<PCクエストノベル(4人)>


哀れなる子羊たちへ 〜ウィンショーの双塔〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)   】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】
【2085/ルイ        /ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ガーゴイル

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 ――彼は、既に気力だけで動いていた。
 身体が重い。…満足に眠りを貪れたのはどの位前の事だろうか、などと考える事さえだるい、こんな日。
 ちくしょう…ちくしょう…っ。
 ざくりと土に当てるシャベルも人生も何もかも放り投げてしまいたかった。――背後で自分を監視している『敵』の目さえなければ。

???:「はいはい。手が止まっていますよ」

 穏やかな声、眼差し…そんな物腰に騙されてしまう者は多い。長い付き合いのゼンにとって、それは全てニセモノだと分かっていたけれど。
ゼン:「何でっ、俺がっ、こんな、ことっ…」
 塀に囲まれた庭の一角でざくざくと地面を掘り続けているゼンが、肩で息をしつつ叫ぶ。
ルイ:「何でじゃないでしょう?約束したではないですか、わたくしの言う事を聞くと」
ゼン:「だからってこれはねえだろう!何より具現も駄目だっつぅのが分かんねぇんだよ!」
 くす、と――背もたれ付きの長椅子にゆったりと横になりながら、青い髪をさらりと掻き上げ、眼鏡をくいと細い指先で持ち上げながらルイが笑う。
ルイ:「そんな事は簡単ではありませんか。…その方が楽しいからですよ。そうでしょう?」
ゼン:「だああああっ!も、もう二度とカードなんかやらねぇぞ!!!」
ルイ:「そうですねぇ…残念ですけれど、その方が良いでしょうね。ゼンのカード運の悪さにわたくし驚いてしまう程ですから」
 昨夜、何気なく誘われたカードゲームで完膚なきまでに叩きのめされたゼンは、賭けに負けた者としてルイの言う事を聞くと約束させられてしまっていた。
 それがこの穴掘りである。何をしているかと言うと、
ルイ:『わたくし、水浴びがしたいのですよ。ですから、庭にプールをひとつお願いしますね』
ゼン:『マジかぁぁぁっっっ!?』
 何でも言う事を聞く、と言質を取られてしまったがための失敗。と言ってフケようものなら、ソーン中の悪しきモノをゼンの元へ寄越す事など何のためらいもなくやるだろうから、言う事を聞かないわけには行かなかった。物凄く残念ながら、ではあるが。
ゼン:「くっそぉぉぉ…覚えて、やがれーーっ」
ルイ:「叫ぶと体力を消耗しますよ?わたくしのお願いが済むまでは、きちんと体力を温存してことにあたってもらわないと困りますのでね」
 ――そんな風に、悲鳴混じりでゼンが穴掘りを進めて行くと、庭へ通じるドアが開き、そこからこの病院の主、つまりは一番偉い者…の筈のオーマが、タライ片手にのっそりと現れた。
オーマ:「お。何だおまえら。面白そうな事してるな」
ゼン:「そう思うんならてめぇもやってみやがれチクショウ」
ルイ:「残念ながら、これはゼンとわたくしの取り決めた事ですのでね…ゼンに楽をさせるなんて勿体無い事は出来ませんよ。それに、オーマさんも見た所何か用事があってこちらにいらしたようですが?」
 おう、良く分かったな、とオーマが苦笑いをしてごとんとタライをその場に置く。そして、その後ろに用意してあった水バケツをタライにあけ、柔らかそうな布をふぁさりとタライに漬け込んだ。
オーマ:「やわらかーく手洗い希望って言われちまってな。そこまでお願いされちゃあ、叶えてやらねえわけにゃいかねえだろ」
 手作り石鹸をぶくぶくと泡立てながら、オーマがどこか虚ろにも見えるサワヤカな笑顔を2人に向ける。
ゼン:「そりゃ単に押し付けられただけだろーが。ったく、一家の主が背中丸めて下着まで洗濯してる様子なんざ他の奴にゃ見せられねぇぞ」
ルイ:「―――――――ゼン、手が止まってますよ」
ゼン:「はいはいっ、わかりましたよっっっっ!!!」
 ざっくざっくざっくざっく。
 ざぶざぶ…ぱしゃん、ばしゃばしゃ…。
 2つの異なる、世にも侘しい音が裏庭を支配していた。
 そこへ、
 ――カラン…。
 氷が他の氷とぶつかり合う涼しげな音が、ドアの向こうから響き渡る。
シェラ:「ここにいたのかい、3人とも。今氷屋が来てね、少し買って冷たい飲み物を作らせたんだけど――いるかい?」
ゼン・オーマ:「「そりゃもちろん」」
 オーマの妻、シェラ・シュヴァルツが持って来た飲み物に、ゼンとオーマの2人が目を輝かせて頷いたところに、ぱたぱたと日陰に置いた長椅子の上で扇子を仰いでいたルイがにっこりと笑い、
ルイ:「ですが、まだ作業がひと段落付いてませんので、もう少し後ですね。オーマさんにしても、漬けっ放しではいけないのではないですか?」
シェラ:「そういやそうか。それじゃあルイとあたしとでとりあえずいただこうか」
ルイ:「喜んで」
 あっさりとその言葉に頷いたシェラが、お盆から2人分だけ取り出してルイに手渡す。それを見る、恨めしそうな、情けなさそうな視線に堪えるような2人では当然無く。
オーマ:「水と茶が見事に2層になってんなこりゃあ。だが綺麗なのは見た目だけだ…うぅ、ヌルい…」
ゼン:「オッサンはっっ、洗濯、だけじゃ、ねえか、よっっ!!俺ぁまだ終わって、ねえんだ、ぞっ」
 ルイの要望通りにかなり深くまで掘り進めていたゼンが、土の中から怒鳴り声を上げた。

 ――そして、夜。

ゼン:「やれやれだぜ、チクショウ」
 ベランダから下を眺めながら、ゼンがぼやく。
 何とか形になったミニプールの壁と周辺を、ようやくお許しの出た具現で固め、川から汲み出した水を流し込んで、完成。
 今は言い出したルイの他、主に女性陣が歓声を上げつつ水に交代で浸かっていた。
オーマ:「まあ夏らしくていいじゃねえか。つうか、よく1日で仕上げたなあれ。若いっていいねぇ」
 洗濯を終えた後も、細々とした家事に加え全員分の食事を作ってひと息付いたところのオーマが、同じくベランダで風に当たりながら目を細める。
ゼン:「そう言う事じゃなくてよ…俺も人の事言えねぇけどさ、情けなくね?言いたくねぇけど、下僕人生まっしぐらっつうかさ…」
オーマ:「――あー…まあ、なあ」
ゼン:「オッサンはもう先見えてるしよ、いいっちゃいいんだけどなー。どうせあれだろ?このまま座布団亭主街道直進なんだろ?」
 うぅっ、とオーマがベランダに顎を乗せてうめいた。
ゼン:「俺はまだ未来があるんだぞ?このままあの野郎にこき使われっ放しでいたくねえよ…」
 ふぅぅ、と溜息を付くゼンに、
オーマ:「お、俺様だってなぁ、何度も下克上のチャンスは窺ったよ?窺ったけどな?」
ゼン:「あーやだやだ、オトナは言い訳ばっかになっちゃお終いだよなー」
オーマ:「ぐむ」
 オーマがゼンの言葉に何か言いかけて引っ込ませると、
オーマ:「……そこまで言うなら仕方ねえ。あのな…」
 ぼそぼそと。
 眼下の庭で水遊びに興じている者たちに聞こえはしないだろうに、オーマがゼンに耳打ちをした。

*****

シェラ:「暑いよ」
オーマ:「おっとすまん」
 さり気なくオーマが手に出したUV加工付き日傘を受け取って頭上にかざしたシェラ。
ゼン:「あのなぁ、始める前からそーゆーことすんなっての」
 目的の場所、ウィンショーの双塔――通称双子塔の真下で、4人が2組に別れる。
 …そもそもの始まりは、昨夜の事。

シェラ:「ウィンショーの双塔?」
オーマ:「お、おう」
 シェラのきつい眼差しにめげず、オーマがこっくりと頷く。
ルイ:「その塔で何をしようというんですか?」
ゼン:「この塔で勝負してぇ、って事だ」
 ゼンは、ルイを見定めるとはっきりきっぱりそう言った。
ルイ:「――ほう…勝負、ですか?」
 にこりと笑顔を見せるルイ。
オーマ:「…ま、そう言うことだ。ゼンからすりゃ先日のリベンジだな。んで、勝った奴の言う事を何でも聞くと言う事で――ってうぉぅっ!?」
 抜き手も見せず、目の前を光が走りぬける。
 目で確認する前に一歩後ろに下がって良かったと心底思ったのは、シェラが「ちっ」と呟きながら鎌を背に仕舞った後の事だった。
オーマ:「って何だその『ちっ』ってのは!?俺様殺す気マンマン!?」
シェラ:「ああら?随分と被害妄想が激しいようだね。この暑さで参ったとしか思えないがねぇ?」
 にやりとシェラが笑い、それから顔を元に戻すと今度は不思議そうな顔をして、
シェラ:「たかだかそれだけのためになんであたしまで連れて行くのか、その辺を教えてもらいたいんだけどね?」
オーマ:「まあまあそう言うなって。ガーゴイルのオッサンだって1人きりでこの塔にいちゃ暇だろうしな?…まあ、俺様だけ審判っつうのも信憑性が無いつーかさ」
ルイ:「(ふうん…なるほど、ね)」
 さあどうだと胸を張ってルイの前方に立つゼンと、シェラに説明しているオーマ。シェラの反応を見れば、仕掛けで無い事は分かる。――となるとこの2人か。
ルイ:「まあ、よろしいんじゃないですか?たまにはこう言うイベントがあっても悪くありませんしね。――ただし、ひとつだけ条件があります」
ゼン:「なっ、何だ!?」
ルイ:「そう堅くならず――どうせ塔は2つあるんですからペアで行きましょう。その中の誰が最初に塔の一番上に到達しても、ペアの言う事を聞くと言う事でいかがでしょうか?――――――それなら確率は1/2ですしね」
シェラ:「なるほど。それじゃあ組む相手によっても有利不利は出て来るだろうね」
ルイ:「ええ。でもそれも余興と思えば楽しめるのではないでしょうか。と言う訳で決定ですね。オーマさんとシェラさんのお2人はご夫婦ですからペア決定として。ゼンはわたくしと行きましょうね」
ゼン:「んなっ、何で俺がてめぇとっ」
 勝負前から既に下僕として負けている感のあるゼンとオーマの2人。結局ルイの提案に押し切られる形で、何となく釈然としないまま、今日この日を迎えたわけで。

ゼン:「やっぱ納得いかねえ…」
 ぶつぶつ呟くゼンの言葉が、同じく背を押されて塔に押し込まれるオーマの内心を如実に現していた。
 …その中で待ち受けるものに、気付かないまま。

*****

シェラ:「ひとこと言っていいかい?」
オーマ:「ひとことじゃ済まねえだろうが仕方ねえ、いいぞ」
シェラ:「――こうなる事、あんたのそのおつむの中で想定できていたんじゃないのかって事なんだけどさ。どうなんだい」
オーマ:「あー。全くこれっぽっちも想定してなかったな。が、そういやぁこの塔に来る度にえらい目に会ってるなーと今思ってた所だ」
シェラ:「…全く。あんたといると退屈しないよ」
 溜息を付くシェラが、肩に鎌をぽんと置いて周辺を見回す。
 塔に入った直後…正確に言えば塔に入り、扉を閉めた直後。それまで目の前にあった塔の内部が急に薄っぺらい絵のように見えたと思ったら、それが2人を飲み込み――気付いたら、やたらとだだっ広いこの場所に2人で立っていた。
 ――肌に纏わり付くこの空気、匂い、それらは全てが強烈な郷愁を伴って記憶を甦らせる。頭が覚えているのではなく、身体の中にある細胞ひとつひとつがこの風景にこころを沸き立たせているかのように。
オーマ:「…向こうが切り捨てた途端に、こうやって引っ切り無しにラブコールを送って来るなんざ、未練がましいもいいトコじゃねえか?」
シェラ:「あんたはそうかもしれないね」
 けれど、と言いかけたシェラがその口を閉ざした。
 ――こころが、沸き立ってしまう。
 どんなに今の場所が心地良くても、それでも。
オーマ:「あっち行ってみるか」
 ついと指差した方向に、シェラが不思議そうな目を向けるも、
オーマ:「何となくだが、こういう時はそういうやり方の方がいいもんさ」
 にっ、と笑ったオーマがシェラの背に手を当てて、そっと彼女を促した。――そういうもんかね、そう呟いたシェラの唇は、ほんの少しだけ笑みの形を浮かべていた。

*****

ゼン:「っ!」
 ずばん!と音を立てて、剣化した腕があまり切りたく無いもの――ひとを切り裂く。その直後にそれは霧散して消え、そして改めてゼンがルイに向き直った。
ゼン:「てめぇなぁ、てめぇの関係者ならてめぇでカタ付けりゃいいだろうが!」
ルイ:「それはご謙遜を。ゼンの真っ直ぐな戦闘能力の方が、わたくしの扱う力よりも簡単だろうと思ったからこその采配なのに、いったい何を怒っているのですか?」
ゼン:「怒ってるわけじゃねえ。ただ、やり切れねえんだよ、こう言うのは」
 ルイとゼンの2人もまた、塔の中に入ってすぐ、不可思議な現象に囚われてここにやって来ていた。…嘗て2人が居た世界、ゼノヴィスそのものの空気の中に。
 そして現れるは、過去に於いてどうやらルイと知り合った者たちらしき実体を伴った存在。…ただし、その身体を構成しているものは肉ではなく、ほとんどが霧のようなものだった。ある意味では、オーマたちの使う具現にも似た。
 とは言え、実体化している間は、向こうからの攻撃は現実のものとして扱われるらしく、仕方無しにゼンが一番力を振るいやすい姿、子どもの形を取って次々と現れる存在を叩き切っているのだが。
ルイ:「――なるほど…面白いですねこれは」
 大量の霧が周囲に飛び散ったのを眺めつつ、ルイが楽しげに笑う。その顔にかけられた眼鏡がきらりと光った事にはゼンは気付かないままで。
ゼン:「こう言う状況で面白いと思えるのはてめぇだけだ」
ルイ:「そうでしょうか?」
 手の中でもやもやと何か白いものを形作りながら、ルイが呟く。
ルイ:「先ほどからわたくしが思い浮かべるひとばかりが現れるのですから、面白くないわけが無いと思いますが」
ゼン:「……っっ!?って、てめぇが原因かっ!?」
 またもやひとり現れた者を撃退したゼンが、その姿勢のままぐりんと首を回してルイに噛み付く。が、ルイはしれっとしたもので、
ルイ:「それもこれもこの『世界』の成り立ちを調べるためにした事、感謝されてもおかしくはありませんよ。…それに…いくら実体を取っているとはいえ、手応えは『本物』に遠く及ばないでしょう?」
ゼン:「――てめぇわ、他の連中がいねえからってブラック全開かよ」
 くすくすと笑いながらも否定せずに、
ルイ:「さあ行きましょうか。この世界を構成するものがゼノヴィスに近いとするならば、目指すものはひとつでしょうから」
 すいと、顔の向きを変える。
ルイ:「わたくしの想像が間違っていなければ、あの方たちもそちらにいる筈です」
 そう、囁くように言いながら。

*****

シェラ:「…嫌がらせかい、これは」
 苦々しげに言うシェラの目の前には、立派な建物がある。
 それこそは、2人が生涯を共にする事を誓った場所――もう、とうの昔にある事象によって破壊され尽くした筈の。
オーマ:「どうだろうなぁ…嫌がらせとは限らないかもしれねえぞ」
 それを懐かしそうに眺めていたオーマがぽつりと呟くと、不審そうなシェラの目と会い、
オーマ:「悪意を感じねぇからな。こう言うのが罠としたら、の話だが」
 それよりは寧ろ、と言葉に出しかけてオーマが止めて、もう一度見上げた。
 懐かしさと罪悪感が同時に湧き上がってくる建物。…そう。オーマなら、この場所は選ばない。自らが滅ぼしてしまった罪と完全に向き合えていない今は、まだ。
 だが、確実にこの場所を――嘗て自分たちが居た、幸せな時間を共有した場所を選んでしまう者は、隣に居た。
 …ゼノビアと同じ雰囲気を持つここに来てから、随分と口数が減ったシェラが。
オーマ:「そうだよなぁ…ここで俺様、一生が決まっちまったんだよなぁ」
 それに気付かないふりをしたオーマがぽつりと呟いた言葉に、シェラの肩がぴくりと動いた。
オーマ:「決まったっつーか決められたっつーか首に縄ならぬ枷が嵌められたっつーか――――って刃を当てないで下さい奥さん」
シェラ:「こう言う場所でそんな事を言うような罰当たりなヤツには丁度いいのさ。このまま刃を引いてあげようか?さぞかし綺麗な花が咲くよ…地面にね」
オーマ:「待て待ていやマジで待てって。そーゆー目の前の建物が即利用出来るような行為は止めてくれ、罰当たりなら…これだけで充分だっての」
 言うなり、くるりと姿勢を変えて鎌の刃をかいくぐり、シェラの動きに合わせすいすいと彼女の動きを封じ込めるように片腕を捉え、もう片方の手で腰に手を回した。
 そして――あの日と同じように、そっと口付けると、
オーマ:「な?」
 そう言ってぱちりとウインクする。
シェラ:「…あたしの鎌を最初にかいくぐったのが誰だったか、すっかり忘れてたよ」
オーマ:「わはは。それを言うなら、俺を最後まで追い詰めたのはたった1人だけだったじゃないか」
 互いに目と目を見交わし、ふっ、と笑う。
オーマ:「さーて、帰ろうぜ?この空気も悪くないが、今の家にゃそれ以上に大事なモンが待ってるだろ?」
シェラ:「けどさ、帰るって言っても…」
オーマ:「『帰れる』んだよ。何も問題はねえ。そう思いさえすればな」
 さあ、とオーマが手を伸ばしてシェラの髪をそっと撫で、
オーマ:「出口はどこにあると思う?」
 そんな言葉を投げかけられて、シェラが虚を突かれたかぱちぱち、と目をしばたたかせた。

*****

ルイ:「こちらですよ」
ゼン:「さっきから迷いもせずにそっちに行ってるが本っ当に間違いねぇんだろうな?」
ルイ:「疑り深いですねえ…なんでしたら、賭けても構いませんよ。賭けの報酬は、戻ってからの処遇と言う事で如何です?」
 一見何の裏も無さそうな笑顔。だがこれこそ、心底注意してしかるべきものだとゼンは嫌と言うほど分かっている。
ゼン:「……俺が負けたら、てめぇはどうするつもりなんだ」
ルイ:「『彼女』に頼んで特別製の首輪でも作っていただきましょうかね」
ゼン:「付けねえよっ!…つぅか、自分が負ける事なんざこれっぽっちも思ってねえだろ?」
ルイ:「――――――おかしいですね。いつものゼンならそれこそ犬の如く餌に喰い付いて来る筈ですが…貴方、もしかして別人ですか?」
ゼン:「てめぇは人の事何だと思ってんだぁぁぁっ!?」
 ぜえはあ、と息を整えてから、その場に立ち止まったルイをじろりと見て、
ゼン:「説明できんだろ?してみろよ」
 そう促した。
ルイ:「一言で言えば、共鳴作用のようなものが起こったのでしょうね」
 そう言って、再び歩き出す。眼鏡の奥の目で何かを捉えているのか、その足取りによどみは無い。
ルイ:「異界からの住人が、それぞれの世界同士で組んで登ったのは魔力で構成されている塔ですよ。何か異常が起きれば面白いと思っていましたが、まさかここまでとは。いやあ偶然と言うモノは恐ろしいものですねえ」
ゼン:「つうと、何か?――本気でてめぇが原因だったのか!?」
ルイ:「何を言いますか。ゼンがこの塔での勝負を持ちかけて来たのではないですか」
 うっ、と言葉に詰まったゼンを見てくすっと笑い、
ルイ:「ゼノヴィスの最終目的はゼノビアと重なる事…だから、接点を探しているのですよ。わたくしの思うところではおそらくあちらと思いますので」
ゼン:「なーんか、頼りねぇなぁ…」
ルイ:「――疑ってはいけません、ゼン。それは何より忌避すべきものです。わたくしを心底信じなさい。そうすれば道は開けるでしょう」
 にこやかなルイの笑顔。それが本心なのかどうかさえ読み取れない、ある意味で最強のポーカーフェイスに、ゼンが渋い顔をしつつ僅かに頷く。
ルイ:「と、悩める青少年を軽く弄ってみたところで、行きましょうか」
ゼン:「おいっ!」
 ゼンの突っ込みをさらりとかわし、先ほどから忙しなく動かしていた手をぱあっと開いた。その手から、真っ白い、蜘蛛の糸のように広がる網目状の糸がみるみるうちに広がって行く。
ルイ:「覚えておきなさい、ゼン」
 手の中に在った時は、文字通り手のひらに収まるサイズだったものが、際限なく広がりをみせた。意思を持つように、ルイたちが行こうとしていた前方の空間に網目模様の世界を構築しながら。
ルイ:「『想い』は何よりも強く、そして残酷です。この世界がそうであるように、ひとのこころを捉えて離すまいとする事もある――」
 そんな、謎掛けとも言える言葉を呟いたのちに、空に、地面に、何も無い筈の空間に張り付いた『糸』を、ぐいと引いた。
 それと、同時に、

 ―――どおおおぉぉぉんっっ!!!

 地響きがして、ぱらぱらと天井から細かい破片や埃が落ちてくる。
ゼン:「…え?あれ?」
 2人の頭上には石で出来た天井があり、同じ材質の壁が四方を覆っている。
 そして、目の前にはぽっかりと開いた大きな穴が。更にその向こうにもレンガ状の石をくりぬいたような穴があり、その向こうからオーマとシェラが顔を覗かせていた。

オーマ:「よぉーう。やっぱり同時だったか」
ルイ:「多少のタイムラグがあったとしても、矯正されてしまいますよ。しかしその時間の空白は互いの記憶にはカウントされませんので認識も無いでしょうね」
オーマ:「ま、そんなトコだろうな」
 腑に落ちない顔をしているのはシェラとゼンの2人。オーマとルイはこうなる事が予想出来ていたらしく、塔の上に上がってにこにこと笑いながら言葉を交わしていた。
 ちなみに、塔の最上階に上がったのは、これも狙い済ましたように同時だった、と付け加えておこう。

*****

ガーゴイル:「……それで」
 声には多分に怒りが含まれている。
オーマ:「現実に戻るためにちょいと力を使ったら、勢い余って塔の壁ぶち壊しちまった、つーことだ。すまんなガーちゃん」
ガーゴイル:「愛称は不必要だ。…それで、どうするつもりだ」
 双子の塔、中程に位置するあたりにぽっかりと空いた穴――しかもふたつ。
 塔を勝負の舞台にした挙句、随分と風通しの良いようにした事で、ガーゴイルは4人から釈明を受けていた。時々ぴくりと身体が動いているのは、怒りを堪えているためだろうか。
ルイ:「力仕事ならここにいる唯一の若者がしてくれるでしょう」
ゼン:「―――――っておい!壊したのはてめぇの『糸』だろうが!!」
ガーゴイル:「中空作業も含むのだぞ。それに…この塔は魔力の塊でもある。下手に具現など使われては、何が作用するか分からないのだ。本来ならば日参しても修復してもらいたいところだが…」
 ――危険要素が強すぎる、と呟いた声は、怒りを通り越して諦観の音色を醸し出していた。
オーマ:「本当にすまねえな。この詫びはいつかきっとさせてもらうからよ」
ガーゴイル:「……ナマモノの贈り物は心から遠慮させていただく」
オーマ:「何ッッ、何で知ってんだ!?」
 ふっ、とガーゴイルが溜息を吐く。
ガーゴイル:「ここを訪れる者の中には、様々な情報を持ち合わせている者も多くいる。…エルザードの名物男だそうだな。病院は――ほとんど化け物屋敷だとか」
オーマ:「……お、おまえら、何だよその目は。いいじゃねえか、客足が減ってるわけじゃなし!」
 一斉に4人の視線にさらされたオーマがじりじりと後ずさりながら、必死で反論する。
ガーゴイル:「まあ、いい…今回はこちらでなんとかしよう。だが、確たる理由無しに塔への破壊行為は今後遠慮していただこうか」
 ――塔の守護者としての威厳を露に、静かな声でそう告げた言葉に、4人はごく自然に頷いていた。

*****

ゼン:「っっあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、もう何にもしたくねーーーーっ」
 ざぶーん、と自分で作ったミニプールに飛び込みながら、ようやくルイから解放されたゼンが叫ぶ。
オーマ:「そりゃ自業自得っつうんだ。覚えとけ」
ゼン:「あーん?何言ってんだ、タライ手に言ったって説得力ねえぞー」
 …結局勝負は付かず、しかも途中で別世界に行っていた事もあり、何もかもがうやむやなまま、日常が戻って来た。――今までとこれっぽっちも変化の無い日常が。
オーマ:「わはは。妻帯者の特権と思え。…いや正直、悪くねえよこう言うのも。座布団もな、座る相手があればこそ、だ」
ゼン:「そう言うのをなぁ、負け惜しみっつうんだよ…つーかさ。オッサンは好きでやってんのかもしれねえけどよ。俺はアレと会って以来ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっとこき使われっ放しだぞ?しかも俺の意思じゃねえんだっつうのに」
 ざぶざぶと、先日の数倍はあろうかと言う洗濯物の山と格闘しながら、
オーマ:「そりゃあ、よーっぽど座りごこちがいいんだろうな。あいつはあいつで気難しい所があるからよ。周りにも気付かれないように自分の嫌いなヤツを弾き飛ばすからなぁ」
ゼン:「けーっ、そんなんに好かれたかねえよ」
 苦々しい顔をしつつ、ぷかーと手足を伸ばして水の上に浮くゼン。
オーマ:「そりゃ手遅れだろ、もうとっくにこれでもかってくらいラブラブだぞあいつは」
 にやりと笑いながら言ったオーマに顔を上げようとして、勢い余ってがぼがぼとプールに沈むゼン。その頭がざばっと上がったのを見計らったように、
シェラ:「オーマ!いつまでやってんだい、ちんたらやってたら日がくれちまうよ!」
ルイ:「――ゼン。休憩時間はとうに終わっていますよ。これだから貴方は…」

オーマ・ゼン:「「おうっ、待て、すぐ行くから!!」」

 反射的に答えた2人が顔を見合わせ、はああああああっっ、と心底からの溜息を付いたのだった。


-END-