<PCクエストノベル(1人)>


湯けむり温泉・哀愁の男(ひと) 〜ハルフ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
親父神
ウォズ番長
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 はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
 太い溜息が、男から漏れる。
 それも当然の事だろう。天秤棒を肩に担ぎ、子どもがまるまる入れそうな桶を2つ抱えて来ているのだから。
オーマ:「こんなにいい天気なのに俺様お湯汲みかよ…」
 尤も、獅子の体で汲めるだけ汲んで来いと言う命令だけは勘弁してもらったので、仕方ない事なのかもしれない、と自らを慰める大男――オーマ・シュヴァルツ。
 今日の目的は、ここハルフ村にある美人湯の汲み上げだった。
 要するに、家にいる怖い女性たちにパシリをやらされている、とそう言う訳で。
 下僕主夫の面目躍如たるところなのか、こうしてえっちらおっちらと桶を担いでやって来たと言う訳だった。
 もちろん、帰りは今の重さの比ではない事くらい分かっているのだが…。
 近づく度に温泉の香りがし、それを嗅ぐ度にうきうきする心と、今すぐ逃げ出したいと言う2つの心がせめぎ合う、のだが、空の桶を持って家に戻るわけにもいかず、渋々オーマはハルフ村の中へと足を踏み入れたのだった。

 ――ハルフ村。
 ソーンの中でも珍しく、村のいたるところで温泉が湧き出ていると言う観光名所である。
 湧き出すお湯にもそれぞれ通り道が違うのか、はたまた温泉の精でも存在するのか、いくつもの効能があり、温泉巡りと言う小さな旅も観光客の楽しみの一つとなっていた。
 オーマがその中で向かっているのは、美人の湯と言う女性客が一番多く、そして長く滞在する湯で、つるつるすべすべのお肌になると専らの噂。
 そしてこの温泉を定期的に使用したがるとある女性の命により、定期的にオーマは桶を担いで訪れる羽目になっていた。
 今日もこの暑い中、のぼせに効くとかで観光客の姿があちこちに見える。子どもでも大勢来ているのか、遠くから歓声のようなものさえ聞こえて来て、オーマが思わずいいなぁと心底呟いた程、村はのんびりとして見えた。
オーマ:「邪魔するぜーっと」
 客が誰1人いないのを確かめてから、桶を持ってのっそりと温泉の囲いの中へ入っていくオーマ。湯船の脇にあるお湯の出口から直接お湯を溜めようと、桶を持って手を伸ばしたその時。
???:「きゃあああああーーーーーーーっっ!?」
オーマ:「!?」
 突如、すぐ近くで悲鳴が聞こえ、桶を持っていた手を離したオーマが外へと飛び出した。
 そこには、腰にタオル一枚を付けた親父たちが、そのデンジャラスな格好に構う事無く、くわっと目を見開いた怒りの形相で、近くにいた観光客に殴りかかろうとしているところだった。
オーマ:「おいおいおい、おっさんたち何やってんだ」
 オーマが呆れた顔で近寄ろうとするも、
親父:「うるさいこのXXXがワシのどこが△△△なんだこの皆でワシを馬鹿にしくさって…!!!!」
 口角から泡を吹きながら、わあわあと上手く聞き取れない声で喚いている。その隣にいる男は、顔にミミズバレをくっきりと浮かび上がらせながら、ふらふらと土産物屋の壁に近寄りざま、素足でげしげしと蹴り上げていた。
オーマ:「おいこら足を上げるな、いや上げなきゃやっていいってもんじゃねえが」
 とりあえず急いで絡まれていた女性客を奥へ逃がすと、暴れ足りなさそうな親父と向かい合う。
男:「おいおい、そこの2人、何をしているんだ止めなさい!」
 そこへ、騒ぎを聞きつけたかハルフ村の役員らしき男がやって来て、店を蹴り続けていた男を後ろから羽交い絞めにした。
 その、途端。
男:「――ッ、!?う、ああッッ」
 くりんと男の目が一回転したかと思うと、にったりと凶悪な笑みを浮かべ、羽交い絞めしていた男を放すと、腰に下げていた防護用の棍棒を抜き取って、遠巻きに様子を見ていた人々へ悲鳴じみた声を上げながら飛び込んで行った。
 たちまち起こる悲鳴と怒号。村をわらわらと逃げ出していく人々と、何が起こったのかと店や旅館から顔を出す人々。
???:「オオオオオオおッッ」
 それが、まるで合図だったかのように。
 温泉に浸かっていた人々が、濡れた体のまま飛び出してまだ残っている人々へ飛び掛り、或いは温泉に浸かっている者同士が取っ組み合って大騒ぎをし始めた。
オーマ:「な――なんだこりゃ」
 呟いたオーマの視界に映るのは、暴れている人々と逃げ惑う人々。逃げる人々は手近な場所から外へと逃がしてやったものの、ぺったりと張り付いたタオルを脱がすと危険な事になりそうな人々は触れるのも躊躇してしまうため、その人々はそんな格好のまま村の中を走り回っている。
 どうやら、その騒動が温泉を浴びた者に限定されるらしい、と気付いたオーマが、
オーマ:「聞こえるかーっ!?温泉の近くにいる奴ぁ、さっさと温泉から離れろ!どうやらこの温泉が何か問題を引き起こしてるらしい!わかったか、聞こえたらさっさと―――!?」
 ご、ごごごご、ごうっっっ!!
 地響きが聞こえ、同時に、今まで温泉が無かった場所からぷしゅうぅぅぅっ、と湯気の立つお湯が村の至る所で噴出して来た。悲鳴と同時に、そのお湯を浴びてしまった客や村人が暴れ出し、それは店の中でも行われているらしく、物の壊れる音や何かがぶつかる音がしきりと聞こえて来る。
オーマ:「お湯に触れればああなっちまう相手に、触れずにどうにか動きを止めさせる方法なんざ――いや、どうにかなるか?」
 もうもうと湯気で溢れかえる温泉村。湯気は吸い込んでも凶暴化しないらしい、とオーマが自分の身体で実験していると、もやの向こうから何かが物凄い勢いで走り込んで来るのがうっすらと見えた。ひとりか、ふたり――それも何か喚いている所を見れば、これも凶暴化した者かと、咄嗟にオーマが『力』を思い切り目の前に解放し、
 ――べちゃっ!
 巨大なカエルが押し潰されるような音と共に、
???:「うぎゅう…」
 野太い声と、どたりと倒れる音が聞こえた。
???:「むう、哀れな。ここに不可思議な壁があることくらい、神である我にはよーく分かっていたというのに、ユーには分からなかったようだな」
 HAHAHAHAHA、と何故だか勝ち誇ったような笑い声が聞こえ、オーマがぎゅっと眉を寄せる。
オーマ:「…なんかどっかで聞いた事ある声がするんだが…俺様の知り合いか?」
???:「OH、ユーではないか!元気だったか!?」
 もやを掻き分けて現れたのは、一層筋肉を鍛えているらしく、話している間にも大胸筋がぴくぴくと動いているマッチョな肉体を誇示している壮年の男。
 ――何度も係わり合いになりたくないと思っているのだが、何故だか向こうはやたらとオーマの事を気に入っているらしい、『自称』泉の神だった。
オーマ:「…オッサン。何やってんだこんなトコで、つーかオッサン泉の神だろ?こんなトコまで出張ってていいのかよ」
親父神:「何を言う!?泉、それは命の源である水!その水を辿れば、このような温泉に辿り付く事もあるのだッ!!――と言う訳で最近は温泉がお気に入りでな」
オーマ:「お気に入りでな、じゃねええ!!…じゃあオッサン、泉の神なんだからこの状態何とかしろよ」
親父神:「ムゥゥ。そう言われてもな。何故こうなるのかが分からないのだから、手のうちようもあるまい。せっかく同好の士を見つけたと言うのに」
オーマ:「あ?」
 そう言えば、オーマの作り出した壁にぶつかったのは1人だったな、と思いながらもやの向こうで突っ伏しているモノに照準を合わせると――
???:「お……オーマ・シュヴァルツッッッッ!!貴様、ワシと王女との恋路を邪魔せんとこんな事を計っただろう!?」
 ぬぅぅっ。
 真っ黒いガクラン姿の、これまたガタイの良い男が怒りも露にもやの中から飛び出し、オーマの胸倉を掴む。
番長:「せっ、せっかく、王女に美人の湯をプレゼントしようとはるばるやって来たと言うのに!!!!!こ、これではプレゼントどころか騒ぎが酷くて温泉すら汲めんではないか!どうしてくれる!!!」
オーマ:「あー…まあ落ち着け」
 こんな、いつ温泉が噴出すとも限らない場所で立ち話が出来るワケは無く、オーマはずるずると2人を引張って村の外れまで出て行った。
 ここなら、万一近くで温泉が噴出したとしても、村の外はすぐ近くにあるから、村の真ん中にいるよりは安全だろう、と考えたのだが。
番長:「何!と、あれは貴様の仕業ではないのか!」
オーマ:「あのな。何でおまえさんにピンポイントで嫌がらせをするのにこんな手間のかかる真似をしなきゃならねえんだよ。おまえさんに対する意地悪だったら、王女さんにでかい黒猫は今ノミ持ってるから近寄らねえ方がいいぞ、って言うだけで済むだろ」
番長:「あああああっ!そ、それを言うか!?言うのか!?!?」
オーマ:「言わねえ。だから落ち着けっつってんだろうが」
 そこで、オーマが見たものをありのままに説明すると、以外にも反応したのは泉の神だった。
親父神:「フムゥ?温泉の湯?」
オーマ:「お?オッサン何か心当たりでもあるのか?」
親父神:「ムムムゥ…過去にもこの地に魔王が現れ、似たような事が起こったと聞いたことがある。あれは確か――」
 男が何か言おうとした矢先、再び激しい勢いで湯が噴出して来た。今度はそれだけでは収まらず、村の中にいる全ての者へお湯を浴びせかけんと村全体をお湯で浸すようにざばざばと溢れ返り、
親父神:「ム、いかん!」
 我に捕まれい、と叫ぶ男の両腕にオーマと番長がそれぞれ取り付いたところで、男がふわりと、ほんの僅かだが地面から浮いた。直後、ざああっ、とお湯が村を囲うように溢れていく。
 だが、それは村の周りだけまでだった。それ以上は、道が下っていても進むこと無くその場で留まっている。
オーマ:「随分と器用なお湯だな――……って、何だこの気配は」
番長:「……こ、これは…ワシらの持つ気配に近い。…あっちじゃ」
 男にしがみついた姿勢のまま、ふわふわと浮く3人。それは異様な光景だったが、村の中で暴れ続けている人々にはそもそもそんなものに目をやるだけの注意力など無かったため、誰1人として気付く事はなかった。
 ウォズの番長の指し示す方向に進んで行くと、ハルフ村でも一番大きな温泉がある大浴場への道が目に入る。
オーマ:「ここからは俺様でも分かる。…湯の中央に、何かあるな」
 それは、オーマの作る空間を切って繋ぐ場の雰囲気と酷似していた。そして大方の予想通り、大浴場のど真ん中にすっぱりと空間を切った世界があり、そこにぽっかりと空いた穴からどうどうと不思議な気配のするお湯が流れ出していた。
オーマ:「おうっし、オッサン。このまま中入れ」
親父神:「神に命令するとは不届きなやつめ。HAHAHAHAHA!」
オーマ:「なんでそこで笑う…」
 言われたままに穴の中へ3人で入っていく。その途中でちらとオーマを眺めた番長が、
番長:「貴様、このお方と随分仲が良いのだな。義兄弟の契りでも結んだか」
 真面目な顔をしてこう聞くので、オーマは思わず男の腕から手を離す所だった。

*****

オーマ:「ここか――」
 たどり着いてみればあっけないほど小さな温泉だった。子どもが1人入れるか入れないかの大きさのそれは、お湯が入りきれずに溢れ出し、どんどんと外へ流れている。
 その中にあったものは、お湯を延々と流し続けるライオンの像だった――ウォズで出来た。
 きょろん、とその目だけが3人を見下ろす。
オーマ:「………」
親父神:「………」
番長:「………」
ライオン:「………ドモ」
3人:「――ドモ、じゃねえっっ!!」
 オーマの銃と、番長の鉄拳と、泉の神の神パワーがライオン像を一瞬のうちに粉々に打ち砕いた。
オーマ:「って待て、神パワーって何だ!そこで裸のオッサンが肌のテカリを見せ付けてただけじゃねえか!」
親父神:「HAHAHA!それこそが神の力なのだよ!」
 ニカッ、と白い歯を光らせて笑う男。
番長:「おお…アレが神の力か…格好いいぞおおおっっ!」
 何故かその様子に心酔している番長。オーマはそんな2人の様子に大きく溜息を吐きながら首を横に振って見せた。
ライオン:「ごめんなさいごめんなさい、そんなつもりは無かったんです」
 しくしく。
 首だけになったライオン像は、それでも元気に生きていた。
 そして、自分が起こした現象に酷く驚き、嘆き悲しんでいた。
ライオン:「人間の役に立ちたくて、ストレス解消のためにと思ったんですぅぅ〜」
 その言葉によれば、自らの体から温泉の湯に酷似したモノが精製出来ると気付いた時から、いつかやろうと思っていたのだそうだ。
 そこに、思いを溶かし込む。――ストレスの元が流れ出すように、素早くリフレッシュ出来るように、と。
 問題は、その思いが強すぎた事による。
 多少湯に流れ出し、後はそのまま流れてしまえば良かったのだが、効果があり過ぎたのか、それとも詰めが甘かったのか、人から流れ出したストレスは次第に湯の中に澱のように溜まって行ってしまったのだった。
 そして、ライオンが時々こっそり人の世界を覗きに行っていたところでは、最近は何をしても疲れが取れないどころか、こうして休みに来ているのに何故かいらいらする、という言葉を聞いて――これではいけない、もっともっと濃いお湯を大量に流さなければ、と思い込んでしまったのが間違いの元。
 ストレスのごった煮のようになってしまった温泉が飽和状態になり、その溶け切れなかった部分を、お湯を浸かりに来た人間に一斉に還元してしまったのだから、堪ったものではない。皆が揃いも揃ってあのような行動に出たのは、自分自身のストレスもさることながら、ここを訪れた皆のストレスをも背負い込んでしまったために出た混乱から起こったものだったのだ。
 そして――。
親父神:「HAHAHAHA!!任せたまえ、我は神!崇めるのだ皆の者!!」
 何故か張り切りだした男が、温泉にちょいちょいっと何かをし、くるりと振り返って、
親父神:「済んだぞ。これで只の温泉に逆戻りだ。――ああそれからな、暴れている者たちも体力を使い果たした頃だろう。元がストレスならば溜め込まずに発散させる事が重要なのだ!」
 何故か力いっぱい力説してみせた。
オーマ:「そーか…そーいや、オッサン泉の神だったな、曲りなりにも。水関係はお手の物…って最初っからそうすりゃ良かったじゃねえかよ」
親父神:「仕方ないだろう。温泉が原因にせよ、そんな温泉になった原因を突き止めなければ意味が無かったのだからな」
 あくまでえらそうに胸を張りながら笑顔で言う男。
番長:「その通りだ!――と。おい、貴様。まだその能力は残っているのか?」
ライオン:「はい?効能温泉ですか?ええまあ、先ほどみたいに村中の温泉を変える程は出来ませんが」
番長:「よし!それならばやりたい事がある、手伝え!」
ライオン:「…あ――はい。人間の役に立てることでしたらなんでも」
 ごとん、とライオン像の首だけ持って、番長が泉の神にごそごそと耳打ちをする。途端、神の顔がぱああっと文字通り明るく輝いて、にぃっと楽しげに笑った。
オーマ:「あー…つまり、今回は封印はナシっつーことね。まあいいや、俺様美人の湯さえ汲めれば…」
 よいせ、と空間の切れ目を通って外へ出たオーマが、ようやく収まったと分かったらしい温泉好きな親父たちと目を合わせた。
 …かたや、温泉にのんびりと浸かっている裸の親父たち。
 …かたや、服を脱いだ様子も無く、その上何も無い空間から突如現れた、これも親父。
男たち:「う、うわあああああああ……っっ、お、男の覗きだぁぁぁぁっっっ!!!!」
オーマ:「誰がだーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」

*****

 こうしてハルフ村の騒動は、ひとまずの決着を見せた。
 そして、村の中の温泉がひときわ湯気を上げて、皆が湯に浸かる夕方に差しかかろうと言う頃。温泉に浸かるだけの時間も許されず、汲み上げたばかりの湯気の立つ巨大な桶を2つ、えっちらおっちらと担いで帰って行く男の背中が哀愁を帯びていた。


-END-