<東京怪談ノベル(シングル)>


オーマとお化け勝負

「あなたが、オーマね」
 突如響いた女性の声に女は振り向く。
 夕方で人通りのない街路。周囲の景色は茜色に染まりつつある。
 女の後方にいたのは、長い髪の、一人の少女だった。
「あなたが、オーマね」
 少女は小さな唇を動かした。
「腹黒同盟にマッチョにオヤジ肉。あなたは我々ウォズの敵ですわ。筋肉だから」
 なにかよくわからないことを喋っている。
「あなたが、オーマね」
 再度問い掛けてきたので、女は小さく首を横に振った。
「違うの? あの悪名高い男オーマではなくて?」
「私は女です」
「あら、よく見ればそうなのね。ではオーマはどこ?」
 女は考える。オーマとは、あの色々な所で有名なオーマ・シュバルツのことだろうか。噂が多すぎてわからない。とりあえず彼がよくいる場所を教えておく。
「ありがとうございます。ふふふ、見てらっしゃい。全てのウォズの敵、オーマ!」
 女は少女を見ながら、何て独り言が多い子だと思った。


「え? 俺のおっかけがいる?」
 晩御飯の買い物に出ていたオーマは近所の商店街で道行くおばさんからそう話を聞いた。
 おばさんはたるんだ頬を緩ませながら、言う。
「そうなのよ。最近あなた有名よ。女泣かせ、筋肉泣かせのオーマさんって」
「筋肉は泣かせてるかもしれないが、女は泣かせてねぇぞ」
「あら、でもあなたを熱心に追いかけている少女がいるって話よ。オーマさんも隅に置けないわねぇ」
 ころころと笑うおばさんにつられて、他のおばさんも興味深げにオーマとおばさんの会話に顔を出す。すっかりオーマは商店街のマスコットである。
「ちょっと、そこのおばさん」
 そんな中、少女の細い声音が挟み込む。
 オーマは声のした方に振り向く。そこには長い髪の少女が立っていた。
 呼ばれたおばさんは怪訝そうな顔で少女を見つめている。
「あなた、オーマね」
「は?」
「誤魔化しても無駄よ。私にはわかるもの。筋肉男、オーマ。腹黒男、オーマ。マッチョ男、オーマ。歩く筋肉ダルマ! オーマ! そして全ウォズの天敵、オーマ! さぁ、頷きなさい!」
「違うよ、わたしゃ、オーマさんじゃないよ」
「嘘よ、だってオーマは筋肉むきむきの目立つ男、あれ?」
 目を瞬き唖然とする少女。オーマは二人の会話に口を挟む。
「おいおい、嬢ちゃん。一体何を勘違いしてるのか知らねぇが、俺がオーマ……」
「え? 嘘」
「嘘じゃねぇよ」
 オーマは苦笑して自らを指差す。少女は大きく口を開けて、まじまじとオーマを見つめた。
「ああ、オーマ! 全おばさんの敵、オーマ!」
「お、おばさん!? ちょっと待て、俺は愛と勇気には優しいぞ、友達だ!」
「煩いわ、オーマ。とにかく、今夜指定された時刻にここに来なさい!」
 少女は地図をオーマに手渡す。
「ここで、私は全てのウォズの仇をうつわ」
「おい待て、そりゃあ」
「そうよ。私はウォズ。あなたの敵よ」
 オーマは愕然とする。こんな公共の場で自らをウォズ宣言するなどばかげている。
 しかし。最初は気付かなかったが、確かに少女からはウォズの気配が僅かにあった。
「それではね。逃げないでね。全人類の敵!」
「規模がでかくなってるし!」
 オーマの突込みも意に介さず、少女は駆け足でその場を離れてゆく。あっという間に姿が見えなくなる。
「一体どういうことだ、こりゃあ」
 頭をかき独り言を言うオーマに反応して、おばさんが地図を覗き込んだ。
「おや、オーマさん。これはあの有名な館じゃないかい」
「有名な館? 何だ、俺の家か?」
「あはは、そりゃオーマさんの家は色んな意味で有名だけどね。ほら、あのかっこいい奥さんとかね」
「いやいや、奥様の話は置いてくれ。で、この館は何で有名なんだ?」
「ああ」
 おばさんはぽんと手を打った。
「出るらしいよ」


 指定された時刻。深夜。
 オーマは館の入り口前に立つ。
 闇夜に染まった館は厳かな雰囲気もあいまって途方もない迫力を醸し出していた。
 一言で言うとお化け屋敷である。しかもホラーな劇に出てきそうな勢いだ。
「あながち出るっていうのも嘘じゃねぇかもなぁ。まぁ、出るんなら、俺が愛と友情と筋肉をもって抱きしめてあげないこともないが」
 オーマに差別という文字はない。全てに平等な愛を注ぐのである。
 後、筋肉。オーマは頷いた。


「来ましたわ」
 少女ウォズは窓から外を眺めていた。視線の先にはオーマの姿がある。
「そうやって余裕面をしているのも今のうちよ」
 少女ウォズは今まであまり何も考えずに生きてきた。
 気がついたらこの世界にいて、それでも別にあまり気にしないで生きてきた。
 そんなとき、オーマ・シュバルツの噂が耳に入った。
 ウォズを封印するオーマ。それは全てのウォズから忌み嫌われ、恐れられているという。
 噂は噂。だが、火のないところに煙は立たないのも事実だった。
 今まで少女ウォズは何も考えないで生きてきた。それが当たり前だと思っていた。
 しかし、オーマ・シュバルツという存在に少女ウォズは何故か強く心動かされていた。
 興味があった。
 同時に、勝負したいという強い想いがあったのだ。
「ふふ。私の仕掛けたトラップは極上の恐怖よ。夏の風物詩を楽しみなさい」
 少女ウォズの力により、館内部は本物のお化け屋敷と化していた。


「うーらーめーしーや」
 オーマは肩の辺りに纏わりつく白い手を軽く振り払う。
 オーマが歩くたび、廊下がぎしりと乾いた音を鳴らした。
「一枚、二枚、三枚・・・・・・一枚足りない」
 オーマは目を細めて声のした方に視線を向ける。白い影がぼんやりと壁に映る。
 堂々とした足取りで影に近づく。
「……足りない」
「足りないって愛がか? 愛が足りねぇってのか? 全く潤いがないねぇ、そこに座れ。俺が愛というものはどういったものか教えてやるよ。プラスとして筋肉についても」
 影は薄くなり消えていった。
「っておい、話の途中!! はー、ちくしょー。どいつもこいつもコミュニケーション不全だな。こりゃ、俺がじきじきに鍛え直さねぇとダメかな?」
 オーマが顔を上げると、廊下の先に手毬をつくおかっぱ姿の少女がいた。口元にはうっすら笑みを浮かべている。顔は影に隠れて見えない。
「お! なにやら面白いことしてるじゃねぇか! いや、待ち合わせしてるヤツがなかなか来なくてよ! お兄さんも混ぜてくれねぇかな!」
 オーマは弾んだ足取りで少女に近づく。
 少女はくすくす笑いながら消えていった。笑い声だけが廊下にこだまする。
「おーい、逃げるなよー。待ち合わせ相手が来るまででいいんだ、少し暇潰しに付き合って……」
 返ってくるのは少女の絶えない笑い声だ。徐々に大きくなっていく。
「何だ、もしかしてかくれんぼか! よし、お兄さんをなめんじゃねぇぜ! かくれんぼのマスターマッチョと呼ばれたこともあるんだ!」
 笑い声は笑い声のままだ。何も変わらない。オーマは溜息をついた。
「よーし、わかったぜ。オヤジと遊ぶのが嫌なんだな。じゃあこれはどうだ!」
 言った瞬間、オーマは青年の姿に変化した。力がみなぎる。周囲の空気が僅かに震える。
「これなら文句ねぇだろ! さぁ、お兄さんと遊ぼうな!」
 言って、オーマは廊下を一直線に駆けた。


「ちょっと待って下さいまし」
 少女ウォズは隠れたところからオーマの様子を眺めていた。
 オーマがお化けたちに囲まれて恐怖に叫んでいる姿を楽しむためであった。
 しかし、少女の予想は裏切られた。
「なにあれ、反則。かっこいい……じゃなくて!」
 少女ウォズは首を激しく振った。
「どうして怖がりませんの! おかしい、おかしいわ! 誰だって不気味なものを見れば精神がおかしくなるはずよ!」
 元々少女ウォズは戦闘向きではない。だから精神的にオーマをいたぶる方法をとったのだ。お化け屋敷でオーマをドッキリ☆ビックリいたぶっちゃおう作戦である。
「信じられない。彼は鋼鉄の心臓!? 鋼の魂!? ああそれは違うわ! 信じないわ!」
 少女ウォズの肩がぽんと叩かれる。
 どうせ、自分が作り出したお化けの演出か何かだろう。少女ウォズは無視して、独りごちる。
「ええい、こうなったらもっと恐ろしいお化けを出すわ。そうね、おっきい獣がいいわね。毛が勇ましく、凛とした瞳。ああでもそれはお化けらしくは」
 少女ウォズの首に熱い息がかかる。獣めいた息である。うっとうしい、と少女ウォズは振り返らずに手だけで首の辺りを払う。
「そうね、確かに荒々しい息というのもオプションとしては最高かもしれないけど、いや違うわ。獣は荒々しい牙よ」
 少女ウォズの手に白いざらざらした感触が触れる。
「ああ、そうね。こんな感じよ。いい調子じゃない」
 少女は両手を叩いた。
「そうね、あなたを改造しましょう! ねぇ、お化けさん!」
 少女が振り向いた先には大きな獅子が立っていた。銀色が眩い獣である。
 徐々にその姿は大きくなっていく。同時に圧迫感も増大していく。
 少女ウォズは恐怖で顔を強張らせる。
 こんなものは知らない、見たことがない。
「あああああああああ!」
 少女の悲鳴と共に館は一気に崩れた。


(調子に乗って変身なんかするんじゃなかった……)
 オーマは瓦礫に体を埋めたまま、呟いた。
 今だ獅子の姿である。館の破片は無残な姿となってオーマを飾っていた。
(後ろからちょっと驚かそうと思っただけなのに)
 少女ウォズはというと瓦礫の下だ。生きている気配はするから、うまく瓦礫の間に挟まって気絶しているのだろう。
 ふと、オーマは鼻を後方へ向けた。
 瓦礫の山の上で少女が愉しそうに手毬をついている。
 どこから来たのだろうか。どこにいるのだろうか。お化け騒ぎが少女ウォズの仕業だということにオーマは気付いていたが、目の前の現象については判断がつかなかった。
 少女ウォズは気絶している。
 目の前の少女は存在している。
 少女がふふ、と笑い顔を上げた。
 彼女の表情が剥き出しになる。
「!!!!」


 その夜町中を一時地震が襲った。もし、地震に感情があるならば、まるで何かに怯えているような、そんな不定期な地震だったという……

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【ライター通信】
こんにちは、酉月夜です。
またの受注どうもありがとうございます。

本当に、納期ぎりぎりの納品で申し訳ありません。
オーマと囲まれるおばさんたちが書きたくて始めた物語でした。
そういうわけでして、変身能力より、
むしろオーマのおばさんにもてもてぶりが
目立っちゃったような気がします。
少しでも楽しんで頂ければ良いのですが。

今回は本当に有難うございました。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。