<PCクエストノベル(1人)>
話時雨
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【冒険者一覧】
2812/ドリット・ロスヴァイセ/冒険者
【その他登場人物】
NPC/ユイメル/アーリ神殿巫女
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まるで小さな流星の降る音だった。青い空から唐突に落ちて、濃い緑の葉を打ち据える。ぱつ、と内側にこもる音。一瞬間理解できず探して見上げた先に、その軌跡を示そうというのか、細い雲が伸びていた。その薄灰色は少しずつ、青を埋めていく。
大きな雨粒は枝がたわむほどに強く叩いて、葉の表面でくるりと踊った。最初の一粒はまた次の一粒を呼び、しだいにその数を増す。昆虫や小鳥は慌てふためいて、葉の裏側や茂った木陰に潜んだ。雲が重なって薄墨色になる頃には、ドリット・ロスヴァイセも山肌に横穴を見つけて駆け込んでいた。
ドリット:「……雨とは、また運のない」
軽く息を漏らして、服に絡んだ雨粒を指先で細かに払いのける。生地に吸われず玉をなしているそれは、服の蒼藍色を呑んだまま、ゆるゆると転がった。土のむき出した地面にひとつずつ落として、ぱりん、ぱりん、と割っていく。
右袖、右肩、左袖、左肩と順番に玉を丁寧に弾いて、視線を外へ移した。つい先ほどまでからりとした様相を見せていた空が、絶え間なく雨を流している。通り雨というには、あまりにも本格的だ。
目的地まで、残りそう遠くはないはずだった。ユニコーンを奉るアーリ神殿。男子禁制のそこに、彼はもちろん立ち入ることは許されない。しかし外観を目にする程度に、さすがに規制はないだろう。話を耳に挟むうちに一度見ておきたいと思い立って、散歩気分でエルザードを出たのだ。それがまさか、こんな場所で立ち往生するはめになるとは――。
ドリット:「ユニコーン殿は、一目拝見することもお気に召さないらしい」
冗談めかして呟いて、胸元を飾るようについていた水滴を弾いた。それが小さな水溜りにぴしゃんと跳ねるより先に、彼の後ろで小さく声が上がる。
誰なの、と控えめな少女のものだった。驚いて振り返った奥の暗がりに、裾の長いローブをまとった人影を認める。背はそう高くない。子供だろうか。目深に被ったフードで仔細ははっきりしなかったが、一歩、後退ったのがわかった。次いで、細く息を吸い込む音。
少女:「――ば、化け物っ!」
叫ぶと同時に投げ付けたものは、しかし彼に届く前に力なく落ちた。ぼてりと重く足元に横たわったのは、どうやら鞄だった。
ドリット:「……残念ながら。私は化け物ではありませんよ、お嬢さん」
唐突な展開に唖然とし、化け物呼ばわりされた事に溜息と苦笑を漏らしながらも、敵意のないことを示してやんわりと言った。ゆっくりとした動作で拾い上げた布製の鞄は、丸く膨らんでいるわりに手に軽い。それを少女に差し出しつつ、名と獣人であることを告げた。冒険者でしてね、と付け加えた言葉に、少女が顔を上げたのがわかった。
フードの下から現れたのは、まだ十二、三歳の幼さを残す顔立ちだった。暗がりであることを除いても濃い緑の髪。黒にごく近い色の瞳は、光の中では別の色を点すのだろう。
化け物と呼んだわりにはあっさりと、受け取った鞄を椅子代わりにして彼の側に落ち着いた。座れば、と地面の僅かな段差を示して笑って、ユイメルとだけ名乗った。
ドリット:「アーリ神殿の巫女殿とお見受けしますが?」
ローブの中に見え隠れする服装が、いかにも巫女らしい清楚なものだった。これから街へ出るのか、それとも神殿へ戻るのか。いずれにせよ彼女もまた雨に降られ、ここに駆け込んだのだろう。
僅かな沈黙の後しごくそっけない返答がある。まぁね、とだけ言って黙ってしまったのだ。勧められるままに座って、いまだ付いたままの滴を落としていた手を止めた。茶色い窪みに水が流れ込む音が、ちょろちょろと耳につく。
ドリット:「神殿に戻られるのでしたら、お送り申し上げましょう」
ユイメル:「いい。……でも、街に行くなら案内して」
うつむき加減に前を見ている少女の、視線を追う。白く雨に霞んだ外が見えていた。そのずっと先には、道が続いていずれエルザードに辿りつく。
半分前にまわした尻尾の先にしがみついて、水滴が包まっている。毛先を弾かせて追い出すと、中空でくるりと回転して水溜りに着地した。
ドリット:「街へ行く道筋もわからず、おひとりとは、また……」
ユイメル:「ねえ、そんなことより。あなた、冒険者なんでしょ?」
どうしてと言い終えるより先に、少女が割って入った。急に活き活きとした声で言われて、そうですがとだけ短く答える。
ユイメル:「話を聞かせてよ。何でもいいの、冒険の話でも、街の話でも」
ドリット:「小説や物語のようにはゆきませんが、それでも宜しければ」
少女の思惑は判然としなかったが、どのみち雨は降り続いて止む気配が見えない。ならばつたない冒険談を披露するのも悪くはないだろう。
もちろんだわ、と答えた少女はすでに、膝に肘をついて、両手にあごを乗せている。聴く準備は整いましたとばかりに、目を閉じていた。夢物語を空想する子供さながらに。
物語にあるような巨大な竜と戦ったこともなければ、伝説の秘宝らしきものを手に入れた記憶もない。他愛ないと思う出来事のひとつひとつを、それでも少女は楽しげに聴いていた。
ひとつ話が終わる頃には、もう最初の姿勢は崩れて乗り出すようになっている。真剣な表情をしたかと思うと大きく笑い、笑っていたかと思うとふいに表情を凍らせる。くるくる変るそれは、きっと風向きより気まぐれだ。雨が僅かに音を遠ざけたり、近づけたりするような、ほんの小さな偶然の集まりではないだろうか。
なるほど、と思った。このまだ幼い少女が、どれ程の憧れを抱いているのか。次のストーリーを待つ少女に、静かに微笑んだ。
僅かな風にサアァ、サアァと揺れるのは、木々だろうか雨だろうか。記憶をたどって遡るのを助けるように、ごく自然に耳に広がっていく音だ。
南の町に立ち寄ったときも、そんな具合だった。秋晴れて、風が心地よくなびいていた。喧騒を町の外まで運んでいて、町の端に到着した時にはそれが当たり前であるかのように、身体を包んでいた。
ドリット:「感謝祭というものがありましてな。私と友人で参加したのですが」
小さな町の小さな祭りだった。町全体で行われる祭にもかかわらず、町の外では全くといっていいほど知られていない。通りがかりにたまたま訪れたその日が、祭りの最終日だった。
家の戸口、窓辺、町の至る所に収穫したばかりの穀物や野菜が供えられ、色とりどりの鉢植えが飾られていた。蔓でデザインした灯りいれには、薄闇が訪れる頃にはすでに小さな灯が点されて、周囲を幻想的に演出した。広場から流れる軽快な音楽、道行く人々の陽気な表情と声は、どの街でも変るものではないらしい。
ユイメル:「通りすがりに参加したわけ?」
呆れたという声で少女は軽く批難して、けれど表情は祭りを想像してか綻んでいる。しゃらしゃら降る雨の音は、既に鈴の音だった。広場で踊る娘たちの髪飾りだ。
ドリット:「娘たちが異性に造花を配るのですが……友人が競争をしようと言い出しまして」
村娘を豊穣神の使いに見立てた催しで、口説くのに成功すれば花が貰える。男性は村娘を口説いてまわり、授けられた花の数が多いほど、花弁が大きいほど、翌年の収穫が期待できるというものだった。
別々に村をまわって、定刻までにより翌年の収穫を期待されたほうが勝ち。負けたほうは露店で一品奢る。それでいいだろう、と勝手に決めて雑踏に消えていく友人を見送った。
ユイメル:「……もしかして、不戦敗?」
ドリット:「一品ですからね、奢って差し上げても良かったのですが……」
切られた言葉に、ユイメルは先を促すように顔を覗き込む。それににやりと笑って、何もせずに負けるのはどうにも癪でして。結局、露店や家々の飾りをゆっくりと見てまわりながら、道すがら女性に声をかけた。
ひとりの女性がたくさんの花を用意して待っている。だからか露店を覗いて立ち去る際でも、店番の女性が花を手渡してくれるのだ。約束の時刻きっかりに落ち合ったふたりは、それぞれ片手に様々な花を抱えることになった。
ドリット:「どうなったと思いますか」
悪戯っぽく笑って訊くと、ユイメルは考えるそぶりを見せた。首を僅かに傾けて視線を下げるのが、この少女が思考する時の癖なのだろう。大きめの瞳を細めるだけで、ずいぶんと大人びて見えるものだ。やや置いて、負けるつもりだったんでしょ、と答えた時には、子供らしいあどけない表情に戻っている。
ドリット:「そのつもりだったのですが、勝ってしまいました」
小振りの花が目立ったが、数はそれでも少なくはない。対する友人は数では劣ったものの、ひとつひとつの花は花弁の大きな見事なできのものばかりだったのだ。
ユイメル:「あら。それじゃほとんどおあいこじゃない」
負けたな、と言ったのは友人のほうが早かった。異議を唱えかけたのを制止して、露店の並ぶ一角へ歩いていく。どうせお前、勝つつもりなかっただろう。あっさりと言い当てた友人は、笑っていた。真面目にやった俺と大差ないなら、お前の勝ちだよ。
ユイメル:「じゃあ、やっぱりあなたの負けね」
ドリット:「ええ。完敗ですよ」
狭い空間に笑い声が充満する。気付けば、雨は止んで陽射しが差していた。
艶やかに光る緑を、少女は黙って眺めている。
ドリット:「……神殿は、ユイメル殿にとっては、どういう場所なのでしょうな」
私ね、と少女は零すように言った。頭はしっかりと上げられて、視線はずっと遠くを見ている。まるでそこに、望むものが見えているように。
神殿に閉じ篭るように過すのではなくて、たくさんのものに触れてみたい。はっきりと言い切ったその声音に、彼女の意志が現れている。
ユイメル:「色んな場所を見てまわりたいだけ。今、あなたが話したみたいに」
この少女は、決して夢想で望んでいるのではない。まっすぐに前を見て、だからこそ望んでいるのだ。――しかしその為にとった方法、つまり家出をするという方法は、決して褒められるものではない。本人も理解しているのだろう。だからこれほどに迷っている。
ドリット:「では、一度神殿に参りましょう。私を案内するのだと思って」
雨の上がったばかりの神殿は、遠目にも慌しさがあらわだった。多くの巫女が外に出て、庭や道のあちこちを見回している。
ドリット:「まるでユニコーン殿が迷子になられたようですな」
ユイメルが巫女に見付かるのを嫌がったので、ふたりは道を外れて茂みの中を神殿に近付いた。木陰から神殿を遠くに見ている。この周辺までは誰も探しに来てはいないが、風に流れて巫女たちの声が届いた。もちろん探されているのはユイメルだ。
ユイメル:「ねぇ、またお話聴かせてくれる?」
神殿から目を離さずに、少女は訊いた。
ドリット:「私の瑣末なものでお気に召すなら、喜んで」
約束はいつも不安定なものだ。叶える術を明確に見つけられない。けれど、口からでまかせの、その場限りのものにするつもりも毛頭なかった。約束を果たせる時まで、約束を忘れずにいることが、重要なのだろうか。
その約束の言葉に、彼女はどう納得したのだろう。二度三度と小さく頷いていた。
ユイメル:「やっぱり帰ることにする」
ぽつりと呟いて茂みを出るユイメルの後に続いた。茂みが揺らされて、葉に取り残されていた滴がはた、と落ちた。それでふと思い出して、小さく息を漏らす。
ドリット:「発言を、撤回しておきましょう」
ユイメル:「何が?」
何のことかわからず問い返した少女に、いえ、と微笑んで見せる。振り仰いで空を見た。
ドリット:「雨が降ったことです。――運がない、と思ったのですが……」
僅かに言葉を切った。不思議そうな顔をしているユイメルの、水を湛えて銀に近い黒の瞳を、改めて正面から見据える。
ドリット:「素敵なお嬢さんに巡り会えて、幸運でした。雨に感謝しますよ」
一拍を置いてそれじゃあ私も、と笑顔が返ってきた。何が「それじゃあ」なのかわからずにいると、少女はくすくすと笑う。
ユイメル:「最初に化け物って言ったの。謝っとく」
じゃあねと残して、少女は神殿へ、巫女たちの元へ駆けていく。その足取りは軽い。
彼女が巫女たちに抱きしめられ、小言を言われながらも笑顔で神殿へ引き上げていくのを見届けた。何もかもが終わったのだというふうに、静けさが戻った後、神殿へ近付いて外壁の細工を眺める。次に彼女に会うことがあれば、その時は神殿の内装のことを訊いてみようと思った。
この地域を守護するユニコーンの真言をきく少女。彼女らの住む神殿。その遥か上で透明に澄んだ空は、遠くまで青。雨を降らした素振りなど、もう少しも残していなかった。こんな時にうるさいほど威勢を張っていた蝉は、いつのまにか姿を消していた。
季節はもうすぐ秋になる。
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