<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
真実の記憶
「あー困った困った困った。やっべぇ」
青年は誰にともなくそう言って、頭を抱えた。昨晩の自分自身の記憶はほとんどないに等しいのだが、自分自身のものではない記憶が二日酔いと共にぐるぐると頭を回っている。
彼の名はアデル。『記憶喰い』という変わった体質を持つ青年である。現在彼を悩ませている記憶も、アデルが昨晩白山羊亭で飲んで騒いだ挙句、誰かの記憶を食べてしまったような風なのだが。
「オレに向かって、『好き』」
しかし、それは見慣れた自分自身に向かって、好きだと告げている誰かの記憶だったのだ。
困ったことにアデルが食べてしまった記憶は、持ち主は忘れてしまう。手がかりも何も絶たれた状態で、青年は再び白山羊亭の扉を開いた。
白山羊亭でアデルの話を聞いた一行は、とりあえず酒を飲みながら話をすこととなった。
「はい、アデルさんのはこっち」
昨晩他人の記憶を喰った前科のあるアデルの酒は、友巳に没収され果物ジュースにすりかえられる。割り勘なのに……とぼやくアデルの前で、友巳は一気に酒を飲み干した。
「おいしーい!」
アデルに向かって頬を赤く染めた友巳が、にっこりと笑う。
「さて本題に入ろうか」
二人の攻防を見守っていたアレスディアが、決着がついたのを見て話を切り出した。
「そうだ、忘れるところだった」
アデルが慌てて果物ジュースの入ったコップを置き、友巳、アレスディア、キング、オーマを見回す。そうして深々と一礼した。
「よろしくお願いするっ」
「いいぜ、こういう桃色でピンクな話題にオレの存在は欠かせねぇからな」
オーマは酒がなみなみと注がれたジョッキを、アデルの持っている果物ジュースが入った小さなコップにぶつけて乾杯する。カチンッというよりはもう少し鈍い音がして、ジョッキとコップが触れ合った。
「こっちこそよろしくな、ルデア」
「……アデルだ」
そうだった、すまんすまんと、陽気に謝るオーマをアデルは恨めしげに見る。
「私はあなたの『記憶喰い』の能力に、興味があるのだが」
ちびちびと果物ジュースを飲むアデルにキングが話しかけ、その隣のアレスディアが酒を片手にオーマを見つめる。表情がどこか怪訝そうだ。
「……桃色とピンクは同じ色ではないのだろうか?」
「こまけぇこと気にすんなって!酒がすすんでねぇぞ」
「そうそう、もっと飲みましょう。ルディアさんーお酒追加ねー!」
真面目な顔をしてつっこみを入れたアレスディアに、オーマが豪快に笑い彼女のコップに酒を注ぐ。友巳がルディアに向かって叫んぶと、カウンターからルディアが返事をした。
その間にもキングの質問は続いており、アデルの方はキングの豊満な体に視線が釘付けである。
「そうか、『記憶喰い』とは本来自分自身の意思で喰えるのだな」
「あぁ、こんなヘマしたのははじめ……って、おい、あんたら本題忘れてるだろっ!」
ふと、重大なことに気付いたアデルが叫びながら、四人を見回す。
「本題?うはうはマッチョでポン、酒盛り大会だろ?」
「マッチョは関係ないのでは……?」
「気にしない、気にしない。ささあなたも飲んで」
「喰った記憶はどう消化するんだ?蓄積したりしないのか?」
「だからぁっ!」
四人は四人とも不思議そうな顔で、アデルを見つめた。誰一人として動揺さえしていない。
アデルはバンッと机を叩いたのはいいものの、思ったよりも店内の注目を集めたことに照れ、咳払いをする。そしてがっくりと肩を落とした。
「真面目に探してくれよ……」
諦めたような声音に、慌てて友巳がアデルに近づく。
「冗談だって、ね?」
「今から探そうとしていたところだ」
「よし、じゃぁ手分けをして探すか」
「順々に辿っていけば、見つかるだろう」
友巳が慰めるようにアデルの肩を叩き、キングが残念そうに立ち上がる。オーマの言葉にアレスディアが頷いた。
情報を集めるために、友巳は中年の男たちのところへと向かった。彼らは常連客らしく、店中の客の中で最もくつろいでいる。そこに目をつけ、友巳は聞き込みに向かったのだが。
「おう、姉ちゃん。こっちの酒も旨いぞ」
「あら有難う」
いつの間にか本来の目的である聞き込みではなくなっていた。
「俺たちの奢りだ、どんどん飲みな」
「わぁ、じゃぁ遠慮なく」
友巳は男たちに煽られ、酒を一気飲みする。その飲みっぷりに拍手があがった。友巳は頬を染め、ぷはぁと息を吐く。だが、ほろ酔い気分から現実へと引き戻すかのような、アデルの叫び声があがった。
振り返るとオーマと共にいるアデルが頭を抱えている。疑問符を浮かべ、彼らの元へ戻ろうとする友巳に男たちは残念そうな顔をした。
また後でと言い残して、友巳はアデルたちの机へと向かう。
「どうしたのだ、アデル殿。突然叫びだして……」
聞き込みを終えたらしいほかのニ人も戻っている。友巳も含んだ三人は、にまにましているオーマと机に突っ伏しているアデルを見比べた。
「……いや、なんでもねぇ……」
「じゃぁ情報交換といきましょう」
ぜぇぜぇと肩で息をしているアデルを横目で見ながら、 新しい酒を注文しつつ友巳が言った。
「そういえば、アデルには好いている者とかはいないのか?」
「特には……」
キングの問いにアデルは少し考えた後に、頭を振る。
「そうか。つまらないことを聞いたな」
世間話を終わったことを示すように、皆を見回した。真っ先に友巳が手をあげる。
「私の方は特に目ぼしい情報はなかったかな。美味しいお酒について教えて貰っちゃったけど」
「つまり飲んでいただけなのでは……」
「気にしないの!」
ツッコミになりつつあるアレスディアが、友巳があはははと笑って誤魔化した。
「オレの方は、こいつの記憶を辿ってみたんだが、緑の翼しか見えなかったな。おそらく鳥、だ」
オーマが先ほどの精神感応の結果を皆に伝える。それとキングの……と続けたところで、アデルがオーマを睨んだ。それの言葉を別段気にした様子のないキングに、アデルは深くため息をつく。
「私が聞いたところによると、昨晩鳥を連れた少女が急いで出て行ったそうだ」
「……そういえばカウンターの隅に鳥連れの少女がいたな」
キングとアレスディアがそれぞれ、鳥に関する情報を出した。特にアレスディアの話を聞き、アデルはカウンターを見る。
カウンターの隅には、肩に緑の鳥を乗せた少女が座っていた。
「見覚えはあるか?」
「……いや」
しかし、アデルは少女に見覚えすらないのだ。オーマはふむ、どうしたもんかと頭を悩ませ、アデルを掴んだ。
「よし。とりあえずいくぞ」
出された結論に、他の三人も同意する。
「突撃あるのみ」
「そうだな」
「それが一番手っ取り早いだろう」
「えええ!?」
乗り気の皆に、もう少し作戦とか心の準備とかが欲しいとは言い出せず、アデルは渋々彼らの後に続いた。
一番後ろにいた筈なのに、いつの間にか一番前にアデルは立たされ、後ろに戻ることも叶わず少女に話しかける。肩にいる鳥がアデルたちに気付いて、翼を大きく動かした。
「あ、あの……」
「はい?」
少女がアデルの声に顔をあげる。まじまじと顔を見ても、やはり記憶になかった。
「昨日……俺に……」
アデルはごくりと唾を飲んだ。
『スキダ、スキダ、オマエ、スキダ』
「あぁ、こら!お前はまた……」
少女は肩で何度も何度もスキダと繰り返す鳥を叱った。その様子にアデルは目を見開く。
「昨日のことですか?私酔っていてあんまり記憶がないんですけど……あ、もしかして私、何か粗相しましたか!?」
「い、いや。そんなことはちっとも……!」
「なら良かった」
「それよりもこの鳥って……」
「この子、覚えた言葉をずっと繰り返してるんですよ。変な言葉ばっかり覚えるんで困ってます」
「へ、へぇー」
困ったように笑う少女に、アデルは顔を引きつった笑顔を返し、皆のところまで後ずさりをした。
「俺が悩んでいたのって一体……」
あんまりな結果に、アデルは再び机に突っ伏していた。随分と悩んだ結果が、こんなつまらないものだと知って沈んでいるのだ。
「落ち込んじゃ駄目よ?」
「そうだ、落ち込んだところで、真実は変わらない」
「これでも飲んで……」
皆が慰め代わりに差し出した酒にアデルは手をつけようともしない。その間にも他の四人はどんどんと酒瓶を開けていった。だんだんと話も慰めからづれていく。
「明日はもっと薔薇色かもしれないしな」
「いっそのこと、この縁であの子と仲良くなるとか?」
「ふむ、それは面白そうだ」
「私たちが取り持った、ということになるのだな」
「おおーいいねぇ」
ちゃっかりアデルの今後についてまで話が進んでいた。
「それもいいが、私としては『記憶喰い』についての話の続きをしたのだが」
「そうよね、なかなか希少な存在だし、よければ取材させて欲しいな」
キングが思い出したよう言い、友巳がそれに同調する。気付けば机の上に筆と髪が用意されていた。
「いっそのこと腹黒同盟にはいっちまえ!」
「……それは関係ないような気がするのだか……」
更にオーマが場を盛り上げ、アレスディアがつっこみをいれる。
やんやと盛り上がる皆をよそに、アデルは机に突っ伏したまま呟いた。
「……もういい、今日は飲んでやる」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/ 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
ルーンアームナイト
【2872/キング・オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【2623/廣禾・友巳/女性/28歳/編集者】
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■ ライター通信 ■
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こんばんは。蒼野くゆうです。
友巳さんをとても楽しく書かせて頂きました。
素敵なキャラさんですね。
何はともあれ楽しんで頂けると幸いです。
それではご依頼有難うございました。
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