<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


ラヴ☆ファイヤーワークス

 うだるように暑い日々を吹き飛ばさんと、毎年恒例の納涼花火大会が近づこうとしている。この日のために1年かけて練り上げた仕掛けの数々と職人の技巧を見せる、最大のチャンスと皆が意気込んでいる数日前…そんな時にそれは起こった。
「………」
 ぽかんと、口をあけたまま昨夜まで何も無かった場所を見下ろす人々。
 一夜にして川べりに作り上げられた、毒々しい原色混じりのステージ。そして、対岸に設えた何本もの大きな筒は、皆一様に空を向いている。
「――花火は今夜じゃなかったよな?」
「まだ何日も先の話だぜ。花火屋は今修羅場に入ってる筈だしな」
 早朝の朝靄が完全に途切れていないこの時刻に、いったい誰が何のためにこんなものを作り上げたのか、見つけた数人が首をかしげている、丁度その頃。

 ――どんどんどん!どんどんどん!どんどんどんどん!!

 朝の早い商店街の中にあって、まだ誰1人起き出す気配の無い建物の扉を、遠慮なしに叩き続ける男たちの姿があった。
「なんだよ、うるせぇなぁ…」
 裸同然の姿にガウン一枚を羽織っただけの男――オーマ・シュヴァルツが、後頭部を擦りながら玄関へ向かう。手の隙間から見えるそれは、ぷっくりと腫れ上がったコブ。扉を叩き続ける音にめげず、ベッドで頑張って眠っていた所を、キレた隣の人間に蹴り落とされたものだろう。
「はいはーい。急患か?牛乳配達なら頼んでねえぞー」
 外へ声を掛けつつ、閂を外して扉を開ける。そこへ、
「邪魔するぞ」
 どやどやと、オーマに負けず劣らずの身長と体格をした3人の男がなだれ込んできた。2人がオーマを押すようにして奥へと移動し、最後に残った1人がすかさず閂で扉を閉めなおす。
「全く、こんな時間にまだ寝ているとは…これが対戦相手か」
 歯と歯の間に巨大な苦虫を挟んでいるような顔をした男が、だらしなく緩んだ紐から覗く胸板とぼさぼさ頭のオーマを睨み付ける。
「つーか…おまえさんたち、誰なんだ」
 オーマが、何度考えても知り合いと合致しない3人の男に、やる気なさそうな声を上げる。それもまた不満だったか、1人がぴくりとその額に青筋を浮かべるのを、もう1人の男が手で制し、
「これは失礼した。我らこそは公国の三羽烏と呼び習わされ、この世界の一部では知らぬ者とて無い暗黒の3兄弟――その名も死の花火職人!」
「しょぼっ!」
「なにっ、我らが幾晩も頭を悩ませた通り名を愚弄するか!」
「何日も考えてそれか。センスねえぞおい――つか公国からかおまえさんらは。王国の御膝元にやって来るなんざ、随分といい度胸してるじゃねえか」
 恐らくお揃いなのだろう、黒を基調としたマントでその堂々たる体躯を包んでいる男たちは、ふっ、と小馬鹿にしきった笑みを浮かべると、
「公国の命とあれば仕方ないだろう、そんな事は」
 きっぱりと。
 これ以上ないくらいきっぱりと、そう言った。
「あ、そう…」
 そう言う意味ではなく、このエルザードで公国からの刺客と言い切ってしまっていいのか聞いたつもりだったのだが、そのあたりはどうでも良い事らしい。
 何だか脱力しかかっているオーマの前で、踏ん反り返る男たちが腕を組み、
「勝負を申し込みに来た。今晩、南方の川沿いで花火大会を催す。まさか逃げるなどとは思わないが、もし逃げたらこの国中に臆病者のオーマ・シュヴァルツの事を触れ回ってやろう」
 ばさぁっ、と――子どもの落書きのような手書きの開催ポスターを広げた。
 確かにそこには、今晩の日付と場所が堂々と書かれている。
「勝負は今晩一度きり。花火は好きなものを制限時間内に好きなだけ打ち上げればいい――但し。その辺の花火師には決して作れないような花火である事が条件だ。ついでに言えば花火大会にそのような無粋な服は不必要。各々自分の身に合った浴衣である事が絶対条件。中に着込むことも反則だからな」
 これだけの台詞を捲し立てると、男たちがきょろきょろと室内を見回し、
「この家は誰も降りてこないな。オーマ1人で住んでいる筈は無いんだが…おまけに3人一組だしな」
 ぼそぼそと顔を見合わせて会話する3人。
「3人?なんだそりゃ、3人で好きに組んでいいのか?」
「いいや、その辺は勿論指定されてもらう。ええとだな――オーマ・シュヴァルツと、ユーナ?ユナ?…これ読めるか?」
「殴り書き過ぎて…ユ〜ナか」
「んな奇妙な発音しなきゃならん本名の人間はそういねえ。ユンナだろ?それなら昨夜もどこかで朝まで打ち上げて来たとかで昼過ぎまで起きて来ねえぞ」
「な、なんと言う怠惰な!健全な精神は健全な肉体に宿るのだぞ!?」
「――公国で三羽烏なんつってる連中に健康の心配までしてもらわんでもいいっつーの」 で、もうひとりは誰なんだ?
 完全にぐでーっとソファの上で身を反らせているオーマを見下ろした男が、メモらしき紙をじーっと見て、オーマをまじまじと見、
「…オーマ・シュヴァルツ」
「いやだから俺様はもう言っただろ。もう1人だ。3人で組むとか言ってたしな」
「だから、オーマ・シュヴァルツだと言った」
 ――なんだって?
 むっくりとその言葉に身体を起こしたオーマが、眉をぎゅむっと寄せる。
「ああ、ちょっと待て。…兄者、ここに注釈があるぞ。えーとだな。……公国で秘密施設を何度も壊滅に追い込んだ男がそう名乗っていた事がある、とある」
 いやちょっと、待て。
「名乗った?俺様が?」
「貴様ではない。イロモノ師オーマ・シュヴァルツとはまるで別人で、寡黙な上に目撃証言が異様に少ないだけだ」
「あー………って、あのやろう、肖像権の心外だぞ」
 寡黙なうえに、オーマの名を知る人物。おまけに、公国に単身乗り込んでは施設を破壊する者と言えば、心当たりは1人しかおらず。
「分かった分かった。最後の1人は問題ねえ、俺が分かった」
「そ、そうか。手間をかけるな」
「いやいや――じゃねえし。本当におまえさんらが敵なのか良く分からなくなって来たな」
 わしわしと髪を掻き上げ、溜息をひとつ。
「ひとついいか」
「何だ」
「いきなり今晩て、しかも花火なんぞ一度も作った事がねえ連中捕まえてどうやって花火調達しろっつうんだ」
「そこはそれ。根性があればどうにでもなる話だ」
「根性だぁ?」
「現にだ。我々は材料のほとんどを現地調達によって賄っている。…この近くの花火師が、我々の誠意を込めた説得に感激で身を震わせつつ賛同してくれてな」
「それにだ。断われば、このエルザードを第2の公国にする事も可能だ――と言う事は忘れないで貰おうか。そう、悪の道をひた走る親父たちとナマモノが跳梁跋扈する理想郷に!」
「待て待て待て待て」
 流石にその『理想郷』に突っ込みを入れたオーマへ、男の1人がきょとんとした顔をする。
「平和だぞ?下僕の身に甘んじていた者たちの姿はそこに無い。自分たちの求める美と理想をひたすら追求し、正しい者を悪の道へと導き続けるのだからな」
「っ、い…いや――下僕解放戦線は俺様個人としても追求したい所だが――って駄目だ駄目だ。そんな事を許容したと知られたらマジで殺されかねねえ」
 一瞬誘惑にかられそうになったオーマが、そこには無い人物の視線を何故か感じてガクガクと身を震わせる。
 そんなオーマに何故だか酷く気の毒そうな視線を向けた3人が、
『――いつまで大声でくっちゃべってるんだい、目が覚めちまうだろ!』
 ズダンッ!と天井から響く殺意の篭った声と、石突と思われる部分で叩いた音に、オーマ共々数十センチは軽く飛び上がり、
「と――ととととともかく、いいな、勝負は今晩だ!に、にに逃げるなよっっっっ!?」
 びし、と突きつけた指をあっさりと引っ込めて、顔面蒼白になりながら外へと飛び出していった。
 途端、静かになる室内で、ほう…っ、と溜息を付くオーマ。
 だが――その平和も長くは続かなかった。
 さらさらと上から衣擦れの音が聞こえ、
「ちょっと…人がいい気分で寝ていたっていうのに、何朝っぱらから騒いでるのよ。あらオーマ、おはよう。濃い目のお茶入れてくれない」
 ふあっ、と仔猫のような欠伸をしたユンナが、憮然とした顔で降りて来たからだった。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

「――つーわけだ。おっちゃん。俺様に今晩打ち上げる花火の作り方を教えやがれ」
「帰れ帰れ!そんなもんあるわけねぇ!!」
「ちょっとオーマ、そんな頼み方じゃ駄目に決まってるでしょ」
 こつん、とオーマの後頭部を拳で軽く叩いたユンナが、にっこりと極上の笑顔を浮かべながら、オーマの言葉に苦い顔をしていた職人へと話し掛ける。
「本当に急な話で申し訳ないのだけれど、今晩、河原で打ち上げ花火をしなければならない事になってしまったの。その――道具とか、調合の仕方とかを教えていただいたり、少し分けて貰う訳にはいかないかしら?」
「お、おお?何だ、それならそう言う風に言ってくれりゃいいものを。あんなふうに居丈高に言われちゃぁ、俺だって職人のプライドがあらぁな」
 ころっと態度を変えて、いつもより念入りにお出かけ用メイクに手を入れたユンナへとへらへら笑いかける男。
「けどなぁ、幾らなんでも素人さんに一から教えてたら今晩っつうのは無理だぞ?一発じゃねえんだろ?」
「おう。作れるだけ、上げられるだけ上げたいんだ」
「それじゃあやっぱり駄目だなぁ。教えてやってもいいが、しょぼいのが何発か、それがせいぜいってとこだ。――――ところで、お2人さん」
「なあに?」
「……さっきから向こうの建物の隅に立ちっ放しの男、ありゃなんだ?知り合いか?」
「あら、良く気付いたわね。そう、一緒に打ち上げる仲間なの。…ちょっぴり恥ずかしがりなのよね、オーマ」
「まあなぁ」
 顔も姿勢もそっぽを向いているが、オーマとユンナの2人と等間隔に歩いてきて、あの位置で立ち止まっているのだから、気にならない筈は無く。しれっと答えるユンナに対し、オーマは苦笑いを浮かべて、男――無表情ながら全身で未だに拒絶しているジュダを眺めた。

「――俺が?」
 いつものように泰然と、真っ黒い衣装で――流石に暑いのか木陰に座っていたジュダが、汗ひとつかかない顔でオーマたちに視線を向ける。
「そう。おまえさんだろ?公国で俺様の名を名乗ってる男っつーのは」
「…………うむ」
「うむ、じゃねえっ!何で俺様なんだよ、おまえ名前あるだろうが!」
「まーまー。論点はそこじゃないわよ、ね?オーマ」
 語尾に力を込めつつ、にこりと笑ってユンナがジュダの前にしゃがみこみ、
「そう言う訳で、公国の変な3人組に目を付けられてしまったの。どうにかしないと、この国の危機に陥っちゃうのよ。…少なくとも下僕廃止なんて私に対するピンポイント攻撃じゃない。ね、お願い。協力して」
「……………」
 少し視線を外して遠い目をするジュダの視線の先にするすると器用に回り込んだユンナが、きゅっ、と彼の目の前で両手を組む。
「お願い。相手の指定を了承すれば、私たち2人は禁忌を犯さない限り具現を使えなくなるの。今はともかく、現場で何かあった時に具現を封じられたオーマじゃ頼りにならないのよ」
「…へーへー、便りにならなくてすまねえねえ」
 ユンナのきっぱりした物言いに唇を尖らせてちょっぴり拗ねるオーマ。
「あら、事実でしょ?それともなあぁに、オーマ?あなたもしかしてこの世界で枷抜きの具現行使をするつもりなの?――まさかね?そんな事、しないわよね?」
「ぐ、ぐはぁ、あいつの命令口調もキツイが、おまえさんの真綿に手を突っ込んで首締めるような逃げ道を塞ぐ物言いもキツイな。その健在っぷりに有難過ぎて涙が止まらねぇぜ」
 そうして再びすぐに真っ直ぐ自分へ向き直ったユンナに、ジュダがほんの少しだけ表情を動かして、
「……仕方、ないか」
 諦めの音色と共に言葉を吐き出した。

「まあ、気にしないで。害は無いから…そうねえ。それじゃあ、ええっと…いいわ、本当に僅かでいいから、自分たちで作れるモノを作りましょう。材料もちょーっぴり特殊になりそうだし」
 花火作成に参加する気の無いジュダをあっさり切り捨てて置いて、ユンナが再び心まで蕩けそうな笑顔を浮かべ、
「本来の花火大会が迫っているのに、こんな事を頼むのもなんなのだけれど……本当に、申し訳ないのだけれど。…手伝ってくださる?」
 職工たちが、その声と表情に即答したのは言うまでも無い事だろう。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

「ふーむ。良くまあ逃げずにやって来たもの、だ、な…」
「…あら?どうかしたのかしら?」
 薄紫に白で清楚な花を浮き上がらせた浴衣を着、はたはたと胸元に置いた扇子で微風をそよがせながら、いつものツインテールではなく1つにきちっと髪を結い上げたユンナが、ほんのりと目を細めてゆるりと微笑む。
 その笑みに呑まれていた男3人が、はっと気付き、雄々しく肩まで捲り上げた揃いの黒い浴衣とねじり鉢巻で準備の整ったオーマたち3人と対峙する。
 ちなみにジュダは渋茶と茶がぼかしで混じり合ったような微妙な濃淡を見せる浴衣をさらりと着こなし、オーマは――――どこで見つけたのか、ラメ入りの黄金の浴衣を得意げに見せびらかしていた。帯は勿論、ショッキングピンク。
『私より目立つなんて酷いわ、オーマったら』
 衣装合わせを病院でした際のユンナの台詞は、この自信満々の笑みにも効果を与えていた。
「頑張れー、オーマにいちゃーん」
 王都主催の花火大会――の直前に行われる、いわば前座の、しかもイロモノ臭たっぷりの花火大会に、ご近所の人々が期待に満ちた目でぞろぞろと集まって来る。
「おう、ぼうずも応援してくれよー」
 そんな中で知り合いに声をかけられたオーマが嬉しそうに手を振り、花火の筒へと近づいて行く。その中には、今日一日かけて必死に作り上げたモノが詰まっている筈だった。
「いくぞ」
「――おうっ!」
 合図は、気合の入った掛け声。
 結局、オーマたちが用意出来た特製花火の数は6つ。1人2つずつではなく、オーマとユンナの2人で6つである。
 ジュダはいくら誘っても、大声で呼んでも、餌で釣ろうとしても頑として近寄って来なかったため、彼自身の作品は手元に無いのだった。
「それではまず、俺たちからだな――」
 にやりと悪意の篭った笑みを浮かべながら、男の1人がよいせと筒の中に大きな玉を置き、火を導火線に伸ばす。
 その時、ようやく『それ』の持つ気配に気付いたオーマとユンナが顔色を変え、一歩踏み出すも、
「――遅いっっ!」
 勝ち誇った声と共に、しゅわしゅわと火が付き、
 ウォズやら具現やら、VRSの気配で満たされた玉がひゅるるるるるる〜〜〜と空へ昇って行った。
 わくわくした人々のざわめきと、止めようにも具現は扱えず、かと言ってこの場で変身するには人を巻き込まずにはおれない範囲と知ってオーマが歯噛みする。

 どおおおおおおん――

 …わああああ…っ

 幾重にも広がった色の帯が、しゅるしゅると輪を描きながら広がる様は、息を止めるほど美しいものだった。
 ――花火が消えた中心から闇が渦を巻きはじめるまでは。
「なんて大きな…まさか、あの広がった火花ひとつひとつが…VRSで出来ている、なんて事は……」
「あるかもしれねえなぁ」
 派手好きな野郎たちだ、とオーマが呟く。
 見ている人々は、次の花火に――これもみっちりとVRSが詰まっているらしかったが――見惚れ、最初の花火の中心点からじわじわと広がっていくモノには気付いていない。
「あいつら、最初っからこれが目的だったんだな。わざわざ俺たちを呼びつけて、勝負だ、なんて調子いいこと言いやがって」
 いっそ獅子になってあの花火を喰ってやろうか、そんな事を考えたオーマの背中に、
「…こっちの番だぞ」
 ジュダの静かな声がかかる。
「そんな事言ったってよぅ、アレを止めなきゃどうしようもねえだろ?」
「――…オーマ。ユンナ。その玉を寄越せ」
 ジュダは何も語らない、が、この大会に引きずり出してから初めて自分の意思らしきものを見せた彼に、2人が何か気おされて、それぞれの作り出した玉を手渡した。
「面白い物を詰めたな」
 玉を見たジュダが一言そう呟いて、筒の中に玉をセットする。
 空の様子に気付かないとでも思っているのか、にやにや笑いながら腕組みする3人をちらと見て、
「……そこを動くなよ。後で聞きたい事がある」
 囁くように告げてから、筒に直接手を当てた。
 ――途端。
 火が付いた様子も無い玉が、勢い良く空へ向かって物凄い速度で飛んでいく。それは次第に輝きを見せ、そして――。

 ――どっぱああああん……!

 男たちの花火よりも、余程高いところで花開いた。――花かどうかは分からない。何故かと言えば、それは、ひとつひとつが、
「…うわぁ、悪趣味」
「いいじゃねえかよ。イロモノ万歳だ」
 黄金色と青色と緑色と赤色の、巨大なマッスル親父が満面の笑みでぐるぐる回転しながらポージングを繰り返していたからで。
「…は、初めて見る花火だね。あんなのどうやって作るんだ…?」
 呆然と呟く町の人の言葉が、その場に居る人々の感想を代弁していた。
「…お?」
 オーマが不審そうに呟いたのは次の瞬間。
 現場では具現のコントロールが効かないと分かっていたから、時限式の――つまりは少しずつ小さくなって最後には消え行くマッスル親父たちをイメージして作り上げた筈だったのだが、実際には、空の上で踊り狂う彼らはずんずんと大きくなりながら、夜空に溶け出そうとしていく具現波動を掴んでぶちぶちと千切って行く。
「なっ、何しやがる!」
 それに気付いた3人が慌て始めたのを尻目に、第2弾が打ち上げられ。
 …ピンク色の尾を引いて飛び出したそれは、空で弾けた瞬間はやや小ぶりながら普通の花火に見えた。が、一瞬消えかかったそこから、今度はぼう…と蛍のような点滅がいくつも見え、やがてそれらは全て規則的な動きを見せながらじわじわと空に広がって行く。
「…ユンナ。一体何詰めた?」
「ふふ、さあ何かしらね〜」
「おまえ、ヤツの霊団持ち込んだな!?どーすんだよ、アレの後始末」
「あら、そんなの元の持ち主にしてもらうのが一番楽じゃない」
 しれっと楽しげに言い切るユンナの頭上にも、ふよんと白い影が降り立って来て、にったりと笑顔を浮かべる。
 ――そして、空は、一面の――白。
 そこに至って、ようやく黙ったまま空を見詰めているジュダが何かやったらしいと気付いた3兄弟が土手の上から駆け降りてくる。
「て、てめぇ、せっかくの舞台を…っ」
「…邪魔だ。まだ全部打ち上げ終わっていないが…いっそ、おまえらも上がるか」
 そんな3人をものともせず、次々と奇妙なモノがたっぷり詰まった花火を打ち上げ続けるジュダ。
 誰の趣味か、夜空いっぱいに広がったうさぎやくまの顔には、集まった子どもたちが大喜びで手を打ち合わせていた。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 ――見上げれば、すっかり具現の気配も薄れた空が花火の残りのような星を瞬かせている。
 三々五々散って行く人々を尻目に、へたり込む3人を囲むオーマたち3人が、今回の真の目的を聞いて少しばかり顔を顰めていた。
 何故なら、それは、
「俺様たちを材料にしようってのは、また随分大胆な考えだな」
 特にここには喰えねえ男がひとりいるってのに、とジュダをちらりと横目に見て続け、
「失礼な事を考えるのねえ。あんなのにされちゃったら、今の私じゃなくなっちゃうじゃないの。…いくら戦力になるっていったって、あんなのは諸刃の剣よ。あんなのばかりが地上に出て来て、自分たちの住み良いようにって世界を変えてしまったらどうなるか、想像出来ないの?」
 ぷんぷんと怒っている様子のユンナが3人のうちの1人を睨み付ける。
「いいじゃねえかよ、彼らが好きなように暮らせる世界があったって!今のまま、生きた兵器なり規格外品みたいな扱われ方をするよりは、ずっと」
 ユンナの言葉に噛み付いた1人が、ぐいと自分の腕を差し出す。
「……そう…あなたも実験されたの」
 手首から指先まで、他人のものを植え付けられた腕がそこにあった。しかも、手首だけで安定する事は無いらしく、亀裂のような筋が肘を越えて肩に到達しようとしている。
「お陰で具現が使えるようにはなったがな――その代わり、使う度にコレがどんどん増えて行くんだ。そのうち、俺は俺じゃなくなってしまうだろうさ」
「…どうかな」
 ジュダが呟いて、そっとその腕に触れる。
「元々、人の身と混じり合う事は無いモノだ。融合そのものが無理を呼ぶ事もある……取れたぞ」
「え――あ」
 何をしたのかは分からない。が、ジュダの手には何か分からない肉の塊がもぞもぞと蠢いており、男の腕からは亀裂のような細い幾本もの筋が消えていた。…繋げられた手もろとも。
「…その身体になった以上、具現を使おうとは思わない事だ。あれは自然の摂理に反するもの――そこにいる男たちのように、鋼鉄製の心臓だったり、みっしりと毛でも生えていない事には使い続ける事は無理があるぞ」
 何ならこのまま逃げろと言って、ジュダがすっと立ち上がる。
「だが――あれだけは片付けて行けよ」
 指差すのは、ひと気の無くなった川辺に設えた物見台と、打ち上げ用の筒。
「お、おう」
 気負っていたさいごのものが、気が抜けてしまった事で萎んだのか、
 オーマたち3人を見送った3人の男は、何も言わずに消えて行った。
 きちんと、綺麗に会場を片付けて。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

「残念でしたのよー」
 きっと教えられていればじだんだ踏んだと思われる、そんな悔しそうな顔でエルファリアがオーマに訴える。
「誰も、だーれも教えてくれませんでしたの。オーマも、知ってらしたの?」
 あれから数日経って、いよいよ花火大会も間近に迫った日の事。街の中を散策していたオーマが、同じく散策していた王女にとっ捕まって、そして何故かジュダと3人で輪を囲んでいた。
 ……何となく嫌な予感がして、王女に見つかる前に逃げようと方向転換した先に居たのがジュダだったのだから仕方が無い。
 しかも、きっちりと王女に捕まってるし。
「ま、まあな」
 これで自分たちが打ち上げたのだと知ったら、きっと今度やる時には自分も発射口の近くに連れて行けと駄々をこねるに違いなかったから、オーマはそこまで言わなかった。
 王女曰く。
 何日前か、夜眠っていたら急に大きな音がして、置きだした事。
 何度か音が鳴っている間に上へ上がると、兵士が数人集まって花火見物に興じていた事。
 …ごく少数しか上がらなかったが、とても綺麗だったと花火の感想を兵士たちが話していた事。――何より、そう言う花火大会の前に小規模な打ち上げが行われるという噂は聞いていたのに、誰1人王女に話さなかったこと、と言う愚痴を含めた会話は、既に3回目に至っている。
「…ふう、言うだけ言ったらほんの少しすっきりしましたわ。それにしても、オーマにもこんなお友だちがいらしたのね。始めまして、エルファリアですの」
「…………ジュダだ」
「あーあー悪ぃな王女さん、こいつほんっとーに愛想無くてよ」
「構いませんわ。それに、私の礼儀作法の先生よりもずっと表情が深くていらっしゃるもの」
 宜しくお願いいたしますわね、そう言ってエルファリアがにこりと笑う。
 そんな笑顔にはどうにも居心地が悪いのか、ジュダがこころもち姿勢を正して、
「…こちらこそ」
 そう、呟くように言った。
「わはは。おまえも王女にゃ弱そうだな。大丈夫、ユンナにゃ言わねえよ」」
「………」
 何か酷く複雑そうな表情を浮かべたジュダだったが、何も言わないまま空へ目を投じる。

 …あれから、きちんといつもの服に着替えたオーマが調べた所、エルザードの街中で妙な具現波動はひとつも残っていない事が確認された。そして、あの3人はすごすごと公国へ戻って行ったのか、それとも公国から逃げたのか良く分からないが、とりあえず害は去ったからいいかー、と言う結論に収まった。

 尚。

 エルザードの隅っこにある花火工場にごく最近新人が住み着いて、目新しい花火作りに勤しんでいると言う噂が立ったが、オーマたちは敢えてその噂の検証をしに行く事は無かった。


-END-