<PCクエストノベル(1人)>


汝、無垢なる者 〜豪商の沈没船〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 ――沈没船には宝が眠っている。
 誰が言い始めた事か、随分昔からこの言葉が言われ続けていた。
 それは、とある破綻した元豪商の噂。
 危険海域を越えて、未知なる海へと乗り出した、稀代の豪商と呼ばれていた男の船は、見果てぬ国、あるいは土地、あるかどうかさえ分からない未知の世界へ漕ぎ出し――そして沈んだ。彼の、増える筈だった財産を乗せたまま。
 彼のその後は誰も知らない。死んだとも、突如行方不明になったとも、スラムに移り住んだとも伝えられていて、どの噂に関しても信憑性は全く無かった。
 或いは、その豪商の存在さえ伝説の類だったのかも、と囁かれていた。

 その答えは全て、海の底。

 海に眠る、船の中にある。

*****

オーマ:「えーんやこーらっとっ」
 ぎぃこ、ぎぃこ、と頼りない音を立てつつオーマ・シュヴァルツが船を漕いでいる。
 この夏の暑い盛りに海に行こう、と言い出したところまでは良かったのだが、
オーマ:「ケチだよなぁ、あいつらは」
 今回借りる事が出来たのが小さな手漕ぎボート1つだけと言う事と、海に行く目的が遊びではなく具現波動の調査及び回収と言う事がばれた途端、夏だと言うのに背中も凍る視線をオーマに向け、皆帰ってしまったのだった。
オーマ:「まーあいいか。俺様ひとりでも頑張っちゃうんだからなー」
 穏やかな海の上を、普段鍛えている筋肉を行使しつつ目的の場所へと向かって行く。
 ボートの中には、具現で作り上げたクーラーボックスに仕舞ってあるオーマ特製のランチセットが、今日これからの疲れを癒してくれる筈だった。
 ――この海に、突如巨大な戦艦が現れたのはいつだったか。
 その時から巻き込まれたと感じた直感は間違っていなかったらしい。先日再び、一度は封印した筈の戦艦が現れたのだから。尤もその船自体は再封印したらしいが…。
 とは言え、封印に問題が無かったわけではなく、無茶な力の使い方をしたのか、あちこちに破片が飛び散ってしまい、今もオーマを呼ぶように小さな波動がしきりとこの海底から漂って来ている。
オーマ:「はいはい、そう急かすなって。今から行くからよ―――」
 潜れば船影が見えるかもしれない、そんな場所で船を停泊させると、オーマはその手の中に具現で空気を作り上げ、その空気と共に海中へ飛び込んで行った。

*****

 海は、穏やかだった。嵐もこのところ無い為か、水は限りなく澄んでおり、きらきらと太陽の光がオーマの潜っているところまで届けられている。
 海底はまだ見えないが、ほんのりと青みがかった影が次第に水を支配していくのを見ながら、ゆっくり、ゆっくりと沈んで行く。――具現化した空気がどの程度身体に影響を与えるのか、未だに未知数なままだったから、本当は急いで潜ってしまいたかったのだけれど、感じ取れる波動があまり強くないためといくつか分散してしまっているため、慎重にならなければならないのが少々歯がゆかった。
オーマ:「…む」
 そうしている間に、少し盛り上がった棚のような場所にふわんと降り立ち、そこにあった小さな欠片を手を伸ばして取り、空気の泡の中へと導きいれる。
オーマ:「こんな小せぇモノまで散らばってるのかよ。これじゃ俺様レーダーでひとつひとつサルベージするしかねえな」
 空気はあとどのくらい大丈夫だろうか、そんな事を考えながらオーマは海の中をひたすら波動を追いかけて過ごしていた。
オーマ:「ふーい。一旦休憩ー」
 暫くして、持って来た袋の中にいくつか欠片を入れたオーマがボートに戻り、ぷるぷるっと犬のように首を振って海水を散らすと、まだ濡れて額に張り付いた髪を掻き上げた。
 取りあえずは、ただ落ちていただけの破片はだいたい回収した。
 後半戦はもっと長い時間を必要とするだろうと思いながら、オーマが海面をゆっくりと眺める。
 問題はこれから――沈没船の側から感じる波動の方なのだ。
 あちらは障害物も多く存在し、また、『材料』となるものもある。もしあの戦艦から抜け落ちたものがただの船の破片だけなら、まだ、融合していたとしてもどうにかなるかもしれない。
 けれど、それ以外のものが落ちていたら。
 …このスポットは、豪商の宝を目指して来る者も多く、そうなると当然問題のある部分に近づく者がいてもおかしくない。ましてや、この良い天気。バカンスがてらに訪れる者は少なくないだろう。
オーマ:「ふうっ。さて、と。第2弾、行きますかね」
 軽く飲みものと食べ物を腹に納め、すっかり乾いてしまった髪を天に向けると、再び海中へと身を投じた。先ほどよりも大きな空気をその手に作り上げながら。

*****

 魚が水の動きに合わせるようにすいすいと船の隙間を泳ぎ回っている。
 オーマを除いては、今日はまだ他の冒険者たちはやって来ていないらしい事にそっと胸を撫で下ろしつつ、魚の後に続いてゆっくりと移動する。
 ――気配は、まだ途切れていない。しかも塊ででもあるのか、その気配は決して小さなものではなかった。
 そして、その波動に呼び寄せられたか、オーマが移動する度に何かしらの小さな破片が見つかり、それを丁寧に袋の中へ仕舞っていく。或いは、持ち帰っても処理に困るようなもの、または軽く具現化していたようなものに関してはその場その場で丁寧に封印処理を施して行った。
 こういうのは手間がかからなくていいな、そんな事を思っていたその時。

 ―――ォギャア、オギャア、オギャア――

 水中を震わせながら、紛れも無い赤ん坊の泣き声が、オーマのいる船の底から聞こえて来た。と同時に、水をも巻き込んで具現化、更にその周辺を融合してしまいかねない程の強い波動が足元から立ち昇ってくる。
オーマ:「な、何なんだ一体」
 海の中での赤ん坊の泣き声もそうだが、急に巻き起こった波動の強さにも驚いたオーマが、急いで船底へと向かう。
 最後には小さな穴しかなかった朽ちた木の板を引き剥がし、その身体を潜り込ませると、そこには――水を具現と融合させて、飴のようにどろりとした揺りかごを自ら作り上げたのだろう、言葉も話せそうにない小さな体の赤ん坊が、その中で激しい泣き声を上げていた。
 …海中だと言うのに、苦しげな様子は微塵も無く。
 ただ、その小さな拳をぎゅっと握り締めて、母を呼ぶように、小さな身体に見合わない大きな声を上げて。
 ゆらゆらと漂う具現波動は、その泣き声に合わせてオーマを引きずり込もうとするように大きくなり、またはその身体を名残惜しそうに手放していた。
オーマ:「………」
 そっと、一歩近寄る。それがどれだけ危険な事か覚悟したうえで。
 オーマの体の周りに張る空気の膜が、あとどれだけの滞在を許しているのかも気付いているのだが、それでも近寄らずにはいられなかった。
赤ん坊:「ぁう…」
 ぐずる直前にまで戻った様子の赤ん坊。その体には船の中にでもあったものなのか、ぼろぼろの布が巻きつけられており、揺りかごの様子といい、その布の様子といい、自給自足の雰囲気が浮かんでいる。
 周辺を見渡していても、『母親』らしきものの姿は影も形も無かった。
オーマ:「…参ったな」
 呟きながらもオーマがその赤ん坊へと手を伸ばし、おずおずと抱き上げていく。その腕に触れた途端に気付いた感触に、やっぱりな、と呟き、だがオーマがそこで行使したのは、赤ん坊が作り上げたモノらしき揺りかごの封印だけだった。

 腕の中の赤ん坊は、紛れもないVRS――いや、その中でも規格の外になるHRSだったと言うのに。

*****

オーマ:「…うーむ」
 船から離れ、船周辺に具現の波動を感じない事をチェックして後、自らの腕の中で何故か大人しくなってしまった赤ん坊を眺めて困った顔をするオーマ。
 今はまだ水の中。オーマは赤ん坊を海の外に出したものかどうか迷い続けている。
 空気呼吸が出来るのか分からず、といってここに置いて自分だけ上に上がってよいものか迷い続けているのだ。
 空気はもう残り僅か、今から急いで上に上がっても間に合うかどうか分からない量にまでなっていた。
オーマ:「つってもなぁ…」
 赤ん坊の全身から発している具現波動さえなければ、見た目はまるで普通の子どもと同じように見える。手を当てれば赤ん坊と同じく、むっちりした弾力に満ち溢れているし。
 おまけに、これが一番困った事だったが、この赤ん坊からはVRSに特有の恨みと言うか、負の感情が一切見えて来ない事だった。
 普段から不殺主義を貫いているオーマにとって、この小さないきものを何の咎無く封印すると言う事には酷く抵抗がある。
 だからといって放置するのはもっと危険だった。たとえこの赤ん坊が何の危険性を持っていなくても、その体から常に周囲へ振り撒かれているこの具現の波動に当てられ続けたモノがどう変化していくかが分からないからだ。
オーマ:「う〜〜〜〜む」
 いつの間にか空気が切れて、何となく息苦しいかなと思い始めるまで現状に気付かなかったオーマが、空気が無くなった事に気付いて慌てて水中で空気を具現させようとして――気付く。いつの間にか再び自分の周囲が新鮮な空気で満たされている事に。
 そしてもう1つ。
赤ん坊:「だぁ…う」
 じたじたと手足を無心に動かしている赤ん坊は、新たに出来た空気の中――オーマの腕の中にいた。
オーマ:「…おまえさんが、作ったのか?」
 そっと声をかけても、返事も、意思を思わせる視線も無い。ただ、オーマの腕が居心地よいらしく、そこから離れようとしないだけで、どう見ても普通の赤ん坊。
オーマ:「やれやれ、参ったな…おい、おまえさん。どうする?ここにいるか、それとも俺様と一緒に――行くか?」
赤ん坊:「あ…ぁう」
 返事らしき返事はない。ただ、オーマにほとんど無条件で懐いているらしき姿だけを見たオーマがふぅっと息を付いて、ぽわぽわと生えている赤ん坊の髪の毛をそーっと撫で、
オーマ:「分かった、分からねえが分かった。俺様の城を見せてやろう」
 そう言って、ゆっくりと上昇して行く。
 家に戻れば、強制的に封印、と言われかねないが――そう言われた時、自分が大人しくそれを見ているかそれとも大反対するかは今はまだ分からない。だが、この子をここに置いて帰る事だけはどうしても出来なかった。
 惹き合ったのかも知れない――オーマの罪の証として今も内在している『WOZ』と、生まれながらにして罪を背負ったような存在の『HRS』とが。
 そんな事を思ったのは、ずっと後の事だったが。

*****

オーマ:「よーしよし、ほーらいい子だ」
赤ん坊:「……だぁう…」
 それからまだ何日も経っていない現在。
 オーマは封印の2文字に大反対しつつ今に至っている。
 不思議な事に、と言えばいいのか。赤ん坊は食事も水も必要としていないようだった。その代わり、1日の3分の2を睡眠に費やし、ただひたすら眠り続ける。
 当然だが赤ん坊にはヴァレルもタトゥも無い。それでも何の影響も無く、無意識に具現の力を行使するのは流石はHRSと言った所かもしれなかった。
 …そう。
 今のところ、赤ん坊が発する気配や行使する具現力に対し、世界からの反発は見られない。また、見境無く具現融合を起こす兆しもまるで見せなかった。
 今までに見た『かれら』は、いかなる理由でか、具現の力を最大限利用し、捻じ曲げ、使っていたと言うのに。
オーマ:「作用じゃなく、自分の意思でああ言う事態を引き起こしてるのかもなぁ…」
 不意に、オーマがそんな事をぽつんと呟きながら、赤ん坊用のおくるみをせっせと縫い上げている。
 そんなオーマの膝の上によじよじとよじ登った赤ん坊が、
赤ん坊:「だぁう〜〜〜」
 宙に向かい、まだ歯も生えていない顔でにぱーと笑った。
オーマ:「何だ、おまえは。俺に甘えに来てるのか」
 針を遠ざけて、抱き上げる。
 ――その身体を構成するモノに思いを馳せながら。
 もしかしたら、過去の世界で仲間だったもの、或いは自分の手で封じたモノが使われていたのかもしれない、そんな事を思いながらも、オーマは赤ん坊に笑いかける。
オーマ:「…名前を、付けてやらねえとな」
 それがどういう作用を及ぼすのかは分からないが、オーマはそんな事を呟きながら、腕の中で自分の寝場所を作ってもぞもぞと動いている赤ん坊の頭をゆっくりと撫で続けていた。


-END-