<PCクエストノベル(1人)>


飽くなき渇望〜コーサ・コーサの遺跡〜

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 ■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 職業】

【 2161 / グルルゴルン / 戦士 】

NPC
【カレン・ヴイオルド / 吟遊詩人】

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【T】
 噂はただの噂で、嘘か真か分からぬ故に諸所に出回る。大抵の噂はガセで終わるが、しかしそこには一片の真実が含まれている事も、しばし、ある。
 また稀に、ごく稀にだが、それは曇りない真実であったりもする。
 コーサ・コーサの遺跡に紡がれる噂は、そのどれとも評しがたい。というのも、その噂の真実を解明しに出た冒険者は多いにも関わらず、今ある以上の情報は一向に聞えてこないからであった。
 何時から囁かれるのかは知れない。けれど長きに渡って人々の間を流れる、ソレ。
 蔦絡み、瓦礫の山と化した修道院。面影一つ残さぬ朽ちた残骸の中央、以前は庭であったと思われるそこに、修道院が機能していた時分から存在するという泉――そこから滾々と沸き出でる水は、触れる事で富と幸福をもたらすと言われている。
 富と幸福。それは抗いがたい魅力を備えたものである。
 けれど何故その水を求めて人々が殺到しないかと言われれば、その背後には必ず『コーサの落とし子』の名が挙がるのだった。
 悪しき心で泉に近寄れば、『コーサの落とし子』と呼ばれる半狼半人の操る大鎌によって、命を落とす。遺跡の護神であるとされる落とし子の武力は想像だに難くない。その上、人の心を見抜くとの噂がある。
 これには極真面目に生きてきた者とて躊躇するだろう。けしてやましい心は持っていないと主張すれど、しかし、想い悩む。
 もしここで行動を起こす者が居るならば、それは命と天秤にかけるに値する理由を持つものか、己の力によっぽどの自信を持つ者のどちらかだろう。
 グルルゴルンは、この後者に当った。
 目的も、件の水では無い。自己の修行として、コーサの落とし子と一戦交える事であった――。


【U】

カレン:「君も命知らずだねぇ」

 カレン・ヴイオルドは、隣を歩く友人の目的地を知って大袈裟に嘆息した。大事そうに抱え込んだ竪琴に、グルルゴルンは何とはなしに目を向ける。

カレン:「コーサの落とし子といえば、噂にしか聞かないけれど……ワーウルフの戦闘力は私も知っている。五体満足に帰れるとは限らないよ?」
グルルゴルン:「承知の上だ。そうでなければ、修行の意味も価値も無いだろう?」

 不思議そうに見開かれた銀の瞳に、カレンは再び嘆息する。
 グルルゴルンは人間型大型爬虫類である。金色に近い光沢のある鱗を全身に持ち、人間とは桁違いの生命力と回復力を誇る。その特性故か戦士として生きる彼に、危険性は何の抑止にもならなかった。
 強い者を求めて、故郷より旅立った位だ。その存在に胸踊りさえすれ、避けて通ろうとする思いとは無縁だった。

グルルゴルン:「それに、俺が勝つのだからその心配は無意味だ」

 これにカレンは、一瞬虚を突かれたように口を開けて。逡巡の後には、呆れたと額を押さえた。

カレン:「やれやれ。何を言っても無駄なようだな」

 その通りだ、とグルルゴルンは首肯して爽やかに吹きすぎる風に目を細めた。眼前には既に、遺跡の影が映っている。

カレン:「ならば私は、君が無茶をしないように見守ってやろう」

 一足遅れてついてくるカレンを横目に見ながら、必要無いと思った事を口には出さないでおいた。


【V】
 廃れた遺跡に吹く風は生暖かく、石壁を這い巡る蔦の鬱蒼とした雰囲気と相俟って、周囲を不気味に見せる。人はおろか獣すら、もう長い事誰も踏み入っていないのであろう遺跡。回廊であったのだろう石畳を、ついて来るカレンをお構いなしにグルルゴルンは進む。
 散在する瓦礫の山を跨ぐに難儀するカレンとは違い、グルルゴルンは危なげない足取りで周囲を見渡す余裕もある。
 己等以外の生物の気配に、グルルゴルンは気付いていた。
 遺跡に入ってすぐ、息を潜めて自身等を追ってくる気配には、少しの殺気と値踏みするような視線があった。
 誰、と問うまでも無く『コーサの落とし子』である。
 だがそれはあくまでも観察であって、グルルゴルン等が泉に近づきさえしなければ姿を隠したままだという事も容易に想像出来た。
 けれどグルルゴルンは泉を目指して遺跡を突っ切る。
 そうして耳が水音を捉える。

カレン:「なるほど、これが『奇跡』か」
グルルゴルン:「ただの泉に見えるがな」
カレン:「そうかい? 私にはそれなりの神秘を伴って見えるけれどね。……噂の恩恵かな?」

 微かに頬を紅潮させながら、カレンは背後で石壁に寄りかかった。近づく気配は皆無だ。

グルルゴルン:「おまえも泉には興味が無いか?」
カレン:「とんでもない。だけれど私は命が惜しいからね。富も幸福も、命あってのモノダネだ」

 肩を竦めて苦笑するカレンは、清清しい表情でグルルゴルンを見た。少なからず心配していたグルルゴルンの行動に、満足がいっているようだった。
 グルルゴルンもグルルゴルンで泉には目もくれない。興味は全くないのだ。
 だがそれでも、グルルゴルンが目的を達するには。

グルルゴルン:「おまえが邪魔するなら、おまえと戦い、その水を飲もう」

 グルルゴルンは一歩二歩と泉に近寄ると、泉から目を逸らさずに言った。何時の間にか握られていた己の武器が、瞳の一寸前で鋭利な刃を留めていた。

???:「面白い」

 喉の奥で笑うような、けれど人が発するそれとは随分と異なった声に合わせて、刃が微かに震えた。
 おもむろに引っ込められた刃を追って視線を移行すると、その先には目的のワーウルフの姿があった。
 がっしりとした体躯のグルルゴルンよりも、更に二周り程大きな強靭な体をしたコーサの落とし子は、長い柄を持った大鎌を軽々と振った。
 三日月を模したかの様な細い瞳が、奇妙に歪む。

落とし子:「貴様の願い、確かに受け取った」


【W】

カレン:「――グルルゴルンっ!?」

 手に汗を握って、カレンが膝をついたグルルゴルンに呼びかけた。近寄らないのはグルルゴルンがそれを拒否した為と、踏み込む危険を知っての事だった。

グルルゴルン:「心配無い」

 言うだけあってグルルゴルンの次の行動は早い。後方に飛びのいたグルルゴルンの目の前で、今その体が在った大地が抉れた。
 残像すら残さないスピードで、大鎌が風を切る。
 それを見越して、グルルゴルンの体が更に二度、大地を跳ねた。
 棍棒の先にはめられた石が何度と無く鎌を弾いては、落とし子の次の攻撃の軌道を追う。斬撃に火花が散る。
 幾度かの攻防の後、僅かに力負けしたグルルゴルンの体が傾いだ。踏鞴を踏んで何とか踏みとどまるが、その一瞬をついて落とし子の鎌が死角をついた。
 ――背後から首を掻っ切るように走った鎌。
 だがそれは、グルルゴルンが誘い込んだ罠だった。
 予想通りの行動を難なく棍棒で阻むと、振り向き様に長い尾が落とし子の足を払う。
 更にそのままの勢いに乗って棍棒が振られる。
 グルルゴルンの重たい一撃が落とし子の顔面を捉えると思われたが、しかし驚く程の俊敏性を持ってそれは体毛に包まれた落とし子の胸元を掠めるに終わった。
 落とし子は低い姿勢で倒れ込む全身を片手一本で大地から支えると、大鎌の柄を用いて無理矢理に軌道をずらし、捻られたグルルゴルンの腕の届かない範囲を見破って、その部位に飛び込んだ。
 無防備に曝された右腕を、鎌の切っ先が深く抉る。

落とし子:「中々に楽しませてくれる」

 二撃目は何とか交わすものの、三撃目は皮一つ遅れを取る。薄く切り裂かれた頬。明らかに外れた攻撃。
 柄の先端に喉元を突かれ、

グルルゴルン:「――っ」

 一瞬止まった息に、落とし子の追撃を許してしまう。

グルルゴルン:「がっ―――」

 長柄が横からグルルゴルンの体を掻っ攫う。鈍い衝撃に肋骨の何本かが軋み、折れる。
 勢い良く振られるまま、グルルゴルンの体が吹っ飛びカレンの横を通り抜けて、瓦礫の山に突っ込んだ。

カレン:「なっ……!!」

 鈍痛は更に背中を襲い、崩れ落ちてきた残骸にすぐに痛みの在処は全身に回る。
 砂埃が舞い、グルルゴルンの姿を包み隠した。

カレン:「……グ、グルルゴルン……!!!」

 流石に今度は、心配無いと紡ぐ余裕は無かった。だが、動けないという事も無い。
 左手で握ったままの棍棒で力任せに岩をどかす。右手もそれに習うが、流れ出た血に滑って思うように作業は進まない――。
 軽く舌打したグルルゴルンだったが、しかし次いで取り除かれた重さに、僅かに目を見開いた。
 太陽を背に、落とし子が立っていた。その両手が苦も無くグルルゴルンの上の瓦礫をどかしてゆく。
 全ては一瞬に取り除かれ、落とし子の差し出した手によって起こされるに至っても――グルルゴルンの思考は停止していた。
 それから一定距離を取って鎌を構える落とし子を前にしてから、やっと己も表情を改めた。
 乾いた唇を舐め、使い物にならない右手を潔く諦め、棍棒を胸の前で止める。
 我知らず浮かんだ笑みには喜びばかりが含まれていた。完璧なまでの強さを前に、湧き上がるのは恐怖ではけして無い。
 落とし子の顔にも微笑が上る。

グルルゴルン:「さあ、続けるぞ」


【X】
 荒い息に肩は弾んでいた。体の至る所から流れ出す出血の度合いは、人であれば既に死を迎えてもおかしくない程だ。
 それでも立っていられるのは、飽くなき渇望の故か。
 だがそれも、ついに終わりを迎えようとしていた。
 痛みを凌駕する高揚感も次第に薄れ、震える腕に握られている筈の武器の感覚すらもう無い。
 落とし子の動きもそれを悟ってか止まったままだ。

(ここまでか……)

 それは同時に抱いた、失望にも似た安息だった。
 次の瞬間棍棒はグルルゴルンの手を離れ、戦闘を停止した体は前のめりに倒れた。

落とし子:「そこまでして、貴様は富と幸福が欲しかったのか」

 感情に乏しい声音で、背を向けた落とし子は言った。遠ざかるそれを見つめながら、グルルゴルンは掠れた言葉を返す。

グルルゴルン:「富、と幸福?」

 はっと息を吸い込むと同時に笑い声が漏れる。

グルルゴルン:「強い敵と戦える以上の幸福があるか」

 偽りない真実を告げると、落とし子もさも可笑しいと言いたげに声を上げた。

落とし子:「愚問だったか」
グルルゴルン:「ああ」

 そして落とし子の姿は、グルルゴルンの視界から完全に消えていった。
 グルルゴルンはゆっくりと仰向けに転がり、その視線の先のカレンの、呆れるような怒るような――だが己の身を案じている事がひしひしと感じられる表情に、柔らかい瞳で応じた。

グルルゴルン:「なに。この程度の傷、脱皮すれば治る」

 その突拍子もない言葉に、カレンはあんぐりと口を開けた。余裕すら感じられる言葉が姿と相反して、何とも白々しいとカレンには思われたのだ。
 そんなカレンが可笑しくて、グルルゴルンは痛みも忘れて、声を上げて笑った。

カレン:「……呆れた」

 朽ちた修道院の遺跡に、しばらく笑い声は響き続けた。



END


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