＜ＰＣクエストノベル（５人）＞
壊された壁 〜イン・クンフォーのカラクリ館〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー（ガンナー）腹黒副業有り】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生（正式に非ず） 】
【2083/ユンナ /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2086/ジュダ /詳細不明 】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
イン・クンフォー
黒の男
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イン・クンフォーのカラクリ館。
その名の通りイン・クンフォーと言う偏屈な男が作り上げた館の名で、様々な仕掛けがなされていて、彼の所へたどり着くまでは至難の業と言われている。尤も、彼に気に入られていればその限りではないだろうが…。
シキョウ：「ここ〜〜？」
下からじーと上を眺めるのは、小柄な身体に大きな日除けの帽子を被せてもらった少女、シキョウ。
オーマ：「おう。オッサンのいる建物だ」
それに答えるのは、この館に何度か訪れ、イン・クンフォーとの面識もある男、オーマ・シュヴァルツ。
この館の事と、ウォズを通り抜けさせないための壁の仕組みを以前語ったのが、シキョウの興味をいたく引いたらしく、腕をぶんぶん振りながらオーマの服の裾を捉えて離さず、仕方ないと言う思いと、そういや暫く遊びに行ってないな、という考えもあって、今日ここまでやって来たのだった。
ゼン：「――ちゃっちゃと済ませて帰ろうぜ〜？こんなトコまで連れて来てよ、何があるっつうんだか…」
シキョウの目付け役として既にペア化認定されている少年、ゼンがふあああああっ、と大きな欠伸をして眠そうな顔でオーマたちを睨み付ける。昼寝途中で起こされてしまったのがどうも気に入らないらしい。
ユンナ：「あら、なんなら今からまっすぐ帰って１人でお昼寝していてもいいのよ？」
その後ろで、日に焼けるのは嫌ねえ、と大きな日傘を具現して悠々と歩いているユンナがすうっと目を細めて笑った。
ゼン：「まーさか。そんな事は出来るワケねぇだろ？アレを放っておいて、後で何かあったら面倒くせぇしよ」
ユンナ：「ふうぅん。…まあ、いいわ。それでオーマ、イン・クンフォーとか言う男は何処にいるのよ。まさか私に彼のところまでトラップにかかりながら行け、なんて言わないわよね？」
軽く小首を傾げたユンナにオーマが苦笑いしながらぱたぱたと手を振った。
オーマ：「大丈夫だ。その変は心配すんな。オッサンとはもう話が付いてるからな」
ユンナ：「あら、手際が良いのね。流石はオーマ」
オーマが何度か世話になっているイン・クンフォーと言う男を見てみたいと思ったのと、そういう便利なスキルを持つ男なら新たな下僕にしても良いのでは、と考えたらしいユンナがゆったりと笑ってオーマを褒め称えた。
オーマ：「やめとけ、世辞はいらねえよ」
ユンナ：「つれないのね。それで、彼は？」
オーマ：「待て待て」
オーマがその手の中に、七色の染め分けをした鳩のようなものを具現させると、それを上へと放った。ばさばさと羽音を立てて上がって行ったそれが上の、どこかの窓から中へ消えて後、
しゅうん…
静かな音と共に、今まで壁にしか見えなかった位置にぽっかりと空間が出来た。
オーマ：「ほれ、行くぞ」
シキョウ：「はあ〜〜〜いっ」
ぴょこん、と手を上げて、シキョウがオーマに抱きつくようにして一緒に通路の中へ入って行く。
その後に急ぎ足でゼンが続き、ユンナが最後にその通路を潜って、「あら」と小さな声を上げた。
ユンナ：「――ここ、普通の空間じゃないわね」
オーマ：「お、よく気付いたな。その通りだ。実際にゃ、ヤツの研究室が上にあるのか下にあるのか、それとも全く別の世界に繋げているのか分からねえんだな、これが」
ユンナ：「面白い男ね…ますます興味が出て来たわ」
そんな軽口にオーマが笑い、そして一同は狭い通路をくねくねと進み、ひとつの扉の前で立ち止まった。
こんこん、と軽くノックする。
オーマ：「オッサン、いるか？」
？？？：「これで誰もいなかったらどうかしてるわ。入れ」
室内へ誘う声に扉を開けると、そこはごみごみしているものの、意外に広い室内で。オーマの言う通り、この部屋は中から見ただけではどの位置にある部屋なのかが分からないと言う事が確認できた。
イン・クンフォー：「今日は随分大勢だな」
オーマ：「おう。どうしてもここを見たいっつう身内がいてな。連れて来た。――おい、シキョウ、その辺に何でもかんでも触るんじゃねえぞ？ゼンも良く見ててやれ」
シキョウ：「はぁ〜い…」
ゼン：「って言ったそばから触ってんじゃねえっ！」
小動物のようにくりくり動き回っては物珍しそうに室内の至る所に置かれている不思議な機械を眺め、目をきらきらと輝かせて触れようとしてゼンにたしなめられる、その繰り返しを見ていたオーマたちが、ふと椅子に座る彼の顔色があまり優れない事に気付いた。
ユンナ：「何だか顔色が悪いわね。病気？」
イン・クンフォー：「それならいいがな」
研究室の机の上にあるのは、ユニコーン地方一帯の地図。そこに細かくしるしと文字が書き込まれているのを覗き込んだオーマが、
オーマ：「何だ、例の壁のあたりじゃねえか。この辺がどうかしたのか？」
イン・クンフォー：「なに。例の付近に限らずなのだがな、少々きな臭い噂が流れてきているだけのことだ」
オーマ：「…マジでか」
その言葉に、イン・クンフォーがじろりとオーマを見る。
イン・クンフォー：「冗談で言える事と言えない事がある事くらい、十分に承知している筈だがな。――しかも面倒なことに、私ひとりの手に負えるモノではないようでな…」
丁度オーマがここを訪れると連絡があったから待っていたのだが、この状態が続くようであれば、彼の方からオーマを招いていた可能性があった。
シキョウ：「どうしたのー？」
地図を睨みながら、指でいくつかの地点を指して何か言っている男と、それに真剣に聞き入るオーマ、それにユンナの３人に、シキョウが何か感じたのかとことこと寄って行く。
ゼン：「おいおい、てめぇが首を突っ込むようなことじゃねえだろ。こっちに来てろ」
シキョウ：「んうう〜〜〜」
不満そうに首根っこを捕まれるシキョウの声に、
オーマ：「おう、すまんな２人とも。俺様たち、これからちぃっと行かなきゃならねえ場所が見つかったんだが――どうする？もしかしたら何も無いかもしれねえが、下手すりゃ怪我をする可能性は十分にあるが」
そう言いながらも、２人の若者を――特にシキョウを気遣う様子のオーマとユンナに、
ゼン：「…だってよ」
と、ゼンがシキョウに話を振る。
シキョウ：「ん〜ん？」
話の流れに付いて行けず、かくーんと首を傾げたシキョウに、
ゼン：「要するにだ。オッサンたちがこれから行く場所に、付いて行くか今日の外出はここまでにしてさっさと家に帰るかっつうことだ」
ゼンが、ごく簡単な話に変換してシキョウへ目を向けた。
シキョウ：「う〜〜〜〜〜ん……もうかえるのはいやだから、ついてく〜〜〜〜〜」
迷ったのはほんの少しだっただろう。
ゼン：「――ま、そう言うことだ」
ゼンにしてみても、真っ直ぐ帰るのは詰まらないと思っていたところで、丁度いいか、と身体を軽く伸ばしてオーマを見上げる。
ユンナ：「あらあら。元気なお子様ねえ…丁度いいわ。何かあったら盾になりなさい、あなたたち」
ゼン：「やらねえよ、盾なら勝手に作りゃいいじゃねえか」
喧嘩腰ではないものの、そうやって軽口を叩き合う様子に、イン・クンフォーが「大丈夫か」と言いたげな視線を向ける。
オーマ：「いつもこんなもんだ。気にすんな」
オーマはその視線に応えて、にんまりと笑って見せた。
ユンナ：「―――オーマ」
その時。
いち早く『それ』に気付いたユンナが、きっと表情を引き締めてオーマの名を呼ぶ。
オーマ：「ああ――公国の連中、段々とモノにしてやがるな。これだから力を求めるヤツは手に終えねえ。加減ってぇものを知らなさ過ぎるんだからよ」
エルザードとは逆方向から感じ取れた具現波動、それも爆発を起こす直前のような力の脹れ具合に４人がそれぞれの顔を見合わせ、
オーマ：「オッサン、情報ありがとよ。今日は短くてすまねえがこれで帰るわ」
イン・クンフォー：「ああ…また来い。お前らの力にも興味があるからな」
椅子に座ったままの男が、手元で何かの動作をし、それが済むと部屋にある扉が自然に開いた。
イン・クンフォー：「連中の新しい武器があれば持って来てもらいたいところだな」
オーマ：「『この世界』のものなら、面白そうなのがあれば見繕って来てやるさ。世話になった礼だ」
立たずに見送る男に、４人がそれぞれ思い思いの別れのジェスチャーをし、そして再び狭くて薄暗い通路の中へと消えて行った。
イン・クンフォー：「全く…戦争でも始める気か」
そんな彼の言葉は、誰もいなくなった研究室の中に静かに響いていた。
*****
――地響きが鳴っている。
それは、びりびりと肌を刺すような圧迫感を伴って、目の前にずらりと並ぶモノたちから発せられていた。
シキョウ：「うわああ、ねえオーマ、あれなに？なにー？」
それを見て３人が程度の差はあれ青ざめているのに対し、状況が分かっていないシキョウだけがそれを指差して叫ぶ。
ゼン：「シキョウ…おまえやっぱ帰れ」
シキョウ：「ええ〜〜〜〜〜なんで〜〜〜〜〜〜〜？」
ゼン：「いいから帰れッつってんだ！！」
ゼンの吐き捨てるような言葉にシキョウがびくっと竦み上がり、そして助けを求めるように、オーマとユンナへ視線を向けた。
オーマ：「そのほうがいいのかもしれねえ」
ユンナ：「そうね。でも――」
『壁』の向こうに、大地を埋める勢いでぞくぞくと集まって来るＶＲＳ――もしくはＨＲＳの数千とも言える数に、ユンナが小さく唇を噛み締め、
オーマ：「ここまで来ちまったら、下手に目の離れた所で何かあるよりはマシかもしれねえ。つーことでゼン、おまえさんシキョウを護りながら戦ってくれや。前線に出なくてもいいからよ」
ゼン：「なッ！――分かったよ、そうすりゃいいんだろ。ちっ」
何が起きているのか分からないシキョウがきょとんとするのを尻目に、ゼンがシキョウを呼び寄せて、
ゼン：「いいか、絶対に俺の側を離れるなよ。離れたら――そうだな。帰ってからてめぇだけおやつ抜きだ」
シキョウ：「うんっ、わかった、ぜったいはなれないーーッッ」
ゼンの側にいられるのが嬉しいのか、それともおやつ抜きが嫌なのか、シキョウが今までになく真剣な顔でこっくりと頷いた。
それを見て、オーマとユンナがこっそり目を見合わせて微笑み、ゆっくりと前方へ向き直った。
オーマ：「お――国も見つけたか。そりゃそうだよな。…急ぐぞ」
がつがつと『壁』に攻撃を繰り返すそれらに、エルザードから派遣されたか数百の騎馬兵が土煙を上げて近寄って行く。エルザードの精鋭――とは言え、数も違えばその能力も大きく異なるＶＲＳたちに、一体どんな抵抗が出来ると言うのだろうか。
オーマ：「一足先に行くぜ――おまえたちは後から付いて来い」
オーマが走りながらそう言うと、だっ、と勢いを付けて先に走り、その姿をみるみる変えて行く。一瞬変わった青年の姿から、膨れ上がるように獅子の姿へと――そして、そのまま一足飛びに『敵』の集団の中心に降り立つと、咆哮を上げながら前足を振るった。
ユンナ：「――派手ねえ」
ゼン：「目立ちたがりだから丁度いいんじゃねえか」
前線では既に激しい戦闘が始まっている。いや、戦闘というよりはほぼ一方的な虐殺だった。元より、人の身で敵う相手ではないのだから。
シキョウ：「……あれ……」
ゼン：「どうした」
シキョウ：「――だれかがないてるの。いたくてかなしいってないてる…」
走りながらもきゅ、と胸の辺りを押さえて、空を見上げるシキョウ。真っ青に晴れ渡る空を見ながら、どこか泣きそうな顔になって唇を噛み締める。
ユンナ：「――――――ッ」
ユンナがぴりりと眉間に稲妻を走らせながら、前方を睨み付ける。そこでは、エルザード軍と戦うモノの他に、まるで壁を喰いちぎるかのような動作を繰り返してオーマたちが過去に作り出した『壁』を破壊している。
命の具現を元に作り出したのだから、当然ユンナたちヴァンサーの資格を持っている者だけが気付く破壊の音だったが、その音が激しくなる度に、シキョウの顔が泣きそうに歪んで行った。
そんな彼女に気付いたか、ゼンが、にゅっと横に両腕を出して、ぐりぐりシキョウのこめかみに攻撃をかけた。シキョウが慌てて自分の顔の両側を手でカバーする。
シキョウ：「あああっ、なにするの〜〜っ！」
ゼン：「てめぇは、余計事考んな。今は俺から離れねぇ事だけ考えてろ…ただでさえ注意力散漫なんだからよ！」
獅子と化したオーマに吹き飛ばされたＨＲＳがずううぅん、と目の前に飛んできたのを避けながら、起き上がろうとしたそれの急所と思われる場所に力を込めて蹴りを叩き込んだ。
…見た時から分かっている。これらが封印も出来ない事、そして、不完全な身体だからこそ、ウォズの気配が色濃く残りすぎて、ウォズを屠った時と同じ事が起こる可能性が高いと言う事――つまり、機能を停止させるくらいしか、自分たちに出来る事が無い、と言う事だ。
ゼン：「ったく、やってられねえよ…」
それでも、こんな時に身体が動くのは、自分の性質なのだろうと諦めている。目の前に敵がいれば、絶体絶命であったとしても戦わずにはいられない、と。
…おまけに。
ちら、と横を一所懸命に走って付いて来るシキョウを見て、
ゼン：「護らなきゃならねえしなぁ…」
相手には聞こえないよう、小さな声で呟いた。
オオオオオーーーーーーン―――
巨大な獅子の姿となったオーマにも、手加減は出来ないが殺す事も出来ない、というジレンマに陥りながらも、少しでも被害を止めようとひっきりなしに攻撃を繰り返してくるそれらに、ほんの少しの手加減を入れながら全力で戦っていた。
そうでなくても、気付けばエルザードの兵士の数が減りつつあると言うのに。
どうすれば――と、考えながら前方へ目を凝らしていたオーマの目に、
黒の男：「……………」
無言でＶＲＳたちの最後尾に立つ、黒尽くめの男の姿が飛び込んで来た。
オーマ：『おまえが――』
その瞬間、今まで何度かあったＶＲＳたちの襲撃、ことに公国側に情報が流れているらしいと感じた時からいぶかしく思っていたその答えが目の前にある事に気付き、ぐぅっ、と獅子の身体が怒りに打ち震える。
駄目だ、抑えろ――。
そう頭の片隅で告げる声は、力を感じさせない弱々しい声で。
オーマ：『―――――オオオオオッ！！』
ユンナ：「いけない、オーマ！」
獣の姿になった事で、気分が高揚しているのもあるのだろうか。オーマが、咆哮を上げながら黒の男へと突進する。
男は――ただ黙って、そんなオーマの様子を下から見上げているだけ。
ゼン：「くっそおおお！！！邪魔だ、さっさと大人しくなっちまえッッ！」
手の中に生み出した鋭利な刃物も、金属と同化したようなＶＲＳや、そもそも動きが捉えられない程速いＨＲＳのようなモノ相手では歯が立たない。
それでも、前方で２人が戦い、そして自分のすぐ後ろで自分たちがこの戦いを終えるのをじっと待っている少女がいる限り、負けるわけにはいかない、そう思いながら手の中にある頼りない自分の武器を眺める。
――あの姿になりさえすれば、今よりもずっと効率よくこれを行使できるのに。
そう思いながらも、仲間に…何よりも後ろの少女に見られたくないと、ぐっと奥歯を噛み締めて手近な敵へとかかっていく。
全身が金属で出来ていたなら、それはもう動けはしない筈、隙間をとにかく狙う事だ、と自分に言い聞かせながら。
兵士：「あ――君たち！ここは危ないから逃げるんだ！今、助けに――」
ゼン：「ば、馬鹿野郎！俺たちみてぇな戦いなれしてるヤツよりもてめぇらの方が危ねぇだろうが！！！さっさと、逃げろ！！！」
乱戦の中、かろうじて残っていた僅かな兵士が、ゼンたちが戦っている所を目にしてしまい、相手が自分よりも年下と見た兵士が叫びながら、ゼンを助けようと近寄ってくる。
ゼン：「あの――お人好しがあっ！――いいか。ここを動くなよ」
背中のシキョウにそう呟くと、ゼンが跳んだ。それを目がけて一斉にＶＲＳたちが、自分たちの間に飛び降りたゼンへ飛び掛り、そして…みるみるうちになぎ倒されて土ぼこりが舞って行く。先程まで苦戦していたゼンの仕業とは思えない動きで。
シキョウ：「………」
駆け寄りたいのをじっと堪えるシキョウの目に、土ぼこりの中ちらとゼンではなく、もっと小さな少年の姿が見えた気がしたが、半分気を失っている兵士の１人を抱えて連れて来たゼンは、少し怪我が増えているもののいつもと変わりのない姿だった。
ゼン：「ったく、面倒くせぇな。また荷物が増えちまった」
どさり、と兵士をその場に投げ下ろして、
ゼン：「大体ヤッたが、大丈夫だったか？」
そうシキョウに訊ねる。シキョウはこくりと頷いて、
シキョウ：「うん―――みんなシキョウのちかくにこなかったからだいじょうぶー」
ふしぎだねー、と言葉を続けてにこりと笑った。
ゼン：「…そういや、そうだな」
やろうと思えば、これだけの数なのだから、全方位から取り囲んで叩く事だって十分出来た筈なのに、何故か掛かってくる敵はいつもゼンを狙うような動きを見せていた。
ゼン：「まああれだ。てめぇはものの数にも入ってねえって事、あちらさんも判ってるっつう事だろ」
シキョウ：「えーーーーーーーー」
ぷう、とむくれるシキョウに苦笑いを浮かべつつ、ゼンは腹に力を溜めて、再び体勢を立て直してこちらに向かってくる敵と対峙した。
ユンナ：「オーマ！これ以上やったら、彼らの命を壊してしまうわ！判っているんでしょう、『貴方以外』に何が起こるのか！！！」
オーマ：『―――――！？』
その巨大な牙で今まさにＨＲＳを数体まとめて噛み千切ろうとしていた所で、オーマの身体がびくりと跳ねた。
そして、ぐったりと横たわるＨＲＳになりきれなかったモノたちから前足を離す。
黒の男：「どうした？今倒さなければ、まだここにいるものたちで都を襲うよ」
ユンナ：「…あなた、どういうつもり」
黒の男：「どう、とは？」
その場に静かに立っている男が、ユンナに涼しげな目を向ける。
ユンナ：「ＶＲＳ――ＨＲＳにしても、どう言う形で作られたのか。何のために作られたのか、そして何がそのために犠牲になったのか」
黒の男：「それがどうした？」
ユンナ：「どうした、って…」
黒の男：「ウォズにしろ、ヴァンサーにしろ、手に終えなければ封印するしか能の無い君たちに、私のことが言えるのか？…封印と言ったって、それはただ単に他所の空間に仮死状態のまま放り込むも同じ。ただ死を迎えるのを待つのみの、そんなものが封印と言えるのかな？」
ユンナ：「あなた―――どこまで知っているの」
くす、と男が笑う。
黒の男：「やだなぁ。どこまで、って、知らない事の方が少ないよ。今ではね」
ユンナ：「『今では』？」
訝しげな顔をするユンナ。そこへ、
オーマ：「まだ修行が足らねえな、獣化しただけで感情の起伏が激しくなるなんざガキと一緒だ」
一通り、周辺のＶＲＳたちを片付けたオーマが人の姿に戻ってゆっくりと歩み寄ってくる。
黒の男：「オーマ」
オーマ：「おう、何だ」
黒の男：「君の身体なら、もしかしたら上手く行くかもしれない。その身体、私にくれないか」
オーマ：「あ？どーゆーことだ。俺様の身体は俺様だけのモンだぞ。っつーかおまえは色々と俺にちょっかい出してくれるよな。この前だって妙な土産までくれてよ」
黒の男：「――時間が無い。あれだけの数を手を変え品を変え作らせてみたが…まるで足らない」
ゆら、と、空気が歪む。
それが、男が操っていた空気だと知るのにそう時間はかからなかった。たった今まで暴れていたＶＲＳたちが、一斉にその動きを停止したのだから。
黒の男：「これだけ作っても、もどきにしか…この間の方がまだマシだったか」
ぐうっ、と突然妙な声を上げた男が腹を折る。
オーマ：「お、おい」
黒の男：「が、はっ…っ」
びしゃっ、と、タール状のどろりと濁った液体を吐き出した男が、そのまま膝を付いた。身体をその腕に抱えたまま、はあはあと粗い息を吐く。
黒の男：「――タイムリミットだ」
ぐ、ともう一度何かを吐き出しそうな顔をしつつ、男が更に身体を折る。
オーマ：「おい――大丈夫か」
ユンナ：「オーマ、どうして手を貸すの」
オーマ：「仕方ねえだろ。困ってる様子だしよ」
そう言いつつしゃがみ込み、男の肩に手を置こうとした瞬間、
ジュダ：「触れるな」
背後に突如現れた気配に、オーマがぴたりと手を止めた。
ユンナ：「――ジュダ」
ジュダ：「おまえのようなお人好しは、取り込まれるかもしれん。やめておけ」
そう言ってオーマをやんわりと男から引き離すと、今はもう呼吸すらまともにしていない様子の男をぐいと抱え上げる。
ジュダ：「…おまえじゃあ役不足だろうが」
オーマ：「おいおい、突然来てなんだってんだよ。どうせならもっと早くに来てだな、壁が壊れるのを防ぐなりこいつらの尻を叩いて元いた場所に戻すなりしてくれよ」
ジュダ：「ああ。これは悪いことをした」
オーマ：「そうだろそうだろ――って俺様の方を見て言え！」
ジュダはそんな文句にも構わず、空を見上げる。常人の目には見えないが、ＶＲＳらによって破壊され、喰いちぎられた『壁』の様子を。
ジュダ：「『治療』はしておこう。それから――彼らも、俺が引き受ける」
男を担いだのとは反対側の手をすいと持ち上げて、さっと振る。
それだけで、その場にいたＶＲＳもＨＲＳも全て掻き消えた。
オーマ：「ったーく、最初っからここに来てくれりゃ良かったんだ」
ジュダ：「タイミングを計っていたんだ」
オーマ：「マジか！？」
ジュダ：「…冗談だ」
しれっとそんな事を言ったジュダが、自分と同じような黒髪と黒目の男を抱えたまま、
ジュダ：「あっちのナイトに言っておけ。大事な姫を奪われたくなかったら、もう少し自分の意識に対して素直になる事だとな。そうでなければ――こいつに、いつか連れて行かれるぞ」
オーマ：「…そいつがシキョウに並々ならぬ興味を持ってる事は知ってるさ。だが、どうしてあいつなんだ？」
ジュダ：「それを今、おまえが知る必要は無い。言えばおまえは――」
くるりと男を抱えたまま、ジュダが踵を返す。
ジュダ：「許さないだろうからな」
ユンナ：「…ジュダ…どうして」
ユンナの言葉には、ちらと目を向けたのみで、何も言わずジュダは公国側へと消えて行った。
*****
ゼン：「おーい、オッサン！オッサンてばよ！今、いなかったか！？いたかいないかはっきり言ってくれ！！」
そして、ジュダが去った後のオーマとユンナの２人に、飛びついてがくがくと揺さぶる、戦闘中よりも頭に血が上った様子のゼン。
ユンナ：「あーら。主語が抜けてるわよゼンちゃぁん。そんなに熱くなってるとねえ、大事なものを振り落としちゃうわよ？」
ほほほー、と何時の間に取り出したのか扇子を開いてひらひらと自分を扇ぎながらユンナが言い、
オーマ：「ああそうだ。そのいたかいねえかわからねえ男から伝言だ。お姫さんをきちんと護ってねえと、いつか攫われるから気を付けろとよ、ナイト君」
ゼン：「だっ！誰が、姫だってっ！？」
その言葉にあたふたと後ろを振り返るゼン。その遠い先には、不器用なりに息のある兵士たちの手当てをしてぴょこぴょこ飛び回るシキョウの姿がある。
オーマ：「おっと。早いトコエルザードにも事の次第を知らせねえとな。全滅は免れたが、今だって危ねえ連中もいるし」
ゼン：「おい、待てよ！ナイトとか姫とか、何の事だよ！！」
ユンナ：「自分の胸に聞いてみるのが一番じゃない？あ、オーマ、私も手伝うわ」
オーマ：「おう、助かるぜ女王様」
ユンナ：「あらー、そう言う事を言うんだぁ？言っちゃおうかしら、こんな事を言ってからかわれたのよ〜って」
オーマ：「うわ、それだけは止めてくれ。おまえさんの事だからあること無い事言いふらすだろ。それも尾ひれ付けて！」
ユンナ：「…そうね。それはいい考えね」
ぼそりと低い声で言うユンナに、ぶるぶると首を大きく振って口を手で押さえるオーマ。そんな２人に言葉を挟む隙を見出せず、顔を赤くしたままゼンが付いて行く。
シキョウ：「ああっ、みんな〜〜〜〜〜〜〜、はやくはやく〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ！」
そんな３人に気付いたシキョウが、にっこりと笑って大きく手を振った。
-END-
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