<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『エルフに恋した鬼』



◆オープニング

 ある日、残虐な鬼の一族の末裔である、心優しき若者・清蔵丸は、池に落ちたエルフの少女・ラズリを助け、彼女に恋をした。しかし、それを見た、清蔵丸の一族に両親を殺された青年・ラーウェルは、清蔵丸がラズリを食い殺そうとして池に落としたのだと思い、清蔵丸を追っ払った。
 時は流れ、ラズリとラーウェルは結婚する事となった。ラズリを助けた鬼の若者の存在と、その思いを知らないまま。本当の事を告げる事が出来ず、また自分の一族の残虐さを恨み、辛い日々を過ごしている清蔵丸は、ラズリへの思いを伝える事が出来るのだろうか?



「なるほどね。久々へここへ来たけど、色々な事件が起こっていたようですね」
 そう言って、エスメラルダの注いだ紅茶を飲んでいるみずねの腰まであるエメラルドグリーンの髪の毛を、窓から吹き抜けてくる風が静かに揺らした。エスメラルダの鬼の若者達の話は、とても複雑で厄介そうなものであったけれども、みずねはその話を聞いても優しく、穏やかな笑顔を失う事はなかった。
「お互いが色々な感情を持っているからねえ。それぞれが他人の話を聞くかはわからないけど」
「私としては、それも若者の強みだと思うのですけど」
 みずねはエスメラルダへ、ため息混じりにそう答えると、紅茶をまた一口運び話を続けた。
「まずは真実を明確にする事が大切ですね。あと、清蔵丸クンとラズリさん、ラーウェルクンの関係の修復でしょうか」
「関係の修復を?」
 エスメラルダが、みずねへ顔を向ける。
「はい。どうも各人の性格を聞き及ぶ限り、いい友人関係が結べそうですから。真実をハッキリさせれば、その3人の方々は、とても良い関係になれると思うのです」
「なるほどねえ」
 みずねの話を聞くと、エスメラスダは納得したように軽く頷いてみせた。
「きちんとした話し合いの場を設ければ良いかと。まずは私が、その三方を、例の池まで呼び出そうと思います」
「そうね、それがいいかもしれない。とにかく、よろしく頼むね」
 エスメラルダのやや心配そうな表情が混じった笑顔に見送られ、みずねはエスメラルダのいる酒場を後にした。



 エスメラルドの酒場を出たみずねはまず、今自分がいる場所から一番近いラズリの家へと向かった。
 賑やかなアルマ通りをずっと歩くと、やがてみずねの視界にブルーの屋根に、レンガ作りの可愛らしい家が入ってきた。エスメラルダに説明された通り、玄関には色とりどりの花が飾られ、見ているだけでもラズリの色的なセンスの良さが伺える。
 みずねはそよ風に踊るようにして揺れる花を見つめながら、その家のドアをノックした。
「どちら様でしょうか?」
 すぐに、エルフの若い女性が顔を出した。
「あなたがラズリさんですね。私はみずね、と申します。少々お話がありまして、こちらに参りました」
「はい、確かに私がラズリですが。お話ですか?一体何の?」
 みずねの言葉に、ラズリが不思議そうな表情を浮かべる。それはそうだろう。初めて会う者が、突然話があると家に入ってきて、それを不信に思わなければ、よっぽどの無用心というものだ。
 しかし、しばらく眉をひそめていたラズリも、みずねの柔らかい笑顔に安心したのか、やがて今まで小さく開いていたドアを、みずねを受け入れるように大きく開いた。
「突然お邪魔してすみません、ラズリさん」
 みずねが、ラズリを安心させるように優しく、上品な笑顔を浮かべた。
「それで、お話というのは?」
 そのドアを開けたラズリの左の薬指に、宝石がはまった指輪が光っている。これはきっと、ラーウェルクンから贈られた婚約指輪なのだろうと、みずねは心の中で呟いていた。
「どうしても、あなたに知ってもらいたい事があるのです。あなたと、恋人のラーウェルクンに関わる事です。あなたが昔、落ちてしまった池まで来て頂けませんか?ラーウェルクンも、お呼びしていますので」
「ラーウェルさんを?」
 そのラズリの問いかけに、みずねはゆっくりと頷いた。ラズリは少し考えていたようであったが、やがて何かを決めたかのように、表情に一瞬緊張を見せると、みずねへと言葉を返した。
「わかりました。ただ、その池は」
「大丈夫です。ラズリさんを危険な目には合わせません。何かがあったら、私がお守りしますから。危険な鬼も、そこにはいませんよ」
 鬼、という言葉が出たとたんに、ラズリは驚きの表情を見せたが、そのままみずねの案内のままに、二人は町を出て、池へと向かった。



 ラズリを連れて池へ辿り着いた時、みずねは、池の前にすでに数名の者がいる事に気づいた。
「あら、すでにどなたかいるようですが」
 ラズリが後ろから、不可思議そうな声で呟いた。
「ラーウェルさんもいますわ!」
 ラズリはみずねを通り越して、小走りに池まで走っていった。しかし、その少し手前で彼女のその足取りは止まる。みずねもラズリの動きを見ながらすぐに追いかけたが、何故ラズリの足が止まったかはすぐにわかった。そこに、鬼の若者もいたからだ。
 銀色の髪、赤く燃え上がるような色の瞳、そして鋭い牙、みずねはそれが清蔵丸である事をすぐに感じ取った。
「あなたラズリさんですね。これは、あなたへの手紙です」
 青い髪に眼鏡をかけた、穏やかそうな青年がこちらへやってきて、ラズリに一通の手紙を手渡す。ラズリは眉を寄せてそれを受け取ると、ゆっくりと用心しながら、手紙を開けた。
「ラズリさんを連れてきてくださったのですね。ということは、貴方もエスメラルダさんからこの依頼を?」
 眼鏡の青年が、穏やかな表情のまま、みずねに話し掛けてくる。
「ええ、そうです。私、みずねと申します。少しでもあの3人の誤解が解ければいいなと思いまして、まずラズリさんをこちたへ連れてきたのですが、他の二人も連れてきて下さったのですね」
「やはりそうでしたか。僕はアイラス・サーリアス。清蔵丸さんを連れてきたのは僕ですが、ラーウェルさんはあの方が」
 そう言って、アイラスが池のほうへと視線を向けた。
 ラーウェルと清蔵丸に挟まれ、逞しい筋肉の男性がやたらに自分の筋肉を強調した服を着て何かを話している。
「オーマ・シュヴァルツさんです。僕の知り合いなんですが、お城に顔がきくみたいで、ラーウェルさんをここまで連れてきてくれたんですよ」
 みずねとアイラスは、手紙を読み終わり、目を伏せているラズリを連れて、池へと歩いていった。
「お。やっと全員揃ったってわけだな」
 オーマが全員の顔を見回し、にやりとした笑みを見せた。
「初めまして。私はみずねと申します」
 みすねはすぐに、皆へと笑顔で自己紹介をした。
「さてと、これからが重要だな。3人とも、いきなりこんな展開になってびっくりしてるんだろうが、これは真実だ」
 オーマは一息入れると、話を続けた。
「一大陸の在りし命全て奪った男でさえも、愛を手にする事が出来た。一で全を決めるは腹黒ナンセンスだぜ」
 みずねは、そう話し続けるオーマの表情に、一瞬だけ何か悲しげなものが見えたような気がした
「大事なのは全と、共に何よりも互いと想い絆だ。俺も誰かを守りたいと心に誓った事がある。異端的存在の俺がな。お前達がどうなるかはお前達次第だが、俺は結婚は祝福するつもりだ」
 オーマは、何かを思い出したように、目を細めてラズリ達を見つめた。
「僕は」
 今まで黙っていた清蔵丸がやっと口を開いた。
「僕は、あの残酷な一族の末裔である事は変わりないんだ。水に映ったこの姿もほら、自分でも恐ろしい。だから、ラズリさんとラーウェルさんが誤解をしてもしょうがないと、ずっと思っていたんだ」
 清蔵丸は、ラズリが手に持っている手紙に視線を向けていた。
「でも、オーマさんやアイラスさん、みずねさんの親切を無駄にしてはいけない。せめて真実を知ってほしいんだ」
 清蔵丸がいうと、今度はラーウェルが眉間にしわを寄せて答えた。
「そうだ!オレの両親は、てめえの一族に食い殺されたんだ!てめえが例えいいヤツだったとしても、オレはてめえらのした事を許せねえんだよ!」
 ラーウェルは肩を震わせながら怒鳴りつけた。ラーウェルの気持ちは、みずねにも良くわかった。
 確かに彼の言う通り、清蔵丸の一族がラーウェルの両親を食い殺した事実は変わらない。それが人間の感情、というものだろう。
「今後の事は、皆さんが決める事ですけど」
 みずねは池に一歩近づき、皆へと優しく語りかけた。
「私も、アイラスさんも、オーマさんも、真実を知って欲しい、そして出来る事ならラズリさん達、良いお友達になって欲しいと思っています。今から、私の力でこの池の水が見ていた過去を、映し出しますね」
 みずねは池の淵に立ち、手をかざした。すると、池に今とは違う服を着た、ラズリの姿が映し出された。池の映像には、帽子が浮かんでいるのが映し出されている。そして、ラズリはその帽子を取ろうとして手を伸ばしたかと思うと、急に額を抑えて、崩してそのまま池へと転落した。
「これは、あの時の?」
 ラズリがみずねへと顔を向けた。
「私、風に飛ばされた帽子を取ろうとして、急にめまいを起したんだった」
「そうです。あの時の事を、この池の水が見ていた記憶を、今私の力で映し出しているのです」
 そうみずねが答え終わると同時に、池へと駆けつけてくる清蔵丸の姿が映し出された。
 清蔵丸は躊躇する事もなく池に飛び込み、半分気を失いかけているラズリをかかえ、自らも池の水草に足を取られそうになりながらも、やがてラズリを陸へと運んでいた。
「あなたが、私を」
 驚きの表情のまま、ラズリが清蔵丸を見つめた。
「溺れている人を助けるのは、当然だからね」
 映像に目をやりつつ、清蔵丸が微笑んだ。真っ赤な目と鋭い牙は変わらないけれど、その表情には、残酷な鬼の一族の血は、少しも感じさせなかった。
「鬼が、彼女を突き落としたんじゃなかったのか」
 ラーウェルは池を見つめたまま、静かに呟いた。やがて、池の水に鎧を着たラーウェルが映し出された。
 ラーウェルは鬼よりも恐ろしい形相で清蔵丸を追い払い、ラズリを抱きかかえ介抱する。そしてラーウェルはラズリを抱きかかえたままそこを去り、水面から姿が見えなくなってしまった。
「私を助けてくれたのは、清蔵丸さんだったのね」
 ラズリが目を細めて呟いた。しばらくすると、再び池に清蔵丸が映し出された。
 清蔵丸は池をじっと見詰めたまま、やがてぽたぽたと涙を落とし始め、自分の顔についている牙や角を引っ張ろうとし、その痛みで顔をゆがませていた。
「もう、泣かなくてもいいんですよ、清蔵丸さん」
 ラズリが清蔵丸に言う。
「この手紙に書いてある、貴方の思いは良くわかりました。とても丁寧な字を書くのですね」
 そう言ってラズリが手紙を開いたので、みずねはその文面をそっと除いた。
 そこには、ラズリに対する思いがたった数行のみで書かれているだけであったが、その文字はとても美しく、それだけを見たら、清蔵丸が残酷な鬼の一族である事は、まったくわからないだろうと、みずねは思った。
「だけど、今ごろこんなの見せられても!」
 ラーウェルが急に声を上げた。
「どうしろって言うんだ?ラズリを助けたのはその鬼かもしれないが、だからどうしろって言うんだよ。ラズリをその鬼の嫁にしろって言うのか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。それを決めるのはあなた達です。僕達は、もつれた糸をほぐすだけですから」
 アイラスが答えた。
「ラズリ、お前はどうなんだよ。この事実を知っても、オレの事好きか?」
 ラーウェルがラズリに言う。
 しばらく沈黙が続いた。風がまわりの草木を揺らす音だけが聞こえていた。
「せめて」
 沈黙を破ったのは清蔵丸であった。
「お友達になって欲しいんだ。僕、こんな姿だから、友達は一人もいない。一人でいる事は、とても寂しい事なんだよ」
 清蔵丸のその声は、とても寂しそうであった。
「そうは言ってもさあ」
 ラーウェルはまだ納得のいかないような顔をしていた。
「私はお友達になりたいです。命の恩人のあなたと」
 ラズリが真面目な表情で答えた。
「清蔵丸さん、私、あなたに助けられた事は良く覚えてないんです。それはとても残念な事ですけど、でも良かった。みずねさん達がいなければ、大事なことを知らずに終えてしまいそうでした。ラーウェルさん、私もあなたの事を愛していますわ。それは今後も変わらないと思うの」
 ラーウェルの方を向き、ラズリが言う。
「これから、皆でどこかへ行きませんか?そうですね、綺麗なところがいいですわね。きっと気持ちも変わってくると思うの。ラーウェルさん、この人は、あなたの妻の恩人なんですもの。私、それでもあなたに対する愛は、変わらないの。私は、命の恩人ということじゃなくて、あなたを愛している」
「そうか。そういうことならなあ」
 少し照れくさそうに、ラーウェルが答えた。
「それなら、良い場所を知ってるぜ?」
 オーマが、自信のありげな顔でラズリに答えてみせた。



 ラズリ達とみずね、アイラスは、オーマの案内のもと、池から少し離れた川へとやってきた。
 そこにつく頃には、すでの夕暮れになっていたが、川には蛍が沢山舞っていて、とても幻想的な風景が広がっているのであった。
「とても綺麗な場所ですね」
 みずねも、うっとりとその景色に見入る。アイラスも楽しそうに、目で蛍を追っかけていた。
「さてと、ちょっと作戦があるんだ。耳、貸しな?」
 ラズリ達から離れ、オーマがみずねとアイラスにそっと耳打ちをする。
「これから俺がちょいと変身して、あの3人を襲うからな。それであいつらがどうするかで、本当に大切なものが何かに気づくだろう。いや、もうほとんど気づいているかとは思うけどな」
 そう言って、オーマはラズリ達に気づかれないようにして、川にある草むらへと入っていった。
「なるほど、いざっていう時の態度が一番大切、というわけですね」
 アイラスが眼鏡を持ち上げながら答えた。
 やがて、草むらから、50m以上はある翼の在る巨大な銀の獅子が飛び出した。ラズリは悲鳴をあげて地面へと力なく崩れ、ラーウェルもその巨大さに驚いたのか、動きが止まってしまった。
 ところが、清蔵丸だけはやたらに冷静で、獅子に近寄ると、落ち着いた声で答えた。
「あの二人は幸せになる人達なんだ!僕は犠牲になってもいい。それが残酷な事をしてしまった僕達一族の運命だと思っているから、覚悟は出来ているよ!」
「駄目です、清蔵丸さん!逃げてください!」
 ラズリがやっとの事で声を上げる。しかし、清蔵丸はラズリ達に振り向きもしなかった。
「早く逃げて。最後は、誰かを守って命を終えたい。それが僕の願いなんだよ、僕の、鬼の一族としての!」
「てめえ、清蔵丸!かっこつけてるんじゃない、その怪物追っ払う事が先だろうが!」
 ラーウェルはそう叫ぶと、獅子の前へと踊り出た。
「ラズリを守るのはオレだからな!ここでてめえが死んだら、オレは一生てめえに感謝しながら生きなきゃいけない。けど、死んだヤツにどう感謝しろって言うんだ?相手が生きてなきゃ、感謝も形にする事が出来ないだろうが!」
 腰につけていた剣を抜き、ラーウェルが身構えた。
「こい、化け物!この鬼は臆病だ、やるならオレをやれ!こいつは逃がしてやれよな、てめえに少しでも心があるんなら!」
 すると、獅子の姿が急に縮まり、やがてオーマが姿を表した。
「オーマさん!!?」
 ラズリ達が同時に声を上げた。
「これで自分達の答えが出るだろ?」
 オーマのその声は、とても落ち着いていて、どこか優しげであった。
 蛍の光がラズリ、ラーウェル、清蔵丸を淡い光で包み込んでいた。みずねは、もうあの3人は大丈夫だと思い、アイラスと共にオーマ達へと近づいていった。
「ま、鬼にも色々なヤツがいるってことだな」
 ラーウェルが言う。
「あんな言葉をかけてもらったのは初めてだよ。僕を逃がしてやれなんて」
 清蔵丸は、とても嬉しそうであった。
「みずねさん、アイラスさん、オーマさん。私達の為に、本当に有難うございました。何か大切な事を、教えられた気がします」
 ラズリはそう言うと、みずね達に向かって頭を丁寧に下げたのであった。



 数週間後、ラズリとラーウェルは天使の広場にある教会で結婚式を挙げた。そこに、みずねやアイラス、オーマも招待された。
 その観客の中に、清蔵丸もいた。鬼の一族の外見はそのままであったけれども、清蔵丸の姿を見て怖がるものはいなかった。それは、清蔵丸がとても穏やかで、楽しそうにしているからであった。心まで穏やかであるから、まわりの人にもそれが伝わり、清蔵丸の姿を恐ろしいものと感じさせないのかもしれない。
 その後、ラーウェルが城から別の町の警備を命じられ、ラズリと共に二人はその町へと引っ越してしまった。
 しかし、清蔵丸もまたその町へ行き、かつては人々の命を奪った武器の技術を、そこでは町の人々を守る技術として役立てている事を手紙で知り、みずねはほっと一安心するのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0925/みずね/女性/24歳/風来の巫女】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 みずね様

 シナリオ参加ありがとうございました!新人ライターの朝霧青海です。
 今回は、ソーンでは初シナリオとなったのですが、楽しく書くことが出来ました。特に、みずねさんが池に過去の記憶を映し出すシーンは、話の中では重要なシーンとなりましたので、どんな感じで表現していけば面白くなるかな、と考えながら話を書いておりました。
 まだまだ、ソーンは未開拓のジャンルでありますので、これからもシナリオを出していきたいと思っています。また、今回のシナリオは、他参加の方とリンクしていた描写となっています。他の参加者様からの視点の物語も是非御覧ください。
 それでは、どうもありがとうございました!