<東京怪談ノベル(シングル)>
旅
求めていた世界は、“現実”とはかけ離れた世界。
幼い頃にユメ見ていた、“非現実”的な世界。
それでもそれは“世界”であることには変わりなく、
或いはこちらの願望など関係ないかのように回り続けている。
世界は、一つではない。
幾重にも交わるそれは、幾つもの接点を持っていた。
紙一重の世界。
それが、聖獣界ソーン。
「来て早々、事件とはついてないわ」
名前はまだないビジョンは、役目を終えるとカードへと戻っていく。それは杉野真紀がまだ長時間の召喚を可能にしていないせいでもあるのだが、どうもまだこの形の方が落ち着くというのが一番の理由なのかもしれない。真紀自身がここではあまりにも非日常的な格好をしているせいで落ち着かない、と言った方が本音だろうか。確かに今の真紀の姿は、現代日本ではよく見られる服装だ。詳細に述べるとすれば、アーチェリーの試合着といったところだろう。真紀が召喚されたのは部活の真っ最中故であるのだが、やはりというべきかなんと言うか、あまりに浮いた服装であることには間違いない。間違いない、のではあるのだが、今更鎧に身を包んだりローブをまとったりするのもどうかと思う。そう考えを告げると、仮初の相棒――レーヴェは目立つことは今はあまり好ましくないのだと忠告を与えた。確かに、それもそうだ。まだ彼女は、あまりにも弱い。
時刻はどうやら夕餉に近いらしい。遠くに見える町並みは仄かに橙色に染まり、白い煙と懐かしい匂いを伴ってくる。数刻歩き通しの足は既に無言で悲鳴を上げているので、すぐにでも近くの一軒に駆け込んで食事の提供と休息の場の要求をしたいところでもある。流石にそれは道徳上、或いは倫理上として駄目なような気もしなくはないが。
成り行き上同行していたレーヴェは、真紀にこれからのことを尋ねた。帰りたいか、それともここでの生活を望むか。目指す王都エルザートまではまだ遠い。それだけははっきりして欲しい、と言う。真紀は軽く沈黙し、それから後者を選択した。レーヴェは小さく微笑み、了承の意を告げた。
真紀はこの世界に呼ばれたのは、突然以外の何物でもなかった。突然呼ばれ、突然森の中で気付き、突然山賊らに拉致された。住民らに山賊退治を依頼されてやってきたレーヴェがいなかったら、と思うと今でもぞっとする。自分はどうなっていたか想像するのはあまりにも容易で、同時にあまりにも明瞭すぎるものでもある。ただただ、彼には感謝する。言葉が悪いが路頭に迷った真紀を助けたレーヴェは、それから自身も赴くというエルザードでの同行を快諾してくれたのだった。
これは、刹那の旅に似ている。別れを前提とした、旅。出会いと別れは同義だという人間もいるが、少なくとも例外はある。それが、真紀とレーヴェなのかもしれない。定義の意味付けの曖昧な旅に、出会いも別れのいずれも存在しないのかもしれない。
風は、それでも吹くらしい。冷たく心地良い風は真紀の頬を掠め、夕餉の匂いを運んでいく。暖かい“家族”の形式はどこでも同じらしく、それが今は残酷だった。レーヴェは何も言わない。今の世界については話すものの、真紀の世界については聞こうともしない。それは出会うための通過儀礼である互いの情報交換を拒んでいるかのようでもあり、また旅をする人間の特権でもあった。
恐らく真紀が口にしても、レーヴェは知ることを拒まないだろう。旅の形式は姿を変えるが、しかしそれは旅が旅でありうる正式な形を取っただけであるとも言える。
ただ全てはまだ始まったばかりで、終わりは訪れないように全てが見えていた。
それ以外、誰にも言えないことが確かだった。
【END】
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