<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『エルフに恋した鬼』



◆オープニング

 ある日、残虐な鬼の一族の末裔である、心優しき若者・清蔵丸は、池に落ちたエルフの少女・ラズリを助け、彼女に恋をした。しかし、それを見た、清蔵丸の一族に両親を殺された青年・ラーウェルは、清蔵丸がラズリを食い殺そうとして池に落としたのだと思い、清蔵丸を追っ払った。
 時は流れ、ラズリとラーウェルは結婚する事となった。ラズリを助けた鬼の若者の存在と、その思いを知らないまま。本当の事を告げる事が出来ず、また自分の一族の残虐さを恨み、辛い日々を過ごしている清蔵丸は、ラズリへの思いを伝える事が出来るのだろうか?



「人はまず、見かけで判断するものですからね〜。仕方の無いことだとも思いますが」
 黒山羊亭の女主人、エスメラルダの前で、アイラス・サーリアスは静かに呟いた。
「第一印象が一番大事という人もいるぐらいですしね。だからと言って、見かけだけで全てを判断して良いという事にはなりませんから」
 アイラスがそう言うと、エスメラルダはため息混じりに言葉を返した。
「そうねえ、私だって確かにそう。でも、こういう事情があるんじゃ、そうも言ってられないのよ。その鬼の若者が、気の毒でね」
 エスメラルダの表情から、やりきれない感情が伝わってくる。
「しかし、誤解を正すのは大変かもしれませんよ?」
「誤解されたまま、一生を過ごすのは、それ以上に辛い事なんじゃないかって、思うのよ」
 エスメラルダの真面目な表情に、アイラスはやがてにこやかな表情を返して見せた。
「僕がやれるだけの事はやってみます。ですが、僕は連載沙汰はからっきしなもので、上手くいかなくても恨まないで下さいね?」
「恨んだりなんてしないわよ。その気持ちだけでも有り難いのだからね」
 エスメラルダは、アイラスの飲んでいたカップに、もう一杯紅茶を注いだ。
「これは私からのサービス。大した事はでき出来ないけど、ここであの3人の関係がどうにか円滑になるよう、祈っているから。それから、少し前にも、若い女性と、がっしりした体格のお兄さんに、この依頼の事を伝えたの。皆で協力して欲しいわ。よろしくね」
 アイラスは紅茶を飲み干すと、店を出て、まず清蔵丸が住んでいるというほら穴へと向かう事にした。



 町を出て街道をしばらく歩くと、やがて林が左の方角へ見てきた。その奥に池があり、アイラスはあれが問題のあった池だろうと思った。
 林に入ると、急に太陽の光がまばらになってくる。森、という程暗くはないが、夜になればここは真っ暗になるだろう。その林の中にも、獣道のようなものがわずかにあり、アイラスはその道を伝ってさらに奥を目指した。
 しばらく行くと、巨大な岩が無造作に置かれている場所へと辿り着いた。岩の高さは、アイラスの身長の5倍ぐらいはあるだろうか。ところどころにコケがこびりついていて、見ていても何の面白みもない。
「なるほど、ここならあまり人目にもつきませんねえ」
 アイラスは岩にそって歩いていった。すると、岩に細い切れ目のような物があるのが、目に入ってきた。自然に出来た、というからには少し不自然で、どちらかと言えば、鋭い刃物で岩を切り裂いたあとのように見えた。
 その岩の切れ目の下に、やたら盛り上がっている土を発見したアイラスは、そのあたりを手で探ってみた。
「ああ、やはりこれが入口でしたか」
 盛り上がった土の裏には木で出来た扉がくっついており、アイラスはそれを開けて、中へと入っていった。エスメラルダの言う通りなら、ここが清蔵丸の棲家であるはずだ。ただ、同時にかつて人々を食い殺したという、残虐な鬼の一族が棲んでいた場所であるから、アイラスは用心しながらその暗い道を進んでいった。
 しばらく進むと、先に光が見えてきた。松明や照明などの光というよりは、ぼんやりとした蛍の光に近い。
「清蔵丸さん、失礼致します」
 身構えながらも、アイラスは叫んだ。
「どなた?」
 角の生えた巨大な人影が突然現れたので、アイラスは思わず身構えた。
「あなたに用事がありまして。僕は、アイラス・サーリアスと言う者です」
「アイラスさん?僕に何の用?」
 影は一向に、アイラスの方へと近づいてこなかった。影と話している感じがして、アイラスは少し不思議な気分であった。
「お話があるのです。ラズリさん、あなたが池で助けた、エルフの女の子の事で」
「あの女の子の?」
 驚きの声があがり、影の主が姿を表した。
「初めまして、清蔵丸さん」
 アイラスは礼儀正しく、挨拶をした。
 銀色の髪、赤く燃え上がるような色の瞳、そして鋭い牙。けれどアイラスはそんな恐ろしい姿を前にしながら、清蔵丸の目はどこか優しげで、寂しげな物があると感じていた。
「とある方からあなた方の話を聞いたんです。エルフのラズリさん、それから兵士のラーウェルさんの事も」
「どうしてあなたがそんな」
 低い声ではあったが、その声はとても落ち着いている。
「悪人面の良い人なんてよくいますし、人間だって良い人もいれば悪い人もいます。僕があなた方の誤解を解くのに、何とか出来ればいいと思いまして」
「そうなんだ。わざわざ有難う、こんなところまで」
 清蔵丸が目を伏せた。
「それで、早速本題なんですが、まずはラズリさんに、あなたの思いを伝える為の、手紙を渡したら良いと思うのです」
「手紙を?彼女に僕が?」
 アイラスはゆっくりと頷いた。清蔵丸は、不安そうな表情でアイラスに視線を向けている。
「これは残念な事ですが、やはり人は見かけで判断されてしまうと。ですが、そのうち内面の方が重要になってきます。まずはきっかけとして、手紙から入っていければいいなと」
 清蔵丸はしばらく何かを考えているようであったが、やがてアイラスに真面目な表情を見せた。
「わかったよ。こうして、1人で辛い思いをしているぐらいなら、何かやった方がいいしね。奥へ入って下さい。手紙を書くから」
「あ、いえ。また迎えに来ます。僕は手紙を書いている間に、ラーウェルさんのところへ行って来ます。どうにか、お話できる機会を作りますから」
 ラーウェルと聞き、再び臆病な顔になった清蔵丸であったが、アイラスは清蔵丸を残すと、出口へと向かった。
「あの光は、光ゴケみたいですね。何だか寂しいところに棲んでいるみたいですが」
 清蔵丸の後ろに、無数の光コケが生えているのを見て、アイラスは綺麗だ、と思うと同時に、どこか寂しいものを感じ、早く誤解をといてあげようと思った。



「おや?」
 外に出たアイラスは、池に二人の人物がいるのに気づいた。1人は逞しい筋肉の男性で、見た事がある顔である事に気づいた。
「オーマさん?」
「よぉ、アイラスじゃねえか。この腹黒相方めが」
 オーマの横に、若い男性がいた。
「城に行って、今兵を連れてきたところだ」
「では、この方がラーウェルさんですか。ちょうど呼びに行こうと思ってたので、助かりました」
 オーマ・シュヴァルツは、手に何か派手な布きれを持っている。
「オーマさん、その布は一体?」
 アイラスがそう言うと、オーマがラーウェルに聞こえないように、こっそりと耳打ちしてきた。
「この布でな、鬼を桃色変装させて、ラズリ達にわからないように姿を隠そうかと」
「それは、どうなんでしょうねえ?素直に出て来てもらっても大丈夫じゃないかと。まあ、桃色も面白そうですが」眩しいほどの桃色を放つ布に、アイラスは目を細めていた。
「そろそろ、清蔵丸さんが手紙を書き終わった頃でしょう。迎えにいってきますね」
 アイラスはその場にオーマとラーウェルを残し、再び清蔵丸の棲家へと向かった。光ゴケに囲まれたその部屋で、清蔵丸は丁度手紙を封筒に入れているところであった。
「僕の知り合いが、ラーウェルさんを連れてきてくれました。さあ、行きましょう」
「だけど」
 まだ躊躇している清蔵丸に、アイラスは力強く答える。
「何か行動を起こさなければ、物事は変わりませんよ。大丈夫です、僕やオーマさんがいますから。ちゃんとあなたを助けますから」
 清蔵丸を連れて、アイラスは池へと向かった。そこへ向かうと、ラーウェルがまず驚きの声をあげ、腰につけていた剣を抜き、清蔵丸に飛びかかろうとする。
「お前ら、一体何を企んでる!!!」
 ラーウェルがそう言うのも無理はなかった。
「まあ、ちょっと落ち着けや」
 オーマがその逞しい筋肉で、ラーウェルの体を抑えていた。
「話をする機会だけでもくれ。この鬼にも、話したい事があるんだからよ」
 しかし、ラーウェルと清蔵丸の間に会話は無かった。沈黙が続く中、しばらくすると、林の道から二人の女性が姿を見せた。
「ラーウェルさんもいますわ!」
 エルフの女性が声をあげ、小走りに池まで走っていった。その後ろには、若い女性もいる。しかし、アイラスの手前で彼女のその足取りは止まる。エルフは清蔵丸に視線を漂わせ、何かを戸惑っているようであった。
「あなたラズリさんですね。これは、あなたへの手紙です」
 そのエルフの女性が、ラズリである事はすぐにわかった。アイラスはラズリに清蔵丸から受け取った一通の手紙を手渡した。ラズリは眉を寄せてそれを受け取ると、ゆっくりと用心しながら、手紙を開けた。
「ラズリさんを連れてきてくださったのですね。ということは、貴方もエスメラルダさんからこの依頼を?」
 アイラスは、穏やかな表情のまま、後から来た女性に話し掛けた。
「ええ、そうです。私、みずねと申します。少しでもあの3人の誤解が解ければいいなと思いまして、まずラズリさんをこちたへ連れてきたのですが、他の二人も連れてきて下さったのですね」
「やはりそうでしたか。僕はアイラス・サーリアス。清蔵丸さんを連れてきたのは僕ですが、ラーウェルさんはあの方が」
 そう言って、アイラスが池のほうへと視線を向けた。
 ラーウェルと清蔵丸に挟まれ、オーマが二人へ何かを話している。
「オーマ・シュヴァルツさんです。僕の知り合いなんですが、お城に顔がきくみたいで、ラーウェルさんをここまで連れてきてくれたんですよ」
 アイラスとみずねは、手紙を読み終わり、目を伏せているラズリを連れて、池へと歩いていった。
「お。やっと全員揃ったってわけだな」
 オーマが全員の顔を見回し、にやりとした笑みを見せた。
「初めまして。私はみずねと申します」
 みすねはすぐに、皆へと笑顔で自己紹介をした。
「さてと、これからが重要だな。3人とも、いきなりこんな展開になってびっくりしてるんだろうが、これは真実だ」
 オーマは一息入れると、話を続けた。
「一大陸の在りし命全て奪った男でさえも、愛を手にする事が出来た。一で全を決めるは腹黒ナンセンスだぜ」
 みずねは、そう話し続けるオーマの表情に、一瞬だけ何か悲しげなものが見えたような気がした
「大事なのは全と、共に何よりも互いと想い絆だ。俺も誰かを守りたいと心に誓った事がある。異端的存在の俺がな。お前達がどうなるかはお前達次第だが、俺は結婚は祝福するつもりだ」
 オーマは、何かを思い出したように、目を細めてラズリ達を見つめた。
「僕は」
 今まで黙っていた清蔵丸がやっと口を開いた。
「僕は、あの残酷な一族の末裔である事は変わりないんだ。水に映ったこの姿もほら、自分でも恐ろしい。だから、ラズリさんとラーウェルさんが誤解をしてもしょうがないと、ずっと思っていたんだ」
 清蔵丸は、ラズリが手に持っている手紙に視線を向けていた。
「でも、オーマさんやアイラスさん、みずねさんの親切を無駄にしてはいけない。せめて真実を知ってほしいんだ」
 清蔵丸がいうと、今度はラーウェルが眉間にしわを寄せて答えた。
「そうだ!オレの両親は、てめえの一族に食い殺されたんだ!てめえが例えいいヤツだったとしても、オレはてめえらのした事を許せねえんだよ!」
 ラーウェルは肩を震わせながら怒鳴りつけた。ラーウェルの気持ちは、アイラスにも良くわかった。
 確かに彼の言う通り、清蔵丸の一族がラーウェルの両親を食い殺した事実は変わらない。それが人間の感情、というものだろう。
「今後の事は、皆さんが決める事ですけど」
 みずねが池に一歩近づき、皆へと優しく語りかける。
「私も、アイラスさんも、オーマさんも、真実を知って欲しい、そして出来る事ならラズリさん達、良いお友達になって欲しいと思っています。今から、私の力でこの池の水が見ていた過去を、映し出しますね」
 みずねは池の淵に立ち、手をかざした。すると、池に今とは違う服を着た、ラズリの姿が映し出された。池の映像には、帽子が浮かんでいるのが映し出されている。そして、ラズリはその帽子を取ろうとして手を伸ばしたかと思うと、急に額を抑えて、崩してそのまま池へと転落した。
「これは、あの時の?」
 ラズリがみずねへと顔を向けた。
「私、風に飛ばされた帽子を取ろうとして、急にめまいを起したんだった」
「そうです。あの時の事を、この池の水が見ていた記憶を、今私の力で映し出しているのです」
 そうみずねが答え終わると同時に、池へと駆けつけてくる清蔵丸の姿が映し出された。
 清蔵丸は躊躇する事もなく池に飛び込み、半分気を失いかけているラズリをかかえ、自らも池の水草に足を取られそうになりながらも、やがてラズリを陸へと運んでいた。
「あなたが、私を」
 驚きの表情のまま、ラズリが清蔵丸を見つめた。
「溺れている人を助けるのは、当然だからね」
 映像に目をやりつつ、清蔵丸が微笑んだ。真っ赤な目と鋭い牙は変わらないけれど、その表情には、残酷な鬼の一族の血は、少しも感じさせなかった。
「鬼が、彼女を突き落としたんじゃなかったのか」
 ラーウェルは池を見つめたまま、静かに呟いた。やがて、池の水に鎧を着たラーウェルが映し出された。
 ラーウェルは鬼よりも恐ろしい形相で清蔵丸を追い払い、ラズリを抱きかかえ介抱する。そしてラーウェルはラズリを抱きかかえたままそこを去り、水面から姿が見えなくなってしまった。
「私を助けてくれたのは、清蔵丸さんだったのね」
 ラズリが目を細めて呟いた。しばらくすると、再び池に清蔵丸が映し出された。
 清蔵丸は池をじっと見詰めたまま、やがてぽたぽたと涙を落とし始め、自分の顔についている牙や角を引っ張ろうとし、その痛みで顔をゆがませていた。
「もう、泣かなくてもいいんですよ、清蔵丸さん」
 ラズリが清蔵丸に言う。
「この手紙に書いてある、貴方の思いは良くわかりました。とても丁寧な字を書くのですね」
 そう言ってラズリが手紙を開いたので、アイラスはその文面をそっと除いた。
 そこには、ラズリに対する思いがたった数行のみで書かれているだけであったが、その文字はとても美しく、それだけを見たら、清蔵丸が残酷な鬼の一族である事は、まったくわからないだろうと、アイラスは思った。
「だけど、今ごろこんなの見せられても!」
 ラーウェルが急に声を上げた。
「どうしろって言うんだ?ラズリを助けたのはその鬼かもしれないが、だからどうしろって言うんだよ。ラズリをその鬼の嫁にしろって言うのか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。それを決めるのはあなた達です。僕達は、もつれた糸をほぐすだけですから」
 アイラスが答えた。
「ラズリ、お前はどうなんだよ。この事実を知っても、オレの事好きか?」
 ラーウェルがラズリに言う。
 しばらく沈黙が続いた。風がまわりの草木を揺らす音だけが聞こえていた。
「せめて」
 沈黙を破ったのは清蔵丸であった。
「お友達になって欲しいんだ。僕、こんな姿だから、友達は一人もいない。一人でいる事は、とても寂しい事なんだよ」
 清蔵丸のその声は、とても寂しそうであった。
「そうは言ってもさあ」
 ラーウェルはまだ納得のいかないような顔をしていた。
「私はお友達になりたいです。命の恩人のあなたと」
 ラズリが真面目な表情で答えた。
「清蔵丸さん、私、あなたに助けられた事は良く覚えてないんです。それはとても残念な事ですけど、でも良かった。みずねさん達がいなければ、大事なことを知らずに終えてしまいそうでした。ラーウェルさん、私もあなたの事を愛していますわ。それは今後も変わらないと思うの」
 ラーウェルの方を向き、ラズリが言う。
「これから、皆でどこかへ行きませんか?そうですね、綺麗なところがいいですわね。きっと気持ちも変わってくると思うの。ラーウェルさん、この人は、あなたの妻の恩人なんですもの。私、それでもあなたに対する愛は、変わらないの。私は、命の恩人ということじゃなくて、あなたを愛している」
「そうか。そういうことならなあ」
 少し照れくさそうに、ラーウェルが答えた。
「それなら、良い場所を知ってるぜ?」
 オーマが、自信のありげな顔でラズリに答えてみせた。



 清蔵丸達とアイラス、みずねは、オーマの案内のもと、池から少し離れた川へとやってきた。
 そこにつく頃には、すでの夕暮れになっていたが、川には蛍が沢山舞っていて、とても幻想的な風景が広がっているのであった。
「とても綺麗な場所ですね」
 アイラスは楽しい気分で、景色に浮かぶ蛍を目で追っかけていた。みずねも、うっとりとその景色に見入っている。
「さてと、ちょっと作戦があるんだ。耳、貸しな?」
 ラズリ達から離れ、オーマがアイラスとみずねにそっと耳打ちをする。
「これから俺がちょいと変身して、あの3人を襲うからな。それであいつらがどうするかで、本当に大切なものが何かに気づくだろう。いや、もうほとんど気づいているかとは思うけどな」
 そう言って、オーマは清蔵丸達に気づかれないようにして、川にある草むらへと入っていった。
「なるほど、いざっていう時の態度が一番大切、というわけですね」
 アイラスは眼鏡を持ち上げながら答えた。
 やがて、草むらから、50m以上はある翼の在る巨大な銀の獅子が飛び出した。ラズリは悲鳴をあげて地面へと力なく崩れ、ラーウェルもその巨大さに驚いたのか、動きが止まってしまった。
 ところが、清蔵丸だけはやたらに冷静で、獅子に近寄ると、落ち着いた声で答えた。
「あの二人は幸せになる人達なんだ!僕は犠牲になってもいい。それが残酷な事をしてしまった僕達一族の運命だと思っているから、覚悟は出来ているよ!」
「駄目です、清蔵丸さん!逃げてください!」
 ラズリがやっとの事で声を上げる。しかし、清蔵丸はラズリ達に振り向きもしなかった。
「早く逃げて。最後は、誰かを守って命を終えたい。それが僕の願いなんだよ、僕の、鬼の一族としての!」
「てめえ、清蔵丸!かっこつけてるんじゃない、その怪物追っ払う事が先だろうが!」
 ラーウェルはそう叫ぶと、獅子の前へと踊り出た。
「ラズリを守るのはオレだからな!ここでてめえが死んだら、オレは一生てめえに感謝しながら生きなきゃいけない。けど、死んだヤツにどう感謝しろって言うんだ?相手が生きてなきゃ、感謝も形にする事が出来ないだろうが!」
 腰につけていた剣を抜き、ラーウェルが身構えた。
「こい、化け物!この鬼は臆病だ、やるならオレをやれ!こいつは逃がしてやれよな、てめえに少しでも心があるんなら!」
 すると、獅子の姿が急に縮まり、やがてオーマが姿を表した。
「オーマさん!!?」
 清蔵丸達が同時に声を上げた。
「これで自分達の答えが出るだろ?」
 オーマのその声は、とても落ち着いていて、どこか優しげであった。
 蛍の光がラズリ、ラーウェル、清蔵丸を淡い光で包み込んでいた。アイラスは、もうあの3人は大丈夫だと思い、みずねと共にオーマ達へと近づいていった。
「ま、鬼にも色々なヤツがいるってことだな」
 ラーウェルが言う。
「あんな言葉をかけてもらったのは初めてだよ。僕を逃がしてやれなんて」
 清蔵丸は、とても嬉しそうであった。
「みずねさん、アイラスさん、オーマさん。私達の為に、本当に有難うございました。何か大切な事を、教えられた気がします」
 ラズリはそう言うと、アイラス達に向かって頭を丁寧に下げたのであった。



 数週間後、ラズリとラーウェルは天使の広場にある教会で結婚式を挙げた。そこに、アイラス、オーマやみずねも招待された。
 その観客の中に、清蔵丸もいた。鬼の一族の外見はそのままであったけれども、清蔵丸の姿を見て怖がるものはいなかった。それは、清蔵丸がとても穏やかで、楽しそうにしているからであった。心まで穏やかであるから、まわりの人にもそれが伝わり、清蔵丸の姿を恐ろしいものと感じさせないのかもしれない。
 その後、ラーウェルが城から別の町の警備を命じられ、ラズリと共に二人はその町へと引っ越してしまった。
 しかし、清蔵丸もまたその町へ行き、かつては人々の命を奪った武器の技術を、そこでは町の人々を守る技術として役立てている事を手紙で知り、アイラスはほっと一安心するのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0925/みずね/女性/24歳/風来の巫女】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 アイラス・サーリアス様

 シナリオ参加ありがとうございました!新人ライターの朝霧青海です。
 今回は、ソーンでは初シナリオとなったのですが、楽しく書くことが出来ました。アイラスさんは腹黒相方とあったので、何かそれっぽいことも書いたほうがいいかなと思いつつも、結局ごくごく普通に、皆を説得しているような描写になりました。アイラスさんの穏やかそうなところに、少々力強い物も出してみました。
 まだまだ、ソーンは未開拓のジャンルでありますので、これからもシナリオを出していきたいと思っています。また、今回のシナリオは、他参加の方とリンクしていた描写となっています。他の参加者様からの視点の物語も是非御覧ください。
 それでは、どうもありがとうございました!