<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


装甲巨人戦記エルダレオーネ――第2章

 ――ラグ村
 岩山に囲まれた谷を形成した辺境の地にある小さな村である。
 村の中心は真ん中に茂る森の中にあり、陽光から身を守り、様々な食料確保に活用されている。谷に流れて来る風は心地良い。
 岩山には大きな横穴が開いており、鉱山として機能している。建物は木材を簡単に組んだ物で、素朴な生活をイメージさせるものだ。陽光を遮る樹木の間からは、鳥の囀りが流れ、多少湿気を感じたが、直射日光を浴び続けないだけマシである。
「ゴリアテ、前進して!」
 少女の声に応えるように岩石で模られた巨人がゆっくりと動き出す。身長約6mの巨人には幾つも鋼鉄板が打ち付けられており、動く度に騒音を響かせる。巨人の胸部である制御胞の中、振動に揺れる少女の瞳に、作り掛けの家の前で佇む、数名の村人が捉えられた。

 この物語は、ラグ村の巨人を確保せんとするザドス軍と冒険者たちの戦いの記録である――――。

 ――ザドス軍領地砦内
「しかし、村が戦士を雇っていたとはな」
 赤いマスカレードの男――ディバイトは細い顎に手を当てた。傍に佇むのは漆黒の衣服を纏った鋭い眼光の男だ。
「それも異世界の能力者でしたな。どうされるおつもりで?」
「うむ、このままでは私の評価も下がるだろうな。7人衆にお呼びが掛かるやもしれん」
「7人衆? 隊長を含めなければ6人では?」
「私は数には入っていないよ。どうも素顔を見せないのがお気に召さないようだ」
「酷い火傷と傷を負ったと聞いております」
「まあいい。未だ私にやらせてくれるようだから、本腰を入れる必要があるな。アサシンの隊はキミに任せよう」
「承知!」
「コンファーム、間違えては困るぞ? 我々は情報元を失ったのだからな」
「承知! しかしながら、動かせない場合は占領も視野に入れておくべきかと」
「そうだな‥‥スマートに行きたいものだが、多少の犠牲は覚悟してもらうか」
「ディバイト隊長、増援が到着しました!」
 入口の前で敬礼すると、一人の伝令が声を響かせた。
「聞き入れて貰えたようだな。報告してくれ」
「ハッ! 送竜X4、騎馬兵X10、鎧騎兵X10、重鎧騎兵X5、騎兵X20、精霊魔術師X6、弓兵X6、残るはアサシンです」
「ほぉ、気前が良いな。送竜を4体か。コンファーム、アサシンはどのくらい用意できる?」
「そうですな。我を含めて3人は確実です」
「3人か‥‥隠密だから仕方が無いと見るか。さて、物量作戦は好みではないが、敵は異世界の傭兵だからな。数で押せる相手とも思えないが‥‥よしとするか」
「敵が異世界の傭兵なら、コチラも異世界の能力を導入すれば」
「なかなか見つからないらしい。まあ、作戦が失敗したとして尚チャンスをくれれば導入も考えよう。それで、出発は出来るのか?」
「送竜が届くのは明日になるかと‥‥」
「馬車で先に出るか。イヤでも追い着いて来るだろう」
 ――大変だぁ!
 隠れて話を聞いていたシフールの少年は、光の粒子を散らせて飛びあがった。

 ――アルマ通り白山羊亭
「あのぉ、ルディアさん」
「あら、この前のシフールさんじゃない。いらっしゃいませ☆ ん? どうかしたの? こんな所から覗いたりして」
 開け放たれた窓から顔を覗かせるシフールの少女を見つけて、ルディア・カナーズはニッコリと微笑んで見せた。今宵も白山羊亭は繁盛しており、ウェイトレスの彼女も忙しいようだ。
「何でもありませんの。ただの自己防衛ですの」
「自己防衛? ですかぁ? それで、今夜は何かご用ですか?」
「あぁッ! そうですの! 冒険者様を雇いたいですの! えぇっと!」
 どうやら再びザドス軍がラグ村に攻めて来るようだ。シフールの少女は慌てた様子で豊かな谷間に手を突っ込んではシフールサイズの筆記用具をばら撒く。しかし、我に返るとコホンと咳払いして何事も無かったように続ける。
「情報は密偵のシフールが知らせてくれましたの! えっとぉ」
 アーメンガードは腰の羊皮紙をパラパラと捲り、ザドス軍の戦力を告げた。中には先の侵攻では見られない名前もある。そもそもアサシンはいたらしいのだが、誰も存在を確認してはいない。
「お願いーっ! 誰かラグ村を救ってくださーいッ!」

●アーメンガード感激☆
「おうッ! 引き受けたぜッ!!」
 背後からの豪快な男の声に、一瞬シフールの少女は肩を跳ね上げた。しかし、聞き覚えのある声だ。アーメンガードが振り向くと、瞳に映ったのは艶かしく照り返す割れた腹筋である。彼女は羽根をバタつかせると一気に上半身が映るまで後退。見上げた顔に安堵が浮かぶ。
「‥‥マッスルさん♪」
「オーマだ! 名前くれぇ覚えられないのか? ん? このチッコイ頭じゃよー」
「やーん、痛いですの〜」
 オーマ・シュヴァルツはゴッツイ手でグリグリと少女の頭を撫で回す。それはシフールにとって、頭を掴まれ振り回されているのと変わりない。首の痛さにアーメンガードは涙目だ。
「よしなさいオーマ。わたくしの御名に於いて教育し直して差し上げましょうかね?」
 落ち着いた響きの声が飛び込むと、オーマのヘッドグラインドは止まった。キラーン☆ と突き刺さる視線に、男の小麦色の肌から汗が伝う。シフールの少女が瞳を向けると、身体の線が細く、青いロングヘアの青年が映った。端整な風貌の中、眼鏡がキラリン☆ と光る。
「失礼いたしましたね、お嬢さん。わたくしルイという者です。仲間の無礼を許して下さい」
「仲間ですの? このマッスルさんと?」
「だからオーマだと言ってるじゃねーか!」等と突っ込みを入れるが、青年はスルーしてアーメンガードに口を開く。
「ええ、彼に話は聞きました。如何様で在りましょうと、力無き地と存在に力にて業を篩うは紡ぐは善き事とは思えませんね。其れこそ人として恥ずべき行為に御座いますよ? 其の御心を説く為にもわたくしも参りましょうか」
 少女はパタパタと羽根を振りながら、オーマにパァッ☆ と喜びの表情を浮かべた。黒髪の精悍な風貌の男は、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「ザドスのワル筋ナウヤングアニキズ★ってぇのは、親父愛大魔人筋にそこまでゾッコンズッキュン大胸筋悶え隊フォーリンラブ☆恋煩い筋なんだろ?」
「‥‥嬉しいですけど、なに言ってるか分からないですの〜」
「あん? おまえには俺の徹底した親父愛ラブ筋で大胸筋悶え教育
が必要なようだな」
「ひぃぃぃ、聞いてるだけで脂っぽいですの〜」
 凄むオーマに怯むシフール。そこにギラリと眼差しを向けて威圧するルイ。このままでは無限ループに突入だ。
「楽しそうですね、僕も交ぜて下さいませんか?」
 穏やかな声と共に、アイラス・サーリアスがテーブルに近付く。この青年もアーメンガードの声に応えてくれた一人だ。
「アイラス様ですのー☆」
 光の粒子を散らせ、一気にアイラスの端整な顔に寄ると、少女は嬉しそうに羽根を羽ばたかせた。大きな眼鏡を掛けた青年も、濃青色の瞳に優しげな笑みを浮かべて応える。
「やあ☆ ウマも来ていますよ♪ 敵の動きは思ったよりも早いですね‥‥。もう少し間があるものだと思っていましたが」
「そうですのー、だから、またお願いに飛んで来ましたの☆」
「そうですね。確かに飛んで来ましたね‥‥」
「お、アーメンガードちゃん元気?」
 また新たに白山羊亭を訪れた人物に、少女と青い髪の青年は顔を向けた。瞳に映ったのは、長めの赤い髪の端整な風貌の青年である。眼鏡の奥に浮かぶ青い瞳が優しげだ。
「ユイス様ですのー♪」
「俺は勿論参加ね。サバランも首を長くして待ってる『筈』だし。まぁ、彼女が駄目でも若い娘は沢山いるしね。観光にも悪くない」
 ちょっと苦笑い。何が本音で何が建前か、読み取るのは困難だ。取り敢えずシフールの少女も微笑んで見せた。
「村が軍隊に狙われているのか‥‥見過ごせんな」
 テーブルで一人、エールを呑んでいた若者が口を開いた。長い三つ編みの金髪を肩に流している青年だ。鋭い緑色の瞳が何処か冷たい印象を放ち、長い耳が特徴的だった。頭から覗く2本の突起は角であろうか。アーメンガードは恐る恐る近付き、声を掛けてみる。
「あのー、それって引き受けて下さいますの? ひッ!」
 切れ長の瞳がシフールの少女を射抜くと、アーメンガードはピョンと反射的に退いた。
「私で良ければ力になろう。フィセル・クゥ・レイシズだ」
「よろしくですの♪ アーメンガードですわ☆ すごいですの! 新しく引き受けてくれる冒険者が沢山いますのー♪」
「あら? もう定員かしら?」
 歓喜に打ち震えるシフールの背中に、女の声が訊ねる。光りの粒子を散らせてクルリと振り向くと、長い銀髪を頭の後ろで団子状に結った、小麦色の肌の少女が青い眼差しを向けていた。
「私はセフィスといいます。見過ごせない話のようですし、未だ募集中なら引き受けますけれど」
「本当ですのー!? 女性の方がいてくれると嬉しいですわ☆」
「そう、それは良かったです」
「なんだい、女も欲しかったのかい?」
 割って入ったのはサバサバとした女の声だ。セミロングのブロンドシャギーヘアの若い女が、頬ずえをついて微笑んでいた。眼鏡の奥に浮かぶ青い瞳は、妖艶な風貌に相応しい色を浮かばせる。
「アーメンガードクンだっけ?」
「ああん、クンじゃないですの!」
「気にしないでよ、あたしは男も女も『クン』なんだからさ。胸ばかり大きくしないでさ、気持ちも大きくいかないとねえ」
「む、胸は関係ないですの」
 改めてアーメンガードは自分に視線を落とし、両手で二つの膨らみを庇うと、頬を膨らませてみせた。
「あら? 赤くなったかい? レニス・フェルミオンよ、小さい巨乳ちゃん☆」
 周りの連中は思ったであろう。
 このお姉さんに遊ばれていると――――
 ケタケタと笑うお姉さんに、シフールの少女が、からかわれる中、ゆっくりと両手が伸びると、シパッとアーメンガードが捕まえられた。指の感触に彼女の顔が青褪めてゆく。背後に浮かぶは大き過ぎる双峰の膨らみだ。
「ア〜メちゃん♪ 来てるなら迎えに来ても良いんじゃなぁい? 俺、待ってたんだぜぇ? つれないねぇ ウリウリ♪ どうだ!」
 しなやかな指がウニウニとシフールの身体を弄り、アーメンガードはジタバタともがく。短めのブロンドショートヘアの女は青い瞳をギラギラと滾らせ楽しそうだ。
「やーん! レイチェルさん、やめて下さいですのー! くすぐったいですのー! やんッ! ああんッ!」
「なーに? くすぐったいだけかい? それそれ♪」
 完全にエロオヤジな表情で、責め続けるレイチェル・ガーフィルド。小さなシフールが、くすぐったさに抵抗して声をあげるものの、端から聞けば背景はピンク色だ。流石に店としてマズイと注意しようとルディアが口を開こうとした時だ。
「もう、やめた方がいいですよ? この娘いやがってますしね」
 柔らかそうな銀髪に青紫色の瞳が大きい、あどけなさの残る風貌の若者がレイチェルに注意を促がした。一見、性別が判断できない中性的な魅力を醸し出している。
「僕はカイル・ヴィンドへイムです」
 にっこり微笑む顔も可愛らしく、なかなか判別できないが、名前から青年のようだ。金髪の美女は興味深げに顔を寄せる。
「へぇ〜、可愛らしいボウヤじゃない? あんたが代わりになってくれるのかい?」
「いえ、遠慮して置きますよ。お姉さんが満足する自信ないですから」
「そりゃあ、試してみないと分からないぜぇ?」
 ジリジリと後退するカイルに、指をワキワキと動かして迫るレイチェル。そこに割って入ったのは、背の低い小柄な少女だ。
「もう、やめようよぉ。せっかく手伝ってくれるかもしれないのに、逃げちゃうよ?」
 緑の髪に美しく繊細な顔立ちと赤い瞳。見覚えがあった。
「未亜ちゃんじゃないか♪ 妬いてるのかい?」
「妬いてなんかないよ」
「そうかい? あの時は可愛い声で鳴いてくれたじゃないか♪ 可愛かったぜ★」
「な、ないてなんかないよ! 未亜はくすぐったいから‥‥」
 早春の雛菊 未亜は顔を紅潮させて俯く。レイチェルは勝利を確信したようだ。今度は少女に迫ってゆく。誰か、この女を止めろ!
「まったく低俗なことですね」
 ――なんだと?
 さすがに低俗と言われては無視できない。況して、口を開いたのは黒髪の小柄な12歳位の少年だ。
「ボウヤ? 随分な事を言うじゃなぁい?」
 少年は椅子に座ったまま、緑色の視線を流す。
「だから低俗なのです。俺がボウヤ? 見た目でしか判断できないとは愚か過ぎますね。俺はあなたが700回死んでも追い着けない位、生きているのですけど。まあ、いいでしょう。俺はゾロ・アーと申します。敵は軍隊、ならば防衛にはそれなりの数が必要でしょう」
「神か‥‥」
 ポツリと呟く声。顔を向けると瞳に映ったのは、漆黒の鎧に全身を包んだ女だった。腰ほどある青いロングヘアが、対照的に輝いて映える。彼女は大きな黒い瞳を向けず、静かに口を開く。
「私はサクリファイス。‥‥微力ながら、私も力を貸そう」
「ゴリちゃんとらぶらぶ〜☆したいんだったらそういえばいいのにね〜〜?」
 能天気そうな軽い声が飛び込む。大きな赤い瞳に緑のショートヘアの子供だ。派手な彩りの奇抜な帽子や下腹部が覗く衣装は、一見踊り子のような感じだが、果たして少年か少女か。テーブルの上には食べ終えた皿が塔の如く高く積みあげっている。
「シキョウ!?」
「来ていたんですか」
「やっほ〜☆ オーマ〜〜アイラス〜〜♪」
 どうやら知人のようだ。シキョウは二人の元へタタタッと駆けて行くと、幼さの残る顔をあげて満面の笑みを浮かべて見せる。
「うん☆ ゼンもいるよ〜〜♪ あ、ルイだ〜〜♪」
 長髪の紳士を見つけると、シキョウはブンブンと手を振った。
「あんだと? ゼンがいやがるのか?」
 ルイが微笑みで応える中、オーマを鋭い眼光を疾らせ、辺りを見渡す。赤い瞳に映ったのは、紫のツンツンヘアの少年だ。耳にピアスが覗き、腕にはタトゥが刻まれており、大人でも声を掛け難い雰囲気がある。そんな彼の元へと大胸筋も誇らしげに、男は歩いてゆく。一瞬、鋭い金の瞳を流すが、直ぐにソッポを向いた。刹那、太い豪腕がゼンの首をギリギリと絞める。背中には大胸筋の壁というサンドイッチ状態だ。
「おまえよ、いるんだったら参加しねぇか!」
「あ――ン? ヤロ―とンなクソつまンね―ことヤッてられっかっての!」
「んだとぉッ!」
 更に力を込めるオーマに、それでも屈するつもりはないらしい。必死に歯を食い縛って耐える少年の元に、ルイが近付く。
「まあまあ、これでは説得も出来ませんよ」
 スッと青い髪の紳士は、端整な顔を寄せる。その瞳は悪戯っぽく細かった。おまけに口元には微笑みのオマケ付きだ。
「ここは強制教育と参りましょう」「おうッ!」
 両肩を掴まれ、両足をジタバタと足掻かせながら連行されてゆく少年。
「放しやがれー! イ―女が『相手』してくれやがるっつ―ンならノってやってもい―ケドな―?」
「ほう‥‥。ほら、こんなにいますよ?」
 確かにテーブルには5人+1もの女達がいた。‥‥若干、少女と呼ぶべき者のいるが、ゼンの好みに付き合うつもりはない。
「相手なら俺がたっぷりとしてやるぜ?」
「ボウヤね〜。いい女がいるテーブルに気付かないなんて」
 レイチェルとレニスが色香を漂わす如く、視線を投げる。そんな中、「この際、仲間は多い方が良いですの!」と、ゼンの元に飛んでゆき、パタパタとホバリング。
「村には綺麗な女の人が沢山いますの☆」
「あ、駄目だよ! サバランを紹介しちゃ!」
 こうして閉店まで彼等の論争は続いたらしい。それでもアーメンガードにとって奇蹟としか呼びようがない冒険者の数に、感動と期待に瞳を潤ませたものだ。
 明くる朝。15名の一団はゾロゾロとラグ村を目指して旅立つのであった――――。

●ラグ村へ
 村までの道程は、先に訪れた者達が説明する事で退屈するような事は無かった。今回は事前に地の利も把握できた事から、各々、頭の中で戦術を思い描く。
<御主人様?>
「ん? どうしました、うま」
 アイラスが小声で訊ねる。『うま』とは、青年を背中に乗せている騎乗獣で、外観は濃紺の鱗で覆われたスマートなドラゴンである。彼女は<念話>で主人と話をしているのだ。
<‥‥忘れられているかと思いました>
 因みに、うまを含めて15名である。
<それにしても大所帯ですね>
「そうですね、これだけの人数がいれば、きっと様々な戦術が展開できますよ♪」
<御主人様‥‥もしかして、楽しんでいらっしゃいませんか?>
「そんな、いやですよ? 不謹慎じゃないですか、村が危険だというのに、楽しんでなんかいませんよ♪」
 眼鏡を掛けた青年の端整な顔には、満面を笑みが浮かんでいた。気のせいか、首の後ろで束ねた薄青色の長髪もウキウキと弾んでいるようだ。
 暫らく歩くと、一向を先導するシフールが振り向く。
「さあ、もうすぐですのー☆」
 こうして冒険者達はゾロゾロとラグ村へと入るのだった――――。

●来なかった敵――ゴリアテと共に
「揺れませんかー?」
 サバランの声が軋む装甲板と共に聞こえて来た。現在、サバランの操る岩巨人には、3名の冒険者が乗っている。ザドス侵攻の報告を受けて警戒体勢に入ったのだ。
「そうだねぇ、背中はそれほどでもないよ」
 ゆったりと背中を預けて、応えたのはレニスだ。僅かに金髪が肩で揺れる位で、背中や腰を強打するような衝撃は感じない。
「それにしても、この村は本当に戦う事を知らないようだねぇ。これじゃ、あたしが一肌ぬぐしかないじゃないさ‥‥」
 彼女は攻撃担当としてゴリアテに搭乗しているのだ。岩巨人は武装を持っていない。いっそ武器を装備させようと考えた彼女だったが、操縦者にコントロールする術が無いのだ。蛇足を加えれば、サバランも武器の扱いは全く知らない。
「空の敵にはミサイル投げて、寄って来たらレーザーが良いかもねぇ。きっと綺麗に閃光を放ってくれるわね」
 などと考えては想像し、ほくそえむ。レニスの能力あって初めて効果を持つ武装だ。状況が戦闘に入ったなら、背中から白煙の尾を引くミサイルや、派手な色彩の眩い閃光が放たれたであろう。
「しかしだねぇ、戦い方は知らないのが幸せかねぇ」
 軽く溜息を吐く中、サバランの声が響く。
「フィセルはどうです? 揺れませんかー?」
 ――フィセル・クゥ・レイシズ。
 彼もサバランに数分前に訊いていた。
「ところで、サバラン。ゴリアテとやらを実戦に出してみる気はないのだろうか?」
「‥‥実戦? 本当の戦いって事?」
 ゴリアテに搭乗する前、金髪の青年は小麦色の少女に訊ねた。サバランは小首を傾げたものだ。
「いつでも冒険者を雇えるとは限らん‥‥時には自らの力だけで凌がねばならない時もあるだろう。そのために、経験を積んでおくことも悪くはないと思うのだが‥‥」
「‥‥だってゴリアテは戦い為に作られた訳じゃないもの。この村は争い事とは無縁だったのよ。ちょっとした村人同士の喧嘩はあるけど、武器を握って戦うなんて誰も知らないわ。私もユイスが乗ってくれて初めてゴリアテが戦えるって分かったの」
「ならば、あなただけでも覚えないか? 俺で良ければ教えてやってもいい」
 少女はフィセルの提案に困惑の色を浮かべていた。
「‥‥ゴリアテは戦いたいのかな? 人がね、ゴリアテの拳で吹き飛ばされた時は怖いと感じたの。だって、生活の手伝いをする為に作られたのに、人を‥‥」
 戦い方を知らない村。技術が無ければ納得もする。だが、技術を持っていながら戦いを知らないとは、奇蹟のような話だった。
「分かった。だが、敵が来たら動かしてくれるな? 俺達が戦う」
「‥‥お願いします!」
 潤んだ瞳に浮かぶ水滴を指で払い、サバランは微笑んで見せたのである――――。
「揺れませんかー?」
 その頃フィセルは必死にバランスを取っていた。視界が広く、周囲を見渡せると頭部を選んだ彼だが、狭い上にやたらと揺れるのだ。しかも長身の青年の半身は頭から飛び出している。まあ、いざとなれば、エンシエント・ドラゴンに戻れば振り落とされる事はない。
「あ、あぁ、俺は大丈夫だ! 敵も見えない。‥‥しかし、何だ、この濃い霧は‥‥」
 天を仰げば村は濃霧に包まれていた。そんな中、眼下から大きなオーマの声で飛び込んで来る。
「敵が見えねぇだと? 攻撃は最大の防御なら腹黒防御が最大の大胸筋セクシー親父愛返り討ちと思っていたのによ、まさか腹黒ラバーがオールオッケイ大胸筋セクシー愛返り討ちしたってかぁ?」
 因みに男はゴリアテに乗らず、歩いて着いて来ていた。その周りには見るも奇怪な輩がゾロゾロと蠢いているが、曰く、ラブボディゲッチュ生贄ダーリン求めマッチョトラップ筋だそうである。
「それにしても静か過ぎる」
 ゴリアテの掌で顎に指を当てるのはユイスだ。情報にあった送竜は姿を見せないし、敵の軍勢すら見当たらない。
 しかし、軍勢に紛れて忍び込んだ侵入者は確実に動いていた――――。

●染まる空域の中で
「視界が酷い霧に覆われています!」
 送竜を駆る女が眼下へ告げた。大きな翼を広げて滑空する竜の腹部には8本の縄が交差しており、数人が入る事が可能な篭状のモノがブラ下げられている。風を切って飛ぶ中、籠は不安定に揺れていた。中には5名の騎兵と3名の弓兵が覗く。
「なんと!? 強行降下はできないのか!?」
「無理です。そのまま地面に激突する可能性がありますから!」
 ドラゴンライダーの女は大声で伝えた。それに、この霧ではこれ以上飛ぶ事さえ危険だ。
「飛び降りますか?」
「馬鹿な! 魔術師なら兎も角、俺達は生身だぞ! 精霊魔術師とアサシンに任せるしかないな」
 そう、西と東は精霊魔術師とアサシンが単独で動いていたのだ。送竜はバックアップに過ぎない。しかも、西を防衛する者は一人もいなかったのである。例え霧が陽光を遮ったとしても、暗殺が目的のアサシンには問題なく、精霊魔術師が2名もいれば、灯りを生み出す事なぞ雑作もない。
 暗闇の中で村人が悲鳴をあげ、何名かが鮮血を舞い散らせた。
 ――そして、響き渡ったのは悲痛な少女の叫び声だ。
「サバラン、助けて!! 戦いを止めてーッ!!」
「冒険者よ、直ぐに武器を捨て抵抗を解くのだ。さもなくば、この娘も殺すぞ!」
 魔術師が作り出した大きな球体の中に、一人の少女が映し出された。茶色のセミロングヘアを三つ編みにした娘の震える喉に、アサシンの短刀が翳されている。サバランの友人アルメアだ。
「脅しではないぞ。既に何人かは血祭りにあげた。それでも巨人を護るなら俺を殺しに来るがいい。その代わり、道連れに娘も殺す」
「ヒッ! い、いやだよ‥‥まだ恋だってしていないのに、死にたくないよぉ。サバラン、冒険者を‥‥止めてよ」
 遠隔投影された光景で、ポロポロとアルメアは涙を流していた。村人達は俯き、震える拳を握り締めるしかない。
「スマートに行いたかったのだがな‥‥」
 集められた冒険者達の前に姿を見せたのは、赤いマスカレードの男だ。何名かの冒険者はディバイトと合っている。
「この村は占領した。私も非道な真似はしたくないのだよ、このまま立ち去るなら命は保証しよう」
 既に村長を始めとした村人は村長宅に隔離され、何かあれば危害を加える用意も成されていると言う。
「あの! お願いがあります!」
 一歩踏み出したのは未亜だ。赤い瞳を潤ませ、胸の前で両手を組む姿に、大隊長は先を促がす。
「怪我された方の治療をさせて下さい。未亜、戦えなかったけど、せめて出来る事をしてあげないと、帰れないから!」
「‥‥いいだろう。但し、つまらぬ策は考えない方が、キミの為であり、村人の為だと言う事を忘れないでほしい」
 未亜は騎士に連れられ、村長宅へと向かった。ディバイトは並んだ冒険者達に顔を向ける。
「お互い、人数を過信したくはないものだな。こちらも命令でね、私が占領せねば、もっと酷い事になったやもしれんのだ。恨まないで欲しいものだな」
「おい、ザドスのワル筋ナウヤングアニキ!」
 オーマは懐から何かを放り投げた。ディバイトはそれを受け取ると、荒ぶる騎士を宥め、口を開く。
「ほう、キミもいたとはな。で、なんだね? これは」
「後で見て置くんだな! 俺はまた来るからな! 今度こそナイトメア大胸筋アルティメットアタック親父愛を食らわせてやるぜ!」
 それは『腹黒同盟勧誘パンフ』なる小冊子だった。
「好んで食らいたくないものだな」
「なら、俺が本気であんたを墜としてあげるよ!」
 ビシッと指を向けると同時に、たわわな果実を弾ませたのは、レイチェルだ。
 ――マズイな。
 このまま別れを長引かせては‥‥また叫ばれたら困る――――
「‥‥まあ、楽しみにしているよ。ごきげんよう、冒険者の諸君」
 過信していた訳ではない。
 人数も能力も決して侮っていた訳ではないのだ。
 しかし、目的の為には手段を選べなくなっていたのは事実。
 一欠けらの隙間とて突破されては対応も困難だった。
 結果として彼等は負けたのである。
 だが、失敗が永遠とは限らないのだ。
 撤退が次の勝機となる事はザドスも冒険者も違いは無いのだから。
 きっとシフールの少女は再び訪れるであろう――――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1055/早春の雛菊 未亜/女性/12歳/癒し手】
【1244/ユイス・クリューゲル/男性/25歳/古代魔道士】
【1256/カイル・ヴィンドへイム/男性/21歳/魔法剣士 兼 治癒術士】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22歳/魔法剣士】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1731/セフィス/女性/18歳/竜騎士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン/男性/17歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2082/シキョウ/女性/14歳/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】
【2085/ルイ/男性/26歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】
【2151/レイチェル・ガーフィルド/女性/22歳/娼館経営】
【2470/サクリファイス/女性/22歳/狂騎士】
【2598/ゾロ・アー/男性/12歳/生き物つくりの神】
【2693/うま/女性/156歳/騎乗獣】
【2896/レニス・フェルミオン/女性/26歳/異界職】

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■         ライター通信          ■
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 この度は御参加ありがとうございました☆
 いかがお過ごしですか? 切磋巧実です。
 先ず今回の判定を。
 色々と策はありましたが、西の防衛を選択された方がいなかったので、失敗とさせて頂きました事を御了承下さい。実はとても悩みました(汗)。防衛戦とは言え、作戦会議は行われるものです。しかし、ここは敢えて何ゆえ選択肢が存在するのか? という本来の予定で進行させて頂きました。但し、参加者が1名、または3、4名だった場合、発注内容に記載されていれば対応した可能性はあります。が、今回は嬉しい悲鳴をあげるほどの参加人数でしたし、本来のコンセプトで進行致しました。
 先に言いますと、行動と展開により、様々なシチュエーションが用意されていたりします。本来、このようなマルチに展開する物語は何度もプレイできるゲームでこそ成り立つと思いますが、(ご要望があれば、2話の再プレイ(?)も再度募集します)リセットするもセーブから進めるも自由ですので、感想の際にでも教えて頂けると助かります。この辺が時間軸の発生しないノベルの利点ですね。次回参加して頂ければ、奪還編となります。公開した際には参加考慮して頂けると幸いです。
 さて、長くなりましたが我慢して下さいね。
 今回も皆さんの個性に巻き込まれて(?)気が付けば本編から離れて焦ったものです(笑)。お待たせ致しました(汗)。今回も前回を踏まえて全員の紹介から演出させて頂きましたが、えらい長さになってしまいました。どうなんでしょう? 必要ないですか? その辺も教えて頂けると幸いです。
 はじめまして♪ 参加ありがとうございました。
 いかがでしたでしょうか? 今回は残念ながら敵と遭遇しませんでした。さて、ジャイアントなんとかですか(笑)懐かしいですね。あれより遅い、重い、ゴツイって感じです。
 今回もエピソードごとにあります。お時間があれば他のPCの活躍も読んで頂けると嬉しいですね。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆