<PCクエストノベル(1人)>


在りし日の記憶〜落ちた空中都市〜

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 ■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 職業】

【 1244 / ユイス・クリューゲル / 古代魔道士 】

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【T】
 遥か昔、天空の高き場所に栄えた魔法都市は、過信ゆえに魔法の暴走を起こし無残にも湖へと沈んだ。民草がどこへ消えたのかはわからない。何処かへ移り住んだのか、それとも都市と共に水中へ没したのか――それも遠き昔の事。知る術は一つとしてない。
 今はただ、水の流れに翻弄されるのみ。
 けれど朽ちた残骸の中、まだ微かに、偉大なる魔法は生きていた――。

???:「やっぱこれってキャパオーバーが原因で墜落ってやつ?」

 水の中とは到底思えぬ、原則に反した響きを持って、声は静寂に落ちた。
 崩れた外壁を手で探るのは、この水中に在り得ぬシルエット。細く長い体は人型のもの――けして水中には適さない。
 けれどその影、ユイス・クリューゲルは物理の法則を無視して、都市の大地を踏みしめている。体中の空気は絶えず上を目指しているにも関わらず、ユイスの体に浮力は存在しない様だ。
 その体を球体の、淡い彩光をした膜が覆っている。ユイスの魔力によって貼られた、障壁だった。故、膜の中のユイスは『外』と同じ行動を取る事が出来る。
 この都市にも己の転移魔法により潜り込んだ。
 目的は、都市の失墜の理由解明――とは少し大袈裟過ぎるか。都市に残された技術を趣味のゴーレム造りに役立てたい、そんな所だ。

ユイス:「……随分脆いな……」

 手を当てた箇所から崩れた、家壁であっただろう白亜のそれに眉間の皺を深める。
 かつて栄華を誇ったものの成れの果て――残骸の山とも成り下がったそれを巡り歩きながら、ユイスはため息を何度となくついた。
 目的地の動力部と中枢部には至っていないものの、現時点でユイスのお眼鏡に適うものは一つとして無い。全ては機能を停止し、瓦解している。遺跡と呼ぶものの、あまりにも長い時が経過してしまった。
 財宝を求めて潜ってきた命知らずか、あるいは住民だったのか、白骨がごろごろと転がっている。踏み潰さないように知らず知らずの内に足元が慎重になる。
 荒らされたといって過言では無い、廃れ様――しかしその姿は次第に変貌を遂げた。
 時の流れは如何ともし難いが、次第に都市の姿を残した建造物が現われる。
 ユイスがその変わりように小首を傾げた時。

ユイス:「っうお!!!」

 突如襲ってきた背後からの風圧を、ユイスは踏鞴を踏む事で堪えた。振り向き様に、障壁に激突した物を捉える。
 小さく舌打ちし、後方へと転がると、今まで自身の居た場所にソレは落ちてきた。
 振動と共に砂が水中を舞い、斬撃に霧散した。

ユイス:「無駄、だぜ」

 眼鏡の奥の双眸が、人を馬鹿にする笑みに細まった。不適な顔貌に落ちる二つの影は、障壁に沿って何度か形を変える。
 ――腕の代わりに鎌を生やした、黒い異形は、最早見慣れた魔物の一種であった。
 鋭い鎌が何度と無くユイスを襲うが、膜でしかない筈の障壁には傷が付くことは無い。それどころか鎌を軽く弾く。魔物の力が強ければ強い程、大きく体を仰け反らせる。
 やがてそれが無駄だと悟ったのか、鎌を引っ込めて距離を取る。
 ユイスの深海の色の瞳は、魔物のギラついたソレと一時見つめあった。甲虫の様な魔物に鎌以外の脅威は見受けられない。が、魔物の瞳には何の色も浮かばない。焦りや恐れ、己の鎌が全く歯が立たない相手――ユイスに対するどんな色の感情も無い。
 魔物は今一度鎌を振り上げる。それは何の考えも持たない、知能に劣る行動だった。
 ユイスの障壁は、魔物の渾身の一撃を物ともしない。何十という命を奪ったであろう鉄をも斬る斬撃は、ユイスの落胆のため息の前に、彼の魔法によってその存在ごと消滅した。
 ユイスはまた、何事も無かったかのように歩き出す。
 掻き揚げられた炎の色の髪の毛が、水中でも美しく映えていた。


【U】
 こっちだよと手を振る少年に向かって、少女がユイスをすり抜けて駆け寄った。白い鳥が天空に舞い上がり、優しい風に木々がさやぐ。
 天使を模した、ぴかぴかに磨かれた大理石の像が、噴水の中心で輝いている。
 笑い声を響かせて歩く、仲の良い親子。唄謡いが零す玲瓏な調べに心地よい庭園の時間が流れる。
 けれどそれは全て、陽炎の様に揺らいでいる。ただ水中にたゆたうだけの――幻影。
 ユイスが作り出す、集めた都市の欠片。魔力を持って再現された記憶の断片。
 どれもこれもが真実の様で、けれどどこにも現実味を持って居なかった。
 瞳を開ければ胸を襲う感情は言わずもがな事。見る風景が幸せであればある程、現実は耐え難い痛みを伴った。
 それは例えば、今ユイスの居るソーンそのもの。何時か訪れる未来は、このかつての空中都市の様に見るも無残な姿に変わってしまうのだろうか。
 進化の営みの先に、何時も滅びはちらつく。
 今自身が暴こうとする真実の先に、それは果たしてないと言えるだろうか。
 ふとそんな事を考えて、ユイスは頭を大きく振った。
 在りし日の都市と【今】を密接に結びつける自分が、何故だかとても可笑しかった。
 
 
【V】

ユイス:「―――」

 ユイスは声も無く立ち竦む。中心部へ踏み入れば、そこには確かに忘れ去られた都があったのだ。
 否。
 都と呼ぶにはやはり、どうしようも無く憐れではあった。
 それでも技術者の目から見れば、それは何にも変えがたい財宝。
 金銀宝石にも劣らぬ、素晴らしき秘宝。
 それは巨大な塔の様であった。けれど堕ちた都市そのものでもあった。
 高く見上げる程に巨大に見え、酷く浅はかな虚像にも見えた。
 記憶の中のそれと、真実のそれはまさに対極。
 ユイスの緩やかな足音が、違和感を禁じえない程響く。
 ホールの様な広い円形の空間が、壁や天井を僅かに残して存在した。扉等無い。ただ中心に向かって進むユイスの足下には、眩い光が真っ直ぐに伸びていた。
 まるで光の絨毯。時々淡く明滅し、そのまま消えてしまいそうな程に儚くはあったが、東西南北に一本ずつ、中心に伸びゆく。
 四つの線が交わる中心には、仰々しい紋様を描かれた魔法陣。その中心には巨大な岩が鎮座していた。光沢の無い、光すら反射しない黒。亀裂を走らせ、欠けた破片を周囲に撒き散らしてはいたが、悠然とした佇まいを見せる。
 岩の下方、四分の一程で床と自然な融合を見せるそれは、年月を感じさせなかった。朽ちるという表現は正しく無い。
 ただ活動を停止した。
 岩に対するには奇妙な感覚を、ユイスは滑らかな岩肌に触れる事で真実とした。

ユイス:「これがからくりってわけか」

 乾いた唇を舌先で舐める。
 
ユイス:「材質は、何だ?」

 手の甲で岩を軽く叩く。耳を押し付けて探る。
 特殊である事はわかった。そしてその内に微かに残る魔力から、想像し得た一番納得のいく答え――。

ユイス:「魔力を貯蓄してたのか……!!」

 黒い岩は魔力を内に貯め、そしてそれを吐き出す役目を持っていた、と推測する。床に走る光の絨毯は都市の中を縦横無尽に走り回り、底辺に浮力を宿す力となっていた。
 恐らくこの黒い岩は要所に置かれていた筈だ。
 だがやがて耐えられなくなり、弾けた。魔力の滞った機能は、停止せざる得ない。
 強大な魔力は制御外で発露され、都市を失墜させる程に追い込んだ。
 ――空中都市はやはり、己らの技術の前に滅んだのだ。


【W】
 何時までもまどろんでいたい程、世界は穏やかだった。ゆらゆらと、まるで水中に映像を透過したかの様な風景は、どこまでも美しく平和だ。
 けれどそれはただのイミテーション。
 ユイスに話しかける者等居なければ、その存在に気付く者さえない。
 ユイスとそれらでは生きる時代が違い過ぎた。

ユイス:「おまえらは何処へ消えたんだ…?」

 すれ違うカップルに問うてみる。その技術を持ってどこへ消えたのか、と。新たな大地を目指したのか。第二の都に移ったのか。それとも水面の泡になったのか。
 答えは得られない。
 光の絨毯を跨ぐ。古代の、技術の一端を。
 ――そこで、記憶は途絶えた。
 湖の大地と都市の先端は長い時間をかけて一つと化していた。同化してしまった大地を剥ぐ事は難しい。故に、肝心の浮力に対してはやはり推測の域は出ない。

(浮遊する新作ゴーレムは、夢だな……)

 ため息を吐き出して、ユイスは失われた都市を見つめた。月日を費やした、戻らない時間――遺跡と化した力の象徴。
 握り締めた、黒い石の欠片に目を落としユイスはしばらく佇んだ。

 それから名残惜しそうにもう一度だけ水中を見渡して、その姿は消えた。



END

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