<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
再会と、新たな出会いと
街は賑やかで、行き交う人々は明るい表情の者が多かった。
そんな明るさに少しだけ助けられながら、紅姫は、今日も宛てのない旅を続けていた。
この世界に兄がいる。
その確信はあったけれど、手掛かりがほとんどないということには変わりないのだ。
すでに頭の中にインプットされてしまっている――それだけ、歩き回った――街中の地図を思い起こしながら、今後の予定を考える。
酒場はあらかたまわったし、商店街や余所者の立ち寄りそうな場所も一通り廻った。
「そろそろ、別の街に行ってみようかな……」
聞き込みの際に聞いたのだが、この世界にはここの他にも多くの街や村があるそうだ。
異世界からやってきた者たちのほとんどは魔物退治や観光、遺跡探索などをここでの生活手段とし、常にこの街に留まっているような者はあまり多くないと言う。
紅姫自身も宿を借りている――異世界の者が多く立ち寄る通りに向かって歩いていた時だった。
人の流れの間に見慣れた色を見つけて、紅姫は一瞬その場に固まった。
あれは……あの髪の色は……。
見失わぬようその姿を凝視していたところに、彼が、振り返る。
「お兄ちゃんっ!」
もう、間違いなかった。
見間違えるはずのない、兄の……葵の、顔。
それを目にした瞬間、紅姫の頭は真っ白になっていた。後先考えることもできずにただ、駆け出す。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!!」
葵は、自分が呼ばれているとは思ってもいないらしい。
突然の大声に驚いているけれど、その視線は紅姫に向けられていなかった。
だが突然の再会に紅姫は、そんな葵の些細な気配に気付くことなく、懐かしい兄の腕へと手を伸ばした。
「……誰?」
「え?」
問われた言葉の意味がすぐにはわからず、紅姫は、ゆっくりと顔を上げる。
きょとんと不思議そうな顔をしている葵と目が合った。
「この世界の人じゃないよね」
穏やかに穏やかに。
葵は、のほほんと微笑んで言う。
だが紅姫はそれどころではなかった。
大事な、ただ一人の兄に、『誰?』なんて。そんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。
「……どうしてここにいるの?」
答えない紅姫へ向ける話題を探してか、少し間を置いてから、葵はさらにそう告げた。
「どうしてって……」
ぽかん、と。あまりの出来事にただそう返すしかできなかった紅姫の反応を、葵は別の意味に取ったらしい。
「あ。もしかして、どうしてここにいるのかわからない……とか?」
少しだけ淋しそうな光を瞳に浮かべて、葵は、続ける。
「僕もそうなんだ。どうしてここにいるのか、わからなくて。自分が誰かも、わからなくて。……何処に行けばいいのか、探してあちこちの街を廻ってる」
「自分が誰かわからないって、まさか……」
「記憶喪失なんだ」
そう言った時の葵に、さっきほんの少しだけ見えた淋しそうな色は見えなかった。
苦笑を漏らす葵は、すでに多少なりとこの現実――自分が誰かもわからないまま、知らぬ世界に放り込まれている現実を、受け入れているようだった。
「……大丈夫?」
「え?」
「顔色が悪い」
言われて我に返り、改めて、思う。
かつてはどこか冷たいイメージを纏っていた葵。けれど今目の前にいる葵は、どこかのほほんとした雰囲気を纏っていた。
思わずガクリと肩を落としそうになったが、紅姫を気遣う様子は今までとまったく変わらなくて、安心する。
「心配かけてごめんね。なんでもないから、大丈夫」
にこりと笑って見せると、葵も穏やかな笑みを返してくれた。
纏う雰囲気は変わっていても、紅姫への優しい気遣いは変わらない。
それが、心の片隅ででも紅姫を……妹のことを覚えていてくれる証のようで、少し、嬉しかった。
「僕は葵。……良かったら、名前を教えてくれないか」
少しだけ遠慮がちに尋ねられる言葉。
口数の少なさは昔と変わらないと思う。
それが良いことかどうかは置いておいて。今は、紅姫を知る葵と、紅姫を知らない葵と。その両者にある共通点に救われる気がした。
「紅姫って言うの」
告げると、葵はまた笑った。
「じゃあ、姫だね」
にっこりと笑うその表情は、紅姫もはじめて見るものだった。
告げられた呼び名は、昔と変わらないものだった。
久しぶりに呼ばれる『姫』という呼び名に、思わず涙が零れそうになる。
けれどいきなり泣き出したら目の前の兄はきっと困るだろうから。務めて、笑って。
紅姫は、言う。
「うん。よろしくね、葵ちゃん!」
葵からして見れば出会ったばかり――それも、人違いで出会った相手で。
ちょっと話しただけで。
普通ならば通りすがりのままに終わりそうなその関係に、紅姫はあえて『よろしく』と告げた。
やっと、逢えたのだ。
覚えていなくてもいい。
一生思い出さないかもしれないけど、それでも、葵は紅姫を大事にしてくれる。
記憶の海に沈んだまま、二度と水面に現れることがなかったとしても、それでも。
葵は紅姫のことを覚えていて、昔と変わらず優しくしてくれた。
だから、紅姫は、決めたのだ。
これからの葵と共に在ろうと。
妹だと告げることなく、今の葵と向き合おうと。
そんな紅姫の想いを察しているのかいないのか。
ほんの少し話しの流れからずれている「よろしく」に、葵はにこりと笑顔で返してくれた。
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