<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
囚われのイタズラ小僧
------<オープニング>--------------------------------------
その街のはずれには小さな遺跡があった。既に王立魔法学院によって調査は終了し、財宝もあらかた発掘され尽くしていたから、入り口の立ち入り禁止の看板も不必要なぐらい、もう長い事、誰一人訪れるものはなかった。
そこに、本当に久しぶりにやってきたものがいた。男の子と女の子だ。名前はトンカとロッケといった。
「お兄ちゃん、やめようよ。危ないんだよ? 入っちゃいけないんだよ?」
「うるせぇなあ。じゃあお前はそこで待ってろよ。俺一人で探検してくる」
妹を置き去りにして、トンカはずんずんと遺跡の中に踏み込んでいった。石造りの廊下がジグザグに折れ曲がりながら続いている。窓なんて一つもないから3回も曲がるとあっという間に真っ暗になってしまった。トンカは明かりを持ってこなかった事を後悔した。
暗い道を、壁に手を付いて更にジグザグに進むと、急に明るい空間に出た。
石組みの壁で囲まれた、広い部屋だ、とトンカは思ったが、すぐに勘違いに気が付いた。
部屋の向こう側に自分によく似た少年が立っている。トンカが部屋の真ん中に駆けよると、もう一人も同じように近づいてきた。トンカは手を伸ばした。手は、もう一人に触れる前に、堅くて平らなものにぶつかった。
「鏡だ。この壁全部、でっかい鏡なんだ!」
トンカは納得して満足げに頷いた。が、次の瞬間、ぎょっとして凍り付いた。
「……違うよ。鏡じゃない」
鏡の中の自分が、勝手に動いて喋っていた。
「な、なん、なんなんだお前?!」
「オレの名前はテンプ。鏡の精って呼ぶヤツもいたな。オレは、会ったコトのあるヤツにそっくりな姿になれるんだ。今は、アンタの姿を借りてる」
テンプは見えない壁の向こうでくるりと一周した。何処から見ても自分にそっくりだ。
「なんで、こんな所にいるんだ? 出られないのか?」
「ここに封印されてるのさ。ずうっと昔に、ちょっとしたイタズラをしたんだ。これはそのお仕置きだってさ。自分じゃ出られない。出し方はあるだろうけど、オレは知らない」
「そっか」
トンカは、ちょっとかわいそうになった。トンカもいわゆるイタズラ小僧で、しょっちゅうお仕置きを喰らうからだ。物置の閉じこめられるのは、結構つらい。
「しっかし、誰かに会うのは久しぶりだなぁ。昔来た冒険者達はオレには構ってくれなかったし。なあ、ヒマだったらちょっとオレと遊んでよ」
「いいよ。遊ぼうぜ。何しようか?」
「実はすげえ計画を練ってあったんだ。おまけに、上手くいったら、オレここから出られるかも」
テンプはトンカにこそこそと耳打ちをし、それから二人はにやーっと同じ顔で笑みを浮かべた。
ロッケは遺跡の入り口で兄を待っていた。心配だった。一つ年上の兄は、放っておいたら何をしでかすか分からない。ロッケの心配は見事に大当たりして、突如、ぎゃーっという兄の叫び声が聞こえた。
「お兄ちゃん?!」
ロッケは慌てて遺跡に駆け込み、目にした光景に言葉を失った。兄が二人いた。
手前の方の兄が意地悪そうな笑みを浮かべた。
「はじめまして。俺はこの遺跡に封印されていた鏡の精のテンプ。悪いんだけど、お前の兄貴と入れ替わらせてもらったぜ」
奥の方の兄が泣きそうな目をしていた。
「そいつにだまされたんだ! 姿を奪われて、代わりにこの壁の向こうに閉じこめられたんだ。なあ、ロッケ、助けてよ」
「と、閉じこめられたって……」
ロッケは駆けよって、自分と兄の間に見えない壁がある事を知った。
「出してあげてよ! ええと、テンプ、さん」
「やだね。そいつをそこから出す方法もあるんだけど、それも教えてやらない。俺を閉じこめた仕返しだ、俺はお前達が慌てる様子を見物させてもらうぜ」
「ロッケ、頼む、ここから出る方法を探してくれ」
「……わかった、冒険者さんたちに頼んで、そこから出してあげるからね。まっててね、お兄ちゃん」
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■1■
「お兄ちゃんが、閉じこめられちゃったんです」
緊張と不安がない交ぜになった声で、少女、ロッケは話し始めた。彼女が今回の依頼人だ。その依頼に応じた5人が彼女を囲んでその話を聞いていた。
ロッケの右隣から順に、金髪の青年剣士フィセル、隻眼の封印師テオ、四本の腕を持つ多腕族の戦士シグルマ、それから、もはや肩書不詳の腹黒同盟総裁オーマと、見た目はメガネのお兄さんだがきっと中身はただ者ではないアイラスだ。
「遺跡に、入っちゃいけないのに入っちゃったんです。あたしは、外にいて、悲鳴が聞こえて、急いで中に入っていったら、行き止まりの部屋にお兄ちゃんが二人いたんです」
ロッケの口調はしっかりとしていた。ここに来るまでに何度も繰り返し説明の練習をしていたのだろう。
「二人の間には、見えない壁みたいなものがあって、向こう側にはいけないんです。壁の向こう側のお兄ちゃんは、閉じこめられた、助けてくれって言って、壁のこっち側のお兄ちゃんは、遺跡に封印されていた鏡の精のテンプだって名乗って、お兄ちゃんの体を乗っ取って、お兄ちゃんを代わりに閉じこめたんだって言ったんです。あたしがお兄ちゃんを出してって言ってもテンプは嫌だって言って、あたし、どうしたらいいのか、わかんなくて……」
少女は一瞬言葉を失い、涙を流す代わりに唇を噛んだ。
「……危ないところに、勝手に入ってごめんなさい。お兄ちゃんを、出してあげて下さい。お願いします」
ロッケは深く頭を下げた。小さな手がスカートをぎゅっと握りしめていた。
「心配せずとも大丈夫だ。ロッケ殿の兄は、必ず助けて出そう」
フィセルは端正な顔にかすかな笑みを浮かべると、優しくロッケの肩に手を置いた。オーマも不安を吹き飛ばすように威勢良く後を続ける。
「それで助けてから、二度とかわいい妹を泣かさねぇように、親父愛ゲンコツでお仕置きしてやらねぇとな!」
ロッケは突き出されたオーマの大きな手をまじまじと見つめた。アイラスがこっそりと耳打ちする。
「その時は、ちゃんと手加減するように見張ってますから、大丈夫ですよ」
見上げると、メガネの奥の目が優しげに笑っている。他の皆も、心配はいらないというように堂々としていた。
「……はい」
ロッケはやっと安心したように頷いた。それを見届けてからテオが本題に話を移す。
「では、その遺跡について知っている事を教えてくれないか?」
「えっと、入っちゃ行けないって言われてるから、よくは知らないんです。あたしとお兄ちゃんがまだ小さい頃……5年ぐらい前、かな? 何回か王立魔法学園から調査の人たちが来たんです。それで、調査が終わって、最後の人たちが『立ち入り禁止』って看板を立てて……その後は誰も入ってないと思います」
「つまり、調査員が入って以降、誰も手を触れていないのか。だとしたら……」 テオは低い声で呟いた。気付いたシグルマが問いかける。
「なんだ? なんか引っかかんのか?」
「いや、大したことじゃあない」
遮るように、テオはひらりと右手を挙げる。無骨なその手の甲には流麗な紋様が描かれていた。
「ともかく、調査が入っているならまずは賢者の館で資料探しだな」
「ああ。封印の解き方と、それから鏡の精について」
フィセルは以前関わった事件を思い出していた。その事件にも鏡が関係していた。資料があるからと言って油断してはならない。二人の少年の、一体どちらが本物か……。
「ところで、どうしてロッケさんが一人で来たんですか? 誰か、ご家族の方は?」
アイラスの問いは、なぜかロッケの顔を曇らせた。ロッケは言いにくそうに、うつむいて答える。
「あの、うちは……おとうさんは船乗りだから、今は仕事で遠くにいて……おかあさんは、もう、いなくって……。それで、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでて、でも、おじいちゃん達に迷惑かけるのは……」
「ってこたぁは、誰にも言ってねぇのか?」
ロッケはこくんと頷いた。
「んじゃあ、今、遺跡は鏡の精と悪戯坊主の二人きりか?」
ロッケは小さく「あ!」と漏らした。
「まずいな、急いで戻らないと」
「二手に分かれましょう。片方は遺跡に戻る、片方は残って調査」
真っ先に、オーマが手をあげた。
「俺は遺跡に行くぜ。飛んでいけばすぐだ。小さい嬢ちゃんと、他の連中も一緒に乗っていけばいい」
「俺も乗せてってくれ、オーマ」
ばりばりと頭を掻きながらシグルマは続ける。
「遺跡の方が性に合ってる。賢者の館とか、ああいう本ばっかり並んでやがる所に行くと、どうも……」
「どうも、なんだ?」
シグルマはニヤッと笑った。
「一杯やりたくなる」
「一樽の間違いじゃないですか?」
苦笑混じりのツッコミはアイラスだ。
「じゃあ、僕は調査に行きましょう。お二人は?」
「私も調査に回ろう」
「俺も調査だな。封印は専門だ、一人居たほうがいいだろう」
決まったな、とオーマは席を立った。
「準備がいるんで先に行くぜ。二人は病院まで来てくれ。じゃあな」
そう言うとオーマは大股で歩き出し、あっという間に姿を消した。残りの仲間も揃って席を立つ。
「そういえば、肝心の遺跡の名前を聞いていませんね」
「ええと、遺跡は『アゲモの丘の遺跡』で分かると思います。ついでに、鏡の精はテンプで、お兄ちゃんの名前はトンカです」
「わかった。じゃあ、遺跡でな」
テオが言う頃には既に、シグルマは扉の前で待ちかまえていた。
「ほら、とっとと行くぞ、そこのちっちぇの。えーとロッケって言ったか?」
「あ……は、はい。ごめんなさい」
ロッケはちらっと調査組に目を走らせてから、慌ててシグルマの後を追った。
「……小さな女の子の相手をさせるには、ちょっと、大きくて怖いのが揃ってしまいましたかね?」
苦笑を漏らしたのはアイラスだけではなかった。
「俺もあまり人の事は言えないが、そのようだな」
シグルマはいかめしい鎧に身を包んだ4本腕の屈強な戦士、オーマはロッケの倍ほどの身長を持つ巨漢だ。二人にロッケを並べると、まるで捕まった宇宙人……もとい、巨人族に捕まったシフールだ。
フィセルは別れ際のロッケの不安そうな目を思い出した。
「済まないが、調査は二人に任せても良いだろうか?」
「向こうに回るか?」
テオの言葉にフィセルは頷いた。
「それに、鏡の精が逃げ出したりしていたら、向こうの方が人手が居るだろう」
「なら、ついでに一つ伝言を頼まれてくれ」
言葉を区切ると、テオは居住まいを正した。
「一度調査が入って、その上で放置されているという事は、その遺跡は安全と判断されたという事だ。なら、封印がそう簡単に解けるわけがない。鏡の精は出られない。つまり、二人は入れ替わっていない」
「……二人が嘘を付いている、と?」
テオは頷いた。
「多分、な」
なるほど、でも、と呟いたのはアイラスだ。
「それはロッケには伏せておいたほうがいいでしょう。兄をよく知っているのはあの子だけですから、なりすましを見破れるのもあの子だけです。不確実な情報で混乱させるのは好ましくありません」
「言う通りだ。だから、調査資料で確認するまで黙っておくつもりだったんだが……」
テオはフィセルに顔を向けた。思い当たる節が無く、フィセルは首をかしげる。
「後を追うのに理由はいろいろあったほうがいいだろう。というわけで、伝言よろしく頼む」
「……承知した。では」
くるりと翻したその背中にアイラスが声をかける。
「頑張ってくださいね、お兄ちゃん代理」
すこし間をおいて、コホンと一つ咳払いが聞こえた。アイラスはにこにこ笑いながらテオに教えた。
「気だての良い妹さんがいらっしゃるんですよ」
ああ、成程……と、テオは背中を見送った。
■2■
「アゲモの丘の遺跡の調査資料を見せてくれって?」
賢者の館の老職員は仰々しく聞き返した。
「久しぶりに聞いたのぅ、その名前。昔は結構貸し出したもんだが、碑文解読が終わってからはほとんどお蔵入りじゃ。埃を被っているかもしれんが……」
出てきた資料の束は、実際うっすら埃で白くなっていた。
「あなたはこの遺跡をご存じなんですか? 碑文ってなんです?」
アイラスの問いに、知らないで来たんかい、と職員は目を丸くした。
「言語研究関係じゃ結構有名な遺跡なんだが。奥の石室に至る回廊に、遺跡の作り手によるメッセージが刻まれていてな、それが何種類もの言語で同じ内容を繰り返しているんじゃ。遺跡の発見者が何語を使っていても読めるように、という配慮だろうな。まあ、その中に現在ソーンで使っている言語はなかったんだが。なんにせよ、そんな造りだから異界言語やら古代言語やらのサンプルとして価値が高くて、解読終了まではよく資料閲覧者が来とったよ」
今度は二人が顔を見合わせる番だった。
「石室自体については、何も知られていないのか?」
「少なくともわしは聞いた事はないが……」
どうも、と二人は礼を言うと、資料の束を受け取った。
机の上に資料を広げ、ざっと見渡してみると、確かにそのほとんどは碑文に関するものだった。石室とその封印に関する資料もあったが、ごく簡単に構造などを調べただけで終わっているようだ。
手分けして、アイラスは遺跡の概略を、テオは封印師の知識を元に遺跡に施された封印に関して調べていく。
顔を上げたのは、二人ともほぼ同時だった。
「終わったか?」
「ええ。では、先に良いですか?」
ああ、とテオは話を促した。
「調べる、と言っても僕の方は碑文の訳を読んで、ほとんど終わりだったんですけどね。
あれは、異界人の手による遺跡だそうです。作ったのは、魔法の品、いわゆるマジックアイテムを作る工匠のようですね。ある時、彼は鏡を作った。ただの鏡のように平面に投影するのではなく、人の姿を完全に再現するコトが出来る鏡で、それを利用するとそこに同じ人物が二人いるように見えるそうです。そして、その鏡にテンプと名を付けた。ところが、このテンプは困った事にわがままで……」
「ちょっと待ってくれ、鏡が『わがまま』?」
思わずテオは疑問を挟んだ。
「ええ、この鏡は……」
説明の言葉を探して、アイラスの視線はしばし宙をさまよう。それはやがて小さな苦笑とともにテオの上に止まった。
「ええと、僕の感覚では自律思考型と言うんですが……」
生憎分からない、と、テオはわずかに首をすくめた。
「では、こちら風に言うと……そうですね、この鏡は人格があって、自分で考えたり動いたり出来る鏡だったようです」
「……変わった鏡だな。それで、わがままと言うのは?」
「ええ。おとなしく言われた通りに鏡の仕事をしないで、『この能力を使ってもっと他の事が出来るはずだ』と勝手な事ばかりしていたんだそうです。
でもテンプは他人の気持ちが分からないというか、情動に未発達な部分があって、ある日ついに工匠を怒らせてしまった。それで、封印されたそうです」
「それが、なぜ、わざわざソーンに?」
テオは首をかしげた。ええと、とアイラスはページを捲る。
「工匠は、他の事が出来るはずだというテンプの主張は認めているんです。でも、彼らの世界ではテンプはやはり鏡で、別な生き方は許されない。だからソーンに封印して、もし封印から出られたら、ここで自由に生きられるように、と考えたそうです」
資料の一カ所を指で押さえて、アイラスは顔を上げた。
「彼は、テンプに深い思い入れがあるみたいですね。最後の一文は『これが此処を後にする時は、彼がこの世界を受け入れ、また彼がこの世界に受け入れられるよう願う』だそうです。
封印というより、お仕置きに閉じ込めておく、という感覚だったんでしょうかね」
「成程、それならこっちの封印も理解出来る」
理解というところにアイラスは首をかしげた。
「変な封印なんですか?」
「変というか……」
テオはあごに手を当て、考えた。さて、この概念をどう説明したものか。
「そうだな、普通の封印を鋼鉄の板とすると、これは目の粗い網と言ったところか。封印されていても、外の様子は見えるし会話も出来る。出来ないのは特定の物質、例えば肉体などの、空間への出入りだけだ。
お仕置きといえば、確かにその通りだな」
意を得たというように、アイラスは頷いた。
「それで、封印の解除の方法はわかりましたか? 碑文の方は『反省したら』なんて書いてありますけど」
「ああ、ある言葉に反応して解除されるようになっている。もっとも、その言葉が何かは分からないがな」
「単純に考えると、ごめんなさい、とかですか?」
「それじゃ、あまりにも簡単すぎるだろう」
「そうですよね」
アイラスは考え込んでしまった。
「今はまだテンプとやらが何をしたのかも分かっていないし、出して良いのかどうかも分からない以上、それは本を前に考えていても仕方がないんじゃあないか?」
「……ですが……」
「第一、本当に入れ替わっているとしたら、一度封印を破って外に出て、その後トンカを閉じ込めるためにもう一度封印を張る必要がある。そんな能力、テンプにはないだろう? それに、案の定、封印は解除方法以外では破れそうにない代物だった。入れ替わっている可能性は無いと言っていいはずだ」
「そうですね、可能性の低さに期待して、現場で考えますか」
「おや、もういいのかい。よかったら、石室に封印されているものについて、ちょっと聞いていかんかね?」
資料を返却に行くと、二人は同じ老職員に呼び止められた。気になったんで、さっきに調べておいたんだが、と彼は切り出した。
「解読を終えた時に、その方面のお偉いさんが、一体この碑文の書き手がそんなに執心している鏡の精とやらはどんなものかと観に行ったんだそうな。しおらしく、しゅんといれば解放も考えていたらしいが、そのお偉いさんに化けて虚仮にしただとかで、怒らせてね。こんなもののために遺跡を開放して貴重な碑文を損壊の危機にさらす必要はない、と、立ち入り禁止にしたそうじゃよ」
「だが、調査も解読も済んでいるんだろう? 立ち入り禁止にしてまで保存しておく必要などあるのか?」
「まあ、そうなんじゃが、鏡の精とやらも封印されるぐらいじゃから、なんぞ害のあるモンなんじゃろう。害のあるものをわざわざ世に放つよりは、碑文の保存の方が大事というのも無理ない話じゃ」
職員の言い方に、テオは一瞬不快そうな顔をした。が、すぐにその顔を引っ込めて、極めて冷静にこう尋ねた。
「では、もし封印されているのが害のないものだったとしたら、それを解放する事を遺跡の保存に優先したところで問題ないな?」
「問題ないはずじゃが、害のないものが封印されている事なんてあるのかね?」
「……さあ、どうだろうな」
テオは一言そう言うと、かすかに口の端をゆがめた。
「情報どうも。じゃ、失礼する」
二人は賢者の館を後にした。
「これで、うっかり壊れちゃっても大丈夫ですね」
往来を歩きながらアイラスが口を開いた。考え事に気を取られ、テオは一瞬反応が遅れる。
「……ああ、そうだな。一応許可は取った」
「さっきの方の言い分に、気に入らないところがありましたか?」
アイラスは、先ほどのテオの表情を見逃さなかった。気になったが、わざと天気の話をするようにのんびりと聞いた。
いやと、テオは前を向いたまま答えた。
「悪いものだから封印する、封印されているから悪いもの、というのは一般的な考えだ。疑わないのも無理はないだろう。だが俺は、そう簡単に決めつけられなくてね」
わだかまりを振り払うように、テオは髪を後ろに流した。右手の紋章がその目の端をよぎる。
「ああそうか、これを使えば出せるな」
「どうかしましたか?」
『出せる』の一言にアイラスも今度はさすがに聞きとがめた。
テオを見る。だが、大したことじゃないとかわされてしまった。
「それより、どうやって遺跡まで行く? まさかこのままのそのそ歩いていくわけにも……」
「ナニ言ってるんですか」
メガネの奥で、アイラスは目を楽しげに輝かせた。
「僕には愛馬が、テオさんには愛グリフォンがいるでしょう?」
『大したことじゃない』のお返しです。
テオは内心冷や汗をかいているようだ。だが、アイラスは自信満々の笑顔を崩さなかった。
■3■
資料で確認しておいたので、遺跡には空からでも簡単に辿り着けた。
「とりあえず、俺はまず封印の状態を確認しよう」
「ええ、お願いします」
明かりを片手に回廊を進んでいくと、前方に別な明かりが見えた。明かりを手に立ち止まっているのは人影は見覚えがある。
「アイラス殿に、テオ殿か?」
「フィセルさん、それにロッケちゃんと……」
「鏡の精のテンプだ、よろしくな」
もう一人の見知らぬ少年はそう答えた。
「実は、困った事が……」
「なんだ?」
フィセルは石室に向かって早足で歩く。そして自分はさっきまで回廊を見ていたのでまだ確認していないのだが、と前置きした。
「どうやらオーマ殿が、封印の中に入って、出られなくなったらしい……」
丁度そこで回廊は終わり、彼らは石室に踏み込んだ。
石室に入り、彼らが目にしたのは大量のチラシに埋もれている可哀想な少年と大男と、それからそれを壁越しに見物しているシグルマだった。
「オーマさん!? 何考えてるんですか!」
真っ先にアイラスがオーマに詰め寄った。後に、フィセルと子供達が続く。テオはすこし離れ、封印の状態を調べに行った。
「よお、アイラス。ご苦労様、どうだった?」
「どうだったじゃないですよ! オーマさんこそ、解決しに来て問題の数増やしてどうするんですか! 入って出られなくなったらどうしようとか、実は捕まっているのも悪い人だったとか、そういう事は考えないんですか? 不用意な行動は……」
「いや、あのだな、オレも一緒に囚われの身になる事で士気を高めつつ、囚われの少年にも勇気を与えるというか」
「その挙げ句出られなくなっていたらメリットよりデメリットの方がずっと大きいですよ」
「……えーと……その……」
その剣幕にさすがのオーマもたじろぐ。他の仲間達は口も挟めない。事実なのだから。
孤立無援? と呟いて、オーマはちょっと血の気を引かせた。
「むしろ自業自得です。ふざけてる場合じゃないですよ、一体何を考えて……」
「まあ確かに……」
おだやかに割って入ったのはテオだった。
「鏡の精の体を閉じこめておくためだけに作られた封印だから、対象物質は限定的だ。だからありえなくはないんだが……まさか本当に通るものがあるとはな」
珍しいものでも見るように、テオはしげしげとオーマを見た。
「オーマさんはしばらく放っておくとして、封印はどうでした?」
「ああ、それは……」
テオは二人の少年に目をやった。
「……出来れば、その悪ガキどもには聞かれたくないんだが」
「とゆーわけで、ちょっと悪いな」
ぱっとオーマがトンカの耳を塞いだ。テンプの方はシグルマが塞いだが、放せとわめくので口まで塞がれてしまった。
「さて、そっちの小さなお嬢さんはちょっと驚くかもしれんが……」
テオは一同を見渡し、最後にロッケに目をとめた。
「やはり封印は破られていない。調査書にあったままの状態だ。鏡の精は封印から出られない、つまり入れ替わりは起きていない」
「え?」
ロッケはぽかんと口を開ける。
「ロッケちゃん、この二人はね、二人で嘘をついているんです。こっち側にいるのが本当のお兄ちゃんのトンカ君で、でも鏡の精のテンプのフリをしているんです」
「で、でも……」
アイラスに説明されても、ロッケはまだ状況が飲み込めない。ロッケは二人の少年の顔を見比べた。
「本当に、こっちがお兄ちゃん……?」
「ロッケ殿、さっき、父上と母上の話をした時のことを思い出せるか? ロッケ殿は悲しかったが、壁の向こう側の、あの子はすらすらと答えていただろう?」
目を見張り、ロッケはこくんと頷いた。
「あっちの、閉じこめられているのは、偽物なんだ」
ロッケはほっとしたように、すこし笑った。それから困った顔になって、礼儀正しくお辞儀した。
「あの、お兄ちゃんが、悪いコトしてごめんなさい」
「嬢ちゃんが謝ることじゃねぇよ」
「これで残りは、悪ガキ2匹の処分だけだな」
「いえ、3匹ですよ」
アイラスは冷たい目でオーマを見た。さすがに放っておく訳にはいかず、フィセルはテオに問いかける。
「封印を解除する方法は無いのか? オーマ殿がこのままでは……」
「それが、はっきりしなくてな。鏡の精が反省すれば、封印は解けるらしい。以前何か悪さしたらしいが、何をしたか知らないか?」
「それが言わねぇんだよ」
シグルマが半分感心したように言った。
「すげぇぞ、アイツ。オーマの暑苦しい質問攻撃に耐えやがった」
その少年は、半分ぐったりしたようにおとなしくオーマに耳を塞がれていた。
「とりあえず、イタズラして怒られた、だか、なんだか言ってたが、聞き出せたのはそんだけだ」
「どのみち、反省したら、などというのは私たちが手出し出来る問題ではないな。しかし封印を解除出来ないとなると、オーマ殿はどうしたものか……」
「どうもしませんよ」
深刻そうに考え込むフィセルとは対照的に、アイラスはこともなげに言い放った。
「オーマさん、どうせまた未来を担うイロモノ頭脳のための試練とか言って、出られないふりをしているんでしょう? まさか、本当に出られないんだったら本当に見損ないますからね」
アイラスの視線がオーマを射抜く。オーマは巨体をちょっと縮ませて、申し訳なさそうに答えた。
「……ご名答、出られます」
アイラスは満足げな笑みを浮かべる。
「では、オーマさんの処理は一番最後で」
「じゃあ後は、この悪ガキを叱っておしまいだな」
いい加減限界だ、と言わんばかりにシグルマが暴れる少年から手を放した。
「いつまでも耳と口塞ぐなよ。くるしいだろ!」
鏡の精のふりをしている少年が叫んだ。
「で、この封印を解除する方法は見つかったのか? 早く出してくれよ」
少年のふりをしている鏡の精が尋ねる。その目を真っ直ぐ見て、アイラスが答えた。
「嘘を付くような人は出してあげられませんよ。鏡の精のテンプさん。もうとっくにバレているんですよ。」
テンプはぎくっという顔をした。
「封印を調べさせてもらった。封印は破られていない。お前達、本当は入れ替わってなどいないのだろう」
テオがトンカを睨んだ。気圧されて、トンカは一歩後ずさりする。ロッケが走り寄り、その手を取った。
「お兄ちゃん、みんなに謝って。それで、一緒におうちに帰ろう?」
「だ、だから! おれはお兄ちゃんじゃないって言ってるだろ!」
トンカは手を振り払った。
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃんじゃない! おれは! 鏡の精のテンプだ!」
顔を真っ赤にして、少年は叫んだ。
往生際の悪い……
シグルマは呟いき、少年の前に立ちはだかった。
「そうかい、お前は兄ちゃんじゃなくて鏡の精か。それじゃあ……」
二本の腕が大剣を抜き放ち、残る二本が少年の行く手を阻む。
「好都合だ。お前を殺せば封印は用無し、消えて無くなる。俺の仲間も本当の兄ちゃんも解放されて、万事解決だ」
シグルマが剣を振りかざした。
「だめ!」
割って入ったのはロッケだ。
「お兄ちゃん斬っちゃだめ!」
「どきな。そいつはお前の兄ちゃんじゃねぇってよ」
「ちがうもん、お兄ちゃんだもん! ね! そうだよね!」
「……知らねぇよ!」
隙をついて、少年は逃げた。
「……お兄ちゃ……」
ロッケの目から涙が溢れた。構わず少年は叫ぶ。
「おれは、トンカじゃない! 妹なんて知らない! 誰がお前らなんかに謝るもんか!」
「いい加減にしろ!」
怒号とともに、乾いた音がした。
少年は、打たれた頬を押さえて、立ち塞がる人影を見上げた。フィセルが、いつもは穏やかな瞳を、怒りに燃やしていた。彼も幼い頃に両親を亡くし、妹と二人で生きてきたのだ。
「妹を守るのが兄の務めだろう。それどころか、あんな風に泣かせるなんて、恥ずかしいとは思わないのか!」
腫れ上がる頬を押さえ、フィセルを見上げ、何か言い返そうと少年は口を動かした。しかし、漏れたのは言葉ではなく嗚咽だった。少年は顔を隠すようにうつむいた。
「……うるせぇよ」
ぽたり、と、雫が落ちた。
「……うるせぇよ。父ちゃんじゃねぇのに父ちゃんみたいに叱るなよ……」
それは、とても小さな、呟いた本人さえ気付かないような、とても小さな声だった。
「……トンカ……」
けれど、一番近くにいた彼だけは、その声を聞き漏らさなかった。
「家族がいなくて、悲しいのはお前も妹も同じだろう。妹はお前を助けようと頑張ってくれたぞ。お前は、妹に心配させて、わがまま言って、それでいいのか?」
2つ、3つ。また雫が落ちた。4つ目は落ちてこなかった。
「ごめんなさい」
トンカは慌てたように、ゴシゴシと袖で目のあたりを擦った。それから顔を上げて、あたりをぐるりと見渡した。
「嘘ついて、ごめんなさい。あと、迷惑かけたり、ひどい事言ったり、本当に、ごめんなさい、ごめんなさい!」
フィセル、シグルマ、テオ、アイラス、オーマ、それから……
「ロッケも、ゴメン」
同じように目を擦って、妹はやっとにっこりと笑った。
■4■
「ねぇ、あいつ父さん居ないのが悲しいの?」
テンプの尋ね方は無邪気だった。兄妹の方に気を取られていて、いや、正確には壁に隔てられているというもどかしさに気を取られていて、オーマは虚をつかれた。
「あ? ああ、そうだな」
そうか、じゃあ。とテンプは口の中で呟いて、『イイコト思いついた』というように満面の笑みを浮かべた。
「なあ、ロッケって言ったっけ? 父ちゃんの写真ある? いや、この世界は絵かな?」
急に声をかけられて、ロッケはビックリしたようにふり返った。
「持っておいでよ。父ちゃんに会いたいんだろ? 俺が化けてあげるよ」
ロッケはまだすこし目を潤ませていた。対照的に、テンプは声を弾ませる。
「あ、そーだ。お前んち母ちゃんもいないんだっけ。ついでだから母ちゃんにも化けようか?」
「……や、やだ」
ロッケの声が震える。
「なんで? 顔一緒なら同じだろ。遠慮するなよ。それとも、まさか顔忘れちまった? じゃあ思い出すの手伝ってやろうか? こんなだったか? それとも、こんなのか?」
テンプはくるりくるりと顔を変えていく。どれも丁度二人の父親ぐらいの年頃の男だ。
「や、やだ。ちがうもん、お父さんそんな顔じゃないもん、お父さんは、お父さんは……」
ロッケは懸命に父の顔を思い出そうとした。しかし、テンプが映すいくつもの顔に翻弄されて、上手くいかない。思い出そうとすればするほど、かえってもやがかかったように父の顔は見えなくなってしまう。
「お、お父さんは……」
「やめろ!」
怒鳴ったのはトンカだった。どん、と見えない壁を拳で叩いた。
「ロッケをいじめるな! 勝手に父ちゃんになるな!」
何を怒っているか分からない。テンプは一瞬目を丸くし、そして腹立たしげにつり上げた。
「なんでだよ! 同じだろ! オレ、そっくりに化けられるんだぜ! せっかくオレが会わせてやろうと思ったのに、何でどいつもこいつも怒るんだよ!」
大声を張り上げて、テンプもまた封印壁を叩く。怒りにまかせたように、その姿は男に、戦士に、そしてボコリと両肩が盛り上がり、やがて見た事もないような……
「落ち着け、やめろ」
その背中にオーマが組み付いた。そのままずるずると壁から引き離す。
壁の向こうでは、トンカが同じようにシグルマに引きずられて行くところだった。
「……どいつもこいつも?」
壁の向こうからこちらをのぞき込み、アイラスが静かに呟いた。
「以前にも、同じような事が?」
「つまり、それが封印された理由だろうな」
テオが隣に立つ。
「『情動が不安定、他人の気持ちが分からない』書いてあったとおりだ。しかも、当人に悪意はないから『反省したら出してやろう』か……」
「でも……なんでそれが、当人いわくイタズラになるんでしょう」
テンプはまだ荒い息を吐いていた。小さな子供にするように、オーマが大きな手でその頭を撫でる。ゆっくりとテンプの姿は縮んでいき、やがて元通り、トンカと同じ姿の少年になった。
テオとアイラスが、テンプを兄妹の視界から隠すように封印壁の際に立っていた。フィセルとシグルマは壁から離れたところで二人を落ち着かせていた。
幼い子供に見せたいような光景ではなかったのだ。
「前にも似たような事があったなら、話してくれないか?」
テンプはうつむいたまま答えた。
「……オレは、センセイに、鏡として作られた。でも、わがままだとか、いろいろ言われて、買い手がつかなかったから、ずっとセンセイの工房にいたんだ。工房の窓辺には、写真立てがあって、ちっちゃい男の子が映ってた。色が抜けて、ぼろぼろだった。センセイは毎日その写真に話しかけてた。それで、じゃあ、オレがその写真の子になってやろうって思ったんだ。で、そいつになって、工房で待ってた。ドアが開いて、センセイが入ってきて、センセイはすごく嬉しそうな顔をした。オレはやったって思った。なのに、そのあとすぐに、センセイはその姿はやめろって、言って……」
テンプはそこで口をつぐんだ。それから、深く息を吐いてから顔を上げた。
「あとは、大体今と同じだ。それがなんでいけないのか、なんで怒ったのか、分かるようになるまで、お前は一人で考えろって、オレはココに閉じこめられたんだ」
オーマは、ゆっくりと言葉を区切って尋ねた。
「さっき聞いた時、イタズラしてって、言ってなかったか?」
「だって……」
テンプは膝を抱え、顔を埋めた。
「だってオレ、悪いコトなんかしてないだろ……」
あー……、と、オーマが間の抜けた声を出した。
「今のオレと同じだな」
驚いたように、テンプは顔を上げた。
「悪いコトしたつもりはないんだが、ってぇか名案だと思ったんだが、怒られちまった」
ふざけたようにオーマはちょっと舌を出す。
「でも、怒らせるつもりじゃないのに、なんだかよく分からないけど怒られたから、オレはイタズラしたんだって事にしちまうのは、間違ってるんじゃねぇか?」
オーマの言葉を、テンプだけは、まだ理解出来ないようだった。
自分の善意は受け入れられなかった。その理由も考えず、元々善意ではなかったとする事で、彼はその出来事に蓋をしたのだ。
そんなものを、此処に一人で閉じ込めておいても、何も変わりはしないだろうに……
「センセイが、何を怒ったのか、今でも分からないか?」
テオはやるせない心を押し隠して問う。
「わかんないよ。だから、まだココに居るんだ」
それから、テンプはまた絞り出すように息を吐いた。
「あいつら……トンカとロッケ、オレのコト、怖がってた?」
「ちょっと、ビックリしたみたいだな」
離れたところにいる二人の姿を確認して、オーマはそう答えた。そっか、とテンプは呟いた。
「なんで、こうなっちゃうんだろ。さっきまで楽しかったのに、オレ、あいつら喜ばそうと思っただけなのに……。なんで、なんにも出来ないんだろ。ねぇ、センセイがオレを閉じ込めたのって、オレにはなんにも出来ないから?」
「それは違います」
はっきりと否定したのはアイラスだった。
「この部屋に入るための回廊には、センセイの書いた文章が刻まれているんです。センセイはキミがいつか、自分の足りないところを反省してここから出られるように、と思っていたようですよ」
ホント? と、テンプは顔を上げた。アイラスは笑顔で肯定する。しかし、テンプは再びうつむいて、力無く呟いた。
「でも、それじゃあ、オレ、やっぱり永遠に出られないな。何が悪いのか、わからんないから」
「……ええい、気に喰わん! 気に喰わんったら気に喰わん!!」
突如、右手を握り拳にしてオーマが立ち上がった。
「反省しろだかなんだか知らんが、こんな誰も来ないような所に一人でほっぽっといて反省もくそもあるか! こーなったら意地でも出してやるぞ、そこのしょんぼり少年!! オーマ・シュヴァルツ又の名を親父愛・オブ・ソーンを舐めるなよ!! ええい、とりあえず腹黒メラマッチョ大胸筋あーんど黄金悩殺大腹筋で……」
「気持ちは分かったが、オーマ、それには及ばない。俺が出してやるよ」
声の主はテオだった。テンプは隻眼の封印師をぽかんと見ていた。
「お前には確かにいろいろ欠けているところがあるが、それがこんな所に封印しておくべき理由になるとは思えない。むしろ、外で学んでいくべきだと、俺は思うよ」
右手の甲で、テオは見えない壁を2回叩いた。その手の甲には刺青が彫られている。円と六芒星、絡まる蔓の意匠からなる紋章、彼の使う封印の一つだ。
「外に出してやろうか。ここの封印を俺の封印につなげて、一旦俺の手に封印し直そう。それから、改めて解放してやる」
テンプは目を見開いた。
「ただし、条件がいくつかある。まずはさっきみたいに癇癪を起こさない事。それから、俺の言う事はちゃんと聞く事。破ったら、容赦なくまたどこかに封印して置いていくからな。逆に、しばらく様子を見て、大丈夫そうなら自由にしてやろう。
どうする。条件は守れそうか?」
見開かれた目が、また少しずつしぼんでいく。
「でも……オレ、また……」
「ウジウジすんなっ! 出ちまえばいいじゃねぇかっ!」
沈黙を破ったのは、トンカだった。いきなりの登場に、少なくともテンプは驚いていた。
「なんだよ、元々半分はお前が外に出たくて始めたんだろ。ここでビビんなよ、この弱虫やろうっ!」
「よ、弱虫って……」
テンプも立ち上がり、負けじと声を張り上げる。
「なんだよ。そっちこそ、さっきビビって逃げたじゃんか!」
「うるせ、ちょっとビックリしただけだ。あんなん、落ち着いて見りゃ、シグルマのおっさんの方が怖えぇよ!」
「誰がおっさんだ」
シグルマがぼかんと一撃頭に入れた。いでっ、と呻いてトンカはしゃがみ込む。
やっと二人はおとなしく……、いや、沈黙が間を満たした。
「トンカ、言うべき事は別にあっただろう」
フィセルに促され、やっとトンカは口を開いた。
「……ケンカ売っといて、ビビって逃げて悪かったな。ゴメン」
照れたような早口だった。それから、トンカは手を差し出した。
「出てこいよ。また遊ぼうぜ」
「……だそうだ」
テオは再び、壁を叩いた。
「どうする。テンプ。条件守って、外に出るか?」
テンプは、立ちつくしたままだった。
「一つ提案なのですが……」
アイラスは一本指を立てた。
「テンプ君は今とても反省している、でも、またさっきみたいに暴走するんじゃないかと心配している、そうですよね」
小さくテンプは頷いた。
「それじゃあ、このまましばらくトンカ君の姿を貸してもらったらどうですか? そうすれば今日の事を忘れないでしょうし、なにより、何かしでかたらトンカ君やロッケちゃんに迷惑がかかると思えばブレーキがかかるでしょう?」
テンプはじっとトンカを見る。トンカもまた。なるほど、確かに鏡に映ったようにそっくりだった。
「借りても、いいか?」
「もちろん」
トンカに笑顔を返し、テンプは妹の方に顔を向ける。
「ロッケは?」
「悪いコト、絶対しない? 破ったら怒るよ?」
テンプは力強く頷いた。
「約束する」
「じゃあ、決まりだな」
誰が最初だったか、そこに小さな拍手が生まれた。
筆を取り出すと、テオは封印壁の上に自分の右手とよく似た紋章を描いた。その紋章の真ん中に、真っ直ぐに右手を突き刺す。水面のように封印壁にさざ波が走り、右手は封印壁を通り抜けた。
「手を取れ、坊主」
テンプは不安そうにおずおずと前に出る。
「心配すんな、ホラ」
その背中をオーマが押した。
頷くいて、テンプは勢い良く手を伸ばす。指先が、かすかに触れた。次の瞬間、テンプは色の付いた風になり、静かに紋章の中に吸い込まれた。
手を引き抜くと、壁に描かれた紋章も同時に消えた。
「やれやれ」
封印したばかりの手の甲を見て、テオは溜息をついた。
「どうしました?」
「早速、出せ出せと五月蠅い。早まったかな、俺は」
テオは雫を払うように右手を振った。次の瞬間、そこにはテンプの姿があった。
「どこも違和感はないか?」
落ち着かなげに跳んだり跳ねたりしているテンプにテオは問いかけた。ぴたりと止まり、テンプはテオに問いかけた。
「……なあ、今度はアンタが、センセイになったのか?」
テオはオーマとアイラスにちらりと目配せする。
「……俺がセンセイになるのは、嫌か?」
「なんか、ヤだな、おちつかない。センセイはセンセイで、アンタは嫌いじゃないけど、センセイじゃないし」
テンプはくしゃくしゃと頭を掻く。
「なあ、テオにセンセイに化けてもらえばどうだ? テオは実は変身能力があるんだぜ」
オーマの口調はいささか演技がかっていた。しかしそれには気付かず、テンプはつま先を睨んで考える。
「……なんかそれ、すげーやだ」
結論を口にして、一人納得したように彼は頷いた。
「オレあやまんないと。オレ、姿は化けられるけど、その人になる事は出来ないんだな」
テンプはくるりと兄妹に向き直った。
「ごめんな、オレ知らなかった。オレ、すげーヤなコトしたんだな。ごめんな」
テンプはゴメンを繰り返した。トンカは、なんだ知らなかったのかよと笑い、ロッケは、もういいよと微笑んだ。
そう、彼は知らなかったのだ。そして、身をもって知る事が出来たから、もういいのだ。
「よし、万事解決。じゃあオレも出るか」
連れだって石室から出て行く3人を見送り、オーマは伸びをした。
「しかし、なんでまたこんな所に入ろうと?」
改めて、フィセルが問う。
「いや、なんかあいつ一人でつまらなそうだったし、それに封印される側ってのは、どんな気持ちなのか知りたくってな」
その一言に興味を覚えたのか、テオがわずかに片眉を動かした。
「それで、どうだった」
「……あんま良い気持ちじゃねぇな。出られないってだけでこれだ。無音無明の闇なんざ、ひょっとしたら死ぬよりつれぇのかもしれんな」
オーマはどこか遠くを見て答え、テオは低く呟いた。
「無いに越した事はない、か」
「ナニ格好付けてんだよ。本音はおもしろそうだから、だろ」
シグルマの指摘は図星だった。
「バレたか」
「ばれてますよ。まったく、普段心配をさせてはいけないとか言っておきながら」
アイラスはまだ文句を言い足りないらしい。
「悪かった。軽率だったよ。でも、一応安全確認はしたんだぜ?」
「知ってますよ。でも、いちいち言っておかないと次が怖いですから」
「アイラスも、大変だな」
妙にしみじみとテオが呟いた。
「さぁて、出るか」
オーマは、ぐるりと腕を回した。そして、異変に気がついた。
「どうした、オーマ殿」
「いや、壁が……無くなってる……ぞ?」
「もしかして、テンプが外に出たから存在意義を失って消滅した……?」
「いや。封印の解除条件が、反省したら、だからな。おそらくは……」
「さっきのやりとりで、条件が満たされた、という事でしょうね」
「じゃ、晴れて自由の身ってぇことか?」
5人は顔を見合わせた。
「アレに教えてやってもいいんだが……」
「やめとけ、やめとけ。教えると図に乗るだろ」
「なにより、まだまだ学ぶべき事も多いだろう」
「じゃ、親父5人のヒミツってコトで」
「あ?」
「その名前には反対します」
「同意する」
「じゃ、腹黒にするか?」
「そうだな、どちらが良いか……」
そして足音は遠ざかり、遺跡は闇に包まれた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1889/テオ・ヴィンフリート/男性/30歳(実年齢40歳)/封印師】
【0812/シグルマ/男性/29歳(実年齢35歳)/戦士】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22歳(実年齢22歳)/魔法剣士】
掲載は申し込み順です。
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせしました。遅延5日で済んでいますでしょうか、大変申し訳ありません。
ライター通信書きたい事はたくさんあるのですが、一刻も早くお届けしなくてはならない状態なので、これは後ほどクリエーターショップの方にあげさせて頂きます。
ああ、ほんとうにもう、NPCよりWRのほうがよっぽどごめんなさいです。
ごめんなさい。
それでは。
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