<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


装甲巨人戦記エルダレオーネ

「よーし、前方良好! いいぞ!」
「ゴリアテ、前進します!」
 少女の手に握られた水晶球が青い光を放つ。次に激しい振動がリズムを刻みながら襲い、視界に映る景色が動き出した。彼女の瞳に映るのは、長身の大人3人分に匹敵する高さの光景だ。高い木の先端の枝に鳥の巣を見つけ、サバランは微笑みを浮かべる。刹那、男の声が再び飛び込んで来た。
「よし、止まれ! サバラン、命令を腕部に回せ!」
「はい! ゴリアテ、オマエの腕に乗っている者の命令に従え」
 水晶球が黄色に、ゆっくりと点滅する。ゴリアテと呼ばれるものが、返事をするかの如く。
 鈍い音と鉄板が衝突する甲高い音を響かせ、サバランと呼ばれた少女の視界が勝手に揺れ動いた。男の声が指示を出す。
「ゴリアテよ、あの木材を持ち上げてくれ。そうだ、ゆっくり、優しく壊さないようにな」
 サバランの視界に巨大な両腕で映り、人を3名は乗せられるほどの手が、大きな木材の柱を掴み、持ち上げた。
「サバラン、前進させろ!」
「はい! ゴリアテ、前進して。前方の建物が分かる? あの一番上に木材を積むのよ」
 サバランの手の中で温かい光が点滅すると、ゴリアテと呼ばれる巨人が動き始めた。

 ――数日後・アルマ通り白山羊亭
 酒場は今夜も様々な者が訪れ、ウェイトレスのルディア・カナーズは注文を受けては料理を運び、偶に酔った客にからかわれながらも、一生懸命に若い身体に労働の汗を流していた。
 そんな休む暇もない中、何人目かの客の来店を告げるドアが開く。
「いらっしゃいませ〜♪」
「ルディアちゃん、エールを‥‥っと?」
 店内に足を運ぶなり注文を口に出した男は、最後まで告げる事なく、素っ頓狂な声をあげた。
 男の顔を横切ったのは、光の粒子を散らせて飛びこんで来たシフールの少女だ。
「あら、シフールさんいらっしゃいませ〜☆ 始めて見る方ですね?」
「た、た、たいへんなの〜!」
 笑顔で目線をシフールに合わせたルディアだったが、対して今にも泣き出しそうな声と表情で、シフールの少女は胸の前で両手を組んで叫んだ。
 誰もが、その声に耳を傾ける。冒険の匂いを感じたからだ。
 ――シフールの話はこうだ。
 彼女は辺境の谷に村を構える村民の一人であり、村は岩山に囲まれているが、小規模な森林地帯と西に一本の川が流れているらしい。
 この村は精霊魔法と鉱石の精製に秀でており、岩を人型に形成した巨人を誕生させる事に成功したのである。
 巨人は人間を乗せ、命令を忠実に実行し、村人の労働に貢献して来たそうだ。
 だが、巨人の存在を知った辺境のザドス国軍は、巨人を軍事利用する為に交渉にラグ村を訪れた。
 しかし、ザドス国は、あのアセシナート公国と繋がりを持つ国である。巨人が各地に災いをもたらす存在となる危険性を憂い、村長は交渉を断わったのである――――
「わたし達シフールは伝言や観察の役目を仕事にしているの。一昨日の夜、北から進軍するザドスの兵を仲間が発見したんです! わたし達の村は、戦闘に秀でた者はいないの! このまま武力で押されたら‥‥」
「巨人を取られちゃうってことかしら?」
 人差し指を顎に当て、ルディアは小首を傾げた。戦闘経験のある者は、瞳を研ぎ澄ませる。
 ――巨人だけで済む筈がない。
「お願いーっ! 誰かラグ村を救ってくださーいッ!」



 ――砂塵吹き荒ぶ荒地を一団は突き進んでいた。
 前衛に馬を駆る5人。囲まれるような形で3台の荷馬車が重い足取りで前へと進む。彼等を照らし出すのは、夜空に浮かぶ月のみだ。
「しかし、巨人とは妙な物に目を付けたものだな」
 馬を駆る金色の兜を被った男は独り言のように呟いた。彼の素顔は赤いマスカレードで遮られている。
「隊長は気が進みませぬか? 大きな戦力になるとは思いますが」
「気が進まん訳ではないよ。我々は仕える者の命令であれば遣り遂げるのが本望だ。ただ、巨人であろう? 本国まで運ぶにしても馬よりは遅い。村を占領でもしろと仰られるのかな」
「それも容易いでしょう。なにせ、村人に戦士クラスはいないとの話ですからな」
 一人の騎馬兵は背後の荷馬車に顔を向ける。
 薄暗い荷馬車の中には屈強な兵士達に混じり、小柄で華奢な容姿の者が、膝を抱えて俯いていた――――

■希望の冒険様たちを連れて
 ――お願いーっ! 誰かラグ村を救ってくださーいッ!
 一体のシフールの頼みに応えたのは6人の冒険者だった。現在、彼等は辺境の危機を救う為、アーメンガードの先導の中、ラグ村を目指して一列に歩いている。
 ――うん、きっと勇者様です! 村は救われるの!
 自分に言い聞かせるようにアーメンガードは心の中で繰り返す。

 ――数日前の白山羊亭
「‥‥巨人? それってすげー燃えない? ザドス国とかはどうでも良いけど面白そうだから行こうか。女性も困っているし☆」
 軽い口調で話し出し、アーメンガードにウインクして見せたのは、ユイス・クリューゲルだ。長めの赤い髪と丸いフレームの眼鏡が印象的だが、何よりも中性的な風貌が人目を引く青年である。シフールは困惑した微笑みを浮かべて頬を掻く。
「あの〜、面白そうとかではありませんの‥‥村を救ってほ‥‥ひぃッ!?」
 ダンッ!! と勢い良く木のジョッキをテーブルに叩き付ける音と共に、アーメンガードの前に壁が出来た。確かに大きな音と壁が突然目の前を遮れば悲鳴をあげて驚きたくもなる。しかし、その壁は肉。つまり鍛え抜かれた腹筋だったのだ。シフールと言えど、うら若き少女である。その目の前にヌラヌラと光沢を放つ六つに割れた筋肉が迫れば、さすがに悲鳴も出るだろう。少女はゆっくりと肉壁を見上げた。刹那、響き渡るは豪快な笑い声。ド派手強面な風貌に笑みを湛え、オーマ・シュヴァルツはズイッと顔を寄せる。
「あん? 偉大なる腹黒親父愛大魔人をワル筋公国が桃色おピンクナンパゲッチュ☆企みマッスルってかね?」
「ひぃぃぃ! な、なにを仰っているのですか〜?」
「つまり、アセシナートと繋がりのある国が岩の巨人を兵器として所有するとなると‥‥少し厄介ですね、って事ですよ。アセシナートとは敵対行動をとって来ました。これは、阻止しなくてはなりませんか。僕も同行しましょう」
 落ち着いた声を響かせたのは、薄青色の髪を首の後ろで束ね、濃青色の瞳に大きめの眼鏡をかけた青年――アイラス・サーリアスである。柔らかな微笑みを浮かべる彼に、シフールは安堵感を抱く。
「未亜も手伝うよ♪ 戦うのは得意じゃないけど、皆を癒すことはできるもん! よろしくね☆」
「は、はい〜」
 早春の雛菊 未亜が目線を合わせて微笑む。緑色の髪を首を後ろで結った可愛らしい少女だ。これでマトモそうな勇者2名ゲット! アイラスも未亜も未だ若いが、きっと村を救ってくれるに違いない。
 アーメンガードは早速胸元からペンを取り出すと、腰に下げた羊皮紙に名前を書き記した。
「アイラス様に、未亜様、ユイス様にオーマ様っと♪ きゃッ!」
 お尻を何かが触れる感触を覚え、両手を後ろに回してシフールの少女は悲鳴をあげた。明らかに不意に触れた感触ではない。ラインに沿って這うようなヤラシイ感覚だった。アーメンガードは頬を染めながらも、一生懸命怒った表情を作って振り向く。
「な、なにするんですかッ!? ひッ!」
 ――もうあのことは忘れよう‥‥ッ!?
 ピキィーン☆――――と頭の上を閃光が疾った。
 ――なに? この寒気を感じる‥‥視線?
 恐る恐るアーメンガードが後ろに視線を流す。
 少女の瞳に映ったのは、熱い視線を注ぐ女の顔だ。じゅるりっと涎まで垂らすものの、視線をシフールから離さず、腕で口元を拭う姿は恐怖意外のなにものでもない。
 ――な、なんて邪なオーラなの!?
「ねぇえん♪ アーメンガードちゃん?」
「は、はいッ!」
「成功報酬って聞いてないんだけどぉ、奉仕活動じゃないわよねぇん?」
 一言一言に色香を漂わす彼女の名は、レイチェル・ガーフィルド。短めの金髪で美人のお姉さん的風貌だが、何より豊か過ぎる二つの膨らみが強烈だ。実は両刀つかいらしく、現在、アーメンガードの中でレッドアラート鳴りっぱなしの危険人物である。シフールは震える口を開く。
「き、聞いてなかったですか? 村に名産品はありませんが、依頼金と、それ相応のお持て成しで‥‥」
「そお♪ それ相応も、お・も・て・な・しネぇん☆」
<御主人様?>
「ん、どうしました? うま」
 アイラスが小声で訊ねる。確かに『うま』という名前で、青年を背中に乗せている騎乗獣なのだが、外観は濃紺の鱗で覆われたスマートなドラゴンである。彼女は<念話>で主人と話をしているのだ。
<シフールに情愛を注ぐ人間はよくいるのですか?>
「うーん、希だとは思いますけど‥‥人それぞれですからね。確かに私がいた世界では、シフールサイズのフィギュアというものがあり、情愛と言いますか、愛でる趣味の人はいましたけど」
<私には想像すら出来ません>
「‥‥しなくていいですよ」
 そんなこんなで、一向は歩き続けていた。

●ラグ村
 そこは岩山に囲まれた谷を形成した地にある小さな村だった。
 村の中心は真ん中に茂る森の中にあり、陽光から身を守り、様々な食料確保に活用されている。谷に流れて来る風は心地良いものだ。 アーメンガードに付いて行く冒険者達は、視線を巡らせた。
 岩山には大きな横穴が開いており、鉱山として機能しているようだ。建物は木材を簡単に組んだ物で、素朴な生活をイメージさせる。陽光を遮る樹木の間からは、鳥の囀りが流れていた。多少湿気を感じたが、直射日光を浴び続けないだけマシだと思う。
「ほら、あれが村長様の家ですの♪」
 多少大きな造りをした家の前で、数名の村人が佇んでいた。その中央に若干腰を曲げた老人を捉える。恐らく村長であろう。
「ようこそおいでなされた、冒険者の方々よ」
 シフールは得意げに飛び交いながら、依頼を引き受けた冒険者達を紹介してゆく。村人も好意的なようだ。早速村長の住いに招待され、村人に囲まれて歓迎された。しかし、宴までには時間がある。まだ村人は働いている時間であり、夕刻にならねば揃わないという。
 そんな中、ユイスが口を開く。
「巨人を見たいんだけど、どこに行くと見れるんだい?」
「そうですな、誰かに案内させましょう‥‥んー」
「村長さん、もしリクエストできるなら、女性の方を希望したいんだけどさ? ああ、ご心配なく。別に邪な考えなど持っていませんから。なんていうか、華は俺を潤してくれるのですよ」
 仲間達は額に手を当てる。よくもそこまで言えるものだ。村人が不愉快に感じたら、信用もあったもんじゃない。
 僅かの沈黙が流れた。
「ふぉふぉふぉ! 華ですか。面白い村でもありませんからな、後で案内人を用意致しましょう。誰か、娘を一人頼む」
「あ、はい! 村長さんッ!」
 ちょっと待ったと言わんばかりに手をあげたのはレイチェルだ。
「私もピチピチした食べ頃の」
「き、気にしないで下さい」
「ああ、腹黒大胸筋オーラがビンビン伝わって来るからなぁ」
 アイラスは金髪美女の口を塞ぎ、オーマの鍛え抜かれた身体が遮る。
「ちょっと、あたしの胸のどこに筋肉が付いてるのさ! こんなに柔らかいのにぃん☆」
「おおーっ」
 なんだかんだと言い合いを続ける三人と、爆乳美女のサービスショットを拝めた村人達が悦に浸る中、村長の割りと高い笑い声が室内に響き渡る。
「ふぉふぉふぉ! まあ、宴まで好きにやって下され。無理な注文以外なら皆協力してくれますゆえ」
 それも当然の話である。現状、村は未曾有の危機に晒されているのだ。冒険者を5名も雇えたのだから、事前に迎える時の覚悟は出来ていたのかもしれない。因みに1名忘れられているが、『彼女』は数に含まれていないようだ。
「あの」
 一通り話が纏まった所で、未亜が話し掛ける。
「未亜、宴の用意を手伝いたいですけど、良いですか?」
「気を遣わんで下され。長旅でさぞお疲れでしょうに」
「ううん! 未亜、料理とか大好きなんです! ‥‥ダメですか?」
 しゅんと俯く少女。流石にこれから働いて貰う冒険者に宴の準備を手伝ってもらうなど言語道断だ。しかし、手伝いたいと願った時の嬉しそうな表情はとても魅力的だった。なのに今は端整な風貌に失意すら浮かんでいるように思える。
「未亜さんや。お願いしますよ」
「は、はいッ!」
 未亜の顔が明るさを取り戻し、村人も仲間達も微笑みを浮かべていた――――

●ゴリアテとサバランと
「ねぇ、サバラ〜ン!」
「サバラーン? おぉっ!」
 ユイスの青い瞳に映ったのは、岩石で出来た巨人だった。彼は村の少女に連れられ、東の洞窟を訪れたのである。大地を揺らす振動が伝わる中、青年は感動に打ち震えていた。
「これでしょ? あなたが見たかったのって」
「ええ、素晴らしい! これがサバラーンですか!」
 拳を握り歓喜に満ちた表情のユイスだが、少女は訝しげに小首を傾げる。
「えぇ? これはゴリアテって言うのよ。あ、サバラン!」
「ゴリアテ? では、サバランって」
 巨人がゆっくりとした動作で止まると、胸部から姿を見せる人影が映った。白い半袖のシャツにカーキー色の半ズボンの人物だ。一見、男のような服装だが、胸の膨らみが女である事を物語っていた。
 サバランは巨人に指示を出し、膝を曲げさせると、身軽に岩肌を蹴って着地する。小麦色の肌が健康的な色香を漂わす少女だった。
「なに? こちらの人は?」
「俺はユイス・クリューゲル。この村の危機に駆けつけた冒険者です。ゴーレムに興味がありまして、この娘に案内してもらって来たのです。しかし‥‥」
「‥‥? しかし? なに?」
「不覚にも操縦者に心を奪われてしまったようです」
 サバランの手を取り、甲に唇を当てる。少女は瞳をパチクリさせ、呆然と立ち尽くしていた。暫しの沈黙の後、村の娘に顔を向ける。
「なに言ってるの? この人」
「もお、サバランったら鈍いよぉ」
 村の娘からのフォローもあり、二人は巨人について様々な会話を交わした。
「そう、ユイスの国ではゴーレムと呼ばれているのね」
「ああ、きっと原理は同じだと思うけどね」
「そうかなぁ。ゴリアテは精霊魔法の秘術で造られたって話だけど。多分、地の精霊の力を岩石に付与したと思うんだけど‥‥あ、秘術だもの、これ以上は駄目よ」
「え? 精霊魔法は秘密? ‥‥3倍早い赤いのとか髭とか造りたいんだけど駄目なの?」
「髭? 鉱石を削り出して打ち付ければ良いけど‥‥。そっか、ユイスはお父さんみたいの作りたいのね。3倍早いのは、風‥‥かなぁ? よく分からないわ。私はゴリアテとお話するだけだもの」
 表情をコロコロと変えて、サバランは話してくれた。ユイスは戦いなど起こらずに暫らくこの時間が続けばと、密かに思った時だ
「ユイスさーん、サバラーン、宴の準備が出来たって」

 夜になると宴は盛大に行われた。素朴だが温かみのある持て成しに、冒険者達は大いに食べて呑んで、村の美女達の踊りを見て楽しんだ。気の合う村人も中には出来ており、話も弾んでものだった。
 当然、うまにもご馳走は与えられたが、宴に参加する事はない。
 ――敵が攻めるなら夜中か早朝。
 勿論、急な攻撃にも対処できるように計算はしてある。
 そんな中、一体のシフールが血相を変えて飛び込んで来た。
「大変だぁ、ザドスの兵が近づいてるよーッ!」
 シフールの少年の話だと、敵が村付近に到着するのは早朝らしい。尤も直ぐに行動を起こすとは限らないのも事実だ。
「サバラン、協力して欲しいんだ」
 ユイスは作戦前に少女の元を訪れていた。

●西の攻防
「遅いな‥‥まさかと思うが‥‥やられたなどと」
 マスカレードの男は一人呟く。傍には弓兵と精霊魔術師、そしてアサシンと帽子を目深に被った者がいた。
「しかし、地の利は村人にあるのは事実。油断は禁物でしょう」
「でも、コイツの話では戦えるような者はいないと! 騙したか!」
 魔術師は帽子を被った者の襟首を引っ掴む。
「よさないか。ここは二手に分かれよう。私はコイツと巨人の工房へ向かう。魔術師は注意を引いて敵の数を弾き出すのだ。弓兵は安全を確保して援護。アサシンは倒すべき者から順に頼むとしよう」
「承知しました」「援護に回ります」「‥‥心得た」
 マスカレードの男は口元を緩ませる。
「では、どう出るか期待させてもらおう!」
 馬を巧みに操り、断崖絶壁に近い岩山を、隊長と呼ばれた男は降って行った。同時に精霊魔術師が動き出す。

 ――あれは、精霊魔術師か!
 ユイスの瞳は、岩山を浮遊しながら降下する敵を捉えた。彼は西の方角を警戒していたのだ。しかし、魔術師との距離は遠い。
「かと言って、見逃せば工房まで一直線って感じかな‥‥」
「ユイス? どうかしたの? あれは!?」
 身を潜める彼の背中に寄ったのはサバランだ。どうやら彼女もゆっくりと降下する敵を見てしまったらしい。赤毛の青年は軽く溜息を吐いて微笑んだ。
「見ちゃったの? このまま知らない振りも悪くないと思ったんだけどね」
「ち、ちょっとユイス! 本気? 村に敵が降りて来たんだよ! あなた、そんな人だったの?」
「待ってくれよ、何の為にキミと巨人をここへ連れて来たのさ? 敵の目的は巨人でしょ? わざわざ戦うのかい?」
 詰め寄った少女は怒りの表情のまま言葉を失った。やがて視線を下ろし、俯きながら呟く。
「これが最良の判断なら仕方ないわ‥‥あなたの方が戦いのプロだもの‥‥でも、村人が酷い目にあったら‥‥!」
 両手で顔を隠して嗚咽を洩らしだすサバラン。ユイスは頬を掻きながら、小刻みに震える少女の肩へ手を延ばす。
「スマートじゃないんだけどね、やって見るかい?」
 少女は呆気に取られた表情で顔をあげた。
「でも‥‥」
「俺さ、女性の涙には勝てないのよ」
 青年は瞳を研ぎ澄ますと、ゆっくりと眼鏡を外した。

●ゴリアテと共に
「ん? 巨人がこんな所にいただと!?」
 それは小高い岩山が動いたように感じられた。
 わざと発見されるよう降下していた魔術師の瞳は、鈍い音を響かせて立ち上がった巨人を捉えたのだ。幾つも打ち付けられた鉄板が陽光に反射し、光を放つように見えた。
「フッ、わざわざ姿を晒すとは! 隊長より先に手柄を取るも悪くない」
 魔術師は呪文を唱えながら接近して来る。ギラギラした瞳に捉えたのは巨人を操る少女の姿だ。
「話の通りだな。視界を得る為に制御胞が丸見えとは、甘過ぎるわ! 風の刃で切り刻まれてしまえッ!」
 魔術師が交差させた腕を解くと共に、緑色に輝く鎌の如き刃が放たれた。空気すらも切り裂き、目標に吸い込まれるように巨人の胸部へ向かって行く。サバランは瞳を閉じて叫んだ。
「ゴリアテ、左腕を胸の前に!」
 巨人は鈍い動きながらも太い腕を振り、胸部を遮ろうと努めた。しかし、魔術師は勝利を確信したように高らかに笑う。
「馬鹿め! 風の刃と化した魔法は即ち風よ! 岩の腕で遮られるも‥‥ッ!?」
 刹那、振られる腕に一人の人物が浮かぶ。細身だが長身の若者だ。彼は不敵な笑みを浮かべて風の刃を睨み付けていた。中指のリングが光輝く。
「対消滅壁ッ!!」
「なに? 魔法を消滅させただとッ!?」
 見えない壁に激突したかの如く、ユイスの前で風の刃は弾けて消滅したのだ。動揺の色を浮かべる魔術師を青年が射抜く。
「サバラン、でかいパンチを叩き込んでやれ!」
 ――う、動かんッ!?
 魔術師は体勢を立て直そうとしたが、浮遊したまま動けなかった。何が起きたかも分からないまま焦る中、巨人の豪腕がゆっくりと迫って来る。合わせて飛び込むはユイスの声だ。
「擬似時間操作って知ってるかい? おまえの時間だけ遅らせたのさ。レディを切り刻もうとした罪は償ってもらう!」
 ゴリアテの突きが炸裂すると同時、魔術師は衝撃に吹き飛ばされ、岩山に大の字を彫り描いた。恐らく岩の中で全身の骨を砕かれ絶命しているだろう。
 ――あれも魔法なのか‥‥
 アサシンは息を潜めて様子を覗っていた。武器格闘なら負ける事はないだろうが、相手は知らない魔法を使う。
 ――油断するのを待つか‥‥それとも
 岩山の上では弓兵が身体を震わせながら、弓を引いていた。だが、矢を放つ気配はない。距離もあれば放つ際に音も洩れる。訳が分からない術の中で命を落とすのは御免だ。第一、簡単な任務だった筈、命を賭けるつもりはない。その考えはアサシンも一緒だった。
 ――隊長を待つとしよう。死人にクチナシともいう‥‥
「サバラン、取り敢えずは安心してよさそうだよ」
 少女は言葉を見失っていた。魔法を食らいそうになるわ、訳の分からない魔法を目の当たりにするわ、そして――武器の無いゴリアテが、武器を繰り出した瞬間を見たのだ。サバランは混乱する思考と疲労により、椅子からズリ落ちた。腰が、足が言う事を聞かない。
「ほら、掴まって」
 ただ小刻みに身体を震わせる少女に、ユイスは笑顔と共に手を差し延べた。

●あんなものつくるから!
「だってサバランばっかり働かされてぇ、可哀想だったんだもん」
 両手で涙をぐしぐしと拭いながら、未だ幼さの残る少女は話し出した。どうやら中枢制御が優れているのはサバランのみであり、休む暇もなく働き詰だった為、解放させたい一心で交渉に訪れたザドス軍に付いて行ったそうだ。
 単純に巨人が奪われればサバランは休めると結論付けたのだろう。浅はかというか、お利口でないというか、冒険者は苦笑するしかない。少女は親がいなかったので、抜け出しても気付かれなかったそうだ。しかし、子供のした事とは言え、不問とする訳にはいかない。罰は与えられたが、それほど酷いものではなかったらしい。
「でも、幸い工房は発見されずに済んだ訳ですね」
「機転というか、微妙だけどな」
「でも、アイツは逃げたんでしょぉ? また来るよねぇん?」
「今度は敵も本気で来るだろうね。ゴリアテだけで対処するか、複数用意して力には力でってのもアリだよな」
<ご主人様、敵は捕えましたから、ザドスへ乗り込む事も可能です>
「いえ、それは無理です。敵の情報を絞りだし、戦力を把握せずには動けません」

 ――奴等はまた来るに違いない。
 しかし、このまま村に滞在する訳にもいかないのが事実だ。
 また、何か動きがあればシフールが白山羊亭を訪ねるだろう――――

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1055/早春の雛菊 未亜/女性/12歳/癒し手】
【2151/レイチェル・ガーフィルド/女性/22歳/娼館経営】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【2693/うま/女性/156歳/騎乗獣】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1244/ユイス・クリューゲル/男性/25歳/古代魔道士】

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■         ライター通信          ■
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 この度は御参加ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 楽しみと仰って頂き有り難うございます。
 数多くの物語に参加されておられるPC様を演出させて頂くのは、なかなか緊張ものでしたが、いかがでしたでしょうか? もう、皆さん個性的でついつい本題から離れて行動してしまい、大変でした(笑)。
 突然エピローグになって訳が分からないと思いますが、状況は他の防衛ポイントをご参照ください。戻って来たら、こんな状況だったと。
 ユイスさんだけでしたよぉ(涙)巨人に拘ってくれたのは! しかも女性には優しいと来たもんだ。偶然が偶然を呼び(?)女性登場率の多いシナリオになりましたが、気のせいです。ゴーレム創作が趣味との事で、今後に期待したい所ではあります。現在、巨人は1体しかありません(深読みも一興です)。
 尚、手紙と申しますか、記録は行っています。もしかするとプロローグかエピローグで綴られるかもしれません。
 今回はエピソードごとに4本+α分あります。お時間があれば他のPCの活躍も読んで頂けると嬉しいですね。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 いえ、リアクションが無いと不安にも‥‥。
 それでは、また出会える事を祈って☆