<PCクエストノベル(3人)>


どきどき☆温泉ハプニング 〜ハルフ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】
【2082/シキョウ      /ヴァンサー候補生(正式に非ず)     】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
親父神
ウォズ番長
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 ハルフ村。
 温泉で名高いこの村には、いくつもの名物の湯が存在する。
 湯治に向いている、長期治療のための湯。
 美人になると言われるお肌すべすべの湯。
 薬湯や花湯もあり、この村は何時きても観光客が絶える事が無かった。
 とはいえ、今は夏。
 少なくない客の数――だが、冬に比べればその差は歴然である。
 だから、観光協会は夏場に客に来てもらおうと、毎年のようにキャンペーンを行っていた。エルザード観光協会の力も借りて、宣伝としてくじを引いてもらい、それによって何人かを無料招待する、と言う事も行っていた。
 そして、今年は。
男:「おめでとーございまーす♪」
女:「あらあ、良かったわねえ?そうねえ、全員で3人だからご両親とかな?」
ゼン:「………まあ…そう、だな」
 夏場であまりの暑さに、風通しの良い建物に入ったのがそもそもの始まり。そこが観光協会本部だった事、たまたま道行く人にハルフ村の温泉割引キャンペーンを行っていた事、そしてその気になった人の中から、無料でハルフ村にご招待、と言うくじ引きをしていたのだったが、ゼンはいつの間にかその中に入っていて、気付いたら招待券と共に満面の笑みの中にいた。
ゼン:「…温泉、ねえ」
 手の中でチケットを弄びながら、ゼンが呟く。これを見せたら多分喜ぶだろうな、という相手の顔も分かっている。分かっているのだが、そこで何故かゼンが渋い顔をして、
ゼン:「こーやって甘やかすから付け上がるんだよな、あいつも。チクショウ、黙って誰かネエチャンたちでも誘って行くか?」
 ――と、すんなり行けば苦労は無い。ただでさえ多い身内、どこかへ行く時にはきちんと連絡をする事、と言うルールが存在するのだから。
 しかも、ゼンには普段からやらなければならない事がある。
 それは――
シキョウ:「あーーーーーーーっ、ゼンみーつけたーーーーーーっ!!」
ゼン:「!?!?」
 突如、頭上から降ってきた声。慌てて上を見上げたそこにいたのは、塀の上に猫のようにしゃがみ込んで、にっこにこと笑っているシキョウの姿だった。
ゼン:「ばっ、馬鹿野郎!てめぇ、まーた家抜け出しやがったな!?」
シキョウ:「だって、だって、おひるねから目がさめたらゼンがいなかったんだもん〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
 塀の上に器用にしゃがみながら、ぷうっと頬を膨らませる少女。
 見た目は14歳。丁度大人と子どもの中間にありながら、少女の物言いはまるで幼い子どものそれで。今も文字通り、いつのお目付け役として側にいる筈のゼンの姿が見えない事で心細くなって、家を抜け出して来たものらしい。
 お陰で、というのか、大きくくりくりした瞳やボーイッシュな体つきもあって、ずっと年下や男の子と扱われやすいシキョウに、ゼンがはーっと息を吐く。
ゼン:「あのなぁ。いちいちそんなんで俺が帰って来ないわけねぇだろ?俺だって用事があるんだからよ、少しは言われた通り大人しくしてろっての」
 そしてゼンもまた、そう言う風に彼女を扱う者の1人だった。
シキョウ:「むぅぅぅぅぅっっっっ」
 家路に付くゼンを、塀の上に立って歩きながら追いかけるシキョウ。
ゼン:「危ねえぞ、降りて来い」
シキョウ:「あぶなくないよーーーーーーっ、いっつもこうやっておでかけするんだからーーーーーっっ」
ゼン:「いつもか!…どおりで探しに行って見つからねえ事が多いと思ったら」
 もう一度溜息を吐くゼン。
 だが、それでも、シキョウはいつの間にかゼンの隣へ降り立っていて。すっかり機嫌を直してトコトコと付いて来るのだった。

*****

オーマ:「ほおぅ。今度はゼンが当てたか。どーれどれ」
 家で夏服の仕立て直しをしていたオーマが、ゼンが口を曲げながら差し出した招待券に目を細め、ぱらりと中を開く。
オーマ:「……………ハルフ村か」
ゼン:「何だよオッサン、その地獄から出て来るような声は」
オーマ:「あの村にはあんまりいい思い出無くてなぁ」
シキョウ:「えーー、なになに?なーに?」
 べたー、と汗が出ているにも構わずオーマに後ろから抱き付いて覗き込むシキョウ。
オーマ:「ああ、温泉の招待券さ。ゼンが貰ってきたんだと」
シキョウ:「温泉!?」
 途端、目がきらきらきらっ、と輝くシキョウ。
ゼン:「――おっさーん。言う時には考えろよ、もうコイツ止まらねえぞー」
オーマ:「…まあ、いいんじゃねえか?大丈夫だろうしな」
ゼン:「?」
 何故だか沈鬱な顔をしたオーマがそれでも無理やり笑顔を浮かべると、
オーマ:「おーしシキョウ、ちょっと来い。…うし。この服の寸を降ろせば、いい感じに使えるな」
ゼン:「んだよ。ヴァレルは?」
オーマ:「いつもいつも着たきり雀じゃなぁ。シキョウは気にしないかもしれないが、やっぱりこう言うのは女の子だからなぁ」
 観光に出かける時くらいはよそ行きもいいだろう、とオーマがはさみと針を持ち出してちくちくやり始めた。
オーマ:「そうだ。シキョウ、最近ヴァレルがきついと思ったことは無いか?」
シキョウ:「んー?きつく??」
 かっくーん、と首を傾げるシキョウに、
オーマ:「ヴァレルがちっちゃくなってないか、って事だが」
シキョウ:「うーんとね、ごはんたべるとちっちゃくなるよー。だからもう少し大きいのがいいなぁ、そうしたらもーっともーっとたべられるかもー♪」
ゼン:「これ以上喰う気か、食欲魔人め」
 シキョウの答えに、オーマがそうか、と笑いながら言い、それでもシキョウのあちこちへ視線を飛ばして大体のサイズを計り、おおまかに大きさを設定した。
オーマ:「よーし。これで後はシキョウのサイズに合わせて縫い縮めればOKだ。切ったらおまえさんが大きくなったときに使えなくなっちまうからな」
シキョウ:「うんっ」
 こっくり、と大きく頷いたシキョウが、奥から聞こえる冷たい飲み物が出来た、との声に目を輝かせて走って行く。
ゼン:「…やれやれ」
 自分もついでに貰おうと立ち上がったゼンに、オーマがちらと視線を向けたが、にやっと笑ったまま何も言わずにいた。

*****

『ようこそハルフ村へ!!只今新感覚温泉開催中!!』
オーマ:「なんだこりゃ」
 村の入り口に大きく取り付けられた看板と、いつになく盛況な旅人の様子にオーマたちが目を丸くする。
ゼン:「オッサン、よくここに来てるじゃねえか。知らねえの?」
オーマ:「俺様だって神じゃねえよ。なんでもかんでも知るか――――――ってちょっと待て。神?」
シキョウ:「どーしたの?オーマ」
オーマ:「い。いや、何でもねえ。と、とりあえず入るか」
 村の中へ入った3人が、更に目をぱちくりさせる。
 何だか村の様子が妙だった。村の一角、確か湯治用の目立たない温泉があった箇所だけに異様に人が集まっているのと、村の中を歩き回る人々が、なんだかちぐはぐな印象があるのだ。
 例えば、そこで駆け回る子ども。楽しそうに走り回っていたかと思えば、子どもには不似合いな大きな財布を取り出して、土産物屋で高そうな装飾品を買っている。また、店の者もこういう時には親を呼んで財布を勝手に持ち出していないか確かめるのだろうが、にこにこと笑って大人に対するように話し掛けている。
 また、別の方向を見れば、妙〜にしゃなりしゃなりと歩く大人の女がいたりする。が、嬉しそうに歩き回っている割にはべったりと塗った口紅や、殊更に強調する腰の振りようが逆に子どもっぽく、そんな女の様子を見ている同年代の夫婦者らしい男女が目を細めて見ているのが不思議だった。
 かと思えば、筋肉むきむきの身体を誇示して風呂上りにポーズを決めている若者がいたり――って、筋肉、ちぐはぐな子どもや大人、それらが共通するのが全て温泉――。
オーマ:「まさか」
 荷物を旅館に預ける事もせず、ずかずかと温泉の入り口を潜るオーマ。
 その中心で楽しげに顔を見合わせて笑っているのが、この間の騒動の時に顔を合わせた自称泉の神とウォズでありながら王女にぞっこんな番長である事を知って、一気に気が抜けた。
女将:「あら、お客様もう見てらしたんですか。そうなんですよ、今あの温泉がちょっとしたブームになってましてね。そういうあたくしもあのお湯にこっそり浸かってみたりしたんですのよ、ほほ」
 どんなに長くても1日程度の効果しかないと言うその温泉には、一時的にマッチョメンになる湯や、何故だかエルザードに帰って王女を心底褒め称えたくなる湯だとか、湯に浸かっているだけで過去の有名な武人になる――ような気になる湯だとかがあるらしい。
 また、恋愛成就間違いなしの湯だとか、下僕脱出必勝の湯などと言う、胡散臭さ満点の湯も人気があると言われ、シキョウは楽しげに荷物もそこそこにぐいぐいとオーマたちを引張って行く。
女将:「あと目玉なのが…ってもうお出かけですか?ではごゆっくり、お帰りをお待ちしていますわ」
 ――囲いの中に入ると、大小様々な湯がなみなみと温かそうなお湯を湛えていた。そして、オーマたちに気付いた2人がびっくりしたような顔でやって来る。
親父神:「HAHAHA、良く来た若人たちよ!存分に楽しむがいい!」
番長:「オーマも来たか。まあいい、貴様には下僕脱出必勝の湯がお似合いだ、さっさと浸かれ――ん?」
 番長の目が、オーマの後ろできょろきょろとあたりを見回すゼンの姿を捉えた。
番長:「そこの男。何を見ている。――まさか貴様、女湯を覗こうと言うのではないだろうな!?」
ゼン:「ああん?何オッサン勝手に熱くなってんだよ。あつっくるシーぜ」
番長:「な、、なんだとうっ!わ、ワシの何処が暑苦しいと言うんじゃあああ!!」
ゼン:「あ――存在全部?」
 くっ、と皮肉な笑みを浮かべたゼンに、わなわなわな、と番長の体が震え出す。
番長:「い、言わせておけばこの――」
シキョウ:「ねーオーマ、入っちゃっていいのーー?」
オーマ:「おう、入れ入れ。えーと、おまえさんは何に入りたいんだ?」
シキョウ:「えへへへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ナイショっ♪」
 ぱたぱたと湯に浮かぶ鳥の玩具を詰めたお風呂セットを持って、シキョウがぱたぱたといくつかあるお湯のどこかへ消えていく。
 オーマがそれを楽しそうに見ている中で、隣ではどう言う訳か虫が好かないらしい2人がいがみ合っている。
ゼン:「だっせーヨ、オッサン。今時純情なんざカスの役にも立ちゃしねえんだゼ?」
オーマ:「……そろそろ、いい加減にしとけ。温泉に来てまで喧嘩を売ってた事、家に帰って報告されたくはないだろ?」
ゼン:「――――ケッ」
 唾を吐きそうな顔で、それでもそれだけは思い留まったか、ゼンがタオル片手にどこかの温泉に消えていく。
オーマ:「悪ぃな。ああ見えていいトコもあるんだが、まだガキでね」
番長:「――わ、ワシ1人なら良いが、ワシの想い人にまで侮辱しようとしたのは、ふぅっ、ふぅっ、ゆ、許せん」
親父神:「OH、若人よ!それならばすこぅし外に出ていたらどうかね?今朝から休憩を取っておらんだろう」
番長:「す、すまんです…ではっ、少し休憩いたしますッ!」
 どすどすと大きな男が去って後。
オーマ:「んで、この間のアレを使って今回の湯を作ったのか?」
親父神:「その通りっ!流石はオーマだな。だが、効力や影響を考えると短時間しか効果が無いのは寂しいな。ムムゥ。今度は我が泉でも使ってみようか」
オーマ:「人類の未来のためにやめとけ」
 静かに突っ込みを入れると、
オーマ:「……んで、下僕主夫脱出必勝の湯はどれなんだ」
 そっと耳打ちした。
親父神:「家に戻る頃には効力が消えているが、それでも良いのか?」
オーマ:「そうなんだがなー。気持ちだけでも味わいてぇんだよ」
親父神:「フムゥ、その意気やよし!――と言うわけであの隅にある。時々むさい親父で満タンになる他は地味なものだよ」
オーマ:「…言うな…」
 とぼとぼとちょっぴり肩を落としながらオーマがお湯の張ってある湯船がある囲いの中に入ろうとすると、
親父神:「せっかく若返りの湯や年老いの湯を用意したのに、そちらには興味がないのかね、ユーは」
 そんな、とんでもないことを事も無げに言ってのけた。
 ぐるりとオーマが振り返って、どことどこだと聞こうとしたその時、
ゼン:「うおおおおおおっっ、何だこりゃああああああっっっっ」
シキョウ:「ゼンっ、どうしたのっっ!?」
 ゼンの叫び声と湯から飛び出す音、それと同時に別の囲いからシキョウが声と共に飛び出した音が聞こえた。
オーマ:「って待てぇっ!?」
 バスタオルを手の中に2つ3つ具現化させながら、湯けむりの中、ゼンの悲鳴が聞こえた方へと駆け出して行くと、そこには2人の――少女と、少年がいた。
 両方共、最後の理性?は持ち合わせていたようでしっかりとタオルで身体を覆っている、が―――。
オーマ:「おまえ…たち?」
少女・少年:「あっ、オーマ」
 少年は、生意気な表情そのままにさっきまでの面影を色濃く残し…だが、何故か目も髪も黒く染まっており、少女は目の赤は一層深い赤を帯び、髪の色はつやつやとした黒い長髪へと変化していた。
少女・少年:「って事は――」
少女・少年:「ゼン!?」「シキョウか!?」
 今度は互いを見詰めながら、湯で真赤になった顔で、叫んだのだった。

*****

オーマ:「おーし、これでいいな。おお、美人だ美人だ」
シキョウ:「えへへ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 湯上りにぽっと血が上るシキョウ。
オーマ:「にしても良かったなぁ。大きめの服を詰めただけのよそ行きで」
 シキョウの今の服は、昨日までに縫い上げた服の詰めた部分をほどいただけで、丁度良いサイズになっていた。
 その服に似合うように、長い黒髪を三つ編みにし、髪に結い上げてアップにしたシキョウがはにかんで鏡の前に立っている。
オーマ:「ゼンはどうする?そのまんまじゃぶかぶかだろうに」
ゼン:「うるせぇ、ほっといてくれ」
 いつもよりずっと甲高い声の、幼い少年の姿になってしまったゼンは、ぶかぶかの服を持て余しつつ、ベッドの上で拗ねていた。
 1度入った湯の効果は最長1日続く、と言われて落ち込んでいるのだ。
シキョウ:「ねえ…ゼン」
 そして、こちらは17歳の、丁度花も恥らう年になったシキョウが、心配そうにゼンのベッドへ腰掛ける。
ゼン:「う…」
 じわじわとシキョウから遠ざかるゼン。それに気付かないシキョウが、
シキョウ:「それだったら、その…ごはん、おへやにもってきてもらうー?」
 かっくん、と首を傾げてゼンに言う。
 その言葉で、ゼンの逃避が止まった。うつ伏せの姿勢のまま、シキョウにちらと顔を上げ、今度はまじまじと一気に大人っぽくなったシキョウの顔を見、ふうっと息を付いて起き上がって、
ゼン:「そうだな、それで頼む。なるべく外に出たくねぇ」
 ――目の前にいる少女が、姿かたちはどうあれ、いつものシキョウだと気付いたのだろう。先ほどまでの緊張感は随分と薄れ、普段の口調が飛び出して来た。
 そして、ぱぁっとシキョウの顔が綻ぶ。
シキョウ:「――うんッッ!」
 だが――シキョウの笑顔は、いつもの声の調子にも関わらず、見た目だけで言えば十二分に大人の色香を漂わせていた。…あどけない少女の面影を残しながらも、魅力的な大人へと変貌する、まさにその直前の姿で。
ゼン:「………じょうぶ、大丈夫、大丈夫だ………」
 その直後、1日経てば元に戻る、だから大丈夫だ、今の気持ちはこの顔に慣れてないからだ、と必死で壁に向かってぶつぶつ呟くゼンの姿があった。
シキョウ:「オーマーーーー?」
オーマ:「わはははは。青春だな」
 にやにや笑いながらのオーマの顔面に、全力で投げつけた枕が直撃した。

*****

シキョウ:「ねー」
ゼン:「……なんだよ」
 夜。
 夕食の買出しに――と出ようとしたシキョウをゼンが強硬に止め、いやぁな笑みを残したオーマが買って来た食べ物で腹を満たした後、何もする事が無く早々に寝ることになった、その時。
 もぞりとシキョウが寝返りを打って、ゼンの側を向いた。
 ゼンは背中を向けたまま、面倒くさそうに声を返す。
シキョウ:「ゼンの目って、どうして黒いの?髪の毛もーーー」
ゼン:「!」
 少し黙っていたゼンが、
ゼン:「…多分、あの温泉のせいだろ。そういうシキョウだって、髪真っ黒じゃねえかよ。目の色は同じくせに」
シキョウ:「うん…不思議ねー」
 シキョウがしきりに自分の髪をいじりながら、半分眠いのかとろんとした声になり、
シキョウ:「ねー、ゼンー…」
ゼン:「なんだよ、何度も起こすんじゃねえよ」
シキョウ:「シキョウね、大人になったらこんなすがたになれるのかなーーーーー……」
ゼン:「なっ…」
シキョウ:「そしたらー、シキョウねー、ゼンにーーーーー……言い、たい…こと…」
 すーーー。
 髪を弄っていた手がぱたりとベッドの上に落ち、静かな寝息が聞こえ始める。
ゼン:「ったく…何途中で寝てんだよ」
 身軽にベッドから降りると、ずれた毛布を掛けなおしてやり、手の位置を楽になるように移動した。
 それから目にかかりそうな前髪も掻き上げ、そっと後ろに流す。

 ――いつものこと。

 けれど、いつもと違うのは、シキョウの姿。
 見た事もない、同年か年上の女性の姿。
 これが、将来の姿?確かに面影は強く残っているが、これが、これが――あの子どもっぽい顔で眠る少女と同じ人物なのだろうか?

 ――どくん。

 胸が高鳴る。何故か、一瞬だけ胸にこみ上げて来るモノがあり、それが何なのか良く分からないまま、その場を離れられずに立ち尽くす。

 ――どくん。

 落ち着け。落ち着け。今晩限りなんだ。一晩限りで消える夢のような物なんだ。
 夢のようなものなんだ、か、ら――…

 ――どく、ん。

 眠っている。無防備に眠っている。このまま顔を近づけてもきっと目を覚まさない、覚まさない、覚まさないなら――どうする?
 顔を近づける、まだ目を覚ます様子は無い。これなら、これなら――。

オーマ:「……そこまで、だ」
ゼン:「っっっ!?」
 いつの間にか。
 奥のベッドで寝ていた筈のオーマが、冷たく凍えるような視線でゼンを見詰めていた。いや――窓から差し込む光がそう見せているのだろう。何故なら、オーマの口元だけはいつものとおり、柔らかく微笑んでいるからで。
 それなのに、足がすくんで動けなかった。
 生まれて初めて、オーマが『怖い』、と思った。
オーマ:「不意打ちは無し。そうだろ?おまえさんの心情としても、それは避けたいんじゃないのか?」
 シキョウの片側通行の想いを感じていながら、あえて無視して来たゼン。
 その彼が、一時の情にかられてしまっていいのかと、オーマは静かな声で問うていた。
オーマ:「どのみち今夜は夢みてぇなモノだ。おまえさんのその姿にしてもな。だから、今日の思い出はいつか開ける時まで胸の中に仕舞っちまえ。おまえさんと、シキョウが大人になった時に、始めりゃいい事だ」
ゼン:「――始まりゃしねえよ、そんなもの」
オーマ:「おう。そこまで言えりゃたいしたもんだ。…だがなー。気付いてねえのはおまえさんだけかもしれねえぜ?」
 何を、と聞く前にごそごそとオーマが再びベッドに戻って行く。
オーマ:「…若返りの湯、か。俺様がずーっとずーっと若返ったら、どんなモンになってんのかね」
 その声はとても静かだったけれど、部屋の中がもっと静かだったからか、ゼンの耳にしっかり届いていた。
 きゅ、っと唇を軽く噛んで、拗ねた子どもの表情のままベッドの中に潜り込む。
 そうして気付いた。
 ――オーマが、自分の過去について、子ども、ではなく『モノ』と言った事に。

 忘れよう。
 一晩寝て、全て夢だった事にしてしまおう…。

*****

シキョウ:「きゃーーーーーーーーーーーーっ、夢じゃなかったんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ♪」
 ぎゅむぅぅぅぅ、と大人っぽいままのシキョウに朝っぱらから抱きしめられた、少年姿のゼンがじたばたとその腕の中で暴れる。
ゼン:「夢っ、夢だっつったろーーーーーっ!?一晩で元に戻るんじゃねえのかよーーーーっ」
シキョウ:「あーーーーーーーーん、ゼンちっちゃーーーーーーーーーーーーい。かわいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!」
 ぎゅむ、ぎゅむぅぅぅぅぅぅっ。
ゼン:「ぎ、ギブ、ギブーーーーっ!シキョウてめぇ手加減しろっていっつも言ってんだろうがあああああああ、首、首絞まるぅうううっっっ!!!」
 翌朝。
 まだ戻っていなかったシキョウが、同じく戻っていなかったゼンをベッドの上に見つけて、力いっぱい抱きしめたのが事の始まりだった。
オーマ:「あー…朝メシ何がいい?この分だと昼くらいまでは覚悟しなきゃならねえからなぁ、俺が買って来るよ」
シキョウ:「わーい、あさごはーーーーん♪ねえねえ、シキョウおっきくなったからいーーーーーっぱい食べていいんだよね?ね?」
オーマ:「戻った時の事も考えねえと、おなかがタヌキみたいにぽんぽこりんになるぞ」
シキョウ:「あう」
 ぴくぴくと腕の中で痙攣しているゼンに無意識に気付いたのか、少し腕の力を緩めながら、シキョウがそれでも大量の食事を注文した。ゼンの分も一緒に。

 ――結局。
 2人が元に戻ったのは、昼食が始まる直前の事だった。
 そして、温泉に行ったにも関わらずぐったりと疲れきったゼンと、皆への御土産を手に上機嫌のシキョウ、そして結局普通の温泉にしか入れなかったオーマがちょっぴり未練気にハルフ村を見返していた。
シキョウ:「えへへ、にあう?ねえ、にあう〜〜〜?」
 ぶかぶかの服を縫い上げる時間は無かったため、急遽ハルフ村で買い上げた長いリボンでヒダを作り、ちょっとしたドレスのように仕立ててもらったシキョウが嬉しそうに跳ね回る。その度にふわふわと服が揺れて、柔らかな曲線を描き出している。
ゼン:「う――あ、あんまり跳ね回るな。ラインが崩れたらまたリボンを掛けなおさないといけねえんだぞ」
オーマ:「掛けなおすのは俺様だがな」
 シキョウに負けず劣らず土産の山を抱えた――自宅でも温泉が楽しめるとか言う硫黄の粉や、肌が白くなる石鹸など、宿泊代が浮いた代わりに買って来るように言われたリストを何とか網羅したオーマが下僕主夫と背中に大判を押されたような姿でよろよろと歩いている。
ゼン:「これだから、読めねえんだよな…」
 大人なんだか子どもなんだかまるで分からないオーマ。それを大人の余裕と見ればいいのか、それとも単に訳の分からない大人なだけなのか、判断に迷う所だった。
 そして。子どもとしかどうしても見えなくなったというのに。――何故か、心を強く持たないと真正面からシキョウの事を見る事が出来ないのがどうしても解せない。
 きっと昨日の悪い夢のせいだ、そう思うことにしているのだが、それでも、今朝の抱きしめられた時のあの感覚が悪いものでは無かったとふと思い出しては必死になって否定するゼンの姿があった。


-END-