<PCクエストノベル(1人)>


逃れ得ぬもの 〜ダルダロスの黒夜塔〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 ダルダロスの黒夜塔。
 名も知らぬ魔物が棲み着いた、奇妙な形をした塔――入り口がどこにもなく、空高く聳え立った頂点にのみぽかりと空いた穴があると言う、そんな場所。
 そこに棲む魔物と、何故かその塔のすぐ側に小屋を建てて住み着いた少女。
 そんな奇妙な取り合わせが様々な憶測を呼び、一部の者の好奇心をいたく刺激し続けている。
 そこへ、1人の男が訪ねていこうとしていた。
 男の名は――オーマ・シュヴァルツ。
 目的は…最近すっかりご無沙汰になっていた腹黒同盟への勧誘。
 先日家族でどこかへ出かけたその日から、急に張り切り出したのだがその理由は誰にも分からないまま。ただ、確かに最近全然勧誘していないなと少しインクの抜けた勧誘パンフレットを眺めていたのは家族も彼を訊ねて来た友人も知っていた。
 そして。
オーマ:「よし、リハビリがてら行ってみるか」
 そう言って決まった行き先が、よりにもよって黒夜塔だったのだ。
 復帰第一弾は大物を。リハビリこそハードトレーニングを。
 それがオーマの心情だったからだが、もう1つ、気になっている事もあった。
 ――塔に棲み着いていると言う魔物の、最近の動向について。
 いつもは時計代わりのように、割と定期的に吼え声というか鳴き声というか、表現出来ない声が塔周辺を震わせていたのだが、ここ暫くその声が全く聞こえなくなってしまったとの事だ。
 とは言え、流石にエルザードの街にまでは塔からの声が聞こえる筈も無く、そちら方面を回っている人々から聞いた話だったのだが。
オーマ:「単に夏バテして塔の中でおねんねっつー事もありえるかもしれねえが、取りあえず行ってみるか」
 夏に入ってからは、駆け回る子どもらの怪我がメインで風邪を引いたと言う話はあまり聞かず、少しばかり暇に感じていた所だったオーマがそうひとりごちて腰を上げた。

*****

オーマ:「あちぃ」
 街を一歩出ればそこは日の光を遮るものとてない草原。
オーマ:「――帰るか」
 くるりと振り返ると、影を作っている街が涼しそうにオーマを誘惑している。が、そこでぶるりと頭を振り、
オーマ:「いかんいかん。こんな場所でリタイアするわけにゃいかねーのよ」
 かぁっと照り付ける日差しの中、思い切って一歩を踏み出した。
オーマ:「あーくそ、あちぃぞ。何でこう俺様の頭上にいい感じの雲が出て来て影作ってくれねえかね」
 無茶な事を言いつつ、と言って暑さのためかダレて具現を使おうなどと言う事を思いつきもせず、ぐちぐちと文句を言いながら焼けそうな地面の上をだーらだーらと歩いて行く。
 それでも、足は進むもので。
 途中にあった林の中を影を選んで進んだせいか、塔に着く頃にはオーマの機嫌も少しは良くなっていた。
 塔の周辺は、塔から聞こえる『声』のせいか、鳥の姿がどこにも見当たらない。居心地良さそうな森が遠目に見えるのだが、そこからも鳥らしき姿が空へ向かって行く様子は見えなかった。
 そして。
オーマ:「おうい」
 こんこん。
 塔の中へ入る前に、もう1人不可解な生活をし続けている少女の暮らす小屋へと向かったオーマが、扉の前で何度かノックした。
 常にここで生活しているなら、すぐにでも顔を出すか、さもなくば返事がある筈――なのだが、小屋の中からは人がいるような音は無い。
オーマ:「むぅ?…おーい。誰かいないのか?」
 こんこんこん。
 先ほどよりも強めに叩いても、しんと静まり返った小屋からは何の反応も無かった。と言って、御屋敷ではないのだからノックが聞こえなかったと言う事は無いだろうが…しかもどんなに多く見積もっても2部屋はなさそうな小さな小屋だし。
オーマ:「まさか勧誘と分かってどこかに隠れたんじゃねえだろうな」
 そーかそーか、俺様そこまで有名になったか、とうむうむ頷きつつ、もう一度強めにノックしたその時、叩いた反動で扉がきぃ、と小さなきしみを立てて開く。
オーマ:「お?」
 鍵がかかっていないらしい、と気付いたオーマが、
オーマ:「中に居たら悪いな、開けるぜー」
 殊更に声を上げて、扉を大きく開いた。
 ――中は、誰もいなかった。だが、テーブルの上に並べられた硬そうなパンやチーズ、しゅんしゅんと炉の上で湧き続けているヤカンを見れば、ついさっきまで誰かが居て、そしてすぐに戻るつもりだった事も分かる。
 取りあえず、オーマはヤカンを火床からずらし、そしてあらためて小屋の中を見渡す。
 家具はほとんど無い。最低限必要な生活の道具の他は何も無く、慎ましやかに生活している様子が窺える。とは言え、貧窮していると言う訳ではないようで、小屋は小さいながらどこか暖かかった。
 それが、この小屋の主、ニーナの性格を反映しているものだと分かるだけに、そうした雰囲気を暴いてしまったような自分の行動に、オーマはむず痒そうな顔をして早々に小屋を出て行ってしまった。
オーマ:「さーてニーナはまた後で来るとして塔に行くかっ」
 照れ隠しか、大声を張り上げたオーマが塔を下から上へと眺めて行く。
 …本当に、入り口も窓も見当たらない不思議な塔だった。石造りなのは確かなようだが、その石の材質もどこか普通のものとは違って感じられる。
オーマ:「魔法…か?何か訳の分からねえモノを感じるが…」
 くん、と鼻を鳴らして匂いを嗅いでみたオーマが、ちょっと眉間に皺を寄せて、もう一度上を見上げた。
オーマ:「――行くしかねえ、か」
 そう呟いたオーマだったが、何故か塔へでは無く逆方向へとすたすた歩き出した。時折、距離を測るようにちらちらと振り返っては塔を眺めながら。

*****

 ――塔の上、積み上げた石壁の上へ危なげなく立ちながら、オーマが下を覗き込む。
 塔の上を通り抜ける風が、涼しげにオーマの銀色の髪を揺らして行った。それが気持ち良いのか、オーマが一瞬目を細め、そしてあまり人には見せない真剣な顔をする。
オーマ:「……しかしまあ……誰が作ったんだこりゃあ。とんでもねえ力が渦巻いてるぞ」
 オーマが言ったとおり、そこには魔力の塊が塔の中心部で渦を巻いていた。その上、どうやってここまで集まったのかが分からない具現の波動さえもが、その魔力を取り込もうとしているかのように混ざり合い、不気味なうねりを見せている。
 とは言え、具現波動とこの世界での魔力は相反するもの。力が現れる根本からして違うので、決して混ざる事は無いのだが、それでも尚、互いに互いを飲み込もうと、あるいははじき出そうと、時折小さな力の暴発をも招きながら絡み付いている。そこからはまるでもう1つ別な力が生まれるとでも言うような、長い間生きて来たオーマから見ても異様な光景だった。
 おまけに、この塔にいる筈の存在、魔物の姿は何処にも見当たらない。
オーマ:「こんな事態だからどっかに逃げちまったかな」
 そんな事を呟きながら、もう少し近くで見ようと石壁を降りて、中央にぽっかりと開いた穴へと向かう。
オーマ:「――――――なんだ…これは」
 それは、なんとも例えようの無い感覚だった。
 一歩、たった一歩近づいただけ、それなのに、

 ――世界が、変わった。

 そうとしかオーマにとっても言いようの無い力は、何故かオーマの身体にも染み込んで来る。…それは、とてつもなく甘ったるい腐臭を伴って、オーマの心を蕩けさせていた。
オーマ:「……」
 飛び込みたい。
 最初に思ったのは、そんな事だった。
 飛び込んでどうするのか、そこまでは思い至らないものの、飛び込んで――そして、
オーマ:「駄目だっ」
 すぐにはっと気付いて首を振り、ふと頭に浮かんだ思いを吹き飛ばす。そして、いつの間にか進んで後一歩で落ちていたと気付き、ふぅ、と汗が出ていない額を拭った。
オーマ:「危ねえ危ねえ。危く嵌るところだった」
 中に入った事でようやく分かった事だったが、穴からオーマを取り込もうとした具現波動は、今までのものとは大きく違っていた。
 それは、まるで意思を持つかのような動きと、侵食率の高さ。
 オーマが気付いても尚、じわじわと身体を包み込んで取り込もうとする力の強さは変わらない。
オーマ:「…食虫植物みてえだな」
 甘い匂いに誘われた虫を体内へ取り込み、少しずつ少しずつ溶かしていく。
 そうして成長する――目の前で渦を巻く『これ』のように。
オーマ:「つうことはあれか――『喰われた』のか?…まさか…ニーナも?」
 オーマのように具現に近しい者でさえああなのだから、それらと面識の無い者があの波動を浴びればどうなるだろう。
 自ら、呼び寄せられて行きはしないだろうか。
 その証拠に、塔の周辺に息づいていた、翼持つものの気配が波動の中から水泡のように浮かび上がって、オーマの目の前で弾けた。
オーマ:「具現侵食にしたって、これはやり過ぎだぞ」
 ――『これ』は、危険だ。
 塔の中でこうして蟠っている間ですら、様々なものたちを喰らい、自らと溶け合っている。
 『これ』がほんの少し食指を伸ばし、もう少し先にいるエルザードに触れたら、どうなるか。
 考えただけでも顔をしかめずにはいられない。
 だが、どうすればいいと言うのだろうか。
 具現物に対しての対処なら、オーマでも出来ない事はない。だが、波動そのもの――異質ではあるが、れっきとした具現の波動を相手にする術を、オーマは持っていない。

 それは、空気を殺す術を知っているか、と問うようなものだったから。

 とは言え、オーマにしてみればこの事態を放置出来る訳が無い。
 放っておけば、遠からず『これ』は成長を遂げる。そしてもっと大きくなるために移動を始めるだろう。
 ――侵食の限りを尽くしながら。
オーマ:「やっかいなのが出て来たもんだ」
 思わず舌打ちを漏らしながら、どうやってこの場の具現波動だけでも抑えようかと考え始めたその時、
???:「――簡単な事だ。行使すればいい――『絶対法律』を」
 楽しげな声が、オーマの背中から聞こえて来た。
オーマ:「!?」
 ばっ、と振り返る。
 塔のへりに立ち、風に揺られながら危なげなくバランスを取っているのは、1人の――1人の、なんだろうか?
 その者からは何の波動も感じ取れなかった。
 オーマたちヴァンサーにとって禁忌中の禁忌――つまりは、何らかの『理由』を持って初めて行使可能となるわざを知っている、つまりは関係者でしかありえないと言うのに。
 ウォズでも、ヴァンサーでも無く。また、最近良く現れるVRSでも無い。
 強いて言えば。
 目の前にいる者は――人間、だった。
???:「理由付けは既になされている筈だが?このまま放置は出来ず、かと言ってヴァンサーが通常使う技は主に単体のいきものを相手にするものだ。空間、あるいは時間を相手にするには無理があるだろうな」
オーマ:「……どう言うことだ。何でおまえさんがその名を知っている?」
???:「それを答える義務は今の私には無い」
 至極あっさりとその人物は言い、
???:「どうする?逃げるか、絶対法律を行使するか。決めるのは君だ」
 オーマにとっては苦渋に満ちた選択を突きつけて来た。
オーマ:「俺は」

 選ぶのか?
 …選べるのか?

オーマ:「俺は――――――――――」

*****

 ばん、と力任せに開けた扉を省みずにずかずかと中へ踏み込んでいく。
 それは、オーマの秘密の部屋。
 通常、ヴァンサーと言えども、異空間に部屋を作り、その場に固定し続ける事など出来はしない。ましてや、過去のデータさえも具現化して保存する事も、不可能とされている。
 そうした常識破りの力を持つオーマでさえも、いや、だからこそ、今回の旅で自分の望む結果を得る事が出来なかった事が腹立たしい。
オーマ:「ここじゃねえ」
 自分でもいったい幾つ作ったのか良く覚えていない部屋を、強引に扉ごと繋いで通過し、そして――最後に、目的のものを見つけ出した。
 それは、ありとあらゆるメディアによって作り出されたデータ。
 ――オーマ専用の図書館。
 ただし、その中に収められているもののほとんどは、オーマが具現によって作り上げたものではなかった。
 嘗て居た世界、そこで遺物となり、不要となって捨てられていたものを、オーマが集め、修理し、そして少しずつ自分の図書館へと運び込んだものだった。
 そのほとんどが紙を媒体としたもの…本である。
オーマ:「何かある筈だ」
 その、ずらりと並んだ本の数々に目を向けながら、オーマが呟く。
オーマ:「…見つけ出す。必ず」
 絶対法律――それは、ウォズ単体を封じるものではなく、『場』に対する封印のことだった。
 空間も、その中で生きているものも一切合財含めて封印してしまう、そんな乱暴な技だったが、それも被害を最小に抑えるためには仕方の無い事と、いつしかヴァンサーたちの中に掟として刻まれていた。
 尤も、それだけの力を使えば、行使力の弱い者ごと巻き込まれたり、または暴走してしまうからこそ、『絶対に使ってはいけない技』として広まっていったのだが。
 オーマの目は忙しく蔵書の中を動き回っている。
 …結局。
 オーマはひとつの選択を選ばざるを得なかった。
 塔の内部に、絶対法律を仕掛けたのだ。それがこの世界に及ぼす影響がどうなるのかは無理やり考えないまま。
 そして、
オーマ:『…こんな無茶するのも今日だけだ。明日には、いや、明後日かその先かは分からねえが、きっと分離してみせる』
???:『そうか。まあ、頑張るといい』
 相手は、無茶だ、とも、不可能だ、とも言わなかった。

 塔は、嘗て無い程の静寂に包まれている。
 胎内にいくつもの命を宿したまま、時を止められて。

オーマ:「…そう簡単に諦められるんならな、俺様あんな誓い立てねえっての…」
 そう呟いたオーマの心もまた、塔に縫い付けられたまま容易に離れようとはしなかった。


-END-