<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++  草野原で ――夏花火――  ++


《オープニング》

「こんばんは〜…」
 少し控え目に掛けられた声に、エスメラルダはくるりと後ろを振り向いた。
 黒山羊亭の入り口の扉を少し開き、顔を覗かせている少年が一人――彼女と視線が合うと、にこりと愛らしい微笑を浮かべて中へと入ってきた。
「いらっしゃい、レイ」
「お邪魔します、エスメラルダさん」
 少年は、日の光に透けてしまいそうなほどに白く、華奢な体つきをしていた。
 金色に輝く柔らかな髪の毛がさらさらと揺れる。 とても愛らしい少年だった。

 りりん……

 微かに鈴の音が聞こえる。
 エスメラルダはにっこりと微笑むと、少し目を細めた。
 少年の後ろから続いて入って来た青年をみとめ、彼の手首からさげられた銀色をした鈴に視線を向ける。
「こんばんは」
「…いらっしゃい、フィース」
 銀色の髪に薄い、紫色をした瞳。
 少し背が高く、色白で細身な彼は、ふわりと優しく微笑んで見せた。
「今日はどうしたの? あたしの踊りでも見に来たのかしら……それとも、依頼?」
 エスメラルダはフィースに向かって妖艶な微笑を浮かべる――フィースは柔らかに微笑んでこくりと頷いた。
「夏の夜は、夏らしく…と思ってね」
「……夏らしく?」
「そう」
 フィースは優しく微笑んで少年の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
 レイはそれを嬉しそうに微笑んだ。
「僕、花火ってした事無いんだ。とっても綺麗なんだってフィースさんが教えてくれたんです。何だか火を使うらしくって、広い所じゃないと出来ないとか……」
「そんな広い所で二人きりは寂しいかと思ってね……というよりも、皆と楽しい想い出を作りたいから誘いに来たんだけどね……で? その可哀想な少年のために一肌脱ごうって人は居ないかな?」
「また、そういう言い方をするのね…フィース」
「はは、それは兎も角…皆で遊びに行かないか? 勿論おまけで俺もついていくけどね」
 レイとフィース、そしてエスメラルダは黒山羊亭の中に集まっている面々を眺め見た。
「まぁ、此処には物好きな連中も多いし…きっと皆遊んでくれるわよ、レイ」
「はい。皆さん、宜しくお願いしますね」
 レイが嬉しそうにそう言うと、周囲の人間は微笑ましげにその少年を見詰めた――


「花火か…夏の風情だな」
 藤野羽月は呟くように言うと、かたりと席を立った。

「羽月さん、花火ってこの間見せて頂いた魔法の事ですよね?」
「あぁ、まぁ……そうだが。……リラさん?」
「私も皆さんと一緒に花火をしたいです。あの…だから、羽月さんも……」
 羽月は目の前で愛らしく微笑む女性、リラ・サファトをいつにも増して優しい瞳で見詰めると、微かに微笑みを湛えてこくりと頷いた。
「……あぁ、そうしようか」
 羽月の返答を訊いた途端にリラの表情がぱっと明るくなる。
「………ふふ」
「どうしたんだ?」
「いえ……私、とっても嬉しいです」
 目の前に愛らしく咲き誇るライラックの花に、羽月の澄んだ青い瞳が柔らかに揺れる。
「レイさん、フィースさん初めまして。花火、是非ご一緒させて下さい。えっと…私はリラ・サファトっていいます。宜しくお願いしますっ」
 リラがぺこりとお辞儀したのを見て、羽月はくすりと微笑んだ。
「私は藤野羽月だ。宜しく頼む」
「はい。リラさんと、羽月さんですね。初めまして、僕はレイっていいます。僕の方こそどうぞ宜しくお願いします」
「俺はフィース、宜しくね」
 リラにつられてぺこりとお辞儀を返したレイを見て、フィースは思わず微笑を零す。

「花火って、俺もやったことないのよね」
 不意に背後からかけられた声に、四人は振り向いた。
「臣さん」
「だって、火薬で遊ぼうって考えが俺ら(イヌ族)には、ねんだもん。火薬自体、島にねーし」
 臣と呼ばれたその青年は、だるそうにしながら頭を軽く掻く。
「でも、見んのはスキ」
「イヌ族……? 貴方は犬…なんですか?」
「イヌじゃねぇよ。狼。ほら」
 臣は不意に狼の姿へと変貌し、銀色の毛を靡かせながら翠色の瞳でレイをじっと見据える。
「わぁ……! 凄いです。魔法ですか??」
「だから、魔法じゃねぇし…てゆーかお前、びびんねぇのな…ま、いっか。俺臣。宜しくね」
「はい! 宜しくお願いします」
「へぇ…可愛いねぇ……」
 フィースはそう呟くように言うと、狼の姿のままの臣の背を優しく撫でつける。
 臣は一瞬ぎぎぎ…と顔をフィースの方へと向けるが、彼がにっこりと微笑んだのを見てふんっと顔を逸らした。
「火は、怖くないの?」
「………怖くねぇよ」
「ふぅん……」

「まぁ獣類は火を怖がるって言うけどねぇ……もしかして人間の方の気が強いんじゃないの?」
「あぁ、なるほどね……………て、君は?」
「あはは。俺、エンプール。宜しくな」
「………だから、俺は狼だし」
「ん? イヌ族で狼?」
「そ、狼」
「そっかぁ…それは、ごめんね」
「………別にいいし」
 いつの間にかフィースの横に屈み込んで臣の前足を取り、いっちに、いっちに、と遊んでいる薄い金髪の青年が柔らかに微笑みかける。
「…で、「花火」をするんだろ? 楽しそうだなぁと思って。俺も混ぜてくれるかな??」
「勿論だよ。俺はフィース、でこの子がレイだ。宜しく」
「宜しくお願いします」
「うん、皆で楽しく花火デビューを飾ってあげないとね」
 エンプールは微笑んでレイの頭を優しく撫でつけると、自己紹介をしてそのまま羽月、リラ、臣、レイ、フィースと握手をして回る。

 そんな彼の後ろから、背の高い一人の男性が現れてすっと彼と握手をした。
「おや? 君とは以前にも……」
「はは。君みたいにさり気なく入ってみようかと思ってね」
「ユーリさん!」
 レイは瞬間、驚いたような顔をしてから、嬉しそうにその青年、C・ユーリに駆け寄る。
「お久しぶりです」
「あぁ、久しぶりだねぇ、レイ。フィースも、こんにちは」
「こんにちは、ユーリお兄ちゃん」
「はは。パパは元気だったかい?」
 ユーリはそう言ってフィースと笑い合うと、レイの頭にぽんと手を置く。
 彼の相棒、赤いちびドラゴンのたまきちが一声鳴き声を上げると、レイは嬉しそうな顔をしてたまきちを撫でた。
「たまきちとも、もうすっかり友達だねぇ。今夜の花火には僕と、たまきちも混ぜてもらえるかナ?」
「勿論です! ね、フィースさん」
「うん、それは大歓迎だよ」
「それは良かった」
 ユーリがその顔ににっと笑みを浮かべると、その後ろでグラスを傾けていた桜色の美しい髪の女性がふぅっと息をつく。

「じゃあ、私もご一緒させて頂いてもいいかしらね?」
「ユンナも? それは楽しみだねぇ……」
 ユーリの意味深な微笑に、ユンナと呼ばれたその女性はほんの少し、頬を染める。
「………何よ、ユーリ。貴方まさかよからぬ事を企んでいるのではないでしょうね??」
「はは、まさか。こんなに美しい女性とご一緒できるなんて大変光栄だよ」
 ユーリはそう言ってユンナの手を取ると、その甲に軽く口付けをする。
「……………当然だわ」
 ユンナは薄く頬を染めながらそう言うと、何故かふいっと顔を背けた。
「どうしたんだい? ユンナは今日は、御機嫌斜めかな?」
「そんな事無いわよ。それよりも、レイとフィースといったわね?」
「はい」
「この子がレイで、俺がフィースだ。宜しくね」
 フィースの言葉にユンナはこくりと頷いた。
「私はユンナよ。レイ、貴方花火デビューと言うじゃない」
「はい、そうなんです。今からとっても楽しみで…」
「それは良かったわ。貴方にとって今夜は、きっと忘れられない夜になるわ……素敵な想い出を作りましょうね」
「うん」
 ユンナはそう言ってレイの顔を覗き込むと、彼が子供らしくにっこりと微笑んだのを見て微笑を浮かべ、彼の髪を優しく撫でた。

「花火ですか、良いですね〜」
「アイラスさん!」
 レイは嬉しそうにアイラスに微笑みかけると、アイラスもにこりと柔らかく微笑んだ。
「こんばんは、レイさん、フィースさん。花火といいますと…点やはり、川の近くでやるのですか?それとも海辺で?エルザードは水が確保しやすいですから良いですよね」
「うん、そうだね…」
「でもよ、どうせなら街並みとかも見えた方が良いんじゃないんかね?」
「ぅゎっ……びっくりした」

 背後からにょにょっと現れた筋肉満載の素敵な叔父様の姿に、皆は思わず体を大きく揺らす。

「どうしたんだ? 何か驚くような事でもあったんかね?」

「貴様が柄にも無くのっそりと現れるから……だろうな」
「あんだと〜??? そりゃおめぇ、偶には俺だってうっふん☆大人の色気満載でご登場〜☆って事だってあんだろうがよ!!?」
「………俺の知った事ではない」
 オーマ・シュヴァルツの後ろから、妙に冷静な突っ込みを入れつつジュダが登場する。
 彼の姿を見た途端に、ユンナはぴたりと動きを止めた。
「おう、ユンナ。お前さんもレイの花火でびゅ〜☆を一緒に彩ってやろうっつぅんかね」
「そ…そうよ。悪いかしら?」
「いやぁ〜、いいと思うぜ? こういうのはよ、大勢でどーんと楽しくやるのが醍醐味っつぅかよ。なぁ、ジュダ?」
「………そうだな。これで貴様の喧しい芸が出なければ良いのだが…」
「ジュダ……貴方も花火をするの…?」
「………あぁ。そうなるな」
「ゼノビア筋肉友情☆ビバ八千年腹黒策略★」
 ジュダやオーマの言葉に、ユンナは思わずユーリを振り返り、彼がじっとジュダの顔を見据えているのを確認すると、思わずオーマをきっと睨みつける。
「あんた…… 狙 っ た わ ね !!!!??」

「おっ、そこに居るのはレイとフィースじゃねぇか?」
 今日も今日とて腹ごしらえの為に黒山羊亭に登場したユーアは、空腹のあまりか探知機も作動せずに、思わず目に見えた二人に声をかける。
「あ、ユーアさん! お久しぶりです」
「久しぶりだね、ユーア。君も俺達と一緒に花火をしに行かないかい?」
「え? 花火すんのか。じゃあ俺も行くぜ。こういうのは皆で楽しくやんねぇとな」
「その意見には僕も賛成するよ。やァ、またお会いできましたね、お嬢さん」
「ぅっ!!?」
 不意を突かれたユーアは、今日も今日とてユーリに手を取られ、その甲にキスを受ける。
「どわーっ!!? またか変態がーッッ!!?」
 ユーアは思わず掴れたままの手を振り切ってレイとフィースを盾にする。
 因みにレイとフィースは少なからずエンプールを盾にしている。
 更に因みに当のエンプールは「あっはっは、皆酷いなぁ」と、楽しそうに笑っていた。
「はは、そんなに照れること無いのに…」
 そうそう、照れてるからって酷いです、ユーアさん。本当に照れているだけなのかどうかは激しく不明ですが……。
「おうおうおうおうおうおうおうおう!!!! おめえさんはユーアだったな。筋肉久しぶりじゃねぇかYO☆」
「ぐはーーーっっ!!!? ここにはもっとド変態がーーーーーっっっ!!???」
 思わずフィースをレイの横に並べて鉄壁防御を創り上げたユーアは、じりじりとそのまま後退してゆく。それはもう、人質を取った強盗犯のように……。
 思わず引っ張られたお陰でエンプールも思わず最前列で盾役となってしまった。
「あっはっは。何だいこれ? 君達は色々と……何か因果的な出会いだったのかな??」
「因果も因果……!! どうしてこう逃れられないのかわからないが、というかどうしてか出会ってしまうんだ、こいつ等と………!!」
「へぇ〜…それは大変だ。時に俺はエンプール。宜しくね」
 そう言ってにっこりと微笑みながらエンプールはユーアと握手をする。
「ん? あ、あぁ……俺はユーア。宜しくな」
 エンプールのペースに微妙に流されながら、ユーアは彼と握手をした。
「あら、貴方達……久しぶりじゃない?」
 そう言いながら、ユンナがユーアの肩に手を置く。

 びりりっっ!!?

「あ………あんたは……………!!」
「………久しぶりだね。何、ユーアはユンナとも因果?」
 首を傾げる彼の手をぎゅうっと握り締めたまま、ユーアさん本日の悲しき因果第三回戦(?)。曰、「身体中に電撃が走り抜けたかのような衝撃でした。……二度と、会う事も無いと思っていたのに……いや、あのおっさんに会うって事は、今後に於いてもあの女王様に会うかもしれないと言う危険因子を孕みはらみハラミ食いてぇ〜」………と、いつもの如く大混線中☆
「それはそうと……結局どの辺りで花火をするのですか?」
 アイラスは冷静にそう口を開く。
「やっぱりこれだけ集まったらよ、どっか開けた場所でムチムチふ〜りふり☆やる方が良いよな?」
「そうだよねー。どっか広い所でやる方が良いんじゃねーの?」
「ねぇ…あの高台なんてどうかな?」
 レイがそう口を開くと、フィースは「あぁ、あそこならいいんじゃないかな?」と頷いた。
「どこか良い所があるのですか? それならそこにしましょう。………一応言っておきますけれど、過度に危険な行為をしないようにしてくださいね??」

 ぴかっ☆ごろごろ………

 はい、了解です。アイラス先生v
 とかいいつつ、既に運命の出会い×三でかなーり雲行きは怪しい。
「と…ところでレイは花火初めてって本当か?」
 ユーアの斬新な会話の切り口に少なからずユンナは閉口する。

「おう、ユンナ。ちとこっちこいや」
 彼女の背後でジュダを伴ったオーマが手招きをしている。
「オーマ……あんたねぇ………」
「ちと相談があるんだがよ…」
「なによ……」
「レイ筆頭に向こうさんは特殊花火の未経験者が多いようだしよ、此処は盛大にドーンとでっけぇのを上げてやろうぜ、なぁ?」
「特殊花火? ………それは、賛成だけど」
「……どうした」
「………何でも無いわ」
 オーマ、ユンナ、ジュダの三人でひそひそと怪しい会話をしている姿を見つけたアイラスとユーリ、それにフィースは、こっそりと彼らの背後から忍び寄る。
「三人で何の秘密の相談かナ?」
「駄目ですよ、抜け駆けは…楽しい事は皆で分かち合わないとね」
「ゆゆゆゆっユーリっ……私は別に何も、秘密の相談なんてしてないわよっ!!?」
「動揺するところが何とも怪しいねぇ…」
「な、何にも無いったら……!!」
「ま、いいケドね……仲の良い事はいい事だしね?」
 意味深ににっこりと笑ってみせるユーリに、ユンナはぐぐっと押し黙った。
「おう、ユーリにアイラスにフィース。実はよ、向こうの奴等、特殊花火の経験者がすくねぇみたいだからいっちょ派手に打ち上げてやろうってぇ腹黒密談をしていた訳よ」
「なるほど……確かに、話を聞いていると、皆さんどちらか一方に偏っていたりしているようですしね」
「あぁ、いいんじゃないかな? 皆で楽しく……ね?」
「そうだねぇ……」
 ユーリは何か思いついた様子でこくりと頷いてみせる。
「じゃあよ、派手派手筋肉に盛り上げてやろうぜ……今夜の花火」

 オーマ、ユンナ、ジュダ、ユーリ、アイラス、フィースの六人は、こっくりと頷き合った。




《皆で仲良く楽しくね》


「さて…と、水はこの位でいいですかね?」
 アイラスは用意周到に火消し用の水を汲んで来て、木の下に置いた。
 ふぅ、と一息をついて汗を手の甲で拭うと、じっとエルザードの街並みを見下ろしているユーアを見つけ、少々首を傾げてそっと近づいてゆく。
「ユーアさん? どうかしたのですか??」
 その言葉に、ユーアはぴくりと肩を揺らすと、何でもねぇよ、と小さく呟いた。
「何か落ち込んでるみたいだよ。さっきの因果がよっぽど衝撃的だったみたいで……ね?」
 エンプールの言葉に頭を抱えて「うぅっ……」と呻いたユーアは、ぶるぶると首を振い、自身が嫌な事や悩むような事があった時などによく訪れるという、高台からの眺めをじっと見据える。
「いい加減慣れて下さったら良いのに……幸いオーマさん達は好意にも似た親切心で接してくださっている事ですし……ね?」
「小さな親切大きなお世話……小さな親切、大きなお世話…………ち、小さな親切?? ち い さ な し ん せ つ………!!!???? ど こ が だ っ!!!?」
 ユーアは病的にそうぶつぶつと口にすると、ま、今はそっとしておいてやろうか、という二人の言葉により、そっと放置される。
「そちらの…ユーアさんはどうかしたのか?」
「何だか、元気が無いですよね?」
「知らねー。また、何か因果っぽい事でもあったんじゃねーの?」
「正確には、先程のその因果っぽい事の為に悩んでいるようですよ」
「そうそう、小さな親切かどうかが問題みたいだよ。ね?」
「えぇ。そんな事、気にするようなことでもないというのに……」
「何か人間って大変なのな」
 臣はそう口にすると、羽月と件のユーアが用意したという色とりどりの花火をちょいちょいと指先で突付き、これが花火なの? と羽月の方を見遣る。
「あぁ。皆で楽しむ為の花火だな」
「羽月さん、これ、全部手持ちの花火なんですか?」
「そうだな……これ等は手に持つものではないが……先日見た打ち上げ花火のような物だな」
「で、派手なものからどんどんやっていって、最後のしめは東の某島国にあるという花火線香。あれっていかに自分の玉を落とさずに他人のモノを落とすかに集中してしまうものなんだよな、な!」
 現実の世界へ帰ってきたユーアが楽しそうにそう口にすると、へぇ〜と、感心した様子で何かを学習したリラと臣とエンプールを見遣り、羽月は思わず緩やかに首を振う。
「そのように優劣を競うような物ではないと思うのだが……」
「そうですよ。特にその花火は静かに見守るような物ですからね……」
「そ…そうか?」
 ユーアは首を傾げつつ羽月とアイラスの二人に視線をやる。
「二人とも、真面目な人生を歩んできたんだな……」




「皆さん、お待たせしました」
 そんな中、レイが艶やかな浴衣を身に纏ってユンナ、オーマ、ジュダ、フィースと共にやってくる。
「待たせたわね」
「おうおう、皆御揃いで〜ってなモンかね?」
「………待ったとしたならば、この男の救えぬセンスの所為だと思っておけ」
「………面白いとは、思うけどね?」
「オーマさんのセンスは何とも言い難いですからね」
 アイラスは何かあったらしき五人の様子にふぅ、と溜息をつく。
「後はユーリさんだけですね」
 リラの言葉に、ユンナは少し心配そうに辺りを見回す。
「………何かあったのかしら?」
「……大丈夫だと思いますけれどね…」
 アイラスはそう言いながら、薄暗い広場の中央に蝋燭を立てる。
「はい、じゃあ俺が火付け役ね」
 エンプールはにっこりと微笑んで自身の指先に炎を生み出し、蝋燭の先端にそれを燈す。
 ふわりと温かな炎を宿した蝋燭は、ちりちりと微かに耳に残る音を立てながら辺りを照らし出した。
「やァ、皆。もう始めてたかい?」
 ユーリは高台に顔を見せると、ひらひらと手を振う。
「ユーリさん…ちゃんと皆で、ユーリさんが来るのを待ってましたよ?」
 レイはくすくすと笑うと、深い藍染めの浴衣の袖をピンと伸ばしてユーリの方へと向ける。
「僕、似合いますか?」
「浴衣を着たんだね。はは、よく似合ってるじゃないか。ねぇ、たまきち?」
 ユーリの肩にとまったたまきちが鳴き声を上げる。
 レイは嬉しそうに笑うと、「じゃあ、皆さん花火を始めましょう」と沢山並べられた花火の前にかがみ込む。

 先ず初めにソーンドラゴンという花火に興味を持ったユーアが、皆から少し離れた場所で其れに火を点ける。
 しゅぼっと篭もったような音が響き、手の平ほどのサイズの小さな筒から二メートルほどの火花が迸った。
 藍、碧、黄、白、それからゆっくりと紅色へとほんのりと色を変えながら、次第に背を縮めて花火が消える。
「へぇー、なかなかきれいじゃん。つぎはー?」
 臣は細い棒の先に筒状のものが付いた花火を拾い上げると、「これは手持ちだよな?」と言って其れに火を点ける。
 途端に勢い良く手前に噴出した火花に驚きを隠せず、「ぉおおおおっ!!?」と声を上げながらもぴゅいぃい……と、ユーア目掛けて発射された花火を目で追い、大興奮の様子でそれを見守った。
「うをおおおおっってめっいきなり何しやがんだーーっっ!!?」

 ぱ〜ん☆

 逃げ惑うユーアに中る直前で花火が大きな音を立てて破裂する。

「ぇ? スマン。これって手持ち花火なんじゃねぇの??」
「それは…ロケット花火といいましてね……地面に立てて火を点けるのですよ。深夜は音が煩いのでこういった所でなら大丈夫でしょうけれど……」
 アイラスが少し眉を下げて笑う。
「そう言った誤使用があるので一応表記はされているのですけれどね……この暗さでは見えないですか。火傷をしたり、もしも誰かにあたってしまったら大変ですから、気をつけて下さいね?」
「あ、了解ー」
「お…お前な……」
 軽い臣の乗りに、ユーアの闘志に火が燈ったようだ。

「あ、レイさん、この丸い花火面白そうだと思いませんか?」
「本当ですね、どんな花火だろう??」
 リラはレイと一緒にその小さな花火を手に取る。
「羽月さんこれどうしたら良いんでしょう」
 そう言いつつも、導火線を見つけた彼女は既に其れに火を燈していた。
「リラさんは花火は初めてか…鼠花火は手を放すのが一番だが……」
「えっへっ手を離すんですか!?」
 彼女はしゅばっっと豪快な音を立てた手元の鼠花火に驚いてぱっと手を離すと、辺りを素早く駆け回る花火に驚いた様子でそれを視線で追う。
「リ、リラさん、何だか……こっちにっ!!?」
 レイの言葉に引き寄せられるかのように、鼠花火がリラの足下を襲う!!
「わっわっこっちに来るんですが…はわっ!」
 
 鼠花火のリラの動きに心配になった羽月は、ついつい彼女を抱きかかえる。
 その横ではユーリに抱きかかえられたレイが「わぁ……凄い、面白い」と目をきらきらと輝かせながら楽しそうに笑っている。
「………リラさん」
「は…花火って動くんですね。……不思議」
「……動く花火もあるが…」
 ほんの少し息を切らせたリラを心配しつつも、彼女がとても楽しんでいる様子なのを見て取り、羽月は彼女を地面へと下ろしてやる。
「あ、ありがとうございます。羽月さん」
「あぁ、気をつけてな」
 彼女はその言葉ににっこりと微笑みを返すと、今度はエンプールがずるずると引き出した花火に興味を持ち始める。
「これはなんだろうね? 何か沢山ついているよ?」
 そう言いながらも導火線に火を燈したエンプールは、勢い良く出火を始めたその花火に一瞬表情を固める。
「はっわっエンプールさん、私、それも何だか手に持つ物ではないような気がしますっ」
「ぇっ!?」
 リラの言葉に従いそれを宙に放った途端、その花火は豪快な音を上げて炸裂する!!

 パンッ
 パパパパパンッッ!!!

「うっわ〜びっくりした」
「あっはっは、誰だい? 爆竹まで仕込んだのは」
 ユーリはおかしそうに笑い声を上げると、漸くレイを下ろしてやり、自身は花火の束の中から、ナイヤガラという名目の花火を取り出す。
 彼は其れに火を燈すと、すっと立ち上がって思い切り高くに翳した。
 途端に火花が噴出し、滝のような光の流れが地面へと向かって流れ落ちてゆく。
「わぁ、凄い綺麗ですね〜」
「本当ね、ユーリは背が高いから、綺麗に火花が流れ落ちて見えるわ」
 ユンナは艶やかな微笑を浮かべながらじっとユーリと、彼の持つ花火を見詰めている。
「リラさん……火を点けるほうが逆だ」
「へ? はわわっ大変ですっ火がどんどん上に……」
「落ち着いて、大丈夫だ」
 羽月はそう言ってリラの手元から炎を上げている花火を受け取ると、そのまま水の中に浸して火を消してやった。
「ありがとうございます。じゃ、じゃあこれは……? たこ花火って書いてあります。何でしょう?」
 リラはレイの放ったカラフルな蛇花火の微妙な動きに翻弄されつつも、羽月とエンプール、そしてレイに微笑みかける。
「あ、こっちも面白そうだよ? 何々? ひとだま君、三色アミーゴだって〜」
「じゃあ、これもやってみましょう。はなびーるっていうんです」
「あっはっは、レイ、オヤジだな〜」
「ぇえっ!!? 何でですか?」
「花火とビールを掛けた洒落だな……私のお薦めは花鳥風月だが…」
 皆でわいわいと家庭用花火を物色していた所、何故か不意に黙々と煙が立ち込めた。
「なー、これスモークっつぅんだって。楽しくない?」
 臣が黄色い煙の中でにっと笑いながら次のスモークに火を燈す。
「色んな色があんのよねー」

「皆、知ってるかこれ……?」
 とうとう禁断の領域に踏み入ったらしきユーアが「ふっふっふ…」と薄笑いを湛えながら完全装備で皆の目の前に立つ。
 彼女が手に持っているのは家庭用打ち上げ花火☆

 特性その一、彼女に家庭用打ち上げ花火を渡すと、もれなく手に持って―――

 しゅぼっ!!

「悪い子はいねがーーーーっっ!!???」

 火花を危険人物指定者(ユーア的視点)に向けるので要注意★

 ユーアは打ち上げ七連打を燈すと、ロケットランチャーでも構えるかのように現在進行形で彼女にとって最も危険と思われる男に照準を定めた。
「ふぁいやーっ」

 しゅぼっ!!

「ぉわっちぃいいいいっっ!!?」
 不意を突かれたオーマ氏に打ち上げられた火球が直撃しかける。
 オーマは寸ででそれを交わすと、このやろーっ??? と、対抗心メラメラで自身の銃器を構えた。
「ぇっそれはちょっと待てぃ……!?」
 ユーアは打ち上げ七連打を止める事ができずに、引き続きオーマ目掛けて放ちつづけていたが、流石に銃器を構えられては思わず後退する。
 オーマはニヤリと口の端を引き上げて笑うと、銃器を突如として天へと向けて撃ち放った。
 銃器より桃色マッスルアニキフェロモン体臭に聖都上空汚染筋なせクシー極めマッチョ褌アニキ打ち上げ花火が炸裂する!!
 曰、見えそで際どい褌マッスルアニキが出た後、セクシーマッチョ吐息が上空から襲うという仕掛けらしい。
「みーぎゃーっっ!!?」
 本日も完全R指定な一品が素敵にお披露目されたが、それだけではすまなかった。
 見えそで際どい褌マッスルアニキが華々しく散った後、セクシーマッチョ吐息と思われるおピンクな、なにかもわっとした感じの物が上空からユーア目掛けて降り注いできたのだ!!
「すぃません、モウシマセンーっ」
 とか何とかいいながら打ち上げ七連打は勢い良くオーマ目掛けて発射されつづけている。
 続き、もう片方の手に持った十三連火炎砲が火の子を噴く!!
 この花火の特徴は強弱強弱と勢い良く火花が色を変えつつ噴出するという妙技が売りの一級品である。
 彼女は続け様に爆竹に火を燈し、巨大な敵目掛けて投げ放った!! 結構コンバット☆
 ユーアさん、日頃の恨みつらみ(?)を晴らすべく、死ぬ気で根性一本☆闘い抜け!!

「皆さん……どうしてこうも落ち着きが無いのでしょうかね……? レイさんの教育上良く無いと思うのですがね……。何だか危ないことを教えているような気がしますが……花火は火と火薬を使う危険な遊びです。正しく楽しまなくてはいけないというのに……どうして、こう……」
 アイラスは小さく呟きを零しながらも、微かに微笑んでいた。
「まぁ、いざという時は対応できる方が多いようですし…楽しむことが一番ですので、口うるさく注意したりはしませんけどね」




《個性の境目》


「たーまやーっ」
 オーマの掛け声と共に、妙な花火が打ち上げられる―――

 彼の用意した花火、その二。
 人面草霊魂軍団打ち上げる腹黒桃色恋心サマーホットラブ筋打ち上げ花火。

 ちゅみみんちゅみみんちゅみみん!!!!

「――――え?」
 誰しもの心に必ず沸き起こったであろう疑問の声―――打ち上げ花火……というよりも、何故かわっさわさと動き回る何かしらの物体を打ち上げ、それが、今正に、自分達の見上げる視界一杯に広がり―――『悩ましく打ちあがった人面草霊魂軍団は落下時にラブボディゲッチュ生贄ハニー&ダーリン求めてイロモノ急降下来襲!!』と、オーマの余計な解説がテロップ式に皆の脳裏をカタカタと流れる。

「こ………これは、俺への逆襲かーーーっっ!!?」
 ユーアはうぞぞっと全身を駆け抜ける鳥膚と共に地面を深夜徘徊で匍匐前進する。
「あ……あんた、一体何考えてんのよーーッッ!!!???」
 ユンナは思わず握り締めた拳を容赦無くオヤジの横っ面目掛けて振りぬくと、思い切り吹っ飛んだオーマに止めを刺さんと薄らと微笑すら湛えて歩み寄って行く。
「ま、待てユンナ。俺が悪かった……」
「当たり前じゃないかしらね???? 折角のレイたちの花火デビューを彩るべく華麗にかつ美麗に下準備を進めたこの私の邪魔をよ? あろう事かこの万年無粋男が例の如くに美しさの欠片も無い妙な技で持ってよ???? かくも美しくあるべきこの場所を汚すだなんて、とってもじゃないけど信じられない事だわね!!!!!???」
 オーマはユンナの気迫にびりびりと表皮が引き攣り、微痙攣を起こしているような感覚を覚えた。
 彼は思わず各地の聖筋界花火匠愛下僕主夫フレンズに協力筋して貰い、聖都を囲む様に各地で一斉に打ち上げ花火を上げてもらうと、一人寂しくその中を獅子変身して夜空の花園を舞っていった―――合掌☆
 その後姿をジュダがくっと皮肉をこめたような笑いを零しながら見送る。
 実を言うと彼、ジュダは最初から腹黒花火企んでいたオーマをハメる為に参加承諾したのであった。

「さて……おかしなギャラリーは消えたわね。そろそろ本番と行きましょうか」
 ユンナはそう言って桜色の髪の毛を掻き上げると、しゃらりと音を響かせる。
 彼女は意識を集中させると、自身の特殊能力である具現の力を行使して、華麗に艶やかな打ち上げ花火を夜天一面に創り上げた。
 どこか温かさを感じさせる花火に、皆は感嘆の声を上げる。
 ユンナはそのまますうっと息を吸い込むと、静かな歌声を披露する。
 花火は彼女の歌声に呼応して、色を変え、天を舞い、そして花が開いては散り行く様を皆の目に焼き付けた。

 ユーリはじっと花火を見詰める。魅せられたかのように歌姫の声に耳を傾け、そしてゆっくりとその瞳を閉じた。
 傍らではたまきちが彼の足下に寄り添う。
「綺麗だねぇ、たまきち」
 ユーリの言葉にたまきちも鳴き声を上げた。
 彼女の歌声は天高く響いて行き、皆は自然と微笑してその歌を口ずさみ始めた。
 皆の様子に微笑を零したユンナは、気分を良くしたのか、浴衣の袖を広げながらくるりと回る。
 その間にも紡ぎ出される彼女の言葉の一つ一つに、皆は心洗われるかのような思いで聞き入った。
 やがて皆は共に歌い、そして艶やかに舞いはじめる。
「ジュダさんも踊ります?」
 レイの言葉に、加減首を振ったジュダは、命の具現を行使して火の鳥を具現した。
「わぁ、火の……鳥?」
「あぁ、レイ、貴様に上等な舞を見せてやろう」
 ジュダはそう告げると、先に具現した火の鳥と、自らの守護聖獣フェニックスとが共に舞う変異型花火の舞を皆に披露した。
「凄いです……守護聖獣と、火の鳥…僕、…初めて見ました…」
 レイの言葉にジュダは薄く笑む。
 ジュダのフェニックスに誘われ、何処からとも無く現れたユンナの守護聖獣も共に舞い始める。
 迸る炎が微かに辺りを染め、ゆらりと炎が光の軌跡を描き出す。
 歌い、舞う皆の瞳の中に、ゆらりと揺らめく炎がちらついた。

「皆で楽しそうな事してんじゃねぇか…」
 漸く戻ってきたオーマが皆が楽しそうにしている光景を眺めつつ、その傍らに即席で座れる場所を作った。
「おう、皆腹へらんかね?? 今日は俺様が下僕主夫特製大胸筋パラダイスナイトメアサマー筋弁当を作って来たからよ、じゃんじゃん喰っとけよな」
「ぇ? 本当ですか?? オーマさんの料理は美味しいですよね」
 レイはくすりと微笑んでオーマの並べた弁当をじっと見る。
「で、今日も変な物を混入してるの?」
 それまで木陰で皆の様子をじっと見ていたフィースがオーマの顔を横から覗く。
「何言ってやがるんだフィース、俺様が一体いつ何時妙なモノを混入しやがったっつぅんかね」
「ぇ?? 痴呆??」
 フィースはさらりと諫言(用法間違いにつき御免)を述べると、そのまま引っ込もうとした所をがっしりと掴れる。
「まぁ遠慮すんなって、な? 俺とお前さんとの腹黒仲じゃねぇかよ」
「いっつも言うけど…それって一体どう言う仲なんだい?」
「まぁ気にすることでもねぇケドよ?」
 軽く誤魔化しつつオーマは瞳を鋭く光らせてすっと身を引いたアイラスの姿を目ざとく発見する。
「おうアイラス、おめえさんも今度はにがさねぇぜ??」
「ぇ、僕ですか? 僕は今日はちょっと……」
「腹は減ってんだろ?」
「はぁ……まぁ、減ってはいますけれどね?」
「じゃあ喰っとけよな」
 オーマは有無を言わさぬ様子でアイラスに箸を手渡すと、危機を感じてか、それとも単に気がついていないだけなのかは知らないが―――歌い、くるくると舞い続けている他の皆を呼び寄せようとする。
「おう、皆も踊ってばっかいねぇでちゃっちゃとくっちま………」
 ぴたり……首筋に宛がわれた物が何であるのかに、オーマは気が付くことが出来なかった。
 ただ、それを宛がっている相手が誰なのかだけはしっかりとわかっている。
「アンタ……まだ邪魔しようって言うの か し ら ね ………?????」
 年齢詐称上司がにこりと素敵な微笑を浮かべて「何か」を彼の首元に力強くぐいっぐいと押し付けている。
「お…おめぇ、さっきまでそこで歌って踊ってナウヤングモドキをしてやがったよな………?」
「モドキ………とか聴こえたような気がするけれど……?」

 ぱちゅん☆

 ――――結局こうなるのか。そんな事を決して口にしてはいけない。
 因みに今回の混入物は一時的にオーマ言語もどき化する当り有、との事で、かなりの有毒有害物質だったと思われる。




《ささやかに、願う》


「………それ、何かしら?」
「あぁ、これかい?」
 ユーリが手に持ったほっそりとした花火に、ユンナの大きな瞳が瞬いた。
「線香花火だよ」
「センコウハナビ? よく知らないけれど…何だか珍しい花火ね?」
「そう? ユンナもやるかい? ほら、こっちにおいで」
 ユーリの言葉に、ユンナは大人しく彼の元へと歩み寄ると、彼の持つ線香花火の火花に少し頬を染めて、じっと彼の横顔を見詰める。
「ユンナさんもこういう花火は初めてですか?」
「え、えぇ……初めてだわ」
 周囲に人が居る事など殆ど忘れていたユンナは、レイの言葉にはっと我に返って左右に首を振う。

「え、これ『センコー花火』ってーの? へー、面白いね。」
 傍らにしゃがみ込んだ臣が、興味をひいた様子でじっと見入る。
「そうらしいね。この火の玉を落としちゃ駄目なんだって」
「火、落としちゃいけねーの? ふーん」
 臣はそう言って線香花火の火花をじっと見据える。
「……………」
 彼は黙すると、どこか思いつめたような様子でじっと火花を見詰めつづけていた。

「あっと、いけね。楽しくね」
 臣は細い紐のような線香花火を指先で摘み上げると、レイの方に視線を向けた。
「レイってったっけ? 一緒にやってみね? ってか、皆で。一番、最後まで残ったら、なんか一つ、皆に命令できんの」
 臣はにっと笑うと、皆が一瞬無言で彼を見詰める。
「あ、それいいねぇ。楽しそう」
 エンプールはそう言って臣から花火を受け取ると、柔らかに微笑みながら皆の顔を眺める。
「もしかして、不戦勝って言うのもありかな?」
 くすりと笑う彼に、ユーアも負けじと臣から花火を受け取る。
「………俺は絶対に負けねぇからな」
 そう言いながらも、ユーアはじっと彼の横に腰を下ろす。
「それでは僕も。こう見えても結構負けず嫌いなものでね」
 アイラスは臣から線香花火を受け取ると、自然と皆が輪になるようにして蝋燭を囲んでいるのに倣い、しゃがみ込む。
「良いじゃねぇか、その話、俺も乗ったぜ!」
 オーマはにんまりと笑って臣から線香花火を受け取る。
「おら、ジュダもやんだろ?」
 次いでもう一本受け取り、ジュダの方に線香花火を手渡すと、オーマは彼を伴ってユンナの隣に腰を下ろす。
「……………まぁ、構わないが…な」
「「……………」」
 ユンナはやや複雑な表情を浮かべて隣に腰を下ろした青年をじっと見据える。
「………どうした」
「な……なんでも、ないわよ」
「まぁまぁそう照れなさんなっての。こんな所でもじもじしてても優勝は俺様のものなんだからよ」
「………私、あんたには絶対に負けないと思うわ」
「なんでぃ!? 何でそんな事がわかるっつぅんだよ」
「………裁縫と同じ原理だ」
 細い物をふるふると震える指先で摘み上げる―――オーマは線香花火を持ち上げて一瞬目を見開くと、ごくりと咽喉を鳴らした。納得せざるを得なかった。
 ――――確かに、似ている。

「うん、それは楽しそうだねぇ。じゃあ俺も一本貰っておこうかな……ところで臣、命令って……?」
 フィースは線香花火を受け取りながら、彼に尋ねる。
「俺? そーね。もし、俺が残ったらこういう命令を。『来年もここで花火をしよーぜ?』てな」
 臣のその言葉に、レイは微かに眉を寄せて泣きそうな、それでも嬉しそうな――そんな表情を浮かべた。
「…………はいっ」
 その返事を聞くと、臣はレイにも線香花火を手渡してやる。
「私も頑張ります…っ」
 臣の提案に乗って、リラが彼から線香花火を受け取る。
「お願い事は何が良いかな…あ、こんなのはどうでしょう? 「今日のこの事、忘れないで下さいね」」
 リラの言葉に羽月の表情が和らぐ。
「いいな。とても素敵な願い事だと思う」
 リラと羽月は一瞬柔らかに微笑みながら見詰め合うと、周囲の皆がじっと二人を見詰めている事に気がついて、はっとして頬を一気に染め上げる。

 じり…じりり……

 ユーリの手元でじっと皆の想いを内包し、ゆらゆらと揺れていた光の玉がじゅっと零れ落ちる。
 不意に辺りは闇に静まり返り、エルザードの街の輝きがふわりと皆の視界一杯に広がった。
「………綺麗ね」
「あぁ、そうだね……これが、僕達の暮らしている世界……か」
 ユンナの言葉にぽつりとユーリが呟くように言う。
「こんな素敵な夜景と星空に願う、言葉……か」
「ユーリ、貴方は?」
「……………そうだね、「何があっても決して諦めない事」かな?」
「………そう、素敵ね。じゃあ、私は――「いつも「この時」を大切にする事」」
 レイは自分に向けられた言葉であることを悟っているのか、じっと無言のまま皆の願い事を聞いている。
「あの…じゃあ、羽月さんは?」
 暫らくの間沈黙していたリラが、窺い見るように羽月に視線を向ける。
「私の線香花火への願い事は、そうだな……「楽しい時を来年まで」。これで、また来年出逢えるかも知れぬ」
「……とっても素敵ですね」
 リラがいつものように柔らかな笑みを満面に浮かべて羽月を見詰めると、彼もくすりと微笑んだ。
「リラ……」
「え…?」
「あ、いや……その、何だ……一緒に…頑張ろうか」
「………はい。羽月さん」
 呼び捨てで彼女の名を呼んではみたものの、羽月は照れてしまい、頬を微かに染め上げる。リラも其れにつられるかのように頬を赤くした。

「じゃ、俺は「皆で美味しい物を食べに行ったり、たくさん遊んだりしような」って事で」
「貴女また……食べ物なのね?」
 ユンナの言葉にユーアはにっと笑みを浮かべつつ、「当然だね」と言う。
「あはは。折角こうして出会ったんだし、そういうのも、悪くないよね。じゃあ俺は「何かあった時には隠さずに言う事」必ず誰かに…ね?」
「おうおう、楽しそうじゃねぇか…じゃあ、俺は「これからもずっと楽しくやっていこうぜ」だな。ジュダ、お前さんは?」
「………「道」を決めるのはお前達自身で在り俺自身でも在る…只だ其れだけの事だ」
「では僕は「いつも笑顔で」…といった所ですかね。笑顔を絶やさぬ事で幸せになれる…そういった事もあるものですよ」

「で、フィースは……?」
 ユンナの言葉に皆の視線が一気にフィースの元へと集まる。
「え? 俺………? 俺のは、秘密」
 フィースは微かに意味深な微笑を湛えると、そのままレイの方へと視線を移す。
「……レイは? もうお願い事は決まったかい?」
「え、僕ですか……? ……えっと……あの…まだ、です」
 レイはそう言って首を傾ける。
「まぁ、ぱっと思いつかない事もあるしね」
「じゃあ、始めましょうか、勝負……」
 フィースの言葉にリラが頷くと、彼女はレイに微笑みかけて線香花火を蝋燭の方へと向けて構えた。
 皆も其れに倣い、次々と蝋燭の方へとそれぞれの線香花火を構える。
「「「「「「「「「「「…………せーのっ」」」」」」」」」」」

 かくして、皆の線香花火に炎が燈り、緩やかに―――線香花火大会の幕が明けたのであった。




《グランド・フィナーレ》


「ぬっくそっっ!!」
「火が落ちないようにするの…む、難しいです…っ羽月さん、上手ですね…コツがあるのかなぁ」
 オーマ、次いでリラの線香花火の炎が地面へと吸い込まれるように消えていった。
「リラさん、もう落ちてしまったのか? 線香花火はあまり近い場所で持たないようにすると熱くないし落ちないと思う」
 羽月はそう言いながらリラににこりと微笑みかける。
 彼の手元では、今が真っ盛りのように線香花火の火花が大きく散っていた。
「わぁ……羽月さんの花火、綺麗ですねぇ……」
「「線香花火」は……大きくもなく小さい花火で灯りも少ないが……これはこれで、また風情があると言うか…見ているだけで夏の終わりを感じさせる穏やかさがあるように思うのだ。レイさんたちが楽しんでくれるといいのだがな」
「はい、そうですね…とっても穏やかな、優しい光だと思います。ね? レイさん」
「はい。とっても綺麗ですね。おっきくて華やかなのも良いけれど、僕はこの花火も、好きだなぁ」
 レイがそう言って笑うと、彼の手元では大きく膨らんだ火の玉が落ちそうで、落ちなさそうな…辛うじて繋がっているかのような様相を見せた。
「わわ、レイさん、頑張って下さいっ」
「ぁ、はいっで、でも…頑張るって、どうやって??」
「ぇ、え〜っと……う、羽月さん、どうしたら良いのでしょう??」
 リラとレイの少なからず慌てたような、必死な様子に羽月の顔が少々綻ぶ。
「じっと動かずに、見詰めているといい」
「う……頑張ります」

「ぁっ私のも落ちてしまったわ…」
 ユンナが残念そうに今し方まで火花を散らせていた紙の先をくるくると回転させる。
「へー、わー、あっ落ちちゃった……でも、面白れーなこれ」
 臣が何だか嬉しそうに微笑む。
「臣さんのも落ちてしまったか……さて、私のはいつまで持つかな……?」
 羽月がそう言う傍らでは、微かに接戦が繰り広げられている。
「ぬぅううううう……落ちろっ落ちろーっ!!」
「くっ……負けるな、俺の線香花火!!」
 ユーアが息をふーふーしながらエンプールの火球を落とそうと試みている。
 二人の攻防は見ていて楽しくもあるのだが……。
「ちょっとユーア、貴女そうやって皆の火球を落とすつもりなの?」
 ユンナが彼女の脇腹を指先でちょいと突付いてやると、ユーアはびくぅっと体を引き攣らせた!!
「ぁあっっ!!?」

 じゅじゅっ………

「ぁあぁ………」
「あー…俺のまで落ちちゃった」
「あら……御免なさいね?」
 ユーアとエンプールの線香花火は共に夜の闇の中へと消えていった。
 その傍らで「おっ」と、フィースが声を上げる。
「駄目だ。俺のも落ちてしまったよ」
「後は…羽月とレイ、アイラスと、ジュダ、それにユーリ? ぇ、ユーリ、凄いじゃない!!」
 ユンナはユーリの手元で揺れる火花をじっと見詰める。
「何となく……ここは勝っておかなくっちゃいけないような気がしてねぇ……」
 ユーリはちらとジュダの方に視線を送ると、ジュダのほうもそれに気がついたのか、無言ながらもじっとユーリを見据える。
「…………成る程…な」
「まぁ、其方さんは其方で競って頂くとしてですね……僕だって、負けませんよ?」
 そう言う端から微かな風が彼の手元を揺らし、線香花火の火球をすっと地中へと落としてしまう。
「おや……残念」
 アイラスはそう呟くと、競い合う二人の青年と、羽月とレイの四人の線香花火に視線を移した。
「もうすぐひけですね……さて、どなたが勝つのでしょうかねぇ……」
 そう言っている端から、ユーアが次の獲物を狙って高台を深夜徘徊し始める。
「よし、そこだ!」
 ユーアは穏やかな風が吹き始めたのと共に、ふーっと息を吹き付ける。
「む………落ちたか」
 どうやらジュダの線香花火が消えてしまったらしい。
 その横で、ユーリも「ぁ」と、小さく声を上げた。
「あぁ……落ちてしまったわね」
「あぁ、そうだねぇ……でも、まぁいいかな?」
 そう言ってユーリは微かに微笑を浮かべる。
 視線の集まる羽月とレイの線香花火の先端―――
 羽月の線香花火が、残り僅かとなり、しゅっと小さな音を立てて、細長い軌跡を描いて地面へとつく前に消えてしまう。
「うん残念だが…駄目だったな。一番長く残ったレイさんの勝ちか」
 羽月とリラが柔らかな微笑を浮かべながらレイの方へと視線を向ける。
 すると、レイは小さく驚きの声を上げた。
「ぇっ……?」
 レイの手元の火球が、そのまま静かに色を失ってゆく。
「何……これ………?」
「凄いじゃないか、レイ」
「……え?」
「線香花火の火球が落ちずに、そのまま固まってしまったのですよ」
「あー、じゃあ文句無しにレイの勝ちかー」
 臣の言葉に、リラが柔らかに微笑む。
「じゃあ、レイさんがお願い事をするんですね」
「あぁ、そうだな……願い事は決まったか? レイさん」
「あ、いえ……勝てるなんて思ってなかったから……」
 その返答に、皆はくすくすと笑い声を上げる。

「何でも良いんだよ? レイ」
 にっこりと微笑んだユーリに、レイは微かに首を傾げる。
「でも…あんまり、我儘は言えません。だって、皆さんそれぞれの生活があるし……それに、やらなくてはいけない事だって、それぞれあるでしょう? ………だから」
 しんと静まり返った高台に、レイの声が静かに響き渡る。
 蝋燭のほのかな明かりと、下からはエルザードの街並みの光とが微かに風に揺れる草花を輝かせた。
 瞬く星の欠片が、静かに囁くかのように―――

「気付いたら…いつも、天を見上げて」

 レイはぽつりとそう呟いた。
「………レイさん」
「じゃあ、皆、約束だね。いつも、天を見上げる事」
「あぁ、そうだね…約束だ」
 頷いた皆に、レイは少し恥ずかしそうに微笑みを浮かべると、黒く固まった丸い粒を指先で突付く。
「結構硬いんですね、線香花火の火球って」
「あぁ、そうだな」
「紅い時に触ったら、柔らかいのかな?」
「絶対に駄目ですよ、触ってはいけません……危ないですからね」
「はい」
 彼の言葉の一つ一つに、誰かしらが反応を返す。
 レイはそれがくすぐったくて、終始笑顔を零していた。

 ユーリは不意に星空にちらりと視線を向けた。

「三……」
「ぇ?」

「二……」
「ユーリ??」

「一……」

 ユーリが徐に始めたカウントダウンに合わせて、広大な夜の海の方から華麗な花火が打ち上げられた。
 その花火は海と空との境目を抜けて、ふわりと広がっては星のようにちらちらと瞬き、そして、すぅっと消えていった。
「わぁ……」
 レイは心を奪われたように呆然としてその花火の後を見詰め続けている。
「どうだい? 素敵だろう、夜の海に浮かぶ花びらは」
「はい、とっても綺麗です。これは、ユーリさんの船から…?」
 ユーリは口の端を引き上げてにっと笑うと、嬉しそうに微笑みを返してきたレイの肩にぽんと手を置く。
「まだまだ、これからサ」
 そう言ったユーリの背中に、美しい火花が盛大に夜天に散っていく。
 幾度も幾度も打ち上げられた花火は、何度も打ち上げられる内に次第にその色を変えてゆく。
「わぁ……本当に………」
「レイ?」
「………本当に、流れ星みたいです」
 レイは呟くようにそう言うと、じっと動かずに空を見上げ続けた。

「ユーリさん……僕、…何があっても、きっと……諦めません」
「………うん」

「ユンナさん、いつも「この時」を大切に……僕、ずっと、ずっと大切にします」
「……えぇ」

「臣さん、きっと、来年も此処で……花火をしましょう」
「うん、そーだね」

「リラさん、僕、皆さんと過ごした今日のこの事、……決して忘れません」
「はい。私も……絶対に忘れません」

「羽月さん、楽しいこの時が、来年まで……きっと、続きますよね」
「あぁ、そうだな」

「エンプールさん、何かあった時は、きっと…」
「うん。約束だね」

「ユーアさん、今度、皆でおいしい物を食べたり、一杯、いっぱい…遊びましょうね」
「勿論だぜ。絶対に約束だからな?」

「アイラスさん、いつも笑顔で、ね?」
「はい。そうですね」

「オーマさん、これからも、ずっと……楽しく」
「おう、男の約束は絶対だぜ?」

「ジュダさん、道は自分で決める……ですよね」
「………あぁ」

 レイは皆の返答に満足したかのように、くすりと嬉しそうに微笑んだ。
 彼らの頭上で美しい光の束がふわりと一面に広がっては、かくも華やかにちりばめられてゆく―――
 滲んだ光は消え行くまでにも幾つもの色へと変化し、その上にぱらぱらと光の粒が散らされる。
 皆の顔に火花の影がふわりと柔らかに映った。
 か細く薄暗い幾筋もの光が束となり、鮮烈な表情を皆の目に焼き付け、それらは艶やかに花開いては散ってゆく。
 ―――そんな、ある夏の夜だった。




――――FIN.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【2542/ユーア/女性/18歳/旅人】
 【2666/エンプール/男性/20歳/皇族(王様)】
 【2083/ユンナ/女性/18歳/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
 【1799/臣/男性/22歳/旅人】
 【1879/リラ・サファト/女性/16歳/家事?】
 【1989/藤野 羽月/男性/16歳/傀儡師】
 【2086/ジュダ/男性/29歳/詳細不明】
 【2467/C・ユーリ/男性/25歳/海賊船長】
 ※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、OMCライターの芽李です。
 この度はレイとフィースの依頼を受けてくださってありがとうございました。
 と、共に…遅くなりまして大変申し訳ありませんでした。以後このような事の無いように気をつけますので…どうかお許しを……。
 う〜ん、今回は恋愛要素がふんだんに盛り込まれましたね。素敵なご夫婦のお二方や三角関係(勝手に?笑)の方々や……書いていてとっても楽しかったです。でも、レイには少し早かったでしょうかね〜。笑 まぁ、それらを含めまして、皆様に楽しんで頂けていれば幸いですv
 アイラスさん、この度はお諌め役をかって出て頂きましてありがとうございます。お諌めどころか思わぬところで甚大な被害が出そうなところでしたが……危ない、危ない。笑

 レイとフィース、彼等の物語は次へと繋がるものです。貴方がまた彼等を見掛けたら、彼等が依頼を持って再び現れたら――よければ話を聞いてやってくださいね。
 またお会いできる日を楽しみにしております。それでは。