 エルザード城の城門から飛び降りたつもりで、スプーンを突っ込む。黄色いそぼろ状のものが掻き出された。
「炒り卵?」
 なんだ、意外に普通だ。
「うんにゃ。プリンだよ」
 オーマはにやりと笑った。
 全員が悲鳴を挙げる、「プリンーっ!?」
 同情の目が一斉にスティラに注がれた。
『おにいさま。先立つスティラをお許しください』
 スティラは、意を決して、ぱくりとスプーンを口に入れた。
『えっ?』
 にわかにその事実は信じられず、受け入れ難かった。ご飯は餅状で甘く、プリンと合っている。
「お、おいしい」
「うそ?」「えーっ?」みんな、次々にスプーンを持ってほじくる。
「ほんとだ・・・」と、ルディアも放心していた。
「うっほん」と、オーマが偉そうに胸を張った。手伝ってくれたケーキ屋の店長に、心で感謝しながら。

 わいわいとおにぎりをつまみながら、楽しい時間は過ぎて行く。指についたご飯粒をしゃぶっても叱る人はいない。
 誰かがルディアの頬に付いた一粒をつまみ、そのまま口に入れ、笑った。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
1341/スティラ・クゥ・レイシズ/女性/18/遠視師
0812/シグルマ/男性/29/戦士
2547/スアン・プリマヴェーラ/女性/16/常世の歌い手

NPC 
蒲(ガマ)公爵令嬢英(はなぶさ)
ルディア

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
私も実際に佐藤錦からジャムを作ってみました。酸味がほどよくて、おいしかったです。
クレープをごはんに巻いて月型にするのは、生地が破れてしまいました。