<東京怪談ノベル(シングル)>


【メルティーナのお留守番・調合にご用心☆の巻】

 ――ドリーム・ムーン
 何気に建つ館こそ、二階は娼館、一階を喫茶店とする町の憩いの場所である。今日もここで様々な出会いと別れが繰り広げられようとしていた――――

●お留守番は危険な香り
「ランランラ〜ン♪」
 小柄な少女は椅子の上に立ち、大きな釜で沸かした湯を掻き回していた。腰を左右に振って鼻歌を口ずさむ彼女はご機嫌なようだ。
「さてっと、いつもの調合は済ませたぞ☆ でも、そろそろ新作の紅茶も欲しいとこだよね〜」
 人差し指を口に含み、大きな青い瞳をパチクリ。何か考えているらしい。彼女の名前はメルティーナ・チャーバハール。長い金髪をポニーテールに結んだ子供っぽい風貌と、健康的な小麦色の肌が印象的なレディである。
 彼女はドリーム・ムーンの従業員だ。昼は喫茶店のウェイトレスを勤め、夜は娼婦として一時の快楽を与えている。一見、10代前半のような容姿だが、れっきとした大人なのだ。その証拠かは定かで無いが、腰を振る度、豊かな膨らみが左右に揺れている。
 そんなメルティーナは、店主が買物に行っている間、店の留守を任されていた。突然ソーンという世界に転移し、右も左も分からず途方に暮れた時、今の店主に拾われたのである。
「信用してくれてるんだ! よーし、がんばるぞッ!」
 何気に見慣れない草を調合してティーポットの中へ投入、熱い湯を注いだ時だ。
「‥‥あ、れ?」
 発ち込める湯気を吸い込むと、頭の中に靄が掛かったような感覚に襲われた。次第に躯の芯が熱くなり、顔が紅潮し、息が荒くなって来る。大きな瞳は、とろん、と夢心地だ。小麦色の肌には、汗の珠が浮かぶ。
「ハァハァ‥‥おかしいな‥‥なんか、変な気持ちに‥‥」
 その時、来店を告げる鈴の音が鳴った。
「あ‥‥お客さまだ‥‥行かなきゃ‥‥あんッ!」
 椅子から降りようとした少女は、ふらりと体勢を崩し、そのまま床に倒れた。健康的なカモシカのような長い素足はピクンピクンと痙攣を起こしており、まともに歩けなくなっているようだ。
「ハァハァハァ‥‥はやく、行かなきゃ‥‥うんッ!」
 懸命に半身を起こし、壁に縋りつきながら、客の待つ店内へと身を滑らせた。青い瞳に幾つものテーブルと椅子を映し出す中、屈強そうな長身の男が浮かぶ。エルザード城の門を守る騎士のジャイアント――レーヴェ・ヴォルラス。喫茶店の常連客だ。
 ――きゅんッ☆
 レーヴェの姿を捉えた時だ。
 メルティーナの芯が一層熱くなり、堪らず駆け出した。何も知らない厳つい風貌の男は、馴染みのウェイトレスを確認して声を掛ける。
「遅いじゃないかメルティーナ。こっちだって暇ではな‥‥おい! メルティーナ?」
 自分の半分も無い背丈の小さな娘が、一気に飛び込んで来たのだ。レーヴェが鋭い視線を下ろすと、瞳を潤ませるメルティーナの紅潮した顔と、衣装からハミ出さんばかりに不釣合いな二つの膨らみが映り、不覚にも瞳を奪われた。
「ハァハァ‥‥レーヴェさぁん」
 男は困惑しながらも腰を屈めて、視線を合わす。
「どうしたのだ? 何かあったのか?」
「何か、何か変なのぉ。我慢できないのぉ! お願いぃ!」
 両足をモジモジと擦り合わせながら甘い声で話したかと思うと、メルティーナは男の首に腕を回し、唇を重ねた。ショックを受けたのはレーヴェだ。交代の時間にいつもの喫茶店を訪ねただけなのに‥‥そう、決して二階に用件があった訳ではない。第一、ここは確かに一階の店内ではないか?
 ――――!?
 騎士は我に返り、思考を現実へと戻す。気が付けば何時の間にか衣服を一枚一枚と慣れた手付きで脱がされている最中だ。
「おおぉぉぉ、おいッ、メルティーナ!」
「なぁに?」
 動揺する男と裏腹に、彼女は潤んだ瞳のまま、躊躇することなく豊かな胸元を締め付けている赤い紐を緩めると、肩紐をスルリと落とす。若く張った膨らみが弾み、今まさに曝け出されようとしていた。
 屈強なジャイアントの騎士といえど男だ。うら若き肢体を晒され求められれば、理性が本能に打ち砕かれてしまう。
「うおおぉぉぉッ! そこかぁッ!」
「きゃんッ☆」
 レーヴェは激しくメルティーナの小さく華奢な肩を掴むと、彼女の身体を押し倒した。青い瞳は期待に尚も潤む。
「はぁん☆ 来てぇ‥‥」
「うおおおぉぉぉぉッ!!」
 しかし、メルティーナの期待を裏切り、男は店内の奥へと駆けて行く。彼は店内に流れて来るピンク色の霧に気付いたのだ。鋭い眼光を流して正体を探すと、ピンクの霧を発てるティーポットを捉える。
「俺は屈せぬぞおぉぉぉッ!!」
 レーヴェは咆哮の如き叫び声をあげると、ティーポットを渾身の力を込めて窓から放り投げた。遠くで陶器の割れる乾いた音が響き渡る。
「レーヴェ‥‥さ、ん」
 半身を起こしたメルティーナだったが、立ち上がる力は残っておらず、そのまま気を失っていた――――

●優しさありがとう
 ――う‥‥ん、あれ?
「気が付いたか」
 ぼんやりとする視界に浮かび上がったのは、ジャイアントの騎士だった。どうやらメルティーナは先ほどの乱れ様を覚えていないらしい。レーヴェはゆっくりと話し出す。
「これは、催淫効果のある薬草だ。確かに異世界から来たメルティーナには分からなかったと思うが、気をつけた方がいいな。幸い店内には俺とおまえしかいなかったから良かったものの」
 ――催淫効果のある薬草。
 もし、店内に沢山の客がいて、その効果を受けてしまっていたら‥‥どんなことになっていたか――――
「助けて、くれたんだ‥‥」
 メルティーナの瞳には涙が溢れていた。命の危険は無かったであろうが、精神が崩壊していたかもしれないのだ。
「なに、当然の事をしたま」「ありがとう☆」
 厳つい風貌の男が頬を掻いて微笑した刹那、弾むような肉の谷間が飛び込んで来た。メルティーナは涙を輝かせながら、男に唇を重ねる。レーヴェは動揺したが、小刻みに彼女の身体が震えているのを感じ、肩を掴んで引き離そうとした手を止めた。
 ――知らない内に壊れちまったら怖いよな。

 二人の時間はゆっくりと刻まれてゆく――――



 ――コンコンッ☆
 ドアを叩くノックの音。
 身体を重ねる二人が振り向く先に映ったのは、既に店内に入っており、呆れたように苦笑する女の姿だ。
「あ、‥‥お帰りな、さ、い」
「あのねメルティーナ、アッチのお仕事ならちゃんとお金払って貰わなきゃダメでしょお?」
「えっと‥‥」「いや、‥‥これは、断じて違うぞ!」
 二人は当然動揺する。女は笑顔のままだ。
「外にお客様が並んでいるから何事かと思えば‥‥そりゃ入り難いわよねぇ」
 カッと店主の目が鬼の如く見開かれた。
「ここは喫茶店でしょ!! 昼の仕事なさいッ!!」
 その怒号はドリーム・ムーンの外まで聞えたらしい‥‥。
 ――ドリーム・ムーン
 今日もここで様々な出会いと別れが繰り広げられようとしていた――――


<ライターより>
 この度は発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 初のノベル発注キャラクター、いかがでしたか?
 何度も少女と書いて消したのは秘密です(笑)。だって20歳ですからね。冒頭だけ客観視点で少女と表現させて頂いています。
 当初は店主襲来前で静かに終わるつもりでしたが、多少でもコメディ的要素になればと、怒りの咆哮で幕とさせて頂きました。楽しんで頂ければ幸いです。
 よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、またメルティーナさんに出会える事を祈って☆