<東京怪談ノベル(シングル)>
月の照らす夜
深夜のアルマ通り……王国関係者専用地下食堂。
そこに向かうべく、パメラは月明かりが照らす夜道を一人、歩いていた。
表向きには王国関係者専用の超高級食堂。しかしその裏では国が表立って公表できない仕事を使者を介して専門業者に依頼する場でもあるのだ。
大金を積まれれば裏の仕事も引きうける。そんなエージェントとしての日々を過ごすパメラは、依頼を聞いて欲しいという使者の紹介を受けて、その地下食堂へと向かっているのだ。
名を告げることすらなく――どうやら外見的特徴が先に告げられていたらしい――食堂の奥へと通される。そこにはすでに、一人の男が待っていた。
「お待ちしておりました、パメラ殿。私はエルザード軍・アセシナート砦攻略指揮官の使いの者です」
「……パメラ。エージェント。経歴公表要求は禁止事項だ」
折目正しく礼をした男に、パメラの返答はしごく素っ気ないものだった。
しかし男はそこで腰を引くこともなく、パメラの機嫌をとろうとでも思ったのか……。
「それにしても、噂のエージェントがこんなに美しい女性だとは」
「おだてても何も出ない。……仕事の内容は?」
今は関係ないだろう世辞をさらりと流して促すと、男は砦の現状について話しだした。
最近になって国境付近に建てられたアセシナートの砦を攻略するべく、依頼主たちは森林地帯に野営地を張った。しかしアセシナートは強固な門を持ち、防御が高い。結果、戦況は思わしくない方向へと流れ流れて、攻略指揮官は増援を要求することに決めたらしい。
だが、今のエルザード軍は国防のため、人手を回せる余裕がない。手練と噂の巨人の騎士も名乗りをあげたが、それだけでは足らず、傭兵も含めあちこちから人を集めている状態なのだ。
つまりパメラへの依頼は、砦攻略に手を貸して欲しいと言うこと。依頼として聞く分にはたいした問題もない内容だ。
「……なら、相応の金を出せ。今ここで、だ」
ただし、もちろんパメラは自分を安売りするつもりはなかった。
「二十万でどうでしょう?」
返された使者の言葉に、パメラの視線がぐっと鋭くなる。
「ふざけるな!」
強い声音に、使者が小さな悲鳴をあげた。
「たった二十万? おまえたちはあたしをよほど安く見ているようだな。……そんなはした金で働く気はない」
にべなく立ち上がろうとしたところで、使者からその倍額が提示された。
しかしパメラにとってはそれでもまだまだ安い。そんな金額で仕事をする気は欠片もなかった。
「一千万」
「……無茶ですよ!」
「そうか? なら半額にまけてやろう」
クス、と妖艶に笑んで告げるパメラに男はしばし言葉を失った。
しかし男のほうにも持ち合わせと予算というものがあり、結局。依頼額は四百万で落ち着くこととなった。
◆ ◆ ◆
それから数日後。
パメラは、軍野営地へとやって来ていた。
太陽はまだ高く、空は明るい。
しかしその明るさに不釣合いとも言える――しかし場所を考えれば当然か――負の感情が、辺り一面に漂っていた。
瞳を閉じ、静かに思う。
この殺気。
この緊張感。
この感情こそが、自分を満たすものだと。
「お前が、今回雇われた傭兵か」
ふいに声をかけられて、パメラは少々不機嫌気味にその声の主に視線を向けた。
ガタイの良い体格に、重厚な鎧をまとった騎士――巨人の騎士・レーヴェである。
「ああ。パメラだ」
愛想が良いとは決して言えぬものの、とりあえず名乗ったパメラに対し、しかしレーヴェの表情は硬かった。
どことも知れぬ、出所の分からないパメラのことを信用はできないらしい。そんなレーヴェに、パメラは自信満々の笑みを浮かべて返す。
「受けたからには、仕事はきちんとこなすさ」
言うだけ言ってパメラはその場を離れ、自らの持ち場へと向かった。
襲撃は夕刻。
まだもう少し時間はあるが、このまま彼と話しを続けるつもりもなかった。
襲撃は、あっという間の出来事だった。
パメラの銃を大型化させた、大型ライフルから発射されたペネトレイト・イレイザーは、たった一撃でアセシナート砦の門を貫通――どころか、城門ごと砦までをも貫通させてしまったのだ。
「これであたしの役目は終わりかな……」
すでにアセシナート兵には多数の死傷者が出ているようで、士気もこちらが大きく勝っている。
そうこうするうちに、レーヴェを含むエルザード軍の総攻撃に、砦は、今までの苦戦はなんだったのかというほどにあっさりと陥落したのだった。
……金は、前払いですでいもらいうけている。
自分のここでの仕事は、もう終わった。
パメラはくるりと戦場に背を向け歩き出す。
空は、地の騒々しさが夢幻のように、白い月が静かに照らしているだけ。
その月を見上げながら思い出す、ただ一人の主――女王。
「女王様……あたしは必ず使命を遂げてみせます……」
ぽつりと呟き、パメラはその地を後にした。
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