<PCクエストノベル(1人)>


死者の街 〜不死の王・レイド〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
不死の王・レイド
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 木々がざわめいている。
 夜の主が来たと。

 昼はひとのための世界、夜は――魔物のための世界。
 そうして、世界はバランスを取っている。
 そう、いわれている。

 ――ゆったりと、夜を徘徊する闇の王。
 彼が通り過ぎた後には何も残らない――と言うのは本当の事ではないが、彼が姿を現すと生き物たちは全てがさあっと逃げて行ってしまう。
 彼…不死の王・レイドが通り過ぎても逃げ出す者がいないのは、ひとの住む街くらいのものだった。
 ――ざわ、ざわ。
 だが、今日は少しばかり様子が違う。
 レイドの周りを取り囲むのは、レイドと同じく不死者たち。レイドに傅き、仕える役目を担っているのだが、何故か今夜は黙って彼の事を見詰めるだけで、言う事を聞こうとはしない。
 幾度かの、相容れない言葉が互いを行き交い、レイドが氷のように冷たい視線を彼らへと注ぐ。それで幾人かが文字通り凍りついたが、それでもほとんどの者はレイドへの忠誠を誓いなおそうとはしなかった。

*****

オーマ:「全く、何がどうなっているのやら」
 さっぱり客、もとい患者が来なくなった病院の診察室で、病院の主であるオーマ・シュヴァルツが嫌そうな声を上げる。
 外は照り付ける日差しが石畳を真っ白く染め上げ、遮られた部分からの影とのコントラストをくっきりと浮かび上がらせている。
 …人が外出しなくなって何日経つだろうか。オーマは外を眺めながら、ふとそんな事を考えていた。

 多数の不死者たちがエルザードに押し寄せたのは、ほんの数日前の事。
 それが何の前触れも無く、突如エルザードに湧いて出たのだから、住民たちのパニックは筆舌に尽くし難かった。
 とは言え、不死者たちは生きている者を襲う事も無く、その数を増やし続けているだけ。それが充分迷惑といえば迷惑なのだろうが、今の所不審死で亡くなるような者はひとりとして存在しなかった。
 そして――死者たちは、こぞって生前と同じ行動を取り始めたのだ。
 『元』家の前で早朝から掃除を始めたり。
 生活用水を汲み上げる井戸の前を占拠して井戸端会議に興じたり。
 カジノへ繰り出して、生前よりも借金を増やして叩きだされたり――カジノの胴元にとっては、足がなかろうが透けていようが、金を持っている者こそが客なのだと言い切った。相手をしたディーラーは、勝負が済んだ後ぶっ倒れたらしいが…。
 そうして、強引に生活を取り戻した不死者たちのお陰で割を食ったのは現実にその場で生活している者たち。家を乗っ取られ、または同居に我慢できず、仕方なしに教会に救いを求めたり、ホテル住まいを余儀なくされている。

 外を歩けば不死者に当たる。

 そんな生活で、一般の人々が望んで外出をする筈はなかった。

 ――実は、オーマ自身もこの現象で被害を被っている。
 この病院に住み着いている仲間の1人が扱う霊団もまた、オーマたちの手元を離れ、消えて行ってしまったのだ。
 そして、その事で何故かオーマが愚痴を零される対象と決定されてしまい、今日も寝不足のままぼうっと病院の外を眺めていたのだった。

???:「――ごめん」
 そこへ、玄関に誰かのくぐもった声がし、久々の客かとオーマが喜び勇んで玄関へと飛び出し…玄関に立つ人物の異様さに慌てて足を止めた。
 この真夏に真っ黒のコート、そして顔が見えないように目深に被った帽子。ご丁寧に手にもぴっちりした皮手袋を嵌め、顔は見られないようになのか黒のマフラーでぐるぐる巻きにしている。
オーマ:「……誰だ?」
 オーマが思わず訊ねたのも仕方のない事だろう。
???:「随分な挨拶だな。そんなに私は忘れやすいのか」
オーマ:「いや、忘れる忘れない以前にそんな格好のヤツは見た事ないし」
 そうか、と男――声の調子でそれだけは判別が付いた――が、顔に付いていたマフラーと帽子を取り去る。
レイド:「これで十分判っただろう。私だ」
オーマ:「おう、レイドのオッサンか!久しぶりだな…じゃねえ、おまえさんか?ここ最近の連中の動きは」
 不死者たちが急に行動し始めた、その大元を辿れば、目の前のこの男――レイドの仕業と思っても無理はない話。だが、そう訊ねられたレイドはゆるりと首を振り、
レイド:「残念だが今の私にはあれらを抑える力がない。彼らの要求を呑めば、もう少し動かしやすくなるのだろうが、な」
オーマ:「要求?」
 オーマがレイドにもでがらしのお茶を出してやりながら、軽く首を傾げる。
 不死の王ともあろうものが、不死者たちの行動を制限出来ないような要求とは一体何なのだろうか、と緊張しかかったのもつかの間。
レイド:「――待遇のアップだそうだ」
オーマ:「はあああ!?」
 淡々と語るレイドに、オーマが声を上げた。あまりにもあまりな答えに、このレイドのような男でも冗談を言うのかとまじまじレイドを見詰める。
 だが、それは冗談でも何でもなくて。
 レイドの身に実際に起こったことだと、レイドは感情を交える事無く淡々とした声で語った。
 ――誰かが煽動し、不死者が何の見返りもなくレイドにこき使われている現状を打破しようと叫びだしたのがきっかけで、それが爆発的に広がっていったのが、数日前。
 週3日の休日を作れとか、賃金を上げろとか、組合を作らせろとか――どこで覚えたのか知らないような事を盛り込んだ要求をレイドに突きつけ、受け入れられないと知るやレイドの元を離れ、ストライキに入った…と言う事で。
オーマ:「なんつーか…それは同情するぜ」
 我が身を省みて、実質的なリーダーの筈なのに身内からの仕打ちをつらつらと考えては鬱に入るオーマに、
レイド:「あれらのほとんどが元人間だからな、こうした街に来て人間の真似事をしてみたいと思う気持ちは理屈としては分かる」
 静かに続きを話すレイドの声がオーマを現実に引き戻した。
レイド:「――とは言え、表世界に生きる者をおびやかしてまでそこに居座ろうとするのは、不死者としての自覚がなっていないのも事実。騒ぎが大きくなる前に何とかしなくてはな」
オーマ:「…あれって自覚するモンなのか…つーか、これ以上大きくなる騒ぎって何だ?」
 ぼそりとオーマが呟いて、明後日の方向をなんとなく見詰めていた。

*****

兵士:「おお、やはりあの方の言った通りでしたな。オーマ殿に、こちらは…今不死者が街中で大量発生している現象の原因だとか…?」
 不死者たちのストライキを止めるために、あーだこーだと会話し続けていた2人の元に、鎧の音を響かせながら1人の兵士が走り込んで来た。
オーマ:「あん?何だ?」
 その兵士と直接言葉を交わしたことはなかったが、腹黒同盟普及で公演していた時に何語か顔を見た事があると気付いたオーマが、駆け込んで来た兵士に訊ねる。
兵士:「もしそうであるなら、王宮からの伝言です。――不死者たちの要求を呑むにせよ、呑まないにせよ、王宮としてはユニコーン地方にぞくぞく現れていると言う不死者たちの撤退を求めるもので、そのために用意した遺跡にて勝負し、勝った方の言う事を聞くと言う事で了承するように。さもなければ全精力を上げて撃退する…その様な事を言い、
兵士:「相手は了解してありますので、先に遺跡に行きスタンバイしています。勝負方法は任せるように言われています。ああ、それと勝った方には豪華景品も用意してありますので」
 そうして、オーマたちの答えを聞く前に、問題の遺跡の場所を告げ、一礼するとばたばたと外へ出て行ってしまった。
オーマ:「風みたいなヤツだなー」
 ぽつりと呟いたオーマがよいせと立ち上がり、
オーマ:「で、どうするんだ?遺跡で待ってるって言ってるぞ」
レイド:「不本意だが、行くしかあるまい。不戦勝だからと要求通りにされては敵わん」
 渋い顔でレイドが言い、
レイド:「――それにだ。元から私の所にいた者たちなのだから、エルザードを騒がせたのは私の責任でもあるのでな。…責任は、取る」
 そう言って立ち上がった。
不死者:「あっ、レイド様」
 教えてもらった遺跡へと赴くと、そこにいた見張り担当が慌てて飛び上がる。まだ出来たてぴちぴちのゾンビと言った雰囲気を持つ彼は、見た目通り頼りなさそうな印象しか残らなかった。
レイド:「この中にいるんだな」
不死者:「あ、え、はい…レイド様、本当に行くんですか?その――素直に要求を呑むと言う事は」
レイド:「……出来る訳がなかろう」
 それは不死者の頂点に立つ自分が、他の者へ権利を譲り渡すにも等しい事だ、とレイドが入り口の見張りに告げ、
レイド:「私の邪魔さえしなければ見逃す事に躊躇いはしない」
 そう言ってくるりと背を返し、遺跡の入り口へすたすた歩いていく。
オーマ:「俺様にも触ったら火傷するからな。気を付けろよ☆」
 何も出来ないまま立ち尽くす見張りに、にやりと笑顔を向けてからとっとっとっと足早に付いて行った。

*****

オーマ:「わは、わははは、わはは」
レイド:「ふふ、ふふふ、ふふふ」
 笑っている。
 ――怒りに身を震わせながら。
 笑みを刻んでいるのは口元だけで、既に視線だけで相手を殺せそうな程怒りのオーラを身に纏っている2人は、露出している肌の部分に巨大なキスマーク――に見えるモノをいくつも付けていた。その上、背中には透明なゼリー状のものがべったりと付き、足には枷のように何体かの死霊を引きずっている。
男:「ほーう。『彼女』たちの『挨拶』を受けてきたようだな」
オーマ:「ああ。お返しもたーっぷりと濃厚なのをしてやって来たがな」
 遺跡の中に入った瞬間から今まで、不死者たちを通路に隙間なく詰め込んだんじゃないかと思うくらい、一歩歩くごとに襲撃があった。
 野太い悲鳴で精神に素敵なダメージを与えてくれるごっついバンシーとか、自分の体から骨を抜き出しては投げ続けた骸骨集団がいたのだが、その場に散らばった骨の山から自分のモノをより分ける事が出来ず、レイドとオーマの2人に泣きついてきたりとか。そんな立体パズルはしたくないと跳ね除けた先には、献血好きな吸血鬼が、自分の牙から直接必要のない血を注入しようとしてオーマにしばかれ、そして通路を抜ける間際でマッスルボディが魅惑のインキュバスに精神を吸われそうになった。…キス攻撃だけは避けきれずに、いくつか食らってしまったが。
レイド:「そうかお前か。…考えて見れば当然だな。あれは人間の世界でのみ通用する要求だ。死んでしまった者に休憩などは必要無いのだからな」
 かしゃん、と目の前にいる最後の敵――今回の騒動の元になった、鎧姿の男が一歩動く。そこから覗く顔は、何年も前にクーデター騒ぎを起こし、処刑された者と瓜二つだった。…尤も今は血の気のない顔に、紛う事無き悪鬼の表情を貼り付けていたが。
オーマ:「こんなのも部下にしてたのかよ、オッサン」
レイド:「人相が悪かろうと、気配が魔物と同じであろうと、不死者というくくりの前には皆平等だからな」
オーマ:「お優しいことで。つーかそんなんだからクーデター起こされたんじゃねえのか?」
 そのようだな、そう言ってレイドが直に鎧姿の男と向き合う。
レイド:「とは言え、お前のした事は生前と同じだ。詰めが甘かったな」
男:「…なんだって」
レイド:「私が死を司る者だと言う事、どう言う風に捉えていたのかは知らないが」
 一歩、レイドが男へ近寄る。
レイド:「私の事を、ただの管理職くらいに思っていたのならば――それは大きな間違いだ」
 レイドが伸ばした手が、相手の鎧の先に触れる。
男:「――!?な、なんだこれは」
レイド:「もう意味はないだろうが、覚えておくがいい。私の『意識』で、消える命もあると言う事をな」
 腐食――と言えばいいのだろうか。
 死霊として甦った男の拠り所…鎧が、レイドの手に触れた箇所から急激に錆び、ぼろぼろと欠片が剥がれ落ちていく。
男:「ひ、い――」
 ごとりと肩部分が腐り落ちた鎧が、床に落ちて鈍い音を響かせた。
オーマ:「あーあ。…まあ、怒らせちまったそっちが文句なく悪いんだからなぁ。この世界を牛耳ろうなんて、只の『経験者』じゃ無理って事だ」
 ごしごしとどうにか先ほどのキスマークを消せないものかと顔を擦っているオーマが、ちらと男へ目を向けてあっさりと言い切った。
オーマ:「俺様の家に居た連中まで連れて行ってくれたしなぁ…そっちは終わったら返してもらうぞ」
 そうしないと一晩じゃ済まない嫌味と愚痴のごった煮を聞かされる羽目になる、とこれは小声で言ったオーマが、
オーマ:「つーか死んでんだからあっさり昇天した方が後々楽だったぞ?こんなところでレイドにいぢめられる前にな」
 男の声はもう聞こえない。
 拠り所である鎧を消されて、自意識を保てなくなり霧散したものらしい。
 その様子を眺めていたレイドが、ふう、と息を吐いて、人の気配すらなくなった遺跡の奥を眺めた。
オーマ:「ところで豪華商品ってなんだったんだ?」
 敵もいなくなったことだし、と言いながらあちこちを調べていたオーマが、小さな封筒を見つけ出してにんまりと笑う。そして中身を見、一瞬固まった。
レイド:「なんだったのだ?」
 その様子にレイドも興味を持ったらしい。近寄って覗き込み、
レイド:「……悪魔払い割引券…?」
オーマ:「あー、つまり今日無事に戻って来れなかった場合の話だな。…多分」
レイド:「ふむ。こう言うものも人間の間では賞品になり得るのか」
 馬鹿にしやがってー、と天井に向かって叫ぶオーマの肩にレイドがぽん、と手をやり、
レイド:「ならば、私からも今回手伝ってもらった礼を進呈しよう。後日を楽しみに待つが良い」
 そう言って、まだ赤い点々が色濃く残る顔のまま、薄らと笑った。
オーマ:「ところで」
レイド:「却下だ」
オーマ:「まだ何にも言ってねえよ!」
レイド:「ところで、と来た時点で今回の出来事に関係が無いのは分かっている。その他でオーマが話題に出したいモノなど、想像するまでも無いではないか」
オーマ:「そ――そこをひとおし!せっかくこうして新しい勧誘ポスター書いてるんだからよぉ、その心意気に免じて同盟ナンバーを戴こうとかはおもわねえのか!?」
レイン:「…脳内のどこをどう繋げば、そう言う都合の良い言葉が出て来るんだ…」
 言い合いながら、2人が遺跡から離れていく。
 それとほぼ同時に、首謀者が『消えた』事が分かったのだろう、ユニコーン地方で不死者たちが一斉にその場からどこかへ消えていくと言う現象が起こったのは、あたりに漂う『気』の流れから、用意に判断できる事だった。

*****

 ――不死者の居ない生活がこんなに豊かでのびのびしたものだとは、誰が思っただろうか。いや、普通はそう言うモノと一緒に生活する事自体在り得ないのだから、想像しようもなかっただろうが。
 再び、不死者の時間は夜に戻り、昼間動くものはいなくなった。オーマの病院にも今回の事で不眠を訴える者が多く出たため、医者としても忙しい日々が続いていた。

 そんなある日、郵便受けに1通の手紙らしきものが届けられた。
 ことり、と小さな音だけで。近寄った者も遠ざかっていった者もいない、そんな不思議な封筒には差出人の名前は無く、開けてみるとひらりと数枚のチケットらしきものがオーマの手元へと落ちた。
オーマ:「……………」
 そこに書いてあったものは、
 『永遠の不死者 製作予約券』
 ――だった。

オーマ:「い…いらねえ…」
 王宮からの『豪華』賞品の悪魔払い割引券と合わせて使うと丁度良いような、使い道の無いチケットが数枚ずつ。
 ほとんど只働きに近い今回の騒動に、俺様も待遇改善要求でもしようかな、とオーマは脱力感に満ち溢れながら呟いていた。


-END-