<東京怪談ノベル(シングル)>


キャプテン・ユーリ航海日誌 −伝説の剣−
「ほらほら邪魔しない」
 ペン先にまとわりついてくる赤いちびドラゴン、たまきちののど元を軽く指先でなでる。
 それにたまきちは「きゅぃ」と小さくないて気持ちよさそうに瞳を細めた。
 キャプテン・ユーリの目の前の机の上には、航海日誌、と書かれた紙の束が置かれている。
 それはどれもこれもユーリが経験してきた冒険譚や珍しい宝物の話が綴られていた。
 ペラペラとそれをめくって、ユーリは一つの話で手を止めた。
 そこには

 伝説の剣

 と書かれていた。

 キャプテン、と呼ぶ声がしてユーリは振り返った。
 ここはスリーピング・ドラゴンU世号の甲板の上。
 大海原に出てから5日間が経過していた。彼の本業は海賊。
 しかしむやみやたらと襲うわけではなく、不当に利益を得る者、周囲に害悪を撒く者からのみ盗む。『殺さず華麗に奪い取る』をモットーにしている。
「どうしたー?」
 声をかけると、ユーリを呼んだクルーが海底を指さして口を開く。
 なにやらこの下に何かがあるらしい。
 言われてのぞき込んだユーリの瞳には、碧色に煌めく海面しかうつらない。
「……よし、いっちょ潜ってみるか」
 言ったユーリの瞳には、いたずらっ子のような光が浮かんでいた。
 早速準備が整えられてユーリは一人海底に潜ることになった。
 大丈夫ですか? 一緒にいきましょうか? という声に
「なんかおもしろそうだったらすぐに呼びつけるから」
 という笑みに、それ以上言わなかった。
「それじゃいってくら」
 整った肢体をバネのようにそらせ、ユーリの体が海の中へと吸い込まれていく。
 その姿ははじめから海の生物であったかのように違和感がない。
 しばらく潜っていくと、海底にマストがみえる。
「お…」
 さらに勢いをつけて潜っていき、マストを伝って甲板らしき場所へとおりていく。
「事故か……?」
 大きな穴があいて、そこから船室が丸見えになっている。
 宝物でも眠っているか、とユーリの気分が高揚する。
 気をつけて船室にへと入ると、視界に端に光る物がみえた。手をのばすと、ユーリの手に吸い込まれるようにそれがとんできた。
「剣……」
 手に吸い付いてくる感触。ファルシオンのような曲刀。刀身はたまきちのような赤い色で。
「…誰だ?」
「あんたこそ誰だ」
 突然の声に動じる事なく、ユーリは声の主に返事をする。
 なぜか船室の中では息ができた。
「我はこの船の主…そしてその剣の持ち主だ」
「ほぉ。僕はキャプテン・ユーリ。スリーピング・ドラゴンU世号のキャプテンです」
 にっこりと人好きするような笑みを浮かべ、芝居がかったような仕草でお辞儀をする。
 瞬間海の中とはいえ、空気がかわったような感じがした。
 のっそりと水がゆれて、船室の隅から男性が姿を現す。
 細身のユーリに対し、その男性はとても体躯がよく、浅黒い肌にいまいち何を考えているかわからない漆黒の瞳。
 髪は赤銅色で、胸筋が自己主張するかのように破れた服の間から見えている。
「それの持ち主にふさわしいかどうか、確かめてくれる」
「あ、いや別に僕は」
 こんな剣ほしくないし、と呟きかけた瞬間、男がきりかかってきた。
「おっと」
 反射的にそれを手に持った剣で受け、そのまま返すようにきりつける。
 自分でその気がなくとも、勝手に体が動いていく。
「それは伝説の剣、と呼ばれる逸物だ。持ち主を選ぶ。我の後にお主を持ち主に選んだらしい」
「そんな勝手な」
 ため息まじりに言う口調は、どこか楽しげである。
 最初は適当に相手をしようと思っていたユーリも、相手の本気に引きずられて段々動きに鋭さが増してくる。
 気がつけばかなり長い時間斬り合っていたようだ。いくらスタミナのあるユーリも息が切れ始めてきた。
 しかし男の方は全くかわっていない。
 亡霊か、と脳裏を横切る。
 当然である。こんな沈没船に人が住んでいるはずはない。
 それは至極当たり前の事なのに、なぜか失念していた。
 このままではまずい、と剣を持つ手に力が入る。
 深呼吸を一つ。精神的に落ち着かせて、目を見開いて相手を見据えた。
「いい目だ」
 男の瞳がうれしそうに輝く。
 次の一太刀で勝負が決まる。それは両方で感じた事。
 先に踏み出したのはユーリ。いつもの得物−刃渡り3Mの超ロングレイピア−とは違う剣に、最初は戸惑っていたが、ようやく慣れた。
 刀身が閃く。それが男の胴体を真っ二つにした。
「ふ、ふははははははは。ようやく自由になれる! これで…次はおまえの番、だ…」
 にやり、と笑った男の姿が、海の中へと消えていった。
「次は…僕の番?」
 きょとんとした顔で剣を握った手をみると、刀身が怪しく煌めく。
 それを手放そうとしたが離れない。
「呪われた剣、って訳か」
 それでもユーリの瞳からは好奇心の色は消えなかった。
「クゥ」
「いつっ」
 いきなり手に痛みが走って剣が手から落ちた。
 びっくりして手をみると、たまきちが手の甲にかみついていた。
「ぴゅぅ」
 なんでここに? と問いかけようとした瞬間、小さくないたたまきちの姿は消えていた。
「剣…このままにしておいた方がいいな」
 足下に落ちた剣を見つめてつぶやく。
 そしてユーリは沈没船を後に、海面へと姿を現した。
 なぜか海上では2日間がすぎていた。
 クルーが心配して飛び込んだが、沈没船に近づく事ができず、なぜかバリアーのようなものに覆われていた、という。
 そのときたまきちの姿が赤く輝き、しばらくした後、ユーリが海上に姿を現した。
 その夜、キャプテンの無事の生還を祝って甲板で盛大な宴会が催された。

「あのとき、確かにたまきちをみたんだよ」
「ぴぃ?」
 きらきらと宝石のような瞳でユーリを見返すたまきちに、ユーリはそっと頭をなでる。
「まぁ…助かったよ、ありがとう」
 うれしそうに瞳を細めつつ、たまきちはユーリの手にすり寄ってきた。
 剣は今でも海の底。新しい持ち主をさがしてたゆたう。
 ユーリはもう彼の地へは潜らない。
 いつまでもいつまでも、剣は誰かをさがしている。

−END−