<PCクエストノベル(3人)>


『絶対法律(ヴァレキュライズ)』 〜ダルダロスの黒夜塔〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083/ユンナ       /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2086/ジュダ       /詳細不明                】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
男(ヴァレキュライン)
ニーナ
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 ――ダルダロスの黒夜塔。
 それは、ダルダロスと呼ばれる者が作ったとされる奇妙な塔の事。
 近隣に住む者からは敬遠されてしまうその塔の中には、いつしか魔物が棲み付いていた。『彼』が吼える度、その声に怯える者も少なくは無かった。

 だが。

 今は、塔の周辺は酷く静かなものだ。
 そこには塔近くに住むと言う少女の姿も、周辺の森から流れる鳥たちの声も無い。
 それもこれも、1人の男の成したもの。
 塔内部を、そこに住まうモノごと封じた、禁忌のわざ使いの――。

*****

ユンナ:「………………」
オーマ:「………………」
 ――室内は、静かな怒りに満ちていた。
 それは、塔から戻ってきてすぐに、目の前のうら若き女性…ユンナへ、彼女よりもずっと年上に見えるオーマ・シュヴァルツが告げた言葉による。
ユンナ:「――オーマ。それがどれだけ危険な事なのか、分かってやったんでしょうね」
オーマ:「ああ。そりゃあ、勿論だ。責めは俺が負う――」
ユンナ:「負えるとでも思ってるの?」
 ぴしり、と鞭のようにしなやかで容赦の無い言葉が飛ぶ。
ユンナ:「この世界に正規のヴァレキュライズが居た所で、許可など出す筈もないと言うのに。その資格も無いオーマが独断で行った事にどう責めを取ると?」
 オーマが『図書館』に篭りだした時を同じくして、塔から奇妙な気配がする事に気付いたユンナが問い質したのは、つい先程の事。そしてオーマからの返答を聞いてから、ずっとこの調子だった。
 だが…ぴりぴりした気配は、ユンナの全身から立ち昇ってはいたが、それはオーマに向けられたものではない。
 ユンナの意識は既に、ダルダロスの黒夜塔へと飛んでいたのだから。
オーマ:「俺は――」
ユンナ:「『そうするしか手は無かった』とは言わせないわ。オーマは他の方法を潰してでも、自分の手で片を付けようとしたのだから。――あなたを、見くびっていたのかもしれないわね」
 ふっと息を吐いて、ユンナがくるりとオーマへ背を向けた。
ユンナ:「あなたの、ヴァンサーとしての任を解きます。…暫く謹慎なさい」
オーマ:「ユンナ!?」
 背を向けた状態で冷たく告げられた言葉に、オーマが流石に顔色を変えてユンナへと一歩近づく。
ユンナ:「ソサエティマスターとしての命令よ。それを破るのなら――謹慎では済まなくなるわ。良く考えなさい」
 扉を開け、それ以上後を追う事が出来ないでいるオーマの耳に、柔らかな、そして今一番聞きたくは無かった言葉が飛び込んで来た。
ユンナ:「……どうして相談してくれなかったの」
 それは、どんな叱責よりも、オーマの心を抉る。そして、その言葉に答える前に、目の前の扉はぱたんと静かに閉められていた。

*****

 ――静かだ。
 オーマはソファに長々と寝そべりながら、ふう…と太い溜息を吐いていた。
オーマ:「謹慎――か」
 自分のした事を考えれば、謹慎だけで済んだのは奇跡と思ってもいい。前に済んでいた所では、『絶対法律』は完全に禁忌では無かったとは言え、使うことを許可された者以外が使った事、もしくは使おうとした事が発覚した後には、彼らは即任を解かれた上で処罰を受けるために捕縛されていたからだ。
 ――勿論、その後の彼らの噂は耳にする事が無かった。
オーマ:「当たり前っちゃあ言え、厳しいなぁ……」
 それでも、オーマは間違った事をしたとは思っていない。あの時はああすべきだと思ったし、ユンナに相談しなかった事は確かだが、彼女に言ったが最後、彼女自身が責めを負う事を覚悟で『絶対法律』を駆使しただろうし――――――――って待て?
オーマ:「あいつ、どこに行った?」
 むくりと身体を起こして呟く。怒ったきり、部屋に戻ったのではなく、外に出て行ったユンナ。
オーマ:「あいつ――」
 気を探るまでもない。この状態でどこに行ったのかの見当も付かないなんて大馬鹿だ、そう呟いてオーマは立ち上がった。

 一方。
ユンナ:「全く、なってないわ。やるならやるで最後まできちんと始末を付けなさいよ」
 この私を動かすなんて、相変わらずツメが甘いわ、とぶつぶつ文句を言いながら、塔へ向かって一直線に向かって行くユンナ。
 ――正規員でもないオーマが仮にだとしてもあのわざを使うと思っていなかった。そして、9割以上の成功率を見せたのは、塔から感じた気配からでも分かる。
ユンナ:「けれどねぇ、オーマ。これは100%じゃないと駄目なのよ。…全てが、無駄になってしまうの」
 隣にいないオーマへ向かって語りかけ、ユンナがしょうがないわねえ、と呟いて遠目に見える塔へ視線を注いだ。
 ――既に、封印しきれなかった部分から染み出した具現波動が、肌にぴりぴりと棘のように刺さって来る。
ユンナ:「超法規的措置、かしらね…もうこうなっちゃうと」
オーマ:『あー、そう言うこと言うか?俺様は使っちゃだめーって言っておいてずるいじゃねえかよ』
ユンナ:「――謹慎を破ったら、どうなるか分かってるの?」
 振り向きもせずに、背後からの強烈な気配へ声を掛けるユンナ。
オーマ:『それこそ、超法規的な行為で決着を付けるしかねえじゃねえか。見た目だけはか弱い女の子だっつったってよ、ソサエティマスターをここで失うわけにゃいかねえもんな』
 頷いただけで風を巻き起こせそうな、巨大な獅子へ変貌してユンナを追って来たオーマが、その姿のまま――にやりと笑った。
オーマ:『ほれ乗った乗った。塔は上からじゃねえと入れねえからな。上まで送るぜ』
ユンナ:「全く――」
 呆れたように溜息を付きつつ、ユンナがしょうがないわねえ、ともう一度呟き、そしてオーマの背にしがみ付いた。

*****

ユンナ:「…最悪の事態になってるわね」
オーマ:「不完全だったか――そのせいで、ああなっちまったのか?」
ユンナ:「どうかしら。そもそも、どうしてこの塔を具現が支配するに至ったのかも分かっていないし。…『それ』が呼び込んだのかもしれないわ」
 不完全な封印の隙間から抜け出した気配が、何をするつもりなのか、嘗て2人がいた世界とここを繋ごうと蠢いているのが分かる。
 2人は塔の上に立ちながら、黒々とした闇を覗き込んでいた。
 具現波動は、着実に亜空間とソーンとの空間を融合させ続けている。そこから先をもう1つの世界と結ぶつもりなのだろうが…。
ユンナ:「見物だけしていても何もならないわ。さっさと決着を付けてしまいましょう」
オーマ:「決着って、どうするつもりなんだ」
ユンナ:「『絶対法律』を解いて、改めて具現融合してしまった箇所を引き剥がすのよ。解くのはオーマに任せるわ。せっかく付いて来てもらったんだしね」
オーマ:「このまま封じなおすのはまずいのか?」
ユンナ:「――本来はね、『絶対法律』以上の封印はあり得ないの。だからこそ最後の手段なのよ。その上を普通の封印で覆う、なんて出来ると思って?」
オーマ:「…そりゃそうか」
ユンナ:「さ、無駄口叩いている暇は無いわよ。過去に誰もやった事が無い『絶対封印』外し、頑張りなさい」
オーマ:「へいへーい」
 そう言いながらも、ユンナが塔全体を覆うようなシールドを張ったのを感じて、オーマがにやりと笑う。
 万一、このわざを解く事に失敗し、それによって暴発するのを抑えるためのものと分かったからだ。…最悪、この2人が犠牲になるだけで済む。
 オーマは意識を集中させた。封じ切れなかっただけでなく、相手が内側から引き裂いて外へ出て来た部分もある。その辺りが引っかかると問題が起きるだろうが…今の所、ユンナがフォローにまわってくれているから、オーマは他の事を何も考えずに集中するだけで良かった。
 ――とは言え、微細な糸を数千数万と、一本も切らずにほぐして行くに近い作わざ。ふつふつと沸いて来る汗の玉が、顎をしたたってぽたぽたと床へ落ちて行った。

 時間だけが刻々と過ぎ去って行く。そして――。
ユンナ:「―――っ」
 不意に。
 ふっ、と空気が軽くなったと思った瞬間、それに数倍する濃い気配が塔全体を覆う。それを外へ逃がさないようにユンナが力を込めた所で、オーマがふううっ、と大きく息を吐いてゆらりと立ち上がった。
ユンナ:「…本当に解けるなんて、驚いたわ」
オーマ:「おいおい。俺様を誰だと思ってるんだ?これでも――封じるっつう理論やら成りたちは勉強したからな」
 オーマの封印に付いては、定評があった事をユンナが思い出す。それと同時に気付いた。『絶対法律』と言う強大な封印を、たとえ仮にせよ出来てしまったという事の意味を。
ユンナ:「まあいいわ…それじゃあ、行きましょうか」
オーマ:「やっぱりそれしかねえかぁ」
 再び混沌の渦のようになってしまった塔の内部…ただし、今はその中にいくつもの亜空間への道が開いてしまっている。そうした中に身を沈める事がどういう事態を引き起こすのか、それは分からないが、この場所から見ただけで中身を分解出来る筈も無く。溜息を付きながらでも潜るしか無かった。
ユンナ:「文句言わないの。それに、前回よりはマシでしょう?」
オーマ:「――まあな。じゃあ、行きますか――」
 こくり、と目を見交わして頷いた2人が、勢いを付けて『中』に、飛び込んで行った。

 ――途端。

オーマ:「――!?」
ユンナ:「ちょっと――何、これ!?」
 黒い具現の腕が、待ちかねていたかのように2人を掴み、渦の中へとずぶずぶ潜って行く。
 その、意思を感じさせる動きに気を取られていた隙に、塔の上部を具現が覆い隠し、そして――全てが、闇に閉ざされて行った。

*****

 気が付いたのは、どのくらい後の事だろうか。何だか時間の感覚が曖昧だなと思いながら、オーマが目を開けて身体を起こす。
 目の前には、嘗て自分が身を置いていた――八千年も過去の、殲滅戦争真っ只中にある世界が、あった。
オーマ:「………」
ユンナ:「どう言うこと――こんな現象が起こるなんて聞いてないわ」
 オーマとほとんど背中合わせにあるユンナの目の前には、溶けて結びついてしまっているソーンの一部がゆらゆらと頼りなげに揺れている。
 しかも、ソーンの世界もまた、遠い過去の世界のようだった。…これが現実に起きたのだとしたら、ソーンにいくつか存在するオーマの知る世界は、ここから繋がっていたのだろうが…。
オーマ:「そりゃあ、俺がやった場所が問題だったんじゃねえかな」
ユンナ:「それは反省が必要ね。2度とこんな事を起こさないように」
 殲滅戦争を悲しげな顔で見ながら、ユンナが呟く。思い出すまいとしても、この戦いで様々な物を失ったその悲しみだけは鋭い棘となって、ユンナの心に刺さったままだ。
 オーマにとってもそれは同様だっただろう。万華鏡のように次々と変化する風景を、ただ見ている事しか出来ずにいて――。
 後ろに立つ者の気配に、暫くの間気付く事が出来なかった。
???:「――そんなに思い出すのも嫌な世界なら、封じてやろうか?」
 楽しそうに語る、その声を聞くまでは。
オーマ:「!?」
 聞き覚えのある、その声。オーマに絶対法律を示唆し、立ち去って行った者。その男がここに居る事にオーマが驚いて目を見開く。
 そして更に、
ユンナ:「――あなたは」
 ユンナさえも、どう言う訳か驚いていた。
男:「これはこれは――マスター。久しぶりですな」
 この空間に於いて、何の影響も受けていないただの人間などいる筈が無い。いるとしたら、それは、
オーマ:「おまえ…ヴァンサーだな」
男:「――ふ」
 ふふ、と楽しげに男が笑うと、悪戯っぽい目をオーマへ向ける。
ユンナ:「いいえ」
 そこへ、厳しい目をしていたユンナがぽつりと呟いて首を振った。
ユンナ:「彼は――彼こそが、ヴァレキュライズの1人。正確に言えば、彼はヴァンサーではないわ」
男:「まあ、そう言う訳だ。絶対法律を使う事を許可された数少ない1人さ。――で、さっきの問いに戻るが…何もかも封じてやってもいいぞ。お前たち2人も含めて、な」
 そうすれば、過去にこれ以上傷を増やされずに済む、そう言って男が楽しそうに目を細める。その言葉が本気と知って、オーマがゆっくりと首を振った。
オーマ:「せっかくだが、それは出来ねえ。嫌な思い出と天秤に掛けたところで、心残りが多すぎるんでな」
ユンナ:「同じくよ。それに、この世界では決して行使してはならない、そうマスターたる私が決めているわ」
 続けてのユンナの言葉に、男がちょっとつまらなさそうな顔をした。
男:「相変わらず固いお方だ。そうでなくては務まらないか。まあいい」
 そして、男がオーマへと改めて向き直る。相変わらず、具現能力者としての気配は一切無いまま。
男:「彼はなかなか優秀だね、マスター?失敗したとは言え、ここまで見事に使いこなせるのだからな」
ユンナ:「…私の部下を褒めるためだけにここに来たわけではないのでしょう?…いえ、連れて来たわけでは、だったわね」
男:「そう、察しも良い。私はマスターも嫌いでは無かったよ。ソサエティはなかなか居心地が良かった。だからね、この男を私に譲ってもらえないだろうか」
ユンナ:「――え?」
オーマ:「は?何言ってやがるんだ?」
男:「そうすれば後始末はきちんとこちらで付けよう。マスターも元の世界に戻す」
 2人の言葉を聞かず、最後まで言葉を続ける男。そして、2人を見てにこりと笑みを浮かべた。
ユンナ:「…試したのね――じゃあ、あの塔の具現も」
男:「うん?ああ、あれは『連中』の失敗作をちょっと失敬したのだよ。そして待って、彼がかかったというわけだ」
 事も無げに男がそんな事を言い、オーマへ柔らかな微笑を浮かべ、
男:「ただ1つの欠点さえ除けばオーマは完璧な力を持っている。こちらで是非引き取って教育し直したいと思ってな――あれは、試験だった。結果は見ての通り、合格、という所だ」
オーマ:「勝手な事を抜かしてんじゃねえ。俺は犬猫じゃねえんだぞ。所有権なんざあるか!っつうか、おまえがニーナやあの魔物をアレに食わせたのか!?」
男:「――そこだ」
 す、とオーマの鼻先へ男の指が突きつけられた。
男:「オーマの失敗した理由。それが、躊躇いだった。この世界のイキモノ、いや、この世界に限らず全てのモノに対し奇妙な情けを掛けすぎている。だからこそ、あの時も最後の一瞬で躊躇い――そして失敗した。それさえ消す事が出来れば、楽に絶対封印を行使できるぞ?」
オーマ:「な――」
 全ての情を捨てろ、と、オーマの存在意義にも等しい事を否定され、オーマが怒りに顔を赤く染める。その側で、ユンナが2人から視線を外していた。
 …何故なら、男の言葉は真実だったから。
 ヴァンサー…それにもある程度は求められている非情さ。だが、彼らにはウォズを狩ると言うもの以上に、ウォズの脅威に晒されている人々を救うと言う意識が無ければならない。
 けれど。
 その人々、またはヴァンサーをも含め、ウォズや具現に飲み込まれ過ぎた者を、その場ごと封じるような禁忌のわざを使用する者たちには、それらの残っていた情さえも枷になるため、情は無い方が指示する側からしてみれば好都合な事だったのだ。
 だから、目の前の男のような、能力以外は人間を捨てた者が好まれ…それが故に、彼らの扱いは慎重に慎重を重ねるよう注意があった程で。
男:「どうだ?それに、その条件を飲むのならマスターは確実にあの世界へ連れ帰ると約束するが」
 男の言葉に、オーマがゆっくりと首を横に振った。
オーマ:「おまえには分からねえだろうがな、俺様にゃあどうあっても捨てられねえモノがあるんだ。例えそれで絶対法律が使えるようになったとしても、それによって失っちゃ何にもならねえのがな」
男:「…ふうむ…残念だな」
 男が心底残念そうに呟いて、ユンナを見た。
男:「それじゃあ、やっぱりマスターごと封じるしかない。了承してくれるな、マスター?」
???:「……おまえの能力は、その程度か」
 ユンナが何か言う前に、オーマとユンナの背後から声がした。
ユンナ:「そう――ね。あくまで絶対封印は最後の手段だった筈。それは許されたものでも同じ筈よ。あまつさえ、自分でその現象を呼び込んだのなら、あなたにはその資格は無い。…マスターの名に於いて剥奪します」
男:「マスター、なんて事を。それじゃあますます封じるしかないだろうに。この場に居る者しか聞いていないのだからな。そうだろう?ジュダ」
オーマ:「まあぁたややこしいつうか面倒なつうか美味しい時に出てきやがってこの。――で早速だがこの兄ちゃんとの関係を吐いてもらおうか」
ジュダ:「……そうだな。…深くはないな」
オーマ:「ゴシップ聞いてんじゃねえっっての!」
ユンナ:「でも浅い関係はあるのね!?」
オーマ:「………ユンナ?」
ユンナ:「あら失礼。私の事はいいから、続けて」
 ひらひら、と手を振るユンナに、肩を竦めつつ、オーマがジュダへ向き直った。
オーマ:「んで?どーゆーこった」
 ジュダがその言葉を聞いて、軽く首を傾げる。
ジュダ:「大したことではない。――ヴァレキュライズがかつて、俺の部下だった事があっただけだ」
ユンナ:「!?」
男:「その縁が今も続いていると言う訳だ。理解したかな。それでオーマの処遇だが」
 ユンナが目を見開いている中、男がジュダへ親しげに話し掛けたが、
ジュダ:「失せろ」
 その一言で、『場』がさあっと切り裂かれた。
 見れば――そこは、塔の中。未だ渦を巻く具現の中に、ジュダが作ったものなのか足場があり、そこに4人が立っている。
ジュダ:「…おまえのお陰で後始末する事が増えた。さっさと、この場から失せろ」
男:「ち。ジュダも結局は無駄な情けを持ち合わせているって事か」
 ふん、と男が馬鹿にしたように鼻を鳴らし、オーマとユンナが何かリアクションを起こす前に、その場に繋がっていた亜空間へと飛び込んで行った。
ジュダ:「…剥すのは2人で出来るな?」
 ユンナが何か聞きたそうな顔をしているが、ジュダは全く答える気が無さそうに、てきぱきとその場の指示だけをしていく。
ジュダ:「飲み込まれたモノは取りこぼすなよ。終わったら――これに放り込んでくれればいい」
 そう言う間にも、いくつも空間に開けられた亜空間を次々と閉じて行き、最後に残った1つを何故か大きく広げて、そこの縁に足を掛ける。
オーマ:「分かった。つうかな、おまえ」
ジュダ:「……なんだ?」
オーマ:「何をしてたかしらねえが、もっと早く出て来い。それからな…また今度飲みに行こう」
ジュダ:「…善処しよう」
ユンナ:「ま、待って!さっきのこと――」
 オーマがそう言って早速作業に入るのを見たジュダが、亜空間へ潜り込もうとするのを、ユンナが慌てて止める。
ジュダ:「それ以上、言う事は無いが?」
ユンナ:「でも、あなたはあの中にはいなかった筈よ。どうしてヴァレキュライズを部下に出来るの?」
ジュダ:「…俺自身が、ヴァレキュライズになればいいだけの話だ。姿かたちを変えてな…」
 話はそれで済んだとばかりに、ジュダが中へ消えて行く。その後を呆然と眺めていたユンナが、
オーマ:「おうぃ、手伝ってくれよ。でけぇのが引っかかって――何だこれは」
 オーマの辛そうな声に、想いを振り切って駆け寄った。
 その、直後。

 ――――――――――――――――――!!!!!

 辺りをつんざくような吼え声と共に、『それ』が、ぬう…と姿を現したのだった。

*****

 吼え声が塔に戻って来た後、ぱたぱたと急ぎ足で森から戻って来る小さな人影があった。いつから森にいたのか分からないが、恐らく野草を積んでいたのだろう。すぐ側に置かれていた籠には、薬草や食用の野草がたっぷり入っていた。
ニーナ:「急がないと…」
 もうじき日が暮れてしまう。何時の間に眠っていたのだろうか、そう不思議そうに首を傾げながら、日が落ちる塔へと顔を上げ、眩しげに塔を見詰め、そしてすぐ側に作られた小屋へと戻って行く。
オーマ:「ふうい、まだ耳がじんじんしやがる。あのやろうは外に飛び出した途端吼えやがって…」
ユンナ:「嬉しかったんでしょ?きっと。だって私たちのしている事、分かっていたみたいじゃない」
オーマ:「まーなーぁ」
 最初に引っ張り出したのがその、闇を纏ったままで姿かたちが分からない魔物だったのだが、その後も気を失ったニーナや鳥や小動物たちを具現の塊から引きずり出し終え、ジュダに言われた通り亜空間へと投げ込むまでじっと待っていた、その事を思い出す。
 尤も、終わった途端、すぐさま全てが外へと放り出されたのだが。
 ニーナが小屋の中へ入るのを見て身体を起こしたオーマとユンナが、夕方のオレンジ色の光の中を、疲れた体を引きずりつつ家路に着いた。
 ジュダの事を考えつつ、だが互いにそれを口に出す事無く。

*****

男:「全く。せっかくのプランが台無しではないか」
 ぶつぶつ呟いていた男の背後に、ジュダがすっと現れる。
男:「ジュダ、何で邪魔をした?オーマの腕の確かさはジュダも認めていたではないか」
ジュダ:「…それとこれとは、話が別だ」
 ジュダが、オーマとユンナの2人がいた場所では決して見せない、冷たい顔で男へと告げた。
男:「ふん。結局はジュダも情の虜になっていただけじゃないか」
ジュダ:「それが、どうかしたか」
 一歩。ジュダが男へ近づいて行く。それに気付かない男が、まだぶつぶつと文句を言い続け、そして気付いた時には、がしりと頭を掴まれていた。
男:「じゅ――ジュダ?どうしたんだ?」
ジュダ:「ああ、相変わらずいい腕をしている。ユンナも手伝っているとは言え、これほど早く送り込むとは」
 そう言うジュダの背後には、せっかく取り込んだモノを全て引き剥がされて、不満そうにぐるぐるとうねる具現波動が存在していた。
男:「な、何故ここに連れて来た?それは簡単に扱えるものじゃないし、まして普通の封印じゃ効かな――」
 言いかけた男の耳元に、ジュダがこっそりと囁く。途端、顔面を蒼白にしてジュダを見る男。
男:「や、やめろ、やめて」
ジュダ:「――もう、遅い」
 『絶対封印』――。
 ジュダが行使したそのわざは、男と、放置しておけばどんどんと周りを巻き込んで貪欲に飲み込んでいく具現をひとつに固め、男が逃げ込んだ空間ごと封印した。
 そこには、ひとかけらの容赦も無く。
ジュダ:「………」
 そしてまた、やり終えたジュダの表情にもまるで変化は見られなかった。


-END-