<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


わっしょい


 その日は朝から、パンパン、という花火の上がる音がソーン中に響いていた。打ち上げられた白い煙は、吸い込まれるように青空の中に溶けていく。
「今日はなかなか賑やかだねぇ」
 窓の外から聞こえてくる景気良い音に、シェラ・シュヴァルツはにっこりと笑った。フライパンとフライ返しを持つ手も、自然と景気がよくなるというものだ。
「ああ、そうだ。奮発して卵でも入れてみようかねぇ」
 じゅっじゅっという音を立ててフライパンの中で焼けていくパステルカラーの何物かを見て小さく呟くと、シェラは卵を取り出す。明らかに鶏ではない、虹色の大きな卵である。それをためらう事なく割り、フライパンの中に投入する。
「……シェラ、それは何だ?」
 フライパンの中を炒めるシェラの後ろから、オーマ・シュヴァルツが恐る恐る声をかけた。シェラはフライパンから目を離す事なく、口を開く。
「何って、どう見たってオムレツじゃないか」
「オムレツって、そういうもんだっけ?」
「だって、卵を入れたんだよ?オムレツ以外の何物でもないさ」
 オムレツ、というものは淡い黄色の塊ではなかっただろうか、とオーマは考える。又は焼きすぎれば茶か黒の焦げ目がつくものだ。
 シェラの握り締めるフライパンの中のオムレツ(仮)は、パステルピンクであった。
「もうすぐ朝食が出来上がるから、食卓に着いて待っておいてくれよ」
「……やっぱり、朝食なんだな」
「あんたも変な人だねぇ。朝の食事なんだから、朝食だろう?」
 根本的に違う意味で取られてしまい、オーマはとりあえず「そうだな」とだけ答えた。否、それしか答えられなかった。
「そうそう、ついでにサモンも起こしてきておくれよ」
 フライパンのパステルピンクを大皿に移しながら、シェラはオーマに命じた。オーマは「おう」と答えてからサモンの部屋へと向かった。パステルピンクからしてくる甘いのか酸っぱいのかよく分からない匂いから、逃れるように。
 オーマはごんごんとサモンの部屋をノックする。
「朝食だぞ、サモン。……頼むから、一緒に食べてくれ」
 懇願のような起こし方で、オーマはサモンのドアを叩く。サモンは間髪入れずにドアを勢い良く開けた。
 ごん。
 当然のように、ドアはオーマの顔にクリーンヒットする。
「……いたんだ、オーマ」
「……いたんだよな、サモン」
 じりじりと痛むのを堪えながら、オーマは答える。
「朝食だってよ。シェラが手薬煉惹いて待ってるぜ」
「朝食……」
 サモンは小さく呟き、くん、と匂いを嗅いだ。例の甘酸っぱいような匂いが充満している。オーマは大分慣れてきたが、サモンにとっては眉間に皺を寄せるのに充分な匂いであったらしい。
「凄い、匂いがするんだけど……?」
「大丈夫だ!だんだん、気にならなくなってくるからよ」
 そう言う問題ではない。が、オーマはそれを言われぬうちに「はははは」と笑っておいた。笑った者勝ちだとでも、言わんばかりに。
「さあ、サモン!レッツ朝食!」
 オーマに促され、サモンは小さく溜息をついてから歩き始めた。その後ろでオーマが小さくガッツポーズをしたが、前を歩くサモンが気付く事は無かった。
 リビングに着くと、食卓には色とりどりの料理(?)が並んでいた。パステルピンクのオムレツ(仮)は雄々しく真ん中を陣取っており、その脇には引きちぎられた野菜たちの悲鳴が聞こえるような形をした(恐らく)サラダ、原材料を深く追求したくなるような真っ青なジャムだと思わしきペースト状のものが並んでいた。唯一、バスケットに入っている「パン」だけが、自信を持って食材だと断言する事が出来た。
「……凄い」
 呆気に取られつつ、ぽつりとサモンは呟いた。まるでおままごとのような、食べ物とは思えぬ物体たちが食卓に並んでいる。食卓、という場所に並んでいるくらいだから、食べ物なのだろうが。
「そうだろう?ささ、しっかりと食べておくれよ」
 違う意味で「凄い」を受け取ったシェラはにっこりと笑いながら、サモンとオーマに席を勧めた。二人は顔を見合わせ、それから仕方なく席に着いた。そして揃ってパンに手を伸ばし、何もつけずに口に入れたその瞬間だった。
 ポンポン、という花火の音が、再び食卓に響いたのである。
「おや、まただねぇ」
 シェラはそう言いながら、悲鳴サラダを皿に取った。
「何か、あるの?」
 パンを食べながらサモンが尋ねると、オーマがにかっと笑いながらパンを千切る。
「そうそう、今日はソーン中で夏祭りが行われるんだった!」
「夏祭りかい?」
「そうだぜ。屋台もいっぱい立ち並ぶ筈だぜ」
 オーマはそこまで言い、立ち上がった。ぐっと拳まで握っている。
「シェラ、すまねぇ!今日は屋台の食べ物を腹いっぱい食べたかったんだ!」
「屋台、かい?」
 シェラが不満そうに尋ねた。が、オーマは構わず続ける。
「お前の作ってくれたこの料理達は、夜帰ってからにしないか?きっと、成熟してもっと美味くなってるはずだぜ」
 オーマはそう言ってにかっと笑い、シェラも「そうかねぇ」と流されていたが、サモンは冷静に「ありえない」と心の中で突っ込む。
「あたしも久々に屋台の食べ物が食べたくなってきたねぇ」
「んじゃ、決まりだ!早速夏祭りにゴー!だ!」
 オーマはそう言い、食卓の朝食に背を向けた。シェラは「虫が来たらいけないからねぇ」と呟きながら、朝食に布をかける。
「……意味のない事を……」
 シェラの様子を見ながら、サモンは聞こえぬようにぽつりと呟くのであった。


 ソーン上げての夏祭り、と言うだけあって、街中が活気に満ち溢れていた。道の端には多くの屋台が立ち並んでおり、至る所で音楽と喧騒が響いていた。
「賑やかだねぇ」
 シェラは音楽に合わせて踊る人々を見て、感心したように呟いた。
「お、あっちにたこ焼きがあるぞ。サモン、シェラ、たこ焼き食わねぇか?」
「食べる」
「買ってきてくれよ」
 二人の言葉に、オーマは「よしきた!」と言いながら嬉しそうにたこ焼きを買いに行った。結局朝食はパンを齧っただけなので、お腹はしっかり空いている。いや、もっと言えばパンを齧っただけで済んだので、正常に空腹感が働いているのかもしれない。
 サモンはたこ焼きを待つ間、楽しそうに踊っている人々を見ているシェラを見て、ぽつりと「好きなの?」と尋ねた。
「え、何がだい?」
「お祭りとか……」
 サモンがそう言うと、シェラは「そうだねぇ」と言いながらにかっと笑う。
「好きだよ。妙に嬉しくなったり、楽しくなったりしないかい?」
「嬉しい、楽しい……?」
「そ。こういうの、何ていうんだろうねぇ」
 シェラが「うーん」と唸っていると、後ろからひょいっとたこ焼きの箱が差し出されながらオーマがにかっと笑いながら口を開く。
「心躍る、じゃねぇか?」
「ああ、それだね!」
 一人一箱持つと、香ばしいソースの匂いがふわりと三人を包み込んだ。
「熱いから気をつけて食うんだぜ?」
 オーマはそう言いながら、はふはふとたこ焼きを頬張る。
「意外と早かったねぇ」
「シェラとサモンが食べてぇっていうんなら、いくらでも早く持ってくるさ」
 オーマはそう言いながらにかっと笑った。サモンはたこ焼きの一つを爪楊枝でぷすりと刺し、口元に持っていく。熱い湯気が湧きあがり、たこ焼きの上で鰹節が踊っている。
「熱いから、気ぃ付けろよ」
 オーマの言葉にサモンは頷き、ふうふうと冷ましてから口に運んだ。外はパリ、中はとろっとしたたこ焼きで、大きなタコのぶつ切りが入っていた。
 三人ではふはふと食べていると、突如軽快な音楽が流れてきた。
「お、俺ぁこの曲知ってるぜ。踊ろうぜ、サモン!」
 真っ先に食べ終わったオーマは、目を輝かせながらシェラとサモンを見た。が、サモンはたこ焼きを手にしたまま首を横に振る。
「僕はまだ、食べてるから」
 サモンにきっぱりと言われて少しだけしょんぼりしたオーマの背を、勢い良くシェラがぱーんと叩いた。ごほ、とオーマは思わずむせる。
「ったく、仕方ないねぇ。あたしが相手してやるよ」
 シェラの言葉に、オーマはにかっと笑った。子どものようにはしゃいだ笑みをして、すっとシェラに手を伸ばす。それを見て、シェラもにっこりと笑ってオーマの手を取った。そして二人は軽快な音楽に合わせ、その場で踊り始めた。息がぴったりあった、華やかな踊りだ。
 サモンはたこ焼きを食べながら、楽しそうに踊る二人を見た。軽快な音楽、軽やかなステップ、地を揺るがすようなリズム。どれもが胸のうちをどくどくと熱くさせる。
(ああ、これが。心、躍る)
 サモンはぼんやりと考える。これこそが、シェラとオーマの言っていた『祭』に対する思いなのだと。
 曲が終わると、二人は嬉しそうにサモンの元に帰ってきた。
「どうだ?踊りたくなっただろう」
 オーマはにかっと笑いながら言う。
「分からなかったら、適当に動いてりゃいいんだよ」
 シェラもにっこりと笑いながら言う。
 サモンは何故だかそれにつられて微笑み、小さく「そうだね」と答えた。それを聞き、オーマとシェラは嬉しそうにサモンの手を引っ張った。
 再び軽快な音楽が流れ始める。華やいだソーンの街に響く、人々の笑い声。
 しばらくすると、花火と共に「わっしょいわっしょい」という声が聞こえてきた。見ると、大きなお神輿を沢山の人たちが担いでいた。リズム良く、わっしょいわっしょいという声が響く。
「俺も、参加してくるぜ!」
 オーマはそう言うと、素早くお神輿のところまで行って間に入り込んだ。そして一緒になって「わっしょいわっしょい」と声を上げる。元々担いでいた人たちは、突如入り込んできたオーマに違和感を抱く事なく、一緒になって声を上げて担いだ。
「……シェラ」
「なんだい?」
 オーマを見ていたサモンは、シェラのほうを見てそっと微笑む。
「心、躍るね」
 シェラはそれを聞き、にっこりと笑った。
「そうだろう?」
 わっしょいわっしょい、という声はソーンの街全体に響いていく。リズム良く、軽やかに、なんとも楽しげに。
 サモンは再び「心躍る」と呟いた。シェラもにっこりと笑って「そうだねぇ」と言って頷いた。恐らくオーマも、お神輿を担ぎながら思っている事だろう。
 心、躍る。


 祭りからシュヴァルツ家に帰ったのは、既に夜中であった。三人は屋台の食べ物をたっぷりと食べ、出店を堪能し、踊りまくって帰ってきたのだった。
「さすがに疲れたなぁ」
 かかか、と笑いながらオーマはそう言った。
「僕、もう寝るよ」
 ふあ、とあくびをしながらサモンは言った。それに対し、オーマとシェラは「おやすみ」と背中越しに返してきた。
 そして、異変が起こったのは次の瞬間だった。
「そういえば、オーマ。夜帰ってから、朝食を食べるって言ったわよねぇ?」
 ぎくり、とオーマが体を震わせた。小さく震えたまま「ああ」と答える。
「お神輿まで担いだし、お腹が空いたんじゃないのかい?」
 妙に嬉しそうなシェラの声。
「い、いやぁ……その……」
 何かうまい答えは無いか、オーマは必死で言葉を探す。回避できる言葉を、今まで生きてきた長年の経験で拾ってはないかと、それはもう必死になって。
「お腹、空いてないのかい?」
 オーマが回避の言葉を探し当てる前に、シェラの不満そうな声が上がった。こうなれば、無条件にオーマの負けとなる。
 いや、寧ろ勝てた試しがないのだが。
 オーマは覚悟を決めた。腹を括る、という文字通りの行動に出た。何度も心の中で「俺は腹が減っている」と言い聞かせながら。
「……腹、減ったなぁ」
 オーマがそう言った途端、嬉しそうにシェラは「そうだろう?」と言って笑った。
「じゃあ、すぐに温め直すよ」
 シェラはうきうきと再び台所に消えた。オーマは救いを求めるように窓の外を見たが、もう花火が上がる事は無い。サモンも、既に眠る為に自室に帰ってしまった。
「違う意味で、心が躍るな」
 はは、と渇いた笑いを浮かべながらオーマは呟いた。台所からは、あの甘酸っぱい妙な匂いがしてきた。もう、逃げられないだろう。どくんどくん、とオーマの心臓が震えた。それが恐怖によるものか、それとも緊張によるものかは、分からなかった。
 因みに、パステルピンクのオムレツ(仮)は「甘酸っぱくてスパイシーでまったりとした、何とも言えずまろやかで刺激的な凄い味」だったらしい。

<耳に「わっしょい」が響きながら・了>