<東京怪談ノベル(シングル)>


++   男はさァ……   ++

 薄暗い――明かりの中で、「それ」は加減奥まった瞳の中に移り込む人物をじっと見詰めていた。
 その人物は紅の髪と紅の瞳とを仄かに灯りの色に染め上げ、何か熱心にコードを弄っている。

「……違うな、こうじゃない」

 ぽつりと呟くようにそう言うと、彼は額に浮かんだ汗を軽く指先で拭う。
 じりり……空調を整える事すらも忘れ、彼は炎の灯りに微かに色付いた「それ」の調整を行っていた。
 一体のゴーレムと、それに集中しきったユイス・クリューゲルを囲むようにして、壁には蹲るように何体ものゴーレム達が鎮座している。それぞれ個性に溢れた外観で、持ち主の気質を象徴していた。大きさは大体三、四メートルほどのものが多いが、それ以上に大きなものや小さなものも存在している。
 傍らには魔法書が山のように積み上げられ、所々なだれを起こしては辺りに散らばる機材へと覆い被さり、それが常の如くに薄らと埃を被っては部屋を汚している。そう、決して整っているとはいえない場所だった。
 魔法書や機材、その他諸々の物でごちゃごちゃとしている為か、大きな筈の工房は何となく狭っ苦しく感じられた。
 しかしとうの本人は、そんなことに気付く風でもなく、幾度も熱心に回路を組替えたりしている。

「よし、こんなモンだろうね…」

 彼はすっと立ち上がると、鈍い灯りに自身の影をすらりと伸ばす。
 薄い半透明の文字盤のようなものを指先で辿り始めると、手馴れた様子で何かしらの記述をしてゆく。
 一つ一つの文字にあらゆる可能性を秘めた力と願いとが込められ、そのプログラムと呼ばれるものを構成してゆく。記述の内容によってそのゴーレムが「何」をする事を可能とするのかを決定付けてゆくのだ。
 ユイスは着々とシステムの構築をしてゆくと、完成が間近に迫っているであろうゴーレムにちらと視線を投げかける。

「もう少しで動けるようになるからネ」

 そう囁くように言いながらも、密かにくすりと口元に微笑を浮かべる。
 
 ピ……

「………アレ?」

 機械音が鳴り、その構築が誤りである事を告げる。
 ユイスは微かに首をかしげると、そんなはずは無い、と記述の確認をし始めた。

「ぁ、ここかな??」

 ピ……

 またも控え目に鳴る機械音。
 ユイスは俄かに顔を顰めると、再度記述を確認する。

「じゃ、ココかな〜?」

 ピ……

「どうせならもっと派手に鳴らせっての…」

 ピ……

 ピ……ピ……ピ……ピ……………

「………………………」

 徐に埃に塗れた煙草の箱を手に取ると、ユイスはその箱から取り出した一本を口に咥え、指先で構成した円陣に燈った炎で火を点ける。
 彼は苛々とすると煙草を吸う癖があるのだが――――

 ピ………ピ……

 ピ……ピ……………


「この……」

 ピ……

「むむっ……」

 ピ……

「これでもかっっ!!?」

 ピブボッッ!!!

 それまで密やかに炎を蓄えつつも煙をたなびかせていた煙草の先から強烈な炎が迸る。はっきりいって面白格好いい。

「ぁ」

 しまった―――と思った時には既に愛しのゴーレムちゃんは灰と化していた。
 此れまでの苦労が水の泡である。
 ユイスはポロリと煙草を落とすと、泣きそうな位悲しそうな顔をして、工房の雑用係兼守護者として辺りの雑務を任せきっている人型のゴーレムをくるぅりと振り向いた。

「爺、コレ……どうするよ」
「……………」

 爺は何かを言おうとしたのか、微かに口を開いてから、ぱたりと押し黙った。
 明らかに高技術の結晶のような爺は、タイプ・ゼロといって、ユイスが最初に造った三体の自動人形の内の一体なのである。
 流体金属と呼ばれる希少な金属と、彼の魔力とで構成され、専ら執事としては日頃大活躍して貰っている。故に――というのもおかしいが、彼は賢いのだ。
 現在ユイスが熱心に製作中の兵士風のゴーレムを一瞥しては、不健康極まりない生活を送っている彼に対して大なり小なりのお小言を零してくれる――というか、寧ろ態度で目一杯表現してくれる。
 ユイスは「わかってますよ」と愚痴を言うように呟くと、灰と化したゴーレムの中から橙色の貴石を取り出した。
 ゆらりと眩い光を放つそれの中には、ふわり ふわり と、何か羽根のような物が漂っている。
 炎に見えなくもない――先日貴石の谷で苦労して手に入れた「此れ」が、永遠の炎と呼ばれる上等な一品だというのならば文句などない。しかし、永遠の炎は紅色に輝く炎の貴石であるという―――ユイスは口の端を引き上げてにっと笑うと、それらを埋め込んでは再構築をしてやる。
 期待をしているのだ。
 一体どのような力を秘めた魔法石であるのかは酷く気になるところだ―――しかしそれを確かめるのなら、是非とも件のゴーレムちゃんの胸で輝きを放ちつつその力を存分に放つ様をみたいのだ。それが親心というものだろう。

「奴が盛大に壊してくれたからな……てかありえないってあの野郎……」

 ユイスは再び愚痴交じりに溜息をつくと、飛び出したコードを掴み上げてその先を然るべき場所へと繋ぎとめてやる。

 ばりばりばりっっ!!!

 途端に「通った」音がして、ゴーレムの首がゆっくりと左右に振り動かされる。

「おぉっ!!?」
「………ゴ主人…サマ?」
「やった、出来たーーーーっっ!!!」

 ユイスは首を傾げながら問うゴーレムを相手に、その手を取ってぶるんぶるんと激しく上下すると、嬉しさのあまりに完成披露会でも催さんとして無意識の内に瞬間移動を行っていた。
 目指すは―――何処が良いかな?
 ――――そんな事を不意に考えてしまった所為か(行き先は飛ぶ前に決めておきましょう)、嬉しさのあまりの蛮行であったのか――――彼はアルマ通りに転移した。
 アルマ通りは今日も激しく人が行き交っている。
 人々の波が、突然現れたユイスと兵士風のゴーレムとをうざったそうに避けて通ってゆく。

「……………アレ?」
「…………ゴ主人…此処ハ…?」
「き…気にしなくていいよ、ほんの少し間違っただけだし…!!」

『あんたちょっと邪魔よ!!!』

 ど〜んっっ

 ―――一般民であったら喀血モノである程の衝撃が彼に襲い掛かり、ユイスの口からがふぅっと何かしらのものが飛び出る(内容物は出来るだけ訊かずにおいて欲しい)。

『ふんっ最近の若いモンはホントに何考えてんだか知らないけどね!! 邪魔なんだよ!! そんな得体の知れない動くゴミ増やしてさァ!!!』

 人が人ならぺっと唾を吐いて立ち去る程の捨て台詞―――一般民A・おばちゃんはユイスを肩越しに振り返ると、肩を勢い良くぺんっぺんっと叩いて侮蔑(?)というか哀れみ(?)というか……兎に角何かしらの他意を感じさせるような眼圧で一瞥くれて立ち去っていった。
 そんな、一般民には理解される事のない彼の所業だが―――

「男はさァ…パーマが失敗した時以外泣いちゃいけないんだよ…だからお前も泣くなよ」
「ゴ主人……泣クナヨ。家帰ロウゼェ!!」
「…………何だかもっと悲しくなってきたよ」

 通行人にボロクソに言われた挙句、新作ゴーレムちゃんは都会の波にもまれて妙な外来語を脳味噌に素敵にインプットしてしまった。

 そんな、ゴーレムちゃんと共にとぼとぼと帰る夏の夕暮れ――――

「ゴ主人、飛ボウカ…!!」
「ぇ?」

 有無を言わさずユイスを抱え上げた兵士風ゴーレムは、胸元にキラリと輝く橙色の魔法石をむんと強調しつつ一気に地面を蹴った!!

 ふわり……

 俄かに二人の体が浮かび上がり、ユイスは思わずこんな所で悲願達成か!!? と最高潮な素敵な予感にときめいた。

 ご〜んっっ!!!

「御免失敗シターーー!!」
「もう……嫌だ」

 ユイスの呟きが虚しく橙色の太陽に向かって木霊した。
 人生(?)そうそう巧くいくモンでもない――――




――――FIN.